こぶ〜がふらふら

9月からはこちらでぽつぽつ書いていこうかと… https://ameblo.jp/ccobouex

2017年こぶ〜の旅

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とはいっても同じシリーズなだけで、前回との直接の繋がりはありません。
ソウル市内をふらふらしている事だけが共通項です。


「こんにちは〜 一体どちら様でしょう?」
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いきなりの顔だし看板のお出迎えは、地下鉄3・4号線、忠武路(ちゅんむろ)駅からすぐの、「南山韓屋村(なむさん はのくまうる)」です。
主に19世紀頃に建てられた伝統家屋を5軒、移築展示しています。

古(いにしえ)のお屋敷でも眺め、王朝気分にでも浸ってみようかと。




一軒目は、景福宮(きょんぼっくん)再建に活躍した、李承業(い・すんおぷ)さんち。
1860年代後半の建築で、1998年に三角洞(さむがくどん)から移築されました。
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元々は8棟で構成される、かなり大規模な住宅だったようです。
上の建物はサランチェ(舎廊棟?)。家主の応接間兼書斎といった所でしょうか。
男女の別を強く意識していた時代なので、「男棟」でもあるようです。

左の軒と柱が、生活の中心となるアンチェ(内棟?)、そちらが「母屋」にあたるのかな?(実は細かい事がよく分かっていない…)



あまり小難しく考えず、アンチェの柱の書を面白がる事にしましょう。
「古色蒼然老樹残」だって。本当はそんな事思ってもいない癖に(^^ゞ
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正直韓屋の良し悪が分かっていませんが、サランチェの縁側手摺の細かな造作や、扉の意匠に特徴が出るようです。
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ここがサランバン(舎廊房?)=当主の居室でいいのかな?
黄色の床がオンドル=床暖房という事位しか、分かっていません(^^ゞ
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よく分からない事はそっとしておいて、次に移りましょう。
門をくぐって、1870年代建築の閔泳徽(みん・よんひ)さんちへ。
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朝鮮王朝末期の閔さんといえば、何といっても第26代王高宗(こじょん)妃として権勢を揮った、明成王后(みょんそんわんふ [閔妃 閔玆暎 みん・じゃよん])。

閔泳徽は、明成王后の親戚として王朝の要職を歴任し、莫大な富を築いたと云われています。その富を巡っては、現代に至るまで様々な話があるようです。
(ドラマ「冬のソナタ」のロケ地、南怡島(なみそむ)も子孫の所有だとか)



そんなお金も力もある閔泳徽さんちは、王宮に近い一等地、仁寺洞界隈の広大な敷地に、多数の建物(舎廊棟、内棟の他に主屋6棟と洋館、他多数…)で構成されていたようです。

現在はこのアンチェ(内棟)=母屋とその周辺だけが残っています。
とはいえ、アンチェだけでもこの規模です。
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軒に掛けられた青紗提灯(ちょんさちょろん)というのかな?は、慶事の印です。
ここで、伝統的な結婚式を行う事が出来るのだとか。
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こちらはアンチェの主の部屋。おそらく、家主の母か祖母が座したのでしょう。
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アンチェの他の部屋は、大体こんな感じ。3から4.5畳位? 結構コンパクト。
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閔さんちのマイカー? 輿が収納されています。
自分で歩いたりなんて、きっとしなかったのだろうなあ。
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殆ど業務用サイズに思える厨房。一体何人が働いていたのでしょうか。
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アンチェの裏手にはオンドルの煙突と、ジャンドクテ (味噌・醤油の甕置き場)。
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この甕の数が、その屋敷の権勢を示すサインでもあるのだとか。
保存食材の量が、暮らす人の多さを示すのでしょう。



アンチェの奥には、ピョルダン(別堂?)と呼ばれる離れが建っています。
専ら子ども部屋として用いられたようです。こちらは再建建築のようです。
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門と塀で仕切られ、屋敷内屋敷といった感じに独立している家主の区画。
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そこに建つのが家主の仕事場兼応接空間、サランチェ(舎廊棟)。
こちらは再建建築のようです。
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呼び名が良く分からないのですが、高い基礎の上の高床は高級らしいです。


家主の空間は向かい合わせみたいになっていますが、意図はよく分かりません。
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天井に吊られた戸板を、冬場は降ろして寒気を遮断したのでしょう。


サランチェの縁側で、風雅な気持ちにでもなってみましょうか。
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次の家は1890年代の建築、軍の高官だった金春栄(きむ・ちゅにょん)さんち。*
*金春永、金春営 など表記に振れがあります
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右手の石積は防火壁としての実利と、格の高さを表すのだとか。



右端の部屋がおそらくアンチェ(内棟)の居室、アンバン(内房)でいいのかな?
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この家は一棟建てで別棟は無く、比較的コンパクトです。
人口増により、この頃(19世紀末)から、敷地の確保が難しくなり始めた影響とも云われています。


全体的に開放的な造りは、冬の寒さより、夏の暑さ対策を重視したのでしょうか。
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ここで、舎廊房(さらんばん)、家主の部屋を撮り忘れる失策(^^ゞ
左のオンドル煙突のすぐ後ろだったのに…
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しかも、これで一周と安心したら、あれれ? 実は3軒しか回っていない。
あとの2軒は何処に行っちゃったのだろう… えっと、単なる回り忘れです(^^ゞ




まあいいか。後ろのビルを気にせず、昔の気分に浸りましょう。
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こっそり小声で… でもこの韓屋群、説明の振れがあまりに大きく、この記事を書くのにあたりかなり迷いました。なので上記の記述も、思い切り勘違いしている可能性があります(言い訳、言い訳…)
折角の文化財なのだから、間取り等も含め、もう少しきちんとした解説があればいいのにと思います。
移築事業を終えた後は運営団体に丸投げ系の、何処も同じハコモノ行政、なのかなあ(^^ゞ





訪れたのは10月上旬、紅葉にはまだ早いようでした。
今頃はすっかり色付いている事でしょう。
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柿の実が沢山実っています。これは甘柿?それとも渋いのかな?
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こうした施設には、必ず校外学習の子どもたちが訪れています。
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校外学習のお楽しみといえば、やっぱり皆で広げるお弁当。
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何処も変わらぬ風景に、ちょっとほのぼのします。




韓屋の建つエリアの奥に、何だか古墳のような構造物。
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1394年に朝鮮王朝が、漢城府(はんそんぶ)としてこの地に都を開いてから600年を記念して、1994年に埋められたタイムカプセルです。
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首都1,000年となる、2394年に掘り出す予定なのだとか。
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そういえば1970年の大阪万博をきっかけに、各地でタイムカプセル事業って盛ん行われましたが、その後はどうなっているのでしょう。
大阪は開封が5,000年後の6970年でしたっけ?


ちょっと長い時間について思う、南山韓屋村なのでした。





閉じる コメント(12)

大阪のタイムカプセルに驚きました。
覚えてる人いなくなっちゃうのではないかと(笑)

2017/11/23(木) 午後 11:27 [ kazukun ]

大阪のタイムカプセル思い出しました。そういえばありましたね。5,000年後なんて憶えている人なんかいないと思うけどな〜

2017/11/23(木) 午後 11:55 カイちゃん

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タイムカプセル・・・懐かしさを感じます!

2017/11/24(金) 午前 6:16 さもん ほうさく

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韓国の古民家も素敵ですね。底冷えするソウルではオンドルは昔からの生活の知恵なんですね

2017/11/24(金) 午前 7:01 JGC修行僧

タイムカプセルを掘り出すまで、世界が平和だと良いですね。
その頃は、別の生命体が地球を支配していたらして(笑)

2017/11/24(金) 午前 7:22 のんちき7

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kazukunさん、おはようございます
大阪のタイムカプセルは2000年に点検開封されたのですが、殆ど話題になりませんでした(^^ゞ
本番の6970年までここにあるぞと伝え続ける事のほうが、余程大変な気がします。

2017/11/25(土) 午前 6:16 こぶ〜

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カイちゃんさん、おはようございます
1970年万博ではかなり話題になりましたが、主催した松下電器と毎日新聞にとり、
今では微妙な重荷になっている感があるような気がしてしまいます(^^ゞ

2017/11/25(土) 午前 6:20 こぶ〜

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さもんさん、おはようございます
1970年の大阪万博で話題になって以来、各地で様々に流行りましたが、
既に忘れられちゃったものや、行方不明も多数あるのだとか(^^ゞ

2017/11/25(土) 午前 6:23 こぶ〜

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JGC修行僧さん、おはようございます
冬用のオンドル部屋と、開放的な夏用の部屋の使い分けで寒暖に対応した事が分かりました。
そのあたりも含め、もう少し解説があれば良いのにと思ってしまいました(^^ゞ

2017/11/25(土) 午前 6:26 こぶ〜

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そういえば、私も1970年にタイムカプセルを埋めた記憶があります。

どこに埋めたんだろう。小学校の敷地だったような。(笑)

2017/11/25(土) 午前 6:31 いちろう

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のんちき7さん、おはようございます
今から5,000年前というと縄文時代になるのでしょうか。
そこから考えるとまだ人類はいるのかなと思いますが、別の可能性も充分ありですよね(^^ゞ

2017/11/25(土) 午前 6:33 こぶ〜

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いちろうさん、おはようございます
そうそう、学校で埋めるの流行りましたよね〜 掘り出した話はあまり聞きませんが(^^ゞ
今から思えば埋めずに普通に保管した方が、散逸する可能性が低かったのにと思えます(笑)

2017/11/25(土) 午前 6:39 こぶ〜


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