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1991年に放映されたドラマの27年後のロケハンに出動中
予めのお願い;
ここ以降、ストーリーに沿った思い切りネタバレでの進行を予定しております。
27年も前のドラマなので、その辺りご勘弁くださいませm(_ _)m
前回何とか最終話までこぎ着けましたが、本編に収めきれなかったおまけ編です。
まずは 「その4」 で出した、三上健一と長崎尚子のお話。
「その4」の再録から。
三上健一と、医大の同級生の長崎尚子がよく鉢合わせる、窓から馬が顔を出す店。
ここで、長崎尚子が親の決めた結婚の招待状を三上健一に渡すと、 それを見た三上が冗談めかし、 「行くよ、お前を式場から連れ出しに… 『卒業』ってやつ。」 実は三上は、長崎尚子が気になって仕方ありません。 この時後ろに流れているのが、S&Gの「ボクサー」。
さすがに「ミセス・ロビンソン」や「サウンド・オブ・サイレンス」ではベタに過ぎます。 でも、「♪Lie la lie, lie la la la lie …♪」の「♪リフレインが 悲しげに叫んでる♪」
(松任谷由実「リフレインが叫んでる」)のかもしれません。
第10話で、三上は実際に長崎尚子の結婚式に行き、
「約束したろ。王子さまがさらいに来てやったよ。」 と長崎を連れ出そうとします。
「好きよ、三上くん… あたし、やっぱり親を裏切る訳にいかないのよ。
こんな風にしか生きられない人間もいるのよ…」
結局のところ三上は「卒業」は出来ず、ひとり去るしかありませんでした。
長崎尚子の結婚式が行われたのが、「グランドプリンスホテル高輪 貴賓館」。
旧宮家竹田宮邸として1911年に竣工しました。
ところが第11話(最終話)で、
長崎尚子は新婚旅行を放り出し、オーストラリアから三上のところに戻って来てしまいます。
このタクシーの芸が結構細かく、ちゃんと千葉ナンバーのエアポートタクシ―。
成田からここに直行した事を示しています。
「棄ててきちゃった、全部。
向こう着いて、そのまま同じ飛行機で帰って来ちゃった。」
オーストラリアタッチとは、なかなかに豪快です。
「新郎は?」
「泣いてた。」
「最低だな、お前。」
「あなたと同じくらい。」
上大崎3丁目、第7話「その8」の、リカがカンチの家に向かう道と同じ場所です。
このネタは掲載するか否かちょっと迷ったのですが、おまけついでに。
今までロケ地として登場した、表参道駅出口付近。
千駄ヶ谷トンネル。
代々木公園。
西郷山公園。
東池袋中央公園。
首都高目黒出入口付近。
第三台場。
四谷真田濠付近。
そちら方面には全く疎く、何も見えない感じない性質なので全く知りませんでしたが、場所を検索するとそんな情報がヒットするので、「へぇ〜」と思った次第です。
ロケ地向きでもある、特徴的な地形や景色が広がる場所には、そのような話(伝説?)が付属しやすいのかもしれません。
これ以上何も言えないので、この項はこれにておしまいです。
さてと、
第11話(最終話)「その10」で三年後に、
永尾完治(カンチ)・さとみ(旧姓関口)夫妻が歩く、表参道、渋谷区神宮前5丁目。
ここは港区と渋谷区の境なので、
奥の「三菱銀行」の看板のところ、「ハナエ・モリビル」は港区北青山3丁目。
そういえば1987年の映画「私をスキーに連れてって」で、優ちゃんと矢野くんが待ち会わせをする「Café 花水木」は、「ハナエ・モリビル」の喫茶室だった筈。
大昔、仕事で「ハナエ・モリビル」を訪れた事があるのですが、正面の華やかさとバックヤードの混沌の差にちょっと驚いた事を思い出しました。
そんな「ハナエ・モリビル」は、2013年に「オーク表参道」に建て替えられました。
「三菱銀行」は、「三菱東京UFJ銀行」に変わりましたが、
「青山支店・表参道支店・原宿支店」として今も「オーク表参道」に入っています。
確か、カンチたちが歩いていた頃は「三菱銀行・青山支店」だったような。
2006年の「UFJ銀行」との合併の際、「三菱東京UFJ銀行・表参道支店」に店名を変更し(「青山支店」は旧UFJ銀行の支店が継承)、その後の店舗統廃合により、今では「青山支店・表参道支店・原宿支店」が同居というややこしさ。
そういえば今(2018)年4月には「三菱東京UFJ銀行」から、「三菱UFJ銀行」へと更に名称が変更されるようです。
1996年の「東京銀行」との合併により、「東京三菱銀行」だった頃も遠い昔です。
通帳の収納袋って、古いものをついそのまま使ってしまいます(^^ゞ
そうだ、都市銀行の変遷ってあったよなあなんて思いながらドラマを観つつ、自分のキャッシュカードが未だに1995年発行の「三菱銀行」もので、しかもディズニーアニメ「101匹わんちゃん」の旧々だという事は、すっかり忘れているのでした。
でもこれ、’95年に「101匹わんちゃん」って、どんな繋がりだったのだろう?
実写版「101」の日本公開は1997年だし、もしかして1961年のアニメ版に、この頃何か動きがあったのかなあ。
いやあ旧々とか思い出していたら、もっと古いものもあるのでした。
実は「三井住友銀行」のカードは、1986年発行の「三井銀行」ものが今も現役。
このロゴ、1984年〜90年(「太陽神戸銀行」と合併)までなので、ちょっとレア?
以前窓口でこのカードを提示したところ、「これ、今でも使用可能なのですか?」と逆に訊ねられたのは、ほんの内緒です。
本当はもっと古い「『丸に井桁三』三井銀行」のカードを持っていたのですが、確かシステム変更があり、上記のカードに交換しました。
CD(キャッシュ・ディスペンサー)機が、現在に続くATM機に切り替わる頃でした。
ははは、通帳袋も同時期の「三井銀行」が現役継続中。
この頃「三井銀行」のキャラクタは「くまのパディントン」だったのに、普通デザインしか残っていなくてちょっと残念。
1990〜92年の「太陽神戸三井銀行」は見つからなかったけれど、20世紀最後の時期の「さくら銀行」がありました。(2001年「住友銀行」と合併「三井住友銀行」に)
とか何とか、こんな旧々ものを未だに使い続けてしまいます。
第1話「その2」で、関口さとみが路地から見上げた表参道交差点の白いビルも、当時は「富士銀行」でしたが、現在は「みずほ銀行・青山支店」です。
そういえば銀行合併が盛んだった頃、分散していた筈の口座が、全部同じ銀行になっちゃったよーという知り合いが幾人もおりました。
第一勧業、富士、(日本興業) ⇒ みずほ
東京、三菱、三和、東海 ⇒ 三菱東京UFJ(4/1から三菱UFJ)
三井、太陽神戸、住友、(太平洋) ⇒ 三井住友
協和、埼玉、大和、(奈良) ⇒ りそな/埼玉りそな
北海道拓殖 ⇒ 北洋
大体こんな流れだったでしょうか。都市銀13行なんて言ったのも遠い昔です。
他にも何かないかなと、カードケースをひっくり返したら、
リカとカンチの頃には必需品でしたが、今では使う機会もそう無さそうです。
もうひとつ、かなりレアなものがしまい込まれていました。
1990年の初来日だと信じたいのですが、1995年の「ヴ―ドゥ・ラウンジ」ツアーだったかもしれません。もう正確に覚えていない(^^ゞ
確か、コンサート会場の「東京ドーム」で限定発行の申込書を貰いました。
そうそう、柴門ふみの原作は「東京ラブストーリー After25years」として、
昨(2017)年、続編が刊行されました。
原作とドラマでは特に後半の展開が異なるため、これを下敷きにドラマの続編を作る訳にはいきませんが、ドラマのほうのリカにカンチ、さとみや三上、尚子。
5人の今を、ちょっと想像したくなるのでした。
「あの日あの時あの場所」から27年、改めて自分を含め、今立つのは一体どんな場所なのだろうなんて、つい感傷的になってしまいます。
2020年を控え、風景も更に変わってゆくのだろうなあ、なんて思いつつ。
このネタのその後と、目次を追加しています。「あの日あの時…」の今?
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上大崎3丁目!ここはオウム真理教事件の刈谷さんの公証役場があった所でございますよね!
2018/2/16(金) 午後 0:13
これは!成田離婚の話を先取りしていたんですね(*≧∀≦*)(*^^*)それにしてもタッチもこの方パイオニアですね(*≧∀≦*)(*^^*ゞ
2018/2/16(金) 午後 1:50 [ ファンキー五郎 ]
このころから成田離婚って言葉が生まれたような(笑)
目黒インターの横を通過して通学していましたが、見えませんでした。(笑)
2018/2/16(金) 午後 4:35
テレカの時代に、既に変〇タッチは存在していたのですネ☆
2018/2/16(金) 午後 6:12 [ チョコパン ]
千葉ナンバーのエアポートタクシ―・・・凄い!
航空系を極めたからこそ、わかるんでしょうね(^O^)/
2018/2/16(金) 午後 11:35
JGC修行僧さん、こんばんは
「おとっつぁん、それは言わないのがお約束〜」だったのに〜(笑)
そうなんです。図らずも歴史の一証人みたいなところが、インパクトの源かもしれません(^^ゞ
2018/2/18(日) 午後 8:23
ファンキー五郎さん、こんばんは
そうなんです。今回見直して「成田離婚」や「タッチ」の源があった事に改めて気付きました。
あの頃から30年近くを過ぎて、進歩したのか相変わらずなのかなんて考えてしまいました(笑)
2018/2/18(日) 午後 8:26
いちろうさん、こんばんは
「成田離婚」とか変〇タッチの源が、この頃にあった事を再確認する進行でした(^^ゞ
自然教育園から庭園美術館にかけての、緑が残るエリアに隣接する事が謂れのの由来みたいです。
2018/2/18(日) 午後 8:30
チョコパンさん、こんばんは
今回懐かしがっていたら、こんな古々のテレカが入れっ放しだった頃に気付きました(笑)
あの頃から27年、今でもやっている事が殆ど変わっていないような気も…(^^ゞ
2018/2/18(日) 午後 8:33
モルシマさん、こんばんは
このシーン迄のタクシーは緑の「東京無線」だったのに、ここだけ黒塗りであれっ?と思いました(笑)
でも今では「エアポートタクシー」のほうが見当たらないですよねー(^^ゞ
2018/2/18(日) 午後 8:35
全てに感動しながら読ませて頂きました。
もう言葉にならないです…
私の人生の中で、最も心に残るドラマであり、今でも景色や場所、セリフまで覚えているほどなので。
私事ですけど、愛するパートナーとの間に似たような事がありました。
実際は男である私が、仕事を取るか彼女と生きていくのかという究極の選択を迫られました。
その仕事は長年の夢であったことなので…
そのとき頭をよぎったのは、東京ラブストーリーでした。
あの頃の自分に教えてあげたい、これから素敵な人に出会うんだよ!
リカのような哀しい想いをさせたくない、迷わず私は彼女と生きていく方を選びました。
仕事はいくらでもある。
でも本当に大切な人との出会いは、二度とないことを、このドラマで学んだので。
もし東京ラブストーリーを観てなかったら、仕事を取り一生後悔していたことと思うんですね。
リカとカンチには反面教師として、ある意味感謝しています。
2018/9/25(火) 午後 0:52 [ tho*ou*h_*red_l*ve ]
tho*ou*h_*red_l*veさん、こんばんは コメントありがとうございます。
少しでも面白がって頂ければ、ふらふらと歩き回った甲斐があります(笑)
このドラマは「選ぶという事」が大きなテーマなので、それに伴う「痛み」が響くのかと思います。
出逢いと別れはどうしても付いてきますが、少しでも賢い選択が出来るようにと改めて自戒しております。
2018/9/28(金) 午後 0:54
この間SNSで「東京ラブストーリー」の再放送がある、ついでに織田裕二と鈴木保奈美が27年ぶりに共演するSUITSの存在をしり、あの頃を想い出しました。私は織田裕二と同い年です。このサイトを拝見して、先日東京のロケ地を訪問してきました。当時は大阪にいたので、土地勘はまったくなかったのですが、30歳の頃東京に転勤で来て「へぇ、カンチやリカのマンションがんまだあるんだ」と思い、無性に見たくなって行ってきました。27年も経ったと思えないくらいでした。残念なのは聖地の代々木公園が今土日はイベントがめじろ押しで、なかなか更地にならないこと、象徴的なビルの日本青年館が壊されて移転していることですかね。本当にこのサイトのおかげでいろいろ楽しませて頂き、感謝しています。
2018/10/20(土) 午後 10:43 [ トーマス51 ]
トーマス51さん、こんばんは コメントありがとうございます
少しでもあの頃を思い出すきっかけとなれば、ふらふらした甲斐があります。
日本青年館が建て替えられてしまった事は、やはり残念です。
また、愛媛の肱川周辺が、豪雨により大きな被害が出てしまった事に心が痛みます…
2018/10/26(金) 午後 7:18