こぶ〜がふらふら

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当ブログでは、今まで旅行・飛行機を主な話題としてきたため、ボツにしたネタが幾つかありました。主に韓国ドラマのストーリーに関するあれこれです。

改めて自分のための備忘録として、そんなネタを記事にしようと思いました。
あまりにマニアックで細かな事柄ばかりですが、どうかご容赦ください。

また、ここからネタバレ気味での進行となる事を、予めご了承ください。



2012〜13年の KBS2 週末ドラマ「いとしのソヨン 내 딸 서영이 [私の娘 ソヨンが]」をお題にしています。


このドラマでは、カン・ソンジェ(イ・ジョンシン 俳優名 以下同)とチェ・ミンソク(ホン・ヨソプ)のふたりが俳優を目指しています。

そのため、演技の練習やオーディションの場面が幾度も登場します。


ドラマ前半、第14〜17話の練習シーンのセリフ。
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登場人物がジュンセ、ウンソン、スンミ。
「華麗なる遺産 (2009 SBS)」の一場面です。

「いとしのソヨン」と「華麗なる遺産」は、どちらも脚本がソ・ヒョンギョン。
そうした縁での登場です。とはいえ SBS ドラマを KBS2 で演じてしまう柔軟性。


オーディションで呼ばれる時の題名が、「ファンの遺産」。
え? 『ファン』って「華麗なる遺産」の主人公(^^ゞ
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左のオーディション審査員は、ちょっとワルな大物役が多いコ・インボム。
「いとしのソヨン」と同時期放送の「メイクイーン (2012 MBC)」で、造船会社の会長役を務めていましたが、どのような縁での特別出演だったのでしょうか。




ドラマ中盤、第18〜28話にかけて練習するのが、
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カン・マル、ソ・ウンギ。「優しい男 (2012 KBS2)」です。
「いとしのソヨン」と同時期、2012年09〜11月にかけて放送された水木ドラマです。

上記画像、ソ・ウンス(AOA ソリョン)が持つ台本が「착한남자 [優しい男]」。*1
正確なドラマタイトルは、「세상 어디에도 없는 착한남자 [世界の何処にも居ない 優しい男]」。なんて長いんだ。

また、この頃のドラマ内のテレビ画面には、「優しい男」のカン・マル(ソン・ジュンギ)がよく映し出されていました。
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これも、PPL (画面内に商品、商標を写し込む手法)の一種でしょうか。
「華麗なる遺産」、「優しい男」の両方に、ムン・チェウォンが出演していた事はあまり関係が無さそうです。

*1 「착한 남자 優しい男」
このタイトルに関しては推定したものです。崩し字なんて解読不可能です。
左、実際の「優しい男」のタイトル。右、ドラマ内の台本のタイトル。
イメージ 23イメージ 24
双方を比較し、同じロゴだと判断しました。デジタルってこういう時便利。



但し、「優しい男」は演出上の意図として、放送開始時には、誤った綴り方で言葉としては意味を持たない、
「차칸 남자 チャカン男が正式な題名でした。*2 

しかし、これが物議をかもし、ついには公的機関が動く事態にまで発展し、放送途中で正しい綴り方の、
「착한 남자 やさしい男へと題名を変更します。

そのため上記の台本は、ドラマ「チャカン男」をもじった、「やさしい男」だった可能性があります。題名変更騒ぎにより、奇しくも同じタイトルとなったのかも。
尚、上記左のタイトルは変更後のものです。

ああ、どうしてこんな細かな事ばかりに、関心が向くかなあ…

*2 「차칸 남자 チャカン男」
こうした事柄は、文章にするのが難しいと改めて感じます。
やさしい男」を、やきしい男』ヤサツイ男』 と表記したら近いでしょうか。





話を戻し、同じ頃、ソンジェが練習しているのが、
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セリフから推定すると、おそらく「赤道の男 (2012 KBS2)」。
上記の水木ドラマ「優しい男」の前々作ですが、「いとしのソヨン」のイ・ソヨン、「赤道の男」のハン・ジウォン = ヘミングを、共にイ・ボヨンが演じた縁からでしょうか。

ソンジェの持つ台本の題名が確認出来なかったのが、ちょっと残念。




第32話、ソンジェの練習相手をする、ソヨンが持つ台本は、
2012年03月公開の映画、「건축학개론 [建築学概論]」。([32-10] 0′00″
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「建築学概論」といえば、ヒロインの学生時代を演じた miss A のペ・スジを、一躍、「国民の初恋」に押し上げた作品として知られています。
そういえば、「建築学概論」のヒロインの名前も、ソヨン。


もうひとつ、手をつないで線路の上を歩く事、を流行らせました。
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ソウル南西、「悟柳洞 (おりゅどん)」にある「航洞鉄道 (はんどんちょるど)」。
廃線区間がそのまま残されている場所なので、心置きなく「建築学概論」ごっこをする事が可能です。



第33話、4′00″から、
ソンジェが「건축학개론Ⅱ [建築学概論 2]」のオーディションに参加します。
(33-02)

前作の台本を使い、続編のオーディションを行う設定のようです。
ソンジェは「上手く出来た」とご満悦でしたが、その結果が示される事はありませんでした。



第37話、ソンジェは週末ドラマのオーディションに参加します。([37-04] 02′21″
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主人公の名前がグィナム。
「いとしのソヨン」の前の週末ドラマ、「棚ぼたのあなた 2012 KBS2 」、
「넝쿨째 굴러온 당신 [蔓ごと転がり込んで来た あなた]」です。

ドラマ内では、
「넝쿨째 굴러온 엄마  [蔓ごと転がり込んで来た お母さん]」と、
タイトルが微妙に変えられていました。「棚ぼたの お母さん」?

第38話、ソンジェはオーディションに合格し、([38-06] 0′00″
第40話、撮影に臨みます。([40-10] 0′00″


第43話、オンエアの日がやってきました。
ところが出来がいまいちで、撮影シーンはカットの憂き目に。([43-09] 2′25″
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ソンジェの出演シーンは飛ばされ、画面は「棚ぼたのあなた(お母さん?)」のパンさん一家へと移ってしまうのでした。

そういえば「棚ぼたのあなた」も外部への言及が多いドラマで、非情な差し替えにより、訳の分からなくなった箇所が結構ありました。




第45話、ソンジェの仲立ちにより、単発ドラマに出演する機会をミンソクが得ます。
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そのドラマが、
「부부 클리닉 사랑과 전투 [夫婦クリニック 愛と戦闘]」。

本来の題名は KBS2、
「부부 클리닉 사랑과 전쟁 [夫婦クリニック 愛と戦争]」。

夫婦間の問題に焦点を絞った一話完結のシチュエーション・ドラマで、ドラマ終盤の決まり文句が、「もう離婚だ!」。
ドラマ終了後、登場した夫婦の問題点を(有識者に扮した俳優が)話し合うコーナーが付く形式でした。
1999〜2009年、2011〜2014年、2018年の三期に渡って続いた長寿番組です。

第46話、ミンソクはオーディションに挑みます。([46-06] 0′05″
この時、「ゴッドファーザー愛のテーマ」が短く流れるのですが…


第48話、「夫婦クリニック 愛と戦闘」がオンエア。
夢に見たドラマ出演、といっても小金をせびる悪党役。結局殴られ、はい終了。

それでも中年新人俳優ミンソクは、ドラマデビューが嬉しくてたまりません。


そういえば第34話、ソンジェに絡む当たり屋役で、「夫婦クリニック 愛と戦争」の常連俳優、イ・ジェウク (이재욱)が出演していました。([34-09] 2′00″
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この人もソヨンに論破されて木っ端微塵。こっそり退散するしかありませんでした。




ドラマ終盤の第49話。
ミンソクはとうとう、週末ドラマの脇役を獲得します。([49-06] 1′30″
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このドラマの題名が何と、「내 아들 영록이 [私の息子 ヨンノクが]」。
「いとしのソヨン」の原題は、「내 딸 서영이 [私の娘 ソヨンが]」。
「いとしのヨンノク」でしょうか。

ドラマ終盤で、とうとう自己言及してしまいました。
まあさすがに、ミンソクが出演するのがミンソク役、ではありませんでしたが。




実はこんな風にドラマの隅っこばかりを観ているので、出番は少なくとも印象に残る、助演陣が気になって仕方ありません。


ソヨンに仕事の依頼をする、(株)ウィン代表 オ・ボンス(キム・グァンイン 김광인)。
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カン・ウジェ(イ・サンユン)が副社長を務める、ウィナーズの系列会社の代表です。
名刺が大写しになる場面があったので、詳しい所属が分かりました。

キム・グァンインは、2018〜19年 KBS2 週末ドラマ最近作「たった一人の私の味方」にも、ワン家の主治医キム博士として登場します。
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この方は、おそらくものすごい数のドラマに出演しています。
「キム・グァンインを探せ」が、殆どのドラマで出来るのでは? という位。




「いとしのソヨン」で、
イ・サムジェ(チョン・ホジン)が働く食堂の店主(キム・チュウォル 김추월)。
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キム・チュウォルは、
「たった一人の私の味方」ではワン家の家政婦、ヨジュとして登場しました。
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キムチュウォルも、近所のおばさんや店主として頻繁にドラマの中で見かけます。



おじさん、おばさんだけでは何なので、若手にも登場してもらいましょう。

「いとしのソヨン」、ハンジン大学病院 ER の医療スタッフ(チョン・スイン 정수인)。
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チョン・スインは医療関係者の他、会社の秘書や受付、幼稚園の先生など比較的堅めの職業で多く見かけます。

「主君の太陽 2013 SBS)」では、テ・ゴンシル=テヤン(コン・ヒョジン)とテ・イリョン(キム・ユリ)の同級生として登場しました。
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ただ、この方はメイクと髪型で変身してしまい、気付かない事が時々起きます。
最近、ハン・ソヨン (한서연)に改名をしたようです。



韓国ドラマは一話70分基準で、短くとも16話。
50話を超えるものも普通にあり、必然的にシーン数や登場人物が多くなります。
そのため、脇を固める助演陣の存在が一層重要になります。

日本では、映画・ドラマ俳優と舞台俳優の垣根が高い印象がありますが、韓国では両方を兼ねる方が多いようです。それが層の厚さにつながるのかもしれません。


とか何とか言い訳をしつつ、一体ドラマの何処を観ているのだろう…
取りあえず、ここまでにしようかなあ。





2011年11月から自分のための記録として、このブログを書き始めました。
それから7年半、まあ色々な出来事−変化も起きましたが、何とか続けて来られたのは、取りとめのない文章を読んでくださり、多くの励ましの言葉をくださった皆さまのお陰と感謝しております。

ところが今年に入り、ヤフーブログの終了がアナウンスされると、何と言いますか、やる気モードがすっかりオフになってしまいました。

新しいプラットフォームへの移行も面倒だし、一時期は消えるに任せてしまおうとも考えたのですが、自分のための備忘録として、過去記事はいずれ何処かに引っ越そうと思っています。移行先は未だ未定のままですが…


とまあそんな昨今ですが、当ブログでは旅行・飛行機を主な話題としてきたため、ボツにしたネタがありました。主に韓国ドラマのストーリーに関するあれこれです。

改めて自分のための備忘録として、そんなお話を記事にしようと思いました。
あまりにマニアックで細かな事柄ばかりですが、どうかご容赦ください。



韓国ドラマで挙げられる特徴のひとつに、音楽の多用があります。

例えば、日本にその存在を知らしめた記念碑的ドラマ、「冬のソナタ 겨울연가 [冬恋歌] 2002 KBS2」では、オリジナル・サウンド・トラックの(以下 OST)収録曲数が、20話に対し17曲。
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50話を超える週末ドラマでは、同一曲のアレンジ違いを含め、40曲以上収録されるのが通例です。
更に OST 収録外の BGM 使用曲を含めると、全体では相当な数に上ります。

「冬のソナタ」でも、1968年冬季オリンピック記録映画のテーマ曲「白い恋人たち (13 Jours en France)」や、ABBA の「ダンシング・クイーン (Dancing Queen) 1976年」などが OST 外の曲として劇中で使われました。


こうしたドラマを放送する場合、曲それぞれに著作権使用料が発生します。

ところが、日本で放送する際には使用料を低減するためか、曲数を絞るのが残念ながら当たり前となっています。
「冬のソナタ」の「白い恋人たち」や「ダンシング・クイーン」も、日本での放送時には曲が差し替えられました。




差し替えを全て記録しようとしたら膨大な量になってしまうので、以下、ドラマの意図をやや無視したような曲の差し替えや、残念なカットシーンを記録しようと思います。

ただし、放送によりバージョンが多数あるので、異なる事も多いかと思います。
また、ここからネタバレ気味での進行となる事を、予めご了承ください。






お題にするのは、2012〜13年 KBS2 週末ドラマ、
「いとしのソヨン 내 딸 서영이 [私の娘ソヨンが]」。
最高視聴率 48.5% を記録したヒット作です。


物語の舞台となる「ソウル厚岩洞 (ふあむどん)」、「南山中央教会 남산중앙교회」隣の屋根部屋(おくたっぱん [屋塔房])。
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この屋根部屋は「いとしのソヨン」以降、多くのドラマに出演しています。
「温かい一言 (2013〜14 SBS)」や「ヨンパリ ( 2015 SBS)」、「月桂樹洋服店の紳士たち (2016 KBS2)」などなど。



そんな「いとしのソヨン」のオリジナル版を元に、変更点を幾つか列挙します。
尚、以下の動画は埋め込み再生が不可のため、「 YouTube でご覧ください」をクリックしての別タブ再生になります。


第02話、
家庭教師のイ・ソヨン(イ・ボヨン 俳優名 以下同)が、勉強嫌いなお金持ちのドラ息子カン・ソンジェ(イ・ジョンシン)と対決します。(02-02)


00′36″
授業を阻止しようとするソンジェが大音量でかける音楽が、レッド・ツェッペリン (Led Zeppelin)の「 ロックン・ロール (Rock and Roll)」。

01′47″
レイチャールズ (Ray Charles)の名曲「 Hit The Road Jack (旅立てジャック)」に曲が替わります

1991年生まれのソンジェが、1961年の 「Hit The Road Jack」 や1971年の「ロックン・ロール」を聴くのは渋過ぎですが、これが次への伏線になっています。




02′45″二回目の授業では前回同様、「 Hit The Road Jack 」 と、
04′18″から、イーグルス (Eagles)の「 ならず者 (Desperado) 1973年」がかかる中、授業を進めます(02-11)。

この部分は BGM がすっかり差し替えられてしまい、そのせいで字幕もぐだぐたになってしまいました。

特に、ソヨンが突然ソンジェに向けて言い放つ、

「貴方は私が知る中で一番意地悪な人、そんな事を言うなら出て行くわ」
「二度と戻って来るなって言いたいんでしょ? こんなひどい扱いをするなんて」

という、「Hit The Road Jack」 の歌詞にかけた毒舌が意味を持ちません。

You're the meanest old woman that I've ever seen.
I guess if you said so I'd have to pack my things and go. 
Hit the road Jack and don't you come back no more, no more, no more …
… don't ya treat me this-a way

が元歌詞でしょうか。

この場のやり取りは、その後のソンジェが、ソヨンの凛々しさを表現する際に幾度も発する、「 『Hit The Road Jack』 の時の…」という独特な言い回しのきっかけとなる場面なのに、差し替えの憂き目に。


そして、やや毒気を抜かれたソンジェが歌詞カードを見つつ、

「『ならず者よ、いい加減目を覚ましたらどうだい? 君って本当に頑固者… 
君を満足させるその理由が、君を傷つける事だってあるのに… 』
おお〜、イーグルス格好良い!」

と素直に喜ぶのが、ソヨンの頑な態度に対するささやかな皮肉でもあったりします。

Desperado, why don't you come to your senses? … 
Oh, you're a hard one …
… These things that are pleasin' You can hurt you somehow

が元歌詞でしょうか。




第04話 02′47″〜 03′50″にかけ、
ソンジェの母チャ・ジソン(キム・ヘオク)が、隣近所の迷惑を省みず、大音量でオペラを熱唱します。(しかもあまり上手とは言えない… )(04-04)

何故かこの60秒がカットされています。

親が政治家のジソンは、音大卒業直後にカン・ギボム(チェ・ジョンウ)と政略結婚をしました。
そのため夫との関係が良好とはいえず、また、社会経験が無く家庭に入ったため交友関係が狭く、唯一のストレス解消法がオペラの熱唱という設定なのでした。

この後もジソンは、ストレスを感じる度に大音量でクラシックを聴いたり、オペラを熱唱しては隣近所にちょっとした迷惑をかけます。
(こんな大きなお屋敷で、近隣に音が洩れるのか? という疑問はありますが)

それらのシーンが殆どカットされたため、いきなりコスプレをして倒れ込む、すっかり変なお母さんになってしまいました。(第16話、[16-05] 03′00″でも)





第10話、ソヨンとカン・ウジェ(イ・サンユン)の結婚式が行われます。(10-13)


動画の終盤、02′57″からのエンディング曲、オリジナル版のビートルズ (Beatles)
の「ロング・アンド・ワインディング・ロード (The Long And Winding Road)」が、差し替えられてしまいました。使われるのはこの一回だけなのに。

まあ確かに、ビートルズの楽曲使用料って高そうな感じがします。

ここ(結婚)に至るまでの紆余曲折や、次回から舞台が3年後に移る事、これから起こる波乱万丈を予告する選曲と思えるのですが、そうした意図が消えてしまうのはちょっと残念です。

そういえばこのドラマ、カフェの BGM などにも’60〜70年代の洋楽が頻繁に登場します。製作者の好みか、視聴者の年代を意識した選曲かは分かりませんが、その殆どが差し替えられていました。洋楽の使用料って高いのかなあ。





第13話、2′00″
チェ・ホジョン(チェ・ユニョン)が、イ・サンウ(パク・ヘジン)に愛の告白をします。
(13-08)


このシーンの歌はさすがにそのままでしたが、こうした重要な部分でも曲を差し替えてしまう場合が多々あります。本当に情け容赦無いんだから(^^ゞ

これを出したのはホジョンが歌う曲、聴き覚えがあるのに長く判らなかったから。
ある時、別のドラマを観ていて突然判明しました。

「シークレットガーデン (2010〜11 SBS)」に登場する「その女 그여자 (くよじゃ)」。

SBS ドラマの曲を、KBS2 で堂々と使ってしまう素晴らしい柔軟性。
しかも、この曲がホジョンにあまりにぴったりで、もう笑うしかありません。
ホジョンは片思いを3年、全く気付いてもいないサンウにしています。

歌詞は大体、こんな感じでしょうか。

ある女は 貴方を愛しています
その女は 懸命に愛しています
毎日、影のように 貴方の後を付いてゆき
その女は 笑いながら泣くのです

あとどの位 貴方を見つめ続けたら
風のような愛で 貴方を惨めに愛し続けたなら
貴方は私を 愛してくれるのでしょうか

ほんの少しだけ 近くに来て欲しい 少しだけ
一歩近づくと 二歩遠ざかる
貴方を愛している私は 今も傍にいるのに
その女は 泣いています

ホジョンが熱唱する「その女」以来、この曲は「シークレットガーデン」ではなく、すっかり「ホジョンのテーマ」になってしまいました(^^ゞ




第15話、3′09″
ソンジェが初恋の幻影と出逢った瞬間、ある曲が流れ始めます。(15-09)

この後、ソンジェが初恋の幻影と出逢う度、同じ曲が再生されます。
おそらく初恋モードの象徴として、繰り返し脳内再生するメロディなのでしょう。



初恋の象徴として流れるのは、
1982年の仏映画「ラ・ブーム 2 (La Boum 2)」の主題歌、「恋する瞳 (Your Eyes)」。

こうした細かなディテールが切られてしまうのが、ちょっと残念です。

というのも、韓国では映画「ラ・ブーム」「ラ・ブーム2」と、そのヒロイン、ソフィー・マルソー (Sophie Marceau) が、初恋の象徴として特別な意味を持っているのです。


2014年 KBS2 週末ドラマ「本当に良い時代 참 좋은 시절 」の第23話。
後ろからそっとかけられるヘッドフォンが、恋の魔法の合図です。
イメージ 3

このネタひとつで、23話から30話あたりまで引っ張る程の破壊力が、「ラ・ブーム」とソフィー・マルソーにはあるのでした。


「本当に良い時代」で、ヘッドフォンの魔法をかけるのは、
1980年の仏映画「ラ・ブーム (La Boum)」の主題歌、「愛のファンタジー (Reality)」。


1980年代の韓国は、’88年のオリンピック開催を控えていたものの、軍事政権下にあり、政治的には内外共に一触即発の緊張状態が続いていました。
(’80年 光州事件、’83年 大韓航空機撃墜事件、ラングーン事件など)

その一方社会的には、カラーテレビやビデオレコーダーなど、メディア機器の普及が後押しする大衆文化の急速な発展がありました。

当時の政権はそうした動きに抗しきれず、従来の大衆文化に対する規制的な政策を一部緩和し、流行を黙認する方向に向かいます。(自由化とまでは言えない)

オリンピック開催を間近に控え、国内の政治的緊張を和らげる一種のガス抜き対策でもありました。


こうした流れによって外国映画が比較的自由に観られるようになり、「ラ・ブーム」のソフィー・マルソーは、当時の青少年たちの心をわし掴みにしました。
(仏大統領よりも)有名なフランス人といわれ、「下敷きの女神 책받침여신 (ちぇくぱっち よしん)」 *1 として、’80年代の韓国に降臨したのです。

*1 「下敷きの女神」
崇拝と憧憬の対象として下敷き(クリアファイル)に安置される最も身近なカミ、或いはその形象の事。
ソフィー・マルソー、ブルック・シールズ、フィービー・ケイツが、「三大女神」とされた。
「三大女神」にジョイ・ウォン(王祖賢)を加え、「四大女神」とも。




1980年代末から’90年代初頭を描いたドラマ「(恋のスケッチ)応答せよ1988 (2015〜16 tvN)」にも、ビデオで「ラ・ブーム」を視聴して憧れるシーン(勿論ヘッドフォンをかける真似も… )が登場します。(多分10話)
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ついでに、現代(2016年)のソン・ドクソン役で登場するイ・ミヨンは、1987年にミスロッテ1位を獲得した「下敷きの女神」国内派の筆頭格でした。
当時の CM 画像などが、ドラマ内に頻繁に登場します。




「いとしのソヨン」に戻り、第47話、
家出した妻ジソンに戻ってもらおうと、夫ギボムが歌を捧げるのですが…
1′00〜2′00の歌唱シーンが殆どカットされてしまい、何が起こったのか訳が分からない展開になってしまいました。([47-08] 0′00″)

ギボム、ベランダにジソンを呼び出す⇒歌を捧げる⇒困惑したジソンが引っ込むが、

ギボム、べランダにジソンを呼び出す⇒呆れたジソンが引っ込むになってしまっては、ニュアンスが相当に異なります。








このネタは以前 UP したものの改稿、再録です。(リンク切れに備えて、かな?)

第5話、ソヨンとウジェ、実質上の初デート。貸し切り状態の映画館でふたりきり。

ウジェのチョイスはよりにもよって、もの凄く哲学的で難解(なので退屈)な映画。
ウジェが映画青年という事もありますが、本当の狙いはソヨンを寝落ちさせるため。
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この場面に登場する映画は、実在するものが使われています。

その映画はハンガリーの鬼才、タル・ベーラ監督の「ニーチェの馬」。
(原題;A torinói ló/The Turin Horse 2011年)。

表現主義的というか思索的というか、もう難解さだけは断トツな作品です。
何と154分もの長さに渡り絶望感が漂う中、世界の終わりを予感させてくれます。
私だったら、100% 寝落ち確定です。

個人的には「三大寝落ち映画」、

「去年マリエンバードで (L'Année dernière à Marienbad)1961年 アラン・レネ 仏/伊」
「旅芸人の記録 (Ο Θίασος/O Thiassos) 1975年 テオ・アンゲロプロス 希)」
「木靴の樹 (L'Albero degli zoccoli) 1978年 エンマンノ・オルミ 伊)」

と並び立つ「四大寝落ち映画」です。どれも一回で見終える事が不可能です(笑)


第16話で([16-02] 2′00″)、ふたりはもう一度「ニーチェの馬」を観ます。

ちょっと深読みをすると、一度目の「ニーチェの馬」は、ソヨンの感じる理不尽さや絶望感に対し、ほんの一時でも休息して欲しいとウジェが願った事を象徴し、「ニーチェの馬」=過酷な現実を、あえて観ずに寝てしまう事が、ソヨンの絶望からの脱出可能性を示しています。

二度目の「ニーチェの馬」は、安定した状況を築いたふたりが「あの時から」を回想しつつ、やや気軽な会話を交わしながら鑑賞、ひいては安心して寝落ちが可能な空間へと変化しています。「あの時から」を客観的に振り返る基点として、「ニーチェの馬」が再び登場する仕掛け。

それにしてもドラマ内で、「やっぱりつまらないし… やっぱり眠くなる。」と言われてしまう「ニーチェの馬」って一体(^^ゞ



第20話、元映画青年らしく、ウジェがソヨンに「一緒に映画を観よう」と誘います。
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まあ結果的には、ソヨンに冷たくあしらわれてしまうのですが。
この時ウジェが持っている DVD が、「めぐり逢い (Love Affair) 1994年」。
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伝説的恋愛映画、「邂逅 (Love Affair) 1939年」の二度目のリメイク作品です。
最初のリメイクは、「めぐり逢い (An Affair to Remember) 1957年」。

1957年版を下敷きにしたスピンオフ「めぐり逢えたら (Sleepless in Seattle) 1993年」もある、恋愛映画の王道作です。

ちなみにそのお話は、
偶然に端を発する旅先での運命的な出逢い。互いが近付くのを妨げる人間関係。
突然の事故により果たせない約束、そしてすれ違いのまま時が過ぎ…

かつて「ニーチェの馬」を観に行った時、「大衆が求めるのは娯楽作品ばかりだ」なんて嘆いた映画青年ウジェが、韓国ドラマ要素満載のベタな恋愛話に誘うとは。

そういえばウジェの映画青年設定、中盤以降は完全に消えてしまいました。



「いとしのソヨン」では、他にも映画館に出かけるシーンがありました。

第40話、おそらくソヨンが初めてひとりで観る映画。([40-09] 1′20″
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2013年01月23日に封切られた「7番房の奇跡 7번방의 선물 [7番房の贈り物]」。

第40話の初放送が、2013年01月27日。
どうやら、宣伝効果を狙ったタイアップ企画だったようです。



第42話、ソンジェと訳ありの母ユン・ソミ(チョ・ウンスク)との、おそらく最初で最後のデート。([42-08] 0′03″
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こちらは、2013年01月09日封切りの「結界の男 박수 건달 [拍手 ゴロツキ]」。

第42話の初放送が、2013年02月03日。
少し間があいていますが、やはり宣伝効果を狙ったタイアップ企画でしょうか。




ああ、こうした話を始めると、無駄に長くなってしまいます。
「いとしのソヨン」は50話もあるのに、つづきはどうしようかなあ…





普段はすっかり忘れているくせに、ふとしたきっかけで思い出すフレーズがあります。とりわけ春になるといくつか。

そんな訳で今回まあ、あまりにも有名なフレーズを連想してしまったのですが、毎度の事ながら、タイトルと内容に殆ど繋がりはありません(^^ゞ
「今、富とか名誉ならば要らない…」と言い切る自信も未だ無く、「翼が欲しい」とか、「今も… 夢に見ている」のかも?

ならば「〇ッドブル」をというご意見は、参考程度とさせて頂きます(笑)



毎度お馴染み?ソウルにやってきました。


そしてこちらもお馴染み、東横イン東大門1です。
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遅い時間のチェックインだったので、お部屋が二面窓のダブルにアップグレード。
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ベッド幅プラス 20cm の余裕が、ちょっと嬉しかったりします。


高層階なので、窓からは「眠らない街」東大門の夜景。
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翌日の朝になりました。ナムル二種とおにぎりの朝食。
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毎回の安定のクオリティから、最近のソウルはここばかりです。






「あれー、もう帰っちゃうですかー。」
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うん、やって来たからには帰らなくちゃね。金浦空港の出国口に戻ってきました。
そういえば、何故ソウルに来たんだっけ?




さくっと出国し、4F のラウンジエリアに出没。
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「今回は、サンドイッチだけですか?」
「ビールグラスが、ちょっと変わってます?」
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実は今回、移転後のアシアナラウンジに初入室。

混んでいたため写真が撮れませんでしたが、ビールサーバーが少し変わっていて、弁付きの専用グラスをサーバーに載せると、下からビールが湧き出します。
仕掛けとしては面白いのですが、縁まで注ぐ事が出来ず、泡消えが早いように感じました。

また、アシアナにはホットミールが無く、その点では KAL ラウンジが上手かも。



そんな事を考えていると、搭乗機がスタンバイ。
アシアナラウンジ利用という事で、ANA の B787-8 JA874A号機です。
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隣のスポットには、ほぼ同時刻出発の JAL092便。B777-200ER の312席仕様。
これから搭乗する ANA の B787-8 は240席仕様。
競合路線では青社の方が大型という印象がありますが、ここでは逆転しています。

それだけ搭乗率が高いのか、それとも単なる機材繰りのどちらでしょうか。


前置きが長くなりましたが、青社の B787-8 JA874A号機で向かうのは、

3月 NH864便 金浦12:25⇒14:25羽田 B787-8 JA874A

羽田に帰ります。


「それでは、行ってまいりまーす!」
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お見送りを受けて出発します。
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金浦空港(GMP/RKSS) RWY32R に進入し、
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離陸後は針路を東に変え、こんな景色を眺めつつ上昇します。
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えっと、詳しい場所等につきましては、下記画像にて(^^ゞ
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更に東に向かって飛行を続け、日本海に出ました。
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まあ、海の上だけ晴れているのは、いつものお約束です。




日本海に出たところで、お食事タイム。
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ミックスサラダ、チーズ&クラッカー、バナナケーキ
メインはビビンバ。チューブ入りコチュジャンとその下にはゴマ油。

本格的な作りで美味しく頂きましたが、機内で混ぜるのがちょっと大変(^^ゞ
実はこの路線のお食事、赤社よりも青社の方が良い印象です。
ラウンジは「そら組(いぬ組)」、機内食は「ほし組」。うーん、選択って難しい…

ならば純粋な「そら組」の KE に搭乗を、とのご意見は重々承知しております(笑)




日本列島が近付くにつれ、雲が増えてしまいました。
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「当機は高度 39,000ft、対地速度 594Knot で順調に飛行中です。」
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おおお〜、たいやきくん、機長さんみたいだねえ。
メートル換算すると高度 11,887m、対地速度 1,100km/h 高くてかなり速いです。

フライトマップを眺めていると、この日の追い風は何と 240km/h

往路の対地速度が 655km/h 風の速さを加えると、対気速度は 895km/h
現在の対地速度が 1,100km/h 風の速さを差し引くと、対気速度は 860km/h

大気中の速さが同じでも、方向により対地速度には 400km/h 以上の差が出ます。
ジェット気流の影響を改めて実感します。




雲の切れ目から見えたのは、伊勢湾の奥、揖斐川と木曽川の河口付近。
三重と愛知の県境です。
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太平洋側に出ると雲が薄くなり、静岡県袋井市のエコパ(小笠山総合運動公園)。
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エコパスタジアムは、ジュビロ磐田対清水エスパルスのイメージかなあ。




台風の進路情報によく登場する、御前崎市の御前崎。
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島嶼部を除く、静岡県の最南端でもあります。


内陸側に目を向けると、牧之原市の静岡空港(FSZ/RJNS)。奥には大井川。
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伊豆諸島、利島の上空を通過します。
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伊豆大島は半分が雲の下。
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「♪ぽぉ〜ん、当機は降下を開始し、着陸体勢に入りました。」
「シートベルトをいま一度、ご確認ください。」
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うん、安全のために大切な事だよね。





スポイラを立て減速降下、雲の中に入ります。
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再び地上が見えたのは、千葉県勝浦市付近。
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左手前から明神岬、大ヶ岬、天道岬と続く、鵜原から上総興津にかけてです。
興津港の先端に、外房に面した太平洋の潮位を測定する勝浦験潮場があります。




房総半島を横断し、君津市の日本製鉄君津製鉄所付近から東京湾に出ます
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君津製鉄所は、八幡製鐵君津製鐵所として1965年に操業を開始。
その後、新日本製鐵、新日鐵住金、今年4月から日本製鉄へと変遷しています。
更に八幡製鐵は、戦前からの(旧)日本製鐵に遡り…

「鉄は国家なり」とか「鉄は産業のコメ」といった勇ましい言い回しや、「鐵」、「鉄」という文字に込められた思いには、基幹を支える気概みたいなものを感じます。

とはいえ、それは「『昭和』っぽいアナクロニズムに過ぎない」と言ってしまう事も可能だし、もとより「産業報国」みたいな考え方は、個人的には必ずしも全面肯定出来るものでは無いし…

嗚呼、最近何か少し苛立っているのかなあ(笑)




下手な考えをよそに、東京湾を横断。神奈川県川崎市の浮島を通過します。
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羽田空港(HND/RJTT) RWY34L に着陸しました。
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NH864便は、ほぼ定刻での到着でした。
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B787-8 JA874A号機くん、どうもありがとう。




到着口を出ると、ものすごく大勢のお出迎え。
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タイミング的に、同じ便に搭乗していたアイドル系の子がお目当てだと思われます。


ついでに書いちゃうとイミグレに向かう際、その子のスタッフの印象がちょっと…
本人はごく普通に、むしろのほほんとした感じで歩いているのに、スタッフ達が変にガードしようとして、却って目立ってしまうのってどうなんでしょう(^^ゞ

少し前に報道被害があり、事務所が敏感になっていると後から知りましたが、周囲の人がそうした事情を知る筈も無く、実は気付いた人もあまりいませんでした。


今回の件とは関係ありませんが、以前、空港に詰め掛けた報道陣、のすぐ傍らを通過する破目に陥った事があります。その時、この混乱は報道陣が作り出している、としか思えませんでした。
「自家撞着」という表現が、あれ程似合う状況を他に見た事がありません(^^ゞ


再び嗚呼、最近何か少し苛立っているのかなあ(笑)



「まあまあまあ、無事に帰ってきたのが、一番ですっ!」
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おっ、たいやきくんらしからぬ格好良さだねえ。


それではバスに乗っておうちに帰りましょうか。
実はこの後、春休み渋滞にはまり、いつもの倍の乗車時間となりました、とさ。


ま、色々とあります(^^ゞ




普段はすっかり忘れているくせに、ふとしたきっかけで思い出すフレーズがあります。とりわけ春になるといくつか。

そんな訳で今回まあ、あまりにも有名なフレーズを連想してしまったのですが、毎度の事ながら、タイトルと内容に殆ど繋がりはありません(^^ゞ
「今、富とか名誉ならば要らない…」と言い切る自信も未だ無く、「翼が欲しい」とか、「今も… 夢に見ている」のかも?

ならば「〇ッドブル」をというご意見は、参考程度とさせて頂きます(笑)


そんな3月のある日の羽田空港。



「さあ、新しい旅立ちですかっ!」
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うん、まあそうなんだけど、そんな大層なものでは無くてだねえ。


この日は3月の下旬。春休みに入り、羽田の保安検査場が大混雑。
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こんな時、お隣の秘密の?レーンの有難さを実感します。




「あれ〜、何だかいつもと違う、ラインナップ。」
「ま、そんな時も、あるんでしょうね〜」
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「なんだー、やっぱり、こっち行っちゃうですねぇ」
「でも、いつも安定のクオリティですっ!」
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別に良いだろー、羽田出発のお楽しみなんだから。




「私は、何も知りませんっ!」
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どうして窓が隠れるだけで、雰囲気が一変するのでしょうか。
ひとの感覚って面白いなあと思います。



という訳で?本日の搭乗機はこちら。B777-200ER JA702J号機です。
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JA702J号機で向かうのは、

3月 JL093便 羽田15:45⇒18:15金浦 B777-200ER (JA702J)

相変わらずのソウル・金浦です。

JA702J号機はこのところ、羽田(HND/RJTT)から、金浦(GMP/RKSS)、台北・松山(TSA/RCSS)、バンコク・スワンナプーム(BKK/VTBS)の短中距離線を、順繰りに飛んでいるようです。

JAL には装備の違いから、一部に長距離向きではない国際線機材があると云われます。短中距離線が多い B777-200ER の初期型が、それに該当するのかも?




お天気は良さそうですが、春霞がかかっています。
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本日も宜しくお願いいたします。
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ドア脇で出迎えてくれたのは通訳さん。JL092便、JL093便に乗務している事が多い気がします。




本日のお席はこんなところ。窓の位置が悪いのが少々難点です。
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「それでは、行ってまいりまーす。」
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羽田空港(HND/RJTT) RWY16L に進入します。
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影を残して離陸しました。
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D滑走路を飛び越えて上昇します。
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上昇後旋回すると、東京ゲートブリッジ越しに東京の街並み。
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更に旋回し、東京ディズニーリゾートの北側に出ます。
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距離が開きましたが、羽田空港(HND/RJTT) の全景。
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この後、都心部は霞がかかってしまい、撮影向きではない状況。
どうやら気温の急上昇が影響していたようです。




都心部を抜けると、
「♪中央フリーウェイ 調布基地を追い越し」と歌われる「調布飛行場 (RJTF)」。
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荒井由実(ユーミン)のアルバム「14番目の月」収録曲、「中央フリーウェイ」です。

「調布基地」は調布飛行場を言い換えたと云われますが、戦時中の1941年に開設された「東京調布飛行場」は、1974年に全面返還されるまで米軍管轄の「調布基地」でもありました。(正式名称は「関東村住宅地区・補助飛行場」)

「中央フリーウェイ」を含む「14番目の月」の発表は1976年。「調布基地」の跡地利用が検討されていた頃でした。



「♪中央フリーウェイ 右に見える競馬場」こと、JRA 東京競馬場。
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東京競馬場のメインスタンド。中央高速から見るとこんな感じです。
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「♪左はビール工場」こと、サントリー武蔵野ブルワリーは、遮音壁が邪魔をして屋根が見えるだけ。
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「♪この道は まるで滑走路」と歌われてから、もう43年も経ったのかあ…

「昭和」が遠くなる筈です(^^ゞ




そんな事を考えていると「相模ダム」のダム湖、「相模湖」が見えて来ました。
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相模ダムは戦時中の1941年に建設が始まり、1947年に竣工しました。
ダム湖に具体的な湖名を付けたのは、相模湖が初めてとされています。

また、1964年にはオリンピックのカヌー競技が行われ、ダム湖観光のモデルケースとされてきました。良かれ悪しかれ、戦後ダム事業の原点でもあります。

余談ですが、松任谷由実(ユーミン)の1987年発表のアルバム、「ダイヤモンドダストが消えぬまに」収録曲、「LATE SUMMER LAKE」 は相模湖のイメージだと云われています。

あれからもう、32年が経ったのかあ。
ははは、またしても「昭和」が遠くなる筈です(^^ゞ




相模湖のある神奈川県を過ぎると、日本で最も高い場所、富士山(3,776m)。
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雲がかかってしまい、くっきり全景とはいきませんでした。




「お食事、お持ちしました〜。
尚、たいやきくんは、食用ではありません。」
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麻婆豆腐と玉子炒飯、カシスゼリー、パスタのサラダ
朝便 (JL091) のパンよりも、やはりご飯の方が良い感じです。




「当機は高度 40,000ft、対地速度 354Knot で順調に飛行中です。」
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メートル換算すると高度 12,192m、対地速度 655km/h
高く上がっても、向かい風がかなり強いようです。



しかも西に進むにつれ、雲が増えてしまいました。
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羽田を出発して約2時間。エアスポイラを立て、減速降下を開始します。
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「♪ぽぉ〜ん、ベルトサインが点灯しましたっ。」
「しろたんズも、早目に着席したしますっ!」
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うん、安全のためには大切な事だよね。




JL093便 JA702J号機は、夕刻の金浦空港(GMP/RKSS)RWY32L に着陸しました。
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スポットに到着すると隣の KE 機が派手な装い。子どもの絵画でしょうか。
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「がっちゃん。ドアモードをマニュアルにしましたっ。
お降りいただく準備が、整いました。」
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JL093便 JA702J号機は、定刻での金浦到着でした。

さてと、ここからどうしましょうか。


つづきます。





おまけ


金浦空港に掲出されていたポスター。
「顧客のために最適化した、ヘリコプターサービス」とあるようです。
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この塗装が、特に問題となる事は無いようです(^^ゞ


つづきます。






那覇空港でJAL904便に搭乗したものの、空路・空港混雑の影響から離陸に時間がかかっています。搭乗中の B777-300 JA751J号機。
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行先は羽田です。

03月 JAL904便 那覇11:20⇒13:35羽田 B777-300 (JA751J)




「♪ぽぉ〜ん。お待たせ致しました。当機はまもなく離陸します。」
「安全のため、シートベルトをいま一度、ご確認ください。」
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おおお〜、さすがベテランコンビ。手慣れているねえ。




スポットを離れて約30分、那覇空港 (OKA/ROAH)RWY36 を12:30に離陸しました。
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那覇防波堤(南防波堤)の「めんそーれ おきなわ」、かなり色褪せてしまいました。
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紫外線の威力をまざまざと感じます。



北向きに離陸した際の目印、チービシ環礁(慶伊瀬島)。
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手前に灯台のある神山島、左に小さく砂浜だけのクエフ島。
奥に見えるのが上陸が可能なナガンヌ島です。




上昇すると一面の雲。今日はずっとこんな感じでしょうか。
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「こんにちは、機長さんです。飛行状況について、お知らせ致します。
当機は遅れを取り戻すべく、高度 35,000ft 対地速度 658Knot で飛行中です。」
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メートル換算すると高度 10,668m、対地速度 1,218km/h かなり高くて速いです。
ちなみに西行きの往路では高度 8,534m、対地速度 715km/h
ジェット気流の速さは 250km/h に達しています。




「お茶の時間ですよ〜」
「内緒だけど、海の上だけ、無駄に晴れてますねぇ。」
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そういう本当の事を言わないっ!





離陸から約90分。静岡県、御前崎の上空を通過します。
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春霞で見にくいですが、駿河湾を横断し、伊豆半島に差し掛かりました。
西伊豆、松崎町のあたりです。
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南伊豆、下田市上空を通過します。
左端が下田市街。下田港を挟んで東(右)に須崎半島、右端が爪木崎です。
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伊豆大島が見えてきました。
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伊豆大島の北端、大島空港(OIM/RJTO 03/21 1,800m)が確認出来ました。
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「キャビンクルー・プリペア・フォー・ランディング ですっ!
「♪ぽぉ〜ん、ベルトサインが点灯しました。しろたんズも着席します。」
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うん、安全のためには早目の行動が必要だよね。




画面手前に短く突き出すのが、千葉県、房総半島の最南端、野島崎です。
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外房を回り込み、鴨川市上空から房総半島に上陸します。
手前の湾が内浦湾、小湊漁港。奥の東条海岸沿いに鴨川市街。
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上空から大規模ソーラーパネルを見かける事が多くなりました。
鴨川市の「鴨川みらいソーラー太陽光発電所」です。
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360,000㎡の敷地に125,000枚のソーラーパネルを並べ、出力が31,000kW

大型ディーゼルエンジン発電(内燃力発電)システム、5〜10基分に相当します。
徳之島(人口約1万人)に設置された内燃力発電所の総発電量と、ほぼ同じ。


結構な大出力ですが、B767-300 が搭載する CF6-80 ジェットエンジンの改良型を動力源とするガスタービン発電システムが、同等以上の能力を持つようです。
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という事は、B767-300 のエンジン1基で徳之島の電力を全て賄える?
ソーラーシステムの効率云々よりも、ジェット機のパワーを改めて実感します。




見渡す限りのゴルフ畑、じゃなかったゴルフ場。
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千葉県市原市の上空です。手前が米原GC。中央がムーンレイクGC。
ゴルフ場は良いランドマークなのですが、これだけあると却って分かりにくい…




1990年に竣工した、養老川水系、高滝ダムのダム湖、高滝湖。
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千葉市中央区、J2 ジェフユナイテッド市原・千葉の本拠地、フクダ電子アリーナ。
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ジェフ千葉といえば、1993年のJリーグ開幕時から加盟する古豪ですが、2010年からは J2 が定位置になってしまいました。

1993年からの10チームのうち、J1 を維持し続け、降格経験が無いのは、鹿島アントラーズと横浜Fマリノスのみ。チーム戦力を長年維持し続けるのって大変です。




JFEスチール東日本製鉄所(千葉地区)付近から、東京湾に出ます。
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東日本製鉄所(千葉地区)は、川崎重工から分離独立した川崎製鉄の千葉製鉄所として、1951年に開設。
2003年に川崎製鉄と日本鋼管が経営統合、JFEスチールとして現在に至ります。

奥には東電千葉火力発電所、三井造船、コスモ石油千葉製油所が続きます。
日本の基幹産業を支える、京葉臨海工業地帯の風景です。




羽田空港 (HND/RJTT) D滑走路が見えてきました。
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C滑走路、16L エンドが見えたらもうすぐ着陸です。
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羽田空港B滑走路、RWY22 に着陸しました。
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地上移動していると、派手なのがやってきました。
中国東方航空(CES/MU)の A330-300、上海ディズニーリゾート号(B-6507)です。
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JAL904便は出発時の遅れが響き、60分遅れでの到着でした。
B777-300 JA751J号機くん、お疲れさまでした。
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「ところで、YOU は何しに沖縄へ?」
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あー、そういう事言うかなあ。ま、色々あるのさっ(^^ゞ



お天気の影響を少し受けましたが、これにて那覇二連戦は一応終了です。




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