こぶ〜がふらふら

9月からはこちらでぽつぽつ書いていこうかと… https://ameblo.jp/ccobouex

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ソウル市内でドラマのロケ地を探しては、相変わらずふらふら〜しています。



「♪しー・や・ねばー・ごーん・まい・うぇい〜
ふっふっふっ、トッケビじゃぁ〜っ!」
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おっと、大変失礼を致しました。


今回は、今まで出かけた「トッケビ (2016〜17 tvN)」のロケ地をまとめてみます。
既出の場所が多いのですが、当ブログ初登場の場所もあります。


このところ「トッケビ」の登場頻度が高いので、こぶ〜のお気に入りと思われる方も多いかと思いますが、実はロケ地が見つけやすいドラマだったりします。
(そんな視点でドラマを観てるんかいっ(笑)

お話自体は上手くまとめられていて面白く観ましたが、元SF読みのすれっからしとしては、設定に粗さが目立つとも感じます(^^ゞ

まあ、そんな事はともかく。




主人公たちが暮らす家として登場した、「雲峴宮洋館(うにょんぐん やんぐぁん)」。
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雲峴宮洋館は1907〜12年頃の竣工。
同時期、1909年竣工の「迎賓館赤坂離宮」を設計した宮廷建築家、片山東熊が設計に関わったとも伝えられています(確証が取れませんでした)。
確かに、フレンチルネッサンスの華麗な雰囲気が似ているような気もします。



ドラマ内では、古くからの高級住宅地「城北洞(そんぶくどん)」にある設定ですが、実際は地下鉄3号線「安国(あんぐく)」駅近く、雲峴宮の東側に建っています。

かつては雲峴宮の一部でしたが、現在は大学構内なので立ち入り制限があります。
この位置から眺める事が出来たのは、幸運な偶然からでした。
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この佇まいから、今まで幾つものドラマに登場しています。
思い付くだけでも「宮(くん 2006 MBC)」や「マイダス (2011 SBS)」、「キング〜Two Hearts (2012 MBC)」など。




「ちょすんさじゃ(冥土の使者=死神 以下[死神])」の仕事場、「死者の喫茶室」が隠されているのが、
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地下鉄1号、2号線「市庁(しちょん)」駅近く、「徳寿宮(とくすぐん)」の裏手。
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正確には市庁駅から最も離れた、救世軍中央会館に隣接する北西側の角。


余談ですが、この角から西に、迷路めいた通路が延びています。
1896年、朝鮮王朝最後の26代王「高宗(こじょん)」がロシア公使館に保護を求める際、密かに通り抜けたとされる徳寿宮の脱出路です。
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高宗が保護を求めて駆け込んだ、旧ロシア公使館跡。
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この出来事はとても象徴的な意味を秘めていますが、歴史にはあまり深入りしないでおきます(^^ゞ




チ・ウンタク(キム・ゴウン)とトッケビ(コン・ユ)が、瞬間移動したカナダから戻って来る時に通り抜ける扉。
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些細な事ですが、 前回 ネタにしたウンタクの通うソウル中央高校は、ここから北東側にあるので、方向としては右奥。ウンタク、走り出す向きが逆だって(^^ゞ


この場所は、アーチの奥に第二門の「興礼門(ふんれむん)」が見える、
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「景福宮(きょんぼっくん)」の正門、「光化門(くぁんふぁむん)」。
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トッケビとの縁を、鬼神たちからウンタクが聞き出すのは、
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かつての都「漢城府(はんそんぶ 現;ソウル)」の東の城壁、「東大門(とんでむん)」の北にある「駱山(なくさん)」の南斜面、「梨花洞(いふぁどん)」。



たまたま観ていた別のドラマでも、やや唐突に同じ場所が登場しました。
「トゥー・カップス (2017〜18 MBC)」の中で、宴会帰りのひと休み。
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実際のロケ地はこの坂道の山側。振り返ってもう一枚撮っておけば良かった(^^ゞ
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「ケプル博物館(ケプルぱんむるぐぁん)」下側の階段路地です。
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鶯色の特徴的な建物は、「匂いを見る少女 (2015 SBS)」にも登場しました。
この界隈は特徴的な景観から、多くのドラマの常連です。



また、ケプル博物館から少し下ったところにある、桜の小公園と奥の売店。
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ここはもう数限りなく、様々なドラマの舞台となってきました。






駱山から更に東、地下鉄2号線の支線「龍踏(よんだぷ)」駅から延びる橋を、
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サニー(ユ・インナ)が颯爽と渡って来ます。
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この橋は「漢江(はんがん)」の支流、「清渓川(ちょんげちょん)」に架かります。
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サニーがやって来るのに気付いた死神(イ・ドンウク)が、慌てて姿を隠し…
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なのに死神の気配を察してしまい、ちょっと怯えるサニーの向こう側が、
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地下鉄2号線の支線、龍踏駅の入口です。
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この橋では産神(イエル)が露店を開いたり、産神とドクファがすれ違ったりと、
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様々な出逢いやすれ違い、別れが交差する場所でした。






「トッケビ」は、「仁川(いんちょん)」でも多くのシーンを撮影しています。

仁川駅から海岸線に近い南東側、多くが1930〜40年代に建設された煉瓦造の倉庫群をリニューアルした「仁川アートプラットフォーム」。
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右奥の平屋建倉庫の前あたりを、


再会したトッケビとウンタクが、一緒に歩きます。
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もう少し寄って撮っておけば良かった…


仕事を訊ねられたトッケビが、「あの会社の偉い人かな」。
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実際は、アートプラットフォームに隣接する「ハーバーパークホテル」です。
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アートプラットフォームから北東に山を上ってゆくと、ユ・シヌ会長の家として登場した旧「済物浦倶楽部(ちぇむるぽくらぶ)」が建っています。
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但し使われたのは外観だけで、室内は別の場所でした。

1883年に仁川港が開港し、港を中心に各国租界が設定されます。
済物浦倶楽部は租界の住民の社交場として、1901年に建設されました。

このレトロな佇まいから「蒼のピアニスト (2012 SBS)」、「ハッピーレストラン−家和萬事成 (かふぁまんさそん 2016 MBC)」など、多くのドラマに登場しています。




更に山を上ってゆくと、山頂近くに「仁川自由公園 (いんちょんちゃゆこんうぉん)」が広がります。
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公園の雰囲気を撮った写真しか無く、ちょっと残念。
実際のロケ地は中央のマッカーサー像の左奥、公園の東端あたりです。

ウンタクが意図せずトッケビを呼び出してしまったり、トッケビが思い出に浸ってひとり佇んだりと、多くの場面に登場しました。




仁川の隣、「東仁川(とんいんちょん)」駅の南東側、「ペダリ(舟橋?)」と呼ばれるエリアにある「韓美書店(はんみそちょむ)」。
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トッケビとウンタクが幾度もこの道を歩き、また、産神がトッケビに警告を与えます。
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ここから北、「水道局山(すどくっさん)」と呼ばれる高台に上がって行く辺りでも、多くのシーンが撮影されましたが、息が切れるので?上まで行けないままです。

水道局山のある「松峴洞(そんひょんどん)」周辺は、斜面に広がる住宅地の景観から、「トッケビ」の他にも多くのドラマが撮影されています。

ソウル市内の撮影好適地が再開発により減った事に加え、仁川市が撮影誘致に積極的な事も関係しているようです。



毎度の事ですが、一体ドラマの何を見ているのやら(^^ゞ



2019年04月01日



或る日、那覇空港では見かけない飛行機が、ひっそりと到着しました。
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お、これは新路線の開拓か。



いや、RACが密かに増機を計画しているのかもしれない。
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実は、那覇空港にある青社系の航空機整備会社 「MRO Japan」 に、メンテナンスのため飛来した AKX の DHC8-Q400 でした。
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しょうもない4月1日ネタで、失礼いたしましたm(_ _)m





ドラマに写り込むものネタにしましたが、今回はもう少し大きく写る場所を。


韓国鉄道公社 (KORAIL) の京義・中央線「新村(しんちょん)」駅。
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こちらは1920年代に建築された旧駅舎。

2006年に奥の新駅舎が竣工し、現在は観光案内所として利用されています。
当初は解体予定でしたが、地元の要請により保存される事になったのだとか。




そんな新村駅のすぐ西側に、京義・中央線をくぐる小さなトンネルがあります。
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手前のマンホールにちょっとご注目ください。


といっても、まあ何の変哲も無いマンホール(の蓋)です。
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蓋の中央にはソウル市の旧市章。
空気穴が多く開けられているので、おそらく雨水管かと思われます。



実はこのマンホール、タイトルもそのまま「マンホール (2017 KBS2)」というドラマで、重要な鍵を握る場所として登場しました。
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思い通りにならないマンホールに毒付く、主人公のポン・ピル(キム・ジェジュン)。



何とこのマンホール、時空を超える「タイムトンネル」の出入口だったのです。
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マンホールに突然消えたポン・ピルを探す、ヒロインのカン・スジン(ユイ)。

余談ですがこのドラマ、視聴率が全く振るわず(マンホールだけに?)、最低1.4%という不名誉な記録を作ってしまいました。


ヒロインを演じたユイは、その後(以前ネタにした) 「たった一人の私の味方 (2018〜19 KBS2)」に出演し、最高視聴率49.4%を記録。
最低視聴率と最高視聴率、両方のヒロインという快挙?を成し遂げました。
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新村に戻り、ここを訪れた時「あれ?、マンホールが無い」と思ってしまいました。
さては時空を超えてしまったのか…
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実際はこの あたりで落ち葉に埋もれて
いたのでした(笑)




トンネルも、マンホールに至る道として頻繁に登場しました。
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どうやらこのトンネル、長ネギを持って通るのがお約束のようです。
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というのは、
別のドラマ「トッケビ (2016〜17 tvN)」でも、死神(イ・ドンウク)とトッケビ(コン・ユ)が長ネギを持って通り抜けるのです。
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ふたりが中央で気取っていると、オートバイにホーンを鳴らされます。
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このオートバイ、おそらく「ホンダ CB400SF」です。
1992年の発表以来今も販売中のロングセラー。それこそ世界中で走っています。



実際は歩行者専用なので、中央を歩いても問題ありません。
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ちょうどここを通り抜ける人がいました。(長ネギは持っていないようでしたが)
「トッケビ」のテーマソングが流れてきそうです。


「トッケビ」の画像がこちら。本当は向きが反対なのですが、そこはまあ雰囲気で。
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追記;
別のドラマ、「あなたが眠っている間に (2017 SBS)」の追跡シーンにも、このトンネルが登場していました。
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新村のトンネル、大人気です。






「マンホール」と「トッケビ」は、他にもロケ地が重なるところがあります。

「マンホール」で、物語の転換点となる路地。
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「トッケビ」で、死神がサニー(ユ・インナ)に別れを告げる路地。
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地下鉄3号線「安国(あんぐく)」駅の北、「コーヒーパン・アッカン」前の路地です。
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安国駅からコーヒーパン・アッカンに至る道は、「感古堂キル(かむごだん[道])」と呼ばれ、その雰囲気から数多くのドラマの舞台となっています。

今回取り上げている「マンホール」と「トッケビ」でも、


「マンホール」で、
ピルがスジンに想いを伝えようとするも、あえなく時間切れ。
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「トッケビ」では、
トッケビとチ・ウンタク(キム・ゴウン)が初めて出逢うというか、すれ違います。
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何かを感じて振り向くシーンでは、左の蔦の石垣が印象的でした。
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出かけたのが冬なので、蔦の葉が落ちていてちょっと残念。



トッケビがウンタクを迎えに来る道。
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こうして見比べると、かなりの望遠で撮っている事が分かります。
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トッケビと悪鬼(=悪霊)パク・チュンホン(キム・ビョンチョル)の最初の対決は、
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感古堂キルから少し入った路地裏でした。
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更に井上陽水ではありませんが、「傘がない」ウンタクが通学する道。
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感古堂キルから入る路地です。
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学校の隣のこの路地は、ウンタクが幽霊を探したり、アルバイトに行くため自転車で通り抜ける道でもありました。。
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サニーが死神に会おうと、ウンタクと焼き芋を食べながら待つのもこの路の角。




そんなウンタクが通う学校が、
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感古堂キルの奥にある「ソウル中央高等学校」。1908年設立の伝統校です。
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この校門の風景で何かを思い出す、極々一部の方もいらっしゃるかも?


この高校は、往年のヒットドラマ「冬のソナタ (2002 KBS2)」で、登場人物たちが通う学校として登場し、一躍有名になりました。
(ドラマ内では「春川(ちゅんちょん)」の高校という設定でした)




そして「トッケビ」を観ていて、あれっ?と思った事がひとつ。


「冬のソナタ」の主要な舞台、「龍平リゾート(よんぴょんリゾート [ドラゴンバレー])」が、「トッケビ」でも物語の重要なポイントに登場するのです。
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「トッケビ」の放送が2016〜17年。

2018年開催の冬季オリンピックの競技会場となる、「江原道 平昌郡(かんうぉんど ぴょんちゃんぐん)」にある龍平リゾートをアピールした可能性が大ですが、
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ここはひとつ、ソウル中央高等学校の同窓生つながりで、「冬のソナタ」へのオマージュだったとしておきましょう。(あくまで個人的妄想です(笑)




「僕は、ひとりの女性を愛しています。
その人と、お爺さんお婆さんになるまで、一緒に過ごしたいのです…」
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カン・チュンサン/イ・ミニョン(ペ・ヨンジュン)が、チョン・ユジン(チェ・ジウ)に愛を誓った「厚岩洞聖堂(ふあむどんそんだん)」。

ちなみに、「冬のソナタ」のオリジナル・サウンド・トラック(OST)を持っていたりするのは、公然の秘密です(笑)


もう少し、つづきます。

















おまけ


感古堂キルをきょろきょろしながら歩いていると、



「〜 お そ お し ぷ し よ 〜」
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うわあ、鬼神さんと目が合ってしまった…
マネキンさんの虚ろな表情と招くような手つきが、ちょっと恐かったです(^^ゞ


もう少し、つづきます。





楽しい時間はあっという間に過ぎ、やって来たからには帰らなくちゃいけません。


金浦空港の出国口に戻ってきました。
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さくっと手続きを済ませ、制限エリアでだれきっていると、



搭乗機が到着しました。
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B777-200ER JA702J号機です。
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B777-200ERで向かうのは、

02月 JL094便 金浦19:40⇒21:45羽田 B777-200ER (JA702J)

ごく普通に?羽田です。

この路線、従来は206席のB787-8でしたが、今年に入り312席のB777-200ERに大型化しています。需要の高まり、それとも単なる機材繰り、一体どちらでしょうか。



本日も宜しくお願いいたします。
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今回のお席はこんなところ。
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周囲を見回したところ、搭乗率はかなり高いようでした。




金浦空港RWY32Rを離陸します。
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夜景を見残しながら、上昇します。
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しばしぼーっと過ごしていると、お食事の時間です。
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鮭の西京焼きと青菜ご飯、白和え、ブルーベリーのムース。
魚の機内食って半端な温度だと… なんて思いつつも美味しく頂いてしまいます。

この鮭、見覚えがあるなと思い、後から調べたところ、この便で三度目の登場でした(以前は16/09、17/02)。一体、同じ便に何回搭乗しているんだ(^^ゞ




「ジェットストリーム」あたりをBGMに、更にぼーっと過ごしていると、



京都の北側を通過しています。
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左手前が琵琶湖の南端、右に碁盤目に広がる京都市街。
奥左の暗めの四角形が奈良、右奥に明るく広がるのが大阪です。

この区間だけがくっきりと晴れ渡っていました。


高度39,000ft、対地速度540Knot
メートル換算すると高度11,887m、対地速度1,000km/h
なのであっという間に通過します。



本日は南回り。豊橋付近から太平洋側に出ます。
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この時の実際の飛行ルート。着陸順を待って蛇行するのは毎度お馴染みです。
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最終の着陸体勢に入り、東京の夜景が広がります。
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東京ゲートブリッジを右手に見て、
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羽田空港RWY22に着陸します。
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JL094便、B777-200 JA702J号機は、10分遅れでの到着でした。
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お隣は、いつも羽田でお昼寝しているカンタス(QF)のジャンボさん(VH-OEH)。
QF26便として、これからシドニーに向かいます。



カンタスジャンボさん、只今お昼寝中。
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東京とシドニーは時差が1〜2時間。
なのでシドニーを夜出発し、翌朝羽田に到着。その後しばらくお昼寝。
夜の羽田を出発し、翌朝シドニーに到着。0泊3日の両夜行スケジュールです。

現在8機が稼働中のカンタスジャンボさん(B747-400)ですが、2020年度中の完全退役が決定。この姿が見られるのも、あと少しとなってしまいました。




「がっちゃん。ドアモードをマニュアルにしました。
お降りいただく準備が、整いましたっ!」
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「それではバスに乗って、おウチに帰りましょう。」
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そうだね、おウチに帰るまでが遠足って言うからね。


こうして今回も、美味しく楽しいお肉なひと時を、過ごす事が出来ました。
ご一緒くださった皆さまに改めてお礼申し上げます。ありがとうございましたm(_ _)m







前の晩、サムギョプサルを肴にメートルが上がり過ぎ *1 (一体何時の時代だ)…
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*1; 「メートルが上がる」
「尺=酌が上がる」事から、主に(酒の)飲み過ぎの状態を指す。
法改正により1959年から尺貫法が使用不可になった事を受け、尺=酌をメートルに置き換えたとされる。
主に昭和中期、「サザエさん時代」に用いられた。語源、用法については諸説あり。




意識が戻ったのは何と出発時刻。
ご同行の皆様には、大変ご迷惑をお掛け致しました。
改めてお詫びを申し上げますm(_ _)m


最終搭乗者(私)をようやく乗せたバスは一路、水原へ。
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目的地到着が少し早かったので、「水原華城 (すうぉんふぁそん)」を車窓見学。


水原は幾度も訪れているのに、実は水原華城を見るのは初めて(^^ゞ




実は「ここってどんなお城?」と尋ねられたのに、この時まだ宿酔い以前状態。
説明が支離滅裂になってしまいました。

なのでお詫び方々、水原華城についてまとめます。


「水原華城(すうぉんふぁそん)」は、朝鮮王朝後期の第22代王「正祖(ちょんじょ 在位1776〜1800年)」により、当時の最新技術(西洋式の建築技術や煉瓦の多用など)を用いて築城された、面積約1.3k㎡、城壁の長さ5.7kmに及ぶ、「新しい都」を目指したした「都城」です。

表向きの築城の理由は非業の死を遂げた正祖の父 *2 の追悼ですが、実際は山間にあり拡張の余地が少ない都、漢城府(はんそんぶ 現;ソウル特別市)から、拡張の可能性が高い水原への遷都を目指していました。


漢江の南側から見た、漢城府(ソウル旧市街)。
漢江から少し離れた、北の谷間だった事が今も窺えます。
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また、遷都にはもうひとつの理由があり、当時絶大な勢力を誇った派閥「老論(のろん)−僻派(ぴょくぱ)」と、その中枢を握る氏族「安東 金氏(あんどん きむし)」が漢城府に持つ巨大な権益を、新たな商工業圏の設立により緩和しようと試みたのでした。

着工から2年後の1796年、水原華城は一応の完成を見ますが、それから僅か4年後の1800年、正祖は48歳で薨御 *3 。
遷都は実現せず、正祖の思い描いた改革は全て水泡に帰してしまいます。

*2; 「正祖の父」
思悼世子(さどせじゃ)、後に荘献世子(ちゃんほんせじゃ) 1735〜1762年。
当時の熾烈な派閥争いから謀反の疑いをかけられ、父の21代王「英祖(よんじょ)」により米櫃に幽閉という処罰を受け横死。(壬午士禍)

*3; 「正祖は48歳で薨御」
突然の薨御のため、今に至るまで謀殺説が取り沙汰されるがその根拠は見つからず、過剰なストレスを受け続けた事による(所謂)過労死、或いはがんだったのではないかと考えられている。



以下、漢城府での暗闘の数々…


「昌慶宮(ちゃんぎょんぐん)」内の「文政殿(むんじょんじょん)」の前庭。
英祖が思悼世子を幽閉した米櫃は、ここに置かれたと云われています。
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正祖が最期の時を過ごしたと云われる、昌慶宮の「迎春軒(よんちゅんこん)」。
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昌慶宮について詳しくは、こちらで。



正祖の薨御後、安東金氏は僅か10歳の「純祖(すんじょ)」を23代王に即位させ、その後ろ盾となる事で権力を手中に収めます。

次の24代王「憲宗(ほんじょん)」は王朝史上最年少、即位時7歳。
その次の25代王「哲宗(ちょるじょん)」は、即位時18歳。
思うがままに幼少の王を擁立し、60年間に渡り権力を独占し続けます。

こうした権力の私物化が、激動の19世紀にあって一切の異論を排除する方向に機能し、また、過去の栄光のみを参照する教条主義を蔓延させ、この地の近代化を大幅に遅らせます。

正祖が育てようとした「実学」 *4 は、権力の一極集中により途絶えてしまいました。水原華城は今に残る実学の成果であり、壮大な墓碑でもありました。


そして王朝末期、最後の王となる26代王「高宗(こじょん)」の即位により、安東金氏の権力独占が崩れます。

しかしそれは安東金氏に加え、「豊壌 趙氏(ぷんやん ちょし)」や「全州 李氏(ちょんじゅ いし)」、「驪興 閔氏(よふん みんし)」といった、高宗を取り巻く勢力による権力争いの更なる泥沼化を招き、王朝は終焉を迎え、時代は20世紀に入ります。

*4; 「実学 (しるはく)」
従来の因襲を離れ、合理的な制度の構築や産業の発展を目指す、実用性を重視した思想。
西洋文化の部分的な受容、キリスト教への寛容を含む。
但し「実学」は後世の概念化であり、当時どのように意識されていたかには様々な議論がある。
対義として「小中華思想」。




王朝最末期の陰謀の中心地。「雲峴宮(うにょんぐん)」の「老安堂(のあんだん)」。
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雲峴宮について詳しくは、こちらで。




1894年に日清戦争が勃発、翌1895年に「日清講和条約(下関条約)」が発効。

その翌年、1896年に高宗は保護を求め、ロシア公使館に避難します。
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現在視点から見ると王朝の衰退を決定付ける、象徴的な出来事でした。


高宗がロシア公使館に避難する際、通り抜けたと云われる徳寿宮の脱出路。
当時は存在が隠されていたと云われています。
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この通路、現在復元工事が進行中。象徴的な道を復元する、その心は…
王朝と歴史に対するアンビバレンツってやつでしょうか(^^ゞ



1897年、国号を「大韓帝国」と改め、高宗は「大韓帝国初代皇帝」に即位します。
同年竣工の独立を寿ぐ「独立門(とんにんむん)」。
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ここから「近代国家」に向け、舵を切る筈が…


1904年に日露戦争が勃発。翌1905年に「日露講和条約(ポーツマス条約」が発効。
この地を巡る情勢は、全く新たな局面を迎える事になります。

1926年に「京城府庁舎」として竣工した、旧;ソウル市庁舎、現在のソウル図書館。
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目先の権力維持のため引き込んだ「近代国家」との関係性が、100年を越えた今もこの地に燻り続けようとは、当時は誰も予想しなかったのでしょう。


これが歴史の皮肉という奴なのだなあと思いつつ、脱線は終了です。

歴史って一定の流れなので、どうしてもお話が長くなってしまいます(笑)






さてと、ちょうど時間となりました。

今年もお肉の山を眺められる幸せに、感謝します。
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今回も、お肉の山を眺めるための労を取ってくださった幹事の皆さま、本当にありがとうございます。


それでは、各種ぱんちゃん(おかず)とともに、いただきまーす。
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そしてこの後、いわゆる酔いがぶり返し、画像が無いのでした(笑)


幹事の皆さま、ご一緒いただいた皆さまのお陰で、今回もとても楽しいひと時を過ごす事が出来ました。改めてありがとうございますm(_ _)m

とはいえ、もう歳なのだから、飲み過ぎ食べ過ぎには注意が必要です(^^ゞ
(反省、反省)



水原から明洞に戻り、アンティーク趣味のこんなお店にお邪魔します。
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こうして楽しいひと時が、あっという間に過ぎてゆくのでした。




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