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「主君の太陽 2013 SBS」第16話で、キム・グァンソクの曲「愛という理由で」が差し替えられていまい、残念だと話題にしました。
そこからキム・グァンソクに関し延々と続けそうになったので、こちらに稿を移します。
何処まで続けられるかは、体力次第?
キム・グァンソクの曲が印象的に使われたドラマとして、まず最初にあげるべきは、やはり「응답하라1994 [応答せよ1994] 2013 tvN」でしょうか。
特に第12話、中心的に使われるのが「사랑이라는 이유로 [愛という理由で]」。
この回は内容が象徴的な事もあり、ちょっと特別かもしれません。
何故そんなに細かいかというと、「三豊百貨店(삼풍백화점)崩落事故」が発生した瞬間なのです。
犠牲者は502名。937名が負傷し、6名の行方不明者を出す大事故でした。
上のクリップでは、あっさりと流れるのでちょっと分かりにくいのですが、
0′58″楽屋入口の表示、
「슈퍼 콘서트 김광석 님 [スーパーコンサート キム・グァンソク様]」
1′02″
三豊百貨店で事故が起きた事を、キムグァンソク(本人)がモニタ越しに話します。
そして「사랑이라는 이유로 [愛という理由で]」が流れます。
まさしくこの日、音楽専門放送局KMTV(当時)が主催するキム・グァンソクのコンサートが開かれ、その様子が各地に同時配信、完全録画されていました。
モニタに映る映像は、このコンサートで撮影されたものです。
ドラマ内で、サムチョンポ(キム・ソンギュン 俳優名 以下同)とチョ・ユンジン(ドヒ)が居るのは、同時配信会場という設定です。
「応答せよ1994」に引用されたコンサートの様子。冒頭のトークが当該部分です。
トーク後の曲は、「愛という理由で」ではなく、
ボブ・ディラン(Bob Dylan) の 「くよくよするなよ (Don't Think Twice, It's All Right)」を翻案した、「두 바퀴로 가는 자동차 [2輪で走る4輪車(自動車)]」でした。
そこから「如何なものか」的批判もあるようですが、「三豊百貨店で事故が起きたらしい」と聞いただけで、本当の状況は伝えた本人も含め、会場の誰も知らなかったのが真相のようです。おそらく、ドラマのような急展開では無かったのでしょう。
このコンサートを観た方の「会場を出ると道路がもの凄く渋滞していて、それで事故を実感した。」という話を、大昔に読んだ事があります。
当時の主な連絡手段といえば、ポケットベルと公衆電話。
着信を確認する、「東京ラブストーリー(1991 JOCX)」のカンチ(織田裕二)。
「応答せよ1994」でも、連絡手段はそれらに加え留守電サービス(伝言ダイヤル)。 ここ四半世紀の情報・通信手段の発達には、改めて驚くべきものがあります。
1995年、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件… 不穏な一年でした。
おっと、紹介が遅れてしまいました。キム・グァンソク(김광석)は1964年生まれのシンガーソングライターで、32歳の誕生日を目前に控えた、1996年01月06日に夭逝してしまいました。本当に残念な事です。
ベスト盤の中ジャケットから。 あまりにも生き急いだ彼ですが、残した功績はとても大きく、今もその曲がドラマや映画に多く使われ、更にはドラマのセリフなどでも頻繁に引用されます。
前回も登場した、「空港に行く道 2016 KBS2」第10話、
「好きな歌手は?」と訊ねられ、その答えが、
これで、キャラクタの輪郭がよりくっきりとします。
1996年01月05日収録とされる、SBS の音楽番組へのゲスト出演。
これが最後の演奏といわれています。ここで歌うのが、
「너무 아픈 사랑은 사랑이 아니었음을 [苦しすぎる愛は愛ではなかったものを]」
上記、半年前のコンサートとは容貌が相当に異なりますが、本人は長渕剛がお気に入りで、好青年からチョイワル系への転身を目指していたと云われています。 言われてみれば、節回しもちょっと長渕剛っぽい?
「苦しすぎる愛は愛ではなかったものを」で思い出すのは、やはり、
映画「클래식(クラシック) 邦題;ラブストーリー 2003」。
ベトナム戦争によって引き裂かれるふたりの心情を表します。 こうしたリストには縁の無さそうなラブコメディ、
「꽃미남 라면가게 [イケメンラーメン店] 2011 tvN」の第8話、
4′30″からと、8′50″からの2回、記憶に残る曲、気になってしまう曲として、
「잊어야 한다는 마음으로 [忘れなければならないという心で]」が流れます。
(08-03)
ついでに、12′30″からの対決シーンの BGM が、伝説のマクチャンドラマ「妻の誘惑 2008 SBS」のテーマ曲、チャ・スギョン(차수경)の「용서 못해 [許さない]」。
この曲はドラマではもちろん、バラエティ番組などでもよく耳にします。
また、「忘れなければならないという心で」に曲が替わる前、
4′00″から、店内に低く流れている BGM が、「나의 노래 [僕の歌]」。 「イケメンラーメン店」には、セリフでの言及もあります。
多分11話、ヤン・ウンビ(イ・チョンア)が、年齢差をチャ・チス(チョン・イル)に問う、
「あんた、神話(シンファ) *1 知ってる? じゃあ、キム・グァンソクは?」
*1 「神話(シンファ)」
1998年デビューの男性アイドルグループ。
現在も活動継続中だが、2008〜12年の4年間、所属メンバーの兵役のため活動を休止していた。 「아버지가 이상해 [お父さんが変(適齢期惑々ロマンス)] 2017 KBS2」では、
アン・ジュンヒ(イ・ジュン)が、ラジオから流れる曲で父との関係を考え直します。
「어느 60대 노부부 이야기 [ある60代の老夫婦の話]」は、「応答せよ1994」第6話の、ソン・ドンイル、イ・イルファ夫妻のしみじみした会話の BGM でもありました。 上述した1995年06月29日、「KMTV スーパーコンサート」バージョン。
実はこの曲の次が、上に掲載した「三豊百貨店」に言及する「2輪で走る4輪車」。
更に「僕の歌」へとつながり、その次が「苦しすぎる愛は愛ではなかったものを」。
全体では70分ほど収録されているコンサートの、40〜59分にかけてです。 (70分のフルバージョンは こちらから )
今回、こんな事を書きながら、そういえばキム・グァンソクを知ったのは何時だった? と、考えてしまいました。
曲と名前が一致した瞬間は、今も覚えています。
2001年06月、場所は横浜駅西口の「相鉄ムービル(当時)」。
映画「공동경비구역 JSA [共同警備区域 JSA ] 2000年」を観ていました。
相当に強烈なシーンですが、流れるのは「부치지 않은 편지 [宛のない手紙]」。
詩人チョン・ホスン(鄭浩承)の詩を元に、ペク・チャンウが作曲。キムグァンソクが歌いました。
けれどもこの時、既に知っている曲がありました。
それを歌っていたのがキム・グァンソクだったと、「JSA」で認識したのです。
相鉄ムービルを出た後、すぐそばの「HMV 横浜ビブレ21(当時)」にキム・グァンソクと「JSA」の CD を探しに行きましたが、どちらもありませんでした。
既に知っていたのは、「JSA」に使われた「이등병의 편지 [二等兵の手紙]」。
人民軍中士オ・ギョンピル(ソン・ガンホ)の、
「ああ、お母さんに会いたいなあ。ところでグァンソクは、何でそんなに早く逝ってしまった… グァンソクに乾杯しよう。」
という印象的なセリフと共に、「二等兵の手紙」が流れます。
それでは「二等兵の手紙」を初めて知った(聴いた)のは何時だったのだろう。
おそらく世紀末の頃、一部方面で少々流行った「ポンチャック」 *2 とセットで聴いたか、韓国あるあるネタ「軍に入る友人を送る際、必ず歌われる曲がある」で知ったのか、どちらかと思われるのですが、今となっては、忘却とは忘れ去る事なり(^^ゞ
*2 「ポンチャック」
韓国独自の大衆音楽のジャンル、またはその演奏形式を指す。
その特徴は、キーボードやリズムボックス等が発する特有のビートに乗せた、多数の曲の連続演奏。
主に集会や宴会の余興として演奏され、ダンスの BGM、飛び入りカラオケの伴奏等、応用範囲が広い。
再び、こうしたリストには縁の無さそうな、今度はホームコメディ、
「넝쿨째 굴러온 당신 [棚ぼたのあなた] 2012 KBS2 」の第53話、
軍への入営通知が来た事を、彼女に言い出せずに悩む家庭教師、チャ・セグァン(カン・ミニョク)に、生徒のパン・ジャングン(クァク・ドンヨン)が、
1′30″「ギターの練習をしてるんです、聴いて。」と弾き語る、「二等兵の手紙」。
(埋め込み再生不可のため、「 YouTube でご覧ください」をクリックし、別タブで再生してください。)
(53-12)
そういえば、毎日大騒動の「パン屋のパンさんち」を見に行った事がありました。
「二等兵の手紙」は、今も「韓国あるある」の通りに、軍にまつわる哀感を表す際の定番中の定番曲で、ドラマに限らず各方面で頻繁に使われます。
ただし、この曲の作詞、作曲はキム・ヒョンソン。キム・グァンソクが歌った事で広く知られるようになったと、最近知りました。
「棚ぼたのあなた」で主役を務めた、キム・ナムジュつながりではありませんが、
「역전의 여왕 [逆転の女王] 2010 MBC」第15話、
若き御曹司本部長ク・ヨンシク(パク・シフ)に、「音楽でも聴かない?好きな歌手は」と訊ねられた、年上の平社員ファン・テヒ(キム・ナムジュ)が、
3′00″「キム・グァンソクかな、『三十歳の頃に』とか」。
車中に流れる「三十歳の頃に」は、テヒに別れを告げられた駄目夫、ポン・ジュンス(チョン・ジュノ)が酒をあおるシーンへとつながります。 ドラマ内では、テヒは1970年頃の生まれで40歳前後、ヨンシクは10歳位年下。
’80年頃の生まれなら、「空港に行く道」のソ・ドウのように、キム・グァンソクを知る世代ですが、ヨンシクは外国暮らしが長く、知らないという設定なのでしょう。
「서른 즈음에 [三十歳の頃に]」
作詞、作曲はカン・スンウォン。(実は、人から提供された曲が思いの外多い) 本人が31歳11か月で夭逝したため、辛くて聴きたくないという方もいるようです。
特に、高音に上がってゆくサビの部分、「♪けじょるん たし とらおぢまん (季節が また 戻ってくるのに… )」からのリフレインが、動揺を誘うとか。
第16話、テヒに未だ未練のあるジュンスは、「愛したけれど」を職場の宴会で熱唱し、その場を盛り下げます。([16-05] 4′40″)
「사랑했지만 [愛したけれど]」
作詞、作曲はハン・ドンジュン 本人は、この曲を上手く歌えないとこぼしていたとか。
歌詞が気恥ずかしいと感じる事に加え、高音向きではない、自分の独特な声の出し方が合わないと感じていたようです。
とはいえ、「♪さらんへっちまん くでる さらんへっちまん (愛したけれど あなたを 愛したけれど)」からのリフレインが相当に耳に残ります。
確かにかなり強烈な、失恋した心の叫び。ジュンスが熱唱したくなる筈(^^ゞ
ついでに、失恋した心の叫び、定番のもう一曲。
ペク・チヨン(백지영)の「총맞은것처럼 [銃で撃たれたように]」
このリスト、まだ続ける事も可能なのですが、段々小ネタになってしまいそうなので、このあたりまで、かなあ。
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