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数年前のお話になりますが、こんな事もありましたという事で。
(実はネタ切れで、昔話を引っ張り出してきたとのウワサもありますが、まあ、それは…)
数年前の5月のある日、福岡空港からこんな飛行機に乗り込みました。
オリエンタルエアブリッジ(以下ORC)のDHC8−Q200(JA802B)です。
ORC機で向かうのはこちら。
5月 ORC33便 福岡12:25⇒13:10五島福江 DHC8-Q200 (JA802B) 時刻と便名は搭乗当時のものなので、現在とは異なっています。
プロペラ機は何といっても地上の景色が楽しみですが、この日のお天気はいまいちでした。
DHC8シリーズは、つい「ボンQ」と呼んでしまいますが、ORC機は「Q」ではなく、「−200」が正しい表記なのですか。
そうこうしているうちに、五島福江空港に到着です。
JA802B号機の写真を一枚。
DHC8は日本各地で活躍していますが、Q200は日本国内ではORCの2機のみです。
Q200は、天草エアや琉球エアコミュータで活躍しているQ100と機体は同じで、エンジンが異なるモデルです。(PWC120→PWC123 一基あたり200shp位のパワーアップ)
なので外からは見分けられそうにありません。
それでは再び、JA802B号に乗り込みます。
次なる行き先はこちら。
5月 ORC24便 五島福江13:35⇒14:05長崎 DHC8-Q200 (JA802B) 長崎に向けて飛び立ちましたが、またしても一面の雲。
「長崎空港に到着ですっ。」
うわっ、きみ、いたのね。 まあ、気にせずに進めましょう。
「あれ、JA802Bくんの様子が変ですっ!」
お、手前には懐かしいJALのMD90(JA8069)の姿も…
確かに。 メカニックさんがエンジンカウルを開けて中を覗き込んでいます。
のん気にデッキから飛行機を眺めているうちは良かったのですが、この整備が自分にとっては大変な事態を招くことに… 802B号機の整備の影響で、ORC15便、15:55壱岐行きの欠航が決まりました。
実はこの日、福岡を起点に「ORCで九州アイランド・ホッピング」を企てておりました。
確か乗り継ぎ運賃に割引があり、行ったり来たりがやり易かったのです。
壱岐タッチもルートに入れていたのですが、長崎に戻ってくるだけなので欠航しても大した影響はないと考えていました。
この時点で事の重大さに気付き、早めに次の行動に移るべきだったのですが…
中国語表示を写してしまいましたが、引き続き、ORC59便、17:40発の対馬行きも欠航に…
この瞬間、自分が長崎で立ち往生している事に気がつきました。
ちょっとややこしくなりますが、この日の搭乗ルートは以下のようになっていました。
福岡⇒五島福江⇒長崎・長崎⇒壱岐⇒長崎⇒対馬・対馬⇒福岡⇒羽田
青字が2号機、 赤字が1号機 の担当。 対馬から先は別の航空会社。
長崎で機嫌を損ねた2号機は、この後本来ならば、
長崎⇒福江⇒福岡⇒福江⇒長崎⇒対馬⇒長崎 と飛ぶ筈でした。
一方の1号機は、
長崎⇒壱岐⇒長崎⇒対馬⇒長崎 というスケジュール。 (赤字は自分の搭乗予定区間)
ORCは機材が2機のみのため、1機が離脱すると、残る1機でやりくりをしなければなりません。
なのでこの日の1号機の残り区間を全てキャンセル。
本来は2号機が飛ぶ筈だった、以下の区間に変更となりました。
長崎(遅れ)⇒福江(〔欠航〕⇒福岡⇒福江)⇒長崎⇒対馬⇒長崎
こうする事で、欠航となるのは「長崎⇔壱岐」、「福江⇔福岡」だけで済みます。
おそらく、この区間の乗客数が少なかったために取られた処置だと思われます。
対馬行きは、17:40発の59便が欠航、18:55発の61便のみの運航となりました。
あ、18:55発の対馬行きでは、福岡まで行けません。
長崎⇒対馬⇒福岡とつなぐためには、
長崎17:40⇒18:15対馬・対馬19:05⇒19:35福岡というルートしか無いのです。
それでは代替手段。
空路、長崎⇒福江⇒福岡は、上記の通り、既に欠航が決まっています。
陸路だと、長崎空港から福岡空港までは3時間以上かかります。
今から福岡に移動しても、福岡を出発する便には間に合いそうにありません。
後続便に振り替えて貰おうにも、目下満席という事が分かりました。
壱岐行きが欠航となった時点で、福岡に陸路で移動を開始すれば良かったのですが、
時すでに遅し。 判断の遅れが仇となりました。
「じゃあ、お船で行く?」
うーん、その船だと、一体いつ羽田に着けるかなぁ。
残る手段。 長崎から羽田に直接飛ぶのは、普通運賃なので4万円を軽く超えてしまいます。
さてと、どうしたものか…
「そうだ。 スカイマークが、あるですっ!」
おお、その手があったか。
スカイマークも当日運賃なので割高ですが、ANA・JALに比べると1万円以上安いのでした。
方針決定。 まずは神戸まで。
5月 SKY148便 長崎18:30⇒19:30神戸 B737-800 (JA73ND) この便名の付け方はちょっと面白いと感じました。
飛行機自体は長崎⇒神戸⇒羽田と飛ぶのですが、
長崎⇒神戸間はSKY148便、神戸⇒羽田間をSKY116便、
長崎⇒羽田間を通しでSKY448便という、3通りの便名が付けられています。 B737−800(JA73ND)号機は、2010年の11月に就役した新しい機材でした。
改めて画像を見返すと、JA73ND号機はETOPSを取得していたのですね。(前脚扉に記載)
国内線を運航しているスカイマーク機が、「ETOPS(双発機の長距離進出運航)」を取得していたのは知りませんでした。 この機材だったらハワイまでは無理としても、太平洋上の島々や東南アジア圏に飛ぶことは十分出来るはずです。
うーん、今となってはチャーター便のような形で、もっと積極的に近距離国際線に活用しておけば、得るものも多かったのでは、なんて思ってしまいます。
隣に、福江からORCの1号機が戻って来ました。 まあ、こんな事もあります。
搭乗率は結構高かったようです。
「雲が多くて、残念です。」
でも、ひまわりマークのウィングレットが空に映えます。
「そろそろ、ベルトサイン点くですか。」
そうだね。 だからさっさとシートベルトしようね。
すっかり日の暮れた神戸空港に到着しました。
神戸空港でのインターバルは35分。
展望デッキになんか出ていないで、急いで次の区間に行かないと。
それでは再び、搭乗します。 ん?
実は、東京−大阪間の未消化の航空券があり、ここで利用する事にしました。
5月 ANA416便 神戸21:15⇒22:30羽田 B737-500 (JA304K) AKX運航 「これでようやく、おうちに帰れます。」
こうしてバタバタと、羽田まで戻ってくる事が出来ました。
複雑な行程の場合、少々の先読みと、エスケープルートの必要性を感じる出来事でした。
そしてまた、「飛んでて良かった☆印」と思える出来事でもありました。
スカイマークも大変な時期かとは思いますが、これからも頑張って欲しいと思います。
今回のお土産こんな時でも、やっぱり何か買い込んでいたようです。
鈴田峠農園の「鶏ピー飯」
長崎空港のある大村あたりではポピュラーらしい、ピーナッツと鶏の炊き込みご飯の素。
茹でピーナッツの独特な食感がちょっと不思議で、東南アジアに通じるような雰囲気でした。
長崎といえばの定番、福砂屋の「カステラ」
この黄色いパッケージを見ると、つい買わずにはいられません。
今では首都圏でも普通に買う事が出来るのに、やはり手が出る不思議です。
おしまい。
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2011年こぶ〜の旅
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泊を伴わない、観光をほとんどしていない、空港から出ていない、
ひこーきが中心の「移動の記録」です。
ひこーきが中心の「移動の記録」です。
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今年のお出かけネタが尽きているので、古い搭乗ネタ第2弾です。
二年前の梅雨の晴れ間に、伊豆諸島を眺めてみようと東京湾から南下する飛行機に乗ってみました。
2011年の6月でした。 5/31に退役したばかりのJALのA300-600Rが空港で佇んでいました。
今回の目的地はこちら。 八丈島を目指します。
2011年6月 ANA823便 羽田11:35⇒八丈島12:25 B737-500 (JA8596) 本日の搭乗機、B737−500「ゴマちゃん」(JA8596)です。
羽田空港2タミはこの位置からの写真が撮りにくいのが難点です。
フィルムカメラの画像がありませんでした。
カメラを持って行かなかったのか、画像ファイルを何処かにやってしまったのか…
デジカメOKになった時には雲が多かったみたいです。
でも、南下するにつれ雲が薄くなってきました。
三宅島が見えてきました。
豊かな自然と火山によって形成された特異な景観が特徴の島です。
2000年の噴火以来、火山性ガスの放出が続き厳しい状態が続いていますが、
早期の復興を願わずにはいられません。
ズームすると、海岸線沿いの三宅島空港と右側に三池港が見えています。
〔参考写真〕
1987年の三宅島の様子。
雄山山頂下の噴気口。 「雄山サウナ」と呼ばれていました。
昔の火口に溜まった地下水が、下からの熱気で温められ水蒸気となって噴出していたのだとか。
なのでこの煙はにおいや有害物質が無く、近寄っても大丈夫でした。
2000年の噴火によって陥没し、この景観は失われてしまいました。
雄山の南西に広がっていた村営牧場付近の溶岩原。
現在は立ち入り制限区域になっていると思います。
島東部のサタドー岬周辺。 奥の山が1940年噴火の際に形成された「ひょうたん山」。
手前左の黒い丘が1962年噴火の際に形成された「三七山」。
おまけ。
2000年噴火以前は、オフロードバイクならこんな道を通って山頂直下まで登る事が出来ました。
かなりおっかなびっくり走ってますね〜。
と、思い出の三宅島を通過して、
御蔵島が見えてきました。
最近はイルカ観光で有名になりましたが、
断崖絶壁の島なので港の条件が厳しく、訪れるのは結構大変です。
八丈島空港へのアプローチは、ふたつの山の間に向かって降下する迫力の光景が広がるのですが、
フィルムカメラを持っていかなかったらしく、残念ながら画像がありません…
八丈島空港に到着しました。
八丈島空港のターミナルは、滑走路の伸延に合わせ2002年に竣工した新しい建物です。
(現滑走路の供用開始は2004年)
八丈富士と呼ばれる西山(854m)は雲に隠れていました。
山が迫っている事が分かるでしょうか。 この地形のために着陸が難しい空港といわれています。
B737−500「ゴマちゃんジェット」(JA8596)しばしの休憩中です。
それでは羽田に戻りましょう。 2011年6月 ANA826便 八丈島14:15⇒羽田15:10 B737-500 (JA8596) よろしくお願いします。 当然ながら往路と同じ飛行機です。
離陸後しばらくは画像がありません。
デジカメがOKになった頃に見えてくるのは、左に御蔵島、右に三宅島です。
御蔵島をズームしてみます。 雲がもう少し切れてくれると、急峻な地形がよく分かったのですが。
三宅島をズームしてみます。 海面の色が変わっているのかと思いましたが、低い雲でした。
この後本州に近付くにつれ、霞がかかってしまいました。
あっという間に羽田に戻ってきてしまいました。
ほぼ定刻での到着だったようです。
東京湾を南下してゆく路線は伊豆諸島行きだけなので、普段は目にしない景色を眺めて帰ってきました。
この路線、前回の大島、大昔に訪れた三宅島と並んで楽しいのですが就航率が低いのが難点です。
もう一度伊豆諸島を眺めに行きたいのですが、再訪できないままです。
この時のお土産伊豆諸島といえばやはり 「明日葉」
もう少しまともな写真を撮っておけば良かったのに…
八丈名物「島ずし」
沖縄の南大東島の「大東寿司」のルーツの島ずしです。
南・北大東島は八丈島から移り住んだ人たちが多いので、この製法が伝わっていったのだとか。
余談ですが、八丈島ずしは生産量が少ないらしく、空港で購入出来ない事もよくあるようです。
あらかじめ予約を入れておくと、空港売店に用意しておいてもらえるようです。
おしまい。
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先日の台風15号の影響から、南の島のフライトを全行程キャンセルしてしまったので、
新しいネタが無くなってしまい、古いお話を画像ファイルから引っ張り出しました。
今から二年前、
羽田ベースの唯一のプロップ機、ANAのQ300くんに乗ってみようと出かけて来ました。
行先はこちら、伊豆大島です。
2011年1月 ANA1843便 羽田08:55⇒大島09:30 DHC8-Q300 (JA803K) ランプバスに送られて、早速搭乗します。
それでは出発します。 (フィルムカメラ)
滑走路に向かう途中、
当時退役の進んでいたJALのA300−600Rの横を通り抜けます。 (フィルムカメラ)
D滑走路05Rからの離陸だったようです。 (フィルムカメラ)
羽田空港を後に、東京湾上に出ました。 (フィルムカメラ)
東京湾の上空で半周、川崎市 扇島を見ながら上昇を続けます (フィルムカメラ)
横須賀付近を見ながら南下します。 遠くには富士山。
房総半島から突き出す、千葉県 富津岬の上空を通過しました。
東京湾口、浦賀水道の上空に出ました。 三浦半島を南側から見ています。
左の石油タンク群が久里浜の火力発電所、右が観音崎です。
三浦半島の先端までやってきました。 左端が城ヶ島、手前が剱崎。 右に三浦海岸が広がっています。
東京湾を出るとあっという間に着陸体勢です。
遠くに見えているのは利島でしょうか。 (フィルムカメラ)
左側の席にすれば大島の全景が見られたのに、残念。
大島空港に着陸しました。 滑走路の端でターンします。 (フィルムカメラ)
飛行機を降りて、ターミナルビルにむかいます。
展望デッキに上がってみました。 遠く富士山が浮かび上がっています。
外に出てみます。 このターミナルは、
2002年に滑走路延伸(1,800m)と同時に完成した新しい建物です。
この時は、一日1往復しが運航が無かったので、すぐに戻らなければなりません。
2011年1月 ANA1844便 大島10:15⇒羽田10:45 DHC8-Q300 (JA803K) 再びボンQ300くんに搭乗します。 当然ながら、往路と同じ飛行機です。
滑走路の端でターンをします。 RW03からの離陸だったようです。 (フィルムカメラ)
離陸しました。 (フィルムカメラ)
北向きの離陸だったので、あっという間に島を離れます。 風早崎の灯台が見えています。 (フィルムカメラ)
一瞬だけベルトサインがOFF。
千葉県 右奥に突き出しているのが房総半島の先端、野島崎。 手前が洲崎。 左が館山です。
館山湾を通過します。 左に大房岬、その左が富浦です。
真ん中の、南房総市 南無谷崎を境に、右に南無谷海岸から富浦。 左が岩井です。
ここでベルトサインが再び点灯しました。
東京湾を横断するアクアラインの換気施設、「風の塔」を見ながら着陸体勢です。 (フィルムカメラ)
D滑走路の上を通り越して、着陸します。 (フィルムカメラ)
飛行機を降りて、ランプバスでターミナルに戻ります。
バスの窓ガラスが色付きなので色が変な感じになってしまいました。
羽田から一番短い空の旅でした。
お土産を購入しなかったのか、写真を撮り忘れたのか。 今となっては定かではありません。
大島空港に、売店はあったはずなのですが。
この頃はANAジャンボも普通に見られました。(B747−400D JA8964)
この飛行機も、この年(2011年)の秋に引退してしまいました。
おしまい。
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今から約2年前、2010年の暮のことでした。
朝早く、この車両で出発です。
新しいスカイライナーはとても快適でした。
ただ、ウチから日暮里に着くまでに、時間がかかるのが難点です。
到着したのは当然、成田空港です。 巨大な行先案内板が、「日本の空の玄関」を感じさせます。
「いよいよ がいこくか〜、わくわく」
しろたん、期待度最高潮です。
「はやく いこーよ。 ぴんぽーん♪」
あれ、このゲートはどう見ても…
という訳で、行先は海外では無くこちら。 名古屋まで飛行機で飛ぼうというわけです。
2010年12月 ANA3201便 成田10:00⇒中部11:20 DHC8-Q400 (JA846A) しかも、ボンQくんで。
さっそく搭乗です。 搭乗率はかなり高かったようです。
現在、午前中成田発のQ400名古屋行きは無くなってしまいました。
便名も3桁に変わっています。
それでは出発〜。 (フィルムカメラ)
離陸しました。 東関東自動車道の上ということは、34Rだったでしょうか。 (フィルムカメラ)
九十九里海岸を後ろに、光っているのは印旛沼かな。
房総半島から突き出す富津岬と、対岸は三浦半島です。
東京湾を横断し、横須賀上空から三浦半島に差し掛かっています。
プロペラ機だと、ここまで来てもこの高さです。
「くもがふえてきちゃった。」
せっかく低い高さからのフライトを楽しもうと思ったのに、ちょっと残念です。
静岡県 駿河湾。 清水港と三保の松原付近を見ています。
右の席に移って南アルプスを見ているという事は、富士山は見えなかったみたいです。
冬なのに雪が少なかったようです。
逆光がきついですが、浜名湖の横を通過してゆきます。
渥美半島の上空で旋回します (フィルムカメラ)
中部国際空港(名古屋)に着陸しました。 (フィルムカメラ)
デッキに出て飛行機ウォッチング
737−4004が、まだJEXで運航されています。
奥のANAの737は、エアニッポン、ANAウィングス、エアネクストと表記がそれぞれ異なっていました。
ドリームリフターが尻尾を折り曲げていました。
さてと、フライトの続きです。
2010年12月 ANA1835便 中部13:00⇒福岡14:45 DHC8Q-400 (JA841A) ドリームリフターを見ながら、滑走路に向かいます。 (フィルムカメラ)
離陸しました。 脚を引っ込めます。 (フィルムカメラ)
伊勢湾を横断して、四日市の上空です。 (フィルムカメラ)
「くもがふえちゃいました。」
この日は、西に向かうにつれ、雲が多くなってしまったようです。
離陸時は左側にいたのに、何故か右側に移っています。
というのも、機内がかなり空いていたのでした。
微妙に雲がかかって、地上の景色は望めそうにありません。
瀬戸内海、岡山と香川を結ぶ瀬戸大橋線のところなのですが、よく分らないですね。
しまなみ海道、生口島(左)と大三島(右)を結ぶ、多々羅大橋が見えています。
何故か写真がここで途切れています。 うたた寝でもしていたのでしょうか?
博多港から、福岡空港に向かって降下してゆきます。 (フィルムカメラ)
福岡空港の横を通過します。 34(南側)からの着陸になるようです。 (フィルムカメラ)
最終の着陸体勢に入りました。 「シートベルトをもう一度お確かめください。」 (フィルムカメラ)
福岡空港に到着しました。
プロペラ機で福岡まで行ってみる、を実行したのですが、
冬場にしては霞がかかってしまい、眺望が今いちだったのが残念でした。
5時間かけて福岡までって、新幹線とほぼ同じ所要時間ですが、
成田空港まで行く時間と、搭乗までの待ち時間は、考えないことにしましょう。
逆光下の写真の撮り方にも、もう少し工夫が欲しかったです。
でも、二年以上前から行動がやはり変だったみたい… です。
やっぱり買ってる 福岡のお土産明太子の中島商店製 「博多なかなか ドライめんたい」
明太子を乾燥させてジャーキー状というか、からすみ状に加工したもの。
酒の肴にとても合うのですが、何故わざわざ干す必要が、という思いがどうしても…
おしまい。 |
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昨年11月からブログを始めまして約4ヶ月、81番目の記事になりました。
始めた当初は、勝手も解らずどうなることやらと思っていましたが、ここまで続けてこれましたのは、
一重に毎回暖かいコメントを寄せてくださる皆さまや、訪れてくださる皆さまのおかげだと思っております。
どうもありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いいたします。 m(_ _)m
さてと、81番ということで、飛行機好きとしてはやはり、MD−81の勇姿を持ってくるしかないかなと。
1993年ごろ、羽田空港での搭乗風景
なんとこの頃は、羽田でもエアステアを使っての搭乗でした。
確か、早朝の女満別行きだったと思います。
私、引越しが多く、昔の写真は殆ど何処かにいってしまったのですが、何故かこの二枚が残っていました。
それから17年、2010年09月30日、MD−81もラストフライトの日を迎えました。
北九州から羽田空港に到着。 貝殻のように開く逆噴射が懐かしいです。 (MD-81 JA8294)
この日は19番スポットへの到着でした。 奥側ではなく、手前のPBBを使用してくれれば良かったのに。
三沢空港に向けて出発します。
機内の風景
三沢空港に到着しました。
羽田に折り返します。
MD−81最後の勇姿です。
大判の安全のしおり
再び、羽田に戻ってきました。 降機したときには、報道陣の多さにびっくりしました。
ラストフライトに向け、再びの19番スポット。
改めて写真を整理していたら、あのMD−81の「キーン!!!」という懐かしいジェットサウンドを想いだしました。
感傷的なまま、おしまい。 |


