こぶ〜がふらふら

9月からはこちらでぽつぽつ書いていこうかと… https://ameblo.jp/ccobouex

2015年こぶ〜の旅

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那覇市と豊見城市の市境に近い「旧海軍司令部壕」を見学しました。
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壕のある火番森(ひばんむい)の丘からは、慶良間諸島を望む事が出来ます。
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丘の上でぐるっと回ってみました。

景色を眺めていると、何故かこの曲が思い浮かびました。





「それじゃあ、ここから滑り台でビューン!! ですね!」
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いやいや、年寄りなんだからそんな事はしないって(^^ゞ















那覇を基点に久米島、宮古と回り、那覇に戻って来ました。



「那覇空港を後にします。」
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「ゆいレールに急ぐですっ!」
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「あ、これは故郷の海…」
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そうか、ピカリャ〜くんは、八重山諸島の宣伝部長だったっけ。




「それでは出発進行〜。 次は赤嶺ですっ!」

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うっ、変わり身が早い…





写真だと分かりにくいのですが、外はものすごいスコール状態。
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これは困ったぞ。 そうだ、そんな時には。



「♪24時間、今も開いてますっ♪」
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♪もちろんそれは〜♪
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臨時休業がニュースになるといわれる、24時間営業の「ユニオンですから」もちろん今も開いてます。




ユニオンで買い物を少々。大雨の中を本日のお宿「ホテル グランビュー沖縄」へ。
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ここは空港からひと駅。ユニオンも近いので遅い時間の到着にはとても便利です。



フロントでは「こっちは久々の雨なんですよ。」と言っていました。
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部屋はベッドが広めのシングルルーム。
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水周りもごく標準的ですが快適に過ごせます。
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グランビュー沖縄HP http://www.granview.co.jp/okinawa/



今回は赤嶺駅ビューの側でした。 相変わらず雨が強いようです。
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こうして長かった一日も、ようやくひと区切りです。







翌日の朝になりました。 雨もすっかり上がったようです。
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まずは、ホテル1Fの「琉旬彩食 土煌」で朝食です。
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朝06:00オープンなので、早朝出発にも便利です。


野菜におかず各種、
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パスタもあります。
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カレーにゆし豆腐。
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ふちゃんぷるー(お麩炒め)に、くーぶいりちー(昆布炒め)もあります。
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お腹も一杯になったら、本日の行動開始。




「赤嶺駅は、日本最南端の駅です。」
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赤嶺駅からゆいレールではなく、ふらふらとやって来たのは、



那覇市と豊見城市の市境に近い、「海軍壕公園」です。
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赤嶺駅から徒歩だと30分くらいでしょうか。




旧海軍司令部壕(海軍壕)は、1944年に沖縄防備の拠点として建設されました。
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建設当時の全長は450m、現在はそのうちの300mが整備され公開されています。
当時重機などは使えず、殆ど手作業で掘り進められたと云われています。
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海軍壕は、図左端の小録飛行場(現那覇空港)を見下ろす「火番森(ひばんむい)−琉球王国時代の港の監視所」と呼ばれた標高74mの丘にあります(赤丸印)。
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現在では壕内の照明が整備されていますが、当時は発動発電機によるわずかな照明があるだけでした。
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「司令部壕」として建設されたので、一部は掘り広げられ、コンクリートと漆喰で内側が固められていますが、(ここは司令官室として使用されていました。)
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殆ど素掘りの空間に、4,000名もの将兵が詰めていました。
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1945年4月1日、読谷から北谷にかけて米軍部隊が上陸します。(画面下が残波岬)
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その後、4月中旬に現在の普天間飛行場の南側、嘉数高台で日米の主力部隊が激突します。(宜野湾市、嘉数高台公園から見る普天間飛行場)
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戦線は次第に南下、5月には、慶良間チージ(Sugarloaf −現在のおもろまち、安里配水池公園付近)から、
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大名(おおな)高地(現在の末吉公園付近)にかけて激しい戦闘が繰り返されます。
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おもろまち付近は首里城の西側にあたり、末吉公園は首里城の北側にあたります。



激戦の末、5月31日には日本陸軍司令部の置かれた首里城が陥落します。
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首里城の陸軍司令部壕と、その後の展開については こちらの記事の中で。



戦線は更に南下、6月4日には現在の那覇空港の北側に近い、小録に米軍が上陸します。
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そして6月の下旬、日本軍の組織的な抵抗は終結します。






旧海軍司令部壕は人工的に掘り進められましたが、掘られてから70年が経過して、水分により石灰が染み出し、鍾乳洞のようになった所もあります。
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いささか重い空気を感じつつ、壕を後にしました。
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火番森の高台に上ると、向こうには慶良間諸島と青い空が広がっているのでした。
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与論から那覇、久米島を経由して、何故か宮古島行きの飛行機に乗り込みました。


搭乗機はJTA生え抜きのB737-400(JA8597)です。
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天候の影響から使用機の到着が遅れ、定刻よりも40分遅れでの出発です。
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11月 JTA571便 那覇17:25⇒18:15宮古 B737-400 (JA8597)


18:08にPBBが外されました。
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「それでは、行ってまいりますっ!」
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離陸前にすっかり暗くなってしまいました。
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夜間の離陸に備え、機内照明が落とされます。
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那覇空港RWY18に進入します。
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離陸の様子を動画に撮ってみましたが、殆ど真っ暗でした。




上昇後は、残照がかろうじて一枚。
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「今日は07:30から連続勤務。 さすがにちょっと疲れました。」
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この日は、羽田⇒伊丹⇒鹿児島⇒与論⇒那覇⇒久米島⇒那覇⇒宮古
とつなぎ、これが7レグ目。 さすがに疲れてきたようです。

何故こんなに詰め込んだのかというと、6月にRACシーサー号が宮古空港で拗ねてしまった影響で7フライトがキャンセルとなり、その分のリカバリが出来ぬまま11月を迎えていたのです。

回数減の分は、秋の薩南アイランド・ホッピングで取り戻すつもりだったのに、こちらは予約の折り合いがつかず不参加、11月の後半の詰め込みとなりました。




「まもなく着陸します。」
「シートベルトをいま一度、ご確認ください。」
「あー、羽田から既に11時間30分経過です…」
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雨の宮古空港に到着しました。
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定刻よりも50分遅れ、19:05の宮古空港到着でした。
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「まもる君、こんばんは〜。遅くなりました。」
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「あたらかシーサーさんにも、ご挨拶です。」
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「クリスマスツリーも、用意されています。」
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ターミナルを一周したら、



「外に出てみますっ!」
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「あの〜、突然で申し訳ございませんが…」
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「はいはい、何でしょう?」


………



「♪ちゃらら・ちゃっちゃ・ちゃ〜ん!
ピカリャ〜くんが、仲間に加わった!」
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え、そんな事いつ決まったの?

それに、ピカリャ〜くんは竹富町出身、八重山諸島の宣伝部長だったよね。
,何故、宮古島にいるのさ…。

もしかして、疲労から夢を見ているのかも…






「そろそろ、保安検査場を通過しないと。」
「えっ、そうなんですか?」
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「えっと、ゲートはここでいいのかな?」
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ほらほら、自信を持って進まないと。



そんな訳で次の搭乗便は、

11月 JTA572便 宮古18:55⇒19:40那覇 B737-400 (JA8597)

那覇に戻ります。


飛行機は当然先ほどと同じ、B737-400(JA8597)です。
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それでは宜しくお願いいたします。
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到着時の遅れがそのまま、50分遅れでの出発です。
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「シートベルトをしっかり締めましたっ!」
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宮古空港RWY22エンドで旋回後、離陸します。 といってもほとんど真っ暗ですが。




離陸後北に旋回、平良市街を見ながら上昇します。
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照明の落とされた機内は静かな雰囲気です。
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しばしぼーっとしていると、あっという間に那覇空港に着陸です。
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出発時の遅れがそのまま、定刻よりも50分遅れての到着でした。
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予定よりも遅くなりましたが、行ったり来たりの那覇空港を後にします。
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今朝07:30から始まった長い一日も、20:30でようやく終了です。







与論から、那覇を経由して久米島までやって来ました。


与論島から久米島まで搭乗の、「白RAC号」ことDHC8-Q300(JA8936)。
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現在、日本で唯一の旅客機型Q300です。





「めんそーれ〜」
「怪しいバッターさんにご挨拶しましたっ!」
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こんな事をして空港内をふらふらしていたら、



あっという間に搭乗時刻です。 徒歩で向かった先には、
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那覇から久米島まで搭乗の「白RAC号」DHC8-Q300(JA8936)です。
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「白RAC号」で、

11月 RAC880便 17:30⇒18:05那覇 DHC8-Q300 (JA8936)

那覇に戻ります。



「それでは、行ってまいりますっ!」
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あっという間の久米島滞在となってしまいました。
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雲行きが怪しかったのですが、とうとう雨が降り出してしまいました。



着陸時とは反対のRWY21に向かうようです。
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エンジンスタートからRWY21を離陸する様子を動画に撮ってみました。





「あっという間に、まっしろしろたんです。」
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まあ、結構強い雨になっちゃったからねえ。




雨雲の中ですが飛行高度が低いので、入砂島と、
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渡名喜島を、雲の合間に見る事が出来ました。

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「後はまっしろしろたん、まもなく着陸ですっ!」
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脚を出し、最終の着陸体勢に入ります。
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那覇港の北側から、那覇空港に向けて降下します。
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那覇空港の北端が見えて来ました。
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ソラシドエア機に待ってもらいつつ着陸します。
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那覇空港RWY18に着陸しました。
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マーシャラーさんに誘導され、スポットに向かいます。
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JA8936「白RAC号」くん、どうもありがとう。 ほぼ定刻での那覇到着でした。
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ランプバスで到着口まで送って貰ったら、
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ちょっとだけ内緒の階段を上り、
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再びこんなところに逆戻りです。
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「腹が減っては何とやら〜」
「今のうちに、お食事タイムです。」
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次の便が遅延しているので、時間に余裕が出来ました。
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とはいっても、星社で羽田に戻るつもりは無いようです。


という事で、次の行き先はこちら。

11月 JTA571便 那覇17:25⇒18:15宮古 B737-400 (JA8597)



搭乗機がやって来ました。 実際には40分遅れの18:05出発となりました。
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出発までに、暗くなってしまいそうです。
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宜しくお願いいたします。
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JA8597号機といえば、今では2機を残すのみのJTA生え抜きの(V18)モノクラス仕様機です。
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「青と緑の波模様シートが特徴です。」
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オーディオ・コントローラも特徴的だよね。 県内路線では使わないけれど。



「出発準備、出来ましたっ!」
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JTA571便は、まもなく出発いたします。








RACのDHC8-Q300「白RAC号(JA8936)」で与論空港を出発、那覇空港にやって来ました。
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ランプバスの到着口から向かうのは、
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何故か那覇空港の28番、ランプバスの出発口。
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DHC8-Q300「白RAC号(JA8936)」のところに逆戻りです。
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再びの「白RAC号」で向かうのは、

11月 RAC897便 那覇15:10⇒15:45久米島 DHC8-Q300(JA8936)

久米島です。




「それでは、行ってまいりますっ!」
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お見送りを受けて出発します。
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那覇空港RWY18を離陸しました。
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空港南側の瀬長島を飛び越えます。
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上昇後西に針路を取ります。 空港沖の第2滑走路の建設が進んでいます。
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那覇空港の全景を見る事が出来ました。
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距離がありましたが、那覇沖約15kmのチービシ環礁(慶伊瀬島)が見えてきます。
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左が一番大きなナガンヌ島、中央にクエフ島、右に灯台のある神山島です。




慶良間諸島の東側、前島の上空を通過します。
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引き続き慶良間諸島の渡嘉敷島、渡嘉敷港です。
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渡嘉敷島の西、複雑な形の座間味島と手前に安室島です。
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座間味島の更に西側、上(北)から順に屋嘉比島、阿嘉島、慶留間島。
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一番手前で切れているのが、慶良間空港のある外地島です。




急に雲が増えてきましたが、慶良間諸島を順に見る事が出来ました。
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「だんだんと、雲が厚くなってきます。」
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慶良間諸島と久米島の間にある、渡名喜島が遠く見えています。
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以前の記事のコピー、

渡名喜島は沖縄本島の西60km、久米島との間に位置し、面積3.6k㎡
島全体が渡名喜村となっていて、約400名が暮らしています。 

 渡名喜村は、「全国で二番目に面積が小さな村」 といわれています。
(日本一は富山県 舟橋村の3.47k㎡)

島内には、未舗装の道路に赤瓦の家屋が多く残され、集落全体が竹富島と同じ、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

久米商船の高速船「ニューくめしま(679t)」か、「フェリー琉球(1,188t)」で、那覇泊港から約2時間、久米島兼城港から約1時間30分です。





渡名喜島のすぐ西にある、入砂島が見えています。
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こちらも以前の記事のコピー、

入砂島は、渡名喜村に属する面積0.3k㎡の無人島です。

かつては「カミの島」として守られてきましたが、現在では島全体が米軍の 「出砂島(いですなじま)射爆撃場」 として使用されているため、 一般人の立ち入りは厳しく制限されています。

2001年放送のNHKの連続ドラマ、「ちゅらさん」のオープニング映像に登場した島としても知られています。





久米島の東に伸びる砂州、はての浜が細長く伸びています。
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久米島が近付いてきました。
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島の南側で脚を出し、最終の着陸体勢に入ります。
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久米島空港RWY03に着陸します。





久米島空港に着陸しました。
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白RAC(JA8936)号くん、どうもありがとう。 定刻での到着でした。
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まずはターミナルに向かいましょう。
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「久米島空港にやって来ました。」
「シーサーくん、健在ですっ!」
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「怪しいバッターさんも、健在ですっ!」
「あ、いえ、何でもありませんっ!」
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到着ロビーの、
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「もえろゴミ」も健在のようです。
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空港名物?を確認する事が出来ました。




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