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那覇市と豊見城市の市境に近い「旧海軍司令部壕」を見学しました。
壕のある火番森(ひばんむい)の丘からは、慶良間諸島を望む事が出来ます。
丘の上でぐるっと回ってみました。
景色を眺めていると、何故かこの曲が思い浮かびました。
「それじゃあ、ここから滑り台でビューン!! ですね!」
いやいや、年寄りなんだからそんな事はしないって(^^ゞ
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2015年こぶ〜の旅
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那覇を基点に久米島、宮古と回り、那覇に戻って来ました。
「那覇空港を後にします。」
「ゆいレールに急ぐですっ!」
「あ、これは故郷の海…」
そうか、ピカリャ〜くんは、八重山諸島の宣伝部長だったっけ。
「それでは出発進行〜。 次は赤嶺ですっ!」 うっ、変わり身が早い…
写真だと分かりにくいのですが、外はものすごいスコール状態。
これは困ったぞ。 そうだ、そんな時には。
「♪24時間、今も開いてますっ♪」
♪もちろんそれは〜♪
臨時休業がニュースになるといわれる、24時間営業の「ユニオンですから」もちろん今も開いてます。
ユニオンで買い物を少々。大雨の中を本日のお宿「ホテル グランビュー沖縄」へ。
ここは空港からひと駅。ユニオンも近いので遅い時間の到着にはとても便利です。
フロントでは「こっちは久々の雨なんですよ。」と言っていました。
部屋はベッドが広めのシングルルーム。
水周りもごく標準的ですが快適に過ごせます。
グランビュー沖縄HP http://www.granview.co.jp/okinawa/
今回は赤嶺駅ビューの側でした。 相変わらず雨が強いようです。
こうして長かった一日も、ようやくひと区切りです。
翌日の朝になりました。 雨もすっかり上がったようです。
まずは、ホテル1Fの「琉旬彩食 土煌」で朝食です。
朝06:00オープンなので、早朝出発にも便利です。
野菜におかず各種、
パスタもあります。
カレーにゆし豆腐。
ふちゃんぷるー(お麩炒め)に、くーぶいりちー(昆布炒め)もあります。
お腹も一杯になったら、本日の行動開始。
「赤嶺駅は、日本最南端の駅です。」
赤嶺駅からゆいレールではなく、ふらふらとやって来たのは、
那覇市と豊見城市の市境に近い、「海軍壕公園」です。
赤嶺駅から徒歩だと30分くらいでしょうか。
旧海軍司令部壕(海軍壕)は、1944年に沖縄防備の拠点として建設されました。
建設当時の全長は450m、現在はそのうちの300mが整備され公開されています。
当時重機などは使えず、殆ど手作業で掘り進められたと云われています。
海軍壕は、図左端の小録飛行場(現那覇空港)を見下ろす「火番森(ひばんむい)−琉球王国時代の港の監視所」と呼ばれた標高74mの丘にあります(赤丸印)。
現在では壕内の照明が整備されていますが、当時は発動発電機によるわずかな照明があるだけでした。
「司令部壕」として建設されたので、一部は掘り広げられ、コンクリートと漆喰で内側が固められていますが、(ここは司令官室として使用されていました。)
殆ど素掘りの空間に、4,000名もの将兵が詰めていました。
1945年4月1日、読谷から北谷にかけて米軍部隊が上陸します。(画面下が残波岬)
その後、4月中旬に現在の普天間飛行場の南側、嘉数高台で日米の主力部隊が激突します。(宜野湾市、嘉数高台公園から見る普天間飛行場)
戦線は次第に南下、5月には、慶良間チージ(Sugarloaf −現在のおもろまち、安里配水池公園付近)から、
大名(おおな)高地(現在の末吉公園付近)にかけて激しい戦闘が繰り返されます。
おもろまち付近は首里城の西側にあたり、末吉公園は首里城の北側にあたります。
激戦の末、5月31日には日本陸軍司令部の置かれた首里城が陥落します。
戦線は更に南下、6月4日には現在の那覇空港の北側に近い、小録に米軍が上陸します。
そして6月の下旬、日本軍の組織的な抵抗は終結します。
旧海軍司令部壕は人工的に掘り進められましたが、掘られてから70年が経過して、水分により石灰が染み出し、鍾乳洞のようになった所もあります。
いささか重い空気を感じつつ、壕を後にしました。
火番森の高台に上ると、向こうには慶良間諸島と青い空が広がっているのでした。
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コメント(18)
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与論から那覇、久米島を経由して、何故か宮古島行きの飛行機に乗り込みました。
搭乗機はJTA生え抜きのB737-400(JA8597)です。
天候の影響から使用機の到着が遅れ、定刻よりも40分遅れでの出発です。
11月 JTA571便 那覇17:25⇒18:15宮古 B737-400 (JA8597) 18:08にPBBが外されました。
「それでは、行ってまいりますっ!」
離陸前にすっかり暗くなってしまいました。
夜間の離陸に備え、機内照明が落とされます。
那覇空港RWY18に進入します。
離陸の様子を動画に撮ってみましたが、殆ど真っ暗でした。
上昇後は、残照がかろうじて一枚。
「今日は07:30から連続勤務。 さすがにちょっと疲れました。」
この日は、羽田⇒伊丹⇒鹿児島⇒与論⇒那覇⇒久米島⇒那覇⇒宮古
とつなぎ、これが7レグ目。 さすがに疲れてきたようです。
何故こんなに詰め込んだのかというと、6月にRACシーサー号が宮古空港で拗ねてしまった影響で7フライトがキャンセルとなり、その分のリカバリが出来ぬまま11月を迎えていたのです。
回数減の分は、秋の薩南アイランド・ホッピングで取り戻すつもりだったのに、こちらは予約の折り合いがつかず不参加、11月の後半の詰め込みとなりました。
「まもなく着陸します。」
「シートベルトをいま一度、ご確認ください。」
「あー、羽田から既に11時間30分経過です…」
雨の宮古空港に到着しました。
定刻よりも50分遅れ、19:05の宮古空港到着でした。
「まもる君、こんばんは〜。遅くなりました。」
「あたらかシーサーさんにも、ご挨拶です。」
「クリスマスツリーも、用意されています。」
ターミナルを一周したら、
「外に出てみますっ!」
「あの〜、突然で申し訳ございませんが…」
「はいはい、何でしょう?」
………
「♪ちゃらら・ちゃっちゃ・ちゃ〜ん!
ピカリャ〜くんが、仲間に加わった!」
え、そんな事いつ決まったの?
それに、ピカリャ〜くんは竹富町出身、八重山諸島の宣伝部長だったよね。
,何故、宮古島にいるのさ…。
もしかして、疲労から夢を見ているのかも…
「そろそろ、保安検査場を通過しないと。」
「えっ、そうなんですか?」
「えっと、ゲートはここでいいのかな?」
ほらほら、自信を持って進まないと。
そんな訳で次の搭乗便は、
11月 JTA572便 宮古18:55⇒19:40那覇 B737-400 (JA8597) 那覇に戻ります。
飛行機は当然先ほどと同じ、B737-400(JA8597)です。
それでは宜しくお願いいたします。
到着時の遅れがそのまま、50分遅れでの出発です。
「シートベルトをしっかり締めましたっ!」
宮古空港RWY22エンドで旋回後、離陸します。 といってもほとんど真っ暗ですが。
離陸後北に旋回、平良市街を見ながら上昇します。
照明の落とされた機内は静かな雰囲気です。
しばしぼーっとしていると、あっという間に那覇空港に着陸です。
出発時の遅れがそのまま、定刻よりも50分遅れての到着でした。
予定よりも遅くなりましたが、行ったり来たりの那覇空港を後にします。
今朝07:30から始まった長い一日も、20:30でようやく終了です。
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与論から、那覇を経由して久米島までやって来ました。
与論島から久米島まで搭乗の、「白RAC号」ことDHC8-Q300(JA8936)。
現在、日本で唯一の旅客機型Q300です。
「めんそーれ〜」
「怪しいバッターさんにご挨拶しましたっ!」
こんな事をして空港内をふらふらしていたら、
あっという間に搭乗時刻です。 徒歩で向かった先には、
那覇から久米島まで搭乗の「白RAC号」DHC8-Q300(JA8936)です。
「白RAC号」で、
11月 RAC880便 17:30⇒18:05那覇 DHC8-Q300 (JA8936) 那覇に戻ります。
「それでは、行ってまいりますっ!」
あっという間の久米島滞在となってしまいました。
雲行きが怪しかったのですが、とうとう雨が降り出してしまいました。
着陸時とは反対のRWY21に向かうようです。
エンジンスタートからRWY21を離陸する様子を動画に撮ってみました。
「あっという間に、まっしろしろたんです。」
まあ、結構強い雨になっちゃったからねえ。
雨雲の中ですが飛行高度が低いので、入砂島と、
渡名喜島を、雲の合間に見る事が出来ました。
「後はまっしろしろたん、まもなく着陸ですっ!」
脚を出し、最終の着陸体勢に入ります。
那覇港の北側から、那覇空港に向けて降下します。
那覇空港の北端が見えて来ました。
ソラシドエア機に待ってもらいつつ着陸します。
那覇空港RWY18に着陸しました。
マーシャラーさんに誘導され、スポットに向かいます。
JA8936「白RAC号」くん、どうもありがとう。 ほぼ定刻での那覇到着でした。
ランプバスで到着口まで送って貰ったら、
ちょっとだけ内緒の階段を上り、
再びこんなところに逆戻りです。
「腹が減っては何とやら〜」
「今のうちに、お食事タイムです。」
次の便が遅延しているので、時間に余裕が出来ました。
とはいっても、星社で羽田に戻るつもりは無いようです。
という事で、次の行き先はこちら。
11月 JTA571便 那覇17:25⇒18:15宮古 B737-400 (JA8597) 搭乗機がやって来ました。 実際には40分遅れの18:05出発となりました。
出発までに、暗くなってしまいそうです。
宜しくお願いいたします。
JA8597号機といえば、今では2機を残すのみのJTA生え抜きの(V18)モノクラス仕様機です。
「青と緑の波模様シートが特徴です。」
オーディオ・コントローラも特徴的だよね。 県内路線では使わないけれど。
「出発準備、出来ましたっ!」
JTA571便は、まもなく出発いたします。
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RACのDHC8-Q300「白RAC号(JA8936)」で与論空港を出発、那覇空港にやって来ました。
ランプバスの到着口から向かうのは、
何故か那覇空港の28番、ランプバスの出発口。
DHC8-Q300「白RAC号(JA8936)」のところに逆戻りです。
再びの「白RAC号」で向かうのは、
11月 RAC897便 那覇15:10⇒15:45久米島 DHC8-Q300(JA8936) 久米島です。
「それでは、行ってまいりますっ!」
お見送りを受けて出発します。
那覇空港RWY18を離陸しました。
空港南側の瀬長島を飛び越えます。
上昇後西に針路を取ります。 空港沖の第2滑走路の建設が進んでいます。
那覇空港の全景を見る事が出来ました。
距離がありましたが、那覇沖約15kmのチービシ環礁(慶伊瀬島)が見えてきます。
左が一番大きなナガンヌ島、中央にクエフ島、右に灯台のある神山島です。
慶良間諸島の東側、前島の上空を通過します。
引き続き慶良間諸島の渡嘉敷島、渡嘉敷港です。
渡嘉敷島の西、複雑な形の座間味島と手前に安室島です。
座間味島の更に西側、上(北)から順に屋嘉比島、阿嘉島、慶留間島。
一番手前で切れているのが、慶良間空港のある外地島です。
急に雲が増えてきましたが、慶良間諸島を順に見る事が出来ました。
「だんだんと、雲が厚くなってきます。」
慶良間諸島と久米島の間にある、渡名喜島が遠く見えています。
以前の記事のコピー、
渡名喜島のすぐ西にある、入砂島が見えています。
こちらも以前の記事のコピー、
久米島の東に伸びる砂州、はての浜が細長く伸びています。
久米島が近付いてきました。
島の南側で脚を出し、最終の着陸体勢に入ります。
久米島空港RWY03に着陸します。
久米島空港に着陸しました。
白RAC(JA8936)号くん、どうもありがとう。 定刻での到着でした。
まずはターミナルに向かいましょう。
「久米島空港にやって来ました。」
「シーサーくん、健在ですっ!」
「怪しいバッターさんも、健在ですっ!」
「あ、いえ、何でもありませんっ!」
到着ロビーの、
「もえろゴミ」も健在のようです。
空港名物?を確認する事が出来ました。
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