|
或る日、那覇空港では見かけない飛行機が、ひっそりと到着しました。
お、これは新路線の開拓か。
いや、RACが密かに増機を計画しているのかもしれない。
実は、那覇空港にある青社系の航空機整備会社 「MRO Japan」 に、メンテナンスのため飛来した AKX の DHC8-Q400 でした。
しょうもない4月1日ネタで、失礼いたしましたm(_ _)m
|
雑記帳みたいな
[ リスト | 詳細 ]
主に航空機や旅行に関する、小ネタや感想など。
|
先日、ソウル市内の地下鉄に乗車していると、
ちょっと気になる車内広告がありました。
文章は、「勝ち抜く。進む。(サッカー選手が広告モデル)
Since 1933 大韓民国 鎮痛消炎剤
アンティプラミン」
のようです。 「Since 1933」とは相当な老舗です。これって一体…
看護婦さんといえば、何といっても「リトルナース」ちゃんの「メンソレータム」。
初代は1920年代の米国で広告などに登場しましたが、現在の絵柄は1951年に日本で復活した、二代目リトルナースちゃんです。
「メンソレータム」は、1894年に米国のアルバート・A・ハイドが開発した鎮痒消炎剤。
アジア圏で古くから用いられる、「薄荷」と「樟脳」の鎮痛消炎効果に着目して開発されたと云われています。
初期の広告では東洋趣味を色濃く打ち出したものもあり、もしかすると「東洋の神秘」みたいなイメージがあったのかもしれません。
ところで、「アンティプラミン」の「看護婦さん」は、ちょっとお姉さん?
(現在の呼称は「看護師」ですが、この絵柄には「看護婦さん」が似合います。)
「アンティプラミン」を開発したのは、1895年生まれで、僅か9歳で渡米したという異色の経歴を持つ「柳一韓(ゆ いるはん)」。
柳一韓は1926年に帰国し、「柳韓洋行(ゆはんやんへん)」を設立。
医薬品の輸入販売などを手掛けますが、庶民にも手の届く医薬品として、1933年に「アンティプラミン」の製造販売を開始。
以来現在に至るまで、「国民的医薬品」として親しまれ続けています。
ちなみにこちらも「メンソレータム」と同様に薄荷、樟脳が主成分です。
実は「メンソレータム」と日本の関係は古く、米国生まれのウィリアム・M・ヴォーリズ(後に帰化)が設立した「近江セールズ社(後の『近江兄弟社』)」が、1920年に日本での輸入・販売権を取得。1931年からは国内での製造を開始します。
ところが近江兄弟社は、いわゆるオイルショックの影響から1974年に経営破綻。
「メンソレータム」の製造・販売権を失ってしまいます。
翌1975年に、「ロート製薬」が「メンソレータム」の製造・販売権を取得。
更に1988年にはロート製薬が米国「メンソレータム社」を買収し、現在に至ります。
一方、元祖「メンソレータム」の近江兄弟社は会社更生法の適用を受け、経営を再建します。
「メンソレータム」の略称として、1967年に商標登録済だった「メンターム」という名称を使い、1975年に「メンタームS (近江兄弟社メンターム)」の製造を再開します。
「メンターム」のキャラクタ「メンタームキッド」は、ギリシャ神話のアポロンを題材にしているのだとか。
あれ、「メンソレータム」の略称なら、語感としては「メンタム」のほうが自然では?
実は1950〜60年代頃、「○○メンタム」という名称の後発(ジェネリック?)品が大量に出回っていて、「メンタム」の商標登録が難しかったようです。
また、後発品の中には「メンスター」とか「ペンタム」、「ペルメル (それは英国製煙草では?[米国名 ポール・モール])」などという珍名もあったようです。
いっその事、「めんそーれー」とかは無かったのかなあ。
しかも当時のパッケージデザインには、美女や看護婦さんが百花繚乱(^^ゞ
今ではちょっと考えられないカオス状態だったようです。
「アンティプラミン」、充分な許容範囲内と思えます(笑)
閑話休題。
「メンソレータム」のアルバート・A・ハイド、
「アンティプラミン」の柳一韓、
「近江兄弟社」のウィリアムズ・M・ヴォーリズ、
三人の創業者には薄荷、樟脳を使用する鎮痒消炎剤の製造販売という枠を超えた、もうひとつの共通点がありました。
それは三名とも敬虔なキリスト教信者であり、「ミッション(使命)としての事業活動」、すなわち単なるお金儲けではなく、社会貢献のための事業展開を志したのです。
自分の収益の殆どを、地域に還元し続けたアルバート・A・ハイド。
「会社は社会のもの」として、財閥化(同族経営)を頑なに拒んだ柳一韓。
学校の設立と、教育活動に力を注ぎ続けたウィリアムズ・M・ヴォーリズ。
世知辛い21世紀の現代にあっては、かつての米国系プロテスタントが夢見たナイーヴさなんて殆ど残滓なのかもしれませんが、その昔、夢と希望と理想を追った実業家たちが居た事を、薄荷と樟脳のスースーする残り香に感じたりするのでした。
え、清朝末の1870年代に販売開始と云われる「虎標萬金油 (タイガーバーム)」と、キリスト教系「メンソレータム」たちとの関係性?
うーん、それはいささか難し過ぎる問いかけです(笑) そういえばまだ子どもだった頃、プロテスタント系キリスト教会に縁があったもので、近江兄弟社の「メンソレータム」はとても身近な存在でした。
更に1953年に販売が開始された「大塚製薬」の「オロナイン」と、1918年に米国で発見された「マーキュロクロム液 (通称 赤チンキ)」は、家庭常備薬の筆頭格でした。
本当に、「『昭和』は遠くなりにけり」というものです。
|
コメント(14)
|
5月には札幌、6月には那覇と、日本の北と南をふらふらしました。
その際に見かけた、乗りものや風景についてです。
羽田空港にて、ルフトハンザ(DLH/LH)のA340-600(D-AIHI)が先行しています。
LH715便としてミュンヘン(MUC)に向かうようです。
最近では、4発機を見かける機会がすっかり少なくなってしまいました。
今時は2発で充分と分かっていても、やはり4発機は格好良いなあと思います。
後ろにはエンジン改修を待つ、ANAのB787-8がいました。
羽田空港北側の駐機場に、ANAのB737-500「ごまちゃん」が2機。
左側の機体はJA301K号機。胴体のタイトルが「ANA TECNICAL TRAINING」になっています。(写っていませんが(^^ゞ
以来、全日空(ANA/NH)⇒エア・ドゥ(ADO/HD)⇒ANAウイングス(AKX/EH)で、
21年に渡り活躍してきました。
退役を機に全日空に戻り、今後は整備訓練専用機として活用される予定です。
追記;もう少し写りの良い、JA301K号機の画像を追加します。
右側の尾翼ロゴの消されたB737-500「ごまちゃん」は、JA8504号機。
こちらも、全日空(ANA/NH)⇒エア・ドゥ(ADO/HD)⇒ANAウイングス(AKX/EH)で、
22年間飛び続けました。
こちらはあめりか〜の「ユニカル・アヴィエーション(Unical Aviation)」に移籍、
機体番号が「N681UA」に書き換えられ、日本を離れる日が近そうです。
新千歳空港で見かけたANAのB777-200、JA741A号機「HELLO 2020 JET」。
同じく新千歳でANAのB777-200、JA743A号機「たくあん」こと「C-3PO JET」。
何処にいても、どちらも派手で目立ちます。 こちらも新千歳にて、香港航空(HX/CRK)のA330-300、B-LNR号機。
那覇空港では、今(2018)年1月末で定期便運航を終了したRACのDHC-8-Q300、
「白RAC号」ことJA8936号機が佇んでいました。
今後が気になります。
同じく那覇空港にて。塗装の落とされたJTAのB737-400、
機体番号が、あめりか〜の「N7377S」に書き換えられていました。 (追記;JA8992初代さくらジンベエかと思われます)
追記その2;「N7377S(元JA8992)」号機は、あめりか〜の「CSDS Aircraft」という会社への移籍のようです。
同じく那覇空港にて。JTAのB737-800、JA07RK号機は、
沖縄が生んだ大スター、安室奈美恵の「AMURO JET」。
彼女の引退に合わせ、9月までの運航なので、ちょっとレアかもしれません。 こぶ〜は、「アムラー」世代よりもほんのちょっぴりだけ?年上なもので、「アムロ」と聞くと、ついガンダムのほうを連想してしまうのは、かなりの秘密です(笑)
また、那覇空港の西側、JTAの左隣の大型整備格納庫が完成間近のようです。
この整備格納庫は、ANA系の航空機整備会社「MRO Japan」が、2019年度初頭の稼働を目指し建設を進めています。
こちらが完成すると、現在の伊丹の整備拠点はどうなるのかな?
また、冒頭に記載した整備訓練用JA301K号機が、こちらに引っ越してくる事もあるのでしょうか。
前回の記事で、苫小牧港に入港直前の「さんふらわあ(さっぽろorふらの)」と書きましたが、
入港予定表を後から調べたところ、この船は「さんふらわあ ふらの」でした。
記事にする前に、もう少し調べておきましょう(^^ゞ
上空からだとミニチュアっぽく写ってしまいますが、海上自衛隊で最も大きな艦船、
2015年に就役したヘリコプタ搭載護衛艦、「DDH183『いずも』」。
4基の28,000馬力ガスタービンエンジンを持ち、最大30ノットで航行します。
また、ヘリコプタを14機搭載する能力があり、5機を同時運用する事が可能です。
「いずも型護衛艦」は、第二次大戦期の航空母艦に匹敵する規模を持つため、いずれは固定翼機を運用可能な軽空母に転換するのではと噂されていますが、改修や運用、編成等々にかかる費用対効果を考えた場合、象徴的としての意味合いはともかく、実践的な価値は果たして持ち得るのでしょうか。
5月から6月にかけ、北の大地を代表する花といえば「ライラック」。
和名だと「ムラサキハシドイ(紫丁香花)」。かなりイメージが異なります。
一方で、初夏の南の島を代表する紫の花といえば、
「オオバナサルスベリ(大花百日紅)」。
「バナバ」というと、花よりも健康食品の原料として知られているでしょうか。
初夏の南の島には赤い花がよく似合います。咲き始めた「カエンボク(火焔木)」。
初夏の南の島を代表するもうひとつの赤い花は、「ホウオウボク(鳳凰木)」。
しかも、中国語表記での「火焔樹」は「カエンボク(火焔木)」の事、ああややこしい。
何時もいつも、細かな事ばかり眺めてしまいます。
|
|
今年は3月から4月にかけ、那覇−羽田−ソウルをふらふらしました。
その記事がまだ完結していませんが、本編以外の小ネタを並べてみます。
空港でキョロキョロしていると特別塗装機に目が行きますが、スカイマークの特別塗装機をよく見かけました。
まずはJA73NG号機、「ヤマトジェット」。
機内アナウンス「ヤマトジェット」専用バージョンを、YouTubeで見つけました。
JA73NK号機は、「タイガースジェット」。
スカイマークの拠点でもある、神戸空港繋がりのようです。
神戸空港では、タイガースデザインの地上支援車輌が活躍しているそうです。
こちらはJA73NJ号機、福岡ソフトバンクホークス応援の「タカガールジェット」。
セリーグとパリーグ、1チームづつという事でしょうか。
雨の中で写りが悪いですが、JA73NT号機は「下町ボブスレージェット」。
こちらは大田区、羽田空港繋がりのようです。
那覇空港で出発を待っていると、RACのDHC8-Q400CCを正面から撮影する人たちを見かけました。
こんな位置からの撮影許可(というより立ち入り許可)が出る事もあるんだと思いました。
地上移動中、空自隊員の盛大なお見送りを受けてしまいました?
本当は年度末に離任する方に向けてですが、こんなに近いお見送りはなかなかありません。官民共用の那覇空港ならではでしょうか。 滑走路端近くで離陸順を待っていると、空自のイーグルスが先に発進します。
おおお〜「トップガン」みたい。よし、離陸シーンを格好良く狙うぞー 「 しーん… 」
那覇空港RWY18を離陸後、北に旋回する際、かなり小回りをする事があります。
沖縄戦最後の激戦地、摩文仁の丘の上空です。
現在の沖縄県平和祈念公園。手前左が各都道府県慰霊塔域と戦没者墓苑。 右側に、平和の火を中心に円弧を描く平和の礎(いしじ)。
奥の白い塔が沖縄平和祈念堂です。
平和の礎に刻銘された沖縄戦戦没者、241,468名(2017/06/23現在)に、改めて思いを馳せます。
上空から小さな島を見つけると、ちょっと得をした気分になります。
それを全部上げたらきりが無いので、今回は伊豆半島周辺の小さな島。
上記地図右上(北東側)の○印、静岡県最東端、熱海市の初島。
面積は約0.44k㎡、静岡県唯一の有人島で人口は約200人です。
面積は約0.1k㎡ 神子元島灯台の建つ無人島です。
神子元島灯台の歴史は古く、初点灯は1871(明治3)年。
以来147年を経た今も、石造の灯台は改修を重ねつつ現役続行中です。
その歴史的価値から、「世界歴史的灯台100選」、「海上保安庁Aランク保存灯台」、「日本の灯台50選」等々に選出されています。
余計な事ですが、静岡県の島嶼部を除いた本州側の最東端は、
伊東市の川奈ホテルゴルフコース大島コース付近(黄色矢印)、
同じく最南端は、御前崎市の御前埼灯台付近(赤矢印)です。
もうひとつものすごい小ネタ。
上記の最南端に関して「御前崎市の御前埼灯台」と記しましたが、誤字ではありません。一応意図的に使っています。(まあしょっちゅう間違えるのですが(^^ゞ
海に突き出す地形を表す漢字には「崎、埼、碕、岬」などがあり、実はそれぞれの意味を持っています。
詳述すると大変な(というより正確には把握していない)ので避けますが大まかに、
「崎」は陸地から見た表現なので、地名は「御前崎(おまえざき)」となり、
「埼」は海から見た表現なので、灯台名は「御前埼(おまえさき)灯台」なのです。
要は陸上地図(国土地理院)では「御前崎」、そして自治体名や地名が「御前崎」。
その一方海図(海洋情報部)では「御前埼」、なので灯台名が「御前埼灯台」。
石廊崎の石廊埼灯台、なのに犬吠埼はそのまま犬吠埼灯台… ああややこしい。
地上の景色を眺めていて、ソーラーパネルや発電用風車に気付く事が増えました。
今年3月に運転を開始したばかりの、千葉県市原市、山倉ダムのダム湖に浮かぶ「千葉・山倉水上メガソーラー発電所」のソーラーパネル群。
270Wの太陽電池モジュールを50,900枚並べ、最大発電出力が13.7MW。
日本最大級の水上設置型太陽光発電所です。
静岡県南伊豆町、伊豆半島の南端、石廊崎の高台に並ぶ「石廊崎風力発電所」。
正直に書いてしまうと、こうした施設の良し悪しが自分には判断出来ません。
でもまあそれは、HV(HEV)とかPHV、EVといったアルファベット分類の最新型乗用車に対する、エンジン偏愛主義者の郷愁みたいなものに過ぎません。
飛行機の上からでも、大海原を行く船を結構見る事が出来ます。
まあ肉眼では追えても撮影に失敗し、航跡しか分からない事が多いのですが。
独特な航跡から、かろうじて東海汽船のジェットフォイル「セブンアイランド」シリーズらしいと判ります。色味から「セブンアイランド 虹」という事にしておこう…
うわあ、またしても失敗。これも独特な航跡から東海汽船のジェットフォイル。
色味から強引に「セブンアイランド 友」という事にしておこう…
以下ちょっと偉そうに、わりと上手く撮れた船をいくつかご紹介。
伊豆大島沖を航行する、液化天然ガスを輸送するLNGタンカー。
特徴的な球形タンクですぐに分かります(球形タンクではない船もあります)。
インドネシア、マレーシア、ブルネイなど赤道近くの国々から、或いはオーストラリアから赤道を越え、マイナス162℃のLNGをロス無く運ぶって大変な技術です。
気化したLNGを無駄にせず、運航用燃料に混合すると知った時は「へぇ〜」でした。
浦賀水道をゆく、自動車輸送船。
サイドのイルカマークで、トヨタ自動車系のトヨフジ海運の船だと分かりました。
上空からだとサイズがいまいち判りにくいのですが、乗用車2,000台積級の中型輸送船かと思われます。中型といっても全長165m、総トン数12,700トン。
ちなみに乗用車6,000台積級の大型輸送船は、全長200m、総トン数60,000トン。
基本的には車両が直接乗り入れるRORO船*やカーフェリーと同じ構造ですが、可動式の床など自動車輸送に特化した設備で、車を隙間なく船室内に積み込みます。
*RORO船; Roll-On/Roll-Off、クレーン等を使わず自走・牽引可能な貨物を搭載・揚陸する貨物船
対義的にはLOLO船−Lift-On/Lift-Off、クレーン等を用いて貨物を搭載・揚陸する貨物船
あれ、東京湾の港には就航していない筈の、「さんふらわあ」シリーズのカーフェリーが航行しています。
ジャパン マリンユナイテッド(JMU)横浜事業所磯子工場(長いなあ… 往年のIHI造船)で建造された、3代目「さんふらわあ さつま」が試験航海をしているようです。
2代目を500トン上回る13,500総トン、全長192m。客室の8割が個室という豪華仕様。
RORO船との区別が曖昧となったカーフェリーに、クルーズ船並みの客室設備を装備し、積極的に旅客を呼び込もうという新造船です。
勿論カーフェリーとして、乗用車換算で約400台を搭載する事が出来ます。
客室設備等が全く違うとはいえ、上述した同規模の中型自動車輸送船の搭載能力は2,000台とカーフェリーの5倍。改めて自動車輸送船の効率の良さが分かります。
3代目「さんふらわあ さつま」は、5/15に大阪⇔志布志(鹿児島)航路に就航します。
千葉県千葉市、JFEスチール東日本製鉄所千葉地区(旧;川崎製鉄千葉製鉄所)の専用岸壁に、3隻のタグボートに押されて接岸する鉱石運搬船。
スケール感が掴みにくいのですが、全長300m、総トン数100,000トン級の大型ばら積み船(バルカー/バルクキャリア)だと思われます。 20万トン!近い積荷の鉄鉱石か石炭で、船体が深く沈み込んでいます。
こちらが典型的なLOLO船です(Lift-On/Lift-Off)。
また、この船はデリック等の搭載・揚陸用設備を一切持たず、特定品目のバルク(ばら積み)輸送に特化しています。
そのため、搭載・揚陸設備のある専用埠頭以外に接岸する事は無く、オーストラリアやインドネシアといった積出港と製鉄所との間を黙々と往復し、地道に日本の産業を支えています。こういうのをサプライチェーンというのでしたっけ。
「何だか難しい話、ばっかりです。
しかも、外がまっしろしろたんなので…」
実は三段しろたんズを、久々に披露してみたかっただけです。
お後が宜しいようで(^^ゞ
|
|
先日、JTA生え抜きのB737-400(-4Q3)は、初代青ジンベエくん1機を残すのみと書きましたが、(その時の記事)
2016年9月、南ぬ島新石垣空港の「初代青ジンベエ(JA8939)」くん。
初代青ジンベエくんは、3月末で定期運航から外れたようです。
これで8機在籍したJTA生え抜きのB737-400(-4Q3)は、全機が退役。
「青と緑の波模様シートとも、とうとうお別れです。」
JTA生え抜き「-4Q3」組の完全退役により、現役のJTAのB737-400はJEXから移籍の「-446」組、6機のみとなりました。
JEX「-446」組は当初8機体制でしたが、2017年9月にJA8991号機が退役。
2014年3月、南ぬ島新石垣空港にて、JA8991号機。
そういえばB737-446組はJEXへの導入時、「フラワージェット」として花の名前がそれぞれ付けられていました。JA8991号機は「コスモス号」でした。
JEX組からはもう1機、「初代さくらジンベエ(JA8992)」ちゃんも退役。
2016年11月、南ぬ島新石垣空港にて。
初代さくらジンベエJA8992号機は、JEX導入時には「リンドウ号」でした。
以下覚え書きのために記しておくと、
JA8993「ヒマワリ号」
JA8994「ラベンダー号」
JA8995「カトレア号」
JA8996「ダリア号」
JA8998「ハイビスカス号」
JA8999号機はJEX時代には花の名前が付きませんでしたが、3013年3月から新石垣空港開港を記念した、「南西航空・SWALジェット」でした。
2013年3月、旧石垣空港に初飛来した「南西航空・SWALジェット(JA8999)」。
何処にいても目立っていた「南西航空・SWALジェット(JA8999)」でしたが、今年2月に通常塗装に戻りました。2018年3月の那覇空港。
話が横道に逸れますが、上記のリストではJA8997が抜けています。
実はJA8997は、ANAのA320-200の機体番号なのです。
2011年5月、秋田空港にて(同型機)。
何故1機にだけ離れた番号JA8997が付いたのかは、よく分かりませんでした。 話を本題に戻し、ジンベエずは初代が2機ともに引退。
そんな訳で、タイトルが「みーふぁいゆー初代ジンベエず」なのでした。
「みーふぁいゆー」は八重山言葉で「ありがとう」です。
これからは、新造B737-800(-8Q3)の「二代目青ジンベエ(JA05RK)」と、
「はいさいっ!」
「二代目さくらジンベエ(JA06RK)」の新2機体制です。
「はいたいっ!」
「これからもジンベエずを、ゆたさるぐとぅ、うにげ〜さびらっ!」
どうにも似たようなネタばかり続けて、申し訳ございませんm(_ _)m
おまけ。
先日、羽田空港で地上移動中、まっしろしろたんなA330-200を見つけました。
こんな写真しか撮れなかったので詳細が不明でしたが、後から調べたところ、チャーター専門の「ホンコンジェット」のA330-200(VP-CBE)でした。
この姿、何処かの退役機が羽田に立ち寄ったのかと思ってしまいました。
それにしても、マーク等一切無しのまっしろしろたんって何とも怪しい雰囲気。
一体どんなひと(たち)がチャーターして、羽田までやって来るのでしょうか。
|


