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普段はすっかり忘れているくせに、ふとしたきっかけで思い出すフレーズがあります。とりわけ春になるといくつか。
そんな訳で今回まあ、あまりにも有名なフレーズを連想してしまったのですが、毎度の事ながら、タイトルと内容に殆ど繋がりはありません(^^ゞ
「今、富とか名誉ならば要らない…」と言い切る自信も未だ無く、「翼が欲しい」とか、「今も… 夢に見ている」のかも? ならば「〇ッドブル」をというご意見は、参考程度とさせて頂きます(笑)
毎度お馴染み?ソウルにやってきました。
そしてこちらもお馴染み、東横イン東大門1です。
遅い時間のチェックインだったので、お部屋が二面窓のダブルにアップグレード。
ベッド幅プラス 20cm の余裕が、ちょっと嬉しかったりします。
高層階なので、窓からは「眠らない街」東大門の夜景。
翌日の朝になりました。ナムル二種とおにぎりの朝食。
「あれー、もう帰っちゃうですかー。」
そういえば、何故ソウルに来たんだっけ?
さくっと出国し、4F のラウンジエリアに出没。
「今回は、サンドイッチだけですか?」
「ビールグラスが、ちょっと変わってます?」
実は今回、移転後のアシアナラウンジに初入室。 混んでいたため写真が撮れませんでしたが、ビールサーバーが少し変わっていて、弁付きの専用グラスをサーバーに載せると、下からビールが湧き出します。
仕掛けとしては面白いのですが、縁まで注ぐ事が出来ず、泡消えが早いように感じました。
また、アシアナにはホットミールが無く、その点では KAL ラウンジが上手かも。
そんな事を考えていると、搭乗機がスタンバイ。
アシアナラウンジ利用という事で、ANA の B787-8 JA874A号機です。
これから搭乗する ANA の B787-8 は240席仕様。
競合路線では青社の方が大型という印象がありますが、ここでは逆転しています。
それだけ搭乗率が高いのか、それとも単なる機材繰りのどちらでしょうか。
前置きが長くなりましたが、青社の B787-8 JA874A号機で向かうのは、
3月 NH864便 金浦12:25⇒14:25羽田 B787-8 JA874A 羽田に帰ります。 「それでは、行ってまいりまーす!」
お見送りを受けて出発します。
金浦空港(GMP/RKSS) RWY32R に進入し、
離陸後は針路を東に変え、こんな景色を眺めつつ上昇します。
更に東に向かって飛行を続け、日本海に出ました。
まあ、海の上だけ晴れているのは、いつものお約束です。 日本海に出たところで、お食事タイム。
ミックスサラダ、チーズ&クラッカー、バナナケーキ メインはビビンバ。チューブ入りコチュジャンとその下にはゴマ油。
本格的な作りで美味しく頂きましたが、機内で混ぜるのがちょっと大変(^^ゞ
実はこの路線のお食事、赤社よりも青社の方が良い印象です。
ラウンジは「そら組(いぬ組)」、機内食は「ほし組」。うーん、選択って難しい…
ならば純粋な「そら組」の KE に搭乗を、とのご意見は重々承知しております(笑)
日本列島が近付くにつれ、雲が増えてしまいました。
「当機は高度 39,000ft、対地速度 594Knot で順調に飛行中です。」
おおお〜、たいやきくん、機長さんみたいだねえ。 メートル換算すると高度 11,887m、対地速度 1,100km/h 高くてかなり速いです。
フライトマップを眺めていると、この日の追い風は何と 240km/h
往路の対地速度が 655km/h 風の速さを加えると、対気速度は 895km/h
現在の対地速度が 1,100km/h 風の速さを差し引くと、対気速度は 860km/h
大気中の速さが同じでも、方向により対地速度には 400km/h 以上の差が出ます。
ジェット気流の影響を改めて実感します。
雲の切れ目から見えたのは、伊勢湾の奥、揖斐川と木曽川の河口付近。
三重と愛知の県境です。
太平洋側に出ると雲が薄くなり、静岡県袋井市のエコパ(小笠山総合運動公園)。
台風の進路情報によく登場する、御前崎市の御前崎。
島嶼部を除く、静岡県の最南端でもあります。 内陸側に目を向けると、牧之原市の静岡空港(FSZ/RJNS)。奥には大井川。
伊豆諸島、利島の上空を通過します。
伊豆大島は半分が雲の下。
「♪ぽぉ〜ん、当機は降下を開始し、着陸体勢に入りました。」
「シートベルトをいま一度、ご確認ください。」
うん、安全のために大切な事だよね。
スポイラを立て減速降下、雲の中に入ります。
再び地上が見えたのは、千葉県勝浦市付近。
興津港の先端に、外房に面した太平洋の潮位を測定する勝浦験潮場があります。
房総半島を横断し、君津市の日本製鉄君津製鉄所付近から東京湾に出ます。
君津製鉄所は、八幡製鐵君津製鐵所として1965年に操業を開始。 その後、新日本製鐵、新日鐵住金、今年4月から日本製鉄へと変遷しています。
更に八幡製鐵は、戦前からの(旧)日本製鐵に遡り…
「鉄は国家なり」とか「鉄は産業のコメ」といった勇ましい言い回しや、「鐵」、「鉄」という文字に込められた思いには、基幹を支える気概みたいなものを感じます。
とはいえ、それは「『昭和』っぽいアナクロニズムに過ぎない」と言ってしまう事も可能だし、もとより「産業報国」みたいな考え方は、個人的には必ずしも全面肯定出来るものでは無いし…
嗚呼、最近何か少し苛立っているのかなあ(笑)
下手な考えをよそに、東京湾を横断。神奈川県川崎市の浮島を通過します。
羽田空港(HND/RJTT) RWY34L に着陸しました。
NH864便は、ほぼ定刻での到着でした。
到着口を出ると、ものすごく大勢のお出迎え。
タイミング的に、同じ便に搭乗していたアイドル系の子がお目当てだと思われます。
ついでに書いちゃうとイミグレに向かう際、その子のスタッフの印象がちょっと…
本人はごく普通に、むしろのほほんとした感じで歩いているのに、スタッフ達が変にガードしようとして、却って目立ってしまうのってどうなんでしょう(^^ゞ
少し前に報道被害があり、事務所が敏感になっていると後から知りましたが、周囲の人がそうした事情を知る筈も無く、実は気付いた人もあまりいませんでした。
今回の件とは関係ありませんが、以前、空港に詰め掛けた報道陣、のすぐ傍らを通過する破目に陥った事があります。その時、この混乱は報道陣が作り出している、としか思えませんでした。
「自家撞着」という表現が、あれ程似合う状況を他に見た事がありません(^^ゞ
再び嗚呼、最近何か少し苛立っているのかなあ(笑)
「まあまあまあ、無事に帰ってきたのが、一番ですっ!」
それではバスに乗っておうちに帰りましょうか。
実はこの後、春休み渋滞にはまり、いつもの倍の乗車時間となりました、とさ。
ま、色々とあります(^^ゞ
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2019年こぶ〜の旅
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普段はすっかり忘れているくせに、ふとしたきっかけで思い出すフレーズがあります。とりわけ春になるといくつか。
そんな訳で今回まあ、あまりにも有名なフレーズを連想してしまったのですが、毎度の事ながら、タイトルと内容に殆ど繋がりはありません(^^ゞ
「今、富とか名誉ならば要らない…」と言い切る自信も未だ無く、「翼が欲しい」とか、「今も… 夢に見ている」のかも? ならば「〇ッドブル」をというご意見は、参考程度とさせて頂きます(笑)
そんな3月のある日の羽田空港。
「さあ、新しい旅立ちですかっ!」
うん、まあそうなんだけど、そんな大層なものでは無くてだねえ。
この日は3月の下旬。春休みに入り、羽田の保安検査場が大混雑。
こんな時、お隣の秘密の?レーンの有難さを実感します。 「あれ〜、何だかいつもと違う、ラインナップ。」
「ま、そんな時も、あるんでしょうね〜」
「なんだー、やっぱり、こっち行っちゃうですねぇ」
「でも、いつも安定のクオリティですっ!」
別に良いだろー、羽田出発のお楽しみなんだから。 「私は、何も知りませんっ!」
どうして窓が隠れるだけで、雰囲気が一変するのでしょうか。 ひとの感覚って面白いなあと思います。
という訳で?本日の搭乗機はこちら。B777-200ER JA702J号機です。
JA702J号機で向かうのは、
3月 JL093便 羽田15:45⇒18:15金浦 B777-200ER (JA702J) 相変わらずのソウル・金浦です。 JA702J号機はこのところ、羽田(HND/RJTT)から、金浦(GMP/RKSS)、台北・松山(TSA/RCSS)、バンコク・スワンナプーム(BKK/VTBS)の短中距離線を、順繰りに飛んでいるようです。
JAL には装備の違いから、一部に長距離向きではない国際線機材があると云われます。短中距離線が多い B777-200ER の初期型が、それに該当するのかも?
お天気は良さそうですが、春霞がかかっています。
本日も宜しくお願いいたします。
本日のお席はこんなところ。窓の位置が悪いのが少々難点です。
「それでは、行ってまいりまーす。」
羽田空港(HND/RJTT) RWY16L に進入します。
影を残して離陸しました。
D滑走路を飛び越えて上昇します。
上昇後旋回すると、東京ゲートブリッジ越しに東京の街並み。
更に旋回し、東京ディズニーリゾートの北側に出ます。
距離が開きましたが、羽田空港(HND/RJTT) の全景。
どうやら気温の急上昇が影響していたようです。
都心部を抜けると、
「♪中央フリーウェイ 調布基地を追い越し」と歌われる「調布飛行場 (RJTF)」。
「調布基地」は調布飛行場を言い換えたと云われますが、戦時中の1941年に開設された「東京調布飛行場」は、1974年に全面返還されるまで米軍管轄の「調布基地」でもありました。(正式名称は「関東村住宅地区・補助飛行場」)
「中央フリーウェイ」を含む「14番目の月」の発表は1976年。「調布基地」の跡地利用が検討されていた頃でした。
「♪中央フリーウェイ 右に見える競馬場」こと、JRA 東京競馬場。
東京競馬場のメインスタンド。中央高速から見るとこんな感じです。
「♪左はビール工場」こと、サントリー武蔵野ブルワリーは、遮音壁が邪魔をして屋根が見えるだけ。
「♪この道は まるで滑走路」と歌われてから、もう43年も経ったのかあ…
「昭和」が遠くなる筈です(^^ゞ
そんな事を考えていると「相模ダム」のダム湖、「相模湖」が見えて来ました。
相模ダムは戦時中の1941年に建設が始まり、1947年に竣工しました。 ダム湖に具体的な湖名を付けたのは、相模湖が初めてとされています。
また、1964年にはオリンピックのカヌー競技が行われ、ダム湖観光のモデルケースとされてきました。良かれ悪しかれ、戦後ダム事業の原点でもあります。
余談ですが、松任谷由実(ユーミン)の1987年発表のアルバム、「ダイヤモンドダストが消えぬまに」収録曲、「LATE SUMMER LAKE」 は相模湖のイメージだと云われています。
あれからもう、32年が経ったのかあ。
ははは、またしても「昭和」が遠くなる筈です(^^ゞ
相模湖のある神奈川県を過ぎると、日本で最も高い場所、富士山(3,776m)。
雲がかかってしまい、くっきり全景とはいきませんでした。 「お食事、お持ちしました〜。
尚、たいやきくんは、食用ではありません。」
麻婆豆腐と玉子炒飯、カシスゼリー、パスタのサラダ 朝便 (JL091) のパンよりも、やはりご飯の方が良い感じです。
「当機は高度 40,000ft、対地速度 354Knot で順調に飛行中です。」
メートル換算すると高度 12,192m、対地速度 655km/h 高く上がっても、向かい風がかなり強いようです。
しかも西に進むにつれ、雲が増えてしまいました。
羽田を出発して約2時間。エアスポイラを立て、減速降下を開始します。
「♪ぽぉ〜ん、ベルトサインが点灯しましたっ。」
「しろたんズも、早目に着席したしますっ!」
JL093便 JA702J号機は、夕刻の金浦空港(GMP/RKSS)RWY32L に着陸しました。
スポットに到着すると隣の KE 機が派手な装い。子どもの絵画でしょうか。
「がっちゃん。ドアモードをマニュアルにしましたっ。
お降りいただく準備が、整いました。」
さてと、ここからどうしましょうか。
つづきます。
おまけ
金浦空港に掲出されていたポスター。
「顧客のために最適化した、ヘリコプターサービス」とあるようです。
つづきます。
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那覇空港でJAL904便に搭乗したものの、空路・空港混雑の影響から離陸に時間がかかっています。搭乗中の B777-300 JA751J号機。
行先は羽田です。
03月 JAL904便 那覇11:20⇒13:35羽田 B777-300 (JA751J) 「♪ぽぉ〜ん。お待たせ致しました。当機はまもなく離陸します。」
「安全のため、シートベルトをいま一度、ご確認ください。」
おおお〜、さすがベテランコンビ。手慣れているねえ。
スポットを離れて約30分、那覇空港 (OKA/ROAH)RWY36 を12:30に離陸しました。
那覇防波堤(南防波堤)の「めんそーれ おきなわ」、かなり色褪せてしまいました。
北向きに離陸した際の目印、チービシ環礁(慶伊瀬島)。
奥に見えるのが上陸が可能なナガンヌ島です。
上昇すると一面の雲。今日はずっとこんな感じでしょうか。
「こんにちは、機長さんです。飛行状況について、お知らせ致します。
当機は遅れを取り戻すべく、高度 35,000ft 対地速度 658Knot で飛行中です。」
ちなみに西行きの往路では高度 8,534m、対地速度 715km/h
ジェット気流の速さは 250km/h に達しています。
「お茶の時間ですよ〜」
「内緒だけど、海の上だけ、無駄に晴れてますねぇ。」
そういう本当の事を言わないっ! 離陸から約90分。静岡県、御前崎の上空を通過します。
春霞で見にくいですが、駿河湾を横断し、伊豆半島に差し掛かりました。
西伊豆、松崎町のあたりです。
南伊豆、下田市上空を通過します。
左端が下田市街。下田港を挟んで東(右)に須崎半島、右端が爪木崎です。
伊豆大島が見えてきました。
伊豆大島の北端、大島空港(OIM/RJTO 03/21 1,800m)が確認出来ました。
「キャビンクルー・プリペア・フォー・ランディング ですっ!」
「♪ぽぉ〜ん、ベルトサインが点灯しました。しろたんズも着席します。」
画面手前に短く突き出すのが、千葉県、房総半島の最南端、野島崎です。
外房を回り込み、鴨川市上空から房総半島に上陸します。
手前の湾が内浦湾、小湊漁港。奥の東条海岸沿いに鴨川市街。
上空から大規模ソーラーパネルを見かける事が多くなりました。
鴨川市の「鴨川みらいソーラー太陽光発電所」です。
360,000㎡の敷地に125,000枚のソーラーパネルを並べ、出力が31,000kW
大型ディーゼルエンジン発電(内燃力発電)システム、5〜10基分に相当します。
徳之島(人口約1万人)に設置された内燃力発電所の総発電量と、ほぼ同じ。
結構な大出力ですが、B767-300 が搭載する CF6-80 ジェットエンジンの改良型を動力源とするガスタービン発電システムが、同等以上の能力を持つようです。
という事は、B767-300 のエンジン1基で徳之島の電力を全て賄える? ソーラーシステムの効率云々よりも、ジェット機のパワーを改めて実感します。
見渡す限りのゴルフ畑、じゃなかったゴルフ場。
千葉県市原市の上空です。手前が米原GC。中央がムーンレイクGC。 ゴルフ場は良いランドマークなのですが、これだけあると却って分かりにくい…
1990年に竣工した、養老川水系、高滝ダムのダム湖、高滝湖。
千葉市中央区、J2 ジェフユナイテッド市原・千葉の本拠地、フクダ電子アリーナ。
ジェフ千葉といえば、1993年のJリーグ開幕時から加盟する古豪ですが、2010年からは J2 が定位置になってしまいました。
1993年からの10チームのうち、J1 を維持し続け、降格経験が無いのは、鹿島アントラーズと横浜Fマリノスのみ。チーム戦力を長年維持し続けるのって大変です。
JFEスチール東日本製鉄所(千葉地区)付近から、東京湾に出ます。
東日本製鉄所(千葉地区)は、川崎重工から分離独立した川崎製鉄の千葉製鉄所として、1951年に開設。
2003年に川崎製鉄と日本鋼管が経営統合、JFEスチールとして現在に至ります。
奥には東電千葉火力発電所、三井造船、コスモ石油千葉製油所が続きます。
日本の基幹産業を支える、京葉臨海工業地帯の風景です。
羽田空港 (HND/RJTT) D滑走路が見えてきました。
C滑走路、16L エンドが見えたらもうすぐ着陸です。
羽田空港B滑走路、RWY22 に着陸しました。
地上移動していると、派手なのがやってきました。
中国東方航空(CES/MU)の A330-300、上海ディズニーリゾート号(B-6507)です。
JAL904便は出発時の遅れが響き、60分遅れでの到着でした。
B777-300 JA751J号機くん、お疲れさまでした。
「ところで、YOU は何しに沖縄へ?」
お天気の影響を少し受けましたが、これにて那覇二連戦は一応終了です。
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JAL919便は向かい風が強く、30分遅れで那覇に到着しました。
那覇空港からは、ゆいレール「都心へビュン。京急!」号で市街に出ます。
京浜急行の広告戦略って、相変わらずユニークというか中々尖ってます。 県庁前駅で下車、県庁北口交差点にやって来ました。国際通りの西端です。
それでは本日のお宿、県庁横の「ホテルチュラ琉球」に向かいましょう。
「ホテルチュラ琉球」は、沖縄海洋博を翌年に控えた1974年に開業し、1996年に全面リニューアルした老舗系ホテルです。
ロビーはどこか懐かしい趣きが残る、地方都市のシティホテルらしさです。
建物が古めなので、ちょっと天井が低く感じます。
殺風景ともいえる客室階の廊下と鉄扉に、何だか懐かしさを覚えます。 お部屋はシングル。なのにスペースに余裕があるのが、老舗系の良いところ。
まあ、がらんとしているとも言える訳ですが。
シングルなのに、独立した椅子とローソファまで置かれています。
リニューアル前はシングルではなく、別タイプだった事が窺えます。 水回りはごくごく標準的サイズですが、
大浴場完備。なのでそちらを利用しました。
客室数は65ですが、シングルが少なく、トリプルやフォースといった大きな部屋が多い構成。更に宴会場が2か所、会議室が3か所設けられています。
団体利用や宿泊以外での利用を想定した、老舗のシティホテルらしさです。
こうした特徴から、修学旅行での利用が多い印象です。
こんなところでも、「『昭和』は遠くになりにけり」なんて実感をしてしまいます。
翌日の朝になりました。1Fのレストランで朝食です。
最近の修学旅行は、もう少しランクが上のホテル利用が多いのでしょうか。
朝食はこんな感じに。
くーぶいりちー(昆布炒め)や煮物、ゆし豆腐があると嬉しくなります。
サラダ用野菜にゴーヤーとハンダマ。この時期にあるのが沖縄ならではです。
ゴーヤーは、標準和名の「ツルレイシ(蔓茘枝)」や、一般的な「苦瓜(にがうり)」よりも、ゴーヤーの方が通りが良さそうです。
ハンダマも、標準和名の「スイゼンジナ(水前寺菜)」、またの名の「金時草(きんじそう)」や「式部草(しきぶそう)」と呼ばれたら、別ものに思ってしまいそうです。 「もう、トマトジュースに、もずくスープですかぁ…」
「前の日の、行いの悪さが、窺えますねぇ。」
やる気の無さから、那覇空港のラウンジに潜り込んでしまったようです。
「日頃の行いが悪いから、こんな事が起こりますっ!」
前日の強風の影響が残り、いきなり30分遅延のお知らせがきました。
行先はメールにある通り、
03月 JAL904便 那覇11:20⇒13:35羽田 B777-300 (JA751J) 羽田に戻るのですが…
搭乗機は、お知らせ通りに30分遅れて到着。B777-300 JA751J号機です。
今日も風が強いようですが、宜しくお願いいたします。
「えー、乗客の皆さまに、お知らせ致します。
当機は、出発準備が整いましたが、
只今、管制からの出発許可を、待っております。」
空路と空港混雑の影響から、離陸にはもう少し時間がかかりそうです。 まあ、飛行機でも眺めながらゆっくり待ちましょう。
2017年就航のJACの新鋭機、ATR42-600(JA01JC) は、沖永良部行き。
そういえば、最近は島跳びにもすっかりご無沙汰です。 ターボプロップ機を眺めていると、また出かけたいなあなんて思います。
昨年(2018)1月に定期運航を終えた、RACの DHC8-Q300“白RAC号”(JA8936)。
今年(2019)2月に登録抹消。日本を離れる日が近付いたのでしょうか。
JTA の主力として延べ23機が在籍した B737-400 最後の1機、JA8995号機。
現在は定期運航から外れ、5/26のチャーターフライトを残すのみでしょうか。
残念ながら、チャーターフライトの予約が取れませんでした。
南の島といえば、何時も JTA の B737-400 でしたが、23機中16機に搭乗、総搭乗回数は67回でした。
B737-400 の後継、B737-800 は現在12機。
こぶ〜世代には説明不要ですが、ウルトラマン、ウルトラセブンの企画、脚本を担当し、37歳で早逝した金城哲夫氏が南風原出身という縁からです。
JA09RK 号機、右側は「ウルトラの島 沖縄」、左右が異なるデザインです。
航空自衛隊の C-130 輸送機 (85-1079) は、小牧からでしょうか。
マット塗装の機体は、写すのがちょっと難しいですねえ。 瀬長島を望む、RWY36 エンドにやって来ました。
RACの現行機、DHC8-Q400CC (JA83RC) の着陸を待ちます。
次は、AKX の B737-500 “ごまちゃん”(JA8595) が着陸。
JA8595 号機といえば、エアーニッポン (ANK/EL) 機として1997年に就航。
その後、全日空 (ANA/NH) を経てエアドゥ (ADO/HD) へ。2016年からはANAウイングス (AKX/EH) 在籍という大ベテランです。
ようやく離陸かなと思ったら、空自イーグルが緊急発進。
以前撮った参考画像なので、進行方向は気にしないでください(^^ゞ
実際は滑走路側では無かったので音だけでした。
次はいよいよ離陸かな?
つづきます。
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前回、 に引き続き、何時ものお出かけ Part2 です。
前回とは打って変わって良いお天気です。お出かけはやっぱりこうでなくっちゃ。
見るだけで搭乗には縁がありません。2020年3月迄には機会があるでしょうか。
そんな事を考えていると、搭乗機がスタンバイ。
B777-300 JA8944号機で向かうのは、再びの那覇。
順調に搭乗開始。本日のお席はこんなところ。
ところがこの日は全国的に風が強く、航空路混雑による管制指示でしばらく待機。
「10分遅れで、ドアクローズです。
それでは、行ってまいりまーす。」
羽田空港 RWY05 を離陸します。
離陸後、東京湾アクアラインの換気塔「風の塔」を回り込み、
羽田空港 (HND/RJTT) の全景が見えてきます。
横浜港を見ながら上昇します。
横浜市最南部、金沢区の八景島。南側(下側)は横須賀市の日産追浜工場。
三浦半島の基部を横断し、相模湾有数のランドマーク、江の島を通過します。
江の島から北に視線を上げると、
神奈川県で唯一の飛行場、厚木飛行場 (NJA/RJTA RWY01/19 2,438m)。
米海軍と海上自衛隊専用で、民間機の乗り入れはありません。
1945年8月30日、ダグラス・マッカーサーがダグラスC-54(DC-4)で此処に降り立った事でも知られています。
再び相模湾に目を転じ、
(左)平島を利用して造られた茅ヶ崎漁港と、(右)茅ヶ崎市沖の姥島(烏帽子岩)。
内陸側に視点を上げると、
神奈川県北西部に広がる丹沢山塊の最高地点、蛭ヶ岳(1,673m)。
丹沢の西、山中湖が見えてきました。湖の奥に聳える杓子山(1,597.5m)。
日本最強のランドマーク、富士山(3,776m)は山頂が雲の中。
数日前の積雪で真っ白な山中湖周辺や富士山と比べ、南アルプスの積雪量はかなり少ないようです。
この一枚では、山名(稜線)が特定出来ませんでした…
愛知県、渥美半島の先端、伊良湖岬の上空を通過します。
紀伊半島沿いに南下し、本州最南端、和歌山県の潮岬から太平洋に出ます。
正確には左の砂州でつながる陸繋島が潮岬。右に紀伊大島。 「えー、ここで機長さんから、飛行状況についてご説明申し上げます。
本日は西風が大変強く、高度28,000ft、対地速度386Knotで飛行中です。」
メートル換算すると高度8,534m、対地速度715km/h。確かにスピードが出ません。 「まあ、焦っても仕方無いので、お茶でもどうぞ〜」
「あ、こりゃどうも、すみませんねぇ。」
きみたちは、茶飲みじじいかいっ! 細かな揺れが続く可能性があるので、蓋付きです。
南下するにつれ雲が増えてしまい、しばしぼーっと過ごしていると、
「♪ぽぉ〜ん、ベルト着用サインが点灯いたしましたっ!」
「当機は、あと20分で着陸する予定です。」
地上が見えたのは、沖縄本島中部を東海岸に回ったところ。
金武湾沖の(左)宮城島と(右)伊計島。「与勝諸島」と呼ばれる島々の北端部。
沖縄本島の東に並ぶ「与勝諸島」に向けて突き出す、与勝/勝連半島。
かつては勝連、現在はうるま市の無人島、(左)南浮原島、(右)浮原島。
「与勝諸島」の南端、津堅ニンジンで知られるキャロットアイランドこと津堅島。
沖縄本島の南側に回り込み、琉球開闢伝説が色濃く残る久高島。
沖縄本島最南端の荒崎、平和之塔が建つ喜屋武岬が見えると最終着陸体勢。
瀬長島海中道路を越え、
那覇空港RWY36に着陸しました。
1999年就航の赤組B777-300ズの最古参、JA8944号機くん、向かい風の強い中どうもありがとう。
30分遅れにより、乗り継ぎをされる方は大変です。
この画像のタイムスタンプが18:15。
宮古行きJTA573便は乗客の搭乗待ち、石垣行きJTA625便は出発まであと10分。
久米島行きRAC883便はこれが最終便。どのような対応になったのでしょうか。
さてと、ここからどうしましょうか。
つづきます。
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