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「レストランに行って、ごはんを食べる」 のと 「ごはんを食べて、レストランに行く」 のとは同じでしょうか?
全然違いますよね。 ボクが誰かに 「レストランに行って、ごはん食べよっ」 と誘われれば喜んで乗りますが、
「ごはん食べて、レストラン行こっ」 と誘われたらたぶんパスします。 みなさんだったらどうですか?
ところが論理学ではこの2つは全く同じなんです。 論理学では 「P∧Q ≡ Q∧P」 (同値) ですから。
つまり、論理学では順序を区別しない ということです。 言い換えると、論理学は時間を扱えない ということです。
さて、「P ならば Q」 というとき、私たちは 「P が原因となって、Q という結果が生じる」 と考えます。
そこに因果関係を想定します。 ところが、時間・順序を扱わない体系では因果関係もまた扱えません。
因果関係においては原因が時間的に先にあって、引き続いて結果が後に生じるものだからです。
一例として 「暑くなると (ならば)、アイスが売れる」 という文を考えてみます。
この場合、「暑くなる」 が原因となって、その結果として 「アイスが売れる」 ということですね。
さて、ここでこの文の対偶を作ってみましょう。 対偶は 「アイスが売れないと (ならば)、寒くなる」 です。
この2つは同値 (P⇒Q ≡ ¬Q⇒¬P) ですが、対偶では因果関係が失われています。
「アイスが売れない」 ことが原因となって、結果として 「気温が下がる」 わけではありませんから。
前提は論理の外から持ち込むものですから、前提の中では順序関係や因果関係は生きています。
けれども前提から論理手続きに進む時点で順序と因果が失われて、それ以降再生することはありません。
つまり、因果関係を前提に置くことはできても、因果関係を論理学的に導くことはできない ということです。
「なぜ?」 という問いが原因を求めているとしたならば、論理は 「なぜ?」 に何も答えてくれない のです。
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>論理は 「なぜ?」 に何も答えてくれない
それはそうですし、書いてある内容に間違いはありません。
しかし、そんなことは(形式)論理学にとってはあたりまえのこと。
ちょっと気のきいた本なら、(形式)論理学は何をする学問であるかは、最初の方に書いてある事柄です。
はたしてomoriさんは論理に一体何を求めているのでしょうか?
そこのところが大いに疑問ですね。
2009/10/24(土) 午後 5:55 [ コタツ猫 ]
>論理は 「なぜ?」 に何も答えてくれない
あらためて勉強になりました。
2009/10/24(土) 午後 5:56
<コタツ猫さん>
> それはそうですし、書いてある内容に間違いはありません。
ありがとうございます。 自信が持てました。
> はたしてomoriさんは論理に一体何を求めているのでしょうか?
論理の効用と限界を、等身大に理解したいと思っています。
2009/10/24(土) 午後 9:45
>論理の効用と限界を、等身大に理解したいと思っています。
そうですか。そういうことなら思う存分追求してください。
影ながら応援します。
2009/10/24(土) 午後 9:55 [ コタツ猫 ]
<凡人さん>
論理学でいうところの 「論理」 と 「論理的な考え (説明・判断)」 というときの論理とは、
重なる部分があると同時にまるで異なる部分があるようです。
その辺をしっかりつかみたいですね。
2009/10/26(月) 午後 5:36
そうですね。その通りですよ。
2009/10/27(火) 午前 11:36
「レストランに行って、ごはんを食べる」「ごはんを食べて、レストランに行く」 は、はたして 「P∧Q ≡ Q∧P」という構造なのでしょうか。
「レストランに行って、ごはんを食べる」「ごはんを食べる、レストランに行って」が「P∧Q ≡ Q∧P」なのだとおもいます。
助詞や助動詞も意味を持ちます。それを変えてしまうと文の意味が変わってしまうのは当然です。
2009/10/30(金) 午前 0:45 [ dadada ]
論理学については素人ですが、対偶をwikiで見てみると「BでないならAでない」 という風になっています。
すると、「暑くなると (ならば)、アイスが売れる」 の対偶は「アイスが売れないと(ならば)暑くなってない」ではないでしょうか。
「暑くなっていない」と「寒くなる」はだいぶ意味が違います。
2009/10/30(金) 午前 0:54 [ dadada ]
<mor*ka*22*さん>
言葉は豊かな体系であって、
薄っぺらい論理学の体系では言葉の体系を覆いつくせないということではないでしょうか。
P : レストランに行く
Q : ごはんを食べる
とするとき、
P∧Q と書こうが、Q∧P と書こうが、P と Q の順序関係はどこにも現れていません。
> 助詞や助動詞も意味を持ちます。
助詞や助動詞を意図的に変えたとかそういうことではなくて、
助詞や助動詞が付加するニュアンスを論理は表現できないということだと思います。
2009/10/31(土) 午前 0:59
<mor*ka*22*さん>
もとの命題を 「気温が上がるかまたは変わらない ⇒ アイスの売り上げが増えるかまたは変わらない」
とすれば、その対偶は 「アイスの売り上げが減る ⇒ 気温が下がる」 となりますね。
前者には因果関係を見ることができても、後者には因果関係をみることはできないでしょう。
2009/10/31(土) 午前 1:05
もとの命題を 「気温が上がるかまたは変わらない ⇒ アイスの売り上げが増えるかまたは変わらない」
とすれば、その対偶は 「アイスの売り上げが増えないかまたは変わる⇒ 気温が上がらないかまた変わる」です。
そうすると論理は通ると思います。
2009/10/31(土) 午後 1:18 [ <mor*ka*22* ]
「(気温が上がる) または (変わらない)」 の否定は
「(気温が上がらない) かつ (気温が変わる)」 で、
つまり 「気温が下がる」 になります。
(ドモアブルの法則 ¬(P∨Q)≡(¬P)∧(¬Q) )
同様に、「(アイスの売上が増える) または (売上が変わらない)」 の否定は
「(アイスの売上が増えない) かつ (売上が変わる)」 で、
つまり 「アイスの売上が減る」 になります。
2009/10/31(土) 午後 1:39
暑くなることが原因となって結果としてアイスが売れるも必ずしも成り立たないのではないでしょうか?腹筋100回したら100円あげる。100円あげてないなら腹筋100回してない。冬なら夏より寒い。夏より寒くないなら冬でない。これならどうでしょうか?間違っていたらすみません。(>_<)
2017/3/22(水) 午後 4:25 [ 子猫 ]
時間を扱うなら、温度が上がるとアイスがとけやすくなる。アイスがとけやすくならないなら温度が上がっていないの方が良かったですね。何度もすみません。<m(__)m>
2017/3/22(水) 午後 5:11 [ 子猫 ]
<子猫さん>
> 暑くなることが原因となって結果としてアイスが売れるも必ずしも成り立たないのではないでしょうか?
おっしゃる通りだと思います。結局のところ言いたいことは、タイトル「論理は因果関係を導かない」ということです。記事中に
> 「暑くなる」 が原因となって、その結果として 「アイスが売れる」 ということですね。
と書いたのは「そのように読むこともできる」ということであって、直後に書いているように、
> 対偶では因果関係が失われています。
もとよりそれは元の文章と同値ですから「元の文章においても因果関係はない」と捉えるべきなんでしょう。
2017/3/28(火) 午前 10:40