〜 元祖 Kalinjin cafe 〜 夏林人の庭

★ ★ ★ ・・・・・・ 咲くも無心、散るも無心 ・・・・・・ ★ ★ ★

作家の夢殿

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                                   <photo> by : Kalinjin .K
 
 
 
9月も中旬に入り、いよいよ風景が秋色に染まりゆく頃となりました。
 
まだ紅葉は早すぎるとしても、野の道に秋の気配が漂いはじめています。
 
来たる19日は俳人・正岡子規の命日。
 
本日は子規の生涯を追ってみたいと思います・・・・、少々。  
 
 
                      
 
 
柿食えば・・・・・、の俳句で超有名な正岡子規。
 
 
1867年(慶応3)江戸時代末期の最後の最後・・・・・、
伊予国温泉郡(現在の愛媛県松山市)の藩士の家に生まれました。
 
 
幼い頃から漢詩や書画に親しむ風流少年だったそうです。
 
 
青年期に東京へ向い、東大予備門へ入り、その後、東京帝国大学へ入学します。
哲学と国文学を学びながら、子規という雅号を用いて句作に励むようになります。
奇しくもこの学生時代に、夏目漱石や南方熊楠との知遇を得ます。
 
 
 
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明治25年、子規25歳の頃、新聞 『 日本 』の記者となり、旺盛な執筆活動に
入ります。また、この頃、箱根路紀行 「 旅の旅の旅 」 を書き残しています。
 
 
 
 
                                  すすき
  馬 の 尾 を た ば ね て く く る 薄 か な
 
 
 
 
 
昔からススキは尾花とも呼ばれ、馬の尾の形状に似ることから
このような比喩的表現に用いられることがあります。
対峙する自然を直感的に比喩する子規ならではの才能が輝いています。
 
 
 
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明治28年、子規は日清戦争の従軍記者として中国遼東(リャオトン)へ渡りますが、
まもなく下関条約調印となり、わずかな滞在で帰国の途につきます。
 
 
しかし・・・・・・!        安堵も束の間・・・・・、
 
 
帰りの船中で子規、喀血〜! じつはこの頃から持病の結核が悪化していました。
帰国して入院するも苦しい闘病生活が続きます・・・・・・。
 
 
明治30年、子規は愛媛の旧友・柳原極堂とともに文芸誌 「 ホトトギス 」 を創刊。
説明の必要など無いでしょうが、このホトトギスが明治日本の文学母体となり、
数々の文人墨客に表現活動の場を与えます。
 
 
漱石が「吾輩は猫である」を発表したのも・・・・・、ホトトギスでした。   
高浜虚子、寺田寅彦、伊藤左千夫、小泉八雲・・・・・・、素晴らしい力量を持った
人々がホトホギスへ原稿を寄せるようになったのです。
 
 
 
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当時の時代背景といえば、徳川幕府崩壊にともない和風の文化は衰退し、
西洋かぶれ、ハイカラ傾向が強く、その空気感の中で俳句や和歌を論じることが
いかに厳しい闘争であったか・・・・・・・、それは想像を絶する世界です。
 
 
子規にとって、俳句はただの雅な遊戯などではなく・・・・・、
一種の武士道のようなものだったのかもしれません。    
 
 
子規は形骸化した文学の姿を厳しく批判し、生の自然に対峙したときに生じる
活き活きとした感性と風情を重視しました。何でもありの玉石混交を梳るような
厳しい美意識が、時として他の文人との衝突を生み出すことさえありました。
 
 
そして・・・・、和の魂が宿る 「 万葉集への回帰 」 を唱えました。
 
 
しかし、運命とは皮肉なものです。子規の病は深く進行し、脊髄カリエス発症・・・。
明治35年、子規が死の直前に病床で語った内容を高浜虚子が書きとめた名文
「 九月十四日の朝 」 が最後の文章となりました。
 
 
  ・・・・・・ 枕許の盆にのせてあった甲州葡萄を十粒ほど食った。
         何ともいえぬ旨さであった。金茎の露一杯という心持ち ・・・・・
 
 
九月十九日、歌壇千年の惰眠に喝を入れた覚醒の天才・正岡子規は
東京根岸の子規庵で35年の生涯を閉じました・・・・・・。     
 
以来、この日は子規忌と呼ばれ俳句界では重要な日とされています。
 
 
 
死後、子規は司馬遼太郎の小説 「 坂の上の雲 」 の主人公にもなりました。
 
 
文芸誌 「 ホトトギス 」 は今も現役で子規の美学を継承しています。
また、東京根岸の子規庵は一般公開されています。
 
子規庵     HP http://www.shikian.or.jp/
               http://www.shikian.or.jp/sikian0-0.htm
              
                                          (´・ω・`)
 
 
 
                          
 
 
 
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皆様のお言葉をお待ちしています。        (=^・о・^=)  ふ〜!
 
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                                    <photo> by : Kalinjin .K
 
 
数年前、ちょっとした興味から購入したアーモンドの苗が大きくなり、
 
今年の春に咲いた花がようやく実を結びました・・・・・。
 
もし実ったら、記事 U P しようかナァ〜と思っていた神話があります。
 
本日はギリシア神話のアーモンド奇譚など、少々。   
 
 
                    
 
 
昔々、大昔のその昔・・・・。アジア世界の中央部に地殻変動が起こり、
著しく地形が隆起して、東西の世界が分かれました。
 
 
その近辺に繁茂していた樹木のうち、東の気候に順応したのが「桃」、
西の気候に順応したのが「アーモンド」・・・・と言われています。
進化史を遡れば、共通の祖先を持つのだそうです。
 
 
アーモンドの実は遅くとも紀元前4000年頃には、メソポタミア文明の人々に
食されていたと考えられます。アジア南西部を原産起源にもつこの植物は
紀元前の古い時代にギリシアや地中海沿岸の国々へ伝えられました。
 
 
旧約聖書やギリシア神話に登場する所以です。
 
 
 
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紀元前ギリシア世界・・・・・・。
 
怪物ミノタウルスを退治したアテナイの王子・デモフォンは、
国民的英雄になり順風満帆な日々を送っていました・・・・・・。
 
 
あるとき王子・デモフォンの乗った舟が難破し、海を彷徨った挙句、
東部 トラキアの海岸に漂着します・・・・・。
 
 
破損した舟を海岸に着けて、途方に暮れているデモフォンの姿を見て、
トラキアの王の娘・フィリスは救いの手を差し伸べます。
 
 
そして、いつのまにか二人は恋に落ち、将来を誓う仲になりました。  
 
 
 
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無事、舟も修理を終えた頃、デモフォンはとにかく一度故郷に帰り、
アテナイの父に事情を説明しなければ・・・・と思うようになりました。
 
 
王の娘・フィリスは彼の言葉を信じて、舟出を承諾しました・・・・・。
 
 
ところが・・・・、故郷に帰ったデモフォンは他の女の誘惑に負けて、
愛欲の日々に溺れてしまいます。トラキアの約束があるというのに・・・・・。
 
 
月日が流れます。フィリスは来る日も来る日もトラキアの海岸に立って、
デモフォンの帰りを待つのですが、彼の舟が着く日はありませんでした。
心配は絶望に変わり、心身は衰弱し、ついに彼女は命尽きてしまいます。  
 
 
この様子をずっと見守っていた女神アルテミスは、
彼女の亡骸を一本の樹に変えます・・・・・。
 
 
その後、ようやく愛欲の日々から脱して、真の伴侶を求めるべく
デモフォンは舟を出し、トラキアの海岸へ辿り着きました。
 
 
しかし、すでに愛を誓ったフィリスは他界し、そこに記念樹が植えられた
らしいと地元の人々から教えられました。デモフォンは己の愚かさを後悔し、
樹を抱いて、激しく泣き続けました・・・・・・。
 
 
すると、デモフォンの心を知ってか、その樹に異変が起こりました。
美しい桃色の花が咲きはじめたのです!!
デモフォン自身も木の芽に化身して、ついに二人は一体化を遂げました。
さらに、デモフォンの涙が・・・・・・ 樹に果実を実らせました。
 
 
 
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このようにして、アーモンドの樹が完成したと言い伝えられています。
 
 
この神話を生んだギリシアでは、アーモンドは「不滅の愛」「祈願成就」の
象徴樹として古くから人々に愛され続けています。
 
                                          (´・ω・`)
 
 
                          
 
 
 
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皆様のお言葉をお待ちしています。        (=^・о・^=)  ふ〜!
 
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                                     <photo> by : Kalinjin .K
 
 
9月に入り、ようやく大地を潤す慈雨が降りました・・・・・。
 
長かった酷暑を抜けた印象がじつに爽やかに感じられます。
 
夕方、近くを散策してみると葛の花が咲いていました。
 
本日は初秋の風情・・・・・・「葛」の文化について、少々。   
 
 
                       
 
 
葛(くず)はマメ科の多年草です。東アジアに広く分布しています。
日本でも全国の土手に繁茂している姿を普通に見かけます。
 
8月末〜9月初旬に赤紫の花を咲かせます。秋の七草のひとつです。
藤の花を逆にしたような印象があり、「上り藤」の異名もあります。
 
 
古くから有用植物として生活に密着した植物であり、大和国(奈良)国栖
主要産地として栄えたことから「くず」の名が定着したとの説があります。
 
 
 
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それでは葛の有用性について、用途別にご紹介します。
 
 
 
 生活工芸
 
  つるはロープ代わりに用いられ、つるを編んで籠などを作った。
  つるを煮て繊維を取り出し編んで作った布は葛布(くずふ)と呼ばれ、
  古代中国・古代日本で衣類素材に活用されていた。
 
  ※ 現在でも静岡県掛川市では特産品として継承されている。
 
 
 飼料
 
  ウマノボタモチという別名があるほど、馬が好んで食べる。( 葉 )
  馬以外にも、ウシやウサギなどの草食哺乳類が喜んで食べる。
 
 
 食品
 
  根から葛粉(くずこ)が採れる。肥大した根は長芋状の塊根となり、
  豊富なでんぷんを含む。アクを抜いて精製すれば葛粉になり、
  葛餅、葛切、葛湯のほかに高級割烹料理でも重用される。
  吉野葛、伊勢葛、掛川葛など・・・・、各地に葛ブランドがある。
 
  ※ 1826年、江戸時代の農学者・大蔵永常が 『 製葛録 』 を著した。
 
 
 医学
 
  葛の根を配合した漢方処方「葛根湯」は風邪の初期症状に用いられる。
  血流を改善し、体を温め、心拍リズムを安定させる。
  主成分はデンプンであるが、微量要素にイソフラボン誘導体が含まれ、
  とくにプエラリンという成分がビタミンEよりも強い抗酸化作用を示す。
  血糖降下&血圧降下作用、コレステロール降下作用が認められる。
  最近の研究では、NK細胞の活性化による免疫力増強も評価されている。
 
 
                         
 
 
昔の暮らしの中では、繊維や食品・薬品などに使われていたために、
葛は有用視され、各分野において大切に使われていました。
 
 
しかし、時代の変遷とともに生活様式が変わり、葛の需要は激減し、
今では手のつけようが無い強害雑草、すなわち邪魔者扱いされています・・・・・。
 
 
あまりにも強い繁殖力ゆえに、世界の侵略的外来種ワースト100にも
しっかりとその名が刻まれています・・・・・。
 
 
今、葛の生活文化が変わろうとしています・・・・・・。     (´・ω・`)
                                        
 
 
                       
 
 
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     自 在 鉤 ま で 花 葛 の 風 届 く
 
  
                                 上野 さち子
 
 
 
 
皆様のお言葉をお待ちしています。        (=^・о・^=) にゃふ〜!
 
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                                    <photo> by : Kalinjin .K
 
 
 
残暑厳しい今日この頃ですが、暑さにも屈せず凛として咲く花もあります。
 
タカサゴユリ・・・・・・・・・、晩夏〜初秋の風情を味わえるユリです。
 
本日は台湾の心の花「タカサゴユリ」のお話など、少々。    
 
 
                     
 
 
タカサゴユリ(高砂百合)は台湾固有種のユリです。
大昔は台湾の自然林に行かなければ見ることができなかった花ですが、
今では世界各地の空き地に伝播し、なかば野生化しているとのことです。
 
 
日本への帰化は20世紀前半、大正時代末期〜昭和初期と考えられます。
容易に種子繁殖するので、道端や庭の片隅などで普通に見ることできます。
 
 
いわゆる台湾の日本統治下時代、このタカサゴユリは園芸的に日本へ導入された
のだ・・・・・・・・とする説と、台湾で亡くなった日本人の遺族がこの花の種子を
日本に持ち帰り、京都伏見の石峯寺に蒔いたものが自然に増えたのだ・・・・・
という説、以上二つの説があります。 真相は歴史の闇の中・・・・・。
 
 
 
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ところで、このタカサゴユリ・・・・・、日本のテッポウユリによく似ていますね。
交雑や変異も多々あり、どちらなのか意外にも判別が難しい場合があるのです。
 
 
・・・・・・・・・・というわけで、その判別法を伝授します。     ☆ (o*~∇~*) 
 
 
 
 テッポウユリ(鉄砲百合)   日本原産 九州〜沖縄に自生
 
                     草丈  0.5m 〜 1m
 
                     花季  5月 〜 6月
 
                     特徴  花筒はほぼ純白
 
 
 
 タカサゴユリ(高砂百合)   台湾原産 平地から高山まで広く分布
 
                     草丈  1m 〜 2m   ※ 葉が細長い
 
                     花季  8月 〜 9月
 
                     特徴  花筒の外側に赤褐色の筋が入る
 
 
 
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                タ カ サ ゴ ユ リ ( 高砂百合 )
 
 
 
注意深く観ると、花弁の外側に赤っぽい筋が見えるかと思います。
変異が多く、濃いめの赤紫色〜ごく薄い赤褐色まで、いろいろなのですが・・・・。
 
 
タカサゴの花の咲く時期は間違いなく晩夏です。 初夏に咲くのがテッポウ・・・・。
 
 
タカサゴユリの命名語源は一般に、琉球語で台湾を意味する「タカサング」から
来ているのだ・・・・と言われています。 そして、もうひとつ考えられるのが、
日本統治下時代に台湾原住民を「高砂族」と称したことから、高砂の百合と
いう意味で名づけられたのではないか・・・・・・と。
 
 
1990年の台湾民主化運動のとき、台湾の自主性を象徴する花として、
このタカサゴユリがシンボル化されました。激しい騒乱の中、              
広場に野百合のトーテムが建てられたという逸話があります。   
 
 
台湾から寄せられた東日本大震災義援金は累計200億円とも言われ、
その額は世界最大規模であるにもかかわらず、日本の報道は消極的です。
昔から台湾の方々はとても親日的なのですが・・・・。 背景に中国の影が・・・・。
 
 
 
  日本人の心に桜の花があるように・・・・・・・・、
 
  台湾人の心にはタカサゴユリの花があります。
 
 
                                        (´・ω・`)
 
 
                          
 
 
 
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皆様のお言葉をお待ちしています。         (=^・о・^=) にゃふ〜
 
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                                   <photo> by : Kalinjin .K
 
 
東北南部、まだ酷暑から解放されず、今日も気温は36℃〜 Σ( ̄ロ ̄lll)!
 
暑苦しい庭にも涼しげな花が咲き始めました。サギ草です・・・・・。
 
本日は江戸に咲いた不思議な花、サギ草伝説のお話など、少々。     
 
 
                    
 
 
世はまさに戦国時代、群雄割拠の様相を呈する頃・・・・・。
 
 
現代の地図で言えば東京都世田谷区〜目黒区のあたりに衾村(ふすまむら)
呼ばれる一帯があり、事実上、世田谷城主・吉良氏の支配下に置かれていました。
 
 
城主・吉良頼康(よりやす)は程近くにある奥沢城から常盤姫という美しい側室を
迎え、ラブラブの結果、めでたく常盤姫は身籠りました。   
 
 
ところが・・・・・・!  
この御懐妊に城内の他の側室たちが嫉妬し始めたのです。
「ほんとうに頼康様のお子なのでしょうか?」
「違うわよ、間男に決まってるでしょう〜! いやらしい〜!」
 
 
どす黒い噂が流れ、尾鰭がつき、頼康の耳にも入ります。
噂に翻弄された頼康は次第に常葉姫を冷遇してしまいます。
 
 
 
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常盤姫は城の中に相談する相手も無く、追い込まれて苦悩します。
そして、ついにある重い決断をしました・・・・・・・。
 
 
飼っていた白サギの足に手紙を結びつけて、故郷・奥沢の城へ向けて
鳥を放ったのです。自分の身の潔白を証明するために・・・・・。
 
 
ちょうどその頃、衾村の野原で頼康は狩りを行っていました。
そして奇しくも、通りかかった一羽の白サギを射落としました。   
 
 
頼康は射落としたサギの足に結ばれている手紙に気付き、
それに目を通し、血の気が引くような思いに苦しめられました。
 
 
 
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その手紙には常盤姫直筆の文字が書き込まれていました。
頼康の子を宿したのに、誰にも信じてもらえない苦しい心境が・・・・・。
 
 
嫌な予感がして、頼康は狂ったように常盤姫を探しましたが・・・・・。
時は既に遅し、無残にも自害を遂げた常盤姫の姿が発見されたのです。  
 
 
深く後悔した頼康は神社に亡き姫の霊を祀りました。
 
 
いつしかこの衾村には、不思議な花が咲くようになりました。
空しく射落とされた白サギによく似た白い花が・・・・・・・・・・・・。
 
 
時代の変遷とともにサギ草の自生地も失われ、今は大都会に駆逐されました。
 
 
旧・世田谷城跡に建てられた寺が現在の豪徳寺です。
また、常盤姫が育った旧・奥沢城跡に建てられた九品仏浄真寺には、
その一郭にサギ草園が設けられています・・・・・・・。
 
                                       (´・ω・`)
 
 
 
                        
 
 
 
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     風が吹き 鷺草の皆 飛ぶが如
 
                                  高 浜 虚 子
 
 
 
皆様のお言葉をお待ちしています。       (=^・о・^=) にゃふ〜

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