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南仏の庭

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奇跡の村 ゴルド

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              <photo> by: Sans Pretention Aucune (flickr)




皆さん、憶えていらっしゃいますか?


1990年代に世界的ベストセラーになった、
「南仏プロヴァンスの12ヶ月」という書物を。


イギリスの作家ピーター・メイル氏の南仏滞在記ですね。
あの書物がきっかけとなり、一躍、脚光を浴びることになったのが、
南フランスに古くから点在していた村々の姿です。


ピーター・メイル氏が滞在していたメネルブという村も有名ですが、
そのすぐ近くにある、ゴルド(Gordes)は南仏で最も美しい村のひとつ
と評価されています。

            ( 写真はゴルドの景観 )


1982年、非営利団体「フランスで最も美しい村協会」が設立
されると、それまで放置されていた過疎の村が急に脚光を浴びはじめます。
人口が2000人程度で、開発から免れた歴史遺産があること等を
条件に、約150の小さな村が「 美しい村 」に認定されました。


ゴルドもその中のひとつです。


前回ご紹介したアヴィニヨンから東へ38kmの小高い丘に、
ゴルドは存在します。おだやかな農村風景を進みながら、
曲がりくねって登る道を行くと、突然、視界が開けて、
写真の景観が出現します。


その姿はまるで、掘り起こされた水晶の原石を見るかのようです。


切り立った勾配のきつい岩山に、石造りの家が寄り添うように建つ姿は、
まさしく「 天空の城 」を想起させます。


古い建造物は11〜12世紀のもので、比較的新しい建築でさえ
15〜16世紀のものらしく、古風な趣を醸しています。


通称「 鷹の巣村 」と呼ばれるこれらの集落システムは、
異民族( サラセン人 = 非キリスト教徒 )の侵略から身を守るための
工夫であったと考えられています。


村の内部には直線の道がなく、複雑に入り組んで迷路のようになっています。
もっとも高い場所に、旧領主の古城と教会があり、
今も、中世の面影を色濃く残しています。


昔は石材・皮革・羊毛・オリーブなどが主な産業でしたが、
近年は観光地化が進み、地元の人々の暮らしも変わりつつあるようです。


田舎の良さを80年代から評価し、文化遺産として認定しながら、
同時に観光の価値も見出していこうとするフランス人の視座は、
かなり注目に値すると、私は思います。

近代化で破壊されていく日本の村々にも、
あてはまるのではないでしょうか?
朽ち果てた茅葺屋根の農家、壁が崩れた土蔵、
それらを廃物と見るか文化遺産と見るか...........。


鳩山さん、もう少し視点を変えて、
日本という国を再生させてみませんか?

皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。

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                     <写真> by: hsivonen




新しく書庫を増やしました。

書庫名は「 南仏の庭 」です。

昔、南フランスを歩いたときの記憶をたどりながら、

歴史と文化をご紹介します。気軽にお付き合い下さい。





写真風景は南仏アヴィニヨンの町です。

アヴィニヨンは古代ローマ時代から地中海文化圏の
主要都市であったため、さまざまな民族の侵入や破壊に
翻弄され続けた町です。

政治的に安定したのは、クレメンス5世が教皇の居城にした時代
からと考えられています。



1305年、突然、ローマ教皇の選出に異変が起こります。
それまでの長い時代、イタリア人によって脈々と継承されてきた
ローマ法王の歴史が、フランス人勢力の介入によって
くつがえされたのです。

影の政治圧力が働き、ボルドー大司教がローマ教皇に選出されると、
クレメンス5世の名を襲名して、そのまま即位してしまいます。

この政変に対して、伝統的なイタリア勢力が反発しないはず
がありませんでした。
はじめリヨンに在籍していたクレメンス5世は、
危険な情勢を予見して、なかなかローマへ赴くことができず、
地理的な中継点であったアヴィニヨンに滞留を余儀なくされます。


以降、7人(7代)の教皇たちが70年にも及ぶ期間、
このアヴィニヨンをローマ教皇庁の所在地と定め、
暮らし続けました。  

           ( 歴史 : アヴィニヨン捕囚 )


町全体が中世の分厚い石壁ですっぽりと包まれた構造は、
この町が背負ってきた歴史そのものであると言えます。


フランス側からは新時代の幕開けを期待され、
イタリア側からは新参者として疎外され、
じつに不可解な歴史を刻んだアヴィニヨンは、
いまもなお特有の哀愁を醸しだしています。


作家メリメは、
「フランスの中心から来た者にとって、アヴィニヨンは
 どこかの外国の町に思える」と語ったそうです。


旧法王庁前の広場には、静かなカフェがあり、
訪れた旅人たちの寛ぐ姿が見えます。


以上、南仏散歩道でした。

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