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<photo> by : Kalinjin .K
東北南部、いま、ヤマユリの満開期を迎えています。
原生林に沿った遊歩道などをふらふら散策していると、
どこからともなく甘い芳香が漂ってきます・・・・・・・・。
本日はヤマユリ等、日本野生ユリのお話を少々。
わが国の自生ユリには世界に誇る美しい野生種がいくつかあります。
カノコユリ ( 四国・九州地方 )
ササユリ ( 西日本〜九州地方 )
オトメユリ ( 東北地方 )
ヤマユリ ( 日本各地 主に北日本 )
時は19世紀末、ウィーン万博が開かれた頃、東アジア神秘の国「日本」から
出品されたヤマユリの花は多くのヨーロッパ人を魅了しました。
あまりの美しさゆえ、この花はその後の品種改良の母株として重宝され、
多くの園芸品種を生み出す母体となったのです・・・・・・・・。
一見、華やかで西洋的な印象を持つユリの多くが、その源流をさかのぼれば、
日本のヤマユリやカノコユリに辿りつくとさえ言われています。
かの有名なカサブランカでさえも、鹿児島トカラ列島の野生種タモトユリを
オランダにおいて品種改良したものなのです。
日本の自然資源は昔からマニア垂涎の的だったのです〜! (*~Q~*)ゞ
これらの美しい姿は無論のこと古代人の美意識を突き動かし、
奈良時代〜平安時代の歌人たちの目にも留まっていました。
はなえ
道の辺の草深百合の花咲みに
え
咲みしがからに妻といふべしや
万葉集 読み人知らず
【 現代語 】
わたしが少々微笑んだからと言って、それは草の中に
百合が咲いたようなものです。それくらいのことで・・・・・、
わたしを妻にしたいなどと思わないで下さいネ〜
ユリの姿を女性の美に喩えている感覚は、そのまま現代人にも通じるものが
あるように思われます。誘っているのか、嫌っているのか、よくわからないような
奥深い女性心理が窺われ、男性側が翻弄されている印象も・・・・・。
日本に漢字が導入されたばかりの頃は、ユリを「由利」と表記していたようです。
その後、「百合」へと改定されていったわけですが、これはどうやら中医学の
影響を強く受けた結果と考えられます。
中国古医学においては古くから「百合病」という奇病が定義されていました。
百にも及ぶ複雑怪奇な症状が次々と起こる病気で、現代医学に照合すれば、
不眠症・精神不安・焦燥感・うつ・パニック障害・気分変調などの、いわゆる
不定愁訴症候群を指しているようです。
この百合病によく効く妙薬として百合根(鱗片)が用いられていたのです。
もともと古代日本において呼ばれていたユリという名称語源は、
風にユラユラ揺られて芳香を漂わすことに由来するらしく、
「揺り」
・・・・・・ つまり、 揺り まさに森の女王・・・・・、その風格と気品に圧倒されます。 (´・ω・`)
いざな
香りたつ 夏の木立に 誘われ
はな え
花咲む百合に 吾身も揺らぐ
夏 林 人
皆様のお言葉をお待ちしています。
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花弁の庭
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エンドレスサマー <photo> by : Kalinjin .K
6月も末に近づき、各地でアジサイの風情が楽しめる頃となりました。
うちの近辺もあちらこちらに青や赤や紫の美しいアジサイが咲いています。
本日はアジサイをめぐる日本人の美意識について、少々。
アジサイ・・・・・といえば、ふつうは青紫色の手毬に似た花(じつはガク)を
思い浮かべるのが常ですが、もともとの日本原種は山に生えているヤマアジサイ
であり、今の品種に置き換えればガクアジサイがそれに近いものです。
今でも和歌の世界で七不思議のひとつとされているのが、アジサイの謎です。
梅雨を彩るこの鮮やかな植物をなぜ古代人たちはほとんど詠まなかったのか?
アジサイを詠んだ和歌は万葉集にわずか2首。
梅や桜の膨大な首数と比較して、あまりにも少なすぎますね・・・・。
エゾアジサイ ( 日本固有種 )
言問はぬ 木すら あじさゐ 諸弟らが
練りのむらとに 欺かれけり
b y : 大 伴 家 持 718〜785
言葉を用いないアジサイでさえ色が変わるのだから・・・・・、
まして人間となれば・・・・・、やはり欺かれるのかもしれない・・・・・。
奈良時代から平安時代の人々はアジサイの色が変わりやすいのを見て、
その捉えにくい現象を嫌い、心変わりや欺きの象徴として扱っていたのです。
また、道路の整備など不充分であった当時、わざわざ雨振る季節に、
山の中へアジサイを見に行く人も少なかったことも一因と考えられます。
く れない ( 紅 ) ヤマアジサイ 不吉なイメージを背負い続けてきたアジサイに明るい光が射したのは、
江戸時代に入ってからのことです。俳人・松尾芭蕉はそれまでの固定観念から
軽やかに脱却し、庭先に静かに咲くアジサイの風情をさらりと詠みました。
紫陽花や藪を小庭の別座舗
b y : 松 尾 芭 蕉 1644〜1694
明治時代に入ると品種改良も進み、西洋からの逆輸入なども加わって、
アジサイは身近な園芸植物として次第に評価を高めます。
裏山へ咲きのぼりたる四葩かな
b y : 富 安 風 生 1885〜1979
※ 四葩(よひら)・・・・・ アジサイの別称。花弁(ガク)が4枚という意味。
アジサイは長い長い歳月を経て、初夏を彩る風物詩に認められるようになり、
ようやく市民権を得たのです。今では古代の偏見から解放されていますネ!
(´・ω・`)
森蔭に浮かぶ手毬のひとしずく
坂の四葩に夏の前ぶれ
夏 林 人
皆様のお言葉をお待ちしています。 |
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セージの花 <photo> by : Kalinjin .K
東北南部、涼しさの中にも蒸し暑さを感じます・・・・・。
緑深い自然界の中にもあちらこちら花々の咲く姿が見られます。
さて、6月上旬〜中旬にかけて撮り集めておいた花々の写真を
今回まとめて U P したいと思います〜。
クサフジ マメ科多年草 (草藤)
ニゲラ キンポウゲ科一年草 (黒種草)
アルペンブルー キキョウ科多年草 (星桔梗)
スイカズラ スイカズラ科常緑つる性木本 (忍冬)
梅雨の晴れ間を狙って、近隣の自然林を散策してきました・・・・・・。
どこからともなく甘い香りがしたので眼を向けると、人の背の高さのあたりに
スイカズラの花が咲いていました。中国名の影響で忍冬と表記するわけですが、
本来の日本人の感覚としては「吸葛」という概念がすなわち語源となっています。
白花の中に甘い蜜があり、砂糖の無かった時代はこの花を吸って
甘さを味わったことに由来しているのだそうです。
昔から日本に自生していた植物なので、和歌などに詠まれているのかナ?
と思いきや・・・・・、ほとんど見当たりません。これも七不思議のひとつです。
わずかに俳句作品が認められるだけのようです。
蚊の声す 忍冬の花の 散るたびに
by : 与 謝 蕪 村
梅雨時の花々もなかなか良いものですネ〜♪
(´・ω・`)
皆様のお言葉をお待ちしています。
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<photo> by : Kalinjin .K
梅雨期に入る前に訪れておきたかった場所があります。
じつは・・・・・・・・私の遠い親戚に当たる福島市の某農家が、
近頃、バラ園として脚光を浴びるようになり、TV出演も多々・・・・・。
もともとは梨園だったはずなのに・・・・・・、いつのまに〜?
というわけで、撮ってきたバラの写真とともに歴史の話など、少々。
バラ・・・・。バラ科バラ属の総称。
バラと人類の関わりなど書こうものなら、それだけで一冊の本になるほど
バラはたいへん古くから様々な歴史舞台に登場してきた植物です。
一般にバラと言えば、西洋的な植物のように思われがちなのですが、
伝播の源流をさかのぼっていくと意外にもアジア世界にたどり着きます。
野生バラの原種自生地と推定される場所は・・・・・・、
中国雲南やチベットなどの秘境エリアなのだそうです。
中国原産 モッコウバラ(木香薔薇)
紀元前のかなり古い時代に、アジア世界からヨーロッパ方面へ伝わり、
古代ギリシア、古代ローマなどを舞台に育てられるようになりました。
観賞用のみならず香料・薬用などにも重用され、幅広く用いられました。
中世ルネサンス期に栽培のブームがあったとも伝えられています。
その後、時代を経て、バラの歴史を大きく変えたのは・・・・・・、
ナポレオン・ボナパルトの第一妃・・・・・・・、ジョセフィーヌでした。
※ このバラはジョセフィーヌという品種ではありません。
ジョセフィーヌは根っからのバラ大好き人間でした。
世界中から様々なバラを集めて宮殿の庭に植え、バラ園をつくりました。
このバラ園に雇われた二人の人物がバラの歴史を変えたと言われています。
ひとりは・・・・・、画家ルドゥテ。
もうひとりは・・・・・、植物研究家アンドレ・デュポン。
画家ルドゥテはジョセフィーヌの庇護のもと数々のバラの絵を描き、
ボタニカルアートの天才として後世の芸術に多大な影響を与えました。
「バラ図譜」という作品群は今も植物画の傑作として賞賛されています。
A .デュポンは世界から集められたバラを管理し、交配の研究を行い、
品種改良の先駆的存在として、栽培学の分野に決定的な影響を与えました。
18世紀末〜19世紀初頭のフランス社会・・・・・。
国民が飢饉で苦しんでいる中、享楽的浪費生活を反省せず、
民衆から憎悪され、やがて公衆面前の特設断頭台でギロチン処刑されて
しまったあの人・・・・、マリ・アントワネット王妃・・・・・・。
その後の政治混乱を統治し、皇帝となったナポレオン・ボナパルト。
その第一妃・・・・・・・、ジョセフィーヌ。
ジョセフィーヌもまた享楽的浪費家であったと伝えられていますが、
それでも、画家ルドゥテや研究者デュポンを育んだ功績が輝いて見える為、
それほど悪女の印象は残らず、むしろ学術芸術の庇護者として評価されます。
彼女は・・・・・、人を育てることを知っていたのでしょう。 (´・ω・`)
バラを育む心・・・・、人を育む心・・・・。
皆様のお言葉をお待ちしています。
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<photo> by : Kalinjin .K
東北南部、いまサクラソウの花季を迎えています。
サクラソウ・・・・・・と言っても、洋花のプリムラ系のことではなく、
古典園芸植物「日本サクラソウ」のお話しです。
本日はサクラソウと武家社会の関係など、少々・・・・。
冒頭の写真は日本サクラソウの「喰裂紙(くいさきがみ)」という品種です。
江戸時代末期に作出された銘品と伝えられています。
※ 夏林人の庭
日本サクラソウに代表される古典園芸植物とは、明治時代以降に導入された
さまざまな洋花と区別するために設けられたカテゴリーです。
古くは鎌倉時代に始められた松の盆栽・・・・・、
室町時代に愛好された蘭の花の類・・・・・・、
そして、江戸時代にブームが起きたオモトやサクラソウ・・・・・、
これらが古典園芸植物に分類されます。
【 喰 裂 紙 】
植木や草花の栽培など、現代社会においては家庭園芸的「癒し」の色彩を
帯びていますが、昔は・・・・、つまり江戸時代より古い社会では、
それとは相当趣の異なる美意識&意義が成り立っていました・・・・・。
まず武家社会の基本理念を簡単にご説明します。
武道・・・・・
武芸・・・・・
この二面性が日本の伝統的な茶道・華道・書道などを育んできました。
そこから派生したのが、古典園芸植物の栽培(求道)と考えられます。
美しい鉢を用意し、それを己の心象風景に喩え、そこに小木や草花を植え、
姿かたちを整えながら同時に己の心を律していく・・・・・。
【 銀 覆 輪 】
これは日本サクラソウの銘品・銀覆輪(ぎんふくりん)です。
白色と濃いピンク色の表裏対称がとても印象的な植物です。
よくみると、ピンクの花弁の縁に白い縁取りが見えると思います。
これもまた江戸時代末期の作出です。偶発的突然変異をうまく利用して、
品種として固定し、武家社会由来の名前をつけています。
覆輪とは・・・・、もともと武具の用語です。
刀のつば、馬の鞍、等々の道具の縁を金や銀で装飾したものです。
天目茶碗の縁などを白く縁取ったものも同様に「覆輪」と呼びます。
これらは現在でも骨董的価値が高く、マニア垂涎の品々ですね・・・。
サクラソウ銀覆輪は武具の美学から命名された植物なのです。
そこには何か凛とした武士の潔さが感じられます。
剣道や弓道、書道や茶道など・・・・、
道を究める分野の中に、己の庭を究める「己庭道(こていどう)」・・・・・
というものがあっても良いと私は思います。
※ 己庭道 私的な造語です。
(´・ω・`)
散り散らず 絵巻に咲ける花々の
銀覆輪に 武者の夢跡
夏 林 人
皆様のお言葉をお待ちしています。
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