リビングライフ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]

イメージ 1

ピエール=オーギュスト・ルノワール作『小さな貴婦人ロメーヌ・ラコー嬢』


≪3月30日 四旬節第5主日週(月)≫:

「告白」

今日のテキスト:四旬節第5主日≪賛美頌≫ 詩編51/1-13

@詩51:12 《神よ、わたしの内に清い心を創造し/新しく確かな霊を授けてくだ
さい。》


*詩編51篇は「ミゼレレ」のラテン語で呼びならわされており、「主よ憐れんでく
ださい」で始まる、罪の告白・懺悔の祈りである。特別に表題が付いているよう
に、「ダビデがバト・シェバと通じたので預言者ナタンがダビデのもとに来たと
き」の「ダビデの詩」として詠まれるようにと指定がある歌である。

*最高権力者の性的スキャンダルである。それをしも、告白(今流のはやり言
葉で言えば「カミンガウト」である)するとなると、どれほどの勇気が必要なことか
は、クリントン元アメリカ大統領の例を見れば明らかである。

*告白には特別な環境を必要とする。人間の法廷とは別の、恵みの座として、
神との出会いと呼べるべきものを必要とする。ダビデはひたすら「神に」祈り求
めた。そのような相手を持ったダビデは幸いである。

*告白は強いられてするべきものでも、できるものでもない。自由があってこ
そ、その自由を捧げて行なうからこそ尊いのであり、それは自白とは対極であ
る。

*しかし、告白の恵みを得た者は新しい霊に生きる者とされる。それは「清い
心」の「創造」であり、「新しく確かな霊」の満たしである。

イメージ 1

ピエール=オーギュスト・ルノワール作『シャルパンティエ夫人とその子供たち』

苦難を受けた者が受ける慰めと回復

[ イザヤ書 49:1 - 49:13 ]



主のしもべ、異邦の光

1 島々よ。私に聞け。遠い国々の民よ。耳を傾けよ。主は、生まれる前から私を召し、母の胎内にいる時から私の名を呼ばれた。
2 主は私の口を鋭い剣のようにし、御手の陰に私を隠し、私をとぎすました矢として、矢筒の中に私を隠した。
3 そして、私に仰せられた。「あなたはわたしのしもべ、イスラエル。わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現す。」
4 しかし、私は言った。「私はむだな骨折りをして、いたずらに、むなしく、私の力を使い果たした。それでも、私の正しい訴えは、主とともにあり、私の報酬は、私の神とともにある。」
5 今、主は仰せられる。─主はヤコブをご自分のもとに帰らせ、イスラエルをご自分のもとに集めるために、私が母の胎内にいる時、私をご自分のしもべとして造られた。私は主に尊ばれ、私の神は私の力となられた。─
6 主は仰せられる。「ただ、あなたがわたしのしもべとなって、ヤコブの諸部族を立たせ、イスラエルのとどめられている者たちを 帰らせるだけではない。わたしはあなたを諸国の民の光とし、地の果てにまでわたしの救いを もたらす者とする。」
7 イスラエルを贖う、その聖なる方、主は、人にさげすまれている者、民に忌みきらわれている者、支配者たちの奴隷に向かってこう仰せられる。「王たちは見て立ち上がり、首長たちもひれ伏す。主が真実であり、イスラエルの聖なる方が あなたを選んだからである。」

主の救いの日

8 主はこう仰せられる。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。わたしはあなたを見守り、あなたを民の契約とし、国を興し、荒れ果てたゆずりの地を継がせよう。
9 わたしは捕らわれ人には『出よ』と言い、やみの中にいる者には『姿を現せ』と言う。彼らは道すがら羊を飼い、裸の丘の至る所が、彼らの牧場となる。
10 彼らは飢えず、渇かず、熱も太陽も彼らを打たない。彼らをあわれむ者が彼らを導き、水のわく所に連れて行くからだ。
11 わたしは、わたしの山々をすべて道とし、わたしの大路を高くする。
12 見よ。ある者は遠くから来る。 また、ある者は北から西から、また、ある者はシニムの地から来る。」
13 天よ。喜び歌え。地よ。楽しめ。山々よ。喜びの歌声をあげよ。主がご自分の民を慰め、その悩める者をあわれまれるからだ。





Summary 今日のみことばの要約
主がご自分のしもべを通して、イスラエルを回復させられます。また、そのしもべを異邦の光とし、地の果てまで救いを注がれます。その救いの日に、主がご自分の民を慰め、あわれまれ、救われた民が四方から集まってきます。



Comment 主のしもべ、異邦の光(49:1〜7)

本文のみことばの中では、イスラエルと主のしもべがすべてイスラエルという名前で重複して登場しています。主のしもべは神が初めから選ばれ、尊く扱っている者です。そのしもべが鋭い剣ととぎすました矢のように敵を倒して勝利し、神の栄光を現します。彼は神の力を受け、イスラエルを再び回復させ、残りの者を帰還させます。彼がなし遂げる神の救いは地の果てにまで至ります。彼は異邦の光として立てられ、地の果てまで神の救いをもたらします。彼の労苦と努力はしばしの間はむなしいもののように見え、蔑視と憎しみと辱めを受けますが、ついにはすべての人から礼拝されるようになります。「わたしはあなたを諸国の民の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする」(6節)。そのしもべとはすべての地が礼拝し、賛美すべきお方であるイエス・キリストです。

イエスを考えるとき、心の中から賛美があふれ出ますか。救いの便りが地の果てまで伝えられるためにあなたにできることは何ですか。


主の救いの日(49:8〜13)

主がなされる救いの日は解放と喜びの日であるヨベルの年、そして出エジプト、荒野の旅など、比喩的に表現されています。ですからその日は主が助けてくださる恵みと救いの日です。出エジプト以後、神がカナンへ行くイスラエルの民に必要なすべてのものを与えられ、すべての危険から守られたように、その日、バビロンから帰還するイスラエルのためにもそのようにしてくださいます。その帰還の道は、戦争の捕虜が捕虜収容所からやっとの思いで生きて脱出してくるような道ではなく、勝利した王の凱旋のように何の妨げもない勝利者の道です。その日は世界的な規模の救いと回復の日であり、世の果てまで散らされていた人々が喜びの賛美をしながら四方から戻って来るのです。神のいつくしみとあわれみが、救いの働きを成就するのです。

神はあらゆる束縛の力を退け、あなたを救ってくださる方です。今あなたを縛っているものは何ですか。



pray きょうの祈り
神様。私をこの世の光として歩ませてください。いのちを失わせるこの世の暗闇の中でも、光として、イエス・キリストのいのちを伝える者として歩むことができますように。






E s s a y
叩けば開く神の力

いつか、同じ教会の教会員である義母と話をしたとき、“バック”(力)に関する話しが出てきました。社会生活をしながら「頼りになるバックがいてくれればいいなあ」と話すと、義母はこう言いました。「あなたには神というバックがおられるじゃない!神のバックは人間の力より大きく強いから、神に頼りなさい。」昔、教会や信仰生活について否定的な言葉が多かった婿が、最近になって心が開かれたと感じた義母の助言でした。
信仰深いことで知られているイ・ミョンバク大統領は大統領選挙候補の時、様々なデマに取り巻かれ、たいへんな中でこのようなことを語ったそうです。「こんなことくらいは、祈ることで解決できます。」自分自身も大きな力を持った人でしたが、自分には神のバックがあることを信じていたのでした。この世の人々は、その言葉をおかしく思うかもしれませんが、私はその言葉から大きな感動を受けました。
人生においてはたくさんの選択があります。良い選択は目標への道のりを短縮してくれますが、間違った選択をすれば、行く先々で水溜りや絶壁、荒々しい獣に遭遇するのです。私たちがどのような選択をするにしても、私たちを守ってくれる強いバックがあると思うと、何も恐れるものはありません。よちよち歩きを学ぶ赤ちゃんは、倒れてもお母さんが必ず起こしてくれると信じています。ですから、果敢に一歩、また一歩踏み出せるのです。そんな赤ちゃんのような心を持ちたいと思います。


素焼きのクリスチャン / コ・チョルジョン

一節の黙想
イザヤ書 49:6 | 私たちは歴史上、最も暗い時代を迎えています。しかし現実が冷酷でも希望を失ってはなりません。夜の闇が深いほど光はより一層明るく輝くことを信じているからです。光ほどイエス・キリストの使命をよく現すものはありません。キリストがあなたにもその呼び名をくださいました。「あなたがたは、世界の光です。」ですから、主のため光を照らし、人々があなたの良い行いを見て父なる神に栄光を帰すようになりましょう。 

デイビッド・ジェラマイヤー / アメリカの牧師

イメージ 1

みことばを聞く者の祝福と繁栄

[ イザヤ書 48:12 - 48:22 ]



イスラエルよ、聞け

12 わたしに聞け。ヤコブよ。わたしが呼び出したイスラエルよ。わたしがそれだ。わたしは初めであり、また、終わりである。
13 まことに、わたしの手が地の基を定め、 わたしの右の手が天を引き延ばした。わたしがそれらに呼びかけると、それらはこぞって立ち上がる。
14 あなたがた、みな集まって聞け。だれがこれらの事を告げたのか。 主に愛される者が、主の喜ばれる事をバビロンにしむける。主の御腕はカルデヤ人に向かう。
15 わたしが、このわたしが語り、 そして彼を呼んだのだ。わたしは彼を来させ、彼の行うことを成功させる。
16 わたしに近づいて、これを聞け。わたしは初めから、隠れた所で語らなかった。 それが起こった時から、わたしはそこにいた。」今、神である主は私を、その御霊とともに遣わされた。

みことばを聞いたなら

17 あなたを贖う主、イスラエルの聖なる方は こう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。
18 あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。
19 あなたの子孫は砂のように、あなたの身から出る者は、真砂のようになるであろうに。その名はわたしの前から断たれることも、 滅ぼされることもないであろうに。」
20 バビロンから出よ。カルデヤからのがれよ。喜びの歌声をあげて、これを告げ知らせよ。地の果てにまで響き渡らせよ。「主が、そのしもべヤコブを贖われた」と言え。
21 主がかわいた地を通らせたときも、彼らは渇かなかった。 主は彼らのために岩から水を流れ出させ、岩を裂いて水をほとばしり出させた。
22 「悪者どもには平安がない」と主は仰せられる。




Summary 今日のみことばの要約
初めであり、終わりである主が、バビロンにご自分の御心を行われ、その御腕でカルデヤ人を退けられます。イスラエルが主の命令に従わなくても、主は彼らを救われます。彼らはその知らせを地の果てにまで伝えなければなりません。



Comment イスラエルよ、聞け(48:12〜16)

今、神はイスラエルが「新しい事」について注意深く聞くことを望まれます。神がイスラエルに語ろうとされる内容がどれほど重要なものかは、「聞け」という命令が三回繰り返されていることを見ても十分に知ることができます。それは創造主であり、歴史の主権者である神のみことばであるため、その通りに実現されます。そのみことばどおりに、神はイスラエルを救うため、バビロンを滅ぼす者を呼ばれ、バビロンに入らせることでご自分の御心をなされます。この事は偶然に発生したのではなく、神がなされた御業だということです。それは神がその事をあらかじめ預言され、人々に注目させたという点から見ても明白です。神はイスラエルに、ご自分のみことばと、これから行われることについて注目することを望んでおられます。

神のみことばを聞くことにどれほど集中していますか。神のみことばが人生で実際になされることをどれくらい期待して、待っていますか。


みことばを 聞いたなら(48:17〜22)

神は私たちに益となることを教えられ、私たちを正しい道に導かれるお方です。ですからイスラエルが神の教えに従ったなら、平安と義と子孫の栄えと永遠の繁栄が限りなくあったことでしょう。けれども、イスラエルは神の教えに不従順であり、そむくことによって全く正反対の結果をもたらしました。しかし神は彼らを救う救い主であられるために、彼らをもう一度救い出すと語られ、イスラエルにそのみことばを聞くようにと要求されます。そしてエジプトから出てきた彼らの先祖のように、バビロンから出て、カナンの地に帰っていくだろうと語られます。また神の救いを伝え、喜び、知らせ、地の果てまで響き渡らせよと命令されます。イスラエルを救い出される神は、彼らの帰還の道に必要なすべてのものも満たしてくださる方です。

日常生活の中で神のみことばを聞くことは損をすることだと考えていませんか。神のみことばに従えず、後悔した経験がありますか。



pray きょうの祈り
私に最も良いことを教え、歩むべき道を導かれる神様を賛美します。救いのみことばを慕い求め、悪人が決して経験することのできない真の平安を味わうことができますように。

かたくななイスラエル

イメージ 1

かたくななイスラエル

[ イザヤ書 48:1 - 48:11 ]



何の功労もないイスラエル

1 これを聞け。ヤコブの家よ。あなたはイスラエルの名で呼ばれ、ユダの源から出て、主の御名によって誓い、イスラエルの神を呼び求めるが、誠実をもってせず、また正義をもってしない。
2 確かに彼らは聖なる都の名を名のり、イスラエルの神─その名は万軍の主─に 寄りかかっている
3 「先に起こった事は、前からわたしが告げていた。それらはわたしの口から出、わたしはそれらを聞かせた。にわかに、わたしは行い、それは成就した。
4 あなたがかたくなであり、首筋は鉄の腱、額は青銅だと知っているので、
5 わたしは、かねてからあなたに告げ、まだ起こらないうちに、聞かせたのだ。『私の偶像がこれをした』とか、『私の彫像や鋳た像がこれを命じた』とか あなたが言わないためだ。

ただ恵みのゆえに

6 あなたは聞いた。さあ、これらすべてを見よ。あなたがたは告げ知らせないのか。わたしは今から、新しい事、あなたの知らない秘め事をあなたに聞かせよう。
7 それは今、創造された。ずっと前からではない。 きょうまで、あなたはこれを聞いたこともない。『ああ、私は知っていた』と あなたが言わないためだ。
8 あなたは聞いたこともなく、知っていたこともない。ずっと前から、あなたの耳は開かれていなかった。わたしは、あなたがきっと裏切ること、母の胎内にいる時から そむく者と呼ばれていることを、知っていたからだ。
9 わたしは、わたしの名のために、怒りを遅らせ、わたしの栄誉のために、これを押さえて、あなたを断ち滅ぼさなかった。
10 見よ。わたしはあなたを練ったが、銀の場合とは違う。わたしは悩みの炉であなたを試みた。
11 わたしのため、わたしのために、わたしはこれを行う。どうしてわたしの名が汚されてよかろうか。わたしはわたしの栄光を他の者には与えない。





Summary 今日のみことばの要約
かたくななイスラエルはこれまで主に誠実に従いませんでした。しかし、主は彼らを捨てられず、新しい事を行なわれると宣言されます。その事を完全になされ、主の御名と栄光を現されます。



Comment 何の功労もない イスラエル(48:1〜5)

イスラエル、具体的にはユダの民には神の救いを期待するだけの何の功労もありません。彼らが血縁的に神の契約の民であることにより、イスラエルという聖なる都の出身だと誇り、神の御名で誓い、神に祈り、神に頼ると公然と言いますが、彼らの心と行動は全く違うものでした。実際、彼らは神のみことばを聞かずに偶像を崇拝していました。神があらかじめ語っておられなかったら、彼らは神が行なわれた御業も偶像のおかげだと考えていたでしょう。首筋は鉄の腱で、額は青銅だというたとえは、彼らのかたくなさを赤裸々に現している表現です。このように、神の民イスラエルは神の目に喜ばれるような姿は一つもありませんでした。このような民が救われるということは、本当に神のすばらしい恵みの御業にほかなりません。

あなたの言葉と行動はどんな部分で世の人々との違いを見せていますか。神を失望させるような行動について省みる時間を持っていますか。

ただ恵みの ゆえに(48:6〜11)

イスラエルの民は神の恵みにそむいた人々でした。そのそむきは母の胎内にいる時からそうだったと表現されるほど、かたくななものであり、根の深いものでした。彼らは神のみことばに対して耳をふさぎ、真摯に神を知ろうとしませんでした。しかし神は、イスラエルに恵みによって与えてくださった契約の名、すなわち契約に伴う神の御名のゆえに、神の栄光のゆえに、変わることなく、継続的な恵みを与えてくださいます。神はイスラエルの背きに耐えられ、さばきを猶予され、軽い凝らしめを通して気づかせようとされます。苦難の状態に放っておくことをせず、新しいことを告げられ、行われ、彼らを救い、回復してくださいます。このようにイスラエルの救いは、ただ神の一方的な恵みのゆえに可能なのです。恵みがなければ救いもありません。

私たちが母の胎内からそむく者だったというみことばに接するとき、どんな考えが浮かびますか。体験した恵みをだれに伝えたいですか。



pray きょうの祈り
からまった糸のようにかたくななイスラエルの姿を通して自分を振り返ります。かたくなな私を、忍耐強く今まで導いてくださった父なる神様のあわれみと愛に感謝します。






E s s a y
終わらない夜はない

J. R. R.トールキンの著書「二つの塔」で、この世で最も暗い夜について描写する場面が出てきます。アラゴルンが導く善の勢力がヘルム峡谷へと退却した後、悪の勢力が城壁の外に集まりました。アラゴルンと彼の兵士たちに勝算はほとんどありませんでした。ガンダルフが夜明けに東方から助けに来ると約束しましたが、その気配すら見えませんでした。アラゴルンは微かに光る星たちを眺めながら言いました。「今夜は一年のように長く感じるな。いつになったら昼が来るのだろうか。」彼の横で山に登っていたギムリが言いました。「夜明けはそう遠くない。しかし、夜明けが私たちを助けてくれそうにないのが心配ですね。」するとアラゴルンが言いました。「それでも、夜明けは人々の希望だ。」
私たちが時に永遠のように感じるのとは違い、終わりのない夜はありません。このことを理解すると、夜明けが来るのを待つことが、より簡単になります。そして、待ちながら祈ることができます。私たちの祈りが太陽をもっと早く昇らせることはできませんが、暗闇の中で起こることを悟る力を与えてくれるでしょう。矛盾のように思えますが、暗闇の中で神聖なことが起こります。暗いところでも、聖いことが起こります。なぜなら、神は夜の暗闇と3月の冷え冷えとした中でも働かれ、私たちの心を取り囲んでいる殻を砕かれ、枯れた葉っぱの下で命の芽を出させるからです。


神の沈黙 / ケン・ガイヤー


イザヤ書 48:10 | あなたがまだ神の訓練を受けていないとすれば、あなたは神の成熟した子どもではありません。この言葉の意味は、もしあなたが想像もできない試練に置かれているならば、それこそがあなたを訓練させる神の助けであることを信じ、神があなたの信仰を一段階引き上げ始められたということを悟るべきです。試練に積極的に立ち向かってください。神はあなたを必ずアブラハム、モーセ、ダビデのようにしっかりと立ててくださいます。

 イ・ジェチョル / 韓国の牧師

イメージ 1

フィンセント・ファン・ゴッホ作『アルルのゴッホの寝室(画家の寝室、ゴッホの部屋)』


「私が最高だ」と言ってはならない

[ イザヤ書 47:8 - 47:15 ]



バビロンの自慢と破滅

8 だから今、これを聞け。楽しみにふけり、安心して住んでいる女。 心の中で、『私だけは特別だ。私はやもめにはならないし、子を失うことも知らなくて済もう』と言う者よ。
9 子を失うことと、やもめになること、この二つが一日のうちに、またたくまにあなたに来る。あなたがどんなに多く呪術を行っても、どんなに強く呪文を唱えても、これらは突然、あなたを見舞う。
10 あなたは自分の悪に拠り頼み、 『私を見る者はない』と言う。あなたの知恵と知識、これがあなたを迷わせた。だから、あなたは心の中で言う。『私だけは特別だ。』
11 しかしわざわいがあなたを見舞う。それを払いのけるまじないをあなたは知らない。災難があなたを襲うが、あなたはそれを避けることはできない。破滅はあなたの知らないうちに、 突然あなたにやって来る。

避けられないさばき

12 さあ、若い時からの使い古しの呪文や、 多くの呪術を使って、立ち上がれ。あるいは役立つかもしれない。おびえさせることができるかもしれない。
13 あなたに助言する者が多すぎて、あなたは疲れている。さあ、天を観測する者、星を見る者、新月ごとにあなたに起こる事を知らせる者を 並べたてて、あなたを救わせてみよ。
14 見よ。彼らは刈り株のようになり、火が彼らを焼き尽くす。彼らは自分のいのちを 炎の手から救い出すこともできない。これは身を暖める炭火でもなく、その前にすわれる火でもない。
15 あなたが若い時から仕え、行き来してきた者たちは、このようになる。彼らはおのおの自分かってに迷い出て、あなたを救う者はひとりもいない。」




Summary 今日のみことばの要約
高慢にふるまい、永遠に栄華を味わえると考えていたバビロンが、一日にして没落します。破滅が突然臨みます。これまで頼ってきたもののうち、どんなものもバビロンを救えないばかりか、それらの者たちも滅びます。



Comment
バビロンの 自慢と破滅(47:8〜11)

高慢に満ちたバビロンの態度がよく現れています。バビロンは安全と平安と繁栄と栄華を思う存分味わいました。政治、軍事、外交、経済など、すべての面において何の危険も困難もありませんでした。ですから、競争者や敵を意識する必要すらありませんでした。仮に予想外の問題が起きたとしても、呪術師たちの能力でいくらでも防ぐことができると楽観していました。また、学者たちの学問的能力、蓄積された知識、多様な情報、発展した文化がバビロンをもっと繁栄させると信じていました。したがって、彼らは高慢になり、この世界を導かれる神を意識しませんでした。神のみことばも意に介さず、突然臨んださばきを全く予想できませんでした。しかし彼らが予想できなかったからといってさばきがないわけではありません。高慢なバビロンに対する神のさばきは明白でした。

今味わっている平安と豊かさが高慢の要因になっていませんか。あなたは自分の能力を過信しすぎてはいませんか。


避けられない さばき(47:12〜15)

神がさばかれるとき、バビロンは今まで頼ってきたすべての安全装置が無用の長物だったということをはっきりと確認することになります。驚くべき効力を持っていた呪文も、たくさんの呪術もバビロンを保護することはできません。問題解決のための優れた専門家と学者の助言や新しい政策、あるいは戦略も全く助けにならず、かえって状況を混乱させてしまいます。天体の動きを見てバビロンの運命を確認した占星術者たちは、状況を変えようと努力しますが、何の役にも立ちません。長い間共に働いた同業者たち、同盟軍もすべて敗北し、自分たちのいのちを持ちこたえるのがやっとの状態であり、バビロンに助けを与えることなどできません。このように、神がさばかれるとき、バビロンはなすすべもなく、見捨てられた状態になるしかないのです。

人間の知恵、能力、技術、努力が神のさばきを防げるでしょうか。神が予告されるさばきは私たちにどのような教訓を与えますか。



pray きょうの祈り
神様がくださった名誉と権力を、自分のもののように自慢したり乱用しないように助けてください。日ごと主の恵みを求める謙遜な心を与えてください。






E s s a y
高慢は敗北の始まり

南北戦争の時のことです。アラバマ21連隊所属の南軍兵士が、初めて開発された防弾服を着て意気揚々と敵軍の前に立ちました。「この防弾服さえあれば、俺は絶対に死なない。」このように、敵に向かって高慢に叫びました。その時、どこからか銃弾が飛んできて、兵士はその場に倒れました。敵軍は、防弾服を着ている彼の胸ではなく、彼の頭を狙ったのでした。一ヵ所だけを覆ってすべて安全だと信じた兵士は、残念なことですが、自分の愚かさのために命を失ってしまいました。
「私には足りないものはない。だから、神に求めるものはない」という高ぶりは、愚かなものです。聖書は、いつも神を認めなさいと語っています。一歩一歩、私たちの知恵や能力に頼るのではなく、神の導きを求めなければなりません。神の導きを求めるということは、それを最高の善と認め、その方の導きにしっかりと従っていくことを意味します。詩篇の詩人は、神が家を建てられなければ、建てる者の苦労はむなしいものとなり、神が城を守らなければ見張りが目を見張って守ることは何の役にも立たないと謳いました。それは結局、人々が認めようが、認めまいが、神がすべてのことを治めておられ、神が助け導かれなければ事がなされないという意味です。人間がいくら努力しても、神が妨げられるならば何の意味もないのです。

捨ててこそ生きる / キム・ハクジュン


一節の黙想
イザヤ書 47:8 | 多くの人が自分の限界を知らないまま高慢になります。人は限界を知ることがなければ、神の恵みも必要とはしません。限界を認めるほど謙遜に行動できるのです。限界を知れば、自ら神の前にひれ伏すしかありません。イエスを信じるということは限界を悟ることです。私たちは絶対に無限に走ることはできません。順調な時も神の恵みを慕い求めなければなりません。私たちに常に必要なものは神の恵みです。 

ファン・ヒョンテク / 韓国の牧師

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]


.
cecilia
cecilia
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(6)
  • Ed Delph & Yoichi
  • レベキ監督牧師
  • 寺内秀明
  • felix
友だち一覧
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事