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2014.9.6 訪問 100名城17城め 福井県3城め 兵庫県養父郡出身の豪族・朝倉氏は、南北朝時代に主家の斯波高経に従い越前に入った。 朝倉考景の代応仁の乱での活躍のあと一乗谷に本拠を移し越前を平定し以後5代103年間 越前の中心として繁栄 下城戸 唐門 義影館跡 諏訪館跡庭園 復元町 一乗山城へは、残念ながら時間の関係で断念しました、また、折を見て登りたいです。
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お城散策(福井県)
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2014.9.6 訪城 100名城16城め、福井県1城め 柴田勝豊が天正4年(1576)に豊原より移り築城青山宗勝が城主となり、子の忠元が継いだが、慶長5年(1600)、関ヶ原合戦で忠元が西軍に与したため改易され、福井城主・松平(結城)秀康の所領となり、今村盛次・本多成重が城代となった。慶長18年、松平忠直改易後には本多成重が4万3千石で入城した。本多氏は、元禄8年(1695)改易となり、替わって越後糸魚川より有馬清純が5万石で入城した。以後、有馬氏が8代160年間居城し、明治を迎えた。 石の鯱、元は木製銅版張りだったようですが、戦争中のため銅が使えなかったようで 石製のものを使っていたそうです。 戦争って無駄なこと、平和は素晴らしい 石の瓦、
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