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2015.5.23 訪城 天正16年(1588)肥後半国の領主となった加藤清正が、慶長6年(1601)、関ヶ原合戦の戦功により小西行長の旧領を併せて、肥後一国52万石を領した。清正は、すぐに茶臼山全山に築城を開始し、慶長12年に完成した。 寛永9年(1632)、清正の子・加藤忠広は出羽丸岡に移った。同年、替わって豊前小倉城主細川忠利が肥後一国54万石の太守として入封し、以後細川氏が11代続いて明治を迎えた。 念願の熊本城です、九州初のお城です。 残念んながらお天気がいまいちで、できれば青い空がよかった。 小高い山に作られているため、これでもかと言うほど石垣が迫ってきます。 源ノ進櫓 二様の石垣 何はともあれ一番の目的宇土櫓 天守といってもいいくらい大きい 宇土櫓内部 天守です、張り出しているところが何とも素敵 本丸御殿、 復元のやり方ほかのお城も参考になるでしょう。 そういえばとある鯱で有名な御三家のお城天守を木造で作り直すとか言っていたようだけど天守より門を復元してほしい。 見どころ沢山でまったく消化できていない。
次回は是非晴れて空が青い時に訪城したいものです。 |
お城散策(九州)
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