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さて、時間的にかなり錯綜してきましたが、年末年始の話のつづきを・・・。 「北海道の湘南」にある修道院でのこと。 そりゃ、久しぶりにお祈りの時間はたっぶりとれたのですが、あとは要するに「くっちゃね〜」でした。 典型的なお正月というか、たぶんこれが「お正月の正しい過ごし方」なんでしょう。 まあ「くっちゃね〜」だけではあまりに申し訳ないので、言い訳程度に動くマネなど・・・ 大みそかは、もう一人の滞在者のおばさんと一緒に、ごぼうのささがきを山のように作りました。 修道院の共同体が16人+外部訪問者=約20人分の「きんぴらごぼう」の材料です。 ***** 30日の夜は、山のような量のポトフとミートローフとごはんとサラダとスープとプリンと・・・。 「えっほんまかいな〜」と目を疑うような量です。 ごはんも、おひつにたっぶり入ってきたし。一瞬「これ一人分?」と思いました。 でも、すぐに「ああ、ここはそうだったわ」と納得。 つまり、人に何か与えるのに限度を設けないというか、いつも大盤振る舞いで、力いっぱいの「至れり尽くせり」なんです。 というかんじ・・・。 ***** そういえば・・・ (=損得勘定、計算ができない)と、この会の修道女だったある聖女が言いました。 「この人はこれをしたから、これだけ与えよう」とか「この人は、これをしてこれをしなかったから、差し引きで・・・」という計算が、神はできない。 つまり、神はいつも計算抜きで「ただ与えたい」性分だということです。 なんか・・・食事の面だけでなく、何かと気遣ってもらい、理由もなく歓待されていると、ふとその聖女の言葉を思い出してしまいました。 修道院というのは、普通は超高齢化社会で、働ける人もだんだん少なくなるし、今日び、生活はそんなにラクじゃないはずですが。 そんなこと、おクビにも出されないです。 ***** 食事に関しては、御時世や景気?に関係なく、中の人たちは、こんな豪勢なものは食べてません。 いつも外部の人には特別に料理を作っておられるのですが、この修道院では、共同体の食事のメニューは、ほぼ年中、決まってます。 基本的に自分たちの畑で採れたものが中心で、肉は一生涯なし。 生活が超忙しいのと、修行の一環で、料理も時間がかからなくてシンプルかつ質素なものです。 禅寺と少し似てるかもしれませんね。 今、市民おけで「謝肉祭」をやってますが〜それこそ謝肉祭の翌日から始まる「四旬節」(レント)といわれる季節には、 この「シンプルさ」がどんどん加速?していきます。 詳細はひ、み、つ、ですが・・・この時期は特に「祈りと節制」の季節〜断食して回心する季節だからです。 反対に、クリスマスからの八日間や復活祭の季節、この時期は少し食事が豊かになります。たのしみでしたね ***** ***** 戦後、この北海道の別の地にC会が創立されたときは、まだ日本も貧しくて・・・でも、雪下ろしやら力仕事は、当時はそんな便利な機械もなくて今よりもずっと大変で・・・ そのの体力を養うためにどうするか? 栄養バランスなんて考える余裕もないし、とにかく手に入るものだけ沢山食べて、カロリー総量で補おうという発想だったそうです。 今でも、流石に四旬節の間は慢性的におなかがすいてきて、だんだんと体が冷えてくるのですが、 (私は、こことは別の修道院ではじめて四旬節を過ごしたとき、空腹でふらふらになってきて、特別にチョコレートを食べさせて貰ったという恥ずかしい経験があります) でもそれ以外の季節は、とにかく量<だけ>は(笑)かなり多めです。 共同体のお仕事も、クッキーづくりや畑仕事という肉体労働なので、食べないことにはもたない。 外の世界だと、若い人は総じてスリムだし、どちらかというと「おいしいものを少量づつ」食べるのかな? でも、こういう自給自足に近い修道院だと、もう好きだとか嫌いだとか言ってられません。 そのとき、そこにあるものを食べる(ないものは食べない)・・・ま、原則はそれだけかと。 ま、贅沢をしようとしても実際に生活はかつかつですし、 貧しさや欠乏の何もないところに神様は入って来れない〜何でも自分たちでまかなえる豊かさの中では、神が働けない・・・神に出会えない・・・ 間違ってるかもしれないけれど、そういうことでしょうか。 そもそも、物質面精神面で貧しい人たちが沢山おられるこの世界で、自分たちがのうのうと飽食しながら世界のために真摯に祈れるとは・・・思えませんよね。 イエス・キリストだってもともと難民の子で、地元では「あれは不義密通の子だ」と陰口叩かれる境遇で、宣教活動を始めてからは、平たく言ってしまえば「宿なし」でした。 福音書にも、イエスが「空腹なときに、いちじくの木をみつけたので実を探したけれど、何もなかったので怒ってしまった」みたいなエピソードがあって、リアリティを感じます。 ま、それを後世の人たちは教祖様にしてはみっともないということか・・・ 「これはイスラエルの民が神に従わず、実りがないことの隠喩であり、主はそれを怒り、嘆かれたのだ」とかなんとか〜笑 いかにもそれらしい解釈をしたがるんですが。 いえいえ、イエスはまじでその時、お腹が減っておられたんだと思いますよ、私は。 ***** そんなこんなで、中の食事事情を知っているだけに、外部滞在の人間だけがこんなに豪華な食事というのは、申し訳ない気もがしたのですが・・・ けれども、そこが悲しい習性で・・・結局、全部平らげてしまいました。 さっき、豊かだとどうこう〜なんてえらそうなこと書いておきながら、実際はこうです、私って。 言い訳ですが、 小さい頃からですが、出されたものはどうしても「残せない」のです。もったいないし・・・。 (最近までは外で食事しても、友達が残したりすると私が横から食べ尽くしてました) ***** 翌日〜いよいよ大みそか。 朝はおいしい手作りパン2種類とお庭のラズベリーでの手作りジャムとチーズ2種と、インスタントではないコーヒー(私はいつもインスタントです・・・)と、とれたてミルクと・・・。 このミルクは毎朝、隣の牧場からの直送です。銀色のバケツ位の大きさの容器に入ってきます。 このバケツ?をあけると、濃密なミルクがたっぷり入っていて、表面は泡がたっていて、上の方はもう、どろっとクリーム状になっています。 とれたてなので消毒してません。だから一度、吹きこぼれる直前まで沸かして出します。味が濃くて、おいしいですよ〜 はい。でもって、その朝食も平らげました。 ***** あ、食べ物のことばかり書いてますね。少しはしょりましょうか。 でも、お祈り以外はほんとに食べて寝てるだけだったんです。 昼も相変わらずの大盛りごちそう。夜は普通に一人前あるお食事に年越し蕎麦つき。 元旦の朝は、お雑煮、栗きんとん、黒豆、そして例のきんぴらごぼう、紅白なます〜要するにおせちです。 それとみかんとお正月のお菓子で私も大好きな「花びらもち」。わ〜い。 家にいると、もうおせちなんて作らないし・・・今年はとても得をした気分です。 ***** ***** ***** あ、まだ食べ物のこと書いてるわ。そこから離れられんのか、おのれは! 修道院の話なので(?)、少〜しだけですが「食事」以外のことも書いておきましょう。 越年ミサのこと。 開始は2009年0時0分。 その前から近所の信者さんも何人か集まって来て、祈りのうちにミサ開始を〜新しい年を静かに待ちます。 帰省中だという青年が「祈りの助けに」といって、前でしばらくの間、ギターを演奏してくれました。 クラシックギターというのでしょうか。良い音ですね・・・。音があるゆえに、一層、静けさを意識させられます。 教会の鐘が響き渡ります。この音も素敵です。 1月1日は、カトリックの暦では「神の母聖マリア」という祭日です。 (ちなみに8月15日も「聖母被昇天」という祭日です) ***** ****** ****** 思えば2008年は、最初から最後までいろいろなことがありました。 特に後半になるにつれ、世相世情の暗さに拍車がかかってしまいましたが・・・ どうか、この一年が明るい〜もし昼間みたいに明るくなくても希望のある年になりますように。 =========== ☆写真は、修道院玄関を入った正面左手。「神様はそろばんができない」と言いきった人のご像。
自分の無力と小ささを認め、それでも神は無条件に愛されるという単純かつ大胆な信頼と委託(「おまかせ」の心ですね)に生きた19世紀末フランスの聖女(修道名「幼きイエスの聖テレジア」、本名テレーズ・マルタン)です。 |
お出かけ
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年末年始のお出かけってどこまで書きましたっけ。 ええと・・・やっと目的地に着いたか着かないかでしたね。 北海道の湘南D市にある修道院です。↓ 何せ北海道までは此方からは遠いです。 同じ北海道でも、もう少しロケーションの有利???なトラピスチヌ修道院(函館市ですね)なら、観光でも行きやすいかと思うのですが、 こちら(C会)はそんなに大きな都市にあるわけでなし・・・空港から遠い。 内地の人間にとっては、よほど縁がないとこういう場所を訪問することはないかもしれません。 せっかくHPがあるので、まあ〜チェロとはあまり(全然?)関係ないですが(笑)、この機会にご紹介してしまいましょう。 ついでにこういうブログもみつけたので・・・。 クッキーは、私もお世辞抜きでおいしいと思います。 ***** ***** ***** で、話は戻って〜30日の午後に修道院に着いたのですが・・・ そこで何をしたかというと、要するに食べて、寝て、お祈りしてました。 ちなみに、こういう修道院では修道者の生活空間(禁域といいます)は外とははっきり区切られていて、 買い物や外部のことは、担当する修道女が決まっています。 あとの人間は通院・入院や〜そうですね〜選挙の時以外は、まあ外に出ないです。 同じように隠遁生活というか(観想生活というのですが)祈りが主な使命のトラピスト修道院では、 昔は歯医者さんの設備まで中にあったと聞いています。 さすがに歯医者さんだけは外部調達?で、つまりは往診してもらうそうですが 〜今はどうなんでしょうね。 ***** ***** ***** 今回私が滞在したのも、修道院の人たちが生活するエリアでなく、外の<お客さん用>?エリアです。 ミサやお祈りのときだけは、同じ聖堂の祭壇を挟んであっちとこっちになるので、姿は見えねど声だけは聞こえます。 うう・・・文字では構造がうまく言えませんが・・・写真から想像してくださいまし。 ステンドグラスはこちらから聖堂に入った正面上部、もう一枚の写真に写っている格子は向かって左手にあります。 この戸のあちらに内部の人が集まって座っています。 つまり祭壇を挟んで内部と外部では90度の角度がついていて、かつこの格子戸が普段は閉まっているので、 こちらから中の様子は(あちらからもこちらの様子は)見えないのです。 なんでもそうですが、隠されていたり見えないと、余計に神秘的な感じがしますよね。 私も中に入るまでは、そう感じていました。 でも、短いながら中で生活した経験があると、また違う気持ちになります。 神秘的というよりも・・・ 中に入ってしまうと生身の人間のリアルな生活なので、幻想の抱きようもないので〜・・・ むしろとても懐かしいです。 こういう修道院では、共同体が日に七回ほど聖堂に集まり、定められたお祈りを唱えたり歌ったりするのですが、 そのお祈りの声にこちらで耳を澄ませながら、 あ、あれは○○姉妹の声だわ、あ、これは☆☆姉妹。 などと、ついつい思ってしまいました。 そうは言いつつ、久しぶりに七回のお祈り全部に与りましたよ。 朝、夕、一時間づつある沈黙の祈りの時間も、久しぶりにちゃんとお祈りしました。 普段は毎日のことをこなすだけで必死で、心身共にまったくと言って良いほど余裕がないのですが、 少しだけ、心の水面が静まったかんじ・・・。 ***** ***** *****
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〜ってどこかご存知ですか? 前も書いた気がしますが【北海道の湘南】(【北の湘南】とも言う・・・)〜 と自称している街があります。 脱サラや定年後の住民誘致のために某市がつくったキャッチフレーズだそうです。 確かに雪は北海道の中でも少なくて、気候もとても穏やかな地域なんだとか。 実際、それはそうなんだと思います。 北海道の他の地域から来られた方が「ここはいいね〜」と言われるのも何度か聞いたことあるし。 雪下ろしの手間が全然違うらしい。 「湘南」という触れ込みに惑わされまいと、かなりモコモコの服装で向ったことでありました。 (関空で搭乗を待ってる間なんて、寒いどころか汗をかきましたよ)。 その日は関空ー千歳の直行便に載ったのですが、フライトは途中まで至極順調で、 機長からは「定刻どおり千歳に着くだろう」みたいなアナウンスもあったのに、 北の空は様子が違ったようで・・・ 悪天候で空港が混んでいて(自分でも書いてて意味不明ですが、気にしないでください)、まだ4機前に詰まっている?とのこと。 30分以上、いやもっとだったか・・・も空の上で待っていて〜 しかし、ああいう時って飛行機はどうしてるんでしょうね?当たり前ですが、止まったら落ちるだろうし。 やっぱり大きく旋回してるのかなあ・・・ 〜ともあれ、やっと着陸許可が出たのですが、あとで聞くと、運がよかったみたいです。 もう少し後に羽田から来た便は、悪天候でとうとう羽田に引き返したとか。 お気の毒に・・・。 しかし悪運の強い?私は、千歳から今度は電車で西へ向います。。 数時間後、雪で凍てついたJR○○○○駅ホームに降り立ちました。 滑って転ばないように注意深く階段を上り下りして、駅の改札まで行くと、 そこには鎧兜の武者が描かれた幟みたいなものが何本か立ってて、 「北海の湘南、○○にようこそ」(だったかな?)と書いてありました。 冬に内地から行ったら「なるほど、暖かい」・・・とは思えんわ、やっぱり。 その辺を写真を撮ろうかと思ったけれど、寒かったのでそのままスルー。 駅前までは、元修練女の元気な☆☆☆☆おばさん(あとで年齢を聞いたら70だというのでびっくり!!!)が迎えに来て下さって、 そこからは彼女の車で、一路、C会修道院へ。 ♪♪♪♪♪ 20分くらいすると、見覚えのある景色が・・・。 と思ったら、到着してました。 白亜の・・・デザインとしてはかなりモダンな建物です。 と、あほな替え歌を歌うまでもなく・・・ 周りも雪・雪・雪〜で全部白いので、建物の白が目立ってなくてそれも面白かったです。 車を降りて、お勝手口のチャイムを鳴らして待ちます。 心境は というより といったほうが正しかったでしょう。 咋12月30日の夕方でした。 ※写真は「北海の湘南」と何ら関係ありません(笑)。すみません。
久々に「北海道の大地」に立った喜びのあまり、
南千歳の駅でやみくもに買ってしまった駅弁「ほっきめし」です。ところが、これが意外と(みかけによらず?)うまかった・・・。ホント。 |
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せっかく新年が明けたのに、わざわざ逆行するのも何ですが・・・ 年末年始の話を〜 +++++ +++++ +++++ この年末年始は5年半ぶりに北海道の地を踏みました。 いや、長かった・・・。 この前???千歳を飛び発ったのは2003年5月31日(だったと思う)。 目的は、こちらの大学病院で腰の手術をするためでした。 それが無事に終わって回復したら、またあちら(北海道)に戻るはずだったのですが・・・。 どっこい、そうは問屋がおろさず、それっきりになってしまいました。 +++++ +++++ +++++ 結局は腰の手術をしないまま、その後、また別の病気が見つかって・・・ 二度、入院治療をしました。 でも、そのおかげで少しはマシになったかな??? 〜と思ったので、 今回はかなりザ・チャレンジャーしてきたのですが、 懐かしかったです。 今は時間がないので、あとでまた書きますね。 ではでは。 ※写真は南千歳駅ホームから外を眺めたところ。
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さて、部屋を移動して〜 |







