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近代に至りて産業界は利潤の追求を最大命題にして、合理化、大量生産を主軸にコストダウンを図ることで生産活動を行ってきた。
このことは安価でよりよい物を作るという観点から成功した時代もあったと言っていいだろう。
しかし現代としてはどうなのだろうか。行き過ぎた合理化のもとに先進国では産業の空洞化がとまらない。かえって国内雇用の機会を失いいわゆる低所得階層の増加と消費低迷のデフレスパイラルをまねいて構造的な不況から抜け出せないでいるのではないか。
筆者は思う。行き過ぎた合理化のもとでの生産活動とは、ローコスト大量生産すなわち低付加価値製品の大量生産、もっと極端な言い方をすればガラクタの大量生産である。この生産活動が利潤をもたらすとは考えにくい。
利潤を追求するなら高付加価値大量生産である。
高付加価値とは何か。熟練労働者の手間暇かかった生産物が高付加価値なのではないか。簡単な例えとして寿司がある。回転ずしが低付加価値ならば職人が握る寿司が高付加価値なのではないか。冷静になれば簡単に理解できることである。
なのに日本はどうだろう。あまりにも熟練労働者の活躍を妨げてこなかったか。合理化、大量生産、国際競争力の強化をかがけ、熟練労働者を企業に組み込むか、はたまたその存在を脅かす政策を執ってこなかったか。今、検証の時ではないのか。今、ダイナミックな発想の転換が求められている時ではないのか。
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勝手な経済論
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