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現代ビジネス
 喧嘩は男の花道。芸の道を突き詰めていけば、どこかで拳で決着をつけなければならなくなる。芸能界にはとんでもない男たちがいる。果たして誰が一番強いのか。まさに男のロマン。本誌が勝手に決定する――。
「いも」呼ばわりされて
 芸能界は我が強い人間の集まり。舞台ウラや撮影の合間におのれの芸を貫くために、共演者やスタッフと衝突することは日常茶飯事。そこではより強いヤツが生き残る。その土壌は昔も今も変わっていない――。

 「強面のタレントから『お前、強いんだろ? と、喧嘩を売られたこともありますよ。もちろん無視するんだけど、あまりにしつこいと、芸能界の序列なんて関係なくなる。やむなく喧嘩を買ったこともありました。名前は言えないけど(笑)」

 そう語るのは、メガネとおかっぱ頭がトレードマークのタレント・大木凡人。ワイドショーでの新聞一気読み紹介で知られる大木だが、実は空手の心得があり、芸能界におけるステゴロ(素手の喧嘩)最強という呼び声が高い一人なのだ。

 かつては渡瀬恒彦と安岡力也がツートップと言われていた。この二人が亡くなった今、最強と言えるのは誰だろうか。

 本誌は芸能界の興行に長年携わり、業界のウラも表も知り尽くしたA氏、B氏、C氏ら複数の関係者に話を聞いた。

 ステゴロでは度胸の良さが勝負を分ける。自己主張の塊、ミュージシャンには喧嘩っ早く先手必勝タイプが多い。

 「ザ・タイガース」のボーカル、ソロアーティストとして大ヒットを飛ばしてきた沢田研二は、若いころからキレやすかった。

 「いもジュリー事件」をご存じだろうか――。'76年、新幹線の車内で一般男性からすれ違いざまに「いもジュリー」と言われたことに沢田は激怒。席に戻ってきた一般男性に「さっき何て言いました? と詰め寄って、いざこざとなった。

 一般男性は警察に「ジュリーに殴られた」と訴えて、沢田は1ヵ月間の謹慎処分を受けた。

 じつはこの数ヵ月前にも、新幹線のホームに集まった自身のファンに対して、「ミーハーはくだらない」と暴言を吐いた駅員に、沢田は頭突きをくらわせていた。
「路上のプロだもん」
 A氏はジュリー最強説を唱える。

 「ザ・タイガースのメンバーだった瞳みのるが自著で明かしていますが、駅のホームでヤクザ風の男性2人に絡まれたことがあった。その際、沢田は相手の一人を蹴り上げて、見事にKO。瞳は沢田とは喧嘩をしないと固く誓ったそうです」

 沢田はつい3年前にも、コンサートのMCで中東情勢について自説を語っている際中に、客席から「歌って〜」という声が上がると、「嫌なら帰れ!」と一喝した。この瞬間湯沸かし器ぶりは芸能界随一。ベテランの芸能関係者の間では「ジュリー最強説」が根強い。

 それに続く世代のミュージシャンでは、吉川晃司の名前が挙がる。吉川は高校時代、水球部に所属してU-20日本代表に選ばれたほどの実力者である。

 身長182cm、逆三角形のギリシャ彫刻のような肉体の持ち主。しかも少林寺拳法の心得まである。音楽業界のアンダーグラウンドに詳しいB氏が吉川の凄みを語る。

 「吉川は32歳のときに傷害事件を起こしています。友人と吉川の家で酒を呑んでいて、喧嘩となったんです。この友人もボクシング経験者だったそうですが、吉川は相手の鼻骨と肋骨を折っています。

 記者会見で吉川は『先に僕が傷つけてしまった。ワン、ツー、スリーです』と3発殴ったと語っています。つまり躊躇することなく相手の顔面を殴り、さらにボディを正確に打撃したということ。ヤバいですね」

 吉川は「水の中ならジャイアント馬場に勝てる」と豪語したこともある。

 伝説のバンド「BOØWY」の元ギタリスト・布袋寅泰も事件を起こしている。'07年に芥川賞作家でパンク歌手の町田康氏と一緒に車で帰宅する際に、喧嘩となった。

 布袋は町田氏を殴った挙げ句、「外で話をしよう」と言って車から降りた町田氏を蹴るなどし、全治2週間のケガを負わせた。

 二人は旧知の仲だったが、布袋の暴行に怒った町田氏は被害届を警察に提出。示談にも応じず、布袋は傷害罪で罰金刑となった。身長187cmの布袋のキックは凄まじいものだったのだろう。

 この吉川と布袋も一目置くのが、氷室京介だ。

 「氷室は群馬県高崎出身で、中学時代から喧嘩に明け暮れて、地元では『帝王』と呼ばれる存在だったという噂もある。『BOØWY』は『暴威』と表記されていたこともある。

 あの吉川が、氷室の強さを聞かれて、『路上のプロだもん』と答えています。また布袋は同郷の友人。バンド結成前に氷室に呼び出された布袋は『殴られるんじゃないか』と思って身構えたとか」(B氏)
最強のアウトロー俳優
 芸能界のウラ事情に詳しいプロインタビュアーの吉田豪氏は現役最強のミュージシャンとして、GACKTを推す。GACKTはテレビ朝日の正月番組『芸能人格付けチェック』での目利きぶりでおなじみだが、吉田氏はこう解説する。

 「彼はバンドのメンバーや事務所のスタッフを雇うときは、まずスパーリングするらしいんですよ。バンドの合宿も、海岸の走り込みと、ミット打ちが延々続く。強いヤツをスタッフに求めているんでしょうけど、考え方も普通じゃない。

 柔道家の吉田秀彦と親しく、何度もスパーリングしているそうですが、『スポーツならともかく、喧嘩では負ける気がしない』という名言も残しています」

 吉田豪氏によれば、GACKTの著書『自白』は、バイオレンスなエピソード満載だという。

 「番組のロケで行ったマダガスカルの話が最高です。現地の屈強な黒人が野原で戦う『マダガスカル・レスリング』を見学した際、一番体がデカいコーチに『お前もやってみるか、誰と戦う? と聞かれると、GACKTは『お前だ』とそのコーチを指名。

 打撃禁止の試合なのにパンチを入れられてキレてしまい、気づいたら腕の中でコーチが失神していたとか」

 ところで、芸能関係者の間ではステゴロ最強という話になると、アウトロー役を演じる俳優の名前が挙がる。役柄同様に彼らはやはり強いのか。

 吉田氏は、「哀川翔さんの伝説はいたるところで聞いたことがある」と語り、こう続ける・

 「六本木で元光GENJIの諸星和己と哀川さんが飲んでいたときに暴走族に絡まれたそうなのです。そのとき、哀川さんは『お前は有名人だから車にいろ』と言って、一人で出ていって相手をボコボコにしたらしいです。当時、哀川さんも十分有名だったんですけど(笑)」

 ほかにも「いつ襲われてもいいように、お店ではビール瓶をテーブルの上に置いておく」「新幹線の車掌室に立てこもった暴漢をヤクザと協力して捕まえた」など哀川の破天荒なエピソードは枚挙にいとまがない。

 アウトロー強面俳優の代表格、小沢仁志も強い。空手、柔道、剣道の有段者である。

 Vシネ俳優と交友もあるC氏が伝説を語る。

 「小沢さんはスタントマンを基本的にはつけないんです。車ごと30m下の崖にダイブして、そのあとに車が爆発するシーンも小沢さんが自分でやった。

 ほかにも真偽は不明ですが、テレビ局の廊下で、挨拶もナシにすれ違ったローラースケートを履いた男性アイドルを張り倒して、礼儀を教えたという伝説は語り草になっています」

 この小沢がテレビ番組で一番強い俳優と断言したのが、本宮泰風である。一般的にはまだまだ無名だが、タレントの松本明子の夫で、兄は俳優の原田龍二。Vシネマや刑事ドラマに数多く出演している。

 「芸能界入りする以前、原田兄弟は東京・足立区の不良界隈では知らない人がいない猛者でした。なかでも弟の本宮はプロボクサーを目指していたほどの本格派。原田も弟には喧嘩を売らなかった。いまはアマチュア格闘技チーム『本宮塾』代表としての顔も持っています。

 総合格闘家・プロレスラーの船木誠勝と互角の勝負をしたそうですし、もはやその強さはステゴロチャンプレベルでしょう」(前出・C氏)
腕相撲で大関に勝つ
 では、アクション俳優は強いのか。まず頭に浮かぶのは、ジャパンアクションクラブ(JAC)を主宰した千葉真一であろう。千葉は極真空手の黎明期の門下生で4段の腕前だ。

 「あの大山倍達総裁が『千葉ちゃんは強い』と認めていました。弱いはずがないよ」(俳優仲間)

 千葉の弟子のなかでの注目は、志穂美悦子である。格闘技や芸能界に詳しいライターの鈴木ユーリ氏はこう語る。

 「志穂美は千葉真一の秘蔵っ子です。空手の有段者で、夫である長渕剛が体を鍛えるようになったキッカケは、『彼女にボコられたから』と言われている。

 長渕の亭主関白ぶりに志穂美はずっと耐えていたが、あるとき、我慢の限界で自慢のハイキックを繰り出し、一発でKOしたとか。千葉真一は『そのとき、彼女から電話があった』と証言をしています」

 若手アクション俳優のステゴロマスターとして名が挙がったのが、ジャニーズ事務所に所属する「V6」の岡田准一だ。彼は'07年のドラマ『SP』(フジテレビ)の出演をきっかけに身体を鍛えに鍛えている。

 「彼は170cm弱と小柄ですが、ブルース・リーが創始した武道『ジークンドー』、フィリピン武術『カリ』、総合格闘術『USA修斗』の3つの格闘技を習っているんです。

 それぞれ10年のキャリアを誇り、3つともインストラクターとして認定を受けるまで修得しています」(A氏)

 芸能界には見るからに強くて、本当に強いというオトコもたくさんいる。なかでも関西最強と呼ばれるのが、オール巨人だ。身長184cmと大柄のうえ、柔道の有段者。自宅の地下室にはトレーニングルームを完備している。

 「リンゴを片手で握りつぶす、雑巾を絞ったら雑巾が千切れたという伝説を本人が本当だと認めています。あるパーティで行われた腕相撲大会で、元大関・若嶋津(現・二所ノ関親方)を倒して優勝したこともあるとか。

 20年ほど前ですが、後輩芸人であるトミーズ雅と飲み屋で喧嘩になりかけたことがありました。雅は元ボクシング日本ジュニアミドル級1位。もし殴り合いが始まれば、少なくとも吉本興業最強は決まっていたでしょうね」(在阪テレビ局社員)

 筋力という点において、草野仁の肉体は群を抜いている。身長は170cmほどだが、胸囲120cm。剣道二段で、高校時代は陸上部に所属し100mを11秒2。

 東京大学時代には地元の長崎で相撲の国体県代表選出大会に出場。体重130kgの前年優勝者を投げ飛ばして優勝している。

 「NHK時代には関西大学のレスリング部に体験取材で訪れた際、実戦形式で試合を行い、現役選手にフォール勝ちした逸話を持っています」(A氏)

 いま芸能界ステゴロ最強にもっとも近いのが、身長190cmの実力派俳優、宇梶剛士だろう。宇梶は高校の野球部を暴行事件を起こして退部した後、暴走族に入って、喧嘩では負け知らず。

 17歳のときに、構成員2000人を誇った伝説の暴走族「ブラックエンペラー」の7代目総長に任命される。闘いは素手が信条。800対1でも怯むことなく向かっていったという。

 宇梶はインタビューで当時をこう振り返っている。

 「ワァーッと来たヤツを7〜8人バチンバチンとやっていると敵は2人減り、4人減りと群衆心理で逃げていくんだ」

 藤岡弘、を忘れてはいけない。身長180cm、体重84kg。筋肉の塊である。柔道三段、空手初段、抜刀道四段、小太刀護身術四段、居合道初段などを取得。このほか手裏剣、槍、棒術、銃の鍛練も行っている。もはや俳優というより武道家だ。
力也が「アイツはヤバイ」
 意外なところでは、自然を愛する作家・C・W・ニコル氏も手強い。身長182cm、体重100kgの体格を生かし、大学時代はプロレスラーとしてリングにあがっていた。

 10代は喧嘩のしすぎで、一年間に11回警察のお世話になったことも。空手のキャリアは30年以上。自然保護を訴えるニコル氏だが、自らが野生に帰ることもあるのか。

 大ヒット曲『遠くへ行きたい』で知られるジェリー藤尾は伝説的な存在だ。ヤンキー雑誌「ティーンズロード」の初代編集長・比嘉健二氏が言う。

 「若いころは愚連隊の用心棒を務めていたほどで、新宿の不良の間では知らない者がいない存在でした。『命知らずの藤尾』と恐れられていたそうです」

 芸能界には一見すると大人しそうだが、じつは喧嘩が強いという人物も多い。冒頭の大木凡人もその一人。大木は自らの武勇伝をこう話す。

 「アントニオ猪木さん、千代の富士さんのボディーガードをやったこともあります。いきなり殴りかかり、軽くはたかれた後、逃げてから示談金をとろうとする『人間当たり屋』がいたんです。私は彼らを寄せ付けない役目ですね。

 最近では喧嘩が強いというウワサが広まって、繁華街でよく絡まれるんですよ。でも、無視して歩いて行っちゃう(笑)。もう歳だから喧嘩はしないけど、自分を守る対処くらいは今でも、という気持ちはあります」

 怪談話で一世を風靡した稲川淳二もイジられ役のイメージがあるが……。

 「稲川さんは工業高校時代はバリバリの不良だったそうです。相手が大人のチンピラだろうが、喧嘩をしていた。幼なじみの安岡力也をして、『アイツはキレたらヤバい』と言わしめたほどです」(前出・B氏)

 心霊よりも、キレた自分自身のほうが恐ろしいのかもしれない。

 元不良という点では、俳優の岸谷五朗もそうだ。

 「高校時代はリーゼントで外見はとにかくおっかない。顔がデカイから相手もビビる。東京・多摩地区の『小平愚連隊』の番格で、暴走族の集会にも参加していた。正義感が強くて、周囲からは一目置かれていましたよ」(岸谷を知る地元住民)

 そのほかにもじつは格闘技の心得があるという芸能人は数多い。『半沢直樹』でブレイクした俳優の木下ほうかは、正道会館空手初段で、キックボクシングのジムにも通っている本格派。

 演歌歌手では山川豊はプロボクサーのライセンスも所有する。名門・ワタナベジムにずっと通いつづけて、いまはトレーナーも務めている。

 お笑いコンビ「ドランクドラゴン」の鈴木拓はブラジリアン柔術をはじめとして格闘技歴が20年。番組の企画で格闘家、ニコラス・ペタスの門下生2人に勝利している。

 「キャイ〜ン」のウド鈴木は柔道の有段者。先輩芸人である出川哲朗を守るために、一人でチーマー軍団に立ち向かっていくなど度胸がある。

 格闘技通のなかで、A氏は橋幸夫を推す。

 「橋さんは、中学高校時代は空手、ボクシング、柔道を習っていた格闘技マニア。コンサートで軍刀を持った男が客席から乱入し、切りかかってきたことがあったんです。それを橋さんは冷静に避け、両手でグッと刃を押さえて、暴漢は身動きがとれなくなった。相当な修羅場をくぐってきたのだと思います」(A氏)
常在戦場と心得よ
 注目の若手芸人で言えば、「ANZEN漫才」のみやぞん。天然ボケのキャラで人気だが、小学校5年生から中学3年生までキックボクシングを習っていた。

 高校時代は野球部でエースで4番打者。番組の企画で挑戦したパンチングマシーンでは、216kg(一般男性の平均はおよそ120kg)を叩き出している。

 喧嘩の強さには、正義感がともなわなければならない。その点で本誌が考える「ステゴロ」最強は、生島ヒロシ(67歳)だ。

 高校、大学と空手を続け、極真会館にも入門。留学先の米国では、日本人村で空手を教えていた。現在もキックボクシング道場に通っている。

 生島本人が語る。

 「若いころのリアルファイトという意味では15〜20戦ですね。負けたことは、一度もないです。もう30年以上前の話ですが、新宿の街で友人が大柄なオトコに絡まれて、いきなり殴られたんです。

 そのオトコは逃げていきましたが、その際中にも通行人を次々と殴っていた。これは危ないと思い、私は追いかけて左の回し蹴りを決め、お巡りさんに引き渡すことができました」

 そうした生島の正義感は最近も衰えていない。

 「昨年、新幹線の車内で、私のマネージャーがガラの悪そうな男性に『表に出ろ』と絡まれたんです。理不尽な言いがかりに、私は気持ちが高ぶってしまい、男性にデッキに来るようにと言って、身体を慣らしていたら、向こうは反対方向のデッキに逃げていきました。

 私はその後、その男性のところにいき、『何を怒鳴っているんだ』と叱りつけ、壁をドンドンドンと叩いたら、恐縮していました。

 自分から喧嘩を売ることは決してありませんが、やはり弱い立場の人が理不尽な目に遭遇すると、許せないという思いがあります。普段から体を鍛えていると、肝が据わり、相手と対峙できるようになるのだと思います」

 芸能界は戦場である。この取材で本誌はそれを実感した――。

 「週刊現代」2018年4月28日号より

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