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                    願證寺
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                    牡丹園
           
 
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                    又木茶屋
 

 
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                    長島城址
 
 
 
◆長島一向一揆の碑(願證寺境内)
 

 
願証寺のある長島は、木曽三川伊勢湾に流れ込むデルタ地帯にできた砂州の島で、伊勢に属してはいるものの、北勢・尾張海西郡・南濃域が一体化した「河内」と呼ばれる生活圏を形成していた。
また、伊勢湾が現代より内陸に広がっていた当時においては、伊勢桑名・尾張熱田間の海上交通を扼する要衝でもあった。
長島は本願寺一族寺院である願証寺の領域として、大名や領主の権力の及ばない事実上の治外法権を有するに至り、織田信長に敗れた斎藤龍興がここに逃げ込むなど、信長にとっては敵方の巣窟となっていた。
元亀元年(1570年)8月、本願寺第11世顕如は圧迫を強める信長と敵対する意を表して、各地の門末に激を飛ばし、それを受けて長島でも一揆勢が蜂起した。
同年11月には、信長の弟信興が守る古木江城を攻め信興を討死させた。
また、翌年5月に信長が長島に侵攻すると、激戦の末に氏家卜全蜂須賀正元らを討死させるが、長島側も願証寺庶子の顕栄らが戦死した。
また、6月6日には、願証寺4世の証意(佐玄)が織田側により暗殺され、証意嫡子の顕忍(佐尭)が11歳で5世の座を継承した
 
 
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d0/Sieges_of_Nagashima_Martyrs_Memorial.jpg/220px-Sieges_of_Nagashima_Martyrs_Memorial.jpg
三重県桑名市長島町又木の願證寺境内にある長島一向一揆殉教之碑。1975年(昭和50年)に一向一揆400年追悼法要が、同寺で行われた。
 
 
 
天正元年(1573年)9月、信長が二度目の長島侵攻を行うと、北勢域を制圧されてしまうが、10月には退却する織田軍を追撃して林通政を討死させた。
しかし、天正2年(1574年)7月には信長の三度目の侵攻で長島本島に攻め込まれ、一揆勢は篠橋・大鳥居・屋長島・中江・長島の五城に籠城した。
8月に入ると大鳥居が陥落し篠橋の籠城者は長島城へ追い入れられた。
各城では餓死者が続出し9月29日に、ついに長島城の籠城者は退去を始めるが、信長側の一斉射撃に合って男女約1000人が殺害され、生存者は逆襲して信長側と死闘の末、北伊勢方面へ逃れた。
残る中江・屋長島は四方より火をかけられて、男女約2万人が焼き殺された。
しかし、長島城の最後の戦闘では、織田信広秀成信成信次信直佐治信方など、多くの織田一門を討死させている。
一方、願証寺は長島城陥落の日に5世顕忍が討死し、2世実恵の妻が海に入水、3世証恵の弟証栄も死亡した他、4世証意に嫁いでいた武田勝頼菊姫も同日に死亡したという伝承がある。
また、14歳だった顕忍は自刃して果てたとも伝わっている。
しかし、顕忍の弟で2歳の顕恵は川から救出されて生き延び、願証寺家臣の手によって石山本願寺へ送り届けられ、本願寺により正統と認められた。
顕恵はのちに近江国日野に願證寺を興した。
 
 
 
 
 
 
 
明日の天気は晴れ。
現在の気温は22℃で、明日の最高気温は28℃・最低気温は12℃の予想です。
火曜日は関東も日差しが降り注いで西〜東日本は広いエリアで季節外れの暑さになるでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

園内の様子(01/26/13)

椿の開花が盛んになってきました。
 
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素心蝋梅畑
 
 
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シナマンサク
 
 
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四十雀
 
 
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ドッグランにも犬が余りいませんでした
 
 
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五十雀
 
 
 
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アオリンは定位置にいました。
 
 
 
◆ 四十雀(シジュウカラ)
 
全長は約14.5cm(13–16.5 cm) で、雀ぐらいの大きさ。羽根の幅は約22 cm。
体重は11-20g。種小名 minor は「小さな」の意だが、シジュウカラ科の中では大型種である。
上面は青味がかった灰色や黒褐色、下面は淡褐色の羽毛で覆われる。
頭頂は黒い羽毛で覆われ、頬および後頸には白い斑紋が入るが、喉から胸部にかけて黒い斑紋に分断され胸部の明色部とは繋がらない。
喉から下尾筒(尾羽基部の下面)にかけて黒い縦線が入る。
翼の色彩は灰黒色。
大雨覆の先端に白い斑紋が入り、静止時には左右1本ずつの白い筋模様の翼帯に見える。
嘴の色彩は黒い。足の色彩は淡褐色。
オスは喉から下尾筒にかけての黒い縦線が、メスと比較してより太い。
幼鳥はこの黒い線縦が細く不明瞭であり、また頬および下面に黄色みがある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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