|
2007年12月8日(土)
先日、図書館で借りた松山巌『うわさの遠近法』読み終わった。明治の初年から公害問題が表面化し
た1970年代までの「うわさ」の変遷や、その隠された意味を書いた本だ。
井上円了の妖怪学、御船千鶴子の千里眼など、当時流行したオカルト学への言及もある。私がいちば
ん、驚いたのは、太平洋戦争が始まる数年前まで、一般読者が投稿した、天皇についてのあからさまな
侮蔑記事を載せていた雑誌があったこと。その後すぐ、言語統制が厳しくなっていくのだが、当時の
人々は天皇を神のように思っていたと考えていたので、あそこまで呪詛に満ちた天皇への思いを人々が
抱いていたというのが意外だった。
江戸時代についての印象も、学校で習った閉鎖的な時代という見方は、その後読んだ、本で一面的で
あることがわかった。
当たり前のことではあるのだが、物事を一面ではなく、いろいろな面から見ること。それがデマゴー
グに踊らされない唯一の方法なのだろう。
|
>当たり前のことではあるのだが、物事を一面ではなく、いろいろな面から見ること。それがデマゴーグに踊らされない唯一の方法なのだろう。
本当にそうですね。でも、すぐにデマに踊らされてしまいます。だからもっと勉強しないといけないなと思います。それもいろんな分野から・・・。
2007/12/8(土) 午前 9:15 [ flowermanito ]
「侘び」「寂び」の日本文化を語るに欠かせない概念が大きく浮上してきたのは江戸幕末とりわけ明治以降、つまりは近代国家形成とパラレルだったとの説があるらしいことを知って一瞬<ウン?>と印象した事を憶えています。未だ本当かなと思いつつも、その説との対面をはたしていないですが。こうした<伝統><古来より>などの言説の淵源が意外にその辺りにあるといわれると、面白くもあり、怖くもありますね。
2007/12/8(土) 午後 0:29
フラワーマンさん、そうですね。人間と言うものは、踊らされやすいものだと思います。後で冷静に考えてみると明らかに間違っていることでもその場の熱狂で信じ込んでしまう。ありがちな話です。自戒を込めてそう思います。
2007/12/8(土) 午後 2:21 [ 城島澪 ]
緑の森さん、「侘び」「寂び」という概念は、近世国家形成の頃だったという説があるんですか。歴史教科書の印象から、世阿弥の頃から存在していたと思っていました。これまた調べてみる必要がありますね。
2007/12/8(土) 午後 2:24 [ 城島澪 ]
ブログで 御船千鶴子を 検索中です。
超能力者は いるのかなぁ?神か 悪魔か 人間か
超能力研究会(名前検討中
2014/8/10(日) 午後 9:02 [ 村石太仮面&ぱぴる2世 ]