スローシャッター

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今日は高雄から台北へ戻る日です。台北へ新幹線でそのまま帰っても面白くないので、以前から興味があって行ってみたかった霧社という山間の小さな町に行ってみることにしました。霧社という町は日本による台湾統治の歴史を語る上では重要なところです。日本統治からすでに35年経った1930年。日本統治史上最大規模の抗日暴動事件が起きました。霧社がその事件の舞台となった場所です。日本人と台湾人の合同運動会の日に事件は発生。台中州能高郡霧社(現在の南投県仁愛郷)に住む台湾先住民のモーナ・ルダオ率いる一派が君が代斉唱が始まろうとしたその瞬間に校庭に突入。日本人をねらって日本人入植者227名中134人が殺害され26人が重傷を負いました。その後3か月に渡る日本軍との戦闘で先住民は700人ほどが死亡もしくは自殺し500人ほどが投降、生き残ったのは300人といわれています。日本の先住民に対する鎮圧に、オランダや清などの統治を通じて一度も服属したことがない先住民の不満に端を発した暴動。日本の台湾統治により台湾の産業の近代化など評価されている部分はありますが。一方このような史実があったことを忘れてはなりません。
ホテルから見た高雄港の方面の景色。今日もいい旅ができそうです。
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ホテルの朝食。お菓子もたくさん種類があって食べすぎちゃいました。
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台北行きの新幹線で台中に向かいます。台中までは45分で到着です。
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高鉄台中駅に到着。ここからバスで霧社に向かいます。
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埔里行きのバス乗り場です。埔里は台湾の中心の位置にある内陸部の街。台中から1時間かかります。埔里でバスを乗り換えます。
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バスは高速を飛ばして高度を上げてゆきます。
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埔里に到着です。こじんまりとしたバスターミナルはのどかな感じです。台湾の内陸部にやってきたという実感が湧きます。
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埔里のメインストリート。
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埔里から廬山温泉行きのバスに乗りました。バスは山道を結構なスピードで飛ばしてゆきます。
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もうすぐ霧社です。霧社の標高は千メートル以上。ずいぶんと山の上まで上がってきました。
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霧社の町に到着しました。
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霧社のメインストリート様子。これから霧社事件関連の場所をたどってみることにします。
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バス通りの脇の道。ここは旧道だったのかもしれません。
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旧日本人墓地の跡に建つ住居を囲む塀。一部だけ残っている階段。これが墓地に続く階段の跡です。近くの役所の方に訪ねたらここまで案内してくれました。
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ここが襲撃事件の現場となった霧社公学校の跡地です。運動会が始まろうとしたその時先住民の一派が突入した現場です。現在は台湾電力の施設となっています。
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公学校を後にして町の中心の方に戻ります。
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霧社山胞抗日起義記念碑のある広場に建つ石門。石門の中央には碧血英風と刻まれています。
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石門をくぐった右手にある霧社原住民抗日像です。子どもまでが戦おうとする姿に事件当時のことを考えると胸が痛くなりました。
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広場の奥にあるのがモーナ・ルダオの像。奥に建つのが霧社山胞抗日起義記念碑です。
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モーナ・ルダオの墓は広場の一番奥にありました。
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街のメインストリートを抜けてきました。ここが旧霧社警察分室跡地。
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かつては神社があった徳龍宮への階段です。階段の手前に建つ鳥居は中国風にした形で残っていました。
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徳龍宮です。ここから霧社の町が一望できます。
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メインストリートに立つ木。霧社の歴史の全てを見てきた木に手をあててみました。
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遅い昼ご飯は屋台の小龍包にしてみました。
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バス停前の野菜売り場。通りを行く人はほとんど見られずのんびりとした雰囲気です。
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旧日本人小学校跡を探して歩きます。
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少し高いところから霧社のメインストリートをしばらくながめます。もうここに来ることは無いと思いますが霧社事件のことは忘れることはありません。
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埔里から台中に戻るバスの中です。午後5時を過ぎて空の色が変わってゆきます。
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台鉄台中駅です。1917年に建設された赤レンガを使用した英国風の駅舎。新幹線の駅に行くつもりでしたが乗るバスを間違えて在来線の駅に着いてしまいました。
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間違って乗ったバスの中で知り合った台湾人の4人です。台北までの切符を買うのを手伝ってくれたりととっても親切にしてもらいました。(ありがとう!)
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2時間10分で台北に到着しました。写真は特急電車の自強号。
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こちらはすぐ後に入線してきたタロコ号。これから台湾東部の花蓮方面に行きます。
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久しぶりの感じがする台北のホテル。高雄、台南、霧社といい旅ができました。
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PENTAX LX, PENTAX-A 28mm F2.8, PENTAX-M 35mm F2.8, Kodak EB-3

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こんばんは。
なんだかいい旅ですね。
歴史的な場所は(特に悲劇的な出来事があった場所は)、そこまで行ってみてその場所に立ってみないとわからないことが沢山あるような気がしました。

2011/1/30(日) 午後 6:33 macha 返信する

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Machaさん
台湾は九州ほどの小さな国ですけれども歴史に翻弄された後が今なお多く残っています。
霧社を訪ねてその史実の現場に立つと感慨深いものがありました。
そしてその史実がその場でどのような形で残っているのかで、その地の人たちの歴史の捉えかたも見えてくるような気がします。

2011/1/30(日) 午後 11:47 cg3338 返信する

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台湾の新幹線は、日本の新幹線とそっくりですね? 日本が技術供与したのでしたっけ?
こうして観ていると、高い技術に裏付けられて発展した面と、中華系独特の混沌とした面と両方併せ持ったダイナミックな国なんですね。

2011/1/31(月) 午前 10:17 [ FE3 ] 返信する

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jakartafe3さん
車両は外も中も日本の新幹線の700系そっくりです。
当初は欧州勢が優勢でしたが途中から日本のシステムを採用して、日欧混在システムとなっています。車両は日本製ですが、分岐器はドイツ製、列車無線はフランス製のようです。
パソコン、半導体、自転車など世界ナンバーワンの産業もありホントダイナミックですよね。
それから国のシステムも民主主義が定着していて台湾は素晴しい国家だと思います。

2011/2/2(水) 午前 0:20 cg3338 返信する

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親日のイメージの強い台湾ですが、そういう過去があったんですね。
そういう事をちゃんと知っていないとダメですね・・。ふ〜む。

漢字ばかりの看板が建つ街のなかに、ケンタッキーのお店は目立ちますね〜(^^)

2011/2/3(木) 午後 6:46 Michiru 返信する

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michiruさん
台湾旅行では毎回台湾の人から親切にしてもらうことがあります。
道を訊いたら一緒に目的地まで案内してもらったり、駅で切符を買うのを手伝ってもらったり。
私の体験からもとっても親日の人が多いと思います。
また電車やバスに乗っているとお年寄りにすく席を譲っている光景を必ず見かけます。
この辺は日本人より優しくって人間的に親しみをとても感じます。^^

2011/2/4(金) 午前 0:15 cg3338 返信する

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