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井伊谷(いいのや)に生まれた柴原力太郎。
15歳の時から、家事を手伝い、
人力車を引く仕事をしていました。
車を引くたびに、でこぼこ道に悩まされ、
困るのは 「私一人ではない」 みんなのために
「道なおしをしょう」 と、決心したのです。 おおおっ、
敬礼をしています(#⌒∇⌒#)ゞカッチョいい。 ある日、
山の上にある
ため池に出かけました。 もう少しで着くゎ。
池は、今でも健在です。 下り坂はスピードが・・・
しゅっぽっぽ〜。
笑顔咲く
ステキナ汽車ぽっぽ〜。 ぼろりきさんは、
キセルで、タバコを吸うんですよん。 美味しそうに・・・
65年間ものあいだ、
もくもくと道なおしをつづけていました。 そまつな家に住み。
ぼろを着ていたので「ぼろりきさん」の愛称で 呼ばれるようになりました。 観て頂き 感謝です。 |
ぼろりきさん
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あの日、あの時
この海で・・・
こんな風に
いっしょに海をみつめたんだ。
ぼろりきさーん。
自らの生活を省みず、
一生を社会公共につくしたのでした。 頑固すぎぃ...
近隣周囲の人々の認識も、 変人あつかいのときさえ、あったと聞きます。
人力車夫として身を立て
大八車により当時の運搬業を営んでいました。 道路がデコボコで、往来が大変なのを感じ
道路補修に 一心を捧げようと 決心したのです。 寝食を忘れ、妻もめとらず、
衣服もかえりみないで・・・ 本 名 柴原 力太郎
生年月日 明治17年12月18日生れ 本 籍 地 浜松市北区引佐町井伊谷 デコボコ道が、子供であり
大八車が、妻だったのでしょうか。
鍬と大八車の人生をつらぬいた
ぼろりきさん。
「わしは体があればいい、
金はいらん。世の中のためになればいい」 そんな、人生を送ったのでした。
観て頂き 感謝です。
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