ちゃこの部屋

温い稽古はいけません!!表千家は量より質

茶くんありがとう

5月27日土曜日午前6時過ぎに茶太郎は旅立ってしまいました。
6月1日がお誕生日だったので
誕生日が目標でしたが
亡くなった後に私の我が儘だったのではと思いましたけれど
亡くなるまでの10時間は一緒に居れた事は良かったと思いました。
週末で疲れて居て茶くんの方に顔を向けて寝てしまい
朝6時過ぎに目覚めた時に茶くんを見て
よく死んだように寝る仔では有りましたが
少し違い息はしていないと思いながらも
胸の辺りに手を当てましたら
少し血液が流れる感覚を感じ
もしかすると助かるかも❗
「茶太郎!茶くん!」と呼び掛け
朝早く病院に連れて行くこともと思っていたら
もう何の反応も無くなりました。
後から思うと待って居てくれたのかも

飼主である姉が実家に泊まって居たので
茶太郎を車に乗せて連れて行くことにしまいました。

その後、27日は父の立ち日でも有るので
実家の花を切り菩提寺に茶太郎と一緒に行きました。

当日27日はお茶友さんに茶花を用意すると約束していたので
実家の裏の川原で釣鐘草を切り親しくしている山野草を扱っている花屋に行き
少しドライブをして茶くんをお気に入りで寝ていたボックスへ寝かせた。
冷たくしたくはなかったけれど
この時季はそう言うわけにはいかないので
氷を買い抱かせて布団などを掛けて出掛けました。

イメージ 1

亡くなる二日前の一枚

イメージ 2

四月の元気な茶くん

イメージ 3

2011年青森

イメージ 4

パピーの頃から死んでる?と思うように寝る仔でした。

亡くなる三日前早朝のお散歩もゆっくりだけど二時間近く歩き
公園でワンちゃんたちと交流し落ちていたチキンのジャーキーを食べようとし

チキンのジャーキーを分けて頂いて完食
夕方、帰宅し茶くんを見に行くと
最近はどこかで寝ている事が多かったのに
その日は玄関に出てきて尻尾をふりふりしてくれた🎵
ワンちゃんたちと交流して食欲が出て
皮膚点滴で数ヶ月元気にいてくれるのかも❗と期待しましたが
カーペットに吐瀉物が有りました。
翌日は雨だったのでカーポートに連れ出したら
私の車の助手席ドア横に歩いて行き
私の方を見たのでドライブにしましたが
一、二度数秒間立上がり外を眺めました。

本当にあっという間に逝ってしまったとも思いますが
3週間の間は週に3回病院に通いました。
ちょうど仕事が落ち着いた時だったので定時で帰って来れたけれど
体調によっては会社を休む事も覚悟し
定時の中でいつ休んでも良いように仕事をこなしました。

毎日、帰宅後、茶太郎がどうなって居るのか気が気ではなかった。

最後に苦しむのではないか?
そのような状態になったら決断できるのか?とも

多分、全く声も出さずに居たと思うので
眠るように旅立ったと思って居ます。

いろいろ思うことも多々有りますが
沢山の楽しい思い出と茶くんみかんのお陰でいろいろな方ともお会いすることが出来ました。

ありがとうございました。

仕事を退職などしたら又わんこと暮らせたらと思って居ますが
暫くは茶くんみかんの思い出と共に暮らして行くことになると思います。

この記事に

開く コメント(0)

ドライブ

イメージ 1

もうすぐ13才となる茶太郎
ゴーデンウィークにオシッコが出ていない事が発覚して病院へ
そのまま二日入院しました。
尿道に石が有るようで排尿出来なかったら直ぐに連れて来るように❗と言われたけど
沢山してくれた🎵
でも、血液検査の数値が深刻な数値らしく
先生が「毒素に強い犬?」とびっくりされて居たけれど
だんだん食べてくれなくなって
今は注射器?スポイトで無理矢理口に入れている。

みかんの時は父の介護が食事や投薬をしてあげれなかったので
今は沢山の時間を茶太郎の為に使う事ができる。

これから暑い日がつづき体力的に辛いと思うけど頑張って欲しいなぁ😭

父の介護から早起きになり毎朝沢山のお散歩ができる。
ちょっと体力的に大変だと思い朝のドライブに行くとドアに足を掛けて風を感じるのが好きな茶太郎くん🚗

後姿だけ見ていると今まで通りだけど
足下がふらつきちょっと危険なので
急ブレーキは絶対ダメ

明日も早起きして茶太郎の可愛い顔を見るのが楽しみにです。

この記事に

開く コメント(2)

葬儀告別式

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

最近は家族葬も多く母の希望で家族葬にすると兄も承諾してくれて居ましたが
自宅に搬送する時に普通の葬儀をすると兄が言い出し
私はそれは約束が違うと異議申し立てをしましたが
母は兄に従うように私に強い口調で言いました。

家族葬にしない理由として
後から知った方が自宅に押し寄せて
高齢の母ひとりでは対応できないと言うことでした。

葬儀などの打ち合わせは長男の兄と私の双子の姉が殆ど取り決めてくれて
私は雑務をしたりやり残した仕事をお願いと葬儀の日程などの書類の提出で会社に一時間程出社したりしまいました。

棺のお花や祓いの席の料理メニューは私と姉で決めましたけれど

通夜式後の料理は割愛
今時車で来るし食べてく人は居ないので
祓いの席の料理も提案して頂いたコースではなく一番手頃なコースにしまいました。
葬儀後で食べれ無いし高齢者も多いので
やはり値段が高く味も濃く美味しくないので
四十九日は近所の気軽なお店となりました。

葬儀後に自宅に花篭もご提案頂きましたけど
兄の付き合いで沢山頂くので省略し

棺のお花も蘭やガーベラなどで
「菊はないの?」と言うと担当者は
「菊が良いとおっしゃっる方もいらっしゃっ居ますが」と
足下見ているのは判って居たけれど
さんざん省略したのと
空気を読めないお金も出さない姉が
「お父さん蘭が好きだったから」と余分な発言も有り
お花はご提案通りの棺いっぱいのお花畑となった父

蘭だけで四万円でした😱

棺の釘は打つことは省略したので
火葬場に行き御経も終わり最後の最後
お酒は入れたけれど煙草を持って行って貰うのを和尚さんから言われ気付き
兄がポケットから出して
棺の蓋を空け投げ入れました😓

良かったのかどうか😱

通夜式、葬儀と思わぬ古い人が訪ねて来てくれたり

父の友人知人がご病気だったり寝たきりになって居ることも知ることになったりと驚く事も多かったですが
200人を越える方に足を運んで頂いて
申し訳ない気持ちにもなりましたけれど

人寄せが好きだった父の葬儀としては良かったと思っています。

花も沢山頂きました。
兄のJC関係や同業社さんからが多かったので父方からは出さないで良いと兄が言い
渋々叔父叔母は引きましたが
母方の実家からは出されてしまい
母が叔父叔母に申し訳ないと言って居ました。

私も子供として出すと思い姉と連名で出しましたけれど
叔父叔母に出して貰った方が良かったと思っています。

花を見て父方の親族が出して無いと思われるのが嫌だったようです。

花は40程頂いたので葬儀終了後
花をどうするか悩み事でしたので
葬儀終了後に帰ると遠方親族も居たので
少し葬儀後に花を包んで貰いたいとお願いしました。
本当に良いのか?と言う担当者に兄にも確認してお願いしました。
丁度会場が区切られていたため
うしろ側から包んで下さり
兄の親しい友人知人の花を包んで有りました。
私の勤め先は手は付けれなかったようです。
県でも代表する企業ですので
関係者が見たらと思っての事でしょう。

お花の並びも入り口で一番目立つところに有りましたし

いろいろ有るんだなぁ〜と関心しました。
祓いの席後も山のように有る花束達に
一束づつ渡す係りの人に
跳んでいき
「ひとつと言わずふたつ三つ渡して」と叔父叔母に持って行って貰い
最後の方のひとつだけとなり
祓いの席にお花は終わったと思いましたが
喪主用の大きな花束ふたつとお花も頼みもしないのに二段されていて
下のアレンジメントが10個程有りました。
皆さん帰られた後に持ち帰る物も多く
母が着なれい喪服でトイレに行けず
次男の兄に母を家に連れて行って貰い
長男の兄と姉とで二台の車に積み込み帰って来ました。

祓いの席もお酒は好きなので飲みたいのをぐっと堪えて
なんとか乗りきりましたけれど
この10ヶのアレンジメントを4個貰い会社に持って行き
残業中の課長と職場の通路と会社の労働組合にひとつ置いて貰いました。

丁度、入社日となり今年の新入社員は
毎年、綺麗な花を用意してくれる会社と勘違いしたと思いましたが
残念ながら、そういう会社じゃございません❗

今年は寒くお花が長く持ち最近まで楽しむ事が出来ました。

この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1

昨年、有る方から譲り受けた反物を
ひとつ仕立て頂きました🎵
加賀友禅染小紋となっていました。
もう一反は袷で仕立て頂く予定ですので
今年秋になります。

これから着させて頂きました😄
ありがとうございました。

この記事に

開く コメント(2)

イメージ 1

先日、兄弟子さんがお席を持たれたので
今回初めてお手伝いをさせて頂きました。

一昨年も支部の慈善茶会も持たれるたのですが
私は夜ひとりでお稽古なのでお声も掛からないし
地域の防災訓練に町内会の婦人部で出なくては成らなかったので
午後からお客としては行きました。

先生がお年のせいで物忘れが多く
何度もこの茶会でお席を持たなくてはならないと言っても
「初めて聞いた❗私に何にも言ってくれない❗はぶにされている❗」と

今回、先生をお迎えに行ったそうですが
体調不良と言うことでいらっしゃっいませんでした。
物忘れは有っても裏でみんなを指導してくださって居た先生がいらっしゃっら無いので
いろいろ問題が有りました。
お茶は点前の右左だけでは無く沢山の事を経験して教えて頂いて行くものだと思います。

兄弟子さんのお弟子さんは年配の方も多く
何回も経験有るとおもうのですが
兄弟子さんの痒いところに手が届く人がひとり居ない❗
気の毒な感じでした。
ぜ〜んぶ先生がしてくださったのだと思います。

この記事に

開く コメント(0)

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事