旅と酒日記

ほそぼそと続けています〜

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中之条トリエンナーレ

こんにちは。

ようやくギリシアの記事が終わり、最近の記事を書きます。


もう2週間前になりますが、9月28日、29日と群馬県の中之条町で行われているトリエンナーレに行ってきました。

ここのスタッフさんたちに妻がお世話になったということで、その挨拶ついでです。

名古屋から中之条までは、高速と下道で約4時間半ほど。
我が家は28日の午前5時半頃家を出発し、ゆっくり休憩しながら向かいました。

結局到着したのは午前11時頃でした。
スタッフの方に挨拶を済ませ、早速芸術作品群を見て回りました。

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アート作品は、街の廃屋や営業中の店舗など、至る所に展示されています。

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素晴らしい作品ばかりで、見応え十分です。

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ちょっと非日常空間を体験できるのが楽しい。

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これ、モザイクをかけているのではなく、机や壁、床に色を塗っているだけでモザイクに見えてしまうんです。すごい。

こういうアートイベントで楽しいのは、普通の観光旅行では味わえない、現地の何気ない美しい風景と出会えること。
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ここは昔、関東大震災により大量の木材が必要となった時に財を成した立派な家。
屋根裏は蚕の部屋だったようです。
ここもアート会場となっています。
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この日は四万(しま)温泉の柏屋旅館に宿泊しました。
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こんな旅館に宿泊するなんて、何年ぶりだろう。

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窓の外はこんな景色
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浴衣は自分の好きな物を選ぶことができました。
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温泉♪
露天風呂が3種類ありました。

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お楽しみの夕食。

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追加で上州牛をいただいちゃいました!

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地ビールと地酒も♪

そんな感じで、1日目の旅が終わりました。

続く

紅葉ドライブ軽井沢

またまたご無沙汰でした。
竹富島の記事からもう2ケ月が経過してしまいました(^^)
 
キャンプにもドライブにも行く暇が無く、ネタ切れ状態でした…。
 
そんな中、ようやく取れた休暇と土曜日を合わせて、久々に11月9日(金)、10(日)と2日連続休暇がもらえたので、早速紅葉ドライブに出かけました。
 
と言っても、行き先は例によって行く寸前に決めました(^^)
 
とりあえず、軽井沢を目指そうということで、木曜日の夜10時頃出発し、中央高速道路の木曽駒SAで車中泊し、金曜日の朝軽井沢に到着しました。
 
軽井沢では特に目的はありませんでしたが、竹富島でお世話になった星のやの本拠地をめぐることにしました。
 
まずは、ハルニレテラスに立ち寄りました。
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う〜ん、朝早すぎてお店が開いていません・・・
でも、丸山珈琲だけは開いていたので、紅葉を見ながら珈琲をいただきました。
 
その後、軽井沢教会方面へ行ってみることに。
 
石の教会なんてのがあるんですね。
外観はこんな感じ
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とても個性的ですね〜
 
中に入ると、さらに不思議
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素晴らしい建築でした。
 
外へ出ると、美しいオスの雉がお出迎え
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iPhoneではこれが限界
 
そして、こちらが軽井沢高原教会
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近寄りすぎてよく分かりませんね(^^)
丁度挙式をあげているところでした。
人気だから1年前から予約しているんでしょうね〜
 
林がとても綺麗。
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そうこうしているうちに、お昼になったので、村民食堂で昼食にしました。
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蕎麦とマスの2種盛丼。
美味しかったです〜
 
その後は旧軽井沢を散歩し、憧れの万平ホテルまで歩いてみました。
 
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建物の前の木が素晴らしく紅葉していました。
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万平ホテルへ入ってみたかったのですが、残念ながら愛犬かれんも一緒だったので、諦めました。
 
適当に軽井沢へ行くことに決めましたが、結果的に紅葉が一番綺麗な時に行けたようで、大満足でした。
 
その後はアウトレットやハルニレテラスなどでお買い物などをして、星名温泉で温まり、この日の寝床を探すことに。
色々と思案した結果、群馬県側へ下りて、道の駅妙義に泊まることにしました。
 
つづく〜

とっくりとっくん

おはようございます。
 
今日は梅雨の中休みで、天気が良くなりそうです。
 
 
さて、土岐市駄知町の不動窯を出て、多治見方面へ向かうこと約5キロほどで、同じ土岐市内の下石(おろし)地区という所に出ます。
 
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この下石地区は、徳利の産地です。
 
徳利会館へ行くと、さっそくありました。
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これがとっくりとっくん。いわゆる、ゆるキャラですね。
以前、テレビで鶴瓶さんの旅番組で紹介されていたので、気になっていたんです。
会館で地図を入手すると、この徳利会館付近から西側に点在しているようでした。
 
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ここはすごい!
 
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一体ずつ表情が違うのが良いんです。
 
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細い路地を行くと、様々な場所にとっくりとっくんが潜んでいます。
 
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こんな川の上や
 
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川の堤防の壁や
 
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歩かないと、どこにいるのか分らないほど、たくさん点在しています。
 
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何があるのかな?
 
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釣りをしています
 
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わかるかな?
宝探しをしているようで、見つけると嬉しくなります。
 
 
歩いていると、一光園(※光は本当はさんずいに光)のご主人、加藤芳弘さんに声を掛けられたので、入っていくと、いましまいました!こんなにたくさん!
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この加藤さんが考案されたようです。
テレビで紹介されて以来、北海道から沖縄までお客さんが来られるようになったそうです。
 
この街のお宅のポストは、とてもおしゃれ
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焼き物の産地ですから、いたるところで陶器を干していました。
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なかなか近場だと来る機会も無いのですが、たまには近くの町を散策するのもいいもんですね。
 
とっくりとっくんのオフィシャルHPはこちら
 

焼き物の産地へ

復活したかと思いきや、1ヶ月ぶりの更新となってしまいました(^^)
 
仕事で疲れて、ブログと向き合う余裕がなかなかありません。
 
 
さて、牛のレバ刺し最後の日となった昨日は、2人とも休みでしたが、特に出かける予定もありませんでした。
 
しかし、せっかくの休みだから、家でぼ〜っとしているのも勿体ないということで、とりあえず、近所で鳴戸部屋の宿舎があるということで、朝稽古の様子を見に行くことにしました。
 
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稀勢の里、高安、若の里ののぼりがありました。
 
おおっ、やってるやってる!
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もっと近くで
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おおっ、稀勢の里だ!
 
しかし、この後、スタッフの方から撮影はご遠慮下さいと注意されました(-_-;)
力士の皆さん、朝稽古見学初心者で、マナーを知らず、申し訳ありませんでした。
 
それにしても、幕内力士が4人いますが、稀勢の里のパワーは圧倒的でした。
頑張って、優勝して欲しいと思います。
 
 
 
さて、その後、朝兼昼ごはんを近くのドッグカフェで済ませ、コロプラのお店に行くことにしました。
 
目的地は、岐阜県土岐市の駄知にある、不動窯。
駄知は、どんぶり生産で有名な町。
近くの道の駅の名は、どんぶり会館。
 
我が町の隣は瀬戸市、その隣は織部や志野焼きで有名な土岐や多治見があり、窯元巡りはいつでも出来てしまうので、良い所です。
 
 
めちゃくちゃ狭い道でしたが、何とかたどり着きました。
スマートで行って正解でした(^^)
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お茶碗や、刺身を載せるのに良さそうな器を買い、コロプラカードget!
 
こんなコラボ作品もありました。
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この窯元にはフィギュアスケートの浅田真央ちゃんや、小塚崇彦君も来て、作陶に取り組んだそうです。
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窯元の奥様は、お二人はさすがフィギュアで鍛えているだけあって、集中力があり、2時間近くも作陶に没頭していたそうで、なかなかできることではないと感心していました。
 
この後は、不動窯を出て、以前テレビの鶴瓶の旅番組で、この駄知の近くでとっくりとっくんを取り上げていたのを思い出し、立ち寄ってみることに。
 
つづく〜

会津若松

こんばんは。
 
今回の土日は両方とも休みが取れたので、どこかへ出掛けようと、準備万端で出発しようと車へ乗ろうとしたところ、バッテリーが完全に上がってしまっており、セルスターターすら回らない状況・・・
 
バッテリーは交換してからまだ1年も経っていないはず。
 
仕方なく、今夜は大人しく出発を断念しました(涙)
 
 
そんなわけで、ブログ更新に専念します(笑)
 
GWの東北旅行も最後の日となりました。
5月6日です。
 
福島県内のP泊地から、まず向かったのは、猪苗代湖。
大学時代に名古屋から自転車でこの湖を目指して走行した時のことを思い出します(^^)
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猪苗代湖からは、美しい磐梯山を眺めることができました。
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この山にも、大学時代に登りました。
あの頃は元気だったなぁ(笑)
 
会津若松に入る手前には、白虎隊の奮戦地がありました。
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この地から鶴ヶ城を目指したんですね。
 
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白虎隊とは
戊辰(ぼしん)戦争期における会津藩の少年正規軍。1868年(慶応4)正月の鳥羽(とば)・伏見(ふしみ)の戦いに敗れた旧京都守護職の会津藩主松平容保(かたもり)は、維新政府への抗戦を主張、徳川慶喜(よしのぶ)が恭順の態度を示すや、帰藩して軍事力の強化を図った。同年3月には軍制を洋式に改め、部隊を年齢別に編成して、18〜35歳を朱雀(すざく)隊、36〜49歳を青龍(せいりゅう)隊、50歳以上を玄武(げんぶ)隊、そして16、7歳の少年で結成されたのが白虎隊であった。兵員数は300余名であった。主力は朱雀、青龍で、玄武、白虎はいわば予備軍であったが、新政府軍の攻撃にあい、白虎隊も従軍。8月23日、命を受けて出撃した白虎隊士20名が若松城北東の飯盛山(いいもりやま)で自刃(じじん)して果てたのは、会津戦争の有名な哀話である。
 
会津若松に入り、飯盛山へ。
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この階段を頑張って登ります。
 
登った先からは、会津若松市街が一望です。
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白虎隊が鶴ヶ城を見ながら無念の自刃をした場所です。
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白虎隊十九士の墓。
 
ここを下りていくと、新緑が綺麗でした。
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この旅で初めて新緑が綺麗と感じた瞬間でした。
 
この先にあったのは、摩訶不思議な建物。
栄螺堂(さざえどう)
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栄螺堂(さざえどう)は、江戸時代後期の特異な建築様式の仏堂である。堂内は回廊となっており、順路に沿って三十三観音や百観音などが配置され堂内を進むだけで巡礼が叶うような構造となっている。仏教の礼法である右繞三匝(うにょうさんぞう)に基づいて、右回りに三回匝る(めぐる)ことで参拝できるようになっていることから、本来は三匝堂(さんそうどう)というが、螺旋構造や外観がサザエに似ていることから通称で「栄螺堂」、「サザエ堂」などと呼ばれる。
 
 
そんな感じで会津若松を楽しみました。
本当なら鶴ヶ城にも立ち寄ってみたかったのですが、天気が怪しくなってきたし、名古屋までの道のりも遠かったので、次回の楽しみにとっておくことにしました。
 
飯森山を出た頃から、天気が急変し、猛烈な風雨になりました。
あの、茨城県で竜巻の被害をもたらした雷雲でした。
 
新潟経由で帰ったので助かりました。
 
 
このGWの東北旅行で走行した距離は、約2,700kmでした。
ガソリン代の請求が怖い(-_-;)
 
これでおしまいです。
 

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