|
総選挙で大敗し、党再生の第一歩として注目を集めている自民党総裁選だが、有力候補の一人として名前が取り沙汰されていた舛添厚労相が、8月2日、「安倍、福田、麻生3内閣で大臣を務めた責任を痛感しているので出馬しない」(asahi.com)とし、不出馬を表明した。 出馬見送りに先立って舛添氏は、7月31には青木幹雄前参院議員会長、8月1日には森元首相と会談していた。8月1日の時点では「(総裁選出馬)については全くの白紙」としていたことを考えると、青木氏、森氏とも、舛添氏の出馬には否定的だったのではないかと推測できる。 総裁選出馬に際して、舛添氏が誰に相談しようと構わない。どの政治家でも自分ひとりの決断だけでは何もできないのだから。しかし、相手が青木氏、森氏である。総選挙で結党以来の大敗を喫し、政権党の座を民主党に奪われ、解党的出直しを迫られている状況の中での総裁選において、最有力候補と言われている人が、自民党をここまでボロボロにしたツートップと言っても過言ではない、森氏、青木氏に相談して身の振り方を決めるとは。 この一事を見ても、結局自民党は、「自民党的政治スタイル」からの脱却はできない、というか、党改革などできないのではないかと思える。 YOMIURI ONLINEは、「新総裁の行く手には、10月25日の参院神奈川、静岡の両補欠選挙、来年夏の参院選が待ち受ける。敗北すれば責任を取らされる可能性が大きく、『だれも貧乏くじを引きたくない』(党幹部)との指摘は多い」としている。舛添氏もその辺りを計算し、森・青木氏のアドバイスも同様だったのではないかとも考えられる。 今回の総裁選では、今までのように勝利すれば即総理というわけではないので、これまでとは大きく意味合いが違うのは分かる。また、新総裁には自民党立て直しという困難な仕事が待っており、その仕事ぶり如何では自民党が消滅の危機を迎える可能性すらある。ただ、本当に自民党を再生させる気概があるのであれば、損得抜きにチャレンジしてみるのが真の保守政党の政治家たるものの矜持ではないか。 著者は特に舛添氏が自民党新総裁に相応しいと思っているわけではないし、出馬したくないのであれば止めておけばいいと思う。しかし、彼以外の新総裁適任者と思われる人たちも、目先の損得勘定で出馬・不出馬を決めてしまうのではないか、ということを危惧している。そうなれば本当に自民党は終わってしまう。 著者は今回の総選挙では政権交代を支持したが、民主党支持者ではないし、むしろ自民党の政策を支持している分野も多い。だから自民党にはこのまま沈んでもらいたくない。前出の青木氏、森氏など、きつい言葉を使えば、「老醜政治家」から心ある中堅・若手が党内の主導権を奪い、民主党と覇を競える政党へと変革を進めてほしい。その意味で、比例で復活当選した自民党の派閥領袖・ベテラン議員などは復活せず、おとなしく政界から退場してほしかった。有権者からレッドカードを突きつけられたのだから。 現在の予定では、自民党総裁選は9月28日に予定されているので、じっくり今回の惨敗を総括し、地方の意見もよく聞き、本当に今の、この状況の自民党を託せる総裁を選んでほしい。今までのように、森氏や派閥の領袖クラスがイニシアチブを握るようでは、国民の心がさらに自民党から離れていくことは間違いない。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
308議席という圧倒的多数を得て、民主党政権はスタートする。今回の選挙で、民主党が一番に訴えていた「政権交代」は成し遂げられるが、現実の政治における道のりは、そうそう楽なものではない。そこで、当面、民主党がクリアすべき課題を考えてみた。 |
|
8月30日投開票の総選挙で民主党が300議席を超える圧倒的議席を獲得し、ついに政権交代が実現しました。この議席数は、必ずしも国民の民主党への期待感を反映しているものではないでしょう。「自民が駄目だから、とりあえず民主党」という思いで投票された方も多いと思います。であるからこそ、民主党は着実に実績をあげていかなければならないと思います。 私は選挙権のない頃から自民党支持でした。それは、地元新潟では田中角栄が、それまで全く日の当らなかった日本海側に繁栄をもたらした「ヒーロー」であり、立志伝中の人物であったことと無縁ではなかったと思います。 東大卒でエリート街道を歩んできた官僚政治家と堂々と対峙し、総理にまで登りつめた学歴のない貧しい家庭出身の政治家。その事実は、若き日の僕には輝かしく映りました。同じような経歴を辿った父が田中元首相を尊敬していたことも、僕の思いを強くさせていたと思います。 しかし政治史を学び、田中元首相がやってきたことを知ると、彼が新潟に利益をもたらしたことは事実ですが、同時に日本の政治を大きく歪めた張本人であることが分かってきました。金権政治、特別会計、必要以上の力を官僚に与えたこと。今日に至るまで大きな問題として残っているこれらのことは、全て彼が悪いのではないにしろ、彼に大きな責任があることは事実だと思います。 1990年代半ばになる頃には、特殊法人を中心とした存在意義のない団体を多数設立し、それらへ天下り、渡りを繰り返し、税金の無駄遣いを繰り返す官僚主導の政治を変えないと、日本は大変なことになるという思いが強くなりました。 その後、アメリカ、イギリスへの留学を経験し、日本人の政治への無関心、あるいは政治的行動力の欠如に危機感を抱くに至りました。海外では、政府が自分の思想とは違った政策を行った場合には、どんなに少数でもデモなどの抗議活動をするし、そこを通りかかった人たちも、車からクラクションを鳴らして激励するなど、非常に政治的行動力があります。翻って日本は、「どうせ何も変わらない」と感じている人が多いように感じられ、政治と正面から向き合おうという意識が低いように思えました。 それ以来、日本を変えるため、自民党政治との決別を目指して、自身でウェブサイトを開設したり、いくつかブログでの執筆も行いましたが、それらに割く時間があまりとれなかったため、結局中途半端に終わりました。 ところがここ数年、年金問題に代表される政治システムの制度疲労が露呈され、立て続けに総理が1年で政権を投げ出すなど異常事態が発生し、いよいよ社会的に自民党の政権担当能力に疑問が投げかけられ始めました。そして麻生政権が誕生し、自民党のドタバタぶりはいよいよ政権政党としての末期的症状を呈し始めました。 それを受け、政権交代を成し遂げ、日本を変えるために少しでも何かしたいと、ブログでの活動を再開することとし、2ヶ月半ほど前から様々な意見を述べさせていただきました。自営業に転身したことにより、比較的執筆時間が取れるようになりましたので、何とかここまで続けてくることができ、無事、政権交代を見届けることができました。 私のブログなど、ネットの世界では蟻ほどの大きさもなく、ほとんど影響力などないことは自覚していますが、ブログでの活動を行う中で、tadさん、さんりゅうさん、Yadaさんなど、知識が豊富で、しっかりとした意見を持ち、様々な視点から物事を見ることができる先輩ブロガーと出会えたことにより、自身が持たない視点からの見方を勉強させていただけたことは望外の経験となりました。 当初期待していた政権交代は成し遂げられました。しかしこれは、あくまでようやくスタートラインに立ったに過ぎず、本当により良い日本に変えていけるかどうかに関しては、ひとり民主党の政策にかかっているわけではなく、われわれ国民がどれだけ積極的に政治に関与してけるかということもまた重要な要素であると思います。 今後は、ブログ上で民主党への激励と同時に批判をしていくことも多くなると思います。ただ、批判のための批判ではなく、より建設的な議論を提示していきたいと思っていますので、積極的に異論・反論、ご批判をいただければ幸いです。 引き続き宜しくお願いします。
|
|
いよいよ総選挙の開票時間が迫っている。そこで、週刊文春8月27日号で政治広報センター社長の宮川隆義氏が予測した小選挙区の情勢から、注目選挙区を以下にピックアップしてみたい。 |
|
今日(21日)の夏の甲子園ベスト8で、新潟代表の日本文理が島根代表の立正大淞南を11−3で破り、新潟県勢としては、春夏通じて初のベスト4進出を果たした。インフルエンザのためベンチ入りできないメンバーが何人もおり、敗戦を喫した立正大淞南には申し訳ないが、新潟出身で自身も野球をやっていた著者は、このうえなくハッピーな気持ちになった。 長らく、北海道、東北地方などの雪国は「野球不毛の地」と呼ばれていた。中でも新潟は、その最後尾に位置していた。甲子園での勝率は全国で最低。夏は1984年に新潟南がベスト8入りしたのが最高。選抜に至っては、2006年に日本文理が2勝するまでは、全国で唯一1勝もしていない県だった。その故郷代表がベスト4を決めたのだから、著者の喜びもひとしおだ。 甲子園の勢力図は、10年ほど前から少し変化してきている。強豪県、強豪校は相変わらず強いままではあるが、北海道・東北勢の活躍が目立つようになってきた。この10年間の成績を見てみると、夏は駒大苫小牧(北海道)が優勝2回、準優勝1回。東北(宮城)が準優勝1回。光星学院(青森)がベスト4進出1回。今大会でも、日本文理と花巻東(岩手)がベスト4に進出。選抜でも、仙台育英(宮城)と花巻東が準優勝、羽黒(山形)がベスト4進出。 こうした変化が起きているのは何故か?単純に考えれば、雪国でも冬場も練習できるような室内練習場が整備され、雪によるハンディがなくなってきたため、と考えられる。しかし設備については、特に私立校においては、10年以上も前から十分に整備されている。どうやらこれが理由ではないようだ。 中村計によると、上述のような変化が起こる前、光星学院の監督は、「東北勢が勝てない理由はひとつですよ。本気で全国制覇できると思っている監督がいないからです」と語っていたという。ところが、東北を飛び越え、北海道の駒大苫小牧が優勝を果たしたことで、「雪国は勝てない」という心の壁が一気に取り払われた(NumberWeb)。 中村は続ける。「できると信じてやるのと、難しいかなと疑ってやるのでは、同じ努力をしたとしても獲得できる距離に雲泥の差が生まれる。土壇場での粘りも違ってくるだろう」。「…チーム間に多少の力量差はあるだろうが、精神の境がなくなった今、どのチームが頂点に立ったとしても驚くことではない」(同)。つまり技術云々よりも、「俺たちでもできる」という精神力が、今まで「野球不毛の地」だった地域の球児たちに力を与えているということだ。 野球に限らず高校スポーツでは、強豪校の監督が別の高校の監督となり、それまでは大したことのなかったチームを一気に強豪へと育てる例がたくさん存在する。おそらくそうした監督たちが、勝てるという意識を選手に植え付けるということが大きいのだろうと想像できる。それを考えれば、やはり甲子園においても、上述の心の壁が取り払われたことが、近年の変化の大きな理由なのかもしれない。 正確なところは分からない。分析は専門家にまかせよう。著者が唯一望んでいることは、生きている間に見られるとは思っていなかった、新潟県勢による甲子園制覇だ。そうそう上手くいくとは思っていない。それでも日本文理の選手の皆さんにはベストを尽くし、深紅の優勝旗を新潟へ持ち帰るという夢を実現してくれることを願っている。
|







