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人間には、どうあがいても取り戻せないものがあるって分かっていたはずなのに。
大好きな彼女と別れなければならなかったとき、お気に入りのガラス細工を壊してしまったとき、
大切な人からのメールを削除してしまったとき…。
僕には分かっていた。妻が同居している父母を嫌っていることを。そして、時々意地悪していることを。
妻は都会生まれで、何不自由なく育った。父母は戦中派で、東北の山村生まれの農家だったから、僕が小さい頃も、随分貧乏で苦労した。
妻は年老いた父母に、十分に食事を与えなかった。僕の稼ぎは、平均的なサラリーマンよりははるかに多かったんだけど。
妻は子供を使って父母に嫌がらせをした。父母が唯一楽しみにしていた朝のテレビドラマを見ているとき、子供に命じてテレビのスイッチを切らせた。そうする理由はまったくなかったんだけど。
父はあっけなく逝った。急な心臓発作で、そう苦しむこともなかったようだ。母は残った。
父がいなくなり、母の毎日はさらに辛いものになった。
故郷を思わせるような大雪が降り、都会ではお決まりの電車ダイヤが大幅に乱れた日、母は家の倉庫で首を吊って自殺した。凍えるあがる中で、そんな暗い場所で、母は父の元へと旅立った。
僕にはきっと分かっていたんだ。いつかこんな日が来ることを。そして何もしなかったんだ。
母の部屋のタンスの中から、僕宛の簡単な遺書が見つかった。
耕介、迷惑かけて勘弁な。みんなに良くしてもらったのに。ただおら、頭がおかしくなったみたいだ。なーんかいつも気が重くてな。耕介は自慢の息子だった。優しいし、頭もいいし、会社でも偉くなってな。おらは馬鹿だからなんもしてやれなかったけど、耕介は自分で頑張ったもんな。いつも遅くまで頑張ってるけど、あんまり無理しないで体には気をつけろや。最後まで迷惑かけて勘弁な。
母の遺書には一片の真実も含まれてはいない気がした。母を苛め抜いた妻、何もしてやれなかった情けない僕、誰をも責めてはいなかった。ただひとつ感じたのは、全てのことへの「赦し」だった。
僕は今、ひとりで泣いている。貧乏だったけど、優しくて実直だけが取り柄の父母に包まれた子供の頃。別に裕福になんてなりたかったわけじゃないのに。父母を幸せにしてあげたいと思って生きてきただけなのに。
僕は泣いている。ままにならない人生に、そして、取り戻すことのできない心温かき人たちを忘れられずに。
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