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今日(21日)の夏の甲子園ベスト8で、新潟代表の日本文理が島根代表の立正大淞南を11−3で破り、新潟県勢としては、春夏通じて初のベスト4進出を果たした。インフルエンザのためベンチ入りできないメンバーが何人もおり、敗戦を喫した立正大淞南には申し訳ないが、新潟出身で自身も野球をやっていた著者は、このうえなくハッピーな気持ちになった。 長らく、北海道、東北地方などの雪国は「野球不毛の地」と呼ばれていた。中でも新潟は、その最後尾に位置していた。甲子園での勝率は全国で最低。夏は1984年に新潟南がベスト8入りしたのが最高。選抜に至っては、2006年に日本文理が2勝するまでは、全国で唯一1勝もしていない県だった。その故郷代表がベスト4を決めたのだから、著者の喜びもひとしおだ。 甲子園の勢力図は、10年ほど前から少し変化してきている。強豪県、強豪校は相変わらず強いままではあるが、北海道・東北勢の活躍が目立つようになってきた。この10年間の成績を見てみると、夏は駒大苫小牧(北海道)が優勝2回、準優勝1回。東北(宮城)が準優勝1回。光星学院(青森)がベスト4進出1回。今大会でも、日本文理と花巻東(岩手)がベスト4に進出。選抜でも、仙台育英(宮城)と花巻東が準優勝、羽黒(山形)がベスト4進出。 こうした変化が起きているのは何故か?単純に考えれば、雪国でも冬場も練習できるような室内練習場が整備され、雪によるハンディがなくなってきたため、と考えられる。しかし設備については、特に私立校においては、10年以上も前から十分に整備されている。どうやらこれが理由ではないようだ。 中村計によると、上述のような変化が起こる前、光星学院の監督は、「東北勢が勝てない理由はひとつですよ。本気で全国制覇できると思っている監督がいないからです」と語っていたという。ところが、東北を飛び越え、北海道の駒大苫小牧が優勝を果たしたことで、「雪国は勝てない」という心の壁が一気に取り払われた(NumberWeb)。 中村は続ける。「できると信じてやるのと、難しいかなと疑ってやるのでは、同じ努力をしたとしても獲得できる距離に雲泥の差が生まれる。土壇場での粘りも違ってくるだろう」。「…チーム間に多少の力量差はあるだろうが、精神の境がなくなった今、どのチームが頂点に立ったとしても驚くことではない」(同)。つまり技術云々よりも、「俺たちでもできる」という精神力が、今まで「野球不毛の地」だった地域の球児たちに力を与えているということだ。 野球に限らず高校スポーツでは、強豪校の監督が別の高校の監督となり、それまでは大したことのなかったチームを一気に強豪へと育てる例がたくさん存在する。おそらくそうした監督たちが、勝てるという意識を選手に植え付けるということが大きいのだろうと想像できる。それを考えれば、やはり甲子園においても、上述の心の壁が取り払われたことが、近年の変化の大きな理由なのかもしれない。 正確なところは分からない。分析は専門家にまかせよう。著者が唯一望んでいることは、生きている間に見られるとは思っていなかった、新潟県勢による甲子園制覇だ。そうそう上手くいくとは思っていない。それでも日本文理の選手の皆さんにはベストを尽くし、深紅の優勝旗を新潟へ持ち帰るという夢を実現してくれることを願っている。
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スポーツ
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ヨーロッパGPでのF1復帰を目指していたミヒャエル・シューマッハ―が、復帰を断念することとなった(ZAKZAK)。当初から指摘されていたとおり、2月に起こしたバイク事故での負傷が完治しておらず、ミヒャエルが目指していたレベルには到達できないと判断し、今回の決断となったようだ。 「彼の走りをもう1度見られる」と夢心地でいたファンとしては、今はものすごく悲しい。全盛期のミヒャエルの走りでなくてもいい。もう一度彼がサーキットを駆け抜ける姿をもう一度見たかった…。 著者のようにあきらめきれない人たちもたくさんいるらしく、2人の元F1ドライバーが、「モンツァ(9月中旬のイタリアGP)には出るかもね」、「マイケル(シューマッハ)の復帰の可能性は、ゼロではないと思う。ケガを完全に治す事ができたら、来年の可能性もあるよ」と、それぞれ語っている(TOPNEWS)。 また、フェラーリ会長のルカ・ディ・モンテゼモーロは、「われわれは、全チームが来シーズンに3台目のクルマを走らせる権利を獲得するまで戦い続ける。そしてそのシートは、喜んでマイケル(シューマッハ)に渡す」と語り、ミヒャエルをどうしても復帰させる強い意志を示した(TOPNEWS)。 著者自身もミヒャエルが復帰してくれたら、どれほどハッピーになれるかと思う。そうして、上述のように、是非もう一度彼の走りを見たい。とは言え、ミヒャエル自身は今後の復帰の可能性を完全に否定しているし、そもそもマッサの代役のための復帰だったわけで、それを超えて、来季復帰するというのは、少し話が飛躍し過ぎのように思える。 夢はあくまで夢のまま終わった方がいいのかもしれない。ミヒャエルの現役時代の勇姿を思い出しながら、少しの間だけ夢を抱かせてくれたミヒャエルに感謝しつつ、今日でその夢に終止符を打つことにする。 ※写真はGetty Images
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7月25日のF1ハンガリーGPでクラッシュし、頭蓋骨骨折で現在入院中のフェラーリのフェリペ・マッサの代役として、2006年に引退し、現在はフェラーリのアドバイザーを務めるミヒャエル・シューマッハーが第11戦・欧州GPからドライバーとして復帰する(産経新聞)。 ミヒャエル・シューマッハーをご存じない方のために、簡単に彼を紹介させていただく。ドライバーズチャンピオン獲得7回(歴代1位)、通算優勝91回(歴代1位)、通算ポール・ポジション獲得68回(歴代1位)などなど、F1のほとんどの記録ホルダーで、史上最高のドライバーの1人と言っていいだろう。その強さから「皇帝」と呼ばれていた。2006年に引退。ドイツ人。 私はミヒャエルには特別の感情がある。決して強豪チームではなかった90年代前半のベネトンで孤軍奮闘、マシンの開発にも貢献し、コンストラクターズチャンピオンを争えるチームにまで育て、自身も2度ドライバーズチャンピオンとなった。その姿がすごくクールで、僕の中では、アイルトン・セナと双璧をなすスーパースターとなった。 名門Ferrariに移籍してからもその強さは変わらずで、1999年にはFerrariを16年振りのコンストラクターズチャンピオンに導き、その年から6年連続チャンピオンという偉業の立役者となった。ミヒャエルも5回ドライバーズチャンピオンとなった。 私がイギリス留学していた時、F1中継は午後1時くらいからあるのだが、ドイツ人の友人とブラジル人の友人と昼食を食べながら、フェラーリを応援していた(当時のフェラーリのドライバーはミヒャエルとブラジル人のルーベンス・バリチェロだった)。F1がきっかけとなってこの二人とは親友になれたので、そういう意味でもミヒャエルに感謝している。 私自身は、またミヒャエルが見られるというだけで興奮しているのだが、彼には2年以上のブランクがあるため、周囲には厳しい見方もある。ミヒャエルのマネージャーのウィリー・ウェバーは、「現役時代、彼は可能な限り完璧に近づこうとした。しかし今回、完璧にはなり得ない。彼は今季型の車に乗ったことすらないんだ。これはギャンブルであり、彼のスタイルではない」と語った(同)。 確かに2年以上のブランクは大きいし、新しいマシンへの対応も課題ではあろう。ただ、ミヒャエルが走るというだけでハッピーになるF1ファンは世界中に星の数ほど存在するし、ミヒャエルが何か新しい伝説を作ってくれるのではないかと期待するファンもいる。何より、彼の再登場は、分裂騒動など暗い話題の多かったF1界において、明るいビッグニュースとなる。勝っても勝てなくてもそんなことは関係ない。ミヒャエルがサーキットで走ることが重要なのだ。 ※エラーが出てしまうので、フェラーリを英字で記述している箇所があります。
※写真はAP・ロイター |
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