古書蒐集日記

私の趣味の古書蒐集日記。それに好きなものや気に入ったものを紹介したいと思う

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さてシェリ・エルアールの挿絵が、昔のカストリ系の雑誌の表紙を
飾った件についてだが、意外と言えば意外だが、そんなに意外でも無い。
世界で最も、Curiosaが高度に発達したのは、フランスに他ならないからだ。
エルアールが活躍した、1910年代、1920年代は
そういった挿絵の黄金時代であって、デザインが凝っており、
イラストレイターの力量が思う存分発揮された時代でもある。
エルアールに関して、今までにも述べてきたが、
コケテッシュであり、画面構成やデザインなどが巧みで、卓越している。
そういった経緯があり、エルアールを起用したのは当然と言えば当然と言える。
今回、(以前は、紹介しなかった)エルアールの「ラ・ヴィ・パリジェンヌ」等の
挿絵を紹介する。前回は2009年6月なので、ほぼ一年ぶりである。

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最近、アクセス解析を見てみると、
世の中広いもので、奇特な人がいるもんだと思った。
エルアールを検索して来たり、
或いは「懐かしき奇譚クラブ」というサイトから経由して来ている。

懐かしき奇譚クラブ
http://kuro2000.x.fc2.com/
(記事投稿時なら閲覧可能)

このサイトはタイトル通り、あの奇譚クラブなどを
紹介するサイトである。
管理人は既に還暦を越えていると書いているので、
あのような雑誌蒐集或いはそれ系自体に興味を持った、
最後の世代かも知れない。
既にそれ以前の世代は全て鬼籍に入ったのである。
このカストリ系の雑誌は勿論、酸性紙なので、
長期保存は不可能、集める人、買う人が消滅するか、
或いは雑誌自体が消滅するか、いずれにしろ、時間の問題である。
切手収集が廃れたのは、後継者がいなかった、育たなかった為であり、
こういったCuriosa、或いは蒐集家は今後消滅する一方である。
将来、自分の首を絞めるだけなのに、切手業界は何もしなかった。
後継者育成も啓蒙活動も一切せず、切手収集は日本では完全に消滅した。
古書業界も何もしない。啓蒙活動も宣伝もしない。
将来の自分の飯の種を育てようもせず、相変わらず、昭和時代のように、
自分の店で、ふんぞりかえるばかりの殿様商売をしている。
確かに昭和時代まではそれで良かった。それで飯も食えた。
確かにそんな商売でも飯は食っていけた事は事実だ。
しかし時代は完全に変った。
ネットや電子書籍が台頭し、人は昭和時代よりも
読書という行為をより一層しなくなり、本の価値が下落した。
当然、古書の価値も下落した。古書価格も今や底値中の底値である。
欲しい人が居なければ、当時どんなに高額であった本でも
稀覯書でも0円である。
グーテンベルクでもインキュナブラでもシェイクスピアのフォリオでも
三島の初版本でも、買う人が居なければ0円である。
今の時代ほど、拝金主義が横行し、知識というものが
蔑ろにされている時代は無いだろう。
TVの馬鹿げたクイズ番組で、ウスラ馬鹿の"フリ"して金を稼ぐ芸人こそが、
今の時代の象徴である。(本当の馬鹿なら、あそこまでは世渡りは出来まい)

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日本において、エルテやイカール(或いはローランサン等)は
他国では考えられないほど異常に人気がある。
これは疑問なのだが、日本には(他国と比較し)突出して
それらのファンが相当多いようだが、そのファンは、
雑誌「ラ・ヴィ・パリジェンヌ」誌上で活躍した、
エルアールなどのイラストレイター達を網羅熟知し、知り尽くした上で、
敢えて、そこは敢えて、わざわざエルテやイカールを選んだのか。
それとも知らぬが故に、それを買うのか。
或いは知っていても無視を決め込んでいるのか。
携帯電話の世界でも、日本の携帯電話はガラパゴス諸島と
言われているが、美術コレクターの世界ではどうなのだろうか?
日本人の美術コレクションは欧州とはかけ離れ過ぎており、
独自性が強く、(ただ闇雲に名前だけに固守し)
強迫観念に近いものが有るように思われてならない。
それにばらつきが少なく、どこを見ても何を見ても同じに思える。
(それは土産物屋の金太郎飴を見るようだ)
アメリカ人が咳をすれば、日本人も咳をしだすように、
美術収集傾向ですらアメリカに迎合隷属しすぎるような気がしてならない。
しかし世界はアメリカ(或いはイギリス)だけで構成されている訳ではない。

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ジャコメ工房のPochoirは日本人には馴染みが無いと言っても
過言ではないが、フランスのアールデコ期の挿絵本には
ジャコメ工房のPochoirがよく使われている。
(判りやすい事例を挙げれば、例えばマルティ等)
ムルロー工房は、誰でも知っている。
このムルロー工房こそ日本では一番知名度が高い、
フランスの工房であろう。
しかしフランスの工房はムルローだけに非ず。

先述のPochoirと石版画の勘違いは、まだ良い。
日本のオークションはこれよりも酷い。
勉強している人は確かに存在し、稀に博識な人物もいるにはいるが、
逆に、問題が多い人も沢山いる。
調べても判らない事と最初から知らない事は別だ。
判らないならば、堂々と判らないと言うべきである。
*特に海外在住の日本女が売っている雑貨が酷い。
(商品の説明の記述に相当な間違いがある)
海外移住の日本女達は、どうやら蚤の市なんかで
仕入れてくるようだが、文字通り蚤の市であって状態が最悪の物が多い。
状態が悪くても値段が安いなら、まだいいが、
蚤の市は必ずしも価格が相場よりも安いとは決して言えない。
悪かろう高かろうであり、良いものは原則的に蚤の市には流れない。
例外はあるとしては、例外は決して普遍ではない。
奇跡は滅多に起こらないから奇跡なのであって、
掘り出し物は滅多にないから、掘り出し物と呼ばれる。
女で古書マニアはいないし、外国に移住するような、
外国(欧米)かぶれの日本女で、本格的な古書マニアや
本格的な歴史マニアはいない。
(そもそも、それ以前に女に本格的な古書マニアは、
少なくとも日本においては存在しない)
完全に外国語を学ぶか、古書を学ぶか、二つに一つだ。
両立するのは不可能に近い。
(外国語を学ぶのに、学ぶ場所や施設や学校は存在するが、
古書を学ぶところは存在しない)
ネイティブ並の外国語が出来る人に本格的な古書マニアはいないし、
本格的な古書マニアで、ネイティブ並の外国語が出来る人はいない。
しかしネイティブ並の外国語が出来ずとも物は買う事は可能だ。
外国人も商売だ。金を払うならば、いくらでも売る。
しかし、逆にネイティブ並の外国語が出来ても、
古書の知識が無ければ、良い本は決して買えない。
日本語が出来ても、日本の骨董の知識が無ければ、
(悪い物を避け)良い物を買うのは難しいと同様である。

*西班牙語を仏蘭西語と間違えたり、洪牙利語を露西亜語と間違えたり・・・。
何語で書かれているのかすら知らないで売る者も数多くいる。
売る方も売る方だが、買う方も買う方だ。
書かれている日本語も不自由で、また外国語も疎く、
歴史や地理や文学や古書や雑貨にも疎い。
彼女達は一体何が専門なのでしょうか。

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本書の挿絵はPochoirだと思われる。
ダニエル・ジャコメによる、ジャコメ工房によって、本書の挿絵は制作された。
ジャコメ工房のPochoirは、ダニエル・ジャコメ独特の創意工夫がなされており、
ジャコメ工房のPochoirの完成度はIMPRIMEUR D'ARTと言わしめるほど、
極めて高いと頗る定評があり、Pochoirでは最高のレベルだと言われている。
その高い技術力と評価は今なお不動であり、
ちなみにピカソ・ミロ・マチス・シャガール等のPochoirもここで制作されている。
ただ技法云々よりも、、私は大変気にいっているので、
どんな技法でもかまわないと思っている。
滑稽な事に、趣味で非ずにして、それにて生計を為す、
言わばプロフェッショナルと言うべき、日本の某古書店の記述では、
ジャコメ工房制作のPochoirを石版画と堂々と記載している店が存在する。
多くの日本人は(オークション等の傾向を見れば)リトグラフが
大変お好きの様だが、銅版画以外ならば、
何でも石版画と思い込むのは無知であり、それは早計と言うものだろう。
Pochoirと石版画では、質感が違い過ぎる。
間違いようがないはずだが、これをどうして間違えるのか。
知識は邪魔にならず、何事も一生勉強だと常々思うが、
そうは思わない輩もいるようである。

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