Char's World

カッパドキアに嫁いで11年目突入〜!ただ今子育て奮闘中!!マイペースにいきましょ〜!!

旅行 【インドの巻】

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初海外旅行は、カルチャーショックの嵐〜!!
迷える子羊時代、無事に帰国できて良かった。。。
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さあ、今度こそプリペイド制のオートリクシャーの場所を
探すのであるが、全然わからない。

銃を持ったいかつい警察のにいちゃんが立っている。
なんか怖いけど、警察に聞いたら間違いないやろうと
近づいて聞きにいったら、ピクリとも笑わないし話さない。
一応、ポリボックスに連れていってくれた。

そこで、プリペイド制のオートリクシャーの場所を
聞いたら、目と鼻の先ではないか。
なんで、すぐに教えてくれんのや〜!さっきのにいちゃんは!!
と、ちょっと思いながらようやく到着した。


私たちがそこに着くなり、
周囲にいたリキシャーのにいちゃん、おっちゃんが
ドッと集まってきた。

昔の映画館の窓口のような所で、私たちがつたない英語で
必死に話をしているのだが、外野がうるさくてやりとりできない。
そしたら、中にいるおっちゃんが、中に入れと合図をした。

その中は2〜3畳ぐらいの広さでクーラーが効いていたから
良かったものの、その中に私たちも入れて5人いた。
私たち2人が入ると、外のにいちゃん、おっちゃんたちが
ガラスにへばりついて、こっちをジロジロ見ている。

まるで、私たちは上野動物園のパンダ状態であった。。。

「君たち、チャイを飲むかい?」

「・・・・・」

私たちの返事も聞かないまま、一人がチャイを頼みにいった。
そして、おっちゃんがケーキを勧めた。
しかし、旅行書を熟読した私は、
絶対に人から勧められたものは食べるな、
睡眠薬などもられていることもあるからという教えを守って断った。

そうすると、おっちゃんは(もしかしたら意外と若いかもしれないが)
ニッと笑って、私たちの目の前で袋を開けて、
安全性を証明してから勧めてきた。
それやったら、いただくわ〜とケーキをもらった。

私もMも、その狭い中のおっちゃんのすわっているいすに
半分座らせてもらっている状態であったので、
そのおっちゃんたちとの距離はピッタンコである。
初めは遠慮がちに気を使っておっちゃんも距離をとってくれていたが、
だんだん接近してきて、しまいには肩に手を回してくるし、
髪の匂いも嗅いでくる。
全くもって、職権乱用!!セクハラである!!
その様子をリキシャーのにいちゃん、おっちゃんたちは
ニヒャニヒャしながら見ている。
だから、おっちゃんも調子こいてくるのであった。
おっちゃん〜〜、それ以上してみろ〜〜、パンチやぞ!!

くつろいだ後、目的地である“クタブ・ミナール”に行きたいというと、
やっぱりオートリクシャーで行くには遠いらしい。
でも、私たちはオートリクシャーで行きたいというと
承諾してくれた。

「さあ、どのリキシャーがいいかい?」

と、おっちゃんはガラスにへばりついているリキシャーたちを指した。
合計20人弱ぐらい、ニコニコしながらこっちを見ている。
そうすると、Mがすかさず答えた。

「う〜〜ん、ハンサムボーイ!!」

外野も内も爆笑である!!
そうすると、おっちゃんがある人を指して、

「この人のオートリクシャーは速いから、そうしなさい。」

と、言われたのでその人に決定した。
そのおっさんは選ばれし人として、
私たちを自分の三輪バイクまで誘導してくれた。
周りにいたリキシャーのにいちゃんとおっちゃんは
羨ましそうに見ていた。
何を隠そう!私たちはインドのアイドルだったのだ!!


やっと観光である。
単細胞の私たちは、ウキウキしながら三輪バイクのドライブを楽しんだ。
インドの交通事情はまじで恐ろしい。
車線があるようでないようなものである。
追い越し、左折、右折、なんでもありの運転である。
その合間を抜けるように、オートリクシャーは駆け抜けてゆくのであった。
楽しみのなかに、恐怖ありの
サスペンスドライブ!!

リキシャーのおっさんは、自分が指名されたのを誇るかのごとく
運転に精を出し、
そこらへんを走っているオートリクシャーよりも断然速かった。

「うわああ〜、まじでこれ速いわ〜!
 これやったら、早く目的地に着くなあ〜!」

「めっちゃ、気持ちいいな〜!」

そして、おっさんに向かって、

「OH〜〜VERY FAST〜〜!!」

と言った。
すると、おっさんはニッと笑ってアクセルを踏み始めた。
スピード全快である!!
はっきりいって、めっちゃ怖い!!

「ほめただけやのに、さらにスピード出し始めたで〜!!」

「あっははははは〜〜〜〜!!!!」

もう私たちは笑うしかなかった。
おっさんに命を預けて風にさらされるのみである。

それにしても、おっさんの狂気的なドライビングは
けっこうな腕で、
さっすが、
“インドの道は俺の道ぃーー”
ぐらいの熟知したテクニックに、しまいにはほれぼれであった。


約30分ぐらいで、デリーの観光名所の一つである
“クタブ・ミナール”に到着した。

ガイドブックによると、奴隷王朝Slave Dynasty の
スルタン、クタブウッディーン・アイバクが、
ヒンドゥー教徒に対する勝利の記念として
建てたもので、その後、後継者が増築し、現在の姿になったそうだ。

街中の喧騒とはうって変わって、実にのどかで静かな所だった。
インド人の小金持ちの観光客、課外活動で来ていると思われる
小学生の集団、いわゆる都会のオアシス的な場所であった。

特徴的なものとして、中庭に高さ7mほどの鉄柱があり、
これに背を当てて両腕を後ろに伸ばし、
鉄柱の裏側で指先を結びあわせることができれば、
その人には幸運が訪れるという言い伝えがあった。
そこだけは、何人かの人が集まっていて、
我先にと言わんばかりのインド人オバタリアンが
親切(?)なインド人によって、手を後ろに回してもらっていた。

それをぼけ〜〜と見ていると、
その親切(?)なインド人のおじさまが
こっちへこい!と呼びつけた。
そして、有難いことに鉄柱に手をぐいぐい引っ張って
後ろで指をくっつけてくれた。

並んでいたオバタリアンたちを差し置いてまでの
VIPな扱いに、少し気を良くしたのもつかの間、
そのおじさまは、去ろうとしていた私たちに

「チップ、チップ!」

と、たかってきた。
なんや、おっさん!やっぱり金目的かい!!
もちろん、私たちアイドルは、鼻歌まじりで無視であった。



以上を持ちまして、「ボケボケインド大作戦」は終了です。
文字がうっす〜くなった感熱紙に書かれた旅行記の文はここまでです。
若かりし頃の文で、乱文も多々ありましたが、
ご清聴有難うございました!   
                   不完

目覚めのいい朝を迎え、
窓を開けてデリーの町並みを眺めていた。
私が想像していた風景とは異なり、
随分近代的でこざっぱりとした、のどかな町並みである。
一瞬、ここは本当にインドなのかしら?
と思ってしまうくらいインドっぽくないのである。

じゃあ、インドっぽいってどんなものと言われると
困ってしまうが、
少なくとも、コンノート・プレスは
インド離れした近代的地区であった。

昨夜の私たちの心は、ブルー、ディープブルーであったが、
少し立ち直って、

「よし!!頑張るで!!」

と、気合いは十分だったが、
いきなりの出費のノックパンチのダメージを
ちょっぴり引きずりながら、
安宿街&商店街の“メインバザール”に向かって
私たちは出発した。


ホテルからタクシーで送ってもらった私たちの目には、
だんだんと想像していたインドの姿がパンチラのように見えてきた。
まず、タクシーの運転はむちゃくちゃ荒いし、
ここはほんまに道路かい??
と、言いたくなるくらい好き勝手に
クラクションをブ〜ブ〜鳴らしながら走っていくのであった。
事故おこすでぇ〜という運転にだんだん慣れてきた頃、
どうもメインバザールに到着したようだ。

そこは、たくさんの人々でごった返し、
活気に満ち溢れている。
しかし、その時の私には、
この状況のなかに自分が入っていく自信がなかった。

タクシーの運転手が、

「声をかけられても、話しちゃいけないよ。
 それから、荷物は前に持って取られないようにね。」

と、アドバイスしてくれた。
私は、不安をなんとか隠し、

“よし、行くで!!負けへんで、よーーし!!”

と、気合いを入れ、タクシーを降りた。


インドの人々と車とオートリクシャーと・・・
とにかくごった返しの町である。
私はショルダーを前に抱え、安宿を目指して、
人ごみのなかへ歩み始めた。
ドキドキしながら歩き始めると、
インド雑貨店っぽい匂いがしてくる。
どうもどこでもお香をたいているらしい。

「アロー、アロー、ジャパニー!」

「モウカリマッカ。」

「チョット、ミルダケ。」

早速、客引きである。
その時の私は、絶対に立ち止まったらあかんという気持ちで
いっぱいだったので、とにかく無視して歩き続けた。

ふと、何か嫌な気配がして横を見ると、
のそ〜〜とが歩いていた。

「ギャああああ〜〜〜〜!!!」

自分の真横を灰色の気色の悪い牛が歩いていたのだ!
牛は神様の象徴で、大切にされており、
そこらへんの道に、のら牛が徘徊しているということは
一応予備知識で知ってはいたものの、
いきなり出て来られちゃあ、さすがにビビッてしまった。

何とか店の誘惑の波を越えて、
無事、目指していた安宿を見つけた。
ANOOPという安宿であるが、
そこは満室だったので、
姉妹店であるAJAYに決まった。
日本の感覚でいくと、決して綺麗ではないが、
ベッド2つにトイレ、ホットシャワーがついている。
貧乏旅行なので、これで十分であった。

宿泊先が決まった私たちは、
昨日のブルーな状態から、すっかり立ち直っていた。
特に、Mは顕著で

「観光しに行こう〜!!あと、サンダルも買いたい!!」

と、だいぶご機嫌であった。


早速、私たちは外に出て、デリー駅に行った。
観光地に行くため、オートリクシャーに乗って行きたいが、
なんせ初の旅なので、相場の値段がわからない。
自分たちで、オートリクシャーを拾って、値段交渉といっても
ぼられること間違いなしである。
そんな迷える子羊たちのために、デリー駅前に、
前払いシステムのオートリクシャー乗り場があったのだ。
そこは警察が管理しているので、正規の値段で乗れるのであった。

人ごみをかき分けて、駅前についた私たちは、
いきなりイカサマツーリストのにいちゃんの
素敵なお誘い攻撃を受けた。
何を隠そう!!
デリー駅前はイカサマツーリストの棟が固まっている場所なのだ!!
そこら辺に、ITDC(インド政府観光局)と
とにかく付け足してかいてあるのだ!!
あほか〜〜書けばええってもんじゃないねん〜!!
と突っ込みたくなるくらいである。

「君たち、どこ行くの?」

「プリペイド制のオートリクシャー乗り場を探してるねん!」

「オートリクシャーでどこへ行くの?」

「クタブ・ミナールに行くねん。」

「それだったら、タクシーで行ったほうがいいよ。
 オートリクシャーで行くには遠いよ!
 まあ、ちょっとおいでよ。カモン、カモン!」

と、にいちゃんは、私たちを呼んだ。
私たちは、かなり警戒しながら、にいちゃんの後をついて行った。
やはり、イカサマツーリストの棟に行くではないか〜!!
怪しい階段を上がって、小さなオフィスに入った。
そこには当然かのように、でかでかと汚い字でITDCと書いてある。

「ここITDC?」

「イエス!」

「ははは〜!!うそこけ〜!!」

にいちゃんは、市内の地図を広げて、クブタ・ミナールの位置を見せて、
タクシーで行くことを勧めた。

「タクシーは高いし、うちらはオートリクシャーに乗りたいねん。」

「30ルピーで行けるよ!」

え、それは安い。いや安すぎる!
ほんまにその値段やったら安上がりやで〜!

「ほんまに?うそとちゃうやろうね?」

「ほんとさ、さあおいで!」

と、にいちゃんは私たちをタクシー乗り場に連れていった。
運転手のおっちゃんは、穏やかな感じの人で、
とりあえず、私たちは乗り込んだ。

もちろん警戒心は消えているはずはない。
私は身構えて確認作業に入った。

「ここからクタブ・ミナールまで30ルピーで行ってくれるという話やけど、
 ほんまに30やろうね?」

「1km30ルピー」

その瞬間、私はいきり立った!!!!

「うそつき〜〜!!!!」

やっぱり、うそやんか。あーー疑ってて良かった!!
あやうく騙されるところやったわ〜!!
怒った私は車から降りて、「けっこうじゃ」という態度で
おっちゃんを睨みつけた。
おっちゃんは少し悲しそうな顔で、こっちを見ていた。
(まあ、おっちゃんに罪はないわなあ〜。)

そうすると、さっきのにいちゃんが駆けつけてきた。

「どうしたんだい?」

「このうそつき野郎が〜!!30ルピーって1kmでなんやろ〜!!」

「いや、30ルピーだよ!」

「もういい!!」

「僕たち、友達じゃないか!」

そこで、私は本に書いてあったことを思い出した。
よくインド男性は、ユアフレンドといってくるらしい。
そして、インドでは、男女間のフレンドは、
関係を持ったことを意味するらしい。
そう言われたら、ユアブラザーと言うといいと書いてあった。

「ノー、ユアブラザー」

そう言うとにいちゃんは、にっと笑って、
私の頬を軽くぺチッと叩いて行った。
未だにこの言葉の効果の意味はわからないが、
とりあえず退散してくれたので助かった。

インドに到着した私たちは、人の流れについていくままに、
暗い廊下を歩いてロビーに出た。
私の荷物は、リュックとショルダーで、
Mはリュックだけだったので、入国審査を終えて、
手荷物を取りにいく人の流れとは別になった。

そうなると、次にどこにいけばいいのかわからなくなってしまった。
そこにはもう、日本とは違う世界が広がっている。
荷物をとられないようにと慎重になりながら、
バイブルである「●球の歩き方」を見た。

「税関に行きたいねんけど、標識がようわからへん。
 どこへ行けばいいんやろう?」

と、きょろきょろしていた。
はっきりいって、標識が何がなんだかわからない絵なのである。
しばらく見渡してみると、どうも税関らしき場所がある。
銃を持った、いかつい警察の人がいて、
赤のランプと青のランプのある通り道がある。

“銃持って警備してるんやったら、トイレにいる人
 どうにかしてや、最初はびっくりするやん”

と思ってしまった。


そうそう!私は入国前にトイレに行って、
いきなりバクシーシ(喜捨)に遭遇してしまったのだ!!

人の流れに沿って、暗い廊下を抜けた私は、
空港を出ると、トイレに行くのが困難だと思い、
トイレに行ったのである。

トイレの重たいドアを開けると、
中はとても広く綺麗で、人はインド人のおばさんだけであった。
個室に入ると、便器のそばに水道とカップがセットになっていた。
つまり、用を済ませた後、
この水道からカップで水を汲み、
不浄の左手で「パシャパシャ」と洗うのである。

“これがインド式トイレかあ〜〜”

と感動しながら、用を済ませた。

個室から出てくると、
若いインド人女性が出口付近の隅で立っていた。

“なにしてるんやろう?トイレ空いているのに”

と不思議に思いながら、出ようとしたそのとき、
うらめしそうに片手を私の前に出すではないか!
日本でいう物乞いである。

「ノ、ノー」

と、心臓バコバコいわせながら、慌てて出てきた!!
外で待っていたMに

「バクシーシされた!バクシーシ!!」

と、興奮しながら話した。

「●球の歩き方」にも、インドに行ったら物乞いの喜捨は
避けて通れないとあったが、
まさか入国していないのに、そのトイレにいるとは
想像してもいなかったので、相当驚いてしまった。

後から、インドで知り合いになった人に聞いたら、
空港のトイレはいるという話だったので、
納得はしたものの、やはりインドの警備体制は謎である。


そこが税関らしいとわかって、そこに向かった私たちは、
いかつい警察官の前をなんなく素通りした。
通り過ぎた先は、もう出口らしい。
夜中なのに、人はたくさんいる。
両替も無事ぼられることなく済ませた私たちは、
もう出口に向かうだけだった。

出口を出ると、私たちはインド政府観光局のカウンターを目指した。
が、、、どのカウンターか全然わからない。
案の定、イカサマツーリストらしきにいちゃんが声をかけてくる。
ちゃんと無視して探すが、どれだか全くわからない。

「どれやろう、ないやん」

「あれちゃうの、あれ」

と、しばらくその場で立ち往生していた。
Mが、

「あれ、ITDCって書いてあるで!」

と、カウンターを見つけた。
よし!ちゃんと手筈通りやと、そこに向かって

「ホテルリザベーション、プリーズ!」

そうすると、おじさんがホテルリストを出してきた。
しかし、むちゃくちゃ高い!!
上は600$や800$とか、
日本円にしても超高級ホテルの値段である!
慌てて、

「ウィー ハブ ノーマネー」

と、言うと、83$(約9千円)のホテルを紹介してくれた。
とりあえず12時間のフライトで疲れていた私たちは、
最初は仕方がないかと妥協して、
そこに決めることにした。

たくさんのインド人の波に少々びびりながら、
おじさんの誘導のおかげで、無事外へ脱出できた。
そして、白のワーゲンみたいな小ぎれいなタクシーに乗って
ホテルへ向かった。

空港から町へ向かう道路は、
さすがインドの首都だけあって整備されていた。
町並みも夜だからか、とても綺麗でびっくりした。
私たちの向かったホテルは、イギリスが整備した
モダンな計画都市の中心にあるコンノート・プレスにあった。
その名も「ザ・コンノート」
値段も張るだけあって、とても綺麗なホテルであった。

Tシャツに綿パン、そしてスニーカーの私たちには
不釣合いのホテルで、なんとか片言英語で時間かかりながら
チェックインして、部屋へ案内された。

ボーイがご丁寧に部屋の設備の説明をすると、
チップねらいで、なかなか部屋から出て行かない。
それを追い払って、ようやくほっと一息つくのであった。

しかし、、、そんな2人には、

“これから2週間、本当にやっていけるのか”

という不安でいっぱいであった。
所持金5万円でクレジットカードなし。
1日2000円で旅する予定だった私たちにとって、
このホテル代はかなり痛かった。
思わぬ出費に、これからの予算を立て直さなければいけなかったし、
表情はちびまるこちゃんでいう影の線が入っていた。

「Charさん、もう日本帰りたい・・・」

「これからやん、頑張っていこうや」


と、完璧ホームシックにかかっているMを励ましながらも
私も心の中も、相当ブルーであった。

さらに、そんな2人をおとしめるかのごとく、
テレビをつけると怪しい映画がやっていた。
それは2人の男女が絡み合いながら歌っているもので、
多分、日本でいうちょっとエッチ系になるのであろう。
もちろん、ヌードではない。
しかし、なぜか妙にエロチックであった。
チャンネルを変えても、同じようなものばかりで、
怪しいインド歌謡曲がむかつくぐらいにブルーに
させるのである。

それを見ていると、
さらに私たちの気分は最悪になっていくのであった。。。

とりあえず、私たちはシャワーを浴びて、明日に備えることにした。
明日からが、いよいよ本当の旅が始まるのである。
不安と期待を抱きながら眠りについた。


翌日わかったことだが、すでに私たちはぼられていたのであった。。。

ふと目が覚めたときは、すっかり夜が更けていた。
いつの間にかに寝てしまっていた。
時間を見ると、もうすぐ香港に着くようだった。
窓から外の景色を見ると、香港の夜景がチラチラと見えてきた。
噂どおり、むちゃくちゃ綺麗であった。

だんだん香港の空港に近づいてくると、
派手なネオンがギラギラとまばゆく輝いている。
原色のオンパレードに目を奪われているのもつかの間、
飛行機は高層ビルの上空すれすれに飛んでいるではないか!!

「うわあ〜〜、こっわ〜〜!!!」

こちらがびびっているうちに空港に到着した。

トランジットの間、飛行機から降りることができなくて、
1時間機内のなかで、じーっと待った後、
再び飛行機はインドへ向かって離陸した。

混んでいた機内は、幾人かのインド人客と
どうみても自分たちと同じ目的の小汚い学生客だけになっていた。
おもしろいことに、大抵の学生らしき客達は、
必須アイテムである「●球の歩き方」を見ている人が多かった。

何だあ〜、皆同じような気持ちなんだ〜。
と少しほっとして、心強かった。


離陸してから、またもや機内食タイムである。
寝ていて動いていないし、緊張もしているから、
お腹が空いていないでー!と思いながらも、
カレーの匂いに引かれていた。

キャビンアテンダントのお姉さんがやってきて、
私に何か尋ねてきた。
しかし、、、何を言っているのかわからない。
私が、“はぁ??”みたいな顔をしていたら、
困ったようで他のお姉さんに何か言っていた。
私も不安になって、寝ているMを起こして、

「キャビンアテンダントのお姉さんが
 何か言っているんやけどわからへん!!」

そうすると、またお姉さんがやってきたので、
Mに答えてもらうようにしむけた。

「フィッシュカレーがいいか、あと何かのカレーがいいかやって、
 私はフィッシュカレー。」

と、Mが答えた。だから私も

「フィ、フィッシュカレー」

と、そそくさと答えた。

全く、それくらい聞き取れよ、という状態であった。
多分、お姉さんも言っても通じないのよ、
これだからバカは困るわ〜といったようなことを
言っていたのであろうか。
それにしても、どうして聞き取れなかったのであろうか。
う〜〜〜ん、ちょっと恥ずかしいわ。。。


インド到着1時間前に、入国カードを配布された。
間違わないようにと「●球の歩き方」を参考にして書いたが、
やっぱり間違えてしまった。。。
もう1枚もらいに席を立つと、
周りの客もほとんど「●球の歩き方」を広げている。
なかなか面白い光景であった。


もうすぐデリー空港に降り立つ前に、下の景色を見ると、
私の想像よりもネオンがちらほら見えていた。
香港に比べると随分暗いが、わりと電灯が普及している
ことがわかった。

さあ、いよいよインド到着である!!
12時間のフライトで、なかなかインドチックな雰囲気を
味わせてくれたエア・●ンディアに感謝するとともに、
私たち2人は、未知なるインドに足を踏み入れたのであった。

私は小さい頃に1回だけしか飛行機に乗ったことがなかったので、
離陸するときは、まるで子どものようにわくわくしながら、
窓にべばりついていた。

ゴオーーというエンジン音とともに、
機体が上昇していく様子は感激であった。
さすがに大人であるから絶叫はしなかったが、
気持ち的には
「キャ〜〜〜素敵☆☆☆」
と声に出したくなるくらいであった。


キャビンアテンダントのお姉さんは、なかなか綺麗な人だった。

が、あることに気がついた!!
けっこう太っているのである。

私のイメージでは、インド人は彫りの深い美しい顔で、
スマートであると思っていた。
しかし、ここにいるキャビンアテンダントは、
腰回りがで〜〜んとしていて、くびれがなかった。

「なあM、お姉さんさあ、けっこう太っているよなあ。」

「や〜〜!ほんまや〜!」

「キャビンアテンダントやるくらいやから、
 いいところのお嬢ちゃんやからかなあ。」

「そうちゃう〜」

と、自分のことは棚に上げて、話していた。


キャビンアテンダントのお姉さんは、初めに飴を配り、
その後、飲み物を配りにきた。

「Do you have any drinks?」

「イエース、えーと何があるんかな。」

「Cook、Mineralwarter・・・」

「ミネラルウォーター」(Mが)

そうすると、お姉さんはコップにコーラをとくとくと注ぎ始めた。

「ミネラルウォーターってゆうたのに!」

と、Mはつっこんではいたが、何食わぬ顔でお姉さんは
コーラをそのままくれた。
その後、私に聞いてくれたが、迷わず「コーラ」と答えた。
なぜなら、Mのコーラの残り半分があったからだ。
私のお姉さんに対する気遣いである。
もし、ここでミネラルウォーターといって、
またコーラをとくとくと注いだら、爆笑してしまうではないか!!
それではお姉さんの立つ瀬がなくなる。

と思ってコーラにしたのであった。
しかし、コーラは冷えてなくて、氷ぐらい入れてくれ!と
ちょっぴり思ったが、まあいいかと飲み干した。

飛行機からみる日本は、ビルとか家とか見えると思っていたが、
ほとんど山景色で感動的であった。
雲の下に広がる大地が海になり、そしてまた大陸となる。
う〜ん素敵だ!と実感しながら、しばらく見ていた。

自分が日本の上空を飛んでいるなんて、
飛行機を発明したライト兄弟はえらいわ〜、
と文明の進歩に感動していた。


さあ、お待たせしました!機内食の登場である。
初めての機内食にドキドキワクワクの私は、
キャビンアテンダントのお姉さんに運ばれてくるのを
まるでお子ちゃまのように待ち受けていた。

メニューは日本食で、煮物、魚、ご飯、そしてパン、
サラダ、デザートであった。
ミネラルウォーターが、ちっちゃなプリンカップに
パッキングされていて面白かった。

よし!食べようとはりきったものの
フライト前に食べた中華で、まだお腹が空いていない。
きっとそんなにおいしいものではないかもしれないけれど、
せっかく食べられるんであれば食べておきたいという
いじましさが、もう少しお腹を空かせておけば良かったと
ちょっぴり後悔させた。

少しずつ食べて後は残したが、
パンやミネラルウォーターはパックされているので、
これからの食料になると、しっかり確保した。
Mは、バターやジャムも確保。


食後はゆっくり休んでいた。
しかし、やっぱり興奮しているからか、
寝ようとしても、なかなか眠れない。
キャビンアテンダントのお姉さんも仕事が一段落したようで、
クッキーを食べていた。


そうそう!機内での出来事で忘れてならないのが、
キャビンアテンダントのお兄さんの笑顔である!

キャビンアテンダントのお姉さんが飴のトレーを
私のすぐそばでひっくりかえしたのだ。
お姉さんは、急いで拾う様子もなく、
代わりにお兄さんが飛んできて、
ハンカチで手が汚れないように丁寧に拾い始めた。

「いやあ、ええ身分やなあ〜、キャビンアテンダントのお姉さんは!」

と思いながら、足元にある飴を私も拾ってあげた。
そして、お兄さんに拾った飴を渡したとき、
こっちが“ドキッ”とするような満面の笑みで
こちらを見たのであった。

あれは一昔前のアイドルでも通用するような微笑みで、
プロマイドにしたいくらいであった。
ちなみに、なかなかの男前であったと思われる。

なぜ、思われるという言葉の使い方をするかというと、
どうもその笑顔にとらわれて「素敵な人」という
固定概念がついて、冷静な見方ができたとは思えないからである。
それにしても、素敵な微笑みであった。

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