今日もぼちぼちオルガン弾こう

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3月3日 礼拝の奏楽曲

3日の礼拝は奏楽当番でした。
聖書箇所はローマの信徒への手紙10章5-13節。説教題は「み言葉は心と口に」で、説教後の賛美歌は275番(1954年版)「つよき神の子」です。

その前週、礼拝が終わってから牧師に説教の要点をうかがいました。
中心となる聖句は10章10節「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです」とのこと。

説教題を見た時にバッハのカンタータ147番「心と口と行いと生きざまをもって」が思い浮かんだので、前奏に「主よ、人の望みの喜びよ」を弾こうかなと思ったのですが、牧師からストップが。
曲があまりにも有名なので知っている人も多いし、礼拝で前奏が目立ちすぎるかもしれない ということで・・・

「むしろ、それは後奏で弾いていただいた方がいいと思います」とおっしゃいました。
けれども、ウチの教会ではこの曲は長すぎます。
そこで、合唱部分だけを取り出してつないだものを弾くことにしました。

前奏についての牧師からのコメントは、「信仰や希望を歌う曲がいいと思います」というものでした。
咄嗟には適切な曲が思い浮かばなかったので、家に帰ってからの宿題です。
ごはんを作ったり洗濯物を片づけたりしながら「何がいいかな・・・」と考えていたところ、だしぬけに使徒信条の一節「われはそのひとり子、われらの主、イエス・キリストを信ず」がひらめきました。

これだ!
信仰告白を歌う曲がいい。
バリエーションはいくつかあるけれど、今まで弾いたことのある中で言えばバッハ。
ノイマイスターコラールに載っている Wir glauben all an einen Gott BWV1098 にしよう。
そういうわけで、3日の礼拝の前奏後奏は以下のラインナップになりました。

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★3月3日 礼拝の奏楽曲
前奏:J.S.Bach / Wir glauben all an einen Gott BWV1098   われわれはみな唯一の神を信じる(EG183)
後奏:J.Schop / Wohl mir, dass ich Jesum habe   こころに主イエスを(讃美歌第二編228) 

【ストップリスト】
Wir glauben 〜 → 低音部Diapason8'+Viola4'、高音部Melodia8'+Flute4'。
Wohl mir, 〜 → 低音部Diapason8'、高音部Melodia8'。

【使用楽譜】
Wir glauben 〜 → Bärenreiter “J.S.Bach Orgelwerke Band9 Orgelchoräle der Neumeister-Sammlung”
Wohl mir, 〜 → 讃美歌第二編228番の合唱部分だけを取り出してつなぎました。


手のしびれは依然として続いています。
実現可能かどうかはさておき、こんなことをしてみたい、あんなことをしてはどうか などと考えていたことも、いくつかは無期限に延期せざるを得なくなりました。
けれども、自分でも不思議ですが、悲観的な思いはわいてきません。
「人の心には多くの計らいがある。/ 主の御旨のみが実現する。」(箴言19.21) まさしく・・・
今はわたしの思いが実現する時ではない。それを示すために手根管症候群という病気が与えられたのだと思います。
いろいろ考えていたことが神のご計画にあればいつか実現する日が来るでしょうし、なければ来ないままでしょう。
答えが示されるまで気長に待ちます。

閉じる コメント(6)

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「主よ、人の望みの喜びよ」は礼拝の前奏に最適とオルガン曲集には解説してあったりするのですが目立ちすぎても良くないということですか(汗)

でも慶事にも弔事にも使えて便利な曲ではあるので私は結婚式の前奏とか召天者記念礼拝の前奏に使ったりしますね^^割と自由に伸び縮みさせることができるのでちょっと時間の読めない前奏に使いやすかったりもします^^;

礼拝で前奏が目立ちすぎてはいけないという考え方もあるのですね。個々の教会、牧師先生のお考えは色々だと思いますが私も少し心にとめておこうと思います。

2019/3/11(月) 午後 2:09 [ まーちゃん ]

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> まーちゃんさん
もう何十年も前の話になりますが、とある牧師が「前奏でバッハのたいへん壮大な曲が弾かれたりすると、それだけで礼拝が完結したような感じになって、(式次第が)次に進んでいきづらい雰囲気になる時がある」と言われたのを聞いたことがあります。ウチの教会の牧師は「主よ、人の望みの喜びよ」にも多少そのようなニオイを感じ取られたのかもしれません(^^;
バッハのカンタータは音楽で会衆にメッセージを伝えるものだったということですから、弾かれる前奏によっては説教を「喰ってしまう」と感じる場合もあるのかも。
ふだんの礼拝であまりにも有名な曲を使うのはちょっと用心した方がいいのかもしれないな と思わせられた一コマでした。

2019/3/11(月) 午後 9:44 [ にゃあ ]

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奏楽を牧師と相談できるのは素晴らしいですね。
私も、自分が奏楽当番の時は、説教題、聖書箇所をしっかり熟知してから選曲や練習に入るようにしています。
私の教会では、説教後に献金があるのですが、その時に弾く讃美歌をその日の説教に沿ったものにしています。説教を聞いているうちにパッと讃美歌がひらめくこともあり、その時は、結構あたふたしています。(笑)
やはり、奏楽者はどれだけ多くのレパートリーを持っているかだなぁと痛感する瞬間でもあります。

2019/3/12(火) 午前 10:08 [ ジーン姉 ]

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> ジーン姉さん
牧師と相談するようになってから、選曲作業にかかるプレッシャーがずいぶん軽減されました。その場で曲を提案できる時は、賛美歌に基づいているものなら歌詞を牧師に読んでもらい、内容を確認していただいています。
ジーン姉さんは献金の時にその日の説教に沿った賛美歌をお弾きになるとのこと。賛美歌も、長らく弾いていなかったものだといきなり弾くのは大変ですよね。
ほんと、レパートリーがたくさんあるって大切。わたしも今まで弾いてきた曲にずいぶん助けられています。

2019/3/13(水) 午前 9:19 [ にゃあ ]

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有名な曲は難しいですね・・・

にゃあさんのこの前奏のコラール、わたしはきょうの後奏で違う作曲家のものを弾きます♫ わーい!

2019/3/17(日) 午前 9:08 [ おるがん太郎 ]

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> おるがん太郎さん
おるがん太郎さんは昨日の礼拝の後奏で Wir glauben 〜 の奏楽曲をお弾きになったのですね
時間と空間を超えて、全く同じとか、作曲家は違っても同じ旋律に基づく曲があちこちの教会で弾かれていると思うと、なんだかワクワクしてきます

有名な曲の扱いについては今まであまり考えたことがありませんでした。特別な礼拝の時、それが奏楽曲にふさわしいと思われるなら牧師に使用を提案してみようと思います。

2019/3/18(月) 午前 11:26 [ にゃあ ]


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