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特亜と軍事の時事問題
北朝鮮がミサイル撃つとアクセス数が激増する不思議

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6日広島原爆被爆
9日長崎原爆被爆、ソ連の条約破りの参戦
15日日本帝国の無条件降伏
 
と、現在、大東亜戦争(太平洋戦争)が注目される時期になっています。
 
先日、滋賀報知新聞でこんな記事を見つけました。
新聞という媒体でこういう記事が出るのはちょっと異色かなと思ったので、ここに記します。
 

秘話探訪 ふるさと報知随想
上羽田の田圃にグラマン不時着 中島伸男

 昭和20年7月25日。朝から暑い夏の陽射しが照りつけていた。
 前日につづき、米艦載機グラマンF6Fの編隊が湖東地方に襲来した。しかし、この日は陸軍八日市飛行場を飛び立った五式戦二十数機が、上空でグラマンの編隊を待ち受けていた。敵味方、入り乱れての空中戦が展開された。そんな中、五式戦の銃撃を受けたグラマン1機が白煙を吹いた。同機は、蒲生上空から平田の方向へ高度をぐんぐん下げていった。この様子を櫻川駐在所の前で見上げていた巡査が、駆け足でグラマンを追いはじめた。
 グラマンは北西方向に降下をつづけ、エンジン停止状態で平田村上羽田西方(現・東近江市上羽田町西方)の水田に胴体着陸した。小字「倉地」というところである。
 近くで植田仁三郎さん・イトさん夫婦が、「上げ草」といって最後の田草とりをしていた。その目の前に突然の不時着期。驚いた二人は片脇の白鳥川に飛び込み、這うようにして家に逃げ帰った。
 不時着期の操縦席から米兵が姿をあらわした。彼は空に向けピストルの弾丸を発射しつくすと、機外に出てきた。そして人家の見える平石集落の方向へ、白いハンカチを振りながら歩いていった。
 このころ桜川の駐在巡査のほかに、八日市憲兵分遣隊の憲兵や平田駐在所の巡査も現場に駆け付けてきた。間もなく米兵は逮捕された。まだ上空にはグラマンが飛び回っていたが、周辺の村々から沢山の人々が現場に集まってきた。鋤(すき)や鍬(くわ)を手にしていた人もいた。米兵はパンツ一つの姿で、目隠しをされていた。平田小学校の先生が通訳をしようとしたが、ほとんど話はつうじなかった。
 手にしていた竹で、捕虜の米兵を叩こうとした人がいた。憲兵が「何をするか」とそれをさえぎった。「鬼畜」と教えられてきた米兵に、憎しみをぶっつけたいという気持ち。当時の国民感情としては分からない話ではなかった。むしろ、それを止めた憲兵が冷静だった。
 米兵は、八日市憲兵分遣隊(現・八日市大凧会館付近)に連行されていった。
 『戦記文庫・液冷戦闘機、飛燕』(渡辺洋三著)に、7月25日の空中戦にかんする記述がある。同日、上羽田に不時着したグラマンの米兵は、ハーバード・L・ロー少尉であったとしている。
 空中戦の20日後、終戦を迎えた。ロー少尉が無事に帰国したことは確認されているが、彼のその後の消息については分かっていない。
 数年後、不時着現場より南へ約300メートルの白鳥川堤防に、ロケット弾が埋もれているのが見つかった。不時着の直前、自爆を避けるためグラマンが投下したものらしい。後日、警察予備隊により爆破処理された。
 戦後65年がたつ。グラマンが不時着した水田もふくめ一帯は耕地整理・河川改修がすすみ、青々と稲が育って平和そのものの農村風景が広がっている。注=グラマン不時着の話は、北岸善一さん・内堀甚一郎さん(東近江市上羽田町)からお聞きしました。『液冷戦闘機、飛燕』の記事は小松照さん(枚方市)に教えて頂きました。

2010.08.01 滋賀報知新聞(日刊)
 
戦争最後の年になって制式採用された五式戦闘機の数少ない戦闘記録ですね。
元々は三式戦闘機「飛燕」でした。
しかし液冷エンジンという、当時の日本の技術水準ではもてあますエンジンだったので、
前年4月に「整備しやすい空冷エンジンに付け替えたまへ」となり、見事、名機として生まれ変わりました。
液冷に付き物の冷却機とか尾部のバラストとか、不要なものを取り除いたらえらく機動性の高い機体になったとか。
 
では、この1945年7月25日の滋賀上空迎撃戦について、ネットオンリーではありますが、
ちょこちょこっと調べてみました。
 
まず、上記記事中では、以下のようなことが書かれています。
 
・米空母の艦載機グラマンF6F戦闘機が滋賀県内の琵琶湖東岸地域に来襲した(機数不明)
・陸軍八日市飛行場から陸軍航空部隊の五式戦闘機が前もって上空で待ち受けていた
・陸軍戦闘機隊は迎撃し、少なくとも1機のF6Fを撃墜した
 
こんなところでしょうか。
 
ウィキペディアに、7月25日の迎撃戦についての記述がありました。
 
少ないながら残されている実戦記録として、1945年7月25日、八日市市付近上空で、アメリカ海軍の軽空母ベロー・ウッド所属の18機のF6Fに対して、飛行第244戦隊所属機のうち16機で挑み、被撃墜2機と引き替えに、撃墜12機を報じている(この戦闘は日本側の完全な奇襲成功であったが、アメリカ側の資料によればF6Fの損失は2機。空戦参加機数については諸説ある)。
 
Wikipedia 「五式戦闘機」の項
 
なるほど、陸軍八日市飛行場から飛び立った五式戦闘機は、陸軍飛行第244戦隊所属だったんですね。
飛行第244戦隊は、開戦の年(1941年)に編成され、本土防空の専任部隊として終戦まで戦いました。
当初は東京の調布飛行場を本拠地として駐留しており、1944年11月には当時新型の三式戦闘機飛燕で
首都東京に飛来するB29爆撃機の迎撃任務に何度も出撃していたようです。
 
翌月には、浜松や、沖縄へ向けて出撃する特攻機の基地である知覧で迎撃任務や特攻支援にあたり、
1945年からは滋賀県の八日市飛行場で中京地区および西日本の防空を担います。
同年4月には、稼働率減少の大きな原因となっていた三式戦闘機の液冷エンジンを空冷エンジンに換装した
五式戦闘機に機種を変更し、慣れない艦載機の迎撃なども行っていました。
 
記事中の迎撃戦は、ウィキペディアによると、以下のようなことがわかります。
 
・来襲機は軽空母「ベローウッド」搭載のF6F戦闘機18機
・出撃機は陸軍飛行第244戦隊の五式戦闘機16機
・米軍記録:撃墜数不明、損失2機
・日本軍記録:撃墜数12機、損失2機
 
う〜ん、戦闘記録は双方の数字が食い違うことが多いのですが、
米軍→「2機失ったよー><」 日本軍→「12機落としたぜ(`∀´ )」 ではだいぶ数字が違います。
こういうときは、損失数がだいたい正しいといわれています。
ってことは、お互いに2機ずつを失った、いわば「互角の戦い」もしくは「痛み分け」っちゅうことですな。
 
ちなみに、記事中のF6F戦闘機が不時着した場所は、近江鉄道八日市駅から南西に約3kmの田んぼです。
 
さて、記事でいちばん目にとまったのは、八日市の憲兵の対応ですね。
米軍機不時着の後、すぐに警察、憲兵などが現場に到着したわけですが、
殺気立つ現地の人たちの、米パイロットへの暴行を冷静に抑えています。
終戦直後、つまり物資欠乏と米軍による全国主要都市への無差別絨毯爆撃により、
日本国民の米軍に対する恨みは凄まじいものであったと思います。
事実、竹で米パイロットをブン殴ろうとした人もいたとかかれていますし、
全国では、墜落した米軍機の生存パイロットを現地住民が殺害したという話も聞きます。
 
すこし穿った見方をすれば、間もなく降伏という噂が軍部では流れていましたから、
終戦後の保身を考慮しての「米兵保護」というのも考えられます。
 
いずれにしろ、墜落(不時着)した米パイロットは戦時捕虜になるので、
無抵抗なのに殺しちゃうと戦争犯罪になりますので、よかったよかったって話ですね。
あ、米軍によって日本の一般人が沢山殺されたっていうのとはすこし次元の違う話ですから。
 
 
こういう、風化しつつある戦争時の話はどんどん残していきたいと思います。
 
 
 

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    うちの地元だと大社空と美保空ですねぇ。今は自衛隊演習場になっている直江飛行場は今でも当時のままコンクリ舗装されています。話によると銀河が配備されていたらしいです。多分、うちの死んだ爺様はここで訓練受けてたんじゃないかと・・・。

    確か、玉造温泉駅にロケット弾撃ちこまれて退避列車が攻撃されたとか・・・。

    戦時国際法と国民感情は往々にして合致しないものですからね。でも、国際法は守らないと後でその責任を問われるのは自分たちなのだと・・・。

    出雲守護

    2010/8/8(日) 午後 0:56

    返信する
  • >出雲守護さん・・・
    旧軍の滑走路や施設って、けっこう現存するものがあるんですね^^
    三重県にも、海軍鈴鹿飛行場の滑走路がそのまま直線道路として残っていますし、
    記事中の八日市飛行場跡にも碑が残っています。

    当時、目の前で肉親が焼夷弾で焼かれた気持ちなんてわかるべくもありませんが、
    やはり、戦時国際法に則るのと無視するのでは大きな違いがあると思います。
    仰るとおりです^^

    後ろの6時

    2010/8/11(水) 午後 8:40

    返信する

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