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                     西新橋3−8−2にあった「梅屋珈琲」
      〈追記〉写真の店舗は現在の9階建てのビル(新橋ウエストビル)の一階にあったと思われます
 
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                      営業を止める閉店間際(1997年)の頃の店内
 
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         松屋珈琲店のサイトでは1987年ごろの2階建ての店舗の外装(1984年以前と思われます)
        虎ノ門の老舗(大正7年創業)の珈琲豆の店「松屋珈琲店」さんのサイトに載っていた写真です。
 
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           梅屋ブレンドの名前で梅屋のブレンド珈琲豆を販売しています(1000円)
 
                   松屋珈琲店さんのサイトの写真をお借りしました。
                   掲載に支障がございましたら削除いたします(ピニンP4)
 
          〈追記〉
 
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現在の同じ場所に建つ新橋ウエストビル・築年月が1984年9月とあるので最初の梅屋珈琲の写真の時はすでに現在のビルになっていたものと思われます。
 
 
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                        松屋珈琲店(虎ノ門3−8−16)
 
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                     大正7年創業の珈琲豆の卸売、小売のお店
   日本人のブラジル移民に対してブラジルより輸入されたコーヒー豆を捌くためコーヒーの普及に尽力した    畔柳松太郎氏によって開業された歴史あるお店です。戦後は梅屋珈琲店の盛業にも尽力されました。
   梅屋珈琲店は閉店されましたが、梅屋ブレンドコーヒー豆を販売されて昔の味を楽しむことができるのは    嬉しいですね。
 
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                      (ナショナル)ウエスト閃光電球
 
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                               閃光器と閃光電球
       ストロボ(電気的フラッシュ)が普及するまで暗い所で綺麗に写真を撮るには必要な機械でした。
       普通の若い方には知らない装置になったようです
初期のストロボは光量が足らず一回光らせると次に光らせるにはある程度の時間が必要でいらいらしたものです。そのためストロボが出始めたころは「フラッシュ」を好む人も多かったと思います。               (写真はウィキより借用しました)

リコー1010P

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                            リコー1010P(テンテンピー)
 
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初めて買った電卓だったと思います。1972年発売
画面表示がない分安かったようです。
同業者がリコーの会社のそばで商売をしていた関係で斡旋していただいて買ったものです
写真で見ると大きさがわかりませんが、幅は30cm近くで奥行きは45センチぐらいはあったと思います。
重量も今の物よりかなり重く手軽に持ち運べる物ではありませんでした。
数字の表示はプリントアウトされるロールペーパー上でないと判らず今思うと不便に思いますが
     当時は便利で毎日使っていました。
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  ブロ友さんの記事に懐かしい写真がありました。オリベッティのタイプライターです。私が買ったのは約40年  ほど前に買った確かオリベッティレッテラブラックという名前のタイプライターです。
  どこで買ったか忘れてしまいましたが、地元の文具屋ではなく昔ですから雑誌の広告ででも見て電話して買  ったのだと思います。1年ちょっとでバネが外れてしまい大文字にシフトするたびにレバーを上げ下げしなくて  はならずとうとう面倒くさくなってしまい込んだままになりました。インクとバネさえ取り付ければ           今でも新品同様に使えると思います。
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                     ブロ友さんが買ったのは右側の赤いバレンタイン
 
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          赤いバケツと言われ世界の働く女性に人気があった「バレンタイン」
デザインしたのは、建築家でありインダストリアルデザイナーのエットレ・ソットサス(オーストリア生まれ)で
このデザインで一躍注目されたそうです。                                           復刻版が39800円で売られているようですが今も売っているのでしょうか?
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                           マシーンファクトリー(大正7年)
        このデザイン画が渡辺節氏の目にとまって事務所に入所するきっかけになったという事だそうです                                                     (分離派建築博物館より)

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