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谷ちえ子さん...と言ってすぐにピン!と来るお方はかなりの歌謡曲&アイドル通の方だろう。
彼女は「スター誕生」出身、そこでスカウトされたのがデビューのきっかけだった。そして1977年6月1日に日本コロムビアより「花の女子高数え歌」で華々しく歌手デビューしたのだった。当時、所属していた事務所はピンク・レディーと同じT&Cで、翌年1978年デビューの天馬ルミ子さんと共に、ピンク・レディーの妹分と呼ばれていた方である。

表題のデビュー曲「花の女子高数え歌」は彼女の特技でもあった民謡の発声法を生かした、そのポップスと演歌を練り合わせたような風変わりな楽曲とユニークな歌詞、そして黒エナメル調や青のピチピチホットパンツに身を包んで歌いあげるというスゴモノ。しかもちゃんとフリまで付いており、その歌い踊る姿が当時かなり話題となったと記憶している。

彼女はピンク・レディーと同じ事務所だったことから、衣装も風貌もそれらしく脚線美をこれでもかと見せつけるようなモノ。その奇抜な衣装で歌い踊るその様は非常にインパクトがあったものだ。しかもこの曲の歌詞も…

♪(ヒロミ〜)
 ヒロミったら 足が自慢なの
 見えそな 超ミニはいてるの〜
 もぉぉ 負けそぉ

とか…

♪(シノブ〜)
 シノブったら 京都生まれなの
 女は耐えなきゃダメと〜
 オールド・チック〜

(↑これは明らかに「昔の名前で出ています」からの引用か…)
などなど、口がアングリ開いてしまうような凄い歌詞のオンパレードなのである。そしてサビからの…

♪わ〜たしの ばあいは〜
 演歌が好きで〜
 寒さこらえて セーター編んでます〜

では(↑ここも「北の宿から」の引用か…)コブシころころ回しながら歌っちゃうと言うスゴ技を魅せるのだ。さすが民謡を特技とするだけはある。まさにアイドルポップスと演歌の融合のパイオニアはアタシよ!と言わんばかりの風情が色濃く漂う楽曲なのだ。

そしてちえこさんは間髪入れずに…

♪女子高ブギウギ 女子高ブギウギ 女子高ブギウギ
 ヘイヘイヘイ!!

という攻撃をけしかけて来るのだ…。なんとも凄い楽曲なのである。ガクガクブルブル…。(笑)

この楽曲の作詞を手がけたのは太川陽介さんの歌った「Lui Lui」や川崎麻世さんの「青いシンボル」、ビューティ・ペアの「かけめぐる青春」などで知られる石原信一氏、作曲は桜田淳子さんの「わたしの青い鳥」などのヒットが有名な中村泰士氏だ。彼女の持ち味である民謡寄りの歌唱力とアイドル的なルックスを融合させるべく、かなり苦労して作られた作品に違いない。

この曲はオリコン最高84位にチャートイン、1.0万枚を売り上げた。彼女はその後も「私はシンデレラ」「あなたを愛したい」などを発売。シングル第4弾として発売した「逃げて大阪」は桜田淳子さんのヒット曲「追いかけてヨコハマ」のアンサーソングとも言われた。しかし、これら4枚のシングルを残し1978年頃に早々と芸能界から引退してしまったのだ。

個人的に彼女には最初のこの路線のまま突っ走って欲しかったのだが、シングル第2弾として発売した「私はシンデレラ」は普通のアイドルポップスに、そして第3弾、4弾と出すごとに演歌色が強くなっていってしまったのだ。「私はシンデレラ」もコミカルなかわいい曲だったが、出来ればこれのB面に収録された「就職戦線異常なし」をシングル第2弾として発売し、TVでのお披露目に至って欲しかったなと…。なぜならこの楽曲も「花の女子高数え歌」に負けず劣らずのキワモノ路線(!?)だったからナノ、残念しこたま!!

T&Cが仕掛けた屈指のクロスオーバー歌謡、歌謡界の歴史に残しておきたい1曲なのである。

補足:「花の女子高数え歌」のレコードジャケットは上記のものとは別のスリーブが存在する。谷さんが歌衣装(←黒エナメルホットパンツ!)で佇んでいるモノだ。2ndスリープだっただけに数が少なく激レアアイテムになっている模様。

☆作品データ
作詞:石原信一 作曲:中村泰士(1977年度作品・日本コロムビア)

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