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ゲリラ豪雨だの竜巻だのと…ここのところ「ここがヘンだよニッポン列島」みたいな状態?盛夏には40度超えを記録するなど…なんともまぁ、気象が過激になってまいりましたよね。それでもひと頃のあの猛暑さんがようやく去ってゆきホっとひと安心?なんて方も多いのではないかと思われ。それこそ太陽の半分が秋色?なんてくらいに…涼しく過ごしやすくなってきたのではないかしらん? それはそうと太陽の半分が秋色と言えば…そそっ、80年代アイドルの楽曲にもゴザイマシタよね。っと…いつになく短い導入部分のみで無理やりにコジつけてくる自身に驚きまくるワタクシメ。(笑)でもいいの…たまには短いのも「好きよ」とばかりに進めましょ。ってなワケで今回はココにコジつけさせていただき、あの方が放ったこの1曲をレビュってみたいと思のでありまする。 表題の「哀愁ピュセル」はイトミキこと伊藤美紀さんのシングル第2弾として、1987年7月29日に発売された楽曲。 伊藤美紀さんと言えば…
における第11会大会の栄えある優勝者でゴザイマス、ジャジャーン!そしてそのご風貌からか「ポスト堀ちえみ」なんて呼び声も高く?早くから多くのファンが付いていたもの。そんな彼女がアイドル歌手としてスタートを切ったのは1987年5月21日。見た目にもピッタリコンコン?ハマりまくった「小娘ハートブレイク」ってのがデビュー曲でゴザイマシタの。イチオシのデビューにしては時期が遅いナと思われる方も多いかもしれないが、この年度のホリプロはイチオシだった美紀ちゃんの他にも同大会でアクトレス賞を受賞した仁藤優子さんも1ヶ月遅れでデビューさせてきた。イチオシとそれ以外の新人が僅差でデビューしてガチンコ勝負ってのは…ホリプロ史上でもはじめての出来事だったのかと思われ。それまでの方式は優勝したイチオシさんを早めにデビューさせてから、その他の余り駒(失礼)を…といったモノ。この年度に限ってなぜにこういうことになっていたのかは一切合財のナゾだったりもする。 なにはともあれ、そのデビュー日から2ヶ月の間隔でリリースされた本作は作詞を栃内淳氏、作曲を井上ヨシマサ氏が手がけたもの。このコンビはデビュー曲のそれとまんま同じであるからにして、デビュー曲で上手くいった(ちなみにオリコン成績は最高18位、3.4万枚)小娘イメージをそのまんま受け継ぐ作品を…ってなノリで決められたのかと思われ。
楽曲全体のノリはデビュー曲の延長線上であるマイナー調、ソレと同様に今回もシンセを多用したダンサンブルなサウンドでまとめられているが、デビュー曲と比較するとダンスポップな加減はややおとなしめ?といったトコロか。ちなみに編曲を手がけられたのは船山基紀氏である。デビュー曲での好調をそのまま活かす形にしたいというのはごく自然な考え方だと思うが、かといってまたまた「小娘」ワードでカマすワケにもいかず…で今回はソレを別の側面から捉えたようなお言葉を突っ込んできた。ソレが…
である。そもそもピュセル(正式にはLa Pucelle) とはフランス語で、こんな意味で用いられるお言葉だったりもする。
ふむふむ…ピュセルという短いお言葉ではあるなれど、複数の意味で用いられているご様子。でもって今回の「ピュセル」はと言えば…アイドル美紀ちゃんのお歌だものねぇ、純真無垢な乙女という解釈でよろしいのかと思われ。 ♪はじけて取れたブルーボタン あなたをふりほどき 抱かれるはずの BAMBOO HOUSE 渚へかけだした ♪噂じゃふたりはもう こえてるはずのC LINE 太陽の半分が秋色になる (中略) ♪哀愁ピュセル 私 少女がせいいっぱい 哀愁ピュセル 女なんかになれないのよ 哀愁ピュセル 私 少女がせいいっぱい 恋がキュンと痛みだすの ひとり 好きなのに一線の手前でためらう少女…今はピュセルでせいいっぱい!ごまかす自分をペ天使だと嘆きながらもくちづけだけじゃ危ないの?と自問自答。コレ以上先に進むことはできないと二の足を踏む乙女のお歌...である。そのお相手さん的には「キミのミキ」じゃなくて「ボクのミキ」(ずっとなのかその場限りなのか?どんだけ真剣なのかはナゾだけんど)にしたくてたまらないのだろうけれども。このように楽曲の歌詞を確認してみれば、ピュセルの用法がソレで間違いのないモノであることが容易にガッテンできたりもするのだが。まぁ、使用人であてはめてみてもまるっきり合わないワケでもない。 道楽のためにお穴だけを利用したいという悪男(ワルオ)、そしてある事情によりその理不尽な要求に応えざるを得ない悲しき乙女の使用人…ってコレは違うでしょうよ〜いくらなんでも。言っておくけどアイドル歌手のシングル第2弾なのね...しかもソレって犯罪ですからん。オトコならではの妄想は「い・か・が」…オトコって「やっぱり」。女性読者のみなみなさま…ふらちなワタクシメにガックシコンコンの「小娘ハートブレイク」?そそくさとゴメンなさいして、いつもの「UBU」なワタクシメに戻らないとネ。(笑) それにしても美紀ちゃんの曲は、その愛らしい風貌とは裏腹の?実にエッティ含みな歌詞が多かったもの。この曲でも↑のようにそういう場面の目白押し。あの行為を相手から求められているものの、そこから先は・・・(テンテンテン)といったゆれる乙女のキモチ。だけどその描写がね…結構ストレートなのよ。それこそ「ちょっとエッチなミルキーっ娘」もとい「ちょっとエッチな○○」みたいなノリ?そのテのは辺りが暗くなると中身が見えてくる角っこの、怪しげな自販機で買える…アハン!昭和という時代は一体なんなの…滝汗。こうしたモチーフは男性諸君にとっちゃそこそこ(かなり?)ウレピイ展開なのかもしれないが、美紀ちゃんになぜこういうコンセプトが敷かれていたのかはナゾである。サビ部分の…
にしたって…少女と処女の聞き間違えでも誘発させたいんかい?といったオトコ独特の悪だくみも見え隠れ?だってそれこそラジオスポットかなんかでこの部分だけを耳にしたら…勘違いしてしまうというモノよ。だけどピュセルの意味合い的にはそういうモノも含んでいることに間違いないのだからして…ソレを上手くオブラートで包み込むお言葉として選択してみたのが「ピュセル」…だったのかなと邪推してみたり。(笑) なんせ前出の中山美穂さんがデビュー曲で「C」なんて…まんまムキ出しのタイトルを宛がった曲を歌ってヒットさせてしまう時代でしたものねぇ、はたまたスタッフさんが美紀ちゃんにそのテのエッティ性を見いだしていたのか…当時の美紀ちゃんプロジェクトの一員だった方に直撃インタブーでもカマしてみたいとトコロでゴザイマスね。 こんなトコロばかりに焦点を当ててしまうと、美紀ちゃんご本人が非常に嫌がるのは目に見えておりますので…なんせイトミキ事件なんてのも起こした方でゴザイマス。美紀ちゃんの歌声やパフォーマンスにもきちんと目を向けておくことにいたしましょ。 デビュー曲でのイカリ肩?ダンスもそれはそれでとってもイカしておりましたが、今回の「哀愁ピュセル」だって負けてはおりませんのよ。もう元気いっぱい…これでもか!とばかりの大ぶりダンスをお披露目するの。だからなのか肝心のお歌の方がややブレ気味…なのはご愛嬌か^^。だけど声質はとってもいいモノを持ってらっしゃる…特に中音域。だからこそ「もっと歌を聴いてよ」という自負も出てくるのであって…きっとご本人は「歌」というものをシカリとやりたかったヒトなのではないかと。そういう意味で○ンチラばかりに注目が集まってしまった悲しき現実…ご本人的にはイヤでイヤでたまらなかったのではないかと。まさに「哀愁ピュセル」を地でイってしまったイトミキちゃん…もったいのうゴザイマス。
オリコンでのお成績は最高13位、登場週数7、累計で4.5万枚というモノ。デビュー曲比較で上向き加減なのがウレシイし、アイドルにおけるシングル第2弾としての役割はシカリと果たしてくれた1曲である。こんな上り調子だったから、賞レースなどでもその愛らしいお顔をしこたま見せてくれるのかと思いきや…出てくれはったのは「メガロポリス歌謡祭」(テレビ東京)の1回ポッキリ?頻繁にお出になられていたのは大会での次点扱い?(アクトレス賞の)仁藤優子さん…しかもノドを患われてお声が全然出てないやん、ありえへ〜ん…といった散々たる状態で。例のキャラバンで優勝したのは美紀ちゃんだったはずなんだけど、なんだか早くも雲行きがおかしくなっていつしか脇役みたいな存在に…アセ。
社のオーディションでは先代成功者の後ガマ探しが全くもって上手くいかず、やっとこさその過ちに気がついての方向転換?ポストちえみとして選んだとおぼしき素晴らしき逸材をこんな風に扱ってしまうなんて…一体どういうことなの、プンプン。まさかピュセルな美紀ちゃんを「使用人」って意味で捉えていたワケじゃないでしょうね〜おいおい。この曲で「ザ・ベストテン」のスポットライトに登場するなど…オシてくれていたみたいなのだけど?それにしてもどうにもこうにも腑に落ちきれず?スッキリしやしないイチオシさんのニオシ扱い…ピュセルの涙もチョチョ切れるぅ〜ありえへ〜ん営業方針でゴザイマシタわ。(笑) ☆作品データ
作詞:栃内 淳 作曲:井上ヨシマサ(1987年度作品・CBSソニー) |

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