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さてさて、またもやゴブサタとなりました「キャッチフレーズ辞典」。やる気をだしても、なぜだかついつい間延びをしてしまうというこの不可思議な書庫。まさか「キラリ・涙」を流した挙句のさよなら宣言とかないですよネ?いいえ...ありません、キリっ。ご精読してくださる方がいらっしゃる限り、しつこく続けさせていただきますワ。笑) それはそうと、「キラリ・涙」と言えば
でゴザイマスよね。 ってなワケで、いつものように強引にコジつけを施し、例のごとくキャッチフレーズ考察を展開したいと思うのでありまする。リクをいただいておりました皆さま...大変お待たせいたしました! さて、本考察記事の主役である水谷絵津子嬢は、かの有名なオーディション番組「スター誕生!」のご出身。当時のプロフィールを確認したところ
となっておりました。スゴイではないですか〜えっちゃん。決戦大会におきましては、河合奈保子嬢の「大きな森の小さなお家」を熱唱。そしてこのパフォーマンスを良しと評価してくれたのが
の三社だったのでゴザイマス。オーロラとは、後にルー・フィン・チャウ嬢が所属したところとしても知られているか。まぁ、当時の業界では中堅くらいに位置する芸能プロダクション?えっちゃんも、そしてチャウ嬢も「夜のヒットスタジオ」へネジこんでいるくらいだから、そこそこにネゴ力は持っていた事務所だったのかと思われ。 それはそうと...もしも研音がえっちゃん獲得に成功していたら、38回大会にて研音からスカウトを受けていた中森明菜嬢とも同じ事務所に籍を置くことに?後に花の82年組と呼ばれることになったデビュー組において、明菜嬢と二足のわらじで売り出すつもりだったのかしらん、ナゾ。当時の研音にそんな余裕があったとも思えず?どのような企みが成されていたのか興味シンシンでゴザイマスよね。まぁ、実際の段階にてテキトーにネゴり、両社win-winにしたつもりなのかもしれないけれど。 なにはともあれ...そうはならず、日本コロムビアとオーロラの組み合わせに落ち着いたえっちゃん。そして、1982年5月21日に歌手デビューが決定したのでありました。そんな彼女のデビューにおけるキャッチフレーズが
コレだったのでありまする。
このようなコンセプトに基づき...お名前ロゴもこんな風にデザインされたのでゴザイマス。
あら?さくらんぼ???これはどのような関連づけが成されていたのか。 えっちゃんの故郷は大分県。大分で有名な果物と言えば
などの柑橘系だったとキオク。同県における果物生産ランキングとやらを調査ってみても、さくらんぼの「さ」の字も見つけることができませんでしたが...はて。笑) まぁ、これはおそらく...カボスやハッサクでは絵柄にしづらかったこと?それとアイドルっぽい可愛らしい響きに欠けたこと?これらを考慮した上でのさくらんぼ攻撃だったのカモしれませぬ。もしかしたら「絵津子!好きな果物はなぁ〜に?」の問いかけに、えっちゃんが「さくらんぼどぇ〜す」とお答えになったという読みもできますかしらん?それにしちゃ彼女のプロフィールの好きな食べものの欄...さくらんぼの「さ」の字も書いてないけんど?あ〜もう錯乱(サクラン)しちゃう。笑) そもそも英語の世界における「フルーシィ」(Fruicy)は、フルーツから派生した造語。もしかしたら、えっちゃん陣営が彼女の外見から受けるふんわりイメージを考慮し、他ニタピロ単語「フリーシー」(Fleecy意味:ふわふわした)あたりとかけあわせて発想したのかもしれませぬ。まぁ、ここまで熟考されたのかどうかはナゾだけんど。笑) いえいえ...よ〜く練られて考えられたはずでゴザイマスよ。だってこれらを見てよ。
お金かかってまんな〜Wジャケットにカラーレコード、そしてピクチャーレーベルとキたもんだ!しかも両面で異なるお色と写真を使っているという、素晴らしきお仕事っぷりに圧巻。レコード盤でできうることはすべてやりました〜と言わんばかりの豪華仕様になっとります。気合いの入れ具合に関しまして同期比較でモノ言えば、北原佐和子嬢や新田純一クンあたりと双璧なのか。 にしちゃ気になるのがこの髪形か。 82年のこの頃と言えば...そそっ、女の子はみ〜んなレイヤードカットにしていたもの。そのようにさせたのは、なにを隠そうあの方...太陽の女王様だったことは言うまでもなく。水谷絵津子嬢だってその例にもれることなく...素人時代はこ〜んなにキャワゆい御髪にされていたのでありました。
が、しかし...大切なデビュー曲のレコードジャケットでコレって一体^^;。素朴で可愛いのはたしかなのだけんど、なにやら主流からは大きく外れてしまったような気も...。所属が日本コロムビアということで、もしかしたら榊原郁恵ちゃん路線でも狙ったの?狙いうちしたいキモチは分からないでもないけれど、時代の流れはご考慮いただかないとネ〜。まさかの森"たわし"昌子さま追従ではないわな。レコ会社も事務所も違うからソレはないっしょ。笑)それにしても"フルーシィな女の子"というよりも
といった字抜け〜による、70年代ちっくな雰囲気でいっぱいになってしまった模様。デビュー前は、ご自身もご満悦だったであろう、実に可愛い聖子ちゃんカットでキメまくっていたえっちゃん。こんな風にバッサリとカッティングされてしまい...その時のおキモチはさぞかし
コレだったのでは?なんといってもえっちゃんは乙女...まだミドルティーンの女の子でしたからん、こんな風にon theまゆ毛になるような髪形はイヤでイヤでたまらなかったことかと。この後に御髪をそそくさと元へ戻されていたことを見るにつけ、えっちゃんにとりましても
というほどに、イヤンな髪形だったのかもしれませぬ。
そんな無理じいさせられる芸能界に嫌気が差したのか...デビュー翌年の、さほど時が経過しない頃、えっちゃんはあっさりと引退してしもうた、泣っ。
いえいえ!えっちゃんにとりまして、芸能界にいた日々は良き思い出になっとりますよね? こんな風に祈念しながら、今回の「キャッチフレーズ辞典」は〆たいと思うのでありまする。 またまたお付き合いくださいまして、ありがとうございましタン。
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☆えっちゃんマンさん:いつもありがとうございます。
イジリーさんがそのようなご著書を...存じ上げませんでした、滝汗。彼も昭和アイドルに造詣のお深い方だったのですね。そもそもイジリーさんのご活躍をあまり存じ上げず...イケませんね、反省。しかも、えっちゃんが愛する水谷絵津子嬢の熱烈なる?ファンだった模様で...エッチャンファンならば絶対に購入すべき本のようでゴザイマスね。親衛隊にも入っていただなんて...もう筋金入りと言ってしまってもよろしいのではないかしらん?おそらくはオリコンも購読していたはずですからん..."えっちゃんマン"というハンドルネームだってごキオクに残されているはずでアリマシテ。笑)
いつぞえ...一時帰国した際に、古いオリコンを整理しておりましたら、お名前を見かけましたヨン。思わず笑ってしまいました...あゝ今この方と近しいお知り合いになれたのだナって思いまして。
三浦海岸サマーフェスティバル...ナツカシイ。正式名称は「夏だ!三浦だ!サマーフェスティバル」だったような。手元に当時の録音テープがあるので確かめてみますね。笑)
2016/10/9(日) 午前 7:13
この度は東京MXTV「5時に夢中」にご出演の段、誠にお目出度う御座ります。
親衛隊と申せば、えっちゃんがデビューまもなく、「スタ誕」に親衛隊隊長を従えて他の同期デビュー組(新井薫子、石川秀美、小泉今日子、中森明菜)と出演していたのを思ひ起こしまする。隊長たちはまず各人の「キャッチフレーズ」を叫んでおりましたな。
西日本在住にて視聴は叶いませぬが、早朝より取り急ぎ投稿まで。
[ デストテック ]
2016/11/29(火) 午前 6:27
☆デストテックさん:こんにちは。コメントをありがとうございます。
テレビ出演の関しましてのお言葉、嬉しく読ませていただきました。
スタ誕のその回、覚えておりまする。エッチャンの…ちょいと我の強そうな部分が出てしまったシーンがゴザイマシタよね、滝汗。
「5時に夢中」に関しましては、某有名動画サイトに毎回分が配信されておりますので、検索にて探してみてくださいませ。
温かなお言葉に感謝いたします。
2016/12/3(土) 午後 0:38
えっちゃんの決戦大会の歌は、奈保子さんだったのか・・・それで、コロムビアが投票かしらん?
さて、その決戦大会のゲストだった初代チャンピオン森昌子さん、デビューに際して髪型アドバイスしたかどうか、今日の土曜スタジオパークで告白してチョ(謎)。
www4.nhk.or.jp/dosta/x/2017-03-18/21/34221/1065629/
同じく決戦大会のゲストだった岩崎宏美さんは、スタジオパークはVのみ登場ですが、夜7時からのBSフジの艶歌四人姫の番組では、夜ヒットメドレーに次いでご本人登場?はないかにゃ、やっぱり。
tv.yahoo.co.jp/program/27557551/
[ ギムリン ]
2017/3/18(土) 午前 3:19
☆ギムリンさん:毎度ありがとうございます。
>えっちゃんの決戦大会の歌は、奈保子さんだったのか・・・それで、コロムビアが投票かしらん?
えっちゃんはその大会で、奈保子さんのデビュー曲を唄いましたネ。緊張されていたのか?音程が外れ気味だったようですが...受かったんだから良しといたしまショ^^。
雰囲気的にも...いかにもコロムビアといったご風貌でしたものねぇ、水谷絵津子嬢は。まんまる顔で...。
2017/3/31(金) 午後 8:37
チェリ〜さん、こんばんは。
4月18日を迎えまして、今日は“水谷絵津子”をされていたお方のお誕生日でゴザイマス。えっ!もう半世紀かぁ…まぁ、私の中ではえっちゃんは永遠の15歳です(笑)。
半年ほど前、イジリー岡田氏が「ニッポンのアイドル」なるご本を出版され、その中でえっちゃんのお名前を何度も出したと思ったら、イジリー氏はえっちゃんの親衛隊をされていたというのにビックリしましたが、そのイジリー氏が15日、こちらの駅ビル開業2周年記念イベントのゲストでいらっしゃいまして、もしかしてそういうハナシをするチャンスが無いかなぁ?と思っていたのですが、イベントの規模が大きくてとてもそんな余裕はありませんでした。イベント終了後、イジリー氏は私の目の前を小走りで通過され、次へと向かわれました。
イジリー氏はこれで修学旅行も含めて“おんせん県”へ来るのは3回目だそうですが、えっちゃんの故郷って認識はあったのかなぁ?イベントではそういうハナシは出ませんでした。まぁ、そういう話題を出しても場がヘンな空気になるだけですが(私は嬉しいケド・笑)。
今日はつボイノリオさんのお誕生日でもあります。
[ えっちゃんマン ]
2017/4/18(火) 午前 0:38
☆えっちゃんマンさん:またまたありがとうございます。パソ復旧後、コメント炸裂しておりますねっ。
えっちゃんのお誕生日とのこと、ツイッターでもお祝いされている方がいらっしゃいましたので、デビュー時のプロモキット画像にて一緒にお祝いいたしました。たしかえっちゃんマンさまも持ってらっしゃったモノかとは思いますが、念のため。
イジリーさま...えっちゃんの親衛隊にいらっしゃったのですね。えっちゃんマンさんの地元へもご来訪されたとのこと、喜ばしい限りでゴザイマス。しかし...お近づきまでには至りませんでしたか〜規模が大きいと難しいですよね〜♪好きよあなた〜好きよあなた〜と「接近」するのは。苦笑)
ワタクシメもいつか...おんせん県を来訪したいですワ、また未踏の地なの。まぁ、知名度もないもので歌謡イベントのようなものでお呼びがかかることなんてなさげだけんど。だから自腹でイクことになりそう???笑)
つボイさんのお誕生日、水谷えっちゃんと一緒でしたか。こちらもおめでとうございます。
2017/4/18(火) 午後 8:24
わずか1年足らずの芸能活動...デビュー曲のジャケ写がね...特に髪型。中三デビューで義務教育期間中、お子さま向けが得意なコロムビアだったから冒険はできなかったのかもしれませんが、陣営は売る気があったのかいな?デビュー曲のジャケ写で大損していたのは、同期の青葉久美、85年デビューの若林加奈もそう。デビュー曲そのものは頭サビで親しみやすいミドルティーンポップの佳作、テレビでもよく見ました。ホント可愛かったのに惜しいワ。明菜とKYONKYONとは仲よかったみたいですね。最終作の「ハートじかけのプレゼント」はシュールな米SF映画「時計じかけのオレンジ」のパロディー?「ハートじかけのフルーシィ」なさくらんぼGirl。
私も ♪キラリ 落ちて 涙
ビーナスが泡から生まれて 雪の中の少女〜 の如く フェードアウト 儚いっス。でも可愛かったっス。
[ 魔子りん ]
2017/5/4(木) 午後 5:51
チェリ〜さん、こんばんは。
魔子りんさん、さっそくのえっちゃん評をありがとうございます。
“陣営は売る気があったのかいな?”の件ですが、宣材グッズをいくつも作っていたり、結構おカネはかけていたと思いましたが、同時期に伊藤かずえさんも手掛けていたので、ちょっと散漫なカンジになったのは否めません。ジャケ写については私も“もうちょっと何とかならんかったのかなぁ?”と、当時でも思っていましたよ(笑)。コロムビアはジャケ写に難がある事が多かったと、私の中では認識していますが…。なぜだろう?
「ハートじかけのプレゼント」は「時計じかけのオレンジ」から出たタイトルなのは間違いないですね。おかげで?タイトルを「ハートじかけのオレンジ」って間違えられた事もありました(泣)。
只今、BSジャパンで9年前の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」を再放送していますが、マドンナが伊藤かずえさんの回でゴザイマス。
[ えっちゃんマン ]
2017/5/4(木) 午後 7:18
はじめまして! 「キラリ・涙」はオリコン100位以内に6週ランクインで1.4万枚売り上げ、健闘しました。髪バンドがかわゆい。なぜ髪バンドのことをカチューシャというのですか? えっちゃん、君はボクがみた光 ボクがみた希望 だったよ! それでは失礼します。
[ スブタイシャー ]
2017/5/6(土) 午後 5:08
☆魔子りんさん:こんばんは、早速のご反応ということでヨロシュ〜ゴザイマスか?なにはともあれ、エッチャン記事へのコメントをありがとうございます。
>デビュー曲のジャケ写がね...特に髪型。
コレに関しては満場一致?デビュー前の方が可愛かったのに...一体どなたがザックリされたのかしらん、ナゾ。センスを疑いますワ...7月頃にはすっかり落ち着いて、改めて可愛らしくなっておりましたけんど、デビュー曲のジャケは買うか買わないかの判断も生じる重要なモノでしたからネ。
青葉久美ちゃん、若林加奈ちゃんもたしかに...おふたりとも実物は可愛いのにジャケ写が。レコード会社で選んだ方々もソレラでかわゆいと思っていたのか...ナゾは深まるばかり。
>ビーナスが泡から生まれて 雪の中の少女〜 の如く フェードアウト 儚いっス。
サビ後の、キュンと来る切ないメロディーも良いですよね。そして..."儚い"つながりで"今井まことクン"をだしてくださりありがとうございます。少し前に現奥様がこちらのブログにお見えになったけんど...すっかりご無沙汰になってる
2017/5/6(土) 午後 9:08
☆えっちゃんマンさん:こんばんは、いつもありがとうございます。
えっちゃんマンさんのお声がけにより...水谷絵津子嬢の記事が俄然活気づいてまいりましたネ。
>同時期に伊藤かずえさんも手掛けていたので、ちょっと散漫なカンジになったのは否めません。
そうですね、82年のコロムビアには伊藤かずえ嬢もいて...手元に両社のデビュー時宣材がありますが、どちらかというと伊藤かずえ嬢のが丁寧に作られてる感じもいたします。水谷嬢のは織り込み式でステキなのですが、写真がやはりジャケ写のと一緒といふ...。
その分...ファーストアルバムを出す頃にはすっかり落ち着いてらっしゃり、可愛らしいジャケ写になりましたよね。やはりジャケットで買うか買わないか判断する場合もありましたから、お顔や髪形のコーディネイトや写真選び入念にしていただきたかったですよね。
「ハートじかけのプレゼント」に関するご説明、ありがとうございます。まぎわらしくて間違いやすい^^;。オールディーズ歌謡で可愛い...その曲をシングル2枚目にしたらよかったカモ?
2017/5/6(土) 午後 9:13
☆スブタイシャーさん:はじめまして、コメントをありがとうございます。
>「キラリ・涙」はオリコン100位以内に6週ランクインで1.4万枚売り上げ、健闘しました。
まさにおっしゃるとおり。100位以内にチャートインしたのはごリッパでゴザイマシタよね。82年組でも入れない方はいらっしゃいましたから。オリコンで1.4万枚なら実売は5万枚以上はあったことでしょう。
>なぜ髪バンドのことをカチューシャというのですか?
ちょこっと調べてみましたら"大正時代にこれを題材にした演劇が大人気となり、松井須磨子が演じた「カチューシャ」がこの型のヘアバンドを着けていたためという説がある"と。本来はロシア語の女性名ですから、日本での使われ方はスラングですよね、海外では通じません^^;。
2017/5/6(土) 午後 9:18
日本コロムビアは本邦最初のレコード会社のひとつで、演歌・歌謡曲以外では学校音楽教材や子供向けの特撮・アニメソングのレコードが中心でした。70年代半ばからアイドル歌謡を手がけましたが、有名ドコロでは郁恵「私の先生」→ナオナオ「大きな森の小さなお家」とお子さま向けの系譜が続き、えっちゃんもその延長線上のコですね。お色気は排除した健全路線、そうなるとジャケ写の撮影もやっつけ仕事になり、難があるのかも。対極の会社がCBSソニーかな。
えっちゃんが歌っている傍で明菜が急いで退出するのを観たのが、私がえっちゃんをテレビで観た最後の記憶です。テレ東のヤンヤンだったかな?
[ 魔子りん ]
2017/5/24(水) 午後 5:57
☆魔子りんさん:いつもありがとうございます。
>日本コロムビアは本邦最初のレコード会社のひとつで、演歌・歌謡曲以外では学校音楽教材や子供向けの特撮・アニメソングのレコードが中心
童謡とか、そういうのも多かったですね。音羽ゆりかご会の面々も、オールスター大運動会に借り出されたりしてましたし。頭数確保が楽でよいナ…と、ハタから見て思っておりましたけんど。
>有名ドコロでは郁恵「私の先生」→ナオナオ「大きな森の小さなお家」とお子さま向けの系譜が続き、えっちゃんもその延長線上のコですね。
アイドルの雰囲気からも「日本コロムビア」が伝わってきましたよね。コドモ番組のお姉さんになってもおかしくないような、丸いお顔立ちの方が多く。水谷絵津子嬢がなぜゆえにコロムビアからスカウトと相成ったのか…うなずけましたもの。デビュー盤のジャケ写ともども…プロモ用のキットも同じ写真が。しかも広げると全身が写った写真になるのですが…う〜ん、なんともといった風でアリマシテ。本来はかわいい方だったのに…これではそうでないと誤解を招く恐れのあるといった風。
2017/5/30(火) 午前 7:20
☆魔子りんさん:(続き)
>えっちゃんが歌っている傍で明菜が急いで退出するのを観たのが、私がえっちゃんをテレビで観た最後の記憶です。テレ東のヤンヤンだったかな?
アレは一体なんだったのか…番組をコッソリ抜け出すとは。よほどの急用だったのかしらん、ナゾ。ちなみに、番組は「アイドルパンチ」ですヨン。
2017/5/30(火) 午前 7:20
いつもこんばんは。
えっちゃんが歌が下●と言う声が一部であるようですが、天下の「スタ誕」グランドチャンピオンですぜ。音程は不安定な部分がありましたがね。あのキャッチーな ♪キラリッ ほろりっ なみっだぁ─ の頭サビはえっちゃんの突き抜けるような直球声だから魅力があるんですよ。アイドルで私的に超絶なる歌唱力の持ち主だと思ったのは、70年代末期の「ここはWhere?」の人かな〜。ちょっとムキになってしまいスミマセン。
[ 魔子りん ]
2017/8/2(水) 午後 7:56
☆魔子りんさん:いつもご愛顧をありがとうございます。
>えっちゃんが歌がと言う声が一部であるようですが、天下の「スタ誕」グランドチャンピオンですぜ。音程は不安定な部分がありましたがね。
音程がブレる箇所があっただけ。ミドルティーンの少女独特の、淡い歌声がデビュー曲に似合っていたと思います。シングル第三弾は練習不足?だったのか…ブレブレを感じさせる箇所もありますが。それもご愛敬…ハートじかけで可愛い、オールディーズ歌謡なのですから、違和感はありません。
>アイドルで私的に超絶なる歌唱力の持ち主だと思ったのは、70年代末期の「ここは?」の人かな〜。ちょっとムキになってしまいスミマセン。
えっちゃん擁護のお声…ありがとうございます。えっちゃんマンさんもお喜びかしらん、ナゾ。ここは?の方は…あの方のことかな。それでも性格コットン100%〜コザッパリした性格で、アイドル稼業には不向きだったのかもしれません。神輿担ぎが大好きでしたでショ。ご本人の個性を活かしたらよかったのでしょうけど、事務所は初代チャンピオンへ倣え…でしたからネ。
2017/8/3(木) 午後 11:28
芸能雑誌「明星」の1982年の夏の号にえっちゃんが特集されていましたが、いつの間にかチリ紙交換に出してしまいました。記事の内容は目黒区の中学に在校中、私は中学三年生〜とあったのはキオク。他の内容は忘れちゃいました。Net情報によると、「POCO A POCO」という雑誌にも特集されていたとのこと。聞いたことがない雑誌名です。チェリーさん、「明星」の記事内容も含めて、ご存じであればお教えくださいませ〜。
[ 100%妖怪 ]
2018/3/25(日) 午後 3:31
☆100%妖怪さん:コメントをありがとうございます。
82年『明星』の夏号…実家にありますよ。水着でのショットもありましたね、たしか赤い水玉だったかな。堀ちえみさんともども、82年組の中では最年少組に属しておりましたよね。16才が花盛り…北原佐和子さんや渡辺めぐみさんの18才でも十分にお若いのに、その中だと、どこかオバサン扱いされてしまうといふ。
「ぽこ・あ・ぽこ」は、東京メールセンターという、おもに通販でアイドルグッズを販売していた会社が刊行していた冊子でした。通常の本屋さんでの販売はなく、その場で買えるのは、ブロマイドなどを売っている店等でした。当時、現金書留にて購入した「ぽこ・あ・ぽこ」が複数冊残ってます。えっちゃんの記事、あったかな?
『明星』か『平凡』か忘れましたが、デビュー早々にビキニ姿もご披露なさってましたね。内容は田舎から出てきて人がいっぱいの東京にビックリ!だけどガンばりま〜すといったものだったと思います。
2018/3/27(火) 午後 7:41