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さてさて、気がついたら6枚目のカレンダーがお顔出しに。ということは、1年の約半分はすでにエンドってしまった...というワケでアリマシテ。1月からの半年をふりかえり"輝け!日本生活大賞"を受賞とばかり、胸はって言えるような充実の日々を過ごされたという方はどれほどいらっしゃるのか。

ワタクシメの場合は後悔しきり...ああすればよかったこうすればよかったと嘆きのマンデーナイト、どころか嘆きのエヴリディだったりも。笑)それでも周囲の方々に助けられ、コラムの連載などの新しいことにもチャレンジさせていただいておりますの。そちらの方もこのブログ同様、何卒よろしくお願いいたしますネ。

それはそうと"輝け"と言えば、ソレをキャッチフレーズに宛がったアイドルさんがいらっしゃいましたよね。今回はココにコジつけ、いつものように昭和アイドルのキャッチフレーズを考察してみたいと思うのでありまする。

で、気になるそのアイドルさんとは

芳本美代子さん

この方なのでゴザイマス、ジャジャーン。そして、彼女がアイドル歌手としてデビューするにあたり授けられたキャッチフレーズが

輝けミッチョン!

コレだったのでゴザイマス。もひとつ"僕たちの妹、みつけた!"という記述もネット上にて確認したのだけど、当時の宣材やらには見受けられずでアリマシテ。たしか最初にお出しになった写真集の題名がソレだったとキオクするのだけんど?

それはさておき、↑のキャッチフレーズどおり芳本美代子嬢ば"ミッチョン"の愛称で親しまれた、紛れもない80年代アイドル。しかし、アイドル歌手をご廃業されてからというもの、そのブランクはかなり長めになっておりまして。しかも、歌での活動はおろか、そういった類のイベント出演などが殆どない方であるからして。かつてはアイドル歌手をしていたことなど、スッカリコンコン忘れさられてしまっているのでは?と心配してみたり。

このような状態なもので、当時を知る"リアル世代"でないと、芳本美代子という芸能人がどんな方なのか存じ上げないという恐れもあったりで。それこそ♪ハテナマークが飛び出ちゃうのよ〜ってな状態も想定内に入れておくべきなのか、ナゾ。

ってことで、今回は♪恋のプライベートレッスン〜っとばかりに、彼女に関して一緒に学んでまいりたいと。モチ、コレの引用元は彼女のヒット曲「プライベート・レッスン」から。だからといって"恋"にはしなだれかかりませんのであしからず。笑)

【レッスン1:デビューのきっかけ】

山口県に生まれ、広島県でお育ちに。中学3年生の頃、KBC九州朝日放送主催のオーディション「第5回福岡音楽祭・新人登竜門ビッグコンテスト」に出場。ソコではあいにく出場のみにとどまってしまったものの、放送を視聴していたテイチク関係者がスカウト〜!

さようでゴザイマシタか。この頃になると〇〇オーディション優勝とか、〇〇会社のプリンセスコンテスト優勝とか、そういった仰々しい冠を宛がったデビューが目立ったもの。しかし、ミッチョンの場合は割とおジミなところがスタート地点だった模様。

【レッスン2:1985年3月21日】

晴れて芸映プロダクションへの所属が決まったミッチョン。そして、いよいよここから華やかに!テイチク期待の新星として船出したのでありました。デビュー曲は松本隆氏&井上大輔氏がコンビを組んだ「白いバスケット・シューズ」。コレは学生時代のご経歴、バスケ部に身を置いてらっしゃったという事実を活用した"ふくらませ方式"だったのかと思われ。

85年当時は、同期新人アイドルの幾人かが"バスケットシューズ"をモチーフにした曲でデビュー。コレは皆さますでにご存じのとおりかと。そそっ、石野陽子嬢(現:いしのようこ)&森田まゆみ嬢のことを指すのでありまする。マニアの間では"バスケットシューズ戦争"と呼ばれたこともありましたネ。81年の"ちょっと戦争"より規模拡大か。笑)

【レッスン3:アイドル歌手としての最盛期】

デビュー1年目のミッチョンは、あと一歩のところでヒットチャート誌のベストテン歌手と相成らず。しかし、翌年6月に発売のシングル第6弾「青い靴」でようやくソレの仲間入り。以後、4作品連続、計5作品をベストテン内への送り込みの成功!目玉TVが輩出した"猫軍団”が猛威をふるう中、多いに気を吐かれたものでゴザイマシタ。

しかし...神は時として非情なものでアリマシテ。長続きしなかったのでありまする。

【レッスン4:アイドル歌手としての晩年】

CDという新しい音楽媒体にとって代わられ、従来のアナログレコードは衰退の一途を。その影響はアイドル歌手へも飛び火。ミッチョンはリリースする曲をベストテンに送り込みながらも、レコ売り上げはジリ貧傾向になるというやるせなさ。そして、87年後半あたりからは本格的な失速がはじまってしまい、1990年をもって歌手活動をエンドることに。

時代の流れとは言え...カナカナカナシィ〜。ミッチョンのみならず、同時期にデビューした他アイドル歌手の多くにも言えることでゴザイマシタよね。みなさんご苦労されてらっしゃいましたもの。

それでも一時はベストテン歌手としてブイブイ言わせた時代があったのだから

輝けミッチョン!

アイドル歌手としては充分に光輝いてくださったのではないかと。たしかにもうちょっと〜という悔やみのようなものはあるなれど。そういう意味ではこのキャッチフレーズ、ミッチョンにピッタリ?時代を先読みしたソレと言えるのカモ。

コレをミッチョン陣営が考察していた頃は"猫軍団ブーム"の夜明け前。奇しくもソレが、猛威をふるう軍団に対しての「輝け」と言わんばかりになってしまったのも、これまた運命なのかニャン。

しかし...ミッチョンはガムばっておりますよ。今でも芸能界に身を置き、まい進してらっしゃいますからん。

イメージ 2新人歌手、芳本美代子を紹介するためのプレスキット。中央下にはロゴと共に"輝けミッチョン"の文字が。
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開いたページにはデビュー盤両面の歌詞を、ミッチョンの横顔と一緒に掲載。携えるのはもちろんバッシュ。

イメージ 4更に開いたページには松本隆氏からのお言葉を掲載。

〜彼女の歌声から感じられるポップな感覚〜

レコーディングのとき、ずっとスタジオにいたのですが、彼女の持って生まれた"感覚"に驚かされました。彼女には、先天的なポップ感があります。以下省略。

イメージ 5緑したたる芝を背景に、バスケで鍛えたとおぼしき健康体をお披露目。

【レッスン5:現在のミッチョン】

私生活での色々もきれいサッパリ片付いて?女優・タレント業を本格再開!ドラマや旅番組、バラエティなどでもお見かけするようになりましたものネ。それに、ちょいと前にお出ましになられた某トーク番組では「アナタのトークは昭和なのよ!」と、ピシャリされてしまったミッチョン。なにやらショボンと涙目風になっていたような。たしかに、あの歯に衣着せぬ物言いで知られる司会者さまから面と向かって言われたら...誰だってビビりますがな。

「時代に取り残されても知らなくてよ〜」

セリフは定かではゴザイマセンが、なんだか似たようなこと言われていたような、滝汗。

🎵参考書を〜かしてぇ〜

ここはミッチョン...色々とお勉強していただき、くじげずガムばってくださいナ。「阿国」で女優開眼された時のように。あの時はたしか、共演の木の実ナナさまにシゴかれたのでしたよネ。ならば今度は〇みちゃんからご指導を賜ってトークの女王を目指す!...ってのは「い・か・が」?笑)

輝けミッチョン!

アナタがふたたび輝く日を願い、ずっと応援してまいりますヨ。でもサ...たまにはお歌も唄ってネ。

ってなワケで、今回の「キャッチフレーズ辞典」はこれにてお開きにいたしまする。

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いつも「昭和TVワンダーランド」へのご訪問を誠にありがとうございます。

本日はお知らせがございますヨ。

この度「歌謡曲リミテッド」という音楽情報サイトにて、コラムの連載を担当させていただくことになりました。これもひとえにお支えくださっている皆様のおかげでゴザイマス。ありがとうございます。

「歌謡曲リミテッド」とは、Kinyosha Creative Works Incが運営する歌謡曲情報のページ。最新ニュースと独占インタビューの歌謡曲専門サイトです。

コラムの連載といっても、非力な文章力でどれだけ続けられるのかナゾではあります。が、処女作がすでにうp済でアリマシテ^^;。なお、更新は不定期となりますので、この点に関しましてはご了承のほどお願いいたしまする。

【サイトの名称】歌謡曲リミテッド
【サイトのURL】http://kayo.musicshelf.jp/  
【コラムのタイトル】チェリーの歌謡曲ワンダーランド

題名からお察しいただけるとおり?アイドル歌謡以外の分野も書いてまいります。当ブログでの雰囲気からは少し変え、歌謡曲全般の色々を綴っていく予定です。

それにしてもまぁ...キャワゆいバナーになっちゃったな〜もう。プロのデザイナーさんが作ってくださったのですが、原案からは随分とかけ離れ...いと恥ずかしや。笑)

どれほどの可愛さなのか確認したいという方は"こちら"からどぞ〜^^;。

なにはともあれ...当ブログともども、ご愛顧いただけますと大変嬉しゅうゴザイマス。何卒よろしくお願いいたします。

チェリーより
2016年5月23日
こんにちは。

いつもアイドル歌謡研究ブログ「昭和TVワンダーランド」へのご訪問をありがとうございます。

さて、本日はコメント投稿についてのお願いがございますので、本記事にてご説明とさせていただきます。

ほとんどの方にはお守りいただいている件ではございますが、念のための記載いたしますネ。

【コメント投稿に関してご遵守いただきたい件】

1:他サイトならびにブログ内容をそのままコピーしてのご投稿はご遠慮ください。
※それらを参考とし、ご自身のお言葉でご投稿されるのは問題ないと思います。
2:なりすましとしてのご投稿はお控えください。
※"なりすまし"と断定できる投稿がございました。

当ブログは、ヤフーIDをお持ちでない方にもコメント投稿いただけるようにしております。ヤフーIDの有無に関わらず、昭和アイドルについて皆さまと楽しくお話しできる場所...これを理想としております。しかし、上記をご遵守いただけない場合、記事のコメント欄をログイン必須へと変更せざるをえなくなります。この点に関しましては予めご了承をお願いしてもよろしいでしょうか。

取り急ぎ、コメント投稿についてのお願いまで。

今後ともよろしくお願いいたします☆彡。

チェリー(CHERRY★CREEK)
2016年5月14日(土)
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タカラより1967年に発売されて以来、女の子用玩具として親しまれ続けている「リカちゃん」。今でも多くのコレクターでひしめき、オークション等では過去に発売されたグッズ類が、かなりの高値でお取引。美品だと20万円以上の値が付けられるものも存在する模様。いやはや、リカちゃん人気は不動のようでゴザイマスね。時代によって、その姿形は変え続けてきたリカちゃんではあるけれど、マニアさんの間で絶大なる人気を誇るモデル…というものもチラホラ存在するらしい。

発売当時の商品名は「ピチピチリカちゃん」。まず、おクビ部分にひと工夫があり、最初から少しかしげたように作られている。そして、海や山がモチーフであることから、通常リカちゃんよりもアウトドアの行動派として、より健康的な面がまえ。中でも、海シリーズのソレは通常リカちゃんとの比較で、その肌の色が更に褐色。本体と共に発売された周辺小道具も、それらアウトドアを意識した優れものばかりという。しかも、ハワイにゃ「リーナちゃん」なる、これまた更に浅黒いお肌のお友だちも存在し、こちらも商品として販売されていた模様。ふむ…当時の日本人における海外やリゾートなどへの憧れを考えれば、これら商品は少女の憧れを煽りまくったに違いない。通称なのか定かではないのだけれど、○ロンボリカちゃんとも呼ばれている様子。このネーミング…今の時代に堂々表記してよいものなのか定かではないため、伏字にしておくことにする。なにせ、ワタクシメ世代がコドモ時代に親しんだ物語「チビ○ロサンボ」ですらも、今では問題ありとか?なにやら「びんかん…してます」になっている様子なもので。

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小麦色の肌がマブシイ!コチラは更にお黒いワイハのム・ス・メ

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瞬間を大切にする行動派?ソレに伴う小道具もズラリのラインナップ。

さて、褐色の肌と言えば…そそっ!"夏っ娘ミッキー"と呼ばれたアイドルさんもおりましたネ。ってことで今回はココにコジつけ、いつものようにアイドル歌謡をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「人魚の夏」は、小林美樹嬢のデビュー曲として、1974年7月25日にキャニオンレコードから発売された楽曲。こちらは"ミキちゃん”であり"リカちゃん"ではゴザイマセン、念のため。そう言えば、2代目リカちゃんには、ミキ&マキという双子の妹(赤ン坊)がいたような気もするけんど。笑)

さて、小林美樹嬢が芸能界入りの切符を掴んだのは、NTV系列で放映され人気を博していたオーディションョ番組「スター誕生」。ココの第9回決戦大会がキモとなり、トントン拍子にデビューと相成った。クロと言えば、同じ番組のご出身で、インディアンルックをウリにした黒木真由美嬢を思い起こすかもしれない。が、本レビュー主役の小林美樹嬢はソレよりも早く…褐色の肌を武器に「夏っ娘」として売り出されたアイドルだったのである。まぁ、近頃では猫も杓子も美白美白と、その白さを競う時代になっとるようでゴザイマスが。当時のトレンドは日焼けしたお肌...このムーブメントにのっかり歌手デビューということで、その狙い自体は定かなモノだったハズ。

それでは、まず本曲の作家陣営をカクニンしときまショ。

作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一 編曲:小谷充

阿久氏は、当該番組オーディションにて出会った小林美樹嬢をたいそうお気に召されていたらしい。彼の著書によれば、小林美樹嬢が「スタ誕」オーディションにご登場と相成る直前、自身企画による「日本一周ろまんの旅」というクルーズ旅行を決行。その最たる目的はと言えば、将来の女性シンガーにおける金の卵の育成であり、関係者以外の乗客はすべて女性だったといふ。さぞかしハーレム、いえいえ、新たな才能のご発掘にご尽力されたに違いありませぬ。

そして、そのクルーズによる浮かれモードのままご帰港されるや否やの遭遇となったのが、オーディションに颯爽と登場した小林美樹嬢だったというワケ。海、海、海というムードが抜けきらぬ中、ソレを体現したような褐色の少女が現れたの。コレが阿久氏の感情を掻き立てないはずもなく...。後日談として、なんとなくそんなムードに酔いながら推してしまった...とのお省みも少々。そんなんだから「オレに書かせろよ!」と相成ったのかどうかは定かではないのだが、おそらくはそういう流れで作詞をご担当することに?ならばとタッグを組んだのが、阿久氏がある意味、異質な部分で羨望の眼差しを向けていたという都倉俊一氏。同コンビは、すでに山本リンダ嬢における一連ヒットにて大きな実績を残していたこともあり、いわば、手の内を知った二人。このような流れになるのは、ごくごく自然なモノだったはず。一方で、編曲を担当した小谷充氏は、ジャズピアニストとしても知られた方であり、歌謡曲やコドモ向け作品の編曲でもその腕をおふるいに。例えばTVまんが版「怪物くん」(初代)、「キューティーハーニー」のOPとED、「まんが日本昔ばなし」などなどであるが、いの一番に思い起こすのは「タンゴ!むりすんな」…かと。そそっ「あばれはっちゃく」(初代)のOPネ、例のタンゴ調。あれ…「好きよ」でゴザイマシタよ。(笑)

さて、このお三方により紡がれた小林美樹嬢のデビュー曲は、そのタイトルからも容易に想像がつくような世界観が、横長ワイドにビローンと広がる。

自転車、灯台、ぎらぎらの砂浜、裸足、麦わら帽子…歌詞で見受けられる小道具のどれをとって見ても「夏」を連想させるものがズラリ。以前にレビュー済で、この曲とはツイン扱いになるであろう、仁藤優子嬢の「おこりんぼの人魚」。コチラに関しては、海外のキラキラビーチを思わせるような描写が特徴でゴザイマシタよね。一方で「人魚の夏」はと言えば、日本の由々しき海岸?ハデさではヒケをとるものの…のどかで素朴、そして懐かしさにキュンとさせられるような佇まい。

独特の風景を織りなす海岸線、漁村、テトラポット、潮の香り、黒砂のビーチ、干物のにほいなどなど...これらは日本で幼少期を過ごした者であれば、夏休みのひとコマとして脳裏に鮮烈なものばかりかと。それら情景を「絵日記」に綴ったワ〜なる率は、かなりお高いのではないかとも思われる。

♪自転車を走らせて 灯台をまわり
 ぎらぎらの砂浜を 私は駆けて行く
 麦わら帽子を投げ捨てて
 真白なドレス脱ぎ捨てて
 私は人魚に変わって行く 真夏の人魚に変わって行く

よく陽に灼けた、元気いっぱいの少女が、自転車こぎこぎ砂浜までやってくる図…イントロからもソレが伝わってくるデショショ。息切らし駆けてくるよな情景があざやかに広がるアレンジが乙でアリマシテ。しかし、女声コーラスのラララン…コレは個人的にはあまり「好きよ」ではない。なれど、ソレがいやがおうにもルンルン気分を引き立てていることには一切合切の間違いはないけれど。基本的には"さわやか男声ワーウーコーラス”が「好きよ」派であることだけは言及しておくことにいたしますワ。笑)

♪誰かに見られたら 突然 見られたら
 
やはり70年代の曲はシンプル・イズ・ベスト…まさにコレ。一度耳にしたら、すぐさま口ずさめるほどの短さ。しかし、ひとつ言えることは、楽曲の良し悪しはその長短で決まるものではないということ。大作=名曲とは決してならず、短く小ぶりな作品であっても、聴き手の心を揺さぶる力は持つのでゴザイマス。誰ですか...「おっ、じゃあ俺のでも安心だな」とか胸を撫でおろしてらっしゃるお方は。ソチラ方面の"長い短い"における揺さぶり力に関しましては

🎵どうしたらいいのでしょう どうしよう どうしよう

ワタクシメでは分かりかねますのであしからず。笑)

とにもかくにも、この短さで"夏八景"を描き出す「人魚の夏」を傑作のひとつとして推したいのネ。都倉氏による小気味よいブンチャメロディー、ソレを疾走感あふれるアレンジで味付けした小谷氏。アイドル歌手のデビュー曲としては親しみやすく、合格点以上に達しているのではないかと。しかし、流し聴きしてしまうとナニを言いたいのかよく掴めず、その小気味よさに乗せられ、瞬く間に演奏終了という。いわば、ヘタすると薄味になりやすい危険性もはらんでいるような感じもする。現にワタクシメがこの曲をはじめて聴いた時は、まさにその罠にハマってしまったもの。だから、この曲を「好きよ」になるまでは、しばらくの時間を必要としたのでありました。

でもって、本曲で言わんとすることはナニかしら?

人魚=艶めきはじめる少女

コレなのではないかと。少女からオンナへ...ときめいて、なまめいて。恥じらいや、とまどいを感じながらも「大胆素敵」に変わってゆく。オンナとして熟れはじめた少女の夏を、人魚という艶めかしい小道具を用い比喩してみせた。こんなんでどうかしらん?♪これで決まりさ〜これが最高!と、ジコマンで締めくくりの「ゴメンね 勝手に決めちゃって」。笑)

この曲はオリコン最高69位、1.4万枚を売り上げ...う〜ん、まずまずか。70年代は新人アイドルが100位に入るのは難しい時代だったことを考えれば、滑り出しとしては合格だったはず。この調子で、続く第二弾以降も大いに期待されたのだが...なにかこう彼女の良さを活かしきれない作品ばかりが続いてしまう。作家陣が彼女に対し「夏」のイメージをあまりに求めすぎたのか、はたまた歌い手側にハジけるためのなにかが足らなかったのか。憶測はさまざまになるけれど、このような状況下にいた小林美樹嬢は早々の引退をキメこんでしまう。

■小林美樹|シングルコレクション
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2nd 「悲しい妖精」3rd 「乙女の館」4th 「太陽の誘惑」

このそそくさ引退に「寝耳に水」となったのが「スタ誕」陣営。なんでも、同期デビューの伊藤咲子、石江理世と"新三人娘"構想を練っていた最中だったらしく。このお三方...たしかに並びは良いものの、ご本家スリーと比較してしまうと、インパクトが不足していたような気も...。

しかし、小林美樹嬢はコレにうしろ髪ひかれることなく?の退きを決めた。その後は勉学に励まれ、地方局のアナウンサーとして入社。そこで数年勤労後にはフリーへ転向という努力家さんでもある。一時はNHKのお堅い経済番組でアシスタントを務めた経歴もあり、「あざやかな場面」を見せつけたりで。これはまさに

🎵どうしたらいいのでしょう どうしよう どうしよう

人魚はどしたらいいの?雫になったのかしら、あぶくになったのかしら?いえいえ...鳴かず飛ばずだったアイドルとしての活動に見切りをつけ、ご努力と邁進を続けた結果がもたらした"人魚の春"。コレに違いないと感じる、2016初夏なのでありまする。

☆作品データ
作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一 編曲:小谷充(1974年度作品・キャニオンレコード)

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さてさて...あれよあれよという間に桜が開花する頃合いとなりましたネ。東京あたりじゃ、木々を彩るつぼみたちがご開帳?という状態なのかしらん。ってか、いくら開く動作があるからといったとて、ソレをそのようには表現しないと思うのだけんど。笑)お花見と言えば...花より団子!そそっ...お花よりも食い気の方が勝るという"ことわざ"が存在しとりましたよね。それこそ「ホロ酔いONLY YOU」とばかり...酒に酔った勢いの我失い?桜の枝を手折ったりしてはなりませぬぞ〜よろしいですね!笑)

それはそうと"桜の枝を手折る"と言えば

木元ゆうこさん

この方をおいて他にはおらぬという状況でアリマシテ。他芸名としては、木元優子や樹本由布子などもゴザイマシタが。ここではひとまず"木元ゆうこ"とさせていただきたく。

ってなワケで、毎度のごとく強引にコジつけを施しました上で、キャッチフレーズ考察を展開したく。ヨロシュ〜ゴザイマスね?笑)

さて、本記事の主役である木元ゆうこ嬢は

ポリドール30周年記念女性アイドル

こんな大冠を授かり、社の記念アイドル歌手として華々しいデビューを飾った方。ちなみに、木元ゆうこ嬢と同じ立ち位置としての男性アイドルは、ちと早めの2月デビューをカマされていた麻見和也さんがいらっしゃましたよ。彼に関しては、このブログをご愛読してくださっている方にはおなじみ?何度かお立ち寄りいただき、直コメをくださったもの。

で、ゆうこ嬢に話を戻しまする。これだけ大々的な称号を与えられてのデビューですもの...さぞかし大金が注ぎ込まれたのでは?ハイ...仰せのトオリでゴザイマスよ。見てよ...デビュー曲「チェリーガーデン(桜の園)」の作家陣!

作詞:阿木燿子 作曲:中村泰士 編曲:川村栄二

こんな面々とキたもんだ。中でも阿木女史が作詞を手掛けているという点...コレがワタクシメのココロをむぎゅっとツカんで離さない理由のひとつでもアリマシテ。だからといって、自身のニックネーム"チェリー"が、ここから来ているワケではございませんのであしからず。

そして阿木女史は、木元ゆうこ嬢のためにこんなお言葉をプレゼントされていた模様。

少女の香り...少女の匂い...
セーラー服が良く似合い それでいて なまめかしい女の子...
実在感がありながら 挿絵から抜け出た夢のような女の子...
そんな少女に久し振りに出会いました...

まさにおっしゃるとおりといった風。16才の木元ゆうこ嬢は、それはもう実に女の子らしくなまめかしい子に見えましたもの。このような賛辞を阿木女史から直々に授かった彼女...さぞかしシアワセの骨頂にいらっしゃったことでゴザイマショウ。うらやますぃ。

さて"なまめかしい女の子"と表された、彼女のキャッチフレーズとやらがコレ。

ときめいて、謎めいて16歳

はて...どこかで見聞きした覚えが。

そそっ!このフレーズは木元ゆうこ嬢のデビュー曲における一節にもなっておりましたよね。

♪ときめいて 謎めいて

ほらね、こんな風に。この後に続くのが

♪チェリーガーデン 恋ざかり

こんなクダリでゴザイマシタ。皆さまがそれらお目々とお耳でご確認いただけるとおりなのでありまする。

そもそもこのフレーズが生まれた経緯...その生い立ちとは?

妄想1:ゆうこ陣営により提案されたもので、それを阿木女史が歌詞内に練りこんだ

妄想2:阿木女史の奔放な発想から生み出され、陣営がホの字。キャッチとしても引用

ここら辺りの詳細に関しましては、当時のプロジェクトに関わっていた方でないと分からない部分でもある。阿木女史が、ゆうこ嬢のことを"なまめかしい"と表現したにも関わらず、ソレが蚊帳の外になってるのがちと気になる部分でもあるか。ちなみになまめかしいとは?

姿やしぐさが色っぽい。あだっぽい。清新でみずみずしい。若々しい。優雅で気品がある。

ふむ...色っぽかったり、はたまた清新だったりと...複数の意味が存在する模様。言葉のイメージとして思い浮かぶのは、やはり先頭に記載されているものということに?おそらくは"なまめかしい"の「なま(艶)」がそのようなイメージを先導ってなものかと。コレが要因となったのか定かではないが、ゆうこ陣営の部署内にて"誤解されやすい言葉は避けましょネ宣言"でも発令?その結果として"なまめかしい"や"なまめいて"のいずれも、彼女のキャッチフレーズからは外されたのではないかと...妄想パート3。笑)

いずれにいたしましても、上記の完成キャッチフレーズがゆうこ嬢にピッタリコンコンなのは言うまでもなく。得て妙とはこのことを指すのではないかと思うくらいの整合性。それこそポエム本の挿絵から抜け出してきたようで

♪あなた 憧れているのでしょう

女アイドルとしてデビューするなら、こんなキャッチフレーズがよいワといった憧れをも抱かせるというものか。ってか、そもそもこんな四半世紀以上も前のむかし話をグダグダと...性懲りもなく続けますな〜おっさん←誰、おっさんて。笑)

「べつにシンドローム」

必死に書き連ねたところで「べつに〜」な無関心派層が増殖してしまう恐れもあるからして。ならばと...ここら辺りで当時のゆうこグッズでもご紹介することにいたしまショ。

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レコード盤に封入されたミニチラシ。モノクロームな色彩が、ゆうこ嬢の魅力をグイ上げ。
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裏にはデビュー曲の歌詞とちょっとした宣伝も。遠足時のお供でも狙ったか?

イメージ 4上記と同じく、デビュー曲レコードに封入のポケットカード
イメージ 5ファーストアルバムの購入特典、水着で体育すわりのポスターよん

いかがでゴザイマショウか。少女のみずみずしさがタップリコンコンといった風情がいっぱいで、実に愛らしい彼女だったのでありまする。あいにく、その活動は道半ばにして

♪夢を壊して ごめんなさい

コレを彷彿とさせるようなお噂やスキャンダラスな出来事があったような気もいたしますが、まぁこれらに触れておくのは止めにいたしましょうヨ。木元ゆうこ嬢だってお年頃のム・ス・メだったのですもん

♪セーラー服の中味が息づく

こんな疼きのようなモノも生じていたことでしょう...おそらくは^^;。アイドルだって若いんだもの...ありがちよあんなこと。

そんな彼女も近年になって芸能界へご復帰、色々な活動を再開されている模様。アイドル時代からの親友が開催したという、とあるライブステージにおきましては、デビュー曲「チェリーガーデン(桜の園)」をお久方ぶりにお披露目してくだすったとか。嬉しいではないですか、まったくもって。

♪セーラー服は昔のままでも

コレを地でいってくだすったということに。そして、現在の彼女と言えば

謎めいて、ときめいて○○才

ウレウレと熟され、素敵に艶めかれとりますヨ。今後は桜の枝を手折ることなく、長寿を誇る桜樹のように...息の長い芸能生活をお願いいたしますヨン。

ってなワケで...こんな風に願いを込めながら、今回の「キャッチフレーズ辞典」はお開きとしたく。またまたお付き合いいただきまして、ありがとうございましタン。

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