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今月10日、元80年代アイドルの甲斐智枝美さんが習志野市のご自宅で心不全のため亡くなっているのが見つかった。TVをはじめとするメディアでも大きく報道されているから、これを読んでる皆さんもすでにご承知のことと思う。このブログを始めてから、今回で2つめの80年代アイドル追悼記事を書かなければならなくなった。昨年11月の本田美奈子.さんの死去からまだ1年も経過していないというのに...。 80年代に青春時代を過ごした者にとって80年代アイドルの死というのはかなり堪える。なぜなら僕達の世代は、彼女等のキラキラ輝いていた時代の記憶を自分達の少年時代と折り重ねて、色鮮やかに脳裏に刻んでいるからだ。このように80年代アイドルの訃報を聞くのは、大好きだった80年代という‘時代’がまた一歩遠ざかっていく気がして一抹の寂しさを感じずにはいられない。 今回は甲斐智枝美さんのご冥福をお祈りするために、アイドル時代の彼女が歩んできた軌跡を振り返ってみようと思う。 ☆プロフィール デビュー年度:1980年 デビュー曲:「スタア」 所属:ビクター音楽産業 キャッチフレーズ:「KIRAI!瞳が語る」 愛称:チェミイ デビューのきっかけ:「スター誕生」第29代グランドチャンピオン。ホリプロよりスカウトを受ける。 ☆ディスコグラフィー ●「スタア」:記念すべきデビュー曲。アイドルポップスの王道を往くような煌めきを放つ名曲。これがオリコン最高180位だなんて...。 ●「さよならサンセット」:新人賞レースでの勝負曲として使われたシングル第2弾。チェミイのどこまでも甘い歌声と切ないメロが絡み合う傑作。 ●「マーマレード気分」:彼女のベスト・オブ・ベスト。オリコン最高103位まで到達。しかしあと一歩のところで100位入りを逃した。TVでは水色とレモン色のニットに羽飾りのついたキュートな衣装で熱唱。 ●「いつでも答えはYESなのよ!」:作曲に森雪之丞氏を迎えた第4弾。♪Vatation...と始まる「ヴァケイション」をモチーフにしたであろう、キャッチーなオールディーズ歌謡だったが、この曲で前作を超えられなかったことがアダとなった感は否めない。 ●「Si! Si! C!」:清涼飲料水、プラッシーのCMとのタイアップが付いた。水着の胸元も露わなチェミイがまぶしい!この曲で「日本テレビ音楽祭・金の鳩賞」候補として本選に駒を進め、新人賞レース苦戦のリベンジ。 ●「枯葉天使」:事実上、最後の正統派アイドル路線。♪女の子はいつも白い天使になれるわ〜という歌詞に合わせた純白の衣装を着て切ない女の子の気持ちをしっとりと歌い上げた。 ●「誘って・ルンナ」:イタリアン・オールディーズ「月影のナポリ」に新しく日本語詞とアレンジを加えたカバー曲。聖子カットの髪をバッサリ切って挑んだが、この曲からオリコンの200位以内に入らなくなってしまった。 ●「踊り子〜つれてって・愛のSpain〜」:スペイン撮影のヌード写真集とのタイアップで発売された曲。事実上、これがチェミイのラストシングルとなってしまった。TVではレコードジャケットと同じようにロングヘアのかつらを着用して歌唱。 ☆甲斐智枝美さんの思い出ぽろぽろ 彼女をはじめてTVで観たのはいつだったか…。遠い記憶を手繰ってみると、おそらくそれはNTV「紅白歌のベストテン」でデビュー曲の「スタア」を元気いっぱいに歌っていた時だったか…。 彼女がアイドル歌手としてデビューしたのは1980年6月21日。同期には松田聖子さん、田原俊彦さん、岩崎良美さん、河合奈保子さん、柏原よしえさん(現:芳恵)、三原順子さん、鹿取洋子さん、石坂智子さんなどなど、まさにアイドル黄金時代の幕開けを告げるような時代にデビューを飾っていた。智枝美さんはホリプロ所属だったが、例のHTSC(スカキャラ)出身ではなく、NTV「スター誕生」出身。決戦大会にて同社にスカウトされてデビューへのチャンスを掴んだのだった。 発売したシングルは全部で8枚だが、意外と少ないことに驚かされる。その8枚の中で一番印象深い曲はやはりシングル第3弾として発売した「マーマレード気分」だろう。以前にこのブログでもレビューしたことがあった。 その時の記事中にも書いたとおり、彼女が発表した全シングル、どれひとつオリコンの100位以内に到達したものが無い。これにはかなり意外に感じた方も多かったことだろう。なぜなら智枝美さんの人気は当時、かなりものがあり、ブロマイドの売上ランキングなどは常に上位、そして歌の活動と平行してドラマ(TBS「GO!GO!チアガール」、「女七人あつまれば」や「野々村病院物語」など)にも出演、期待の新人として八面六臂の活躍をしていたからだ。しかも「GO! GO! チアガール」と「女七人あつまれば」では主役の回を設けてもらえるなど、女優としての才能も高く評価されていたのだ。だからタレントとしての知名度もかなりあったのも事実である。ただそれだけの人気がありながらも、レコード売上の面ではなぜか伸び悩んでいたという、これもまた事実。現に彼女の全8作品の中では「マーマレード気分」の103位が最高記録なのだ。人気沸騰の兆しを見せた「マーマレード気分」以降の曲、例えば「いつでも答えはYESなのよ!」やプラッシーのCMとタイアップのあった「Si! Si! C! 」、そして「枯葉天使」まではずっと101位〜130位間近辺の位置には付けていたのだが、あともう一息というところでいつも伸び切れなかった印象が強い。 そんな智枝美さんのアイドル時代、最も輝いた瞬間はデビューしてから2年目の夏、1981年あたりだろうか。前年度の新人賞レースでは殆ど蚊帳の外状態だった智枝美さんだったが、「マーマレード気分」による人気の盛り上がりにより、同年夏に開催された「日本テレビ音楽祭・金の鳩賞ノミネート大会」に出場。この時は発売したばかりの新曲、「Si! Si! C! 」を引っ提げてのエントリーとなったが、ここで本選に駒を進める金の鳩賞候補として聖子さんやトシちゃんと並び選出されたのだ!これはいわば前年の新人賞で落選した智枝美さんのリベンジでもあった。おそらくこの一件は当時の智枝美ファンを熱狂させ、またご本人もさぞかし喜ばれたに違いない。少年だった自分もTVを観ながら思わず感動、一緒に喜んでしまったほどだった。この夏の日のことはかなり鮮明な映像として脳裏に刻まれている。要は智枝美さんのアイドル時代唯一の晴れ舞台だったのである。 しかし、喜びも束の間。ファンにとっては悪夢(←一部の方にはウホホ状態だったのかもしれないが…)な出来事が1982年の夏に起きてしまう。シングル第8弾となる「踊り子」の発売に合わせスペインロケを敢行した写真集「つれてって」を出版したのだが、これがなんと...ヌード写真集。要は事実上のアイドル廃業をしてしまったのである。まだアイドルとして現役の頃の突然のヌード披露…。まさかこんな早くにこういった状況になるとは、ファンはおろかご本人さえも想像すらしていなかっただろうに…。一部では、何も知らずに仕事と言われてスペインに連れて行かれ、そこで無理やり…という噂も囁かれていたが、真実のほどは分からない。ただアイドルとしてまだまだ人気もある中で、なぜに先急ぐような、しかもあれほど大幅なイメチェンが必要だったのか…。女優としても評価の高かった智枝美さんだったのだから、こういった路線変更以外にいくらでも開拓できる余地はあっただろうにと憤りを感じてしまうのだが…。 デビュー曲のタイトル「スタア」のように、芸能界でキラ星の如く燦然と輝く星になれたであろうアイドル性を秘めていた彼女。そういった素質が100%の状態で生かされることが無かったのは非常に残念なことだし、また同じような時期に、しかも同じ事務所から堀ちえみという似たような名前のアイドルが出てきてしまったことも運を閉ざす要因となってしまったのだろうか…。まさに運命に翻弄された挙句に星屑と化して埋もれてしまった…智枝美さんに関してはそんな印象がもの凄く強い。 正直言って自分の中ではショックがかなり大きいのだが、今は心よりのご冥福をお祈りしたい、ただそれだけだ。
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