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70-80年代のニッポン歌謡界において、次から次へと産声をあげていったアイドル歌手たち。全盛期と呼ばれるその時代には、多くの少年少女たちが明日のスターを夢見てデビュー。それこそ、雨後の竹の子みたいにニョキニョキとすごい勢いでネ。その数とやらは凄まじいもので…まぁ、それだけニッポンの音楽産業が潤っていたという証でもアリマシテ。 このようなムーブメントにて、LP盤は出せなくとも、シングル盤を数枚は残せたというアイドル歌手…これはかなり恵まれた方ではないかしらん。モウロクでもしたかのように何度も言うことになるけれど、自身の名前と声が吹き込まれたレコード盤…ソレが市場に出回って商品として流通。この事実だけでもスゴいことだと思うのでありまする。しかしながら、運命に翻弄され、1-2枚ポッキリでその活動を終えた方々もチラホラ…というか、ソレらはかなりの数に上るかと。結局は商売だもの…さまざまな決断により、「さよならと言われて」を喰らったというパターンが大勢を占めていたのではないかと思われるのである。 ということで、今回はココにコジつけたく。そそっ、2枚屋さんとして知られるこの方が放った、あの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。 表題の「南南西」は、秋川淳子嬢のデビュー曲として、1978年5月25日に発売された楽曲。 淳子嬢はテイチクレコード(ユニオンレーベル)に籍を置き、その年度のニューホープとして華々しくデビュー。芸能界入りのきっかけに関しては度忘れしてもうたが、たしか、なんらかのオーディションで入選。ソレを見た関係者がスカウト…という流れだったと薄っすらキオクする。そのような誇らしい結果を残した歌唱力バツグンのム・ス・メであったからして…ひくてあまたになるのも頷けるというものか。ご出身は神奈川県相模原市とのことなので都内近郊、ならばそのテの場所でご登壇される機会はソレ相応にはあったものと思われ。そして、このような順序を経て、なにかしらのご縁によりゴールデンミュージックに所属が決定。ちなみに、ココはバーニングプロダクションが出資して作った芸能事務所であり、桂五郎、坪井むつ美(壺井むつ美)、柏原よしえ(芳恵)、松居直美、渡辺桂子、原田ゆかり、島崎和歌子…こんなお顔ぶれ。お歌がお上手な、実力派が中心とお見受けする。 それでは、まず本曲の作家陣営をカクニンしていきまショ。 作詞:麻生香太郎 作曲:あすなろ 編曲:馬飼野康二 このような布陣。そもそもこの楽曲は、高田みづえ嬢のファーストアルバムに収録されていたものを、淳子嬢がカバーという流れ。したがって、あくまでもオリジナルはみづえ嬢であるからして…ここ重要。 楽曲としては、語呂の良いタイトルとサビ部分が光る良作。みづえ嬢のバージョンとは趣きを異にするが、これはアレンジと構成の違いから生じるものである。それとて楽曲の良さは変わらずでアリマシテ。アルバム中の1曲として埋もれさせてしまうにはもったいない!スタッフのどなたかがこんな風に提案したのだろうか?でもってソコに存在したるは、秋川淳子嬢。それこそ、元歌を歌唱したみづえ嬢にヒケをとらない歌唱力の持ち主であり、似た立ち位置(要はアイドルと演歌の中間地点)で活躍できそうな風情のム・ス・メ。そんな彼女がその思案にピッタンとハマった…こんな流れで事が決まっていったのかもしれない。このパターンのように、デビュー曲からカバー作品というアイドル歌手はチラホラと存在。されど、記念すべきソレで他人の作品を唄うってのは、ごキブンとしてはいかがなものなのかしらん、ナゾ。 ちなみに、高田みづえ嬢のデビュー曲「硝子坂」は木之内みどり嬢のアルバム曲カバー。そして本レビュー曲「南南西」はずっと後になって島崎和歌子嬢がシングル曲としてカバー。えっえっえっ…の江戸真樹チャンになりすますつもりは毛頭ないのだが、なんだかとてもややこしくなってまいりましたのでまとめを。
※島崎嬢のアナログ盤はプロモオンリー。市場ではシングルCDとして流通。c/w「赤道直下型の誘惑」は、渡辺桂子嬢の2ndシングル(1984年発売)のカバー作品。 みづえ嬢は、その歌手活動においてもカバー曲とは切っても切れない深いご縁が…。みどり、みづえ、淳子、桂子、和歌子…みどりという例外はあるなれど、ソレ以外はレコード会社ならびに当該事務所絡み?でグルグルと…色々回していたようでゴザイマスね。(笑) 作詞を担当した麻生氏の同時期作品としては、キャッツ☆アイの一連シングル曲が知られるトコロ。キャッツ☆アイとは、ピンク・レディーブームの中、ソレに追いつけ追い越せと、息巻いてデビューしてきたデュオ。麻生氏のラインナップは演歌が中心となるが、それでも「微笑日記」(榊原郁恵)、「たんぽぽ畑でつかまえて」(スターボー)、「メンソール・シガレット」(豊川誕)、「これからNaturally」(中森明菜)、「恋愛未遂常習犯」(たかだみゆき)などのポップスも送り出しているからあなどれない。そして、編曲の馬飼野氏は、かの有名な作曲家、馬飼野俊二氏の実弟さま。お兄様に負けじと数多くの作品にて、おもに編曲家として著名なのは言うまでもないところ。 そして作曲を担当したあすなろ氏…そそっ、ココが最大難関でゴザイマシて。なんといっても、この方のご経歴はナゾに包まれており…その正体とやらがよくわからんのヨ。クレジットとしては、高田みづえ嬢のファーストアルバムに数曲、岩崎宏美嬢のアルバム曲群、その他演歌系などがおもになるが、その数は決して多くない。アイドル歌手のシングルA面としては、本レビュー曲ならびに同歌手のシングル第2弾「横浜トゥワイライト」のみ。また、バイオグラフィーなども見当たらないし、JASRACのサイトでも無信託表記。それこそ、「あなたはどこの誰ですか」といった様相を呈してオリマシテ。あすなろ氏探しのため脳を酷使しすぎた結果…「ヨコハマは何処ですか」なんて妙なことクチばしる結果にならなければよいのだが。(←意味分かります?) ちなみに、現在ご活躍中のあすなろP氏…この方とは別人と思われ。 ♪南南西 風よあなたに つたえてくださいな 心をこめて シングルとして売り出す=覚えやすくする…こんな考えに基づくものなのか。秋川盤はサビを歌いだしに持ってきて、よりキャッチーで口ずさみやすくさせる効果をもたらしている。この手法は、後の島崎盤でも受け継がれ、「南南西」と言えばこの歌詞とメロディー…コレをある一定の人々に対しては刷り込めたはずである。 イントロや出だしの雰囲気から、本曲はアイドルポップスというよりも、歌謡曲という風情が色濃い。なにせ淳子嬢の立ち位置=ポスト高田みづえだもの…ちょっと演歌寄り、でもアイドルっぽさも加味、だけれども歌謡曲としてのポジションは譲らない…それぞれのおいしいとこをつまみ食い?そんな作風になっている。このテの路線は、当時のみづえ嬢ブレイクにより、ちょっとした流行に。例えば、淳子嬢の同期だった西村まゆ子嬢も、コレの延長線上と言える楽曲(「天使の爪」)でデビューしている。雰囲気が似たお二人だったが、発売したシングルも2枚ポッキリ…ということで、“みづえめざしの2枚屋姉妹”というククリにしてヨロシュ〜ゴザイマスか? ♪夕陽をふちどる かげろうが いまにも泣きだしそうにみえるのは あなたに出逢って この胸の なにかがはじけたせいでしょうか はなれていても からだじゅう あなたの視線を浴びるよで 生きてることがとても くすぐったいんです 恋の芽ばえを叙情的に描く麻生氏...素晴らしい腕前ではないですか。前述のキャッツ☆アイ作品では、決して見られなかった作風である。要は、歌手のイメージに合わせ自由自在…まさに職業作詞家による匠の技でゴザイマしょうか。そして、本曲で描写されているような「この胸のときめきを」は、当時の歌謡曲における定番テーマ。恋のはじめは嬉しくて、楽しくて…そして、時に「ハートせつなく」。どうにもこうにもくすぐったいもの…でゴザイマスよね。ってか、そんなものとは随分とゴブサタなワタクシメ…それこそ「哀しくて哀しくて」、いまにも泣きだしそうなんだけど。(笑) ♪南南西 風よあなたに このまぶしさを つたえてくださいな 心をこめて 北北西でも東南東でもなく…南南西である。コレは歌謡曲においても、その語呂のよさからしばしば使われた、方角を示す言葉。このような理由により南南西が使われたのは理解するけれど、表題曲におけるソレが意味するものとは?南南西の風に伝えてほしいと願う=主人公が想いを寄せる彼はその風下の方角にいらっしゃる…こんな解釈でよろしいものなのか。 そして、淳子嬢の魅力…コレはやはりパンチのある歌唱力。この“まぶしさ”はつたえなければなりませぬワ。(笑) ソレは実にはつらつとしており、聴き手に向かって直球勝負を挑んでくるような勢いもある。そのタマスジはかなりのものであり、極めれば大物になれたのでは?と感じさせる歌声。楽曲の良さもさることながら、この歌声にシビれる〜という方もかなり多いのではないか。だからこそ、ネット上でも“「南南西」秋川淳子”の字ズラが未だに踊るのではないかと…本曲の発売からすでに37年が経過していてもなお。アナタは2枚屋で終わってはイケない方でした…コレを声高に叫びたく。あまりにもったいのうゴザイマシタよ、淳子嬢。 本曲はオリコン最高73位、登場週数6、1.6万枚を記録。コレは、当時の新人歌手としては及第点と言える。なにせ、この頃は売れているアイドル(要はA級)と、そうでない方々との差がとても激しく。それこそ、そうでない組の方々は、レコードを出せども出せども撃沈続き。100位以内にチャートインさせるのが実に難しい時代だったのである。こんなトコで例としてひっぱり出すのは忍びないけれど、当時のお茶の間ではおなじみだった五十嵐夕紀嬢の楽曲が、1曲たりともチャートインなし!こんな風に書けば、その状況をご理解いただけるというものか。 それにしても不可解なのが、この後の淳子嬢か。同年秋には2ndシングル「横浜トゥワイライト」を発売したのだが、ソコでは想定外のイメージチェンジが行われた。ソレはデビュー曲と対極に位置する、都会的なム・ス・メへの大変貌。しかし、今ひとつなりきれず、なんだこりゃの様相を呈すことに。デビュー曲で都会のオトコ(南南西の風が吹いた先は横浜と勝手に設定)に恋焦がれ、2ndであっさり騙されさようなら…筋書きとしては分からなくもないが。 そもそも、このイメージチェンジの必要性とは?デビュー曲で見せた、みづえ風路線でそこそこの成績を残していながら、なぜゆえに早急な変更が図られたのか…ナゾは深まるばかり。このテの変貌は、同じくゴールデンミュージック所属だった渡辺桂子嬢における、デビュー曲と2ndでも見て取れるからして、当該事務所が時期尚早な変更が「好きよ」であらば仕方のないトコロ。それにしても、あすなろ演歌風ポップス→シティポップスへ…このまさかの要請にご本人も戸惑われたのか
この歌詞になぞらえるかのように…淳子嬢のお姿はみえなくなってしまう。あれから37年が経過した今でも、引退劇の理由は明らかにされていない。なにせこの方、「あの人は今」的な番組には一度もお出になっていないとキオク。このため、ソレが「さよならと言われて」だったのか否か、まったく分からないのである。歌手としての素質バツグン、なおかつ大器を感じさせた方が突然お辞めになる。どうにもキナ臭くてたまらず、かといってどうすることもできず。まったくもってとまどいますワ。「横浜トゥワイライト」もとい、「とまどいトワイライト」という曲もゴザイマシタね、そう言えば。
とまどいよ、秋川淳子嬢へとどけ!そして「誘われて南南西」っとばかりに…ご本人さまご降臨〜!と、こんな簡単にはいかないのヨ。あ〜まどろっこしくて、生きてることがとてもくすぐったいんです。(笑) ☆作品データ
作詞:麻生香太郎 作曲:あすなろ 編曲:馬飼野康二(1978年度作品・テイチク) |

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