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さてさて、またもやゴブサタ気味となりました「キャッチフレーズ辞典」。なにやらこのまま終息宣言が出されそうな気配でムンムン?いえいえ…そんなことはゴザイマセン。なぜなら、筆者が個人的に「好きよ」の書庫であるからして、決して自らにより「さよなら好き」になるつもりは毛頭ないのでありまする。 それはそうと、「さよなら好き」と言えば
でゴザイマスよね。 ってなワケで、今回はココに強引にコジつけ、例のごとくキャッチフレーズ考察をカマしてみたいと思うのでありまする。 さて、浜田朱里嬢のデビュー日は、1980年6月21日。あら?やもすれば新人賞レースにはかなり出遅れの感が色濃い時期か。他、おもな同期のデビュー日はいかがなものでしたかしらん? ■80年デビュー組|おもなデビュー日一覧表
6月のデビューに集中していたことに気づかされるのである。それでは“春先にデビューするのがレコード会社のイチオシ”というあのルールは?1980年度の時点においては、さほど気にされていなかったことが伺えるか。ということで、浜田朱里嬢のデビュー日が決して遅いものでなかったこと…この事実はここでひとまず判明することになるのである。 そして、この年度のCBSソニーにおける女性アイドルはタイヘンでゴザイマシタよ。
ホラホラ…こんな風に畳み掛けるようにデビューさせましたものネ。そもそも、当初は俳優のム・ス・メということで期待の大きかった中山圭子嬢に一本しぼり!の予定だったはず。しかし、例の色々がゴザイマシて、その白羽の矢を松田聖子嬢が射止めましたの。但し、より大きな期待を背負っていたのは、ナニを隠そう…ポスト百恵という位置づけにいた浜田朱里嬢だったのでありまする。コレ…とても重要!(笑) ソレを証明するモノとしては、朱里嬢のキャッチフレーズがお誂え向きかと。
いかがなもんでショ?社名+ヒロインの文字が躍るのだもの…コレは半端ない証拠。そして、同広告内にはこんなお言葉も。
♪かわいいふりしてあのコ〜わりとやるもんだねっと…というアレかしらん、ナゾ。しかし、コレがデビュー曲につけられたキャッチフレーズなのか、はたまたご本体につけられたソレなのかは闇の中。今となっては、当事者しか分からないというものヨ。ってなワケで、今回はそれら両方を浜田朱里嬢のキャッチフレーズとして掲載させていただきたく。 それはそうと、ヒロインの意味とはなんでしたっけ?
って、わざわざ調査する必要はなさげな気もしたのだが、念のため。そして、そのお言葉の出だし文字は「ヘ」ではゴザイマセンのでご注意のほど。(笑) このように、女主人公を意味する“ヒロイン”をキャッチフレーズに宛がわれていることから考えてみても、ソニーが朱里嬢を1980年度の“イチオシ”としたかった意志が伺える。要は、社が朱里嬢をヒロインとしてその中心に据え、大々的に売っていきたかった。このような思惑がムキ出しになったキャッチフレーズと捉えていいのかと。
結婚を機に、芸能界からの引退を決断した山口百恵嬢。彼女はそれまでトップアイドルとして、また、ソニーのドル箱スターとして長らく君臨してきた方。そんな動向により、空席になることが確実となっていたポジションがあったのだもの。百恵嬢と似たような雰囲気を持つム・ス・メを売り出し、手堅く稼ぎたいと考える…コレはしごく自然な思考回路ではないかと。 ならば、あの方はどうなのヨ!という疑問が頭をもたげてくるか。そもそも、その方のキャッチフレーズは「抱きしめたい!ミス・ソニー」。コレは本書庫における同書庫の過去記事としても書いてオリマシテ。まだの方はコチラをご精読いただけますと幸いでゴザイマス。 ヒロインとミス・ソニー…果たしてその位置づけとしては一体どちらが上なのか?言葉の意味から考えた場合、おそらくはヒロインの方が上なのではないかと思う。Missは単なるMiss…決してヒロインを意味するものではなく。 ココで取り出すたるは、とても興味深い当時の帯広告。コレが解決の糸口になるかもしれないから、ちょっくら見ておくんなまし。
この帯広告は、デビュー直前に掲載されたもの。なっ、なんと…広告内に要注目でゴザイマスよ。“ミス・ソニー”という、例のお言葉が印字されていないのである!コレはなんなの〜エクボの秘密かしら?(笑) 広告スペース都合によるものだったのか、入れ忘れてしまったのか、はたまた意図的なものだったのか…ナゾは深まるばかり。朱里嬢よりも、そのデビュー日が2ヶ月以上も早かったミス・ソニー嬢。もしかしたら、社のオフィス内では 「“ソニーのヒロイン”が後に控えてるんだから、ちっとは配慮しろヨ!」 朱里陣営からミス・ソニー陣営に対して、このような怒号くらいは飛んでいたのカモ。同じ社内とは言え、陣営同士間におきましてはまさに戦場でゴザイマシタでショウ…おそらくは。そして、すでに終わってしまった中山嬢の陣営は蚊帳の外?解体?よく分かりませぬ。なにはともあれ、この言葉を真摯に受け止めた上で自粛、そしてソレが配慮という形で現れたモノだったのか?まぁ、深い意味はなくて、たまたま…ってのが濃厚のような気もするけんど。 しかし、フタを開けてみれば、ミス・ソニー嬢の滑り出しはすこぶるよろしく…いつしか配慮なるものは忘却の彼方?以降の販促ブツには“ミス・ソニー”というお言葉が、シカリと印刷されていたとキオクするのである。いずれにしても商売だものネ…脈がある方面へ、その流れが向いていくのは自然なことでアリマシテ。いずれにいたしましても、そのキャッチフレーズやその他要素から考えましても、1980年度のソニーにおけるイチオシは浜田朱里嬢だった。さもなければ、ヒロインという称号を世界のソニー(当時)と呼ばれた社が、安易に与えることはなかったと考えるのでありまする。 そして時は流れ…それまで中心に据えられていた朱里嬢は
コラっ、違うでショ。ソコは「朝」でしたヨ…「ヒロイン」ではゴザイマセン^^;。それにしても、芸能界と呼ばれるトコロは
こんな風にコロコロと…情勢がめまぐるしく変化してゆくものなのかしらん。すべてがいわゆる“水モノ”で、なりそこねになるモノやヒトのてんこもり?そして、なにもかも信用できなくなり
ご縁を切りとうゴザイマス!となるヒトの数もかなり?だって、ドンファンみたいなのに弄ばれるのはイヤでゴザイマスものね。(笑) それでもソニーは、朱里嬢をヒロインに仕立てあげようと精を尽くしてくださいましたヨ。デビューから約1年半後、1982年2月25日に発売された「想い出のセレナーデ」(天地真理嬢のカバー作品)におきましては、再度のプッシュ体制も敷いてくださいましたしネ。その節は大変嬉しゅうございました。結果的に、彼女の芸能活動は「ボンジュール冬」になってしもうたけれども。 そしてなによりも、浜田朱里嬢を「好きよ」と熱く想うヒトの数、いわゆる「あなたに熱中」ですが、コレが未だにものすごく多いのでアリマシテ。 “ソニーのヒロイン”らしいご活躍はできなかったけれども、この事実をもって
ってことで、お後がよろしいのではないかと。ご異議ゴザイマセンか?ヨロシュ〜ゴザイマスね?(笑) ってなワケで、今回の「キャッチフレーズ辞典」はお開きといたしまする。
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