ここから本文です

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

イメージ 1

さてさて、またもやゴブサタとなりました「キャッチフレーズ辞典」。やる気をだしても、なぜだかついつい間延びをしてしまうというこの不可思議な書庫。まさか「キラリ・涙」を流した挙句のさよなら宣言とかないですよネ?いいえ...ありません、キリっ。ご精読してくださる方がいらっしゃる限り、しつこく続けさせていただきますワ。笑)

それはそうと、「キラリ・涙」と言えば

水谷絵津子さん

でゴザイマスよね。

ってなワケで、いつものように強引にコジつけを施し、例のごとくキャッチフレーズ考察を展開したいと思うのでありまする。リクをいただいておりました皆さま...大変お待たせいたしました!

さて、本考察記事の主役である水谷絵津子嬢は、かの有名なオーディション番組「スター誕生!」のご出身。当時のプロフィールを確認したところ

第39回 グランドチャンピオン

となっておりました。スゴイではないですか〜えっちゃん。決戦大会におきましては、河合奈保子嬢の「大きな森の小さなお家」を熱唱。そしてこのパフォーマンスを良しと評価してくれたのが

日本コロムビア、オーロラ、研音

の三社だったのでゴザイマス。オーロラとは、後にルー・フィン・チャウ嬢が所属したところとしても知られているか。まぁ、当時の業界では中堅くらいに位置する芸能プロダクション?えっちゃんも、そしてチャウ嬢も「夜のヒットスタジオ」へネジこんでいるくらいだから、そこそこにネゴ力は持っていた事務所だったのかと思われ。

それはそうと...もしも研音がえっちゃん獲得に成功していたら、38回大会にて研音からスカウトを受けていた中森明菜嬢とも同じ事務所に籍を置くことに?後に花の82年組と呼ばれることになったデビュー組において、明菜嬢と二足のわらじで売り出すつもりだったのかしらん、ナゾ。当時の研音にそんな余裕があったとも思えず?どのような企みが成されていたのか興味シンシンでゴザイマスよね。まぁ、実際の段階にてテキトーにネゴり、両社win-winにしたつもりなのかもしれないけれど。

なにはともあれ...そうはならず、日本コロムビアとオーロラの組み合わせに落ち着いたえっちゃん。そして、1982年5月21日に歌手デビューが決定したのでありました。そんな彼女のデビューにおけるキャッチフレーズが

フルーシィな女の子

コレだったのでありまする。

イメージ 2
デビュー曲「キラリ・涙」の帯広告。ぷにょっとしたホッペが実に愛らしいえっちゃん

このようなコンセプトに基づき...お名前ロゴもこんな風にデザインされたのでゴザイマス。

イメージ 3
さくらんぼをあしらった、えっちゃん専用のロゴマーク。

あら?さくらんぼ???これはどのような関連づけが成されていたのか。

えっちゃんの故郷は大分県。大分で有名な果物と言えば

カボス、温州みかん、ハッサク

などの柑橘系だったとキオク。同県における果物生産ランキングとやらを調査ってみても、さくらんぼの「さ」の字も見つけることができませんでしたが...はて。笑)

まぁ、これはおそらく...カボスやハッサクでは絵柄にしづらかったこと?それとアイドルっぽい可愛らしい響きに欠けたこと?これらを考慮した上でのさくらんぼ攻撃だったのカモしれませぬ。もしかしたら「絵津子!好きな果物はなぁ〜に?」の問いかけに、えっちゃんが「さくらんぼどぇ〜す」とお答えになったという読みもできますかしらん?それにしちゃ彼女のプロフィールの好きな食べものの欄...さくらんぼの「さ」の字も書いてないけんど?あ〜もう錯乱(サクラン)しちゃう。笑)

そもそも英語の世界における「フルーシィ」(Fruicy)は、フルーツから派生した造語。もしかしたら、えっちゃん陣営が彼女の外見から受けるふんわりイメージを考慮し、他ニタピロ単語「フリーシー」(Fleecy意味:ふわふわした)あたりとかけあわせて発想したのかもしれませぬ。まぁ、ここまで熟考されたのかどうかはナゾだけんど。笑)

いえいえ...よ〜く練られて考えられたはずでゴザイマスよ。だってこれらを見てよ。

イメージ 4
レコード盤のA面を撮影した図
イメージ 5
レコード盤のB面を撮影した図

イメージ 6
ファンクラブ会員用のプロフィールシート
イメージ 7両面ジャケットの裏面写真

お金かかってまんな〜Wジャケットにカラーレコード、そしてピクチャーレーベルとキたもんだ!しかも両面で異なるお色と写真を使っているという、素晴らしきお仕事っぷりに圧巻。レコード盤でできうることはすべてやりました〜と言わんばかりの豪華仕様になっとります。気合いの入れ具合に関しまして同期比較でモノ言えば、北原佐和子嬢や新田純一クンあたりと双璧なのか。

にしちゃ気になるのがこの髪形か。

82年のこの頃と言えば...そそっ、女の子はみ〜んなレイヤードカットにしていたもの。そのようにさせたのは、なにを隠そうあの方...太陽の女王様だったことは言うまでもなく。水谷絵津子嬢だってその例にもれることなく...素人時代はこ〜んなにキャワゆい御髪にされていたのでありました。

イメージ 8
イメージ 9
決戦大会出場時のご尊顔カチューシャがとてもキャワゆい

が、しかし...大切なデビュー曲のレコードジャケットでコレって一体^^;。素朴で可愛いのはたしかなのだけんど、なにやら主流からは大きく外れてしまったような気も...。所属が日本コロムビアということで、もしかしたら榊原郁恵ちゃん路線でも狙ったの?狙いうちしたいキモチは分からないでもないけれど、時代の流れはご考慮いただかないとネ〜。まさかの森"たわし"昌子さま追従ではないわな。レコ会社も事務所も違うからソレはないっしょ。笑)それにしても"フルーシィな女の子"というよりも

"フルーィ女の子"

といった字抜け〜による、70年代ちっくな雰囲気でいっぱいになってしまった模様。デビュー前は、ご自身もご満悦だったであろう、実に可愛い聖子ちゃんカットでキメまくっていたえっちゃん。こんな風にバッサリとカッティングされてしまい...その時のおキモチはさぞかし

♪キラリ ほろり なみだ〜

コレだったのでは?なんといってもえっちゃんは乙女...まだミドルティーンの女の子でしたからん、こんな風にon theまゆ毛になるような髪形はイヤでイヤでたまらなかったことかと。この後に御髪をそそくさと元へ戻されていたことを見るにつけ、えっちゃんにとりましても

♪誰にも見せたくないけれど

というほどに、イヤンな髪形だったのかもしれませぬ。

イメージ 10
イメージ 11
夏には御髪が元通りに〜ホっ。黄のフリフリ衣装が愛らしいえっちゃん

そんな無理じいさせられる芸能界に嫌気が差したのか...デビュー翌年の、さほど時が経過しない頃、えっちゃんはあっさりと引退してしもうた、泣っ。

♪今も思い出すたび〜胸が痛む〜ムフフ

いえいえ!えっちゃんにとりまして、芸能界にいた日々は良き思い出になっとりますよね?

こんな風に祈念しながら、今回の「キャッチフレーズ辞典」は〆たいと思うのでありまする。

またまたお付き合いくださいまして、ありがとうございましタン。

開くトラックバック(0)

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事