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さてさて、気がついたら6枚目のカレンダーがお顔出しに。ということは、1年の約半分はすでにエンドってしまった...というワケでアリマシテ。1月からの半年をふりかえり"輝け!日本生活大賞"を受賞とばかり、胸はって言えるような充実の日々を過ごされたという方はどれほどいらっしゃるのか。

ワタクシメの場合は後悔しきり...ああすればよかったこうすればよかったと嘆きのマンデーナイト、どころか嘆きのエヴリディだったりも。笑)それでも周囲の方々に助けられ、コラムの連載などの新しいことにもチャレンジさせていただいておりますの。そちらの方もこのブログ同様、何卒よろしくお願いいたしますネ。

それはそうと"輝け"と言えば、ソレをキャッチフレーズに宛がったアイドルさんがいらっしゃいましたよね。今回はココにコジつけ、いつものように昭和アイドルのキャッチフレーズを考察してみたいと思うのでありまする。

で、気になるそのアイドルさんとは

芳本美代子さん

この方なのでゴザイマス、ジャジャーン。そして、彼女がアイドル歌手としてデビューするにあたり授けられたキャッチフレーズが

輝けミッチョン!

コレだったのでゴザイマス。もひとつ"僕たちの妹、みつけた!"という記述もネット上にて確認したのだけど、当時の宣材やらには見受けられずでアリマシテ。たしか最初にお出しになった写真集の題名がソレだったとキオクするのだけんど?

それはさておき、↑のキャッチフレーズどおり芳本美代子嬢ば"ミッチョン"の愛称で親しまれた、紛れもない80年代アイドル。しかし、アイドル歌手をご廃業されてからというもの、そのブランクはかなり長めになっておりまして。しかも、歌での活動はおろか、そういった類のイベント出演などが殆どない方であるからして。かつてはアイドル歌手をしていたことなど、スッカリコンコン忘れさられてしまっているのでは?と心配してみたり。

このような状態なもので、当時を知る"リアル世代"でないと、芳本美代子という芸能人がどんな方なのか存じ上げないという恐れもあったりで。それこそ♪ハテナマークが飛び出ちゃうのよ〜ってな状態も想定内に入れておくべきなのか、ナゾ。

ってことで、今回は♪恋のプライベートレッスン〜っとばかりに、彼女に関して一緒に学んでまいりたいと。モチ、コレの引用元は彼女のヒット曲「プライベート・レッスン」から。だからといって"恋"にはしなだれかかりませんのであしからず。笑)

【レッスン1:デビューのきっかけ】

山口県に生まれ、広島県でお育ちに。中学3年生の頃、KBC九州朝日放送主催のオーディション「第5回福岡音楽祭・新人登竜門ビッグコンテスト」に出場。ソコではあいにく出場のみにとどまってしまったものの、放送を視聴していたテイチク関係者がスカウト〜!

さようでゴザイマシタか。この頃になると〇〇オーディション優勝とか、〇〇会社のプリンセスコンテスト優勝とか、そういった仰々しい冠を宛がったデビューが目立ったもの。しかし、ミッチョンの場合は割とおジミなところがスタート地点だった模様。

【レッスン2:1985年3月21日】

晴れて芸映プロダクションへの所属が決まったミッチョン。そして、いよいよここから華やかに!テイチク期待の新星として船出したのでありました。デビュー曲は松本隆氏&井上大輔氏がコンビを組んだ「白いバスケット・シューズ」。コレは学生時代のご経歴、バスケ部に身を置いてらっしゃったという事実を活用した"ふくらませ方式"だったのかと思われ。

85年当時は、同期新人アイドルの幾人かが"バスケットシューズ"をモチーフにした曲でデビュー。コレは皆さますでにご存じのとおりかと。そそっ、石野陽子嬢(現:いしのようこ)&森田まゆみ嬢のことを指すのでありまする。マニアの間では"バスケットシューズ戦争"と呼ばれたこともありましたネ。81年の"ちょっと戦争"より規模拡大か。笑)

【レッスン3:アイドル歌手としての最盛期】

デビュー1年目のミッチョンは、あと一歩のところでヒットチャート誌のベストテン歌手と相成らず。しかし、翌年6月に発売のシングル第6弾「青い靴」でようやくソレの仲間入り。以後、4作品連続、計5作品をベストテン内への送り込みの成功!目玉TVが輩出した"猫軍団”が猛威をふるう中、多いに気を吐かれたものでゴザイマシタ。

しかし...神は時として非情なものでアリマシテ。長続きしなかったのでありまする。

【レッスン4:アイドル歌手としての晩年】

CDという新しい音楽媒体にとって代わられ、従来のアナログレコードは衰退の一途を。その影響はアイドル歌手へも飛び火。ミッチョンはリリースする曲をベストテンに送り込みながらも、レコ売り上げはジリ貧傾向になるというやるせなさ。そして、87年後半あたりからは本格的な失速がはじまってしまい、1990年をもって歌手活動をエンドることに。

時代の流れとは言え...カナカナカナシィ〜。ミッチョンのみならず、同時期にデビューした他アイドル歌手の多くにも言えることでゴザイマシタよね。みなさんご苦労されてらっしゃいましたもの。

それでも一時はベストテン歌手としてブイブイ言わせた時代があったのだから

輝けミッチョン!

アイドル歌手としては充分に光輝いてくださったのではないかと。たしかにもうちょっと〜という悔やみのようなものはあるなれど。そういう意味ではこのキャッチフレーズ、ミッチョンにピッタリ?時代を先読みしたソレと言えるのカモ。

コレをミッチョン陣営が考察していた頃は"猫軍団ブーム"の夜明け前。奇しくもソレが、猛威をふるう軍団に対しての「輝け」と言わんばかりになってしまったのも、これまた運命なのかニャン。

しかし...ミッチョンはガムばっておりますよ。今でも芸能界に身を置き、まい進してらっしゃいますからん。

イメージ 2新人歌手、芳本美代子を紹介するためのプレスキット。中央下にはロゴと共に"輝けミッチョン"の文字が。
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開いたページにはデビュー盤両面の歌詞を、ミッチョンの横顔と一緒に掲載。携えるのはもちろんバッシュ。

イメージ 4更に開いたページには松本隆氏からのお言葉を掲載。

〜彼女の歌声から感じられるポップな感覚〜

レコーディングのとき、ずっとスタジオにいたのですが、彼女の持って生まれた"感覚"に驚かされました。彼女には、先天的なポップ感があります。以下省略。

イメージ 5緑したたる芝を背景に、バスケで鍛えたとおぼしき健康体をお披露目。

【レッスン5:現在のミッチョン】

私生活での色々もきれいサッパリ片付いて?女優・タレント業を本格再開!ドラマや旅番組、バラエティなどでもお見かけするようになりましたものネ。それに、ちょいと前にお出ましになられた某トーク番組では「アナタのトークは昭和なのよ!」と、ピシャリされてしまったミッチョン。なにやらショボンと涙目風になっていたような。たしかに、あの歯に衣着せぬ物言いで知られる司会者さまから面と向かって言われたら...誰だってビビりますがな。

「時代に取り残されても知らなくてよ〜」

セリフは定かではゴザイマセンが、なんだか似たようなこと言われていたような、滝汗。

🎵参考書を〜かしてぇ〜

ここはミッチョン...色々とお勉強していただき、くじげずガムばってくださいナ。「阿国」で女優開眼された時のように。あの時はたしか、共演の木の実ナナさまにシゴかれたのでしたよネ。ならば今度は〇みちゃんからご指導を賜ってトークの女王を目指す!...ってのは「い・か・が」?笑)

輝けミッチョン!

アナタがふたたび輝く日を願い、ずっと応援してまいりますヨ。でもサ...たまにはお歌も唄ってネ。

ってなワケで、今回の「キャッチフレーズ辞典」はこれにてお開きにいたしまする。

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