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冬の曇った日...たまにひょっこり姿を見せてくださるお天道様はありがたき存在。しかし、その光はとてもか弱く、すぐに雲の向こうへと、そのお姿を隠してしまわれるのです。 このような空模様を見る度に、必ずと言っていいほど筆者の脳裏に浮かんでくるドラマがある。 それは、今から遡ること33年も前のこと。今くらいの、寒さしばれる冬の時期に放映されていた
そもそもこうなるのは、番組オープニングのタイトルバックの影響が多々なのかもしれないが。本作品は、物語としては地味めでありながらも、記憶に留めている人がやけに多い。先日も、とある映画監督にお会いした際に、このドラマの話題が出たものだから、少々たまげてしまったものでゴザイマシタが。 「激愛・三月までの...」は1984年1月19日から、TBS系列で放映された。放映日は毎週木曜日で、時間は夜の8時から。全11エピソードにより綴られた物語だった。ちなみに前番組は「胸さわぐ苺たち」という、これまた1時間枠のドラマ。小林麻美嬢や石野真子嬢を主演に据えたものの、例の林檎のドラマの二番煎じのように捉えられてしまったのか、視聴率はどうにも奮わず撃沈!ってことで、本作「激愛・三月までの..」では同じ轍は踏まぬ!といったくらいの気合いは見え隠れしていたと記憶する。
■11エピソードの題名
番組スポンサーは資生堂、味の素KKなどの大手が揃いぶみ。主演は「2年B組仙八先生」で高坂ひとみ役を演じた三田寛子嬢を抜擢。ミタピロさんと言えば、花の82年組...でもって同年3月21日に阿木燿子と井上陽水がタッグを組んだ「駈けてきた処女(おとめ)」という曲で華々しく歌手デビュー。本曲はオリコン最高21位を記録し、新人のトップグループを快走。しかし、続く2曲目の「夏の雫」においては
なる、縁起でもない歌詞が使われていたからなのか...新人賞レースにおける夏の陣(「日本テレビ音楽祭・新人賞最終ノミネート」)ではまさかの落選劇が待っていた!その後もなだらかな失速カーブを描きながら、歌手としては他同期から水をあけられた印象が否めず...といった状態へ。 しかし神は彼女を見捨てていなかった!すでに数多くのドラマ(TBS「アイコ16歳」、NHK「ドラマ人間模様・いつか来た道」等)にて演技に定評のあるところは見せまくっていた寛子嬢。だから、歌ではイマイチでもドラマや映画主演のオファーはくるくる。そのような最中で決まった主演ドラマが、本記事の主題である「激愛・三月までの..」だったのでありまする。 ってことで、番組データをひとまずご紹介。 番組タイトル:「激愛・三月までの..」 放映:TBS系 放映期間:1984年1月19日(木)〜3月29日(木)、全11回 主題歌:「風色のサンバ」歌:コンボ・トウシュー 挿入歌:「さよなら」歌:オフコース すみえが劇中で口ずさむ曲:「守ってあげたい」元歌:松任谷由実 演出:藤田明二、矢口久雄 脚本:畑嶺明 キャスト: 佐久田万平(草刈正雄):アルペンスキーのスター選手だったが、競技中の怪我が原因で選手生活を断念。弟(良平)が関わるスキー場のコース設営プロジェクトに参加。北海道の占冠村へやってくる。 香坂すみえ(三田寛子):占冠村に住む女子高生。札幌に所在する高校に通い、スキー部に所属。親友と飛び降り自殺を図るも、一命を取り留めた。生きる望を捨てるなど、心に闇を抱えている。 佐久田良平(勝野洋):万平の弟で「占冠リゾートタウン建設」の開発主任。仕事が第一と考える男。 桜井幸子(中原理恵):万平の同僚、フリーの照明デザイナー。万平とはスキー時代からの知り合い。 北見雄太郎 室長(神山繁):「占冠リゾートタウン建設」の室長。 香坂淳三(左とん平):すみえの父。小さな旅館を経営する。妻に先立たれた男やもめ。 香坂れい子(城戸真亜子):すみえの姉。「占冠リゾートタウン建設」に勤務。良平に想いを寄せるが、なかなか通じず悩む。 北村 健(竹本孝之):すみえと同じ高校のスキー部キャプテン。すみえに想いを寄せる。 今井真弓(川田あつ子):同じ高校のスキー部部員。健に想いを寄せているため、すみえのことをよく思っていない。 他、すみえの親友役(きみえ)として第一話のみ出演の浅沼友紀子、淳三経営の旅館従業員として岡本広美、小坂一也、堀川まゆみ、三浦雄一郎(ゲスト)など。
ロケ現場として多く使われたのが、当時オープンしたばかりのスキーリゾート地「苫務(トマム)」。北海道の大自然とスキーを扱った作品だけに、プロスキーヤーとして活躍した三浦雄一郎氏が俳優としてゲスト出演するなど...なかなか「大胆素敵」なことをカマしてくだすったもの。彼の演技は...まぁ、そちらではプロではございませんでしたから、俗に言うダ〇〇ンだったような。そして、今は画家として活躍する城戸真亜子嬢が、ミタピロちゃんの姉という役どころでご出演ってのもネ...みどころのひとつかと。三浦氏を凌ぐような〇〇演技にクチをあんぐりしたような記憶もあるのだが、天は二物を与えず!と言うではないですか..こればかりはいた仕方がゴザイマセン。美しい真亜子嬢がご出演くださっただけで、満足でゴザイマシタよ。 ひそかにレコードデビューもしていた城戸真亜子嬢。才能を表すかのごとく...「やさしく描いて〜カシニョールの女のように」。お歌の方もアレだったのだが、この曲のプロモのためにテレビ東京「おはようスタジオ」にご出演経歴あり。外タレさんにインタビューし、似顔絵を描くというコーナーで、ナマウタ披露はなかったと記憶するが。 さて、そろそろ「激愛・三月までの..」の本題へ。このドラマは全11エピソードで放映ということは、テレビ画面で観れたのは約3か月未満。その割にこのドラマについて詳しい方、当時観て感動したという方、当時録画したビデオを大切に持ってるという方などなど...ワタクシメが把握しているだけでも、支持者はかなりの数に上る。なぜゆえに、当時録画したビデオを後生大事にする必要があるのかと言えば
これが理由である。なぜにそうなっているのかの憶測は色々と流れてやまないが、激愛・三月マニアの方々からのご意見をまとめてみるとこうなった。
コレがどうにもアダになっているらしい。このシーンは、女子高生の香坂すみえ(三田寛子)が、親友のきみえ(演じたのは浅沼友紀子、旧芸名は蛯名由紀子)とビルから飛び降り自殺を図るというもの。冒頭からこの衝撃シーンだったもので、当時はビックらこいた憶えがある。本作はDVD化はおろか、現在までに再放送すらほとんど成されていないところを見るにつけ...やっぱり問題ありなのかしらん?という懸念が頭をもたげてくるのである。物語として、このシーンを端折るワケにもいかないからして...やはりDVD化は絶望的ということになってしまうのか、泣っ。 ちなみに、このシーンにて親友役を演じた浅沼嬢は、飛び降りた際の衝撃で骨折をしてしまうというアクシデントにも見舞われた。激愛マニアならば、この件に関してはご存知のことかと思うけんど。浅沼嬢...すっかりお見かけしなくなりましたが、お元気なのかしら。その節は体を張った演技をしてくださり、本当にありがとうございました。貴女のご活躍はネバネバ...決して忘れておりませんよ。 高木敏子原作の映画「ガラスのうさぎ」での名演技が忘れがたい方。女優当時は蛯名由紀子として活躍していたが、アイドル歌手デビューに伴い浅沼友紀子名義へ改名。デビュー曲「憧れはオクターブハイの空へ」は阿木&芹澤コンビによる佳曲。ミニアルバム「ラッキー・レディー」には阿木作品がズラリ。「失楽園’83」なる迷曲も!「あなたを旅して」の歌詞もスゴイ!彼の体を旅しながら...♪ここが峰でここが沢。彼のそれらがどこを指すのかは明白か。 この他にも、激愛マニアが増える理由はいくつも存在する。 ●ストパにより、とても可愛くなった三田寛子嬢のお姿 ●心に病を負った少女という、難しい役どころを熱演 ●万平(草刈正雄)が侵された、骨肉腫という病の恐ろしさ ●医者から病を宣告される衝撃シーン ●限りある命の万平(31才)とすみえ(16才)が織りなす純愛(たぶん...激愛) ●高校のスキー部キャプテン、健(竹本孝之)によるクサめの演技 ●イジメ役(真弓)が板につき?つり目顔もサマになった川田あつ子嬢 ●すみえの父(左とん平)経営の、旅館の温かみ ●ラジカセも鎮座する、すみえのお部屋のインテリア ●その部屋に、話があるといってズカズカ入ってくる健(竹本孝之) ●すみえ(三田寛子)がスキーを滑るシーンの、どう見ても別人感 ●最終話の、すみえから万平へ愛の告白シーン などなど、こんなトコロかしらん。まだまだあると思うので、熱き想いがあふれんばかりの方がいらしたら、コメント欄へ書き込みしてチョーダイ。笑) 万平との最初の出会い。ふたたび自殺を図ろうと、線路によこたわるすみえ。口ずさんでいた歌は...♪初めて言葉を交わした日の〜松任谷由実の「守ってあげたい」。 どこの子だから知らないが、すみえを心配する万平。この時点では、変わった子だが、ほっておけないくらいの気持ちで声をかけていた模様。 最終回のシーンより。万平の余命もわずかとなった頃。すみえは万平と最初に出会った想い出の場所にやってきた。彼と出会った際に口ずさんでいた「守ってあげたい」が耳元でこだまする。 ♪初めて言葉を交わした日の...あの頃と同じように線路の上に寝転び、出逢った日のことをふりかえるすみえ。 万平のために編んだ手編みのセーターを抱きしめ、悲しみに胸をつまらせる。愛する人が、あと少しでこの世からいなくなる...16才の少女には重すぎる現実である。 万平の病室で、手編みのセーターをプレゼント。「ピッタリだよ」と喜ぶ万平。 愛の告白シーン。セーラー服がとてもよくお似合いの、すみえ演じる三田寛子嬢。実年齢より2つ下の役柄だったが、素晴らしい名演技を見せた。 すみえを見つめる万平に「顔見ないで」とお願いし、胸の内を告白。「わたしと...結婚して」。 もう非行に走らないことを万平と約束。「わたし約束する。これからもしっかり生きてく。」「万平さんはいつも私と一緒...いつまでも...いつまでも万平さんと一緒にいたかった!」 二人の間で愛が確かに存在していたことを確信した瞬間。日暮れの陽を背に受けながら、病室で抱擁する二人。しかし万平の余命は...BGMはオフコースの「さよなら」。♪もう終わりだね 君が小さく見える... 万平が侵された病、骨肉腫は、30年ほど前までは5年生存率が30-40%と言われた難病だった。しかし、現代では肺などへの転移がなければ、治癒できる病に変わってきていると聞く。万平が現代の男性だったのであれば...すみえと仲睦まじく人生を送れたものをヨ〜。医学の進歩は目覚ましいものがゴザイマスね。日々努力を積み重ねてくださってる医療業界の方々に感謝...ですワ。 ちなみにドラマの中で、万平が骨肉腫に侵されていることを知っていたのは、すみえ、幸子(中原理恵)、弟の良平のみ。周囲には骨膜炎をこじらせた...と、ごまかしていたのである。 そして、本ドラマの主題歌に関しても少しばかり言及しておくことにする。その曲とは、ナゾのバンド、コンボ・トウシューが唄う「風色のサンバ」。
そもそもこのバンドがナニモノなのかサッパリコンコンだったのだが、当時発売されたLPのライナーノーツを見たらば合点。主題歌を編曲したのは古川東秀氏、で、彼の息がかかった方々で構成されたバンドがコンボ・トウシュー。ということでの"トウシュー"名乗りだった模様。いまどきじゃ「東秀」と言えば、餃子だのを安い値段でたらふく食べさせてくれるトコロってのを"いの一番"に思い出しちゃうけんど。笑) でもって...この曲が主題歌に決定したのは、かなり間際になってからだったと記憶する。 なぜなら、三田寛子嬢が「春の冒険」(シングル第7弾|1984年1月21日)という曲を発売する前、事前の情報としてその曲が「激愛・三月までの...」の主題歌になると記載があったからなのでありまする。たしかに ♪だから今 この恋を止めないで 気まぐれで あやうくて あてなどないけど 歌詞は万平とのソレを思わせるようなモノに仕上がっている。しかし、大胆にさせた...とか、いけない関係...とか、あれれ?ドラマで描かれた純愛とはちょいと異なるような設定もチラホラ。もしかしたら作詞家は「激愛・三月までの...」という題名だけ与えられたのみで書いてしまった。しかし、実際の脚本を書き進めていくうちに、この歌詞と合致しない点が多くなり、あえなく主題歌から外されたのかもしれない。ここでもまた
の呪縛から逃れられなかった三田寛子嬢ということに?しかし、ドラマの中ではそれを払拭するほどの大熱演。本作が彼女における、女優としてのベストペフォーマンスと言ってしまっても過言ではないと感じるのだけど、どうかしらん?心に病を抱えた少女を、彼女の感性を活かしながら素晴らしく表現できていると思うのでありまする。特に最後...万平へ愛の告白をする場面は、何度見ても目頭が熱くなりますもの。二人が熱き抱擁を交わした後...「さよなら」(オフコース)のイントロが流れはじめると...あゝ涙が止まりませぬの。 命の終わりを感じ取った万平は、最後の力をふりしぼり、スキー場へやってきた。ようやく許可が下りた滑降コース予定地の下見のために。着用したのは、すみえ手編みのセーター。滑り終えて木に横たわろうとするも...。 力尽きて雪の上に寝そべってしまう。♪愛したのはたしかに君だけ...そのままの君だけ...すみえのことを想いながら、占冠村での楽しかった日々をふりかえる万平。 降りつもるだろう...降りつもるだろう... それにしても、これほどまでの秀作ドラマをDVD化せず、倉庫のこやしにしているというのはどうよ。そんなことは決して許されるはずはないのである。ドラマでは、力尽きた万平の体に、雪が降り積もって幕を下ろした。本作もこのままいくと、そのような形で埋もれてしまうのではないかと心配でならない。 ♪あゝ人生運命宿命 自分でちょっと曲げるのも そんなに悪いものじゃない 主題歌「風色のサンバ」ではこんな風に唄われておりましたヨ。 だからTBSさんってば、この理屈を汲んで、早くなんとかしてくださいマセ。本作のDVD化を待ち望んでいる人がしこたまいるのですよ。笑)ご検討のほど、よろしくお願いいたしますヨン。さもないと
このドラマを熱愛するワタクシメの人生は、こんな風になってしまいますからん。苦笑) |

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