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書庫☆番外編脱出成功レビュー

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さまざまなドラマを生み、人々を感動の渦に巻き込んだバンクーバー・オリンピック。今回は金メダルが0個という結果になり、なんとなくトーンダウンを感じずにはいられなかった…なんて方も多かったことかと思われ。ただ、そんな中でも充分に魅せてくれたのが大会の華とも呼ばれるフィギュアスケートでゴザイマシタよね。男子では高橋大輔選手が銅メダル、女子では浅田真央選手が銀メダルを手にして興奮のボルテージは最高潮に達したものでゴザイマス。ってなんだか今となっては妙に古い話題になってしまってるかと…。なんといっても両選手は先日の「世界フィギュア」で一番良いお色のメダルを奪取しちゃいましたものね。

それはさておき、両大会にて女子選手がその妖艶な容姿やコスチュームで観客を魅了したのはもちろんのこと、今回は男子選手にだって妖艶さでアピールしまくった…なんて方もおりましたよね、あえて名前は出さないけれど。(笑)

妖艶と言えば、80年代アイドルにだってソレで売った?お方がいらっしゃったのでゴザイマス。というワケで今回はこの‘妖艶’にコジつけさせて頂き、ワタクシメ復帰後お初となるレビューをカマしてみたいと思うのでありまする。

表題の「決心」は原真祐美さんのデビュー曲として、1983年3月21日にリリースされた楽曲。真祐美さんと言えば、1983年に歌手としてデビューする前から…

「ホリプロタレントスカウトキャラバン」

で北海道代表として最終選考まで残られたり、またモデルさんとしても…

「麻婆拉麺」(発売元:エースコック)

のテレビコマーシャルなどで、そのウレウレとした妖艶っぷりをアピールしていたものでゴザイマシタ。そんな真祐美さんにおけるデビュー当時のキャッチフレーズが…

妹みたいじゃだめですか?

コレだったもの。でもあんまり合ってませんがな、コレ。だって真祐美さんったらば「妹」とかなんとかって雰囲気よりも「妖艶なお姉さん」ってな風情だったりで?華奢なお体に小さなお顔がのっかったというスタイル、実年齢よりもオトナびた立ち振る舞い、これらにプラスして真祐美カットと呼ばれた(?)独特のヘアスタイル。これこそが真祐美さんのデビュー当時におけるイメージだったもの。ちなみに真祐美カットとはロングヘアのトップと頭横ほんの一部分だけにレイヤーを入れてブロウをキメこむのっ!と言わんばかりの、それこそ他のアイドル歌手のソレラには見られなかったようなスタイルだったものである。あの頃…女王を始めとしたこのようなフワっと感を取り入れたヘアスタイルは当時の主流だったのは言うまでもないのだが、このテの髪型の弱みと言えば…湿気の多い雨の日。でもってデパ屋のサイン会などで雨にプラスして暴風が絡んでしまった日にゃ…それこそヤマンバのようにグチャグチャになってしまったわん!なんて泣きが入るアイドルさんもいたりで?ねこっ毛系だった真祐美さんもそのおひとりでしたかしらん。

そんな真祐美さんのデビュー曲は、作詞を友井久美子氏が、作曲を都倉俊一氏が手がけたという作品。都倉氏と言えば言うまでもなく山本リンダさん、ピンク・レディーなどで当てまくった方である。

作詞をされた友井氏はググってみたら80年代を中心にアイドルの作詞にてたくさんのクレジット、そしてポプコン出場リストでそのお名前を見つけることもできた。なおかつビビアン・スーさんの楽曲で作詞者としてのクレジットも見つかったが、同一人物なのか?このコンビは1982年にデビューした女の子3人組、きゃんきゃん(デビュー当時の表記はキャンキャン)のデビュー曲「あなたのサマーギャル」や「涙のC.Cガール」などと一緒。あらば真祐美さんのデビュー曲「決心」は「きゃんきゃんのボツ作品かしらん」?なんて邪推をしたくもなるのだが、おそらくソレはないわな。(笑)

さて、このようなコンビにより生み出されたこのデビュー曲。そのコンセプトはそのものズバリ…

青い性

コレなのでありまする。なんといってもタイトルが「決心」だものね、人生変えちゃうくらいの、それこそ並々ならぬ一大決心をしたのね〜真祐美!といった匂いをプンプンと放つソレになっているのである。

なんだか重い空気がドヨ〜ンと佇むイントロ。これは70年代歌謡曲の匂いでムセかえるソレ…といった風情でもある。ただ1983年にデビューする新人歌手のデビュー曲としてはどうだったのか?なんて疑問がちと頭をもたげてきたりするのも正直なトコロ。ただ、こうした重みタップリコンコンでぷちドロ風味の歌謡曲ってのは個人的にお好みなので、さして気にもならないのだけれども。

♪突然 二人 会話とぎれて
 俯くわたし 頬に触れる指先です

なんだか伴奏が「恋と涙の17才」の早送り?みたいな風情も無きにしも非ずだったりの…

タタタタ奏法

だけれどもソレはこの曲の緊迫感をグイっと押し上げるにはもってこい!といった奏法のようでもある。

それこそなんだか夕陽が落ちた薄暗い部屋に若い男女がふたりぽっち。その情景はまさに♪ためいきを潮騒が消した〜ってソレは違う方のお歌なの。あぁ、ついにあの瞬間が…と言わんばかりのセッティングど真ん中にいる主人公様のようである。

♪青い涙 ホロリこぼれ落ちる
 愛を知る それはいけないことですか?

と思ったところで…興味はシンシンなれど怖さも半分。なかなかその歩を前に進めることは出来ないものでゴザイマシタよね。ってもうかれこれウン十年も前の感性なんて忘れつつあるこの頃なのだけど。(笑)ただ「やる」のでもなく「いたす」のでもなく、あくまでも…

「愛を知る」

とキレイに装飾しているトコロがいかにも80年代!しておりますよね。

♪春の嵐 吹き荒れるよう
 わたし もう戻れないの

曲前半の手がひきつらんばかりの「タタタタ奏法」からリズムを一変させるこの箇所。なんだか親衛隊さん達がハッピ着ながらカマしまくる…

ピーッピピー

なんて‘笛の音’が今にも聞こえてきそう。なんせこのリズムったらば親衛隊さん達の笛応援にとっちゃ「待ってました」と言わんばかりの、実にリズムが取りやすいソレでしたものね。そういう意味では都倉センセイったら…親衛隊の皆様からのコールまでをも考慮し、計算しつくした曲作りをカマされていたのかしらん、ナゾ。

この箇所においてちと気になるのがこの辺りに入る軽やかなシンセ音。おそらくは春発売ってことで「春」を彷彿させるような軽やかさも加味…ってなことから挿入されたのだとは思うのだが、なんとなく曲冒頭の緊迫感に水を差してるような気がしたりもする。でもって編曲は誰じゃ?と思って調べたら都倉センセイだった…滝汗。(笑)

♪傷つきたい あなたの愛でわたしは
 いつも強がるだけよ 震えているわ
 抱きしめて あなたのその愛で
 処めて恋をして 泣いて甘えて

ふむ…それにしてもこの楽曲、新人が唄うにはかなり難解ですがな。

リズムに乗りにくい前半部分、そして曲の中盤以降は半音使いもハンパないほどのビシバシ加減。コード進行もかなりコリまくっており、都倉センセイ渾身の1発!といった感じ。70年代歌謡曲の匂いがキツイけれども都倉センセイもそれなりにご努力され、より80年代っぽいメロとコード進行を目途に創作活動をされた…といった風情か。ただ、よくよく考えてみたらこのテのメロやコード進行は70年代の時点から彼の十八番(オハコ)だったかしらん?このように考えるとこの楽曲におけるセンセイはご努力どうこうというより、いつもの王道技で勝負しちゃったの?…なんて、これまた余計な邪推が頭を…。(笑)

こんな難解チューンをデビュー曲として授かった真祐美さん。レコーディング時は滝汗タラリンコンなる‘ご苦労’をされたのではないかしらん?

この楽曲はオリコン…おっとっと記録がございません。といっても手元に私的なメモ帳が…。ソレによれば最高位は102位。ちょっと…なんて切ないトコロで寸止まったの、真祐美〜と叫ばんばかりの位置か。

真祐美さんが残したシングルの中でオリコンの公式記録(いわゆるトップ100というヤツね)で確認できるのは、「Bye,Bye,September」(オリコン最高89位)と「夕暮れはLove Song」(オリコン最高91位)の2曲だけ。新人賞レースでしこたま耳にした「Bye,Bye・・・」の最高順位の低さも気になるが、本体人気はかなりのモノだったのにもかかわらず…の結果である。このように真祐美人気は残念ながらトップ100内ではイマひとつハジけることはなかったものの、101位〜200位間(トップ200?圏外?)においては、それはそれはスバラシク気を吐かれたもの。↑で挙げた楽曲も低行飛行ながらも延々とランクイン。「Bye,Bye…」に関しては計20週間くらいランクインされていたと記憶する。これら以外のチューン&このデビュー曲を含む…

「恋人なんて」オリコン最高111位
「わかってマイ・ラヴ」オリコン最高107位
「夏のレッスン1」オリコン最高113位

などなど…ソレラのどれもが養老の滝で延命の水をガブ飲みしまくる長寿さま?とおぼしき息の長さを見せたのである。どうせならばトップ100内にてソレをカマしてほしかった!ってのはあるけれど、これはこれでかなりスゴイ記録のハズである。フツーこうした位置で息の長さを見せるのは演歌というのが相場なのだが、真祐美さんはまさしくアイドル歌手でいながらコレをやってのけてしまったという、まさに…

圏外の女王

といったトコロだったか。ただこの称号は褒めているのか否かイマイチよく分らないところが難だわな。

これだけ根強い人気を誇っていた真祐美さんだが、アイドル歌手としての活動は1985年あたりを境に終焉に向かってしまう。でもってその後はどうしたのかというと、真祐美さんの持ち味だった妖艶なビジュアルを生かすべくだったのか…アッチ方面に進まれてしもうた。ファン様としてはこの「決心」…いかがなものだったのだろうか。当時の所属事務所は第一プロダクション。ここにはソレ系で名を馳せた○中葉子さんもいらっしゃったが、まさかソレが引導となっての???

♪壊されてもいいわ 離れたくない

いえいえ…真祐美さんがこの決心をされた時にゃ、すでに第一プロはお辞めになっておられたのでゴザイマス。ということは「芸能界を離れたくない!」という一心による真祐美の「決心」だったのか?コレに関してはご本人のみぞ知る…といったトコロかしらん、ナゾ。

☆作品データ
作詞:友井久美子 作曲:都倉俊一(1983年度作品・日本コロムビア)

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カレンダーもあっという間にその2枚目がめくられてしまったこの頃。ちょっと待ってよ〜ついこの間、お年始のご挨拶をしたばかりじゃないのさ!まったくもって時の流れは早いものでゴザイマスよね。それこそ我のムスメにおける成長をずっと見つめ続け、結婚式当日にその父親が目頭を熱くしながらひしひしと実感する時の流れ…ソレにも似ているような気がするのでありまする…ってソコまで大きな話ではないけれど。(笑)
父親と言えば、70&80年代のアイドルポップスでも、ソレをタイトルに宛がった作品がいくつかあったもの。例えば…

「DADDY」 堀川まゆみ
「パパはもうれつ」 しのづかまゆみ
「パパキケン!」 ザ・リリーズ
「父さん」 祐子と弥生
「父ちゃんどこさ行った」 奈良寮子

と…それら呼び名はケンミン性によりさまざまなようだけど、まぁ、色々なチューンが存在したものでゴザイマスよね。でもって今回取り上げるこの曲も…実はソレ関連だったりで。
というワケで今回のレビューはあの方が放ったこの‘パパウタ’をお送りしたいと思うのでありまする。

表題の「パパが私を愛してる」は中山圭子さんのデビュー曲として、1980年2月1日に発売された楽曲である。中山圭子さんと言えば、俳優の佐竹明夫さんが実父であり、それが縁で「オールスター家族対抗歌合戦」に出場。その大会で優勝したことにより俳優さんの娘で小学生、しかもキュートなビジュアルを備えた圭子さん(当時は本名の圭以子表記)に一気に脚光が集まることになったのである。なんでもその番組に出演してからはプロダクションからレコ会社まで、いわゆる業界さん達からスカウトの電話がひっきりなしだったそうな。最初こそは反対していたお父様もそのチャンスを生かすべきなのではないか?といった考え方に変わっていったらしい。でもってサンミュージックに所属が決まった圭子さんは、ティーンの段階で雑誌モデルや映画の主題歌など…学業に差しさわりがない程度の芸能活動を始めることになったようである。その時に吹き込んだ映画の主題歌とやらが…

「そよ風のベンジー」

そう、要はとあるワンちゃんの活躍を描いたファミリー向け映画として、70年代に人気を博したあの人気作品である。なので圭子さんはこの時点でレコードデビューはすでに飾っていた…ということになる。ただしコレは俗に言う‘プレデビュー’という扱いのもので、本デビューはあくまでも1980年2月1日というのが公式上での記録になっているのである。

さて、そんな圭子さんの本デビュー曲「パパが私を愛してる」は作詞を阿木燿子さんが、作曲を南こうせつ氏が手がけたもの。注目すべきはなんといっても作曲を担当された南こうせつ氏だろうか。彼は「売れないとかわいそうだから」という理由から他人様への楽曲提供はあまり積極的には行ってこなかった方である。実際に彼が手がけたアイドルポップスを思い出してみても…

「雨音に口づけを」 榊原郁恵
「少女人形」
「もう一度逢えますか」 以上、伊藤つかさ

と…少なめ。アルバム曲では柏原芳恵さん、小泉今日子さん、そして富田靖子さんなどの作品でクレジットが見られるものの、シングル盤となるとその数は極少…ということになっているのである。そんな彼をクドいて楽曲を書かせてしまったのだもの…当時のサンミュージックが中山圭子という少女にどんだけの期待を抱いていたか…ソレが物語るようなエピとも言えるだろうか。

このようなコンビにより生み出されたこのチューン…そのタイトル+阿木センセイ作詞という事実を踏まえて考慮すると、なんだかドキっ!っとさせられるような内容のソレなのかと、勘違いする人もいることだろう。なんせ阿木センセイはそのテの‘ドキウタ’をタイヘンお得意とされていた方だものネ。でも圭子さんのデビュー曲はそうした受けて側の思惑をハラリとくつがえす、実にほのぼのとした情景を描くファミリーソングなの。それこそ父とムスメの絆を家族愛として美しく描写した作品に仕上げられてアいるのである。だからこのタイトルから‘よからぬお事柄’を想像するのは…ご法度なのでゴザイマス。

♪Daddy Loves Me
 あなたの写真さかさまにして
 誰かとくちづけをするその日まで
 Daddy Loves Me
 あなたは恋人 私の恋人

ここで使われている「LOVE」は父への愛情を示すソレである。おそらくはこうした歌い出しが当時も現在も誤解を産む原因になってるのかしらん。だって、この曲に関するネット上の記事などを読んでみると必ずといっていいほど‘ソレ’についての記述を見かけたりするもの…コレはちょっと困りものである。たしかにニッポンにおいて「LOVE」というお言葉は、なんだか恋人同士の専売特許みたいなモノってのがフツーのご認識。ただ、こちら英語圏でのお話となると…恋人同士はもちろんのこと、家族、友人、ペット、はたまた食べ物にまで…とにかく「ダイスキ」という愛情やキモチを現すのに多用されているソレなのである。ただニッポン人的にはやっぱりねぇ…使うのはテレるものでゴザイマスよね。現にワタクシメだってコチラでの生活を始めた当初、クリスマスカードなど貰ったりした際に〆の言葉として「LOVE」ってのが使われていたのをみるにつけ…なんとなく気恥ずかしくなったりしたもの。もちろんコチラが書く立場になるとソレはなおさらのことだったりで。かといってソレが〆として書かれてないと実に味気ないソレになってしまうらしい…コチラの方の見解によれば。LOVEってのは彼らにとっちゃ、それくらいに大切なお言葉…のようでゴザイマス。

♪そんなまぶしい目をしないで
 リップクリームは口紅じゃないわ
 そんな途中で怒鳴らないで
 長い電話も彼とは限らないの

この曲はアイドルのデビュー曲としては非常にめずらしいロッカバラードのゆったりとしたテンポを刻む曲。ロッカバラードと言えば米の50年代から60年代初頭にかけて人気を博したコニー・フランシスのヒット曲などで人気を博したリズム。しかしニッポン産のポップスに目を向けてみても…

「サマーホリデー」 河合美智子
「抱いてくれたらいいのに」 工藤静香
「サマーセイリング」 相本久美子
「ときめいて」 姫乃樹リカ
「ロンサムシーズン」 岡田有希子/中嶋美智代
「ボビーに片想い」 手塚さとみ/新田恵利
「涙のスウィート・チェリー」 ラッツ&スター
「お前がパラダイス」
「渚のラブレター」 以上、沢田研二
「グッバイ・マイラブ」
「リンダ」 以上、アン・ルイス
「けんかをやめて」 河合奈保子
「何もきかないで」 荒井由実
「Only My Love」 松田聖子
「DIARY」
「サムシングサムバディ」 以上、須藤薫

などなど…そうそうたるお顔ぶれになるの。おそらくはロッカバラード独特の切ないメロが日本人の胸をキュンキュン!させまくるんだろうか。それこそこのリズムの本場だった(?)とおぼしきアメリカのお方々よりよっぽどピッタリコンコンで彼等よりもこのリズムに...

LOVE

したのは我等ニッポン人だったのでは?なんて思うほど…このリズムはニッポン産ポップス分野において繰り返し幾度となく使われ、日本人リスナーたちのアソコをコチョコチョとくすぐり続けてきたのである。
ロッカバラードの魅力と言えばやはりそのメロにあるのは言うまでもない。

♪Daddy Loves Me
 優しく髪を洗ってくれた
 あの日は遠い 遠いけれど
 Daddy Loves Me
 あなたは恋人 私の恋人

セピア色した色調の絵柄がふとまぶたに浮かんでくるような…実に切なくて甘美なソレ。イントロや間奏で使用されているギターの泣きも非常に胸を打つのである。それこそ2月という季節独特の風情を醸し出したソレとなっていたりで。春はまだ少し遠いけど、窓越しにみる寒い季節の景色を眺めながら聴いていたい…そんな1曲なのである。しかもデビュー曲でこのバラード調の難しい楽曲を歌いこなしている圭子さんもアッパレに値するだろう。ここらあたりにもサンミュが是が非でも中山圭子という女の子を欲しがった理由…コレが見えてくる、要は社のこだわりでもあったのか。↑に掲げたレコジャケも実に可愛らしく撮れていて…デビュー曲のレコジャケとしては申し分ない出来栄えである。

しかしながら圭子さんを売るためのプロジェクトは事実上失敗に終わった。実際、この楽曲はオリコンの100位以内へのチャートインを逃している。この失敗に関する詳細はご本人様のホムペにも記述があるので、ここではあえて書かないけれども。↑の節を見て分るとおり、この楽曲はとあるシャンプーのコマソンとタイアップが付けられ、圭子さんのデビューとともにお茶の間でガンガンに流れるハズ…だったのである。だからこそあえてこの設定を選び、そうした情景を歌詞に組み込んだ阿木センセイ…なのになのにそのご努力は商品の販売中止という形により、全くもって報われなかったようでゴザイマス。この背景には80年代アイドル界における女王の座に君臨したあの方も絡んでいる。かといって別に彼女がなにかをしでかしたワケでもなんでもない。要は運命のいたずらにより形成が一気に逆転…当初イチオシだった圭子さんはコマーシャルのオンエア中止はおろか、新人賞レースすら強制的に辞退させられるハメに。一方、のちの女王は圭子さんデビューにより歌手としての船出は先の先まで見送られていたものの…この予期せぬリタイヤ劇により白羽の矢を射止めたのである。その後の状況はコレを読んでる皆様も充分にご存知のとおり…白羽を射止めた少女はスターダムを一気に駆け上がっていくことになったのである。

この交代劇は何度読んでも胸が痛む思いをさせられる。渦中にいた少女二人にはなんの落ち度も責任もないからである。

♪あの日は遠い 遠いけれど

そう...もうかれこれ29年も前の話しになるというのに。

神の手により整然とならべられた人生のどんぐり。それらは人それぞれに設定され、当然のことながらその長さや配列もひとつとして同じものは存在しない。

お気に入りのマンガ「悪魔(デイモス)の花嫁」(画:あしべゆうほ、原作:池田悦子)にもこの状況を描いたエピソードがあったもの。

整然と並べられたどんぐり…ソレラがとある天使の出来心により、1つ2つと抜き取られてしまう。すきまができてしまったどんぐりは、それまでの安定なぞすっかり失いグラグラ。そして元の配列を大きく狂わせてしまうドドドドのドミノ倒しがはじまるのである!

まさにこれこそが二人の少女における運命が大きく塗り替えられてしまった‘その瞬間’だったのかもしれない。

☆作品データ
作詞:阿木燿子 作曲:南こうせつ (1980年度作品・CBSソニー)

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昨年このブログの「80年代アイドルレビュー」書庫にて取り上げた中森明菜さんの「キャンセル!」。それこそ明菜さんは80年代アイドルにおける女王的な存在だった方。そのレビュー後にはその彼女となんらかの‘おつながり’のあったアイドル楽曲を取り上げてみたりもした。でもって今回も…ってかホントはこの記事、とっくにうpしてるハズのソレだったんだけど。遅れに遅れてやっとこさ…なんて感じなのでありまする。それでも無理矢理にネジ込もうとするワタクシメ…なんだか80年代の賞レースを思わせるような展開かしらん?典子レビューと右に同じで読者の皆様から今にも怒号が聞こえてきそう〜でもいいの。(笑)まぁ、とにもかくにもピックアップしてみたのはこのお方なのでゴザイマス。

それはそうと、この方と明菜さんのご関係と言えば…

研音

そう、コレでゴザイマシタよね。研音と言えば現在ではグループ企業として5社を構成、たくさんの人気俳優やミュージシャンを抱える大企業である。しかし80年代前半くらいまでは浅野ゆう子さんあたりがその主軸で、「少女A」でブレイクし中森明菜さんにワラをもすがる思い?…といった立ち位置。なので明菜さんが新人賞レースで不遇な目にあったりとか…色々とあったものでゴザイマス。要は他大手と比らべたらまだまだ非力じゃ!…といった状態の社だったワケである。

その事務所で明菜さんとおつながりがあった…というのが、今回のレビューの主役であるこの方なのでありまする。それこそ当時の業界ではこうしたおつながりから‘明菜の妹分’なんて扱いがなされていたこともゴザイマシタ。

このようなワケで今回はこの方が放ったあの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「私MAILUWA」は山本ゆかりさんのデビュー曲として、1984年6月21日に発売された楽曲である。タイトルのMAILUWAはもちろん‘まいるわ’の意味で使われている。なぜにわざわざアルフェベット表記にしたのかはナゾである。

山本ゆかりさんと言えば…

「第1回九州歌謡選手権・ヤングフレッシュ」

このコンテストにて同年の1月に優勝をカマされ、あれよあれよという間の半年後にアイドル歌手としてのデビューを飾ってしまった…ということでも知られる方である。元々、このコンテストはトーラスレコードと研音が共同で主催していたもの。そのコンテスト名に著されているように応募者は九州限定。なぜに九州という場所に拘ったのか…コレもちょっとナゾだったりもする。おそらくは前出のアイドルでトーラスレコード所属だった早見優さんが、トップアイドルとして成功の道を歩んでいたことからなのかと思われ。ちなみに優ちゃん自身は静岡県熱海市のご出身である。おそらくはなんでもいいけど‘ポスト優’なる少女を探すべく…バタ臭くエスニックな感じの娘がいそうな場所での開催?とかこつけたのかと思われ。このコンテストがどれだけの期間まで実施されたのかもナゾである。(笑)

そんなゆかりさんは6月6日生まれ、ゾロ目日にご誕生された双子座ちゃんで…

仕事も趣味も唄うこと

こんなことを公の場で豪語するほどの、根っからのウタ好き九州娘。たしか彼女が出場した「新宿音楽祭」において司会者による歌前のぷち紹介もコレだったような記憶があるのでゴザイマス。そこまで豪語しちゃうのですものネ。彼女は2000年代に入ってからもyuka-riというネーミングにより歌手として立派に活動中だったりもした。1984年のデビューから長きに渡り唄い続けるなんて!ゆかりたんったらホントに歌うことがお好きだったようでゴザイマス。

こんなウタ好き九州娘のデビュー曲は、作詞・曲ともに都志見隆氏が手がけたモノ。都志見氏は広島県広島市のご出身であり、元々は研音にスカウトされシンガーソングライターとしてもデビューされた経歴を持つ方らしい。業界的には作曲家としての登録らしいが、ゆかりさんのデビュー曲ではめずらしく作詞も手がけられるほどの気合のいれっぷり。そんな彼の80年代ワークにおけるおもなものは…

「SAND BEIGE-砂漠へ-」 
「TANGO NOIR」 以上、中森明菜
「FU・RI・NE」 増田けい子
「片想いグラフィティー」 真弓倫子
「PASSION」 仙道敦子
「危ないボディー・ビート」 石川秀美
「ごめんよ涙」 田原俊彦

これらあたりだろうか。90年代に入ってからは破竹のご活躍となり、中嶋美智代さん、TOKIO、三浦理恵子さんなどなど…アイドル関係は一挙に引き受けていた印象もありきだったりもする。

♪チャチャ〜チャチャッチャッラッラ〜

こんな威勢の良いイントロに乗せ、新人アイドルのデビュー曲にしちゃめっぽうめずらしい16ビートのリズムで始まるゆかりさんのデビュー曲。16ビートを採用した時点で、歌に関する平均点以上の実力はお持ちなのネ〜ゆかりたん!といった推測が立ったりもするトコロ。さもないとこむずかしい16ビートの曲なんて唄えやしないですからぁ。(笑)とにかくイントロの時点からなにかこう、こジャレた印象を聴き手に植えつける楽曲である。

♪流れ星は恋のイニシャル
 夏の夜空 ひとっ飛び

と始まるこの曲はいわゆる‘ナツウタ’である。まだまだ日本は真冬の最中だというのに…自分がいる国の季節に合わせやがって!なんて再度の怒号もチラホラかしらん。たまには季節をムシしたレビューってのも…実際に研音所属でゆかりの妹分だった森田まゆみさんの時にもソレをカマしてたワタクシメ。まぁ、研音つながりの季節はずれ…ってことでどうかご了解を!

でもって…この曲。この後にちょっとばかりスゴイ展開になるの。それが…

♪ま〜んげ

ココ。ちょっとぉ…アイドルにこんなお歌を唄わせちゃってよかったの?といった風情か。いえいえ…

♪満月の夜は男を 狼にするミステリー

本来はこういう歌詞なのでゴザイマス。ただ音の区切りの関係でネ…そういう風に聴き手を一瞬だけ「ドキっ!」っとさせる効果(←ってそう思っていたのはワタクシメだけかしらん)もあったりで?いずれにしても曲の冒頭からの‘つかみ’はなかなかのようでゴザイマス。

♪汗の匂いになんとなく 男らしさ感じて
 わたしから夕暮れラブコール 確かな恋の予感

そう。要はこの曲ったらば、ウズウズしてる少女が好意を寄せるオトコにラブコール。でもって超えてみたい一線を今夜こそは超えてみようかしらん?といった興味シンシンゾクゾクモードに突入したムスメを主人公に据え、そのラブコール後の‘やりとり’を描いたお歌なのでゴザイマス。殿方がお待ちかね(?)の、そうしたやりとりに関しては歌の中盤以降で…

タッチ、ホールド、キッス

こんなお言葉群と共に、その彼との‘たわむれ’はタップリと描かれていたりもする。イヤイヤイヤもスキのうち…じゃないけれど…

タッチはそこまでよん、抱きしめるのは許すわん、キッスは…迷っちゃう

などと、要はあの‘一線’を超えるべきなのか否か悩みまくりながらも、実はドキドキな恋のゲームを堪能しまくる乙女?といったトコロなのか。でもこのお相手様はそんな主人公様をもて遊ぶかのように…

♪あなたは切なく 瞳みつめて
 そっと魔法にかけてしまうの

ふむ…かなりプレイボーイとしての術を見につけたオトコのようでゴザイマス。(笑)こんなもて遊ばれ方をされてる主人公様のおキモチとやらが、歌サビにやってくる…

♪私MAILUWA

コレなのでゴザイマス。でもでも…コレは決してイヤだからっておキモチからのお言葉じゃなくってよ。

♪私MAILUWA つまさきまで
 感激フィーリング

ほらネ。♪いやよ〜いやよ〜すきよ〜。やはりイヤイヤイヤもスキのうち…このムスメもやはりこうした状況下にその身を置き、そのスリルを思いっきりご堪能されているようでゴザイマス。思春期の女の子ってやっぱりこういうものなのかしらん、ナゾ。(笑)

この曲はオリコン最高80位、1.6万枚を記録して目出度くトップ100への食い込みに成功!ってかホントはもうちょっと売れてほしい楽曲だったのだけれどもネ。当時はレコ会社や事務所からのプッシュもあり、しかも山本ゆかりご本体様の実力だってかなりのものでゴザイマシタよね。会場の奥の奥まで響きわたりそうな声量感&16ビートのムズカシイ楽曲を唄いこなせる抜群のリズム感。歌手としての素質はかなり持っていた方だったように見受けられるのである。ただソレが災いしてしまったのか、シングル盤では出す曲出す曲がそれぞれまるっきり違ったイメージを持つ作品となってしまい…うん、なんだかハッキリ言って統一感はまるでない。どのレコジャケを見ても笑顔は一切合切ナシってところから判断するに…やっぱり明菜親分を取り巻く子分?(←こらっ!妹分でしょ)として相応しく‘ツッパリ&ヤンキー路線’ってのがコンセプトとして敷かれていたのか、おそらくは。ファーストアルバムのタイトルもソレにそぐわせるかのように「M・A・J・I」だったしね。ゆかりさん自体は逆に笑ってる時の方が茶目っ気タップリコンコンで…可愛かったように思うのだが。

■山本ゆかりさんのディスコグラフィー

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「ノン・タイトル」「ギンギラ御嬢」「GAMBLER」「LONELY YESTERDAYS」「井の頭公園」

そんな彼女も新人賞レースではそこそこのご活躍。中でも「日本テレビ音楽祭・新人賞ノミネート」(←またかいっ!)では本選出場の1人として選らばれたという、輝かしいご経歴を持っていたりもする。デビュー曲のイントロが演奏されて「えっ?アタシ?」とばかりに舞台中央にゆっくりと進まれ歌唱をカマされたゆかりさん。唄い終わってからも「もらっちゃっていいんですか?」なんて謙虚なお言葉を吐くゆかりさん。そう言えば、お名前の「ヤ」つながりでお隣に立っていた山本陽一クンのお顔が「なんでお前が!?」と言わんばかりの仏頂面になってるのが、このシーンにおける意外な見どころだったりで^^;。

♪私MAILUWA

ゆかり、マイるわぁ〜!そんな顔されたってぇ〜選ばれちゃたんだから仕方ないでしょっ!ゆかりさん的にはこんなおキモチだったのか、おそらくは。(笑)

☆作品データ
作詞・曲:都志見隆 (1984年度作品・トーラスレコード)

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70&80年代アイドルが放ったアキウタと言えば、それこそここに書ききれないほどに名曲や傑作が多かったもの。それらは当然の如くヒットチャートを賑わし、僕らを楽しませてくれたものである。しかしながら、ハイクオリティなアキウタでありながらも…残念ながらイマひとつ光があたらなかったチューンなんてのもあったもの。まぁ、あれだけの数のアイドルがうようよと存在していたあの時代…売れない人が出てきてしまったのはいた仕方ないことだったのかもしれませぬ。

そのようなワケで今回は、あまり光があたらなかったけれども良質なアキウタとして、その存在感をキラリと放つという、あの方が放ったこの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。ちなみにこの方のことを書くのは当ブログお初の試み…だったりもする。(笑)

表題の「オータム・リップス」は浅倉亜季ちゃんのシングル第2弾として、1986年9月21日に発売されたチューンである。浅倉亜季ちゃんと書いても「憶えてない〜」なんてコメントをしこたま頂戴しそうな気配がムンムンとするので、まずは彼女について少しばかり補則を入れ込みまする。

【浅倉亜季】

本名:大倉亜季
デビュー曲:「南の風・夏少女」
デビューのきっかけ:「ミス南ちゃんコンテスト」優勝
おもな出演歴:ローソンのCM、月曜ドラマランド「ナイン」「タッチ」(フジテレビ)

こんな方だったのでゴザイマス。ここまできてようやく「あっ、あの子かぁ!」と古い記憶がムクムクと甦ってきたわん!なんて方も多いことかと思われ。

1986年当時と言えば、あだち充さんのマンガ「タッチ」が異様な人気を博しまくり、ソレのアニメ版で浅倉南役をアテレコした日高のり子さんまでもがC級アイドル→A級声優へまさかの再生をカマしたのを皮切りに、そのアニメの主題歌を担当した岩崎良美さんまでもがこれまでのアイドル人生で果たせなかった20万枚の壁超えを達成するなど…とにもかくにも「タッチ」フィーバーが巻き起こっていた頃である。アニメ「タッチ」を放映したフジテレビは、なんと同局の報道枠で「南ちゃんを探せ!」なるコーナーを設ける悪ノリっぷり。まぁ、それだけ「タッチ」がお茶の間において話題の的になっていたということになる。

そんな中で「真の浅倉南ちゃんを探してアイドルにしよう!」と躍起になった(←金儲けを企んだ?)のかなんなのか…1986年3月に「ミス南コンテスト」なるオーディションが開催されることになったのである。この大会で約10万人の応募者の中から白羽の矢を射止めたのが、本レビューの主人公である浅倉亜季ちゃんだったのでゴザイマス。

彼女のアイドルデビューは1986年5月21日。えっ?ということはコンテストで優勝してから僅か2ヶ月ほどで歌手デビューをカマしてしまった…ということになる。コレはちょいと前の時代では考えられなかったことか。なんせ昔は厳格なセンセイの下、みっちりとレッスンを積み、その苦しみに耐えながらやっとこさデビュー…ってのが定番コースになっていたもの。しかし時代は1986年…そう、あの‘素人女子集団’がソレまでのアイドル像をガシャ〜ンと打ち砕き、大嵐を巻き起こしていた頃である。しかも本レビューの主人公、亜季ちゃんの所属レコ会社はその集団と同じ…

ポニーキャニオン

とキたもんだ!コレなら早急デビューに関してはご納得事項…でゴザイマスよね。(笑)

さて、そんな亜季ちゃんのシングル第2弾「オータム・リップス」は、作詞を売野雅勇氏が手がけ作曲を芹澤廣明氏が担当した1発。このコンビと言えば…そう、中森明菜さんの「少女A」を皮切りにした一連の青い性モノをウブな女性アイドル達に歌わせて当てまくった…というコンビである。ということは亜季ちゃんのこの曲もソレに沿わせたような...

あ〜ん、秋(亜季?)のくちびる…もうウレウレなのよん!

といったことをモンモンと訴える作品なのかと思いきや、これがかなり意表を付く作品になっていたりもするからビックリコンコンなのである。

イントロの時点から「うおっ!」っと思わせてくれる、実にポップな印象のメジャー調。このコンビにおける女性アイドル作品としては、こういう曲調はめずらしい方だったりもする。しかも単にポップなだけじゃなくってよ。当時のアキウタとして必須条件だった‘切なさ’感だってちゃんと注入されてるんだから。

♪学園通りの並木 あなたの後ろを歩く
 制服の胸が 苦しいの

♪今日はあなたの視線が少し 
 怖くて並んで帰れない

こうして字ズラだけ見ると、いつもの定番‘売野’作品といった風情が無きにしも非ずなのだが、こうした歌詞に意外なほどに明るいメロを宛がった芹澤氏。亜季ちゃんと言えば、そのチャームポイントは…

く・ち・び・る

でゴザイマシタよね。もちろん「ミス南コンテスト」で優勝をかっさらった方だもの…「タッチ」の南ちゃんに雰囲気が似てる!ってのも売りだったのだけれどもネ。く・ち・び・ると言えば、他にも同じ場所で売っていたお方が若干1名。そう、1984年に「H-i-r-o-s-h-i」という曲で華々しくアイドルデビューを飾り、新人賞の筆頭株(←最初はネ)として気を吐いた渡辺桂子ちゃん。その彼女と亜季ちゃんはなんとなくイメージがカブるというか…やはり口元がよう似てはりましたもの。でもってデビュー曲は両方とも売野センセイの作品、しかもセカンドシングルだって両方とも彼。しかも桂子ちゃんはデビュー曲のB面で「夢見る唇」という曲をカマし、亜季ちゃんはセカンドで「オータム・リップス」だものねぇ。要は共通点がしこたまなお二人さんだったのでありまする。ワタクシメだって最初に亜季ちゃんをテレビで観た時は‘桂子の再来’をビビっと感じたものでゴザイマシタ。

そんな‘く・ち・び・る’がチャームポイントならばと…売野センセイはソコにこだわりまくり、こんな歌詞を。

♪秋の唇は夕陽の赤より
 切なく燃えてます
 キッスをした夢を見るたび涙が
 色づくのね オータム・リップス

いつものオドロオドロで攻撃的なマイナー調でもイケそうな歌詞?と言われればたしかにそうなのだが、前出の桂子ちゃんでソレをカマして失速を招いたことだし…って皮算用?コチラはあくまでも明るくてポップで…でもそれでいてちょぴっと哀愁味を感じるメロ。桂子ちゃんの失速を招いたのは他センセイの作曲によるものだったが、芹澤センセイはそうした過去の似たキャラにおける失敗をも顧みてこの明るいメロを…?要は売野センセイ独特の青い性っぽさを歌詞中にどことなく秘めながらも、あくまでもポップさを追求し、純度の高いアイドルポップスに仕上げました〜と言わんばかりの作風が◎だったりもする。

浅倉亜季ちゃんはデビュー曲も同コンビによる作品だったが、ソチラでもあくまでもさわやかさをいの1番に追求…といった形が取られており、このコンビにおける‘いつものコース’を歩まされることはなかった彼女なのでゴザイマシタ。

この曲は新人賞レースの参加曲としてあちらこちらでもお披露目されたチューンなので、ここまで読んで「思い出した、この曲!」という方も多いかと思われ。ベレー帽を被りキュートにコレを歌う亜季ちゃんが、なんとも可愛かったものである。メディアではそこそこのお披露目もあり、楽曲自体の出来もなかなかだったにもかかわらず…この曲がヒットした形跡は見当たらず。どうやらレビュー冒頭で記述った「あまり光があたらなかったアキウタ」そのものになってしまったようでゴザイマス。

アイドルとして活動中の亜季ちゃんは、とにもかくにも‘あだち充’づいていたもの。ワタクシメが記憶してるだけでも…

●デビュー曲「南の風・夏少女」はアニメ「タッチ」の挿入歌
●フジテレビ「月曜ドラマランド」で「タッチ」「ナイン」にご出演
●ミュージカル「タッチ」のヒロイン役
●アニメ「陽あたり良好」の主題歌をそのまんまの題名でリリース

などなど…どれもこれもがあだち絡み。まぁ、南ちゃんとして選ばれた時点であだち絡みなお仕事契約がてんこもりになっていた…のかもしれませぬ。それにしてもこんだけプッシュされ、ビジュアルだってなかなかイケてた(←もちろんく・ち・び・るもネ)亜季ちゃん。なのにあんまり話題になることもなく、あっさりと芸能界から去ってしまったのは…やっぱりおニャン子一色という‘時代’のせいだったのか。まさか亜季ちゃん自身も…

♪今日はあなたの視線が少し怖くて並んで帰れない

あの幅を利かせた集団により、アイドル界では隅に追いやられてしまったのかしらん。(笑)

亜季ちゃんは所属レコ会社だってポニキャニ、だったらいっそのことおニャン子にネジ込んで売ってあげたらよかったのにぃ。そしたらこの曲だってかる〜くオリコン1位の座を頂戴できたであろう…おニャン子のソレラと比べたって全く遜色ない出来栄えの「オータム・リップス」なのでありまする。ちなみに亜季ちゃんが優勝した「ミス南コンテスト」において準優勝の座に甘んじたのは、おニャン子の生稲晃子ちゃん。なんだ…じゃあ亜季ちゃんは準優勝しておニャン子入りしてた方が結果オーライだったんじゃないのさ!優勝の意味ないですがな「ミス南コンテスト」ったらば…プンプン!

☆作品データ
作詞:売野雅勇 作曲:芹澤廣明(1986年度作品・ポニーキャニオン)
イメージ 1


☆☆渡辺千秋ご本人さまから直コメをいただきました。詳細はコメント欄にてご確認ください。「以前のコメントを読みこむ」をクリックで過去コメントがすべて表示されます☆☆

フレッシュというこのお言葉…僕らの日常でナニかと口走るソレだったりもするのだが、その意味が実はかなり広域にわたっていること。コレはあまり知られていないのかもしれない。その意味を辞書で引っぱってみると…

(作りたて・取りたてで)新鮮な、新しい

この辺が一般的であり、また更に…

新着の、塗りたての、鮮明な、さわやかな、清々しい、元気のいい、はつらつとした、生き生きした、ぴちぴちした、健康そうな、塩分のない、ウブな、初心の、未熟な、新米の

とまぁ、フレッシュというお言葉1つとっても、色々な意味で使われているようでゴザイマス。いずれにしてもその大意はポシティブこの上ない!といったトコロのようでもありまする。

さて、今回はこのフレッシュというお言葉にコジ付けさせて頂き、あの方が放ったこの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「夏にフレッシュ。」は渡辺千秋さんのデビュー曲として、1984年4月1日に発売された楽曲である。えっ?今頃ナツウタ…って。コレ…出し忘れてたのでゴザイマス、千秋さんゴメンなさい。夏と言えばコチラは10月(春の半ば頃)だというのに30度を記録した本日。なんだか春という季節があるんだかないんだか…全くもってサッパリコンコンな気候のメルボルンなのでありまする。日本の季節は紛れもなく秋ではゴザイマスが…どうかコレを読んでる皆様もぜひ「初夏」あたりの陽気でも思い出しながらレビューをサク読みしてくださいませ。

さて、話を千秋さんに戻さなきゃネ。渡辺千秋さんと言えばフジのテレビドラマだった「スケバン刑事」における…

夢小路美弥子役

としても気を吐いた方…として知られるか。千秋さんは一時ではあったものの、元ピンク・レディーのミーちゃん(MIE時代)とも一緒の事務所に所属していたこともあったらしい。で、千秋さんのマネージャーさんはMIEさんの元バックダンサーさんだった…となんだか色々とおつながりがあったようでゴザイマス。

また、千秋さんと言えば、コレを忘れちゃイケませんよね。

「リボンギャル」

コレコレ!このスナック菓子のイメキャラを務めたキャワゆい子…コレで彼女を記憶に留めてる!なんて方も多いことかと思われ。頭に大きなリボンを乗せた少女を演じた千秋ちゃんがなんとも印象的だったものでゴザイマス。

そもそも「リボンギャル」とはハウスから1984年に発売されたお菓子で、キュートなリボン型したスナックにリボンの水玉模様を思わせるカラフルなつぶつぶのトッピングが施されたシロモノだったのである。当時はこのCMもかなり話題になったものだし、また商品自体もそこそこの人気があったと記憶しているのだが、残念ながらロングセラー商品にはならず市場から消え去ったようである。

さて、そんな千秋さんのデビュー曲「夏にフレッシュ」は作詞を秋元康氏、そして作曲はなんと…

長渕剛

氏が手がけたという豪華盤。長渕氏がアイドルに手がけた作品に関しては、以前にもこのブログでレビュったつちやかおりさん「失恋散歩道」でも触れているのだが、彼が女の子アイドルに提供した数…実はすこぶる少ないのである。そういう意味でもこの楽曲はかなり貴重な1発とも言える。

このようなコンビが手がけた千秋さんのデビュー曲。このチューンのテーマとは…

恋のときめき

である。コレはもうあの頃のアイドルポップスにおける超が付くほどの定番テーマでもあることから、アイドルのデビュー曲としては申し分ない仕上がりとなっているのである。こうしたモチーフを初夏らしいフレッシュな陽気を思わせる、清々しいメロで包み込んだ一品なの。

♪フレッシュフレッシュフレッシュフレッシュ ときめき
 フレッシュフレッシュフレッシュフレッシュ 走って
 このまま風になりたいの

あのネ…定番なのはモチーフだけじゃなくってよ。楽曲の作り自体だって当時の‘王道路線’に則ったとおぼしきアレ…そう、曲の冒頭からサビがカマされるパターンなの。この形式のウリはやっぱり…

1度聴いただけでも耳に残りやすい

というコレでゴザイマシタよね。コレは新井薫子さんがデビュー曲(「虹いろの瞳」)とセカンド(「イニシャルは夏」)にて実証してくれておりましたもの。

♪少し早い夏色のシャツ
 プルオーバーにして
 あなたが通りをかけてくる

♪白い陽射しのカフェは
 まるで陽射しのプールね
 ライムジュースをかき混ざれば 
 プリズムになるわ

テーマ、そして楽曲の構成ともども定番だと解説してきたけれど…歌詞だってスゴいんだから。どうよ、これ!

●カフェ
●プール
●ライムジュース
●プリズム

と…お誂え向きのアイテムがてんこもりのようでゴザイマス。なんだか「アイドルポップス百貨店」といった様相を呈してきたりもして。(笑)

♪素顔の君がいいと 言ってくれた日から
 なぜかしらこの胸が なぜかしらときめくの
 教えて欲しい その理由(ワケ)

じゃあ、おしえてあ・げ・る。これがいわゆる‘恋のときめき’なのでゴザイマスよね。でもこれでようやく主人公様がなぜに…

♪フレッシュフレッシュフレッシュフレッシュ
 走って このまま風になりたいの

こんなおキモチなのかが分ってきたのでありまする。それこそ、うれしくってうれしくって…走り回っちゃうのでしょ?喜びを押さえ切れずとにかく走りまくる仔犬ちゃんみたいにね。(笑)

この曲はオリコン最高136位を記録したものの、100位入りは残念ながら逃してしまったようでゴザイマス。コマソン(花王ニベア「フレッシュローション」)としてのタイアップもあり、なおかつあの超人気歌番組「ザ・ベストテン」枠でソレがオンエアされるという…実に恵まれた環境にその身を置いていたのに。しかも作曲に長渕剛さんをもってきたのにもかかわらずこのお成績ってのはいかんせん。それこそ…

♪フレッシュフレッシュフレッシュフレッシュ 走って
 このまま風になりたいの

千秋さんがこのデビュー曲のヒットに気をよくし、喜びいさんで仔犬のように走り回る…そういうシーンは拝めなかったようでゴザイマス。

もしもこのチューンがおニャン子の誰かさんのデビュー曲とかだったのならば…1位なんてあっさりと奪取できたのでは?そんな風に思ってしまうほど、楽曲のクオリティとしてはすこぶる高かった…渡辺千秋さんの「夏にフレッシュ。」だったのでありまする。

☆作品データ
作詞:秋元康 作曲:長渕剛(1984年度作品・CBSソニー)

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