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書庫☆70年代アイドルぷちレビュー

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畑中葉子さんと言えば、それこそ平尾昌晃センセイとのデュエットで…

「カナダからの手紙」
「エーゲ海への旅」
「サンフランシスコ行き」
「ヨーロッパでさようなら」

という、海外を舞台にした4部作で知られ、またその後の‘後ろから前から’波乱含み人生などにその話題が集中してしまう方でもある。そんな彼女が1979年1月25日…平尾センセイの元から独立した後のソロデビュー第1弾として発売したのが、表題曲の「ロミオ&ジュリエット’79」だったのである。

この曲の作詞を担当したのはなんと松本隆センセイ、作曲はこれまた大御所の平尾センセイといったビッグネームコンビ。作曲に関しては言うまでもなく…といったトコロか。それこそ秘蔵っ子だった葉子さんの記念すべきソロデビュー曲だったのだもの…センセイが気合を入れずに書かないワケがゴザイマセンわよね。それこそ当時、この曲は‘強力盤’といった風情をムンムンと漂わせ、市場に出回ったものでゴザイマス。

さて、そんなこの曲のテーマは…

若すぎる恋

である。あら?たしかこのモチーフは昨年、このブログでもレビュったことのある和泉友子さん「青い水平線」のソレとまるっきり同じモノ。この時代はコレがトレンディーなテーマだったのだろうか。

なにはともあれ、そんなToo youngな恋愛模様を、あの有名な不朽の名作「ロミオ&ジュリエット」に絡めまくり描いたのがこの作品…ということになるのである。それでは一体ナニがロミオ&ジュリエットなのか…そこら辺りのガザ入れを開始してみたいと思うのでありまする。

♪新宿 摩天楼 ディスコもはねて
 あなたとわたしに 帰る家もない

舞台は新宿のとある場所。ディスコがはねる時間…と言えば、ソレ相当に遅い時刻、おそらくは午前様状態に突入しているような時間帯かと思われ。そんな時間に夜の街をほっつき歩くのがこのお歌の主人公様とそのお連れさんということになるのだが…はて、この後は一体どこへ。

♪あなたは最後の 煙草を折って
 海辺へ行こうと 道の石を蹴る
 
目的地は‘海’だったようでゴザイマス。夜中に暗がりの海へ行く…コレも若さ?はたまたヤンキーの象徴?とも言えようか。道の石を蹴る…というふてくされまくった行動から見るに…幸せに満たされた充足感なるものはこのカップルには存在しないのかと思われ。

♪ごめんな お前を不幸にしたよ
 いいのよ あなたと死ねるなら幸せ
 若いよ若い 若すぎるよと
 親が言う 友が言う

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!! 松本センセイお得意の会話手法。
それにしてもここまで思い詰めなくたっていいものを…。親や友から「若すぎる」と反対を喰らってる…そのツライ気持は痛いほど分かるけれども。たかが恋…この先、バラ色の人生が待ってるかもしれないんだし^^。その若さで早まりまくった心中…そんなものを企てるってのはよくありませんわよね。しかもこのカップルが試みようとしているのは…

♪ごめんな 真冬の海冷たいぜ
 いいのよ つないだ指を離さないで

水平線にむかって延々とその歩を進めるという、例のアレ?なんだろうか。なんだか70年代…フィルム撮影の薄暗い色調がムンムンだった昼メロドラマ?とおぼしき世界観で充満しているようでゴザイマス。

♪若いよ若い 若すぎるから
 命をかけて 愛せるんです
 ねえ まるでジュリエット&ロミオ

あら?それこそ♪やばいよやばい〜やばすぎるから〜と歌詞を差し替えた方がよさげな展開に絶句!そう…だからアタシたちは‘ロミオ&ジュリエット’の79年度版なの…って自己陶酔にもほどがあるといった風情も無きにしも非ずのようで。(笑)

それにしてもこの曲でアイドルデビュー…ちと内容が衝撃すぎやしませんか。

そう言えばコレを唄った葉子さん…彼女と言えばコレをそのまんま実生活でも実践してしまい、それこそ衝撃人生を歩まれた方…ではなかったでしたっけ。「カナダからの手紙」の大ヒットにより知名度は抜群!という中での恵まれたソロデビュー。ソロ歌手としての人生もこれから!という意気揚々とした最中でもあった。なのに歌手活動なんてそこそこにし…全てを投げうって愛に走ってしまわれた。コレを読んでる読者様の中にも当時の彼女の潔さにド肝を抜かれまくった…なんて方も多いかと思われ。

この曲はオリコン最高81位、1.4万枚を記録して100位以内へのチャートインを達成!って…やだ、葉子さんったら、ちゃんとチャートインしてたんじゃないの。この状況で電撃結婚→引退ってのはやっぱり若気の至り?だったのか、もしかして。なかなかの歌唱センスをお持ちだった葉子さん(←なんといっても平尾昌晃音楽学校出身ですものねぇ)、それこそ歌手としてはまだまだチャンスはあったような気がしてならないのでゴザイマス、もったいなか。

曲全体的な印象は情熱のスペインとか…そんな風情を彷彿とさせるような、実にスリリングなアレンジ。さすがは平尾センセイの秘蔵っ子のソロデビュー…気合はかなり注入されていたとおぼしき仕上がりっぷりである。ただ欲を言えばもうちょっとそのアレンジをタイトで小気味良いソレにすることが出来たのならば…この曲のインパクトは更に増大し、もっとチャートを駆け上がったのではないだろうか…そんな風に思ったりもするのである。70年代後半という時代を考えたらコレが精一杯のご尽力…だったのかもしれないけれど。

それにしても70&80年代アイドルさん…当時歌唱した曲の歌詞どおりの運命を辿る方がしこたまなのが驚きである。コレに関しては以前、倉田まり子さんの「グラジュエイション」記事でも触れたことがあるのだが、畑中葉子さんのデビュー曲までもがソレの1つだったなんて!この記事を書こうと思わなければこの曲におけるサビ部分の歌詞…

♪若いよ若い 若すぎるから
 命をかけて 愛せるんです

なんてスッカリコンコンと忘却の彼方状態。今回のレビュー作業は新しい発見で…目からウロコもいいところでゴザイマシタ。それこそ…

後ろから前から

盤をチェック、そして…

もっと動いて

くまなくアイドルポップスを網羅しないとね…といったトコロかしらん。(笑)

☆作品データ
作詞:松本隆 作曲:平尾昌晃(1979年度作品・ビクターレコード)

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70&80年代のアイドルポップスや歌謡曲には、いわゆる‘二匹目のドジョウ’を狙ってカマされたとおぼしき楽曲がわんさかと存在していたもの。以前にもソレラに関してはこのブログでも記事ったことがあったのだが、今回ご紹介する1曲も…おそらくはソレラのお仲間さん?と言えるようなチューンなのである。ソレを歌唱したのは…

ザ・チェリーズ

である。

ザ・チェリーズと言えば…

70年代にNHKで放映されていた歌番組「花のステージ」のマスコットガール。メンバーはユミ、カコ、ミサの3人娘。番組内ではさまざまな曲を美しいコーラスワークを交えてお披露目する…という3人組だった。歌手としてのデビューは1979年4月1日にポリドールレコードより発売された「翔べ翔べ」。他に「男性諸君」「矛盾」「?Question 」などを発売。

70年代のNHKと言えばそれこそ歌唱力に関してはかなりテキビシィ〜目を持ったテレビ局として恐れられた?トコロでもあり、ソレが原因でNHKの歌番組から締め出しを喰った…というアイドル歌手も存在していたくらいなのである。ソレを軽々とクリアして同局でレギュラーの座を手に入れていたザ・チェリーズの歌唱力…ソレに関しては全く問題の無い安心印だったワケなのである。

さてさて…前置きが長くなってしまったが、チェリーと言えば、自分のペンネームと同じ…であるからして、ソレを聞くとなんとなく他人事には思えない筆者なのでゴザイマス。数週間前にもこのお言葉関連だった伊藤智恵理ちゃんをレビュったことだし、今回はこのユニットのあの曲をちょっくらイジってみたいなぁ…と思ったのでありまする。

表題の「私のサタン」はザ・チェリーズのシングル第7弾として1981年10月に発売された楽曲である。シングル第7弾といっても…ナニを隠そう、実はコレが彼女達のラストシングルであり、要は彼女達の息の根を寸止めしてしまったという、いわば痛恨の1曲なのである。その寸止めの理由とはいかに?まずはこの楽曲の歌詞を追いながら、ソレを紐解いていってみたいと思うのでありまする。

♪Love Me, Hold Me
Kiss Me, Squeeze Me
 ウ〜 ウ〜 強く

ここら辺はザ・チェリーズの十八番(オハコ)だった美しいハーモニーをこれでもか!とばかりにお披露目できる箇所でもある。しかしながらレコードでもテレビでの歌披露においてもユニゾン歌唱となっていたのがちとナゾでもある。脳ある鷹は爪を隠す?の精神でこの曲においてはあえて彼女等の武器であったハーモニー技を封印したのだろうか。まぁ、ココは良しとして…問題はこの後部分で勃発してくゆのである。(笑)

♪あの人の言葉には蜜がある
 心がしびれる蜜がある

3人組で‘あの人’と言えば…そうソレの頂点に君臨していた70年代のアイドルユニット、キャンディーズである。あの人というお言葉は彼女等のヒット曲でもある「やさしい悪魔」で用いられていた…

悪魔を呼ぶための代名詞

であることはコレを読んでる皆様ならばピンとくるお事柄かと思われ。この時点でいきなり聴き手に「むむっ?」と思わせるこの展開…どうよ。コレに続くは… 

♪あの人の ほほえみは 
 WOW WOW ワナがある

あらら、また‘あの人’がご登場と相成りましたとサ。しかも今度はそれだけじゃなくって‘ワナ’とキタもんだ。ワナと言えば…そうそう、こちらもキャンディーズが唄って大ヒットしたあの曲「わな」を思い起こさせるもの。「やさしい悪魔」からのみならず「わな」からもアイテムを拝借していた…ということになるのか。

♪気づいた時には 遅すぎて 
 ぶどう酒色の 夜明けまで
 あの人の腕に 身をまかせ
 踊りあかすのよ もう戻れない

ゆらりゆられてあなたへと〜堕ちてゆくのよ、ウッフン…といった甘美な世界観はとってもステキなのだけれども。だけどちょっと待ってよ〜この曲。これまでのところ…

●あの人
●ワナ

ときて、今度はぶどう酒までもがご登場だなんて!ぶどう酒と言えば♪バラ色のぶどう酒に〜そうそう、これまたキャンディーズの「やさしい悪魔」を彷彿とさせてしまうソレではないか!この曲は一体ナニモノなのか。(笑)

と思って作家陣をチェックしてみたら…

作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎

って。こっ、これは!キャンの「やさしい悪魔」とまるっきり同じコンビではないか。ってナニを今さら下手な芝居を…もちろんコレに関しては昔から存じており、キャンの記事でもちょっくら書いていたりもするのだけれども。それにしても首をかしげずにいられないのはザ・チェリーズというユニットが1981年というこの時期になって、なぜに同じ作家陣による「やさしい悪魔」の…しかも‘焼き直し’とおぼしきお歌を唄うハメになったのか…コレがこの曲における最大の「?Question」なのでありまする。まぁ、タイトルからして…

「私のサタン」

だものねぇ…もうこの時点で焼き直し臭でムセかえり〜ってな風情は言うまでもないのだが。まぁ、サタンを‘悪魔’と日本語表記にしなかっただけまだ奥ゆかしかった…と言えようか。まさか作家のお二人も「やさしい悪魔」を2度に渡ってカマすハメになるとは思わなかっただろうな。(笑)

と…ここまできて、いつになく全く愛の無いレビューをカマしてしまったワタクシメ。

だけどこの曲…ソレラと引き離して考えれば、とってもステキなチューンだったりもするのである。例えば唄い出しや曲全般から漂う葡萄酒色ちっくでメロウな雰囲気(←編曲は馬飼野康ニセンセでゴザイマス)、またサタンとこのお歌における主人公様が、サタンの館とおぼしき場所で葡萄酒色の夜明けに包まれた甘いひとときを過ごされているその様が浮かんでくるあたり…コレは実にスイートな酔い心地を聴き手に味あわせてくれたりもする。また間奏部分やエンディングで使用されている切なさ全開の音色(おそらくはハーモニカか)も乙!それこそ聴き手の琴線に素手で触ってくるかのような切なさ加減たまならない。そして極めつけはコレを唄ったザ・チェリーズお三方のステージ衣装だろうか。

ソレはあたかもご本家のキャンに挑戦状を叩きつけたような美脚むき出しルック。全身が黒のミニっぽい衣装に黒のストッキング、そして足首にはアンクレットといった様相で…実に色っぽく魅力的だったもの。ちょうど↑のレコジャケで着用しているのがソレなのである。デビュー当時は幾分ふくよかめだったセンターのカコちゃんも、この時ばかりはスリムに大変身されており、美しいおみ足をこれでもか!と見せ付けてくれているのである。この衣装のためにダイエットに専念でもされたのだろうか、おそらくは。それにしても似てるのはお歌だけかと思ったら、衣装までもがなんだかソレらしきシロモノになっちゃったりもして。コレでは焼き直しの烙印をドシンと押されてしまうのも無理はないか^^;。

70年代…それこそキャンディーズの全盛時代や解散宣言をしてからというもの…女の子3人組ユニットが雨後の竹の子の如く、次から次へと現れたもの。その後釜狙いの至近距離にいたと思われるトライアングル、そして「スタ誕」出身の寄せ集め軍団だったGAL(ギャル)、大股パッカリ大胆不敵なフリツケが話題を呼んだアパッチ…ザ・チェリーズもこれらガールユニットの一派だったのだが、その歌唱力レベルでいったらご本家様に堂々と肩を並べられる唯一のユニット…だったかと言えようか(GALは石江さんが抜けてから歌唱レベルが↓になっちゃいましたしねぇ)。それ位に彼女達が醸し出す3声から成る一糸乱れぬ美しいハーモニーはスバラシイ品質を誇っていたのである。

そんなザ・チェリーズもポリドール→RCAへレコード会社を移籍、試行錯誤の末、何度もイメチェンを繰り返しては起死回生の1発を狙っていたものの…

♪気づいた時には 遅すぎて

じゃないけれど、世間はすでにポストキャンディ−ズへの関心などスッカリコンコン失っていたようで。こうしてザ・チェリーズは1980年に彗星の如く現れた‘あの方’により開けられた‘ソロ’アイドル歌手黄金時代の大波にもみくちゃにされながら、あえなくそのお姿を消していくことになったのである。こういった意味でもこの曲は彼女達が放った最後の‘悪あがき’?若しくは芸能界への‘三行半’?だったのか、もしかして。(笑)

☆作品データ
作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎(1981年度作品・RCA)

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コレを読んでる皆さんは、化粧品会社による秋のキャンペーンソングと言えばどの曲を思い出すのだろうか。それこそ秋は太古の昔から(←ホントかよ)‘オシャレの秋’と言われてきたように…化粧品コマソンのソレも繁盛期とばかりにしこたま気合の入りまくった楽曲を毎年のように送り込んできたもの。そんなことから振り返る意味でも下記に‘秋のコマソン’を一覧表としてまとめてみたのでちょっくら見て欲しい。

年度カネボウ資生堂他社
77「ワインカラーのときめき」新井満(なし)「見つめあうのが好き」南佳孝(コーセー) 
78「薄化粧」サーカス「君の瞳は10000ボルト」堀内孝雄「あのこのあだ名はマスカット」ピーカブーとムーンドロップス(コーセー)
79「セクシャル・バイオレットNo.1」桑名正博「微笑の法則」柳ジョージ&レイニーウッド(不明)
80「How manyいい顔」郷ひろみ「お帰りなさい秋のテーマ」加藤和彦「星のルージュリアン」松任谷由実(ポーラ)
81「キッスは目にして」ヴィーナス「メイク23秒」桃井かおり「恋のアンブレラ」ボッパーズ(コーセー)
82「すみれSeptember Love」一風堂「気分はフェアネス」山根麻衣「OKマリアンヌ」ビートたけし(コーセー)
83「おまえに、ピタ!」横浜銀蠅「恋は、ご多忙申し上げます」原由子「愛、どうじゃ。恋、どうじゃ。」研ナオコ(コーセー)
84「ピンクのモーツアルト」松田聖子「ニュアンスしましょ」香坂みゆき「ビューズオブラブ」ジュラン(コーセー)
85「LOVE、かくし色」森山達也「メトロポリスの片隅で」松任谷由実「愛の呪文」石川秀美(コーセー)
86「ノーブルレッドの瞬間」国生さゆり「ツイてるねノッてるね」中山美穂(なし)
87「STAY WITH ME Song for KA GU YA姫」ピーター・セテラ(なし)「Tokio Express」早見優(コーセー)
88「MUGO・ん…色っぽい」工藤静香「彼女とTIP ON DUO」今井美樹「MIDNIGHT BEIGE」早見優
89「MISTY-微妙に-」氷室京介(なし)「夢見るQUEST」杉真理(コーセー)

どの曲もレビュってみたいなぁ…と思わせてくれるような、それこそ魅惑の傑作ばかりがズラリの世界なのだが、今回はこれらの中から1曲をピックアップ!いつものようにイジってみたいと思うのでありまする。

表題の「恋は、ご多忙申し上げます」は原由子さんのソロ第4弾として、1983年8月21日に発売された楽曲である。原さんは今更言うまでもなく、サザンオールスターズのキーボード担当&桑田圭祐さんの奥様としても知られる方でニックネームは原坊(ハラボー)である。彼女はアイドル歌手…というワケではないのであしからずなのだが、今回取り上げたこのチューンは実にアイドルっぽいポップな仕上がりがウリ。由子さんご自身もこの曲を引っさげテレビのベストテン番組にチャートインした際には‘フリツキ’でこのお歌をお披露目して下さったもの。そんなことから今回はこのカテゴリーでムリヤリにレビュっちゃおう!と思ったのでありまする。で書庫分けにとっても困ったのですが、サザンとしてのデビューが70年代ってことで今回はコチラで。(笑)

さて、この楽曲は作詞・曲共に桑田佳祐氏の書き下ろし。上の表からも見て取れるように、資生堂化粧品におけるファンデーションの販売促進のために使用されたコマソンである。その際のキャッチコピーが…

公私ご多忙用・恋は、ご多忙申し上げます

コレだったのである。CM内では美しいモデルさんがこれでもか!といったお顔つきで商品を宣伝する…といった伝統に則ったモノ。このコマーシャルに出演したモデルさんはアンジェラ・ハリーさん。この方はEPOさんがコマソンを手がけた「う、ふ、ふ、ふ」やその他、資生堂の化粧品CM「気分はフェアネス」「くちびるヌード」の時と同じお方。愛嬌のある美人モデルさんで、当時もすこぶる人気があった方でもある。それにしても…あの頃はこうした化粧品のコマーシャルで季節の移ろいをも楽しんでいたもの。こうしたCMがすっかり消え失せてしまった現在…なにかこう季節的な物足りなさを感じてしまうのはコレが無いってのが原因なのだろうか、もしかして。

♪夏の終わりはいつでも
 気がかりなまま秋の色かな

と…いかにも‘原坊でゴザイマス’と言わんばかりのお声での歌い始め。季節的には今頃、そうそう‘風は秋色’を肌でひんやりと感じるこの時期にピッタリでゴザイマスよね。

♪遊び疲れた 身体(からだ)に
 彼のにおいが まだ生々しい

このアイドルポップ風な曲において唯一ソレらしからぬ部分と言えば…この箇所だろうか、おそらくは。(笑)

♪渚に埋めた 銀色の恋は
 あ〜あ 今もまだ忘れない
 涙あふれて 心焦がした
 ささやいてくれた 言葉は

この曲のテーマも‘ひと夏の恋’のようでゴザイマス。モチーフ的にはつい先日、このブログでレビュったばかりの柏原芳恵さん「夏模様」とほとんど一緒ってっな風情なのである。ただコチラはそういったおキモチを明るくてノリの良いモータウン調メロに乗せてるところがソレとの大きな違いなのである。

なにはともあれ…でこの彼がささやいてくれたという、その‘言葉’とはなんぞや???

♪’ Only you’ ときめきBusy
 あなただけを 愛・視点・ルール
 Love Me Do 互いにプレッピー
 公私共に Life is Busy

要は「君だけだよ」という、トロトロにとろかすような‘甘いセリフ’だったらしい。(笑)こんなお言葉に‘クラッ!’ときてしまったこのお歌の主人公様…もう胸がときめきっぱなしで…

愛・視点・ルール=「愛してる」

といった状態にいるらしい。なのになのに…

互いにプレッピー

だなんて。といってもなんだかイマイチ意味がサッパリコンコンな部分かと思われ。ということで‘プレッピー’の意味をちょっくら調べてみた。

アメリカで名門私立学校に通う良家子息に対する俗称のことをいう。彼らの好んで着用していたスタイルをプレッピーといい、アイビー(IVY)スタイルに新しいテイストを加えたような着こなしが特徴だった。

こんな意味を持つお言葉で…ファッション用語として多用されているらしい。ここから考えるにプレッピーとは…お互いが‘お上品&かしこまりすぎ’ちゃって発展ナシ?あの夏の日以来、この恋が足止め喰らってるじゃないの!といった状態を指しているのだろうか、おそらくは。しかも公私共になんやかんやで忙しくって…もう、いやん!ってな様相なのか。(笑)

♪恋人を想えば 秋風が吹く
 彼のことが 今も忘れられない

って…ほらね、やっぱり。このナゾを解くカギが最後の最後にキましたわ。このお歌の主人公様は彼に対する恋ごころで心の中が‘ときめきご多忙状態’。未だに彼のことが忘れられないのである。まさに…

恋は、ご多忙申し上げます

の世界観。だけれども彼とは会えないまんま。このままジ・エンドとなってしまい、単なる‘ひと夏の恋’としての終焉が彼女を待ち構えているのだろうか。(笑)

この曲はオリコン最高5位、24.7万枚を売り上げて原坊のソロ作品としてお初の大ヒットを記録、その後のソロ作品への大きな足がかりになったことは言うまでもない。この曲がヒットして…

公私共にお忙しく

なったであろう、原坊。こんなヒット曲を授けてもらっちゃったりして‘彼’に対するおキモチも..

愛・視点・ルール

と更に深まったものと思われるのでゴザイマス。(笑)

☆作品データ
作詞・曲:桑田佳祐(1983年度作品・ビクターレコード)

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キャッツ・アイと言えば…

モノホン宝石の猫目石(キャッツ・アイ)
アニソンとして杏里さんが唄った「Cat’s Eye」
人気を博したTBSドラマ「木更津キャッツ・アイ」

などなど…おそらくは‘一般道’を歩いてらっしゃる方々からはこのようなご返答が返ってくるものと思われ。しかし、このブログの常連様からはコレラとはちと違ったアンサーも期待できるトコロか。そう、キャッツ・アイと言えば、1977年にピンク・レディーに追いつけ追い越せ!と鼻息荒くデビューをカマした女の子二人からなるユニット…コチラだってソレの立派な候補なのでありまする。

そんなユニットのメンツ構成は…

大谷親江
山中奈奈

という、当時は19才と18才のピチピチギャル(←死語でしょうか^^;)だったお二人。ユニット名の正式表記はキャッツ☆アイ...と☆印が付くようなのだが、このデビュー盤の頃はまだ‘キャッツ・アイ’という表記になっていたようである。まぁ、☆があろうがなかろうが...たいした違いは無さげなのだが。さて、そんなお二人のニックネームが上から順に…

ノン
ナナ

ときたもんだ!ミーとケイに対抗してノンとナナ…まぁ、そこそこイケてる感じか。そんなお二人がテイチクユニオンより、表題の「アバンチュール」で芸能界に殴りこみをかけたのが、1977年5月25日のことである。もう、あれからかれこれ31年の歳月が流れ…当のご本人達も大台(←どの大台なんでしょ?)に乗ったものと思われるのである。

♪だめだめその手はだめよ
 おいたなその手はだめよ
 
という、のっけから色香がむせかえる歌詞を宛がったのは麻生香太郎氏。麻生氏はコレの他にも…

「微笑日記」 榊原郁恵
「針葉樹」 野口五郎
「迷い鳥」 小林幸子

などなど…このような作品に筆をふるっていたのだが、その殆どがお色気ムンムンとはご縁のさなそうなキ真面目な路線ってのが意外?とも言えようか。どうやらこの曲はキャッツ☆アイのために日頃のセンセイのお色を思いっきり変えて挑んだ作品だったのかと思われるのである。麻生センセイはキャッツ☆アイに…

「鏡よ鏡」(「アバンチュール」のB面)
「夢みるナイチンゲール」(セカンド「めっきり冷たくなりました」のB面)
「導火線」(サードシングル)
「大地震」(「導火線」のB面)
「ジャンヌ・ダルク」(ラストシングル)
「アンコール・アンコール」(「ジャンヌ・ダルク」のB面)

これだけの作品をご提供。「大地震」ってのががこれまたスゴそうだわね。ちなみに「アバンチュール」を作曲されたのは馬飼野康ニセンセイ…あらら、先日レビューしたばかりの河合奈保子さん「スマイル・フォー・ミー」と一緒だったようでゴザイマス。(笑)

さて…この楽曲のタイトルにもなっている「アバンチュール」。そもそもこのお言葉の意味とはなんぞや?うすうす分かってはいるものの、今回はMAKE SUREのため、とりあえず。

危険な恋愛、恋の火遊び(フランス語)

このような意味となるのだが、お色気しこたまで売りたかったとおぼしきキャッツ☆アイのお二人には、それこそお誂え向きのモチーフだったようでもある。

♪アバ〜ン チュ〜〜〜ル
 夏の日差しが 心にささって感じるけれど

この曲の聴かせドコロ、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!
それこそこの部分がこのチューンにおける白眉とも言える箇所なのである。ノンとナナによる二声(←イマイチ相性のよろしくないと思われる)が、かなり無理矢理な状況で重なりあい…

♪チュ〜〜〜ル

とハモりを轟かせまくるのである。それこそ聴き手は...

チュルルルル〜

とお二人の口腔内にでも吸い込まれていってしまいそうな、なんとも言えない‘うれしい体験’(←なのだろうか)を強いられるのである。(笑)

それにしてもこの曲…「アバンチュール」なんてお言葉を歌詞中はおろか、タイトルにまで宛がってソレをしつこく主張しているにもかかわらず…ちょっと、2番の歌詞を見てよ!

♪誰かがじっと見ているかもよ
 つつしんで くださいな
 ひと夏だけの恋ならいやよ
 つつしんで くださいな
 それより サーフィンしましょ 

って…アンタ一体、なんなのよ!アバンチュールとはひとときの恋の火遊び…のハズなんだけどなぁ、もう。オトコとしたらサーフィンなんかよりもまずはアッチの方がHIGHEST PRIORITYなハズで…こんなんじゃお顔もアレもショボンと下を向いてしまいますがな。(笑)

♪雑誌やなんかに出てる 
 女の子とは違うの
 いちから愛して欲しい いちから始めてほしい
 アバ〜ン チュ〜〜〜ル
 せめてひととき 素敵な気分で過ごしませんか

アバンチュール、しまくるわよ!なんて…目の色変えて飛んでくる盛りのついた女猫(メネコ)の唄なのかと思っていたら。あらあら!どうよ、コレ。このお歌の主人公様ったらば…意外とピュアでロマンチックな女の子だったようでゴザイマス。この度は勝手に女猫呼ばわりしちゃってゴメンなさい^^;。

この曲はオリコン最高95位を記録して、滑り込みセーフのチャートイン!それこそご本家、ピンク・レディーに襲い掛かるべくのぷち突破口くらいは築いたものと思われ。それにしてもまぁ、色っぽいお姉さま方でゴザイマシタよね。だからなのか今もって熱狂的なキャッツ☆アイ信者が多数存在することも頷けるお事柄なのでゴザイマス。

でもちょっと…下のお写真を見てよ!
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コレはどう見てもピンク・レディーのスリップドレスのパクリもいいところ。ドレスのお色、そして デザインからシルバーのサンダル式ヒールまで…なにからなにまで殆ど一緒ってのが絶句。この衣装のせいで当時のコドモの間じゃキャッツ☆アイはピンク・レディーの偽者だなんて…ありがたくない称号まで与えられてしまっていたのでありまする。

♪だめだめその手はだめよ

やっぱり二番煎じはちょっとね。そんなキャッツ☆アイはソレをバネにしたのかなんなのか、セカンドシングル「めっきり冷たくなりました」ではオリジナル風味溢れる奇抜な衣装と‘手品技’を引っ提げ、更に鼻息を荒くしていくことになったのである。

☆作品データ
作詞:麻生香太郎 作曲:馬飼野康ニ(1977年度作品・テイチクユニオン)

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ガールグループと言えば、それこそ読んで字の如く女の子だけで構成されるユニットのことを指すのだが、70&80年代にかけてはその数もハンパじゃないほどにのぼり乱れ咲き…といった様相を呈したもの。そしてソレラは当時の芸能界を華やかに、そして艶やかに彩ってくれたものである。今回ご紹介するこのユニットもソレラの内の1つであり、彼女達のデビューは70年代後半。そんな時代に飛び出したあのお方達のこの1曲を…と言っても「知らな〜い」って方が多いかと思われるが、ひとまずは書いてみたいと思うのでありまする。

表題の「月影のドンチュッチュ」はゴールデン・ハーフ・スペシャルのシングル第3弾として、1977年4月25日に発売されたチューンである。ゴールデン・ハーフ・スペシャルと言えばゴールデン・ハーフ(エバ、マリア、ルナ、ユミから構成され、70年代前半を中心に人気を博したガールグループ)の後釜ユニットのことを指す。所属は前身と同じ渡辺プロダクション。メンバーの構成はと言うと…

トミー
リンダ
ナンシー
エミリー

と…当初は4人編成でのスタートとなっていたものの、最終的には途中で1人が抜けて(←よくありがち…)3人編成へと変更された。ユニット名で‘ハーフ’と名乗っているくらいだもの…それらメンバー全員が混血児(←もうこんなお言葉は死語だろうか)、要は両親のどちらかが外国人であり、日本人との交わりを経てこの世に生まれ出た方々…ということになるのである。

さて、そんな彼女達のこの楽曲…作詞を手がけたのはマーシー・パウエル氏、作曲は中村弘明氏というコンビにより生み出されたモノなのだが、まずはなんといってもこのタイトル…どうよ、コレ。(笑)

ドンチュッチュ

ってのが一体なんなのか、あれからウン十年経った今でもなんだかサッパリコンコンで…。意味不明加減がタイトルの時点で大暴発?といった感じなのである。しかもこのお言葉は題名として宛がわれているだけではなく、歌中においても…

♪ドンチュッチュ ドンチュッチュチュ
 ドンチュッチュ ドンチュッチュチュ
 ドンチュッチュ ドンチュッチュチュ
 青い月明かり

と…このようにこれでもか!と言わんばかりの連発銃状態でカマされているのである。そんなところから察するに…ドンチュッチュはこのお歌にとってよっぽど重要なキーワードなんだろう、おそらくは。念のため、この‘ドンチュッチュ’に関して知り合いのオージーに尋ねてみた(←ってか、こんなこと聞くなっつーの、おそらくは造語なんだしぃ)ものの…「知らない」と素っ気なく一蹴されてしもうた。おそらくはDon’t you (ドンチュー)から派生した造語で「○○しないの?」という意味で使っているのかもしれないが、真意のほどは作詞をされたマーシー先生にお伺いするしか、今となっては方法がなさげなのである。(笑)

♪こんなふうな夜には
 体全部の毛がのびて
 狼男 逃げておくれよ
 さぁさ 今すぐに

まぁ!狼男が逃げ出すくらいの体じゅう毛むくじゃらのオンナって…一体どんだけのビジュアルなんでしょか。

♪なんて いつもその手で ねぇ
 逃げ出すなんて そう
 意気地がないわ ねぇ
 どうぞ そのまま

逃げろ…と言っておきながら「意気地がないわ」ってアナタ…。どういうことなの〜っ!!意味が分かんないったらありゃしない、プンプン。(笑)

♪さわるのならば いつでも平気よ

あらら…今度はなんなのさ。状況は一変して「喰べてぇ!」と迫りくる図と化しているようでゴザイマス。映画「吉原炎上」における西川のミネンコ姐さんも真っ青な展開と言えようか。おそらくは月影でムラムラきてるオンナの小唄?なる解釈でいいのだろうか。♪さわるのならば〜って一体どこを???全くもってスゴイ歌詞である。マーシー先生ったら…どうやら悪乗りがすぎたようでゴザイマス。

この曲はこの後にも…

赤い月明かり
黒い月明かり

などなど…月が散々っぱらそのお色を変えてご登場と相成り、このお歌の主人公様も体じゅうの毛が伸びるだけでは飽き足らず…体がビリビリしびれ〜の、急に歯がのび〜るだの、なんだかとっても慌ただしくお忙しい様相を呈しているのでゴザイマス。一体ナニモノなんでしょ、この女性。(笑)

この曲はオリコンにおける100位以内へのチャートインは惜しくも果たせなかったものの、彼女等のディスコグラフィー…

「ゴールデン・ハーフ・スペシャルのキューティー・パイ」
「恋のチアガール」
「月影のドンチュッチュ」
「嘘みたい!?」
「プリズムカラーの夏ざかり」
「ハーレム・ノックアウト」
「ギラ!」

の中じゃ、イチバンの売り上げを誇ったそうな。たしかにこの曲はその当時、テレビやラジオなどでよく耳にしたもの。しかもお昼の奥様番組などにも歌のゲストとしてご出演、この歌のお披露目がしこたま成されていたものである。この曲の評判がすこぶる良かったのはこういったプロモが効を奏しての結果だったのだろうか、おそらくは。それこそ計り間違えば‘ドンチュッチュ’効果でコドモあたりの間で人気が出た可能性もあったか?まぁ、そういう自分も小学生の頃に、この‘ドンチュッチュ’にやられてしまった時期が…ほんの一時ではあったけれどもあったような気がしないでもない^^。

とにもかくにもこの曲に関してはキャッチーさとインパクトだけはかなりの度合い…であり、ちょいとクセになる結構なお手前の曲だったりもするのである。それにしてもこういったお歌が真っ昼間からブラウン管を通じて堂々とお披露目…さすがは規制がゆるんゆるんだった70年代…スバラシイ時代でゴザイマシタわね。(笑)

この後、ゴールデン・ハーフ・スペシャルは所属していた東宝レコードの倒産により、日本コロムビアへと移籍。それに伴ってリンダさんが脱退→3人体制となって心機一転の活動を展開していくことになったのである。しかしソレは残念ながらあまり長続きせず、1979年の年度末あたりを境にユニットは解散してしまうのであった。

メンバーのその後に関しては…トミーさんが80年代に突入してから「倖せの黄色いティッシュ」(←これまたスゴイ題名だこと!)でソロデビュー、リンダさんは現在も現役活動中で、地方テレビ局の「かぼすタイム」なる番組でご愛嬌を振りまいているそうな。あとのお二人の消息に関しては一切合財のナゾに包まれており、なんだかそれこそ…

月影

の闇に隠れちゃったような…Don’t you, don’t you, don’t you know???
そんな状況と相成ってしまっているのでゴザイマス。

☆作品データ
作詞:マーシー・パウエル 作曲:中村弘明(1977年度作品・東宝レコード)

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