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書庫☆70年代アイドルぷちレビュー

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いよいよ梅雨が明け、暑い暑い夏がやってまいりました。なんて日本にいない身分でこんなこと書いたとて…実感がこもってなくてウソっぽいったらありゃしない…ってなトコロだろうか^^;。
♪夏が来れば思い出す〜と言えば…そうそう、やっぱり懐アイドル達が放った数々の輝かしいナツウタなのでゴザイマス。ただナツウタと一言にいっても、それこそキリがないほどの数にのぼってしまうのだが、今回レビュろうとしている曲とは…

昭和54年(1979年)の夏

のヒット曲。良き時代のあの夏…人でゴッタ返していた夏の海岸でよく流されていたチューン。今回はそんなあの1曲を記事としてしたためてみることにしたのでありまする。

表題の「ワンダー・ブギ」は石野真子さんのシングル第6弾として、1979年7月5日に発売され楽曲である。真子さんと言えば、今年の3月にデビュー30周年を記念するコンサを開催し、マスコミに話題をふりまいてくれたばかり。なんでもそのコンサでは往年のファン様方(←今はいいご年齢になってる方ばかりか^^)が一挙に押しかけ、ハッピやハチマキはもちろんのこと、当時とおんなじ曲中のコールなどもカマすという気合の入れようだったそうで。真子さんご本人も…

「当時のフリがないと歌えない、体がフリを憶えてる」

なんて…それこそファン様方にとったら、これまたなんともウレシイお言葉を投げかけてくれたりもしてくれまして。なにはともあれそのコンサは大盛況のうちに幕を閉じたようでゴザイマス。

さて、そんな真子さんがアイドルとして絶頂期の79年に放った表題曲…それこそ筆者にとったらコドモ時代の楽しかった夏休みの場面場面が走馬灯に写し出されるかのように蘇ってくる…そんな1曲なのでゴザイマス。個人的には…

「渚のシンドバッド」
「波乗りパイレーツ」 以上、ピンク・レディー
「暑中お見舞い申し上げます」 キャンディーズ
「夏のお嬢さん」 榊原郁恵

こういった曲と共に、70年代末期のコドモ時代における楽しかった夏休みを思い起こさせてくれるという…いわば‘夏休み思い出しウタ’に属すのである。(笑)

そんなこの曲は作詞を阿久悠氏、作曲は馬飼野康ニ氏が手がけた作品となっているが、阿久氏は真子さんがデビュー以来、ずっと作詞を担当してきた方であり、本作品で6作連続でご担当…といった形となっていた。しかしそれと同時にこの曲が阿久センセイが担当した最後(←シングル盤として)の作品となっている。この作品の前作だった「プリティー・プリティー」もどちらかと言えばコミカルな曲に仕上がっていたが、本作品はソレを更に上回る、それこそ遊びゴコロが満載で明るく楽しいチューンとなっているのである。ここら辺りはまさにイノセントで良き時代だった70年代末期…といった風情が色濃いトコロなのである。

♪ブギウギ・シュワッチ ブギ・ドゥワー
 ブギウギ・シュワッチ ブギ・ドゥワー
 真夏はユカイ(真夏はユカイ)
 ワンダー ワンダー・ブギウギ

こんなワケわかな歌詞も当時のキュート極まりなった真子さんだったから許されたようなモノか^^。この曲を歌った当時の真子さん…コレを読んでいる皆様もご記憶に留めていることかと思うが、しこたまのお子様ダンサーを従えての熱唱でゴザイマシタ。この頭サビ部分以降の間奏では…

「やめなさ〜い!」

と…暴れまくるコドモ達を叱りつける寸劇のようなパフォーマンスもご披露してくれたりもして…ソレはあたかも収拾がつかなくなった児童に手こずる若センセイ?のような風情だったものである。まぁ♪真夏はユカイ〜と歌っていたくらいだったから、あれくらい騒がしくなきゃこの曲らしさは生まれてこなかった…そんな風に思ったりもするのでゴザイマス。

♪鯨の背中の上で ビキニの娘が踊る
 ゆらゆら揺れてる胸に 鴎が見とれて落ちる
 仲間の鴎が怒り 娘のビキニをはずす
 パパイヤみたいな胸に 鴎は真っ赤に染まる

ふむ…これはコドモ時代のお絵描き時間によく描いた、まんまるくじらさんの大きな背中には天高く伸びるパームツリー、そしてお空には太陽がサンサン…そんな情景に近いのだろうか。とにもかくにも、とってもカラフルで夢がいっぱいのシチュエーションのようである。それにしても結構ハレンチな歌詞に…今更ながらにビックリコンコンでゴザイマス。(笑)

♪ただよう鯨に 真っ赤な鴎
 セクシー娘の きりきり舞い

それにしてもこの歌詞…ピンク・レディーのソレラにかなり近い世界観である。だって…

ビキニ(「波乗りパイレーツ」)
パパイヤ(「パパイヤ軍団」)
セクシー(「渚のシンドバッド」)

と…まるっきり同じワードがわんさかと出てくるんだもの〜ちょっと使い回しチック感は否めないのでゴザイマス。でも阿久センセイの書かれた歌詞だものねぇ、似ていてもいた仕方がゴザイマセン。もしかしたら阿久センセイは人気が下火になりつつあったピンク・レディーを見越して…真子さんにピンク・レディー路線を???…ってソレはないか。(笑)しかも‘きりきり舞い’なんてお言葉までもがご登場と相成ってるあたりにも要注目でゴザイマス。「きりきり舞い」と言えば山本リンダさん。あら?じゃあこの曲はもしかしたらピンク・レディーと山本リンダさんを融合した結果、生まれ出たチューン?(←ちなみにリンダさんの「きりきり舞い」も阿久センセイ作でゴザイマシタ)だったのだろうか。それはさておき、この‘きりきり舞い’というお言葉…そもそもこのワードの意味とは…

十分に対処できないほど忙しく動きまわっていること。予想外の事態や経験のないことに出合って、あわてること。

こんなんだったのでゴザイマス。似たような意味の言葉で‘てんてこ舞い’なんてのもあるけれど…英語の世界じゃ絶対に無さげな語呂の合わせ方がなんともユニークであり…そのコミカル性こそが日本語の特長のように思うのでありまする。

この曲はオリコン最高22位、7.6万枚を記録して真子さんにおけるナツウタの代表曲と相成った。実はこの曲…真子さんご自身も当時は歌うのがハズかしかったそうな。当時の真子さんったらば満18才…そりゃそうだわなぁ、いくら夢を売るアイドル稼業とて…大勢のコドモを引き連れて♪ブギウギ・シュワッチ〜ブギ・ドゥワーだものねぇ。なんだかお顔から火が出てきそうな気がしないでもないか。それこそ真子さんご本人こそ…この曲が新曲だよ!と言われて唖然呆然!?「え〜っ、コレ歌うのぉ?」と拒否反応が出まくっちゃって、どしたらいいの状態?で、あわてまくっちゃった挙句に…

きりきり舞い

となっていた恐れもあったか。(笑)
そんな状況下にいながらも、真子ちゃんスマイルでコレを一生懸命に歌い僕たちを夢を与えてくれた真子さん。そんな彼女の努力に感謝のキモチを花束にして捧げたい…そんな風に感じる筆者なのでゴザイマス。


☆作品データ
作詞:阿久悠 作曲:馬飼野康ニ(1979年度作品・ビクターレコード)

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先頃ソニーが展開中のオーダーメイドファクトリー、略してOMFにてファーストアルバムが目出度くCD化されるに至った大滝裕子さん。彼女は現在も活動中の女性コーラスグループ、アマゾンズの一員としても知られるお方なのだが、元々のデビューは1979年。ソレはソロ歌手としての船出だったのである。そんな彼女のデビューのきっかけは、

「1978年 ミスセブンティーン」

である。この大会はあの‘太陽の女王’が本選出場を辞退した大会としても知られているか。ここでグランプリの座をゲットした後、1979年の9月にEPICソニーより「A BOY」という曲でスタートを切ったのである。今回はそんな彼女のデビュー曲をレビュってみたいと思うのであります。

表題の「A BOY」は作詞を三浦徳子さん、作曲を後藤次利氏が手がけたという、当時としてはかなりドンガリ風味の前衛的なロック路線…とでも表現しようか。1979年と言えば、まだアイドル黄金時代の夜明け前であり、時はまさしくNM(ニューミュージック)が全盛の頃。一部の大物アイドル達を除いてはチャート上においてこぞって苦戦を強いられていた…という状況にあった頃合いである。本レビューの主人公でもある裕子さんもお若くしての歌手デビューではあったものの、そのデビューに関してはアイドルというよりもボーカリストといった立位置を優先したコンセプトが敷かれていたようである。おそらくソニーはこういったアイドル不振の状況を踏まえ、80年代は本格派ボーカリストの時代が来る!と睨んでいたのだろうか。その白羽の矢(?)を得たのが大滝裕子さんだった…ということになるのだが。その割りに9月デビューだなんて…それじゃ新人賞に間に合わないったらありゃしない^^;。

♪私のこの胸で 泣いてもいいわ
 ふいにアクセル踏む時も 
 ああ 遠い目をしてる
 あなた 悲しすぎるよ

音感の無い歌手には絶対にご提供不可!といったような…音取りが実にムズカシイ旋律。上に行ったり下に行ったり、また一般的に音が取りづらいと言われる半音(←黒い鍵盤)が多用された懲りに懲りまくった玄人肌のメロ…とでも表現しようか。この歌い出しの時点で‘アイドルちっく’なお色というのは存在しないのだが、出身元が「ミスセブンティーン」だったからなのかなんなのか…裕子さんは雑誌「セブンティーン」はもちろんのこと、他のティーン向けアイドル雑誌にもそのお顔を出す機会が非常に多く、やはり世間的には彼女をアイドルとして括っていたようでゴザイマス。

♪ボニー&クライド
 そう あなたとならなれそうよ
 ボニー&クライド
 そう 夢見てた物語 
 さりげない 本当の恋

ここでご登場で相成るボニー&クライド。そう、あの有名な映画に基づいたカップルのお名前である。?な方もいるかもしれないので念のため。

ボニーとクライド (Bonnie and Clyde) は、1930年代前半にアメリカ中西部で、銀行強盗や殺人を繰り返した、ボニー・パーカー (Bonnie Parker 1910年10月1日 - 1934年5月23日) とクライド・バロウ (Clyde Barrow 1909年3月24日 - 1934年5月23日) の有名な犯罪者カップル。大ヒットした映画「俺たちに明日はない」では彼等の出会いから死までが描かれている。(Wikipediaより一部抜粋)

このようなカップルであり、このお歌の主人公様はこのお二人のようになることを夢見ていた…ということになるが、別に犯罪者に憧れていたワケではなくて。運命的な出会いを…という意味なのだと思われ。(笑)

♪ボーイ ボー ア・ボーイ
 少年の日に
 ボーイ ボー ア・ボーイ
 会えていたなら

この部分こそがこの楽曲のタイトル「A BOY」の核心となるところでもあるのだが、♪会えていたなら…英語ではIfの世界であり、しかも「もしもあの時…」と顧みる仮定法過去完了とかなんとか、ちょっとまどろっこしい文法を用いなければ表現できないシチュエーションでもあるか。えっ、えっ、えっ、それでそれで???と聴き手に期待を持たせまくるところがなんともニクイ作り。で…会えていたならなんなのさ?(笑)

♪間違いなくあなたがそう はじめての人

青い性、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
この曲もなんだかんだいって‘青い性’とやらを組み込んでいたようでゴザイマス。間違いなく…と言い切る主人公様、コレはI am sure 100%の世界観だろうか、おそらくは。A BOY…このオトコこそが彼女にとったら夢にまで見たという、めぐり逢いたかった男性だったのである。それにしてもこの曲のメロはめちゃめちゃカッコ良い。最後の♪はじめてのひと〜で‘と’の音が半音で張り上がっていくってのもガクガクブルブルものの金字塔、少なくともソレ好きの筆者にとってはたまらないメロなのでゴザイマス。またその半音張り上げに裕子さんのハリのあるお声がピッタリコンコンなのも乙!(笑)

この曲はオリコン最高...えっと、あら?またしてもチャートインを逃した曲のようでゴザイマス。デビュー当時の裕子さんの髪型は、79年当時人気のあった中原理恵さんのようなオールバックスタイル。おそらくはアーチスト路線を踏まえてこういったヘアスタイルになったのかと思われるのだが、それにしても↑のレコジャケ…どうよ。ソレを見る限り…男子ファンからの人気を得るにはちとキツかった感は否めないか。これだけのクオリティでチャートインをカスったってのはそこら辺に理由があったのかしら。この自信作がチャートインを逃したことでソニーもアセったのか、この後の裕子さんはかなりムリがアリアリの軌道修正を余儀なくされていくことになるのである。

「ミリオン・キス」
「恋のウォーミング・アップ」
「異性」

などなど…あたかもスターボーが普通の女の子に無理矢理に変身させられたような急な路線変更だったようでゴザイマス。(笑)
特に「異性」などは「A BOY」のような硬派な作品とは対極に位置する、バリバリのアイドルポップスとなっており、テレビの「アイドル水泳大会」などにも顔を出す始末で^^;。裕子さんに関してはここら辺りのコンセプトが中途半端もいいところ…となってしまったのが実に悔やまれるトコロだろうか。

それにしても裕子さんのデビュー曲「A BOY」は何度聴いてもカッコ良い。特筆はやはりベースがこれでもかとブンブン唸るアレンジ…いわゆる‘チョッパー’と呼ばれるソレである。これまでの日本歌謡界においては、チョッパーを取り入れたものやベースがカッコ良い歌謡曲はいくつも存在したが、裕子さんの歌ったこの曲はソレのパイオニア的、かなり初期の作品となる。実は「A BOY」を含めたそれら多くが後藤氏によるアレンジとなっており、ここら辺りはさすが作曲家兼ベーシストとの異名をとる後藤氏ならでは…といったところだろうか。中でも松本明子さんのデビュー曲だった「♂×♀×Kiss」、コレはまさしく「A BOY」と非常によく似た作り(←ラストの♪はじめての人&笑わないでね〜の箇所による半音使いが激似なのである、憶えてますでしょうか?)となっており、ソレのプロトタイプ的作品が裕子のBOYだった…と思われるのである。ちなみに作家陣が同じだしね^^。

ちなみにこの「A BOY」…後藤氏にとっては歌手に提供したはじめての楽曲?と言われており、いわば‘処女作’だったようである。あらら?そんじゃあ要は後藤氏&裕子さんの両方にとっても…

♪間違いなくあなたがそう はじめての人

(曲を書いたのが&曲を書いてもらったのが)だったようでゴザイマス…と思ったら実は↑に挙げた東クンの「マネキン・ドール」の方が数ヶ月早かったことが判明致しました、ジャンジャン。(笑)


☆作品データ
作詞:三浦徳子 作曲:後藤次利(1979年度作品・EPICソニー)

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さて、いよいよ6枚目のカレンダーがそのお顔を出す頃合いとなりました。6枚目と言えば6月(←表紙は除いてね^^)、6月と言えば梅雨、紫陽花、ジューンブライドなどなど…色々と筆者の脳裏に浮かんでくるお事柄はある。が、この本核的な夏を前にした初夏に吹く風と言ったら…そう、梅雨前線がもたらす南からの暖かく湿った風…でゴザイマスよ。そのようなワケで今回はその‘南風’にスポットを当てたレビューをカマしてみたいと思うのであります。

♪From the Down Town 
 街角には 気のはやい若者達
 洗いざらしの半袖のシャツ
 夏を待ちきれず

こんな唄い出しで始まるこの曲は、太田裕美さんのシングル第17弾として1980年3月21日に発売されたチューン。作詞・曲ともに網倉一也氏が気合を入れて手がけてしまったという、泣く子もダマる(!?)作品となっており、キリンオレンジのコマソンとして使われた楽曲である。時期的にはさわやかに晴れ上がる5月あたりがシックリくるかと思われる、超がつくようなさわやか夏色ソング。さすがは清涼飲料水のコマソンだわね。

♪夏を待ちきれず

と唄っているくらいだから、6月の梅雨の晴れ間あたりにだってまだまだハマるかと…かといってあんまりムシムシ暑いお日柄は不釣合いかと思われ。とにかく本格的な夏前の…サンシャイン〜で、なおかつ‘さわやか’な頃合いなら範疇といったトコロになるか。

夏を待ちきれなくって(←薫子チャン?)半袖のシャツで颯爽とご登場相成るティーン達…おっ!そう言えばトコロ変わったってこちらオーストラリアでもそういうお方は良くお見かけ…あれ?ってか彼等は真冬でも半袖というイデダチの、ちょっと風変わりなお方達。冬の真っ只中だというのに彼等にとっては暑いのか、着るモノが無いのか、はたまた単なる肌感ナシ人間なのか…そこら辺のトコロは長年住もうがなんだろうが、日本人の筆者にとってはサッパリコンコンのナゾ…なのでゴザイマス。

♪From the Down Town
 目に止まったポスターに 去年の夏
 ダブらせてしまう ああ今年もまた逢いたい

どうやらこの主人公様(オトコ)は、とある美女とおぼしき女性に完全なるひと目ぼれをしてしまったらしい…それも去年の夏に。それ以来、彼の心の中にはその彼女がずっと棲みついているのである。

♪Let’s shine おしげもなく晒した
 君の素肌の誘惑 
 Just Now その瞬間に僕の すべてが変わったのさ
 君は光のオレンジ・ギャル

そう、その人目ぼれのお相手こそが、この‘光のオレンジ・ギャル’様なのである。とあるオトコのすべてを変えてしまうくらいだから、それ相当のインパクトの持ち主なのだろうか、まさにゴッデス=女神級というかなんというか。
この部分での聴きドコロは言うまでもなく、ボクもの歌詞による裕美さんの歌声だろう。なぜならこの方ほど‘ボク’というお言葉がピッタリコンコンとハマる女性ってのもそうそういないからである。なんせ裕美さんはボクもの歌詞を宛がった曲が非常に多いことでも知られる…いわばボクものを唄わせたら右に出る者はいないと思われる‘女王様’なのである。そして、この箇所におけるもうひとつの聴きドコロ、ソレは…

♪おれんぢぎゃどぅ〜

そう、最後の〆部分のココなのである。裕美さんの独特なる砂糖菓子のように甘い‘シュガシュガ声’がなんとも印象的であり、まさにひらがな表記がシックリとハマるような…なんとも言えない甘さが魅力となっているのでありまする。ギャルが‘ぎゃどぅ’に聴こえちゃうトコロもキュワユイところでもありますでしょうか。(笑)

この曲はオリコン最高22位、11.5万枚を記録して、スマッシュヒットと相成った。それこそ太田裕美さんはデビュー曲の「雨だれ」から楽曲に恵まれ続け…

「雨だれ」 オリコン最高14位 18.1万枚
「たんぽぽ」 オリコン最高14位 6.3万枚
「夕焼け」 オリコン最高37位 6.4万枚
「木綿のハンカチーフ」 オリコン最高2位 86.7万枚
「赤いハイヒール」 オリコン最高2位 48.7万枚
「最後の一葉」 オリコン最高5位 30.6万枚
「しあわせ未満」 オリコン最高4位 31.0万枚
「恋愛遊戯」 オリコン最高13位 12.5万枚
「九月の雨」 オリコン最高7位 35.6万枚
「恋人たちの100の偽り」 オリコン最高27位 9.2万枚
「失恋魔術師」 オリコン最高22位 7.4万枚
「ドール」 オリコン最高21位 9.2万枚
「振り向けばイエスタディ」 オリコン最高51位 3.0万枚
「青空の翳り」 オリコン最高56位 2.4万枚
「シングル・ガール」 オリコン最高53位 2.6万枚
「ガラスの世代」 オリコン最高72位 1.4万枚

と…このように連発銃の如く、ヒットをカマされていたのだが、その勢いは1977年9月発売の「九月の雨」あたりを最後にショボり傾向にあったのである。しかしこの曲は前述したようにキリンオレンジとのタイアップが付けられ、お茶の間にもガンガンとそのCMが流されたもの。中でもTBS「ザ・ベストテン」のスポンサーがキリンだったこともラッキーチャチャチャ!だったと言えようか。その人気うたばん内でのスポットはかなり効を奏したものと思われるからだ。なんせ網倉氏によるウェストコースト風メロ&歌詞、この喉元をシュワっとさせてくれるようなさわやかさ…それに絡むは裕美さんによる相も変らぬ舌足らずで甘い誘惑声。それこそ‘コレで売れないハズはない、ドン!’といった太鼓判状態…とでも言えようか。こうしてこの曲はヒットチャートをグングンと上昇し、裕美さんにとったらお久しぶりのヒットと相成ったのである。曲の雰囲気的にはイギリス人歌手、ペトゥラ・クラークが1964年に歌ってビルボード誌の1位を獲得した「恋のダウンタウン」あたりを彷彿とさせるか、特に唄いだしのあたりなどは。おそらくはペトゥラも裕美さんに似たシュガシュガなお声の持ち主だったことから、網倉センセイはそこら辺のトコロを加味してこの曲を作られたのかもしれない、しかも‘ダウンタウン’ってお言葉だって歌詞にちゃっかり入ってたりもするしね^^。

ちなみにこの曲には例のコマーシャル内でのみ使われた3番歌詞?というものが存在するのをご存知だろうか。コレは例のコマソンとして流されたソレであり…

♪Let’s shine 誰が言い出したのか
 ニックネーム教えよう
 君は光のオレンジ・ギャル

とこんな具合となっており、レコード盤には歌詞として組み込まれていなかった…いわばコマーシャル内だけのスペシャルバージョン。今となってはネット上で話題騒然となり、なんでも‘幻の3番歌詞’とも呼ばれているようである。

それら要因にプラスして特筆すべきは、このようなステキな楽曲を‘フリツキ’で唄ってくれたという裕美さんのサービス精神だろうか。ソレは現役バリバリアイドルが舌をも巻くよなパフォーマンス…♪おれんぢぎゃどぅ〜とハンドアクションによりキュートにカマす‘ハナレ技’をカマしてくれた裕美さんにも感謝感激雨あられ…だろうか。

裕美タン、サンキュー!!!

と….夏空に向かって大声で叫びたい筆者なのである。(笑)


☆作品データ
作詞・曲:網倉一也(1980年度作品・CBSソニー)

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井上望さんと言えば…

「スタ誕」出身のアイドル
「おはよう!スパンク」の主題歌を唄った方
タレント、エド山口さんの奥様

と…こういった事柄が脳裏をよぎるのだが、そんな望さんの歌手デビューは1979年5月25日。まだアイドル黄金時代における夜明け前の出来事であり、日本の音楽シーンではNM(ニューミュージック)の曲郡がチャートの上位を占めるという、そのような状況下にあった頃でもある。ところで、望さんと同期の新人歌手と言えば…

お名前デビュー曲ひとこと
赤木さとし「愛よ君を撃て」「君スタ」出身&ジャニーズ事務所所属、「ゲットバック」が代表作、後に「マサオ」なるスゴウタも残した
東寿明「バニシング・ポイント」 HTSC出身、ギターが上手い若武者といった風情、セカンド「マネキンドール」はアレンジが絶品!
杏里 「オリビアを聴きながら」言わずと知れた杏里、新人賞レースにも参戦
石川優子「沈丁花」後に「シンデレラサマー」のヒットで有名に、この頃は新人賞レースにも意欲マンマン
大滝裕子「A BOY」ベースの唸る傑作でデビューも迷走、後にアマゾンズを結成
尾形明美「ふりむけないの」ミッキー安川のお気に入り?
川崎公明「ひとりにしてくれ」スタ誕出身、セカンド「隅田川暮色」では浴衣姿でキリリと登場
川島なお美「シャンペンNO.5」青学、お笑いマンガ道場、ミスDJリクエストパレード
桑江知子「私のハートはストップモーション」ポーラ化粧品のコマソンとなり大ヒット、「永遠(エテルナ)の朝」も傑作
菅沢恵子「哀しくて哀しくて」スタ誕出身、2枚のシングルを残して引退
倉田まり子「グラジュエイション」レッツヤンサンデーズ、都倉センセイの秘蔵っ子
越美晴「ラブ・ステップ」作詞&作曲、ピアノまでをもこなす実力派、「君スタ」出身
さとうあき子「ブルー・バタフライ」セカンド「グッバイガール」は後に80年代アイドル、渡辺桂子がカバー
ザ・チェリーズ「翔べ翔べ」NHK「花のステージ」マスコットガールの3人組
杉沢順「砂に消えた涙」ピンク・レディー所属T&Cが送り出したフォトジェニックガール
鈴江真理「海が見える場所」宝塚所属の実姉を持つという実力派
竹内まりや「戻っておいでわたしの時間」説明の必要性はゴザイマセン
たかだみゆき「恋愛未遂常習犯」後に演歌へ転向、「あなたが港町」などのヒットを出す
高見知佳「シンデレラ」歌よりもマルチタレントとして知名度バツグン
BIBI「スカイ・ピクニック」2代目バスボンガール。170CMという長身が話題に。
能瀬慶子「アテンション・プリーズ」HTSC優勝者、シングル4枚であっけなく引退。
原あつこ「燃える想い」オトナの色香ムンムン。このコマソン再デビュー曲がスマッシュヒット
原たかし「ムーチョ・マッチョ・マン」ディスコ歌謡を唄ったイケメン?「ジンギスカン」競作にも便乗
堀川まゆみ「Daddy」麗美の実姉
フィーバー「悪魔にくちづけ」ナベプロがしつこく放ったポストキャンディーズ
ポップコーン「ブルーロマンス薬局」スタ誕生出身。ひろの&あつのによる兄妹コンビ 
フラッシュ「電光石火」サンデーズに所属したイケメントリオ。デビュー曲がレッツヤンオリジナルとしてお披露目。
BORO「都会千夜一夜」「大阪で生まれた女」のヒットで有名、現役バリバリ
マーガレット・ポー「ラブ・ショック」外国人歌手、ポストアグネス?あたりを狙ったが撃沈
松原のぶえ「おんなの出船」演歌の大御所、レコ大新人賞をもぎ取った
ミルク「リトル・キッス」荻野目洋子チャンがお子様時代に所属したユニット
森まどか「ねぇ ねぇ ねぇ」キョン2のデビュー曲「わたしの16才」のオリジナル
宮本典子「エピローグ」ソウルフルな歌声と 真っ黒なお顔で新人賞レースを沸かした
横山みゆき「秋止符」アリスのカバー曲でオリコントップ20位入り

とこんな具合になるのだが、みなさんは一体この内の何人をご記憶に留めているだろうか。アイドル歌手だけでなく、実力派、演歌系、そしてコミカル系(!?)、はたまたオトナの色香がムンムンのお方など…かなり混沌とした様相を呈していたようでゴザイマス。

さて、そんな状況下にいた望さんのデビュー曲、作詞を手がけられたのは山上路夫氏、作曲を担当されたのは馬飼野康ニ氏という組み合わせ。「スタ誕」における決戦大会では和田アキ子さんの「コーラスガール」をしっとりと熱唱された望さんではゴザイマシタが、いざ歌手デビューが決まるとそのスタイルがガラリと一変!リズミカルなアイドルポップスを引っさげてのご登場と相成ったのであります。しかもそのタイトルとやらが…

「ルフラン」

という、当時としてはとってもこジャレたモノ。(笑)
皆様…当時、コレの意味は把握できておりましたでしょうか。筆者がこの曲をよく耳にしていたのは、それこそ青っ鼻(!?)垂らしていた昭和キッズ(今時じゃそんな子、見かけませんよねぇ^^;)の頃であり、「ルフラン」が意味するものなんぞサッパリコンコン。その‘ルフラン’という言葉の響きからな〜んとなくフルーツ?だのフルール?だの…おそらくはヨーグルトを使ったひんや〜りフルーツデザートとおぼしきシロモノ?…そんな美味なる物体を頭の中で勝手に思い描いては、その未知なるモノへの興味を抱いていたのであります。しかし、実際の「ルフラン」の意味とやらは…

リフレインのこと。音楽や詩などで、特定のフレーズ・旋律などを繰り返すこと。

コレだったのでゴザイマス。知らないということは全くもっておそろしい…コレはそんな状況をも物語ってしまっておりますでしょうか、筆者のコドモ時代。ヨーグルトだのなんだのって…全くもって関係なかったようでゴザイマス。(笑)そう言われてみればこの曲では…

♪別れた今も あなたの名前
 心の中でくり返す ルフラン

などど…こういった歌詞が織り込まれておりましたよね。それこそ‘ルフラン’の意味を謎解く鍵はここにありき…そんな風情だったようで。しかも…

♪愛していると さざ波みたいに あなたの名前
 私はいつもくり返す ルフランを

と…心優しく2回もヒントを与えてくれちゃったりもして^^。コドモ時代の筆者はソレに全く気づかぬ‘おバカさん’だったようでゴザイマス。それに歌の冒頭でだって♪ルフランルフランと何度も‘くり返し’ていたじゃないのさ…まったくもう。(笑)

この曲はオリコン最高73位、1.7万枚を売り上げて目出度くのチャートイン!コレは79年の新人アイドル歌手としてはかなり好調…といった位置である。望さんに関してはデビューした当初も同期の倉田まり子さんほどに‘鳴り物入り’でご登場!と相成るほどの話題に上っていた…というような記憶はあまりないのだが、このデビュー曲に関してはその小気味良いラテン風味のサウンド+ルフランというこジャレたタイトルが絶妙に絡み合ってのヒットになったのかと思われ。歌唱に関してもさすがは「スタ誕」出身の安定印、豊かで柔らか味のある声質が持ち味だったもの。所属したレコ会社がビクターだったことからポスト岩崎宏美?といったコンセプトが敷かれていたのだろう、おそらくは。

望さんはこのヒットにより「第5回日本テレビ音楽祭」における最優秀新人賞奪取にも成功!「グラジュエイション」のヒットにより一歩先を闊歩していた感のあった倉田まり子さんでは?という下馬評を大きく覆しての受賞だったのである。この時ばかりは「スタ誕」出身というのがかなり功を奏したものと思われ。この後も望さんは…

「好きだから」
「花ねがわくば」
「メイク・アップ・ミー」
「悲恋一号」
「シャドー・ボーイ」
「恋のシュラシュシュ」

などなど…それこそ‘くり返し’アイドルポップスを連発したものの、このデビュー曲「ルフラン」を超える作品が出なかった感は否めないか。活動後期にはその柔らかな声質を生かしてアニソンにも挑戦。ソレが例の…
「おはよう!スパンク」

の主題歌である。コレは当時、月刊「なかよし」で連載されていた、たかなししずえさんによる人気マンガのテレビアニメ化。♪スパンクスパンク大好きよ〜というアレである。もしかしたら望ディスコグラフィーにおいて世間一般的にはイチバン知られている楽曲?だったりするのかもしれない。ちなみにスパンクのお声を担当された声優さんはつかせのりこさん…そうあの「魔女っ子メグちゃん」におけるメグのライバル、ノンちゃんと同じお声…鼻っ柱の強い女を演じたと思いきや、コチラでは妙ちくりんなワンちゃんの役。これまたなんとも興味深い事実でゴザイマス。(笑)

ちなみに本レビューの主人公でもある望さん…ご本人様の過去に出した曲を集めたベストがCDとして発売の陽の目をみた際、ご主人様のエド山口さん曰く…

「もうこんなこと二度とないだろうから、さっさと買っとけ」

と助言を与えられたそうな。そのお言葉どおり、そそくさと買いに走ったのかしら…望さん。(笑)


☆作品データ
作詞:山上路夫 作曲:馬飼野康ニ(1979年度作品・ビクターレコード)
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神田広美さんと言えば…

デビュー曲「人見知り」のぷちヒット
作詞家として荻野目洋子さんに「未来航海」などを提供
吉田拓郎氏が作曲した「ドンファン」での大胆イメチェン

などなど…この辺りが記憶として蘇ってくるお事柄?といったところだろうか。実はこの度、ポニーキャニオンより彼女のオリジナルアルバム『待ち呆け』+シングル曲を網羅したCDの復刻が決定。元々の所属レコード会社、ポリドールからはこういった類のものの発売はあまり期待できなかったため、今回のポニキャニさん経由による発売は賞賛に値する…といったトコロでアリマシテ。それこそ長年"待ち呆け"を喰らっていた彼女のファン様方にとっては、朗報以外の何ものでもないはず。

さて、今回はそんなアルバム復刻を記念して、神田広美さんの隠れた傑作をちょこっと軽めに…サクっとレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の『哀しみ予報』は彼女のシングル第2弾として、1977年5月に発売された楽曲。当時はテレビの歌番組等などではそこそこお披露目されていたものの、一般的にはあまり知られていない曲であると思われ。

本作で作詞を手がけたのは、太陽の女王作品でおなじみの松本隆氏。作曲と編曲の両方を担当したのは、キャンディーズの一連ヒットで知られる穂口雄右氏。当時、すでに20歳になられていた広美さんにとってはお誂え向きの?オトナの芳香があふれる歌詞、そして、どこかオシャレな洋楽風味を漂わせるメロディー。しかし、そんな中にも恋に破れた際の、女の子らしいセンチメンタリズムも垣間見れるという。おそらくは、彼女が発売した全シングル曲の中では、もっともアイドルポップス寄りの作品なのではないかと感じさせる楽曲になっている。かといって、バリバリ&キャピキャピの…という風情ではないのであしからず。

この曲のテーマは…

愛の終わり

ズバリ言わせて頂くと…

愛を失ったオンナのか・な・し・み

を描いているのである。

それでは、いつものように歌詞を追ってみることにする。

♪哀しい事があった日は 髪を洗うといいんです
 貴方と燃えたひとときも 洗い流して泣けるから

うん…たしかに"水に流して"という言葉もあるくらいだし…うんとこさっと背負ってしまったツライ出来事や哀しみはキレイさっぱりと"さよなら"できそうな行為かと。

♪紫陽花の午後 薄曇り
 貴方はさよなら口にした

おそらくは、走り梅雨あたりの頃合い?梅雨が本格的になる前の…曇り空が延々と続くような候。梅雨前線が日本列島の横っちょにやや離れて停滞中…といった様相の頃を描いたものか。しかし、遂にキてしまいましたか!彼の口から出てきたのモノというのは、異物(!?)でも何でもなく…

さよなら

の一言だったようでゴザイマス。

♪涙で綴る 私小説の様に
 貴方と二人 生きてきたけど
 最後のページめくるように

貴方と燃えた…という、そのひとときの物語を私小説に例え、涙でソレを綴らせてしまうという…これまた70年代的な美しい仕上がりっぷり。それこそ、歌謡曲黄金時代を偲ばせる、ポエム的な出来栄えがウリと言える。昨今のお歌には、このような"品の良さ"や"文学的な香り"ってのが欠けておりませんこと?何度聴いたところで、そのような匂いは全く感じられないのだけんど。などと、こんなトコでホザいてみても後の祭りのような様相を呈しておりますけどね。笑)

さてさて、気になるのは主人公様の愛のゆくえとやらはいかに?

♪あっけなく あっけなく愛は終わったわ

It's over…アッサリコンコンとして終焉を迎えてしまったようで。

"あっけなく"を連発しているくらいだから、ソレはよっぽどの"あっさり塩味"で終わりを迎えてしまったものだったのかと思われ。それこそ、主人公様が拍子抜けするくらいにネ。こんなんでは、哀しみにうちひしがれて号泣するヒマもないったらありゃしない…といったトコロ?(←泣いたみたいよ、一応。歌詞でそういう設定になっとるし)

ということで、この曲のチャート動向を確認。おっとっと...実はこの曲、100位以内へのランクインは逃しておりまする。デビュー曲『人見知り』はセールス的にはすこぶる好調(オリコン最高43位、5.0万枚)だったからして、この曲もあわよくば…との下馬評はあったはず。しかし、そう簡単には問屋が卸さなかったようで残念しこたまである。広美さんはこの後にも『ジャスミン・アフタヌーン』や『薔薇詩集』などのキレイ系ポップスを連発して気を吐くも、セールス的にはデビュー曲を超えるモノを出せずといったキビシィ結果に。ちなみに、どれもが極上の歌謡曲だったこと。これは声高に叫ばせていただくことにする。

このようなジリ貧の状況下で飛び出してきたのが、例の『ドンファン』という曲。吉田拓郎氏を作曲家として迎えた意欲作。この作品では、それまでの清楚な広美像はどこへやら。ステージ上で帽子を目深に被り、腕組みして仁王立ちの彼女を目の当たりにした時にゃビックリコンコン。まさにアレは、清純派(←カンペキに死語でしょうか、コレ)からの

あっけない

ドロップアウト劇だったのかしらん、ナゾ。広美さん自身は、アイドルとも清純派とも呼ばれることには抵抗アリアリだったようでございますけれども。ちなみに、その『ドンファン』が、神田広美名義でのラストシングルと相成ってしまったのでありましたとさ、泣っ。

☆作品データ
作詞:松本隆 作・編曲:穂口雄右(1977年度作品 ポリドール・レコード)

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