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書庫☆70年代アイドルぷちレビュー

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皆様…新年あけましておめでとうございます。

コレを読んでる皆様はどんなお正月を過ごされたのかしらん?ご家族で集まって水入らずの新年会?和風情緒タップリコンコンの旅館に泊まり、アゲ膳スエ膳の殿様キブン満喫?はたまた海外リゾートを訪れ「誘われて南南西」?南の風に吹かれながらのお正月を過ごしましたワン…なんて方もおられるのかと。

だけれども忘れてならないのが、こうして平穏無事に年を越え、お正月を安らかなキモチで迎えることのできるありがたみ。これこそが♪なんて素敵こと〜そそっ、まさにHOW!ワンダフル(ナンテ素敵ナノデショウ!)に値するそのものなのだと考えるワタクシメ。だって次の日の朝に目を覚ました時、平和な一日が待っている〜という保障は一切合財ないワケでゴザイマシて。ついつい忘れがちとなるこの事実…だからこそこうして1年の初めにそれをありがたく思って感謝し、これからはじまる新しい年を大切に過ごしていくようにしたいものでゴザイマスよね。って…別にどっかのお坊さんきどりで説法しようってワケでもないのだけんど。(笑)

それはそうと…昭和アイポの世界にだってHOW!ワンダフルなチューンがゴザイマシタよね。今回はココにコジつけさせて頂き、あのスタイル抜群のべっぴんさんが放ったこの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「HOW!ワンダフル」は倉田まり子さんのシングル第3弾として、1979年8月21日に発売された楽曲。この頃のまり子嬢と言えば、デビュー曲「グラジュエイション」で幸先の良いスマッシュヒット(オリコン最高49位、登場週数14、5.3万枚)を放ち、新人賞にイチ早く名乗り上げ。しかしながら次作「いつかあなたの歌が」では思わぬ苦戦を強いられ(オリコン最高86位、登場週数5、1.3万枚)なにやら怪しい雲行きに。それでも他同期で新人賞候補として名を連ねていた方の多くが、デビュー曲のみチャートイン、はたまた1曲もチャートインなし!なんて状態がザラの、いわゆる“不作年”でゴザイマシタので、デビュー曲よりはお成績が下がったとはいえ、2曲ともチャートインさせたまり子嬢はかなり優秀、そして本体人気もきちんとついてらっしゃったのかと思われるのである。

この想定外の失速劇とやらがまり子陣営を奮い立たせる結果となったのか…「新人賞はまり子が獲るのじゃ!」とばかり、大手をかけるべくの勝負盤として繰り出してきたのが、本レビューの表題曲ということになる。

♪なんにも色に 染まっていない
 私が変わる ただあなたの愛で
 もうじき私 街ゆく人が
 アー ふり向くような 女になるわ

ある男性との出逢いがキッカケとなり、愛や恋の素晴らしさを知る乙女の物語…コレが表題曲におけるおもなモチーフのようである。あら?そう言えばこれは少し前にレビュらせていただいた森田つぐみさん「少女期」における主人公さまのソレと、ほぼ似たようなものかと。なんの色に染まっていない純真な乙女が、愛されることによって色鮮やかな蝶へと変身してゆく。その色は自由自在…あなたの愛で美しく染められてゆくのヨン!といったノリか。まぁ、悪いお相手のくもの巣にひっかかってしもうた場合は、それこそドドメ色にさせられる可能性もある…ということかしらん、ナゾ。(笑)

♪男がいて女がいて 恋ができるの
 あなたがいて私がいて キスができるの
 なんて素敵なこと なんて不思議なこと
 HOW!ワンダフル、ワンダフルラブ!

この歌詞…アイドルポップスにしてはかなりの直球攻撃のような気がいたしません?たしかにおっしゃることはよ〜く理解できるし、理に適ったソレであることは言うまでもないのだけれども。ただあちらこちらの国々で♂×♂や♀×♀の婚姻が認められはじめたご時世になるとさすがにネ…色々と物議を醸すカモしれないソレだったりも?それこそ昨今TV界をにぎわすオネエタマと呼ばれる方々の間では、↑の歌詞なぞとっくのとっとにソレ相応のモノにすげかえられ、日々是クチ三味線がなされているのではないかと思われ。(笑)

イメージ 2初期のレコードジャケット。なぜか途中で↑のモノとすげかえられた。皆様はどちらがお好み?

なにはともあれ…この歌詞を手がけられたのは山上路夫氏、そして作曲は都倉俊一氏というコンビ。このおふたりはデビュー曲から3曲続けての連投ということになる。前2曲と異なっている点は、編曲も都倉センセイが手がけ、二足のわらじ状態でガムばってらっしゃることである。

都倉センセイと倉田まり子嬢のご関係…ソレはレッツヤンのサンデーズ時代に遡る。この頃から都倉センセイは彼女をたいそう可愛がられ、業界では「まり子は都倉の秘蔵っ子」と知られるようになる。そして彼女の芸名も、都倉の「倉」の字を分け与えられ「倉田」名義となる。自身の名前の一部を捧げるほど大切にしていたまり子嬢が、デビュー早々にしてケ躓くのはのは許せん!俺がまり子をスターにする!と決意表明?それこそ昭和50年代の少女まんが「スポットライト」(里中満智子|KCなかよし)の夏目誠士(なつめせいし)監督みたいにネ、まり子さんに対しての情熱がモエモエになってしまったのかしら。とにもかくにも「編曲は他人に任せておけん」とばかりのガムシャラモードに大突入されたことは多かれ少なかれありそうな気もするのである。(笑)

それはさておき、この曲にはタイトルのごとく、HOW!ワンダフル(ナンテ素敵ナノデショウ!)なモノがつまっているので、少しずつ紹介してみることにする。まず特筆すべきワンダフルは…

サビメロをベースにしたイントロ

シャラララ女声コーラス

マイナー調

サビでメジャーへ転調

というこの作り。どうよ、コレ…あたかも音楽寸劇のヒトコマでも見ているようなキブンにさせてくれるものであり、それこそ都倉センセイがお得意とされていたミュージカル仕立てといったものに相当するのかと。主人公がひとつの愛をキッカケにし、きらびやかな女性へと変貌してゆくさまが、メロディとアレンジを通じて上手に表現できているのではないかナと。転調の仕方も実にナチュラルであり、不自然さや無理やり感は一切合財感じさせないのはさすがの都倉センセイといったトコロ。

ただこの楽曲のアレンジ…はて?どこかで耳にしたような気も…?まぁ、都倉センセイが編曲を手がけた…ということは、映画音楽やら洋楽やら…これまでの作品にも見られたように、なにかしら下敷きと呼ばれる存在がありげなのは確か。でもってイントロ後からの洋楽っぽいアレンジを何度も聴いてハタと思いついた曲…ソレはザ・ビーチ・ボーイズの「グッド・バイブレーションズ」…コレなのでありまする。クリソツというワケではないけれど、なにか似通った雰囲気がムンムンとしませんこと?ベースの動き、タッタッタッタッと刻む譜、そして前半マイナーで後半メジャーになる展開などなど。ワタクシメにおける勝手な思い込みになるけれど、おそらくはこの作品が「HOW!ワンダフル」の下敷きになったのではないかとネ。

そしてお次のHOW!ワンダフル(ナンテ素敵ナノデショウ!)は、まり子嬢の歌声…コレでゴザイマスよね。まり子さんの歌唱法と言えば、おクチを大きくタテに開けて唄うという、いわゆる正攻法の合唱隊方式…でゴザイマシタ。おそらくコレは都倉センセイから懇切丁寧にご指導を受けた賜なのかとも思われるのだが、この唄い方によって、まり子嬢における清純なイメージはグイ押しされていたのは確か。ただし、そのキマジメさが後にアダになってしまった?と思われるトコロは、以降のシングル曲に関してもやや感じられたりもするのだが。本楽曲におけるミュージカル仕立ては、まり子唱法にピッタリコンコンなのは言うまでもないところ。それこそ、ひとり舞台上でスポットライトを浴びるまり子嬢が、おメメとおクチを開きまくり「♪みんなが〜ふりむくような…オ・ン・ナに〜な〜る〜わぁあ〜」タダーーンダダーンダダーーン!みたいな、ソレ特有の大げさノリでね。(笑)

これらの他にも、イントロ部分のるんるん気分にさせてくれるような70年代風女声コーラス、最後のサビ繰り返しで半音上がる王道手法、お上品なエピローグなどなど…シンプルにも思える作品ながら、色々と聴きドコロが多いのも特長なのである。

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ウ〜ン、BEPPIN!ナンテ素敵ナノデショウ!楽曲には“何か素敵な事がおこりそう”というキャッチコピーも。キマジメなまり子嬢らしく?各賞受賞に対してお礼のおコトバと今後の抱負も添えられている。

これだけのHOW!ワンダフル(ナンテ素敵ナノデショウ!)をつめこんだ作品なんだもの…売れないはずはゴザイマセンよね。それになんといっても都倉センセイがまり子嬢のために一球入魂!で作られた作品だもの。で気になるオリコンでのお成績はと言うと…最高52位、登場週数20、7.4万枚を売り上げて、最優秀新人賞に手をかけられる強力な一発となったのでゴザイマシタ。あら?だけど最高位は意外と低めだったようで...もっと上位のイメージがあったのだけど?それでも次作がチャートインしてくるまでの間、20週(5ヶ月)にも渡り100位以内にチャートインしたというのは大したもの。それだけ多くの人々に太く長く愛された…という証でゴザイマしょうかね。まさに…

♪HOW!ワンダフル

この頃から“まり子マジック”とやらが効いていたのかしらね、ナゾ。なにはともあれ…ナンテ素敵ナノデショウ!この楽曲はまり子さんの代表作と相成ったのでゴザイマシタ。こういう末広な山型ヒットこそが、本来のヒット曲と言えるような気がするのはワタクシメだけではないはず。徐々に浸透して長いこと多くの人に親しまれていくという...いくら初動でミリオン売りさばいたからって…ネ。♪てんで話にぃ〜なら〜ない〜わぁ〜by美川...のキモチなのでありまする。(笑)

☆作品データ
作詞:山上路夫 作曲:都倉俊一(1979年度作品・キングレコード)
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コレを読んでる皆様が清純派というお言葉から連想する歌手や女優さんはどなた?

これまでのニッポン芸能史をふりかえってみても、そういったものにあてハマる方々はたくさんいらっしゃったもの。しかも、このお言葉はウチらの日常生活においてだってよく飛び交うものでゴザイマスよね。それくらいにクチをついて出てくる「清純」というお言葉には一体どんな意味があるのか?といってもその字ヅラから容易に想像がつきそうなものなのだが、ひとまずは調査ってみることにした。

清純とは…

きよらかでけがれのないこと。清楚で純真なさま。きよらかで素直なこと。世の中のけがれにそまっていないこと

おもにこんな意味として用いられている。やはり調査る必要もなく?読んで字の如く…でございましたの。(笑)

かつてニッポン芸能界において清純派と呼ばれていた歌手や女優さんたち。おそらく彼女等の幾人かはあくまでもお仕事上の「プラトニックをつらぬいて」?私生活では♪やってられないわ〜なんて方もいらっしゃったのカモ。昨今の芸能界には清純派なんて…なかなかお見かけしませんものね、みなさんあけっぴろげで。(笑)過去の芸能界で「清純派」と呼ばれた方々は見た目やしぐさ的には充分な「清純派」であり、テレビの前の視聴者にうんとこさっと夢を与えてくれたもの。それこそニッポン人男性における理想の女性=清純派みたいな、公式?とおぼしきモノまで築き上げてしまったほどで。まぁ、なんせ当時の作り手側(スタッフ)の殆どが男性だったという事実…仕事しながら彼等の思い描く理想の女性像を作り上げては楽しんでおられた…って解釈もアリか。(笑)

実は今回レビュろうと思っている女性アイドル歌手…彼女も「清純派」というお言葉がピッタリコンコンにハマった方。彼女の場合、それこそ絵に描いたモチとも言えるハマリっぷりであり、ワタクシメ的にはたいそう気になる存在なのは言うまでもない。といってもリアルタイムではあまり存じ上げない方でもあるのだが、後追いしたくなるほどに興味シンシンなんだから困ったもの。(笑)

そんなワケで今回はこの方が放ったあの1曲をレビュりたいと。

表題の「少女期」は森田つぐみ嬢のデビュー曲として、1976年4月25日に発売された作品。つぐみ嬢は大阪府豊中市出身の女の子で、デビュー当時は17歳。芸能界デビューのキッカケはNETテレビ(現テレビ朝日)の「あなたをスターに」における第2回大会のグランドチャンピオンに輝いたこと。出来レース?だったのか否かは深く掘り下げないことにして、アイドルがデビューするキッカケとしては十分すぎるほど理想的なソレだったご様子。しかも所属先は大手、渡辺プロダクションとキたもんだ!うおっ!コチラも恵まれておりますの〜お膳立てがバッチリコンコンといったトコロ。

でもって彼女のプロフィールを少々…ナニナニ?特技は書道3段!これはこれは!つぐみ嬢における清純派としてのイメージを更にグイ押しする要素であるか。しかも↑のようなルックスとデビュー曲のタイトルだもの…清純派としての純度がすでに「君は1000%」。(笑)そしてそして…デビュー時におけるキャッチフレーズとやらが…

小鳥とショパンと17才

コレなんだからぁ。あら、やだぁ〜ん!もう完璧っすね。ここまでは非の打ちドコロが全く見当たらないつぐみ嬢。

そんな彼女のデビュー曲は作詞を千家和也氏が、作曲を大野克夫氏が手がけたもので、ショッパナからいきなりのバラード作品なのである。おそらくコレは彼女が持っていたおしとやかで奥ゆかしい、そしてお上品な女の子というイメージを最大限に活かすにはどうしたら?といった話し合いの末に決定づけられた曲調だったのかと思われ。

優雅なピアノの調べが美しいイントロ。キャッチフレーズでショパンをひっぱり出すくらいなんだから、やはりピアノの音色は必須アイテムでゴザイマスよね。脳内で描くイメージとしては、深窓のお嬢さまが瀟洒な白い洋館でため息…といったモノ。そしてその家の庭には真っ赤なバラと白いパンジー、足元にジャレつく仔犬までいるのよネ…って、これでは西洋文化に憧れを抱く昭和の小市民感覚がムキ出しではありませんこと?

こうした優雅な調べをイントロに据え、つぐみ嬢は奥ゆかしくもこんな風につぶやきだすの。

「あなたにあえて何かがわかりかけました。何かを…つかみかけました。」

う〜ん、なんて品がおよろしいのでしょう。セリフ入りってのは清純度をグイ上げするための大切な小道具だったことは言うまでもない。こういう手法はしーちゃんこと、あべ静江さんがお得意とされていた分野だったもの。ネットの世界じゃつぶやきが横行する昨今ではゴザイマスが、こうした美しいつぶやきってのは全く目にしたことが…。まぁ、アソコでこんなん…ちょっと頭おかしい種扱いされる可能性大かしらん、ナゾ。

♪あなたの前に 出る時だけは
 飾りや嘘の ない娘(こ)でいたい
 涙に濡れた くちづけの中
 みつけたものを 大事にしたい
 難しい事は 分からないけれど
 好きなんです 心から愛しています

もう完璧すぎるほどの美しさ。楽曲や歌詞が美しいだけでなく、つぐみ嬢の歌声だってなかなかのもの。音が取りづらいメロ構成でありながら音程も取れているし、なにせ育ちのよさ?を感じさせる清らかさがなによりも最大の魅力かしらん。

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レコジャケより洗練!愛らしいつぐみ嬢ヨコ顔もお品がおよろしいようで

それはそうとこの美しい歌詞を書かれた千家和也氏は、おもに70年代を中心にご活躍された作詞家さん。80年代アイドル好き諸君にはおなじみ、小泉さんがカバーなすった「素敵なラブリー・ボーイ」(オリジナルは林寛子さん)なども彼の作品である。この当時(1976年)の千家氏はすでに満30歳というご年齢になられていたようなのだが、少女の感性をこれほどまでに美しくちりばめた?あたかもポエムのような歌詞をこしらえましたのね、センセイったら。

♪女の子に生まれたこと
 あなたを知ってから 誇りなんです

ステキな異性とのめぐり逢いにより、女の子に生まれたことを誇りに感じるこの瞬間。これが恋なのね、あれが愛なのね…と恋や愛の意味を知りはじめる少女が直面する「少女期」。要は少女における「私のいちばん美しい時を」のシーンを描いたモノ…と言えようか。

また、このサビ部分では冒頭セリフにより語られていた「何か」が明かされている。その「何か」とは…

女の子として生まれたことへの誇り

コレなのね。さもないとアナタをこうして好きになることはできなかったわ…とでも言いたげ。まぁ、恋愛の自由化が進みまくった昨今じゃ男の子に生まれたって同性を…という方法はありそうではゴザイマスがね。(笑)「あぁ、この人と出逢えてよかった。つぐみ、幸せ!」という‘オンナの悦び’なのね〜つぐみ嬢。

またその一方でこんな美しい曲を汚さんばかりの中年妄想も…?「何か」とは…異性にしか存在しないアレをムギュっとつかんだオンナのめざめ!って、おっさん!そんなんじゃ「熟女期」よ。五月みどり姐さんにお出ましいただかないと。(笑)

♪恥じらいも何も 忘れそうなほど

つぐみ嬢が唄うこの節どおりの汚妄想になってるからイヤになっちゃう、もう。(笑)だけど裏を返せばこの美しいとおぼしき歌詞も…なんだかエロチックなモノにも思えてきたり?って、そもそもそういう風に思案すること自体が「清純派」からかけ離れてることになるのね、プンプン。

おふざけはこの辺にして…このような美しすぎるほどの楽曲、清らかで愛らしいルックス、そして恵まれた環境に身を置いて歌手デビューしたつぐみ嬢だから、さぞかし大売れしたのでしょ?と思いきや…オリコン最高84位で1万枚の売上。あら、意外と低空飛行だったご様子。まぁ、こういう完璧に仕上がったモノは…いや、なんかちょいと媚びすぎかな、コレやっぱり。

つぐみ嬢がデビューした1976年は後に怪物化してニッポン列島を丸呑みすることになるピンク・レディーが出現した年度。この怪物デュオがデビューしたのは8月25日。つぐみ嬢がデビューした日から僅か数ヶ月後のこと…である。

「申し訳ないけど、それまでにいたアイドルがビュってどこかに飛んでいった」

とある番組でピンク・レディー出現に関してこのようにコメントしたのは堺正章氏。彼は当時のアイドルたちがこぞって出演していた歌番組で司会を務めており、彼らの一番近い場所にいらっしゃった方。そんな彼が「遂に完成された新しいアイドルが出てきたな」と感じたそうな。

この怪物デュオの出現により、その後のニッポン歌謡界勢力図は激変!丸呑み餌食となってしまったつぐみ嬢はシングル3枚(表題デビュー曲の他、「さよならは似合わない」「恋して海岸通り」)、アルバム1枚のみでアイドルとしては終幕に!その後もコドモ番組などで細々と…1983年頃までは芸能界にいらした模様なのだが。デビュー曲以外はどうも楽曲に恵まれない不運も?テレビとのタイアップあり&佳曲と呼ばれる「冬の哲学」もなんでかナ…B面収録でゴザイマシタしね。

お膳立てや素材が完璧でありながらポシャる!というパターンは80年代の高橋美枝さんをはじめとして数あれど…70年代中盤から後半にピンで人気アイドルになれたのは郁恵さんや真子さんなどの愛嬌タップリ娘たち。いわゆる70年代的な「清純派」の存在ってのは倉田まり子さんあたりが最後の生き残り?そういう彼女も華々しく活躍できたのはデビュー1年目くらいだったしで。1980年代以降は‘あの方’のご出現により、これまた新種の清純(を装った方もチラホラ?)ムスメたちがこぞってデビュー。しかしながら70年代にもてはやされた…

♪女の子に生まれたこと あなたを知ってから誇りなんです

こんな歌詞がよくお似合いの、もの静かで奥ゆかしい「清純派」…実はこういうタイプは1976年あたりですでに絶滅危惧種?として認定されてしまったのカモ。まさに…

「何かを…つかみかけました。」

今回のレビュー作業により、ニッポン過去アイドル史における‘何か’をつかみかけた…と感じてジコマンしまくるワタクシメなのでありまする。(笑)

☆作品データ
作詞:千家和也 作曲:大野克夫 (1976年度作品・日本フォノグラム)

■参考資料|1976年組の新人歌手
内藤やす子、新沼謙治、ピンク・レディー、吉田真梨、角川博、朝田のぼる、芦川よしみ、三木聖子、大竹しのぶ、森田つぐみ、黒沢浩、因幡晃、秋本圭子、丸山圭子、あさか早苗、横本メイ、三波豊和、山本百合子、目黒ひとみ、江口有子、星ますみ、浦部雅美、野中小百合、神保美喜、桜たまこ、早乙女愛、ゴールデンハーフ・スペシャル、北村優子、究トモ子、川口裕子、岡崎ひとみ、北沢まゆみ、林るり子、香川裕子、異邦人、ミス花子など
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♪ホラ 春咲小紅〜ミニミニ見に来てね

こんな歌が似合う季節がやってまいりましたね。陽気が穏やかになると蠢きだすのが、健康的なおみ足ニョッキョリファッションで街を闊歩する…いわゆるミニスカムスメたちということになるか。昨今ではスマイレージがミニスカアイドルの代名詞のようになり、相変わらずのご活躍といった風にはなっているものの、だからといってもソレだけでセンセーションが巻き起こる!という時代でもない。

そもそも女性のミニスカートは1950年代末のロンドン辺りですでに産声をあげていたとも聞くが、世界的なブームとして圧巻しはじめたのは1960年代中盤頃と言われている。イギリス人モデルのツイッギーが日本に来日したのが1967年。この頃になると世界中の女性たちがそのミニミニっぷりに魅了されまくり、スカートの丈を競うように短くしていったらしい。流行りもの好きとして知られる我が国ニッポンがそんなブームをほうっておくワケもなく…ツイッギーを日本企業のCMに担ぎ出すわ、和製ガールズシンガーたちに次から次へとミニミニ賛歌を歌わせるわで…それこそすんごいミニミニブームが到来していたようである。

■和製ミニミニ賛歌の一例
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「ミニ・ミニガール」金井克子1967年8月発売。NTV「レ・ガールズ」主題歌。レコード盤ではソロとしての吹き込みだが番組では金井をはじめ西野バレエ団の美人娘(由美かおる、奈美悦子、原田糸子)が鉄やぐらの上でミニスカ!ゴーゴーと歌い踊った。
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「ミニミニ・ロック」木の実ナナ1967年7月発売。ドイツのロックバンド、グーシーズのカバー。アイドル時代の木の実さんにおける唯一のぷちヒットとして知られる楽曲。

こんなミニミニブームに飛びつき、あわよくばその恩恵を…との野望が「ぎらぎら燃えて」(かどうかは定かではないけんど)、ニッポン国内での盛り上げに一役買ってくだすったのが…ナニを隠そうこのお方…山本リンダさん!リンダ嬢と言えば…

「リンダ、こまっちゃぁ〜う」

のイメージを国民に植えつけたデビュー曲「こまっちゃうナ」(1966年|作詞・曲:遠藤実)が大ヒット。といってもオリコンによるデータ集計前のため、一体どんだけ売れたのかは定かではない。それでもデビュー翌年の「紅白歌合戦」に出場をカマされていることから、かなりの枚数(当時の基準において)をサバいたものと思われ。

そんなリンダ嬢がハーフとしての最大武器である伸びやかな肢体を大活用してプロモっていたのが表題の「ミニミニデート」なの、ジャジャーン!この楽曲の発売は1967年7月10日…おん年44歳になるワタクシメですらこの世に生を授かってないですがな!といった時代である。こんな古曲…ナニをトチ狂ってねじコミレビューしているのかというと…コレがね、なかなかいいんだから。まぁ、それなりに古いの否めないけどダマされたとでも思って聴いてみておくんなまし。さもないと…

チェリー、こまっちゃぁ〜う

って…ゲボっ。44歳にもなるオッサンがのたまったところでサマになるセリフでもないようで、シッケイシッケイ。(笑)あっ、前置きだけでこんなにしゃべっちゃった…どうしましょ。

チェリー、こまっちゃぁ〜う

ってしつこいんだよ。さっさと聴きましょ、ハヤくハヤく。(笑)

♪ミニミニスカートで 歩いてみたの
 白いブーツで はずむ足どり
 可愛いおひざもこんにちは
 素敵な素敵なあのひとが よく似合うと言ったのよ
 ミニミニミニ ミニ━━━
 ミニミニミニ ミニ━━━
 ミニデート………
 ミニミニスカートは ラブラブカラー
 いつもの街を 歩きたいな 歩きたいな………

えっ?コレで終わり???なんともまぁ…短くて内容がナイヨ━━━ウ。改めて本レビューの前置きを長くしておいてよかったナと、妙な安堵感がワタクシメを包み込むのでありまする。でもでも歌詞は長けりゃいいってもんでもないでしょうに。あっ!「ミニミニデート」だからきっと歌詞もミニミニ!短くしたのよね…きっと。作詞をされたのはどんな人?樋詰喜久子氏…あまり馴染みのないお名前だけど、気になって色々と調査ってみたらば、なんとこの歌詞は月刊誌「平凡」の企画として一般公募されたものらしい。どうりでシ○○ト臭いと思ったら…いえいえ、この方は後になって書籍も出版されていたようだし、きちんとした人のはず。「こまっちゃうナ」の○痴少女的イメージで大当たりしたリンダ嬢のイメージを十二分に活かしきり、短いながらも当時の最先端なる少女的日常を描いた珠玉の…とでも書いておくのがオトナとしての対応でしょ、コレ。

このウィットに富んだ簡潔な歌詞にメロディーを乗せたのは、デビュー時からリンダ嬢を必要以上に(?)サポートしまくってきた遠藤実センセイ。なんといっても彼のお名前を宛がったミノルフォンレコードに所属させたくらいの秘蔵っ子なんだからね。センセイに気にいられちゃったぁ…

「リンダ、こまっちゃぁ〜う」

またかよ。(笑)

それにしてもこの「ミニミニデート」ったら、なんてイカしたチューンなのでしょう!1967年のメイド・イン・ジャパンとは思えない、その躍動しまくるリズム感がなんといってもカッコいいのね。楽曲全体にあふれかえる「ちょっとこの娘、大丈夫?」的な懸念をよそに、シカリとした重厚感でリスナーに絶大なる安心感を与える男性コーラス隊員のお声もズテキ。楽曲後半でヒートアップしまくるギターとドラムスの大競演も見逃せないったらありゃしない!ドラムのおにいさん、そんなに激しくしちゃイヤ…

「リンダ、こまっちゃぁ〜う」

またなのね。(笑)

こうしたサポートによりのびのびいきいき…水を得た魚みたいに元気いっぱいなのがリンダ嬢。ベタベタ歯にくっつきまくって糖度も最高値のアメリカ製キャラメルみたい…しつこくてあま〜いリンダフルワールドを大炸裂させている歌唱にも要注目!

♪ミニミニスカートでぇ↑

♪ミニミニスカートでぇ↑

♪ミニミニスカートでぇ↑

キャワゆ〜い!シャクリ女王はリンダ嬢に大決定させていただきまする!右に出る者なんて存在いたしませ〜ん。こんなリンダ嬢なんだもの〜おひざさんだってそりゃ「こんにちは〜」しちゃうのよね、許せる許せる。(笑)それにしてもラブラブカラーってのが気になる気になる「Dang Dang 気になる」。

ソレッテナニイロナンデスカ?うん、ウフン、えっとね、アフっ…

「リンダ、こまっちゃぁ〜う」

もういい加減にしてよ!(笑)

それにしてもリンダ嬢はプロ意識に秀でた方である。デビュー曲「こまっちゃうナ」から間髪入れず、例のセクシーヒット群(「どうにもとまらない」「じんじんさせて」「狙いうち」など)をイメチェンとともに連発したのだと誤認されることも多いが…実は「こまっちゃうナ」から約4年もの間、ヒットシーンからは見放されていたのである。でもってその不遇時代はナニをされていたのかというと…ちゃんとお歌のお仕事を続行していたのでゴザイマス。あの日あの時の時代の要請に必死で応えながらネ。しかもかなりの試行錯誤を繰り返しまくり…なんだけんど。

■低迷期のリンダフルワールド(1967-1970)
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「世界の国からこんにちは」1967年3月発売。三波春夫センセイ等との競作盤としてリリース。あま〜いお声で博覧会を唄うリンダに萌え!♪1970年の〜あたりのクダリには思わずなつかしさがこみあげて胸キュン!
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「フリ・フリ5」1968年6月発売。当時流行のリズムを取り入れイチ早くフリフリ!ヘソ出しでフリフリ!リンダ、プールで水着でも唄ったの。
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「トンボのメガネ」1970年3月発売。珍曲中の珍曲?とおぼしき盤。19歳になっていたはずのリンダ嬢があり得ないほどのロリ声で♪しゅるぅしゅるぅ〜しゅるしゅるぅううう〜とキャラメル攻撃をけしかける!必聴!
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「涙は紅く」1970年9月発売。↑からわずか半年の急変貌に仰天!当時人気の弘田三枝子か奥村チヨ風狙いか?歌唱法までガラっと変えてのイメチェンだったがこの時はあえなく失敗。

ラブラブカラーでいっぱ〜いなの。そして流行りモノにすかさず飛びつくスバヤさにかけてもニッポン一!(笑)70年代のブレイク後、再度の低迷期には「わたしの恋人、たいやきくん」なんて便乗モノも。それにしても♪しゅるぅしゅるぅ〜しゅるしゅるぅううう〜!!!!!低迷期のリンダフルワールドにドップリと浸かり、脳みそをウララウララの「狙いうち」されてしまった感のあるワタクシメ。こんなになると…チェリー、こまっちゃぁ〜う。酔いざましに...

♪ミニミニスカートでぇ↑

お散歩でもしてこようかしらん←ゲボっ。(笑)

☆作品データ
作詞:樋詰喜久子 作曲:遠藤実 (1967年度作品・ミノルフォンレコード)
うpし忘れた真子チャンの直筆サイン色紙を掲載しました(2013年1月6日)

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皆様…新年おけましておめでとうございます。

こんなご挨拶するのもそろそろ色褪せてきた頃合い?1年のはじめのご挨拶はもちろん大切なことだけれど、三ケ日が過ぎて仕事始めも迎える頃になると、1月1日のような…いわゆるお正月ムードというものはグンと控えめになっていくものでゴザイマスよね。もちろん松の内の間はお正月であることは間違いないのだけれども。

そして新年のご挨拶と共に忘れてならないのが…「今年はこうしたい!」「今年はアレをガムばりたい!」という、いわば年頭の決意表明!そそっ、抱負、願望や希望を述べるという行為でゴザイマスよね。皆様はどんなソレをご決意されたのかしらん?それはそうと…昭和アイポの世界にだって○○になりたい〜という希望や願望含みのお歌があったもの。今回はココにコジつけさせて頂き、あのかわい子ちゃんが放ったこの1曲をレビュってみたいなと思うのでありまする^^。

表題の「日曜日はストレンジャー」は、石野真子さんのシングル第4弾として、1979年1月25日に発売された楽曲。この頃の真子さんと言えば、デビュー曲の「狼なんか怖くない」を狼サインとともにお披露目され、瞬く間にトップアイドルルの仲間入り。ド肝を抜かすタイトルがインパクト大だった「わたしの首領(ドン)」ではメイドさんみたいなコスプレ風衣装で男子諸君を完全にノックアウト!次の「失恋記念日」では作風的におとなしいモノでありながらも、歌しりとりで「の」が回ってくると必ずや飛び出すという定番曲に。(笑)コレラ作品のお次に繰り出されたのが、表題曲だったということになる。Wikiによればこんな記述も…

次のシングルでは徹底的に明るい歌にする

コレは当時の担当ディレクターさんによるお言葉のようなのだが、「失恋記念日」があのような作風だったためか、かなり早い時点で第4弾のコンセプトは定まっていたのかと思われ。

さて、この作品の作詞を手がけたのはデビュー曲から連投の阿久悠氏、そして作曲は初起用された筒美京平氏というコンビ。デビュー年度は数々の新人賞を受賞、作家陣として吉田拓郎氏、穂口雄右氏を起用しながら着実にファンを増やしていった真子さん。年明け第一発目となるこの作品で一気に勝負に出たい…という気合が感じられる人選か。なにしろ筒美氏と言えば当時の名だたるヒットメーカーであり、彼を起用すれば前作を上回る手堅いヒットが期待できる!こんな皮算用があったのカモね。

♪ジャラララ〜ンラララ ジャラララ〜ンラララ

という、モータウン風サウンドに乗せるマイナー調のイントロ。あれ?このイントロは…そうなんです。米モータウン界の人気グループとして君臨したフォー・トップスのコレにクリソツぅ。同グループの別曲でこんなのもある。といってもコレラにハタと気がつかされたのは、モータウンなども愛聴するようになった20代のはじめ。その当時(ウブウブな小学生ヨン)には知る由もなかった事だったのでありまする。コレは巷じゃ○クリなどと囁かれていたりもするようなのだが、ココまで正々堂々なご姿勢であるからして。○クリと言うよりは引用?というか作曲と同時に編曲まで手がけた筒美氏の哲学におけるお遊び程度?といった解釈でいいのではないかと。コレを○クリと括るのはかえって野暮なものカモ。(笑)

ソレに引き続いて真子ちゃんが歌うのは…

♪天使より 人の心迷わす
 悪魔の方が魅力的ね 特に月の夜は
 ハイヒールさげた両手からませ
 あなたと踊りつづける夜は 深い深いブルー

イントロのマイナー調からは一転したメジャー調のメロ。当時の担当ディレクターさまが↑で決意表明されたとおりの展開か。だけどどことなく陰りも感じさせたりするんだよナ…歌詞にも悪魔や月夜が出てきてどことなくインディゴブルーな雰囲気がモアモア。徹底的に明るい歌…というのとはちと違うような気も。

♪スペードばかり 並んでいる
 不吉なカード 切りながら

これまでの3作品ではルージュ、ハイヒール、ビール、レントゲン、カクテル、ブルー(青色)…などなど、阿久氏による作戦で小道具がビシバシと飛び出してきた。石野真子は一体どんな小道具と絡めたらその魅力が最大限に発揮されるのか…そんな試行錯誤や実験が繰り返されていたようにも見てとれる。その結果に基づいて(おそらくは?)相性が良いと判断(独断による?)されたお言葉群(ハイヒール、ブルー)をリサイクル。これらに加えての新小道具として、トランプとコラボさせてみたのが本作品での新しい切り口だったのかなと。後の「ハートで勝負」において♪ワンペア〜ツ〜ペア〜とトランプ片手にキメこむ真子さんがご登場と相成るワケだしネ…ココでの実験は成功だったと解釈してよろしいのかと。(笑)

♪悪魔になりたい 悪魔になりたい
 身も心もあやしく変わりたい
 日曜日はストレンジャー 私じゃない私になれる

1979年の年頭における真子さんの願望はコレだったようでゴザイマス。(笑)

イメージ 2
イメージ 3
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アクマポーズで誘惑しちゃうフワフワ衣装で文句ナシにキャワゆいバーズセブンの皆様と躍動のステージ

こんだけキャワゆさを極め、悪魔なんて微塵にも感じさせない真子さんに♪悪魔になりたい〜と歌わせる手口。職業作詞家であり、巨匠と呼ばれるに相応しいオトコ…そんな彼の鋭さと切れ味がキラリンコンか。そもそも悪魔と言えば、キャンディーズの代表曲としても知られる「やさしい悪魔」という曲がある。ココから遡ること約2年前に世に出た作品なのだが、アチラは甘美で妖しくやさしい悪魔にドップリとトリコになることを唄ったモノだった。阿久氏はこの辺りも視野に入れておられたのだろうか…今度はその変形逆まわしゲリ?として、このかわいさ極まりない石野真子というアイドルに「アクマ志願」させ、仮面をつけさせたらどんなことになるんだろ?実はこんな企みも彼の頭脳の中では大いに働いていたのではないかと邪推してみるワタクシメ。ご賛同してくださる方はいらっしゃるかしらん。(笑)

それにしても仮面つけて悪魔になる日がどうして日曜日なんでしょ。古い映画で「悪魔の日曜日」というものも存在していたりで…この辺りもヒントになったのか、ナゾ。歌詞の大意としては「ココロに大きな鍵をかけ続ける意中の男性に対しての対抗策としての悪魔志願」…というものが伺える。だとしたら土曜日に悪魔に変身して日曜日の最後まで彼をブンチョッパ!といった作戦も?いえいえ…そんなの可愛くないの。それだとホントの「悪女かまきり」になっちゃうんだから^^;。日曜日にあやしくやさしい悪魔になってアナタをトリコにしちゃいたい!だけど月曜日からは何事もなかったかのように…うん。コレくらいの方がアイドルとしてキャワゆいものでゴザイマスよね、はい。(笑)

この作品はオリコン最高19位、6.9万枚というお成績。洋楽風味を注入した楽曲のカッコ良さと真子さんの可愛らしさからするとやや伸び悩んだ印象か。前作の「失恋記念日」が24位で9万枚だったこともあり…飛躍を目論む手堅いヒットの皮算用がやや外れてしまった結果か。

♪スペードばかり 並んでいる

こんなクダリを入れたもんだからのぷち災い?いえいえ、当時のアイポはこれでも十分に及第点。なにせビッグネームと呼ばれた山口百恵さんやピンク・レディー等を除くと、チャートの100位にすら顔を出せないアイドルの方が多い時代でゴザイマシタものね。そんな状況下でこの作品を天使のようなあふれんばかりの可愛らしさで歌い上げてくれた真子さん。当時の印象としてはとにかく「かわいい!かわいい!かわいい!」このひとことに尽きるのでありまする。

♪悪魔になりたい 悪魔になりたい

こんなにかわいい真子さんの悪魔願望…きっと(オトコ)神様の多くはすんなりと叶えてくださることでしょう。(笑)

☆作品データ
作詞:阿久悠 作曲:筒美京平 (1979年度作品・ビクター音楽産業)

イメージ 1

当ブログを開設してからマル7年が経過し、その間には70-80年代にキラリ星のごとく輝いた楽曲を取り上げて音楽レビューとして発表してきた。中には当の書き手がどんなことを記したのかキオクとして残っていないものもあったりで?それこそ今になってあの時代の作り手側だったセンセイ方が、ご自身で作られた歌詞や楽曲に関して「忘れてしもうた」というおキモチも分かるようになってきたりもして。(笑)

こうした楽曲レビューを展開する中で、どうしても書けない歌手やどうしても上手に記すことができない楽曲などなどが存在するのも事実でゴザイマして。ただ誤解の無きよう予め断っておくけれども、それらは別に好き嫌い等の好みでそのようなことになっているワケではない。実際、これまでにはあまりお好みでなかった歌手や楽曲のレビューだってしてきている。書けない理由はさまざまであり、また理由が定かではないものもあるからややっこしいことこの上ない。特に理由はないけれども、なぜかふんづまり状態となってしまいレビューとして書き上げることができないという‘曰くつき’だって存在するのである。

今回ようやくレビューとして書き上げることができたこの方も、実はそんな部類。ヒット曲もたくさんお持ちであるから、どの曲を取り上げていいのやら…迷ってしまったのも事実。「だけど…」最終的にはワタクシメ自身がイチバン気に入っているこの曲で…あら、しかも梅雨の季節にもピッタリコンコンってことでやっとこさ書く決心がついた…というワケ。そんなこんなで今回はこの方のこの1曲を…本ブログ7年目にして遂に初登場!でゴザイマス。

表題の「花しぐれ」は高田みづえさんのシングル第4弾として、1978年3月5日に発売された楽曲。この曲は作詞を松本隆氏、作曲を都倉俊一氏という、当時のヒットメーカーがガッチリとタッグを組んで紡ぎあげた作品である。1978年当時はすでに両氏ともにそれぞれの分野で名を馳せられていたものだが、実はこのコンビものはありそうであまりないという…ちょっとめずらしい組み合わせだったりもする。彼らのコンビ作品としては…

「ワル!泣くのはおよし」 五十嵐夕紀
「電光石火」 フラッシュ
「ひとりごと」「女学生」 岡田奈々
「DEEP」 渋谷哲平

などなど…どうにもこうにもNHK「レッツゴーヤング」絡みが多い。本レビューの主役である高田みづえさんには表題曲以外に「パープル・シャドウ」なるものを提供しているが、実はこの曲は‘売れっ子が転落するきっかけとなった曲’というソレに該当?といった曲であり、あまり芳しくないことこの上なかったりもする。そういう意味でもこのコンビ自体の相性があまりおよろしくなかった?と言ってしまってのも良いのだろうか。事実、このコンビによる最大ヒットが今回の表題曲「花しぐれ」に他ならなかったりもして。まぁ、これはあくまでも商業的に…という意味合いとなり、楽曲の質そのものに問題があるワケではないと断言したいトコロ。

さて、そんなコンビにより生まれた「花しぐれ」。この曲はイントロからエンディングまであっという間に駆け抜けてゆく印象がとても強い。都倉センセイならではの疾走感あふれるメロディライン、クラシカルな風情を湛えたアレンジにより、約2分と55秒程度の短さにまとめられた。それこそ聴き手にむかって一気に突進してくる…そんな曲である。松本センセイがお書きになった歌詞自体も…

♪雨の街に呼び出されて 傘も持たずに飛んできた
 わたし髪を切りすぎたの まるで男の子みたいよ
 水無月の雨の色 大粒の真珠なの
 揺れる私の睫の先にも滲む

♪Flower Rainに濡れて 吐息の船に乗り
 見知らぬ街 あなたと漂うの
 五月雨 春雨 長雨 雨にもいろいろあるけど
 涙は拭くわ

このようにかなりのあっさり仕立て。しかしながら、この短い歌詞の中には多くの想いや物語が含まれていたりもする。しかも聴き手の主観や感性により、さまざまな顔が出てくる出てくる…変幻自在のパットちゃんみたいな曲だったりもする。

コレを読んでる皆様は、上の歌詞を見てどのような物語を想像するのだろうか。ワタクシメが頭に描いたのはこんなストーリーである。

好意を寄せていた彼と、なんらかの理由により仲たがい。「もう終わりね」と嘆く娘は彼のことを忘れようと長い髪にハサミを入れてしまう。哀しみにしずむ生活の中でふってわいた彼からの呼び出し。雨に打たれながらも、なりふりかまわず彼の元へと急ぐ娘。しかし再会したのも束の間…彼からは娘を舞い上がらせるような言葉のひとつもなく、ふたりの吐息が雨中に漂うばかり。五月雨、春雨、長雨…雨にも色々あるように、恋にも色々な形があるのだと悟る娘。

これはあくまでもワタクシメの主観から生まれた筋書きなのだが、このストーリーを描きあげるまでにかなりの時間を要した。しかもエンディングに関しては未だにちと悩んでいたりもする。なぜならこの娘がお相手に呼ばれた意図をつかみきっていないからである。もしかしたら決定的な別れ話でもされ開き直ったのか…なんてことも場合によっては考えられ全くもって撹乱させられてしまう。いや…でもワタクシメはそうでないと思いたい。2番の歌詞には薔薇を手に携えるお相手も出てくるがコレを実際の薔薇と思うのか、はたまた彼の心の奥底にある誰かを比喩したものと考えるのか…で解釈が異なってくるのである。でもワタクシメ的には恋愛という名の「見知らぬ街」へ歩み出したふたりの物語なんだ!と思いたいのが正直なトコロ。また、この楽曲自体には…

●曲が短い
●歌詞も短い
●サウンドに耳を委ねてしまうと、歌詞が耳から耳へと抜ける
●季語である雨が頻発に挿入され、時系列がよくわからない

こんな諸問題があり、解釈をする上でかなりの厄介者…それこそ一見かわいいフリした相当な小悪魔だったりもする。そもそも曲のタイトルになった「花しぐれ」には…

桜が咲く頃にしぐれる様に降る冷たい雨。サっと降ってサっとあがる雨。

こんな意味がある。これに加えて「しぐれ」には「涙ぐむ」という行為を表わす場合もある。実はこれらの意味を知っているか否かは、この曲を聴くにあたって非常に大切になってくるのではないかと思う。なぜならこれらを理解することにより、主人公の置かれた位置、そしてふたりの状態がどんなもんなのかの把握が可能になるからである。要は楽曲のタイトルにもなっている「花しぐれ」とはあくまでも…

主人公とその相手が置かれた状況

を比喩したものと言えるのではないか。サクラが咲いた状況なのだからふたりの恋がエンドったとは考えがたい。だから主人公が実際に打たれている雨は水無月…いわば6月の雨粒なのではないかと。こんな風に推測してみると時系列もスッキリとしてくるし、なおかつ…

サっと降ってサっとあがる

恋仲同士(もしくは好意を寄せた者同士)によく起こりがちな衝突や誤解…こんなふたりによる恋のあやとりが「花しぐれ」?というトコロに落ち着いてゆく。なにはともあれ…こんなに短い歌詞でありながら聴き手にこれだけの想像力を掻き立たせる…この楽曲の歌詞はスバラシイことこの上ない!と大声で叫びたいワタクシメなのでありまする。

♪五月雨 春雨 長雨 雨にもいろいろあるけど

歌にもいろいろありますがな…全くもって奥が深いのう。(笑)

この楽曲はオリコン最高10位に到達、なんと16週間もチャートインして18.5万枚を売り上げた。これでデビュー曲の「硝子坂」から4曲連続のベストテンヒットを達成、しかもこのヒットによりTBSの「ザ・ベストテン」にも初登場している。当時は17歳だったみづえさんが、定評のあった歌唱力とティーンの少女ならではの恋に対する熱情を織り交ぜながら…サっと降ってサっとあがる雨みたいに歌い上げた一発なのである。

☆作品データ
作詞:松本隆 作曲:都倉俊一(1978年度作品・テイチク|ユニオンレコード)

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