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書庫☆70年代アイドルぷちレビュー

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片平なぎささんと言えば…

「スチュワーデス物語」での怪演

筆者と同年代の方だとこの辺りがパブロフの犬状態なんだろうか、おそらくは。同じ事務所(ホリプロ)の後輩アイドルだった堀ちえみさんをイジメ抜くそのお姿は、それこそ鬼気迫るものがあったもの。なんでも当時はその役柄上に視聴者から石を投げつけられたり面前で罵倒されたりで…なんでもソレが原因で苦悩の日々を送られていたらしい。

しかしながらなぎささんに関しては、コレばかりをクローズアップするのは大変失礼なほどに芸能人として華々しいご経歴をお持ちの方でもある。今さら言うまでもないが念のため…なぎささんは現在でも女優さんとして現役続行中である。昨今は2時間ドラマの女王と言えば松尾嘉代さんではなくって片平なぎささん…だものね。

そんな彼女におけるデビューのきっかけは…

「スター誕生!」

ここでスカウトされて芸能界入りが決定したというお方である。そう、元々のスタートは歌手だったのである。最近の彼女は歌に関してはスッカリコンコンたけれども…。そんな彼女のオーディション受けエピソードとして「お友だちの代わりにうんぬん…」という、アイドルデビュー秘話としてよくある逸話なども残っていたりもする。友人の立場ナシといった例のアレ…である。でもなぎささんの場合は実際に応募して予選通知を受け取ったお友だちが怖気づき、正真正銘に代役という形で出場したらしい。(笑)

そしてこの番組の決戦大会で合格し、アイドル歌手として船出を切ったのが1975年1月20日。まだ若干15才の頃のことである。その際に用意された楽曲がこの表題曲「純愛」だったということになるのである。

今回、この曲をレビュろうと思ったそのワケとは…

作曲家:三木たかし先生

コレである。このレビューを読んでる皆様はとっくにご承知のことかと思われるが、三木センセイは2009年5月11日に帰らぬ人となってしもうた。センセイは70年代〜80年代にかけて数々の珠玉ポップスを作曲し、僕らをたくさん楽しませて下さった方である。三木センセイにおけるアイドルポップスの代表曲としては…

「ブーメラン・ストリート」
「若き獅子たち」
「ボタンを外せ」 西城秀樹
「みずいろの手紙」
「コーヒーショップで」あべ静江
「乙女のワルツ」
「木枯しの二人」
「きみ可愛いね」 伊藤咲子
「思秋期」
「あざやかな場面」 岩崎宏美
「そこの彼女」 風見慎吾
「待ちくたびれてヨコハマ」
「冬の孔雀」 柏原芳恵
「めだかの兄妹」
「もしも明日が」 わらべ
「哀愁のシンフォニー」 キャンディーズ
「お元気ですか」
「明日草」
「ほたる坂」
「天使ぼろぼろ」
「多感日記」 清水由貴子
「パラレルガール」 岩井小百合
「ダブルゲーム」 南野陽子
「水色の星」 吉田真梨

などなど…書ききれないほどにしこたまヒット曲をお持ちの方である。しかもどれもこれも未だに口ずさめる曲ばかりってのがスゴイ!いわば三木センセイ独特のメロが燦然と輝くエバーグリーンミュージック、いわゆる‘あの頃歌謡曲’の風情をしこたまに漂わせる楽曲達なのである。ちなみに個人的なツボは阿久センセイとのコンビでアニメ「星の王子さま」の主題歌を書いて下さったこと…なのだけれども。

さて、本レビューの主人公でもある片平なぎささんのデビュー曲。実はこのチューンの作曲をご担当されたのも、ナニを隠そう三木センセイである。だからこそこうしてレビュっているのだけれどもね。この楽曲は作詞をされた山上路夫氏とタッグを組んだ三木センセイが、そのタイトルどおりに実に…

ピュア(純)

なメロを絡ませた‘ぷち傑作’だったりもするのである。そして三木センセイはなんと編曲までをもご担当という気合の入りっぷりだったのでゴザイマス。

それでは一体どんな内容のチューンだったのか…そこら辺りのガサ入れをしてみようと思うのでありまする。

♪あなたは夜の駅へ ひとりで消えてゆくの
 来るなとひどい言葉 私にのこして

あの時代(1970年代)の歌詞におけるトレンドモチーフが早速…キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!そう、ワケありオトコとオンナのお話には必ずやご登場となっていたのが駅…しかも夜のとばりが降りた後のソレや朝靄が抜け切らぬうちのソレだったりしたものでゴザイマスよね。このお歌の主人公様が思いを寄せる彼もまた…駅から旅立ってゆこうとしている、しかもひとりぽっちでね。

♪もうあなたなしで 生きてゆけない
 どうか私 つれていってよ

あら…当時15才だった少女のデビュー曲にしちゃ、随分と思いつめた内容のお歌である。長い人生…そんなに早まるもんじゃなくってよ!と助言でも差し上げたくなるようなソレだったりで。それこそ、この歌詞をモソっとイジくったら演歌としても使い回し出来ちゃいそうなソレ…とも言えようか。

♪家もすてるわ ここの街とも別れられる

この主人公様は地元がお嫌い?きっと彼とのことで♪近所の人たち口うるせぇ〜といったヒドイ目にでも遭っていたのだろうか、おそらくは。この歌詞を見ていてフっと思いついたのがあの曲…そうそう80年代につちやかおりさんが放った「もう家なんて帰らない」。こちらもかなり衝撃的な内容ではあったけれども…ソレに先駆けることウン年も前に、なぎささんはこんなお歌をカマしていたのでありまする、しかもデビュー曲としてね。コレがまずは驚嘆の事実?だったりもするか。

♪もう誰が私 とめてみたって
 愛はけして 消えはしないの
 二度と逢えない 愛になるなら 
 そうよ私 死ぬだけ

誰がナニを言ってもその意思はカチンカチンに固いようで。でもまだ若いんだから「愛と死を見つめて」の世界観にハマりすぎるのはやめといた方がよさげ…でゴザイマスよね。

このようにこの楽曲の歌詞は極めてダークで思いつめ系の内容となっている。しかしながらこうした衝撃的ちっくな歌詞を三木センセイが書かれた芳醇でかつメロディアスな旋律がなめらか〜に包みこんでるのが、この曲のスバラシイところだったりもする。間奏などでフューチャーされているアコーディオンの音色などは、なんだかフレンチのシャンソンみたいな風情もしこたま。それこそ石畳を歩く靴音が聞こえてきたり、セーヌの流れを思い浮かばせたりと…実に美しいアレンジに仕上がっているのである。三木センセイによるぬくもり感のあるメロとこうしたシャレた(←当時としては)アレンジがこの曲における…

♪もうどんなとこも ついてゆきます
 つらいことも 耐えてゆけるわ

こんな壮絶なる悲壮感の和らげにサ・ク・セ・スしてるところなのかと思われるのである。三木センセイのスバラシイお仕事が堪能できる…そんな1曲と言えようか。

それにしても…♪どんなとこもついてゆきます…って。あれ?もしかしてこの曲は‘和製アイ・ウィル・フォロー・ヒム’だったのか。あの曲をジャパニーズガール的に解釈するとこうなる…今頃になって気づいてしまったがな、滝汗。(笑)

この曲はオリコン最高33位、7.7万枚を売り上げてヒットを記録。コレはデビュー曲にしちゃ絶好調なるお成績である。まさにこの頃のなぎささんはホリプロ期待の星だったワケなのである。その期待に応えるべく…1975年度の「日本レコード大賞」における新人賞では本選にも出場をカマし、期待のニューホープ・片平なぎさを世間に大きくアピールしたのである。しかしながら…

「歌は嫌い」

というご本人様の意思が尊重(?)されたのか...アイドル歌手としての活動は4年ほどで終焉してしまったのである。まぁ、その後もちょこちょこ…ご本人様も出演していたテレビ番組「新婚さんいらっしゃい」のテーマ曲を桂三枝師匠と一緒にデュエットとか、ありましたよね。アイドルとしてデビューした1年目は5万枚程度の売上をコンスタントにハジき出していたなぎささん。歌唱力だって…いえいえ、決してヘタではない「スタ誕○印」だったりもするのでありまする。↑のは単なるご本人様によるご謙遜なのかと思われ。

そんな彼女も今年で芸能生活35年目に突入!という大ベテランの域に達してきた。それこそ…

♪つらいことも 耐えてゆけるわ

とばかりに…30年以上の長きに渡り忠犬ハチ公の如く「ホリプロ」に籍を置き、現在は2時間ドラマの女王として気を吐いてらっしゃるのでゴザイマス。

三木たかし先生のご冥福をお祈りすると共に…片平なぎささんお今後のご活躍も期待しながら、今回のレビューはお開きにしたいなと思うのでありまする。

☆作品データ
作詞:山上路夫 作曲:三木たかし(1975年度作品・東芝EMI)

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ヒッチハイクとは…

ヒッチハイク(Hitch hike)は無賃旅行の方法の一つ。この方法で旅行することをヒッチハイキング(Hitchhiking)、旅行者はヒッチハイカー(Hitch hiker)と呼ばれる。通りすがりの自動車に無料で乗せてもらう行動を指す。交通量の多い道路の脇に立ち、腕を肩から水平方向に目一杯伸ばし、親指を突き立てたポーズを取ることがヒッチハイクの意思表示とされている(決して人差し指を立ててはいけない)。行き先を大きく書いた紙を掲げながらやることも多い。(Wikipediaより)

こういった意味のお言葉であり、この行為は70年代あたりの米映画などでよく見られたシーンでもある。70年代のソレではなかったが、スーザン・サランドンとジーナ・デイビスがW主演した「テルマ&ルイーズ」という映画でも若き日のブラット・ピットがヒッチハイクをカマすハンキーガイとしてご登場と相成っていたことも記憶に新しいか。まぁ、世の中がなにかと物騒になってしまった昨今ではヒッチハイクなどする人はおそらくはいないのかと思われ。道端で合図されて車を止めてあげるご親切…うん、今となっちゃソレはかなり勇気のある行為だったりもするからである。(笑)

そのようなワケで今回はこの‘ヒッチハイク’というお言葉にコジつけさせて頂き、いつものようにレビューを展開してみたいと思うのでありまする。

表題の「ヒッチハイク」はあきいずみさんのデビュー曲として1974年4月10日に発売されたチューンである。1974年って…おそらくはこのブログの読者層を全くシカトした選曲か。PC画面の前で「チェリーったら、またこんな古くてマニアックなのをレビュって!」などとお口あんぐりの唖然呆然状態と化してる方も多いのかと思われ。でもこの作品…非常にユニークかつ当時のチューンとしては実にかっ飛んで前衛的なソレでありまして…ぜひともご紹介さしあげたい一品なのでゴザイマス。

さて、このレコードはキャニオンが新設したニューレーベル、NAVより発売となった盤である。NAVレーベルとは…

株式会社NAVレコード (NAV Records)は1970年代から1980年代初頭まで活動した、映像・音楽ソフトメーカーキャニオンレコード(当時)のレコードレーベルの一つである。

こうしたコンセプトに基づいて発足されたレーベルであり、当時は石川ひとみさん、能瀬慶子さん、三木聖子さん、荒川務さん、木之内みどりさん、岡田奈々さん、岸本加代子さんなどが在籍したものの、思ったほどの成果が上がらずトシちゃんこと田原俊彦さんのデビュー曲「哀愁でいと」(1980年)をもってその歴史に幕を閉じ!という決断をカマされたそうな。皮肉にもそれが大ヒットって…だったらCHANGE MINDでレーベル存続決定でも高らかに宣言したらよかったのにぃ。このように正式の最終盤はトシちゃんのデビュー曲だったものの、その後も1981年デビューのアイドル、林紀恵さんのシングル盤においてはかつてと同じNAVレーベルデザインが引き続き使用されていたようでもある。レーベル終焉に未練がたらたら〜だったのか、もしかして。(笑)

さて、そのレーベルにおける初期チューンとして発売された「ヒッチハイク」。コレはかなりの力を入れられていた…とおぼしき楽曲だったりもする。

ただし↑でデビュー曲と書いたけれども、あくまでもコレはNAVレーベルからのデビュー曲という意味である。実はこのお方…1974年を遡ること数年前にも…

亜樹まこと

という芸名でシングル盤をカマされていた方でもあったのだ。だからこの「ヒッチハイク」に関しては再デビュー盤…という扱いになる、事実上。

60年代から70年代初頭にかけては一度デビューをカマした歌手をイメチェンを絡ませ再生させるのがちょっとした流行にもなっていた。例えば…

森山加代子
弘田三枝子
小山ルミ
山本リンダ

などなど…当初のイメージとは全く違うソレで華々しく再スタートを切らせるという魂胆である。要は同じ素材を使っての使い回し?という策略だったのか、おそらくは。それでもリンダさんや森山さん、弘田さんなどはソレをキッカケにして大ヒット曲をカマされたこともあり、かなり効果テキメンな方法として、一時はもてはやされていたようでもある。

で、このレビューの主役でもあるあきいずみさんも…実はそれらの一派さんだったということになる。彼女もこれまた当初のイメージとは全く違ったコンセプトを宛がわれ、それこそジャンプスーツに銀のブーツという奇抜な衣装に身を包みこみ、カンフーアクションを交えながら熱唱するという…ポスト山本リンダあたりを「狙いうち」したようなどハデ極まりないスタイル。ソレはどう見ても目を引くハデハデ加減だったのである。

で、そのご変身に合わせて作られたのがこの表題曲だった…ということになる。

このチューンは作詞を阿久悠氏が、作曲を井上忠夫(←井上大輔さんです)氏が手がけたもの。NAVレーベル発足の初期メンバー歌手ということで、作家も一流どころとなっているのが特徴か。そんなこの楽曲のモチーフは…

「乗せてって!」とヒッチハイクを嘆願するオンナ

コレである。(笑)一体なんでまたヒッチハイクを嘆願しているのか…そこら辺のところをいつものように歌詞で追ってみることにする。

♪乗せてってよ わたしをそこらまで

「そこらまで」と大雑把にリクする主人公様。特にコレといった目的地はなさげのご様子か。

♪都合のいいところで降ろして いいから

あら?じゃあヒッチハイクの目的とは一体なんなのよ。

♪乗せてって

執拗に「乗せろ!」と迫りまくる主人公様。なんだか怪しげな匂いをしこたまに漂わせますわ…ワケありオンナなのかしらん。

♪荒くれ男の匂いをかいで
 小さくふるえているのもいいわ

小さくふるえるのは結構だけど…それにしても‘荒くれ男’の匂いって一体。2日も3日も風呂に入ってない状態の体臭なのか(←ゲボ〜ッ!)、はたまた毛むくじゃらの股ぐらあたりから‘ぷお〜ん’と放出される独特のフェロモン臭なのか…いずれにしてもひとまずはご遠慮したいようなソレであることには間違いないようでゴザイマス。だってソレを嗅ぐと体が小刻みにふ・る・え・る・んでしょ、ガクガクブルブルと。(笑)

♪かわいい坊やのスポーツカーも
 それもいいわ いいわ いいわ

このお方…すでに妄想だけでイっちゃってるのか。いいわ〜いいわ〜いいわ〜と「いいわ」を3度もカマしており、それこそもう「待てないOn The beat」状態か。あ〜誰でもいいから早く「恋が喰べたいわ」。いえいえ、こんなのはまだまだ可愛いものよ。彼女の場合は赤道直下型…もとい即行直下型的に‘オトコが喰いたいわ’なんて状態なのかもね。彼女が執拗に「乗せて」を連発する意味はコレなのか…滝汗。

♪だれか止めて ヒッチハイク

とカマして間奏ではパンチを繰り出すカンフーアクションをお披露目するいずみさん。観客のコドモ達には大ウケでゴザイマシタ。

それにしてもこの主人公様ってば、ヒッチハイクに成功しあわよくば…という結果になったのかしらん。そこら辺の結果が2番の歌詞に…
 
♪カバン提げて 待っているの
 風のように みんな走り過ぎるわ

おっと!走り過ぎるわ〜ってことは「誰もが恋DE狂い」どころか「誰もがシカト状態」だったのか?獲物を一匹も得られずに…どうやら哀れなオンナと化してしまったようでゴザイマス。

♪だれか止めて ヒッチハイク

あぁ!誰でもいいからとりあえずは止めてあげてよ!!さもないとこのオンナの欲求は満たされなくってよ。(笑)

と…歌詞分析をカマしてみたものの、結局のところその真意とやらはあやふやなまま。単にヒッチハイクのスリルを味わいたいだけなのか、はたまた更にその先にあるエクスタシーを求めていたのか…ナゾは深まるばかりである。作詞をされた阿久センセイがこの世にいらっしゃらないから、その真意のほどは迷宮入りとなってしもうたがな。でもこの主人公様ったら…オトコのドライバーしか視界に入ってないところを見るにつけ…目的はやっぱり‘アレ’だったのか?だって単にヒッチハイクだけが目的ならばなにもオトコだけじゃなくったって、女性ドライバーだっていいワケでしょ。(笑)

まぁ、それにしてもパンチ力抜群でこんなに優れた1発だったというのに…ヒットしたという記録が残ってないのは残念しこたまである。

♪風のように みんな走り過ぎるわ

当時ティーンだった男の子たちは、この曲を威勢良く唄うあきいずみさんには目もくれず、走り過ぎ去ってしまったのだろうか。それこそこのテの楽曲はリンダさんやピンク・レディーのそれらにように…大穴だって充分に狙える位置にいたというのに!

ちなみに、その後のあきいずみさんは『バカンス』という曲を発表。が、こちらも撃沈という結果に!以降はレコ会社を転々とされシングルを数枚発売(←しかも全く違ったコンセプトでね)。そして、80年代に突入してからもMAKOTOなる名義でシングルをお出しになっていた経歴も残っていたりで。こうした履歴を見るにつけ、どうやら彼女の芸能生活は再生再生のくりかえし?だったのか。これだけの楽曲クオリティを誇り、しかも結構歌える人だっただけにそれが生かせないまま…

♪乗せてってよ

時流に乗り切れなかったのは残念しこたまなのである。

☆作品データ
作詞:阿久悠 作曲:井上忠夫(1974年度作品・キャニオンレコード)

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アンカレッジと言えば…

アラスカ州の中心都市である。しかしながら首都は「ジュノー」というところらしい(←知らない^^;)。日本の千歳とも姉妹都市関係にもあるというアンカレッジ…そんな街が所在する州でもあるアラスカは、1867年にアメリカがロシアからたったの720万ドルという破格値でゲットしたという、驚嘆の逸話付きステイトだったりもする。当時は「巨大な冷蔵庫を買った」などと嘲笑されたらしいが、まさかそこが資源がコンコンと湧くお宝の土地だったとは!アメリカもしてやったりでゴザイマスよね。そんな屈辱もあってロシアは北方領土をニッポンに返さないのかしら、おそらくは。(笑)

アラスカと言えば、それこそオーロラが見られたりとか、サーモンを追っかけまくる熊ちゃん達がわんさか存在したりとか、とにもかくにもそのダイナミックな自然がウリだったりもする。まさか売った側もここまで資源や魅力に溢れたエリアだったとは思わなかったのね、オホホ。

中でもアンカレッジは同州においても世界的に知られる都市である。なぜならば…

アンカレッジのテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港は、かつて北極圏回りヨーロッパ便が給油の為に寄港

していたという、いわば国際給油地だったのである。もちろんアンカレッジは現在でも航空業界ではハブ空港として使用されており、アラスカきっての一番有名な街という事実に変りはない。

というワケで今回はコレにこじつけさせて頂き、アンカレッジに関するこの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「アンカレッジ経由パリ行き」は秋ひとみさんのデビュー曲として、1978年4月25日に発売された楽曲である。秋ひとみさんと言えば、そのデビュー年度は1978年。1978年と言えば、このブログでも人気者となっている石川ひとみさんが歌手デビューされた年度でもある。そちらのひとみさんは「78年最大の輝くひとみ」というキャッチフレーズで華々しくデビューをカマされていたが、こちらのひとみさんだって‘瞳’の美しさではヒケを取らない…そんな方だったのである。ひとみってお名前を付けると美しい瞳の持ち主になれるのか、おそらくは。(笑)

そんな秋ひとみさんのデビュ−曲は作詞を仙鉄也氏が、作曲を小杉保夫氏が手がけたという一品。作曲をされた小杉氏は…

「お嫁サンバ」 郷ひろみ
「急いで!初恋」 早見優
「Bye, Bye, September」 原真祐美
「夏少女」 浅香唯
「聖ファーストラブ」 徳丸純子
「ときめきTouch Me」
「誘われて南南西」
「スターダストでI Love You」 以上、渡辺めぐみ

などなど…粒よりのポップスを世に送り出した方でもあるのだけれども、作詞をされた仙鉄也氏ってのは、あまり聞かないお名前だったりもする。ちょっとそのネーミングからして演歌っぽさも醸し出されていたりもして。(笑)
そんなコンビにより作られたこの楽曲は、恋焦がれる‘あなた’を追って3万フィートの風に乗り…といった内容のお歌。で、この楽曲では彼女がその彼に会いにいくために‘空の旅’を敢行することになるのだが、その際の行き先がアンカレッジ…というカラクリになっているワケなのでありまする。

♪アンカレッジで過ごしていると
 そんなあなたの 手紙が届き
 とても待てない 会いたいすぐに
 北回りジェットで 飛んでいくのよ

この彼はたいそうお優しいようで。アンカレッジに宿泊(寄港?)している間もご丁寧に彼女宛てへのお手紙をしたためてくれていたようでゴザイマス。今ならさしづめEメールだのなんだの…ってことになるのだろうけれども。でもたしかにあの時代…外国から、しかもその国の消印やら見たこともないようなデザインの切手が貼られたお手紙や赤と青で枠組みされた例のエアメール用の封書などを自宅のポストに見つけるってのは、受取人の胸をドキドキと高鳴らせたものか。それにしても通常は経由地として使われていたアンカレッジで、この彼は何日間過ごしていたのだろうか、ナゾ。

♪シャラララ 3万フィートの風に乗り
 シャラララ 3万フィートの空を越え 
 朝日の中で 輝く街へ
 もうすぐあなた 会えるのですね

えっ!ってかもう行く気になってるの?それとも彼の差し出したその手紙に「来いよ!」とでも書いてあったのか。

この北回りというルート…もしもこの歌を今のお若い世代の方が聴いたら「パリに行くのになんで直行で飛ばないの、ボケ!」なんて思う方がいるのかもしれない。今日では成田(東京)からヨーロッパ主要都市には日に何便もの直行便が飛んでおり、その飛行時間も10時間そこそこと…かつては遠いと言われたヨーロッパがグンと近くなったもの。今じゃヨーロッパの主要都市なんて直行…♪これで〜決まりです〜これしか〜ないのです〜といったトコロなんだろう。しかし、秋ひとみさんがこの曲でデビューされた1978年のニッポンにとったら、ヨーロッパはまだまだ遠い存在。なぜなら当時の最先端機ですら積載できる燃料の関係上、一気飛びは実にむずかしい時代だったからである。ってなワケでその燃料補給のためにアンカレッジにてストップし、ひとときの休憩を取る必要性があったのでゴザイマス。

で、気になるのがこのお歌の主人公様の行方。3万フィートの風に乗ってアンカレッジまで目の色変えて乗り込んでったのはいいけど…お目当ての彼には会えたのかしらん?

♪アンカレッジの冷たい風に
 朝の日差しが ふるえているわ
 声をだしても あなたはいない

って…あら?彼ったら待っちゃいないじゃないのさ!彼女が3万フィートの風に乗り、はるばるとやってきたっつーのに!なんでいないのよ、プンプン。彼がホンキなら彼女のご到着を空港到着ゲートあたりで待ち構え、お互いにその姿を見つけた途端に走り寄る。で、ここからの映像はスローモーションで感動的にクライマックス…ってのがメロドラマ&ラブロマンスの常なのではないかしらん。(笑)

で、この主人公様ったら、どこでどのように彼の足取りを掴んだのかは知らないけれど、いきなり…

♪パリ行きのジェットで 追いかけるのよ

って…マジですか^^;。ただでさえ、日本からアンカレッジまでの長旅を終え「逢える逢える!」と期待に胸ふくらませていたというのに…肝心の彼はいずこ。で、この後にパリまで更なる‘長旅’を敢行しようだなんて!格安航空券の販売なんてなかったあの時代に、一体どんだけの大金を注ぎ込むつもりなのアンタって人は…。彼に逢いたい一心は痛いほどに分るけれども…ちょっとノボせがすぎるのではないかしらん。しかも…

♪映画のように 広がる街で
 今度はきっと 逢えるのですね

って。これは彼女の次の渡航先でもあるパリを表現したものらしいのだけど、「きっと」ってのがどうにもねぇ。ソレはコンファーム(確約)じゃないってことなの?それでも‘イク’ってのがスゴ!それにしてもこの行動力…コレにはまいったまいった。(笑)

この曲はオリコン…えっと記録がゴザイマセン。当時は割りとテレビでもお見かけしたはずなのだけど、意外にもチャートインはしていなかったようでゴザイマス。

1978年当時、この歌を耳にしていた筆者は小学生。その頃はなにやらさわやかなお声のお姉さんが素敵な恋の歌を唄ってる!そんなポジティブな印象しか感じなかったもの。それがどうよ…今になって解釈してみると、なんだか「スゴイ女の唄」?こんな匂いがムンムンしているようでゴザイマス。これにはちょっとビックリコンコン…あたかもハトが豆鉄砲でも喰らったかのような顔のまま…数分間は固まってしまった筆者なのでありまする。まさかこんな無鉄砲な姉ちゃんを描いたお唄だったとは…あの頃はマッタクコンコン気がつきませんでしたわ。(笑)

こんなお歌なのだけれども、コレを唄った秋ひとみさんのお声はかなり魅力的なソレ。ファルセットを駆使した歌唱が実に印象的だったりもする。その風情はコドモ番組の「歌のお姉さん」というか、なんというか。そんな優しさとお上品さにあふれまくったお声が特徴だったりもするのでありまする。しかも、お声だけではなくビジュアルもたいそう魅力的な方でありまして。ソレを大いに生かされ…

♪シャラララ 3万フィートの風に乗り

一気にスターダムにのし上がってほしかったものでゴザイマス。しかしながら歌手としての実績はコレ!といったものが残せなかったのことが残念しこたまか。だけれどもグラビア関係においては当時、大学生の男の子あたりを中心にかなりの人気を博していたと記憶しておりまする。特に日曜日のお昼にテレ朝で放映されていた…

「ゲラゲラ45」

における婦警さんのコスチュームに身を包んだそのお姿はコスプレの先駆けか。そのお姿はあれからウン十年が経過した今でも‘語り草’になっていたりもする…要はひとみさんのべっぴん度を物語る逸話…だったりもするのでありまする。

☆作品データ
作詞:仙鉄也 作曲:小杉保夫(1978年度作品・テイチクユニオン)
2009年4月20日、元歌手・タレントの清水由貴子さんが静岡県御殿場市の霊園で、硫化水素を吸って自殺。このブログでは今年に入ってからユッコさんのデビュー曲「お元気ですか」のレビューも発表し、たくさんのコメントを頂いていた。ユッコさんと言えば「スター誕生!」のご出身でもあり、デビューのきっかけを掴んだ決戦大会では後にピンク・レディーを結成することになるミーちゃん&ケイちゃんと一緒に挑戦。同大会ではその二人を遥かに凌ぐ数のスカウト札が上がったことでも知られている方だったもの。

ユッコさんがアイドル歌手としてご活躍されていた、主に1977年〜1979年の時期、筆者はまだ小学生。それでも同年デビューだった榊原郁恵さん、高田みづえさんと共に‘フレッシュ三人娘’と呼ばれ、雑誌やテレビの歌番組でご愛嬌を振りまかれ、そして77年には新人賞レースなどでもご活躍されていたことなど...記憶にウンと残っているのである。

当ブログで「お元気ですか」のレビューを書いたのが今年の1月。あれからたった3ヵ月後で、まさかこんな記事を書くことになろうとは...。

ユッコさんはもうこの世にいない。だけれども、せめてこのブログで彼女の...特に歌手活動を振り返ってあげたい。そんな思いからこの記事をしたためてみようと思った筆者なのでありまする。

☆プロフィール

デビュー年度:1977年
デビュー曲:「お元気ですか」
所属:CBSソニー
キャッチフレーズ:「ほほえみスイング、まごころハミング」
愛称:ユッコ
デビューのきっかけ:「スター誕生」第16回決戦大会における最優秀賞を受賞。芸映に所属が決定し歌手デビュー。

☆ディスコグラフィー

イメージ 1「お元気ですか」1977年3月1日発売のデビュー曲。「スタ誕生」決戦大会で唄った「なごり雪」を思わせるフォーク調。オリコン最高30位、8.2万枚を記録し、スマッシュヒット。
イメージ 2「明日草」1977年「歌謡大賞新人まつり」ではこの曲でエントリー。デビュー曲がフォーク調だったが、こちらはよりアイドルっぽい仕上がり。今となっては♪雨が降る〜雨が降る〜という歌詞が聴き手のココロに突き刺さる。
イメージ 3「ほたる坂」新人賞レースの勝負曲として秋に発売したが、売上面ではふるわず。殆どの賞レースにデビュー曲でエントリーへと変更された。勝負を賭けるにはあまりにも暗く地味すぎたか。悪い曲ではないが、この大切な時期には相応しくなかった。
イメージ 4「天使ぼろぼろ」ユッコさん年明け第一弾。これまでの曲調を一新するようなアップテンポの歌謡ロック。器用なユッコさんはこういう曲も歌いこなせたという見本のような作品
イメージ 5「多感日記」カントリー&ブルーグラスの要素を取り入れた楽曲。ユッコさんのほがらかなイメージにはピッタリの作品。夏場の「日本テレビ音楽祭・金の鳩賞候補」における参加曲。こういう作品が1年目の第三弾として放たれて欲しかったもの。
イメージ 6「歌を重ねて」デビュー以来続いた阿久&三木コンビが途切れた最初の楽曲。作詞・曲はフォーク歌手だった阿部敏郎さんが手がけ、当時話題になった。
イメージ 7「神様・なぜ愛にも国境があるの!」わたなべまさこさんの同名マンガのイメージソング。集英社とのタイアップ作品。作曲は都倉俊一氏。
イメージ 8「言問橋」デビュー曲以来ご無沙汰だったギターを再び携えて挑んだ作品。再度のプッシュもかけられ、デビュー曲を凌ぐヒットが期待されたが...。結局、この作品がソニー発売最後の作品となってしまった。B面収録の「子供のままでいられたら」はユッコさんご自身の作詞。
イメージ 9「銀座の雨の物語」レギュラーを務めていたTBS「週間欽曜日」関連の楽曲。番組で共演したコニタンこと小西博之さんとのデュエットソング。久しぶりに‘歌手’として再注目を浴びた。B面には同曲の佐藤B作&天園翔子バージョンが収録。
イメージ 10「いつか秋」事実上のラストシングル。レコ会社をRCAに移籍して挑んだ作品。森田公一氏作曲。

☆清水由貴子さんの思い出ぽろぽろ

ユッコさんの思い出といえば、それこそたくさん。なんせ1977年の芸能界デビューからざっと30年以上も現役でガンバッてらしたのだから。上記のような楽曲群もさることながら、テレビドラマ「花よめは16歳」(1979年・テレビ朝日)「消防官物語・風に立て」(1982年・TBS)でのご活躍、そして「それは秘密です!!」(NTV)や「ザ・スターボーリング」(テレビ東京)、「ザ・テレビ演芸」(テレビ朝日)、「週間欽曜日」ヤクルトでのTVコマーシャルなど...歌に女優にバラエティ、CMに...とにかく実に小回りの効くタレントさんといったイメージが強かったもの。最近では2000年に主演したフジテレビドラマ「幸福の明日」での熱演がとても好評だったようで...こうしたご活躍を見るにつけ、ユッコさんはこれからもずっと芸能界で、これまでご本人が築いてきた個性的なキャラを武器にし、ゆるぎないポジションを保っていける...そんな方だと信じていたものだった。当初期待されていた歌方面でのヒットはあまり出すことが出来なかったものの、タレントとしてその知名度に関してはかなりのものだったと言えようか。

後年はそうしたお仕事を中心にされていたユッコさんだったが、そんな彼女もデビュー年(1977年)から数年は歌の仕事でも気を吐かれていたもの。そんな中でも残像として筆者の脳裏に強烈に刻まれているのが、1977年度「日本レコード大賞・部門賞発表」の放送時だろうか。コレを読んでる皆様もご存知のとおり、この頃はノミネート大会もテレビ番組として中継され、エントリー歌手達の悲喜こもごもをテレビ画面に映し出していた時代...だったのである。

デビューヒット「お元気ですか」を引っ提げて、この大会にも参戦していたユッコさん。それこそ彼女はデビュー当初から新人賞の呼び声も高く、周囲からも大いに期待されていたものだった。しかしこの日...ユッコさんを待ち構えていた結果は落選。しかもこの大会では決選投票システムといった新しい試みが実施され、テレビ画面にその枠を争う歌手二人が大映しとなり票が投入されてゆくシーンまでもが放映されゆくという...スゴっぷり。この大会におけるイチヌケは「失恋レストラン」の大ヒットをカマした清水健太郎さん、そして二番手は「硝子坂」の高田みづえさん。この時点で「お元気ですか」のユッコさんの名前は出ていたのものの、なかなかスルリと抜け出すことができず、次回候補へと回されていったのである。3番手は「あずさ2号」の狩人、4番手は「Lui-Lui」の太川陽介さんが抜け出し成功。そして最後に残った5枠目を残りの候補者で審議され、投票が進められたのである。その時の結果とやらがコレらしい。

清水由貴子19票
榊原郁恵17票
香坂みゆき9票
泉ピン子3票
神田広美1票

この時点ではユッコさんが紛れもなくトップであり、しかも同率でもなかったんだから、あえて決選投票なんかしなくたってよかったようなものを。だけれども番組を盛り上げるための趣旨だったのか決選投票を実施。で、その投票の結果...昇り調子で「アル・パシーノ+アラン・ドロン<あなた」という勢いのある楽曲で参戦をカマしていた郁恵さんに5枠目をもってかれちゃったば。寝返ったのは一体どの審査員のセンセイだったのか...ナゾ。この時にはユッコさんもテレビ画面に大映しされていたのだが、その悲しげな表情といったら...。それにしてもなんと残酷な選考方法を採用していたのか、レコ大。

あの時に5枠目に喰い込んでいたからといって、歌手としてのその後が大きく変ったのかどうかは...正直なところ微妙ではあるけれども、なんとなくユッコさんに入って欲しかったと思ってしまったのが自分だけではなかったはず。だからなのか筆者的にはユッコさんというと、あの日あの時の彼女の表情...それこそが筆者の瞳の中で未だに生き続ける、ユッコさんの悲しみの一幕だったりもするのである。

彼女のCBSソニー所属時におけるラストシングル「言問橋」という楽曲に、こんな一節がある。

♪言問橋を 渡る人に
 もしかしたなら このまま私
 しあわせの橋を 渡れそうと
 耳打ちをして 教えたかった

この歌詞が胸を痛いほどにギュっと締めつけるか、今となっては。ユッコさんが耳打ちをすることが出来る日が来ていたのならば、こんなことには...。

ユッコさん、さようなら...どうか天国では安らかに...。改めて清水由貴子さんのご冥福をお祈り致します。

☆参考作品
(「言問橋」作詞:喜多條忠 作曲:水谷公生 1979年度作品・CBSソニー)

イメージ 1

イメチェンとは…

何かをキッカケにして、また何かの目的により容姿、その他を斬新に変えること

である。70&80年代アイドルでもこのイメチェン手法ってのは多用されていたもの。しかもその目的は…

●シングルを出しても出しても芳しい結果が得られない
●ファンに飽きられての余技なし路線変更
●オトナの歌手へと脱皮するための必須手段

などなど...理由は様々なのだが、こんなところだったか。昭和という時代にお盛んにレコードを発売していたレコード会社は数知れず。そんな中でもこの手法を十八番(オハコ?) にしていたのが、東芝EMIだろうか。このレコード会社は場合によっちゃ曲ごとにイメチェンをさせる…なんてのも朝飯前だったもの。少し前にこのブログでレビュった千葉まなみさんも東芝娘のひとりだったし、1980年に「ありがとう」でデビューした石坂智子さんもしかりで。どちらのお方も曲を発売するごとにイメージがバラバラで…なんとも統一感の無さを感じたものである。それこそマニア間では東芝魂に振り回されたアイドルさん達…なんてことで一括りにされてしまうこともしばしばで。しかし「そんな程度は甘いわよ!」とばかりに、それらの上に大きく立ちはだかる東芝娘さんがいたのでゴザイマス。

今回はこの方が放ったあの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「ワル!(泣くのはおよし)」は、五十嵐夕紀さんのシングル第5弾として、1978年10月20日に発売された楽曲である。

デビュー曲「6年たったら」に関しては、このブログでも以前にレビュったことがあるのだが、ユーミンを作詞家として起用した珠玉の名曲でもある。それこそアイドルのデビュー曲に相応しいキュートで元気いっぱい!若さがはじけるようなメロがウリである。で、第2弾はどんなだったかというと、そのタイトルが「わたしが選んだあなたです」。なんだか早くも女王様とおぼしき高飛車加減漂う雲行きというかなんというか。この時点で夕紀の‘ぷちイメチェン’が計られたといった様相か。そして第3弾になると「第一印象」。コレはなんとなくデビュー曲の路線に戻り気味なお色か。で、第4弾は吉田拓郎氏を作家陣としてむかえた「えとらんぜ」。髪も切って少しイメチェンを計ったことがみえみえの、オトナっぽいナンバー。こうした1年にも満たない短期間でこれだけ髪型やルックスがコロコロ変わる&統一感のない楽曲群…これこそが東芝魂の特徴だったりするのでありまする。(笑)

夕紀さんと言えば…

大手の渡辺プロダクションの所属、レッツヤンにおけるサンデーズのメンバー、明治ポポロンのCMにもご出演、「クイズ!ドレミファドン!」でアシスタント役、etc

これだけ八面六臂のご活躍をされ、知名度に関してはバツグンのソレを誇った夕紀さん。そんな彼女が、これまでの‘ぷちイメチェン’とは大きくカケ離れた‘でかイメチェン’をカマし、引っさげてきた楽曲が、表題の「ワル!(泣くのはおよし)」だった…というワケなのである。

この楽曲の作詞をされたのは松本隆氏、作曲は都倉俊一氏という、歌謡曲ワールドの大御所を起用したという気合の入りっぷり。松本センセイは夕紀さんのシングル第3弾だった「第一印象」から3作品続いてのご提供と、センセイも「夕紀になんとかヒット曲を!」とでも思いながら書き続けられていたのだろうか。都倉センセイとのつながりは夕紀さんがご出演されていたレッツヤンにおけるサンデーズからか。しかし夕紀さんが都倉センセイの作品を唄うのは、意外にも今作品がお初となっていた。やはりこちらも「知名度はあるのにヒットの出ない夕紀に…」という思いからのご参加だったのか、おそらくは。

この曲はそのタイトルが語るように…純情ウブな少女を泣かせた‘ワル’の物語。この彼がその純情ウブと出会い、どうやら‘お持ち帰り’をしたらしい。たった一晩だけのつもりがいつのまにか…そんな一幕を綴った作品となっているのである。

こういった内容の曲だもの…もうイントロの時点からしてそれまでの夕紀さんソングとはかけ離れているの。なんといってもここの白眉は夕紀さんのフリツケにある。舞台での立ち振舞いだって、なんだか随分と堂に入ったもので。それこそお股のお開き加減だってデビュー当時のソレとは様変わりな大開き。しかも衣装だってこれまでの彼女のとは明らかに違う印象の、実にセクシーな黒スリップドレスだもの。この時点で今回の変身劇に関して陣営と夕紀さんがいかに気合を入れまくっていたのか、そんな匂いがしこたまに立ち上ってくるのである。で、そういったお衣装に身を包んだ夕紀さんは…

♪タラ〜タラ〜タラ〜タラ〜タラタラタラタラタラタラタラタラ

西洋のお化け屋敷?とおぼしき不気味な旋律を刻むイントロ部分において、なんともまぁ!夕紀さんったらマイクのコードを使いスリップドレスの裾をスルリスルリと持ち上げてゆくの、きゃ〜驚嘆!!アイドルがこんなことしていいのぉ〜と言わんばかりの展開に絶句でゴザイマス。デビュー曲で♪6年たったら〜わ〜たしどうなるかしら〜なんてキャワゆく純情可憐に唄っていたム・ス・メがあっという間の大変身をカマしたのである。この変貌には当時ビックリコンコンだった…なんて読者の方も多いかと思われ。これこそがイメチェンの極意…ソレに他ならないのでありまする。(笑)

♪たった一晩 つきあったから
 それで恋人顔する気か
 爪を切るのよ 髪をとかすのよ
 僕を天使にかえるつもりか

しかも歌詞はいわゆる‘ぼくモノ’と呼ばれるソレ。これは女性歌手でありながら歌詞が男性側のキモチを歌うもので‘ぼく’という呼び名を使用して唄われる楽曲のことを指す。夕紀さんったら、これを気合が入りまくった(←入りすぎ?)歌唱法でこれでもか!と唄うの。ソレはちょいとクドいくらい…でもある。でもそんな夕紀さんの気合の入りっぷりはとどまるところを知らず…

♪ワル!ワル! 町中がぼくの名を呼んでる
 ワル!ワル! 君だけにかまってはいられないが
 どしゃぶりみたいな涙に
 ほとほと 手をやいちまう

本サビに行く前のこの部分だってスゴいんだから。デビュー時の‘清純派’夕紀さんをご存知の輩にとってはまさに「少女に何が起こったか」状態か。あぁ、あのドラマでキョン2が演じた少女の名も‘ユキ’だったわね、そう言えば。この歌における夕紀さんはなんだかもう歌詞の世界に入り込み過ぎちゃって自己陶酔気味?といった風情も無きにしも非ずだったりで。でも歌唱力に関しては当時アイドルの基準を考えたら相当のモノ…さすがはサンデーズで鍛えた&都倉センセイのお墨ツキだけのことはあるソレなのでありまする。そんな気合炸裂の夕紀さんはこの後も…

♪泣くのはおよし 泣くのはおよし
 近頃 涙は 絵にならないよ
 泣くのはおよし 泣くのはおよし
 心がうごいて しまうじゃないか

と雄叫び唱法をカマし続けながら、最後の最後まで手抜き一切ナシの気合歌唱をご披露し続けるのでありまする。

ちなみにこの楽曲の編曲を担当されたのも都倉センセイ。センセイお得意のオーケストラ風サウンドを駆使したオドロオドロ&ストリングスによる歯切れ良しなエンディングなど…実にパンチ力にあふれる1発となっていたりもする。

それにしてもこのお歌に出てくる純情ウブな少女。その彼女の特徴を下記にまとめてみたので見て欲しい。

●どしゃぶりのように泣きちらす
●髪にリボンを装着
●愛という言葉を信じてやまない
●泣き落としを必殺技とする
●駄々っ子みたいに座りこむ

あらまぁ!同性からは毛嫌いされそうな…♪あなたはナンバーワン〜状態かしらん。それにしてもこれらが確信犯として実行されていたのならば、この純情ウブもかなりの‘ワル’のようでゴザイマス。ワルと呼ばれた彼とこの少女…類は友を呼ぶではないけれど、ピッタリコンコンの組み合わせなのではないかしらん、おそらくは。(笑)

ちなみに筆者…コレを歌う夕紀さんのナマウタ体験がゴザイマス。場所は家族で見に行ったレッツヤンの公録、ということは渋谷のNHKホールだった…ってことになるか。まぁ、その時はそれこそ夕紀さんの迫力あるお声が会場いっぱいに響き渡り、すんごい迫力を感じたものでゴザイマス。それ以来、筆者における想い出に残るチューンのベスト5あたりにゃ必ずランクインしてしまうという…いやはやコドモ時代の刷り込みってのはものスゴイ効力があるようで。この楽曲自体の知名度も夕紀さん本体と同じくかなりのモノであると推測できるのだが、これだけ知られた楽曲が、実はオリコンのTOP100にチャートインしていないという事実。これにはビックリコンコンでゴザイマスよね。で、もって夕紀さん全体における楽曲が1曲とてオリコンのソレにチャートインしてないってのも…なんだか輪をかけて‘ビックリコンコンコン’となってしまう事実だったりもするのでゴザイマス。まさに…

♪泣くのはおよし 泣くのはおよし

こういった世界観なのか、夕紀さんにとったらば。この出来良し&夕紀さんによる迫力の一発はぜひともチャートインして欲しかった&埋もれさせるには実にもったいなか〜な1曲なのでありまする。当時、このレコードを買わなかった〜というそこのお方!そんな貴方サマは…

♪ワル!ワル!

でゴザイマスわよ。(笑)

で、この表題曲後の夕紀さんはというと…

「恋人たちの季節」(都倉センセイ作曲による正統派バラード&「ときめき十字星」挿入歌)
「バイ・バイ・ボーイ」(洋楽カバー&はじけるアイドル風)
「ホットリップス」(髪をショート&色香あふれるお衣装でセクシー熱唱)
「浮気ならいいわ」(←ノーコメント^^;) 

と…その歌手人生をイメチェンに費やし‘気を吐きまくった’のでありまする。どうよ、この統一感の無さ加減。イメチェン大賞の栄冠は夕紀さんにキマリ!か、おそらくは。

☆作品データ
作詞:松本隆 作曲:都倉俊一(1978年度作品・東芝EMI)

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