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書庫【資料】キャッチフレーズ辞典

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さてさて、数えて23回目を迎えました「キャッチフレーズ辞典」。

毎度ご精読いただきまして、誠にありがとうございまする。今回の更新は前回のソレよりも間延び感はウンと短くなりましたデショ?ワタクシメにとりましては、これでもかなりス早い更新速度なんだけど。という大胆宣言をよそに、ココでかなりの割合の読者さまより「はっ?」という仰天のおコエがこ・だ・ま?それこそ書き手側における「勝手にさせて」とばかりの更新頻度に♪ジーレジレジレ…と業を煮やしている方もチラホラなのかしらん、ナゾ。コレに関しましては深くお詫びを。(笑)

それはそうと、「勝手にさせて」&ジーレジレジレとくれば…そそっ、この方しか該当いたしませんことヨ。

加藤香子(キョウコ)さん

それぞれ単品であれば該当する方も…が、しかしそれら両方となればこの方を置いて他なりません!といったところでアリマシテ。

ってなワケで今回はココにコジつけ、いつものようにキャッチフレーズ考察をカマしてみたいと思うのでありまする。

そもそも、加藤香子嬢における芸能界デビューのきっかけとは?

「第2回 ミスマガジン優勝」

そそっ、コレでゴザイマシタね。ちなみに同大会において“いの一番”にその栄冠を手にしたのは、伊藤麻衣子(現:いとうまいこ)嬢。こちらはご本体が現役バリバリということもあり、世間一般的にもその認知度はかなり高いのかと思われ。そして、その同大会における2番目の旗手が、今回の主役である加藤香子嬢だった…ということになる。

香子嬢は大勢の応募者の中からふるいにかけられまくっての優勝だったそうで、これは素直にスゴイ!と賞賛させていただきたいトコロ。それだけ彼女が多くの読者を魅了したということに他ならないのでありましょう。なお、前回取り上げました南野陽子嬢もコレの一派?という勘違いが横行しているようでありますが、彼女はソレに該当せずということを改めて書き記しておきたいと。自ら出版社に売り込んで云々という、驚嘆の武勇伝と共に脳内へシカリと格納していくことにいたしまショ。

ところで、香子嬢が歌手デビューするにあたり、宛がわれたキャッチフレーズとやらがコレなの。

大胆したい

短っ…いかがなもんでショ。

そもそも、アイドル歌手のキャッチフレーズと言えば、その本体のキャラクターや特長等を形容したものが主流だったかと。しかしながら、加藤香子嬢のソレはなんたる「大胆素敵」。あとくされが残るのはイヤっ!違う女の子になってみたいのよ!とばかり?それこそデビュー曲になぞらえたような直球勝負。それこそ

♪ジーレジレジレ 臆病ね

「誰もやんないならアタいがやるわ!」くらいの、威勢の良さを漂わせますかしらん?しかも「大胆したい」というフレーズは、彼女のデビュー曲「偽名」の歌詞からそのまんま拝借。コレ以前をふりかえると、歌詞から拝借系のキャッチフレーズでデビューしたアイドルさんはチラホラと存在。しかし「大胆したい」というお言葉ひとつで賭けに出た陣営側の魂胆こそが、「大胆したい」この上ナシにも思えてきたりで。最初からそんな大バクチしちゃって大丈夫かい?といった懸念をよそに、悪女バイブルちっくなコメンテーターの方からは「手を抜いただけでは?」なんてご意見も頂戴しそう。(苦笑)

加藤香子嬢のデビュー年度は1984年。時は中森明菜嬢が「月の女王」として天下取りに成功され、それまでアイドル王国の女王として君臨してきた“あの方”すらをも飲み込もうとしていた頃である。それこそ、明菜嬢を模したようなアイドル歌手や楽曲がひしめきあい、まさしくソレは雨後の竹の子のごとし。そして、香子嬢の場合は所属したレコード会社もその女王と同じくワーナー・パイオニアとキたもんだ。ソレに加え、どこかニタピロな風情を漂わせる香子嬢のビジュアルも、社がソレの後ガマとして売り出すには好都合だったはず。なにせ同社にはすでに敵国女王の後ガマみたいなアイドル(倉沢淳美嬢)が存在しており、デビュー曲を大当たりさせ気を吐いていた最中。この状況下で社が「リ〜チ!」とばかりに、明菜の後ガマ製造に着手したかった思惑は、容易に理解できるトコロか。社としては願ったり叶ったり?の重要局面だものネ。

このようなキャッチフレーズなんだもの…そのプロモート方法だって「大胆したい」ロードを大爆走!

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綴じ込み型のデビュー告知カラー広告のおもて面。6月デビューとはいえ、先立つものはかなり注がれていたことが伺える。色っぽく、そしてキュートなお顔立ち。
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デビュー日に先駆け、6月3日に記念イベント「香子DAY」開催。なんと1日に名古屋、大阪、東京の三都市を股にかけたハードスケジュールをこなした模様。香子嬢、お疲れさま。「やっと逢えたね...キョーコ!」という、当該イベント用?とおぼしきキャッチコピーも垣間見られる。

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発売日近辺に掲載されたモノクロ広告。右はしに赤植字でクッキリ!「大胆したい」の文字を見よ。
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上記カラー広告を開くと見開き型でお目見えする「大胆したい」水着写真。誌いちめんを大占拠しての掲載。

青少年の諸君には刺激が強すぎますかしらん…水着のお写真。

♪させてあげる 裸の恋よ

まさしく「大胆したい」そのものを表現したもの?これらはそのコンセプトでグイ押しされていたことが伺える資料ということに。たしかに香子嬢は色香が漂うチャーミングなお方ではありましたけれど、それとてデビュー曲からいきなり大胆ポーズを誌いちめん占拠で大公開ってのもネ。やはりある程度は

♪ジーレジレジレ

とばかりに…ジラす戦略も必要だったのではないかと。♪似たようなこと誰でもしているのヨ〜がトレンドなご時世が故のコンセプト…コレは理解する。が、しかし、駆け出しの新人アイドル歌手に対しては、いささかやりすぎてしまった感も?なにせいきなりコレやっちゃうと後が続かないじゃない。手持ちの駒、残ってらっしゃいますぅ?みたいな。香子嬢はアイドル歌手としてデビューするにはご年齢的に遅め。だからこそ陣営は焦燥したのかもしれない。そもそも最初からソコを狙いうちならナットクなのだが。その割りに歌番組では水玉模様のお召しもので身を包み、アイドルちっくなご風貌で熱唱^^;。ワタクシメ的にはコチラの香子嬢のが「好きよ」でしたけれどもネ。

その後の香子嬢と言えば

♪大胆したい〜〜

その懸念が的中したかのよう?「大胆したい」なるお仕事へまっしぐら。ソレが香子嬢のご英断によるものであったのならばヨロシュ〜ゴザイマスがネ。第三者による「勝手にさせて」な決断だったのであれば

♪大胆したい〜〜

ソレをさせるにもほどがあるというものヨ。そうであったのならば、香子嬢にココロよりご同情申し上げたく…。

ってなワケで今回の「キャッチフレーズ辞典」はこれにてお開き。

♪大胆するわ〜〜

っとばかりの放談にまたまたお付き合いいただきましたこと…この場をお借りしてお礼を申し上げまする。大胆づくしで疲れましたワ。(笑)

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さてさて、またまた間ノビしてしまいました「キャッチフレーズ辞典」。

それでも、楽しんでまぁ〜す系のご感想ならびにご意見も有難いことに頂戴しておりまして^^。ってなワケで…待ってくださる方がいる!ならば更新しないといかんナと思った次第でアリマシテ。そういう大義名分がないと更新しないのか!という怒号もチラホラかしらん、ナゾ。

気づけば2015年も6月を迎え…ってかもう終わりに近づいてるじゃないのっ、滝汗。なのに今月は一度しか更新できてないというお粗末っぷり。まったくもって「恥ずかしすぎて」な状態でゴザイマスよね、ゴメンなさい。

それはそうと、今から遡ること30年前の6月23日と言えば…

南野陽子さん

そそっ!この方のデビュー記念日でもあり、また、お誕生日でもゴザイマスよね。その30年前のデビュー時には、誕生日にデビューする云々という宣伝文句が各誌に躍ったものでゴザイマシタ。なにはともあれ、ナンノお嬢さま…お誕生日おめでとうございまする。

ってなワケで、今回はココにコジつけ、例のごとくキャッチフレーズ考察をカマしてみたいと思うのでありまする。

改めまして…南野陽子嬢のデビュー日は1985年6月23日。やもすれば新人賞レースがその火蓋を切ってしまうような頃合いである。彼女のデビューにおきましては、華やかな尾ヒレや目ヒレは一切合財ナシ。所属レコ会社こそCBSソニーという大手ではありましたが、さほど恵まれたデビューとは相成らずだった模様。いわば“イチオシ”としてのデビュー時期(当時の基準)はとうに過ぎた頃であるからして、ご本人もご不満プンプンだったらしい。まぁ、この件に関しては、本人自ら「うらみ・ます」のごとく?よくコクってらっしゃいますよね。(笑)

デビュー当時の陽子嬢は「週間ヤングマガジン」や「少年マガジン」などにおいてグラビアを飾る機会も多く、ソレ系のご出身?という勘違いもチラホラ。いえね…実際のところは、陽子嬢ご自身による積極果敢な営業活動の賜物でアリマシテ、ミスマガジンでもなんでもないのである。つきましては、ここのトコロお間違えなきようお願いしたく。(笑)

さて、そんな陽子嬢が歌手としてデビューするにあたり、授けられたキャッチフレーズとやらがコレ。

純だね、陽子。

どうでしょ、お気に召していただけます?

ワタクシメ的には的を射たソレであるのではないかと…満足ではありますがね。しかし、このようなキャッチフレーズになった経緯に関しては存じ上げず。が、いつもの妄想癖をフル回転させた結果、もしかしたらココから派生したのでは?と思えるエピソードがいくつか。

●芸能界にはさほど憧れはない
●歌手になる気もない
●レコード会社のオーディションでも歌唱を拒否
●デビュー曲のレコーディングにおいても恥ずかしがる
●ソレを見ていた作詞家が「恥ずかしすぎて」へタイトル変更

このような素行の陽子嬢を、ハタで見ていたスタッフさん達。そして、彼等の脳内イメージとして形成されていったのが、いわば「純だね、陽子。」…コレだったのではないかしらん。要はすれっからしでない女の子だ!コレを主張したかったのではないかと。

ちなみに、そのすげ替えられたというデビュー曲のタイトル…コレは「天使のハンカチーフ」でゴザイマシタ。コレを読んでらっしゃる方々の多くは、こんなのとっくにご存知のことかと思われるが、念のため。でもってこの没タイトルはその後、井森美幸嬢のB面曲(同作詞家)のソレとして…♪はじぃめてのぉ〜顔をしぃてぇ〜シラっと再生されたのでありました。

また、これのオマケとして、南野陽子嬢デビュー曲B面に収録の「さよなら、夏のリセ」が同じタイトル(注:「、」はナシ)にて、別作家作品として河合その子嬢の曲で使用されるという…ナンノは再生援護クイーンだったのかしらん、ナゾ。(笑)

なにはともあれ、上記の背景をからめて考察してみれば、このキャッチフレーズは陽子嬢にピッタリコンコン!いわゆるお誂え向きと言われるソレだったことが伺えますでショカ。

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デビュー告知用の広告。6月23日のお誕生日にデビュー!と銘打ってある。特典としてピンナップジャケット。追加プレゼントとして「1 week pin-up」が先着3万名に。但し"レコード店で購入の方に限り"というお約束ごとも。チャート上位狙いの策か。
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両面ジャケの裏側。オモテジャケとはちょいと風情の異なる憂い顔。
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先着3万人だけがゲットしたらしいピンナップフォト。しめて7枚を切り離して使用。趣きの異なるナンノを夜な夜なとっかえひっかえ可能。男子諸君にはさぞかしウレシイ?魅惑のカード。

それはそうと…彼女がご不満だったというデビュー時期。ふむ、たしかに文句タラリ子になるのは頷けるというものヨ。なぜなら、陽子嬢が所属したCBSソニー(EPICソニーも含む)からは

網浜直子、松本典子、セブンティーンクラブ、藤原理恵、渡辺美里、ルック、村田恵里、チューブ、四方堂 亘…

こんなにたくさんの方々が6月23日以前にデビュー。しかも、この年度のソニー社期待値100%アイドル娘、松本典子嬢におきましては3月に早々とデビューだものね。そそっ、南野陽子嬢が憧れていたという“イチオシ”時期のデビュー。こんな風にライバルたちが次々とデビューしていく状況下、陽子嬢としてはそりゃ心中穏やかでないのは目に見えるトコロでもアリマシテ。それこそ

純だね、陽子。

が、なにやら好ましくない方向へと転じ

「順番だよ、陽子。」

こんな風にぞんざいに扱われ後回し?されたのであれば、お気の毒。いえいえ…決してそんなことはゴザイマセンよ。デビュー時の販促ブツをご確認いただければ、ソレが事実でなかったことくらいお分かりいただけるはず。だって結構チカラが入っているようにお見受けいたしますもの。

なにはともあれ…その後は飛ぶ鳥を落とす勢いでトップアイドルの仲間入り。デビュー日がイチオシ時期だったかどうかなんてどうでもよくなるような、破竹の快進撃を見せてくださったもの。

♪そらさないで そらさないで 見つめるのよ

こんな風にしながら、布教もご成功?むふっ、まるでどっかの怪しげな教祖さまみたい。(笑)

ご本人自らが買って出ていたという、営業活動も功を奏したに違いありませぬ。

♪今よチャンス

そそっ、まさにそのとおり。幸運は自らの手でおびきよせないとネ。その結果、南野陽子教における信者数はうなぎのぼりに。そして、その後のご活躍…コチラに関しての説明は一切不要〜でゴザイマスよね?

ってなワケで、今回の「キャッチフレーズ辞典」はこれにてお開き。またまたお付き合いいただきまして、ありがとうございましタン。

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さてさて…やっとこさ20回目の大台を迎えたと思いきや、すっかりゴブサタになってしまいました『キャッチフレーズ辞典』。更新がノロくて誠に申し訳ゴザイマセぬ。

それはそうと、本書庫におきまして以前に取り上げました高橋美枝嬢の記事内容は憶えてらっしゃいますでしょうか?ってか「そんなもんイチイチ憶えてられっか」くらいの怒号が飛んできそうな気配もチラホラか、ナゾ。しかし、出鼻くじかれたくらいで引き下がるワケにもいかんもので、このまま続行とさせていただくことにいたしまする。(笑)

ところで高橋美枝嬢と言えば、そのデビューに際しての豪華なお膳立てが語り草でゴザイマスよね。しかし、「にもかかわらず...」ってのが付随してしまうのが玉にキズ?それこそ美枝ファンの大代表を名乗るワタクシメといたしましては、「かかわらず?で、なにか?」とカミつきたくなるというものヨ。(苦笑)

でもって今回ご紹介するこのアイドルさん...実はこの方も高橋美枝嬢と同じ○の、、、コラっ...失礼ですがな、そんな言い方。まぁ、とにかく進めていくことにいたしまショ。

そのお方とは...

山口かおりさん

なのでありまする、ジャジャーン!

はて?山口と言えばあの方?まぁ、たしかにおっしゃるとおりでゴザイマスし、山口香と言われたら「あの柔道の?」というのも定番アンサーか。いや、違うデショ...アイドル歌手のコでサ〜いたじゃない!と言えば、今度は?(ハテナマーク)が飛び出しちゃう恐れアリだから「困るのことヨ」か。

でもネ、山口かおり嬢はアイポファンの間じゃその評価もお高く...しかし、その割りにお名前の浸透度はイマイチ?そうネ、ただただ運がおワルかっただけなのカモ…そそっ、ただそれだけのことなのヨという感じ。ではそこら辺のトコロも絡めての解説と参りましょう。

山口かおり嬢は原宿でビーイング系列(注:あくまでも系列)の関係者にスカウトを受ける。その後1年ほどレッスンに時間を費やしたものの、なかなかデビューの機会は訪れずじまい。そしてなにやらおよろしくないトコロからのスカウトを受けてしまったことに気づかれたらしく、どうにかこうにか人づてにより他事務所(原プランニング)へ移籍。ココは武田“貝殻”久美子嬢、おニャン子入りを目前で逃した小原靖子嬢(後の相原勇)、映画「パンツの穴」主演で名を馳せた山本陽一クンなどが在籍したプロダクション。ってなワケでようやくマトモなマネージメントにありつき、雑誌「上級生」のイメージーガールに。その後はトントン拍子でアイドル歌手デビューを果たされたのでありまする。この時、かおり嬢は17歳...お誕生日が1月だったため、デビュー(1985年11月)してすぐ18歳に。

デビュー曲のタイトルは「フィフティーン・ラブ〜口唇の秘密」。

山あり谷ありを乗り越えながら、ようやくアイドル歌手としてデビューするに到ったかおり嬢。そんな彼女におけるデビュー時のキャッチフレーズが

か・お・り・が・素・敵...

コレだったのでありまする。

えっ?あまりにフツーでヒネリなし?などと思ってしまいがちか。しかし、お名前の「かおり」と芳香を意味する「かおり」をカケてるのではないか?とスイソクしてみれば、なかなか素・敵...に思えてくるもの。また、一文字ごとに「・」が挿入されている点も、80年代のか・ほ・りが香ばしいことこの上ナシ!といったトコロでありまして、これまた素・敵...でゴザイマスよね。 

デビュー告知用のチラシ内容を観察してみると、ソコには抜かりのない可愛らしさをお披露目するかおり嬢が。

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デビュー告知用のチラシ。ブロウの効いたおグシに、先人が敷いた憂い顔でキュートに写るかおり嬢。

彼女がデビューした1985年の末頃と言えば、すでにこのテのおグシ(いわゆる初期の聖子カット)は廃れはじめていたとキオクするのだが、そんなことはどこ吹く風?先人が敷いてくれた道をつらぬかれていたご様子。それこそ「IDOL細胞はありま〜す!」とノタまわんばかり...高純度のアイドル性を誇示したのである。要はこのキャッチフレーズ…そのご風貌や声色など、かおり嬢が放つそれらすべての「か・お・り」(芳香)が素敵...という意味合いを含んでいたのではないかとスイソクしてみるのである。

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白と黒の調和が素・敵...正統派アイドル候補No.1聖子カットもキメまくったワ!

それはそうと、ココまで読んだトコロで高橋美枝嬢との関連性とやらは?という疑問がアタマをもたげてくる頃合いか。

それではジレジレとジラすのはやめにして、ここら辺りで「まとめ」へ。

●正統派アイドル候補生として周囲の期待を背負う
●デビュー曲は三浦徳子&財津和夫コンビ←太陽の女王様を意識か?
●グリコ新製品とタイアップ!デビュー曲が商品名に。
●CMには本人出演+デビュー曲もコマソンとして採用
●これから冬になろうかという、おジミ時期(11月)のデビュー
●ご実家が美容院経営
●所属事務所にヒトの苗字が使われている(「原」と「尾木」)

ホラホラ!こんなにたくさんの共通項が揃いぶみナノ!かといって上から7番目のはいくらなんでもコジつけが過ぎやしませんこと?(笑)

グリコのコマーシャルに関しては、かおり嬢のデビュー曲(「フィフティーン・ラブ」)の題名がそのまま商品名に(注:実際の商品名は「15-0」(フィフティーンラブ)で「・」なし)、そしてコマソンとしても採用されてご本人も出演という、まさに彼女のために作られたような商品と言える。コレに加えて彼女はTVドラマ(「夏・体験物語2」)にもご出演…しかもかなり良い役ドコロで。ということは、その豪華さにおきましては、ある意味、高橋美枝嬢の上をイったのカモ...と。

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デビュー早々CMギャルに!テニス点数方式とカケてるのがニクイ!

これだけ贅沢なお膳立てが施され、順風満帆な船出だったのだもの...デビューの時点で「1986年の新人賞に一番のり!」なんて呼び声が高くなるのも頷けるというものヨ。それこそデビュー早々にかおり嬢のファンになられた方々にとりましては

♪わたしの中のあなた〜大きくなっていたのですね〜

「か・お・り・が・素・敵...」なワクワクが止まらなかったことでしょうよ、おそらくは。

が、しかし...

↑のお菓子が販売ナシよ〜でCMは打ち切りに!あらら…こんなトコまで高橋美枝嬢に追従しなくても...滝汗。当時の雑誌記事には「近畿・中部地方でCMオンエア開始」「関東では1月8日からオンエア予定」という記載は見られるものの、関東ではお見かけしたキオクとやらはナシに等しい。そしてさほど話題にのぼることなく、当該のお菓子自体もオサラバになってしまった模様...泣っ。

そしてコレを皮切りにしたドドドのドミノ倒しが…!

なっ、なんと...所属していた事務所(原プランニング)が倒産!ガチョーン!!

かおり嬢のシングル第2弾は「め・ま・い3秒」でゴザイマシタが、まさかこんなコトでめ・ま・いが〜3週間?3ヶ月?3年?この辺りに関しては差し障りなければ(←あるわナ、ゴメン)、ご本人さまに当時のおキモチ詳細キボンヌだったりで。とにもかくにも、3秒どこの騒ぎじゃないソレだったに違いないかと思われ。コレに関しては高橋美枝嬢とのカブリは一切なく...更にヒドイ幕切れと言えるか。

♪恋というには〜あまりに〜も (ウウン)好き

いいえ...悲劇というにはあまりにも〜(ウウン)といった様相で、キライっ!

それこそ「フィフティーン・ラブ」(15-0)どころか、「フォーティー・ラブ」(40-0)の連続で、コテンパにやられまくった挙句のストレート負け〜コートでは大の字ヨン!そんな苦杯をなめさせられた後みたくメゲメゲか。

この後のかおり嬢はと言えば...またまた別事務所へ鞍替え。そして、その期間にはイメージビデオのお仕事なぞもこなし…。しかし、それからしばらくした後に人知れず引退してしまった模様。いわゆる「逸材」でゴザイマシタから、もったいのうゴザイマシタよね。

♪あれから季節が〜過ぎ〜

この悲劇から四半世紀以上が経過した「エメラルドの季節」な今...かおり嬢はどこでどうしてらしゃるのか。お元気ですか?そして今でも幸せですと言って下さいますか...どうかシアワセでいてほしい!若くしてこんなホロ苦な体験をされたのだもの。うんうん、きっと今でも

か・お・り・が・素・敵...

そのものでありましょうぞ。さまざまな試練を乗り越えた、ジュク熟期の素敵な女性として…ネっ。

ってなワケで今回の『キャッチフレーズ辞典』は…こんな思いを馳せながら、ここらあたりでお開きにしたいと思うのでありまする。この度も駄文にお付き合いくださいまして、ありがとうございましたン。

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さてさて、今回で20回目を迎えることと相成りました『キャッチフレーズ辞典』。

えっちらおっちらと…まったくもってノロい更新のため「あのコが出ない、このコはまだかい」などと気を揉んでらっしゃる方もチラホラなのかしらん、ナゾ。まぁ...ソコまで「PICA-PICA」と目立ちまくり注目を集めまくる書庫でもないような気もするのだけんど。それでも一部マニアな方々?からの評判も上々のようでもあるからして…ワタクシメも「気分はJOJO」となりましたトコロで、ひとまずはこのままコンティニュらせていただこうかと思うのでありまする。

でもって今回の主役はその「PICA-PICA」と「JOJO」にコジつけると、その線上にハッキリと浮かびあがってくるという…

徳丸純子さん

この方なのでありまする、ジャジャーン!とハデにファンファーレ〜というほど…アイドル歌手としての彼女はどハデな存在ではなかったはず?しかしながらワタクシメ等世代にとりましては、ニッポン国において純度の高いアイドル歌手が量産されていた時代のキラ星のおひとり…とでも表現しておきたいトコロなの。純子嬢…かつては色々と楽しませていただきましてありがとうございましたん。

それはさておき…徳丸純子嬢のデビュー日と言えば1983年3月21日でゴザイマシタよね。うほっ…アイドル歌手としては理想的?ピンクの花びらが今や今かと咲きはじめる直前…まさにイチオシ時期と言えましょう。そんな純子嬢における芸能界入りのキッカケと言えば…

「TDKレコード 金の椅子オーディション・歌手部門優勝」

コレでゴザイマシタよね。TDKと言えばそれまではカセットテープ等の生産によりオーディオ部門で名の知られた企業でゴザイマシタが、1982年には満を持して(?)レコード事業にも手をお出しになり…その第1号歌手は前年度の82年に「虹いろの瞳」でデビューした新井薫子嬢だったことは今更言うまでもないか。ってか純子嬢デビュー時期の薫子嬢と言えば…すでにヘンテコ&失速モードへ大突入中だったデショ?それこそよからぬ方向へつっ走りはじめた頃合いでしたもので、純子嬢はソチラ方面には続かない方がご懸命だったはず。(笑)それにしても同コンテストには女優部門なんてのも設けられていたとキオクしてるのだけんど…歌手部門の純子嬢と共に栄冠を勝ち取られた方とやらは一体いずこへ…?

なにはともあれ、このようなラッキーガールだった徳丸純子嬢のデビュー時におけるキャッチフレーズが…

伝えたい…純子のテレパシー

コレだったのでありまする。

これまで特集してきた前任者の方々(19人)におけるソレラと比較してみれば…なんだかこうヒネリが少なめというか…前向きに捉えてみれば「シンプル・イズ・ザ・ベスト」、後ろ向きに考えてみると(←そういう風に考える必要性はなさげだけんど)「おジミ」と言えるソレに該当するのか。サブキャッチ(であると推測)として「はばたけ’83のプリンセス」というのも存在したようなのだが、コチラもあまりにも普通すぎてイジリどころがないったらありゃしない。まぁ、所属レコード会社が設立されたばかりでホヤホヤ…ということもあってか、そういう意味ではこうしたものをこしらえるノウハウがややタリ〜ン状態だったのか、ナゾ。

でもネ…こんなおジミなキャッチフレーズでも、ヒトの頭により色々と思案がめぐらされた?とおぼしき痕跡を残してくれていたりするから興味深いところナノ。

まず、純子嬢とテレパシーのご関係についてから始めてまいりまショ。ここらあたりで読者の皆様からは「純子さんって『アンドロメダの宇宙人』だったの?」くらいの、それこそウィットに富んだ切り返しくらいは期待したいトコロ。いえいえ、でもソレってネ…ハズレなの。ゴメ〜ン。(笑)

テレパシーとの関連性はネ…実はこんなところに存在しているのでゴザイマス。

♪テレパシー信じるように なっているのです

そそっ、コレは純子嬢のデビュー曲「聖・ファーストラブ」に出てくる一節でゴザイマシタよね。純子陣営はこのキーワードにご着目され、ココとの括り付けをキャッチフレーズにてカマされていたご様子。って、わざわざエラそうにくどくど解説しなくとも誰もが恋DE狂い?もとい…誰もがソッコウDE気づきそうなもんだけどナ。しかも随分もったいつけた割りにコレだけかい!ってなツッコミが矢継ぎ早に飛んできそ〜な悪寒も。(笑)

まぁ、そう慌てずに…「急いては事をし損じる」と太古の昔から言い伝えられてきたではないの。そそっ、それでは気を取り直して…下に掲載したデビュー曲用プロモ広告をちょっくら見ておくんなまし。

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モノクロに黄色をコーディネート。おジミだけれども黄色がまぶしいため目にトビこんでくる効果アリ?モノクロのせいかご本体のお顔に翳りが生じているのがなんとも残念ネ。

デビュー曲用の宣伝媒体にしちゃモノクロだし、随分とおジミで安上がりな印象が漂うけんど?まぁ、たしかにネ…滝汗。

でも、この白黒ズリにあざやかなレモンイエローをコーディネートした理由とやらはお分かり?そそっ…コレも(おそらくは)純子嬢デビュー曲のココからに間違いないとスイソクしてみるの。

♪レモンの切り口から 宝石がこぼれる

レモンと言えば黄色…デショショ?こんなところにおきましてもそれなりのお仕事が成されていたことが伺えるというものヨ。

でもまだまだ驚くのは時期尚早なのでありまする。

続きまして、純子嬢デビュー曲の裏面…つまりB面のタイトルはご存知?

「あ・ざ・や・か娘」

ほほぅ〜これはこれは参りましたナ!だからあざやかなレモンイエローをメインカラーにしたのでゴザイマスね!

といくら感心したフリをしてみたところで…なんだかワタクシメの「ひとり上手」な「しあわせ芝居」でしかないようなキブンに…。だってひとりでしゃべってひとりで喜んでるおかしなヒトみたいなんだもの〜苦笑。

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デビュー当時の純子ロゴ。Junkoの「o」の中にハートは当時のアイドルにおける定番モチーフか。キャッチフレーズもキチント添えられている。
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3月6日にファンの集い、3月21日にデビュー発表会が催された模様。会場はどちらも当時の聖地のひとつ、池袋サンシャインシティ・アルパ噴水広場。
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ファーストアルバムの美麗ジャケ。本来の美人度がググっと表面化?

なにはともあれ…すべてがタブ〜もといすべてがおジミ〜な船出と相成ってしまっていたような徳丸純子嬢(失礼)ではゴザイマシタがね、あれから31年もの歳月が経過した今になって俄然きらびやかな光を放ちはじめたのヨ!

なっ、なんと来る11月に大阪の某所にて記念ライブを行うことが決定〜!しっしかもワンマン催行&同期の木元ゆうこさんも応援にかけつけるのですって!まっ、まさか…といったキモチは正直隠せないトコロだし、当該ライブにて一体どんな曲構成をカマしてくださるのやら…余計なお世話かもしれないけれどちょっと心配。でも大丈夫…なんといっても純子嬢のラインナップはシングル曲のみならず、アルバムのも傑作揃いでゴザイマスからネ…きっとステキな構成になることでしょう。今頃はアメリカのシアトルにあるというご自宅にて猛練習の真っ最中かしらん、ナゾ。

なんでもこのような運びになったいきさつとやらは、つい過日に小林千絵さまのお声がけにより行われたという83年組の同窓会(東京の某イタリアンレストランにて開催)での出来事だそうな。その時の色々が純子嬢のハートに火をつける結果になったとかで。まさに…

♪運命みたいな午後

こんなお時間を同期の皆様方と共有されたのでゴザイマスね?
アイドル現役時代には考えられなかった(失礼)、想定外とも言えるやる気マンマンモードにより…

♪PICA-PICAなの PICA-PICAでしょ

大変遅ればせながらではございますが、今まさにピカピカと輝きはじめた徳丸純子嬢なのでありまする。ご本人さまは当日に着用されるお衣装のことなどもしこたまご思案中とのこと…いっそのこと「聖・ファーストラブ」のヒラヒラ純白をタンスからひっぱり出してお披露目〜なんてのも期待してみたいトコロ。モチ経年による“黄ばみ”がなければ…のお話になるけんど。でも黄ばんでいたらいたでよいのでは?そしたら↑のプロモ広告と黄色づくしのトータルコーディネート!ということになるワケなんだしぃ…一件落着?(笑)

ってなワケで…色々とツッコまれる前に今回の『キャッチフレーズ辞典』はこれにてお開き!またまたお付き合いくださいましてありがとうございましたん。純子嬢、ライブの成功をお祈りしておりまする。

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さてさて、またまた間ノビに間ノ〜ビしてしまいました本書庫「キャッチフレーズ辞典」。

こうしてタラタラと日々をやり過ごし、やることもやらんと遊びほうけてばかりいると、一体どんな結末が待っているのか?それこそこのテのお話は、幼少の頃に「イソップ物語」などで散々ぱら読み聞かされたものでゴザイマスよね。だからこそ今はこうしてヒトの道から大きくハズれることなく、平穏無事に生きながらえているのでありまして。ってかワタクシメの場合はこんなドルヲタでマニアな性格が災いし?正常なヒトとしての道からは大きく逸脱してる可能性アリアリなんだけんど。(笑)

まぁ、ソレはさておき「イソップ物語」と言えば…

高野浩和クン

この方でゴザイマスよね。当書庫「キャッチフレーズ辞典」におきましてはお初!となる男性アイドルのご登場と相成りましたよ〜ジャジャーン!

ってかサ…ジャニの人気者だったあの方々のことすら一切合財触れてないブログだってのに、なぜゆえにいきなりこういう人選になるのか、全くもって思考回路がよくわからんワタクシメの頭脳ナノ。まぁ、いずれにしても今にハジまったことではないからして…「いいじゃないの幸せならば」ってことで、早速に進めて参りまショ。(笑)

高野浩和クンと言えば、TBS系列で1984年から翌年にかけて放映され大人気を博した青春ドラマ…

「スクール☆ウォーズ」

にて、病弱な少年役である...

イソップ(奥寺浩 役)

として一躍人気者になったお方。ドラマ内では森田光男役の宮田恭男クンや、川浜一のワル(大木大助役)を演じた松村雄基クン等を尻目に…

「ボールが生きている間はベストを尽くさなきゃ。最後まで諦めちゃダメだよ。」

「小さなひとつひとつのプレー大事なんだよ。先生がいつも言ってるじゃないか。どんなことがあっても諦めない心。それが大きな勝利に繋がるんだって。例え負けると分かっている戦いでも、最後の最後まで戦い抜く。それが男だろ!ラガーマンだろ!」

こんな説法までおタレになり、いつのまにかチームメイトを指導する立場に。(笑)しかしまぁ…やるなぁ、イソップ!といったトコロでゴザイマスよね〜。いくら雄が基本のお方がお相手のひとりだったとは言え、かなりの強気モードでガンガン突いてくるんだもの〜イヤン♡、以下自粛…。でもおっしゃっていることはごもっとでゴザイマスよね、ワタクシメもこの名言を肝に銘じ、男らしくガムばりますワ…小さなことからコツコツとネ。

なにはともあれ、この劇中では主役陣を喰ってしまうほどの人気者に!ということで、当時の音楽業界がほうっておくワケもないのは言うまでもなく。まぁ、あの時代ってのは歌ってナンボ…そんな頃合いでゴザイマシタものね。それこそ猫も杓子も歌歌歌…だからこそこんなヒトがあんなお歌を!という盤が存在しているのでゴザイマスよ。(笑)

そんな時代でゴザイマシタから、ドラマで人気者になった高野クンにも白羽の矢が!でもってそのレールを走らされることになり、歌手としてのデビューは1985年3月25日。デビュー曲はズバリ言うわよ!とばかりの…

「イソップ物語」

ちと狙いすぎたかしらね、ナゾ。だけれどもコレがなかなかの傑作!なんだから。熱き青春がほとばしるぅ〜といった風情がムンムンのポップスで、あたかもドラマの一幕でも見ているかのような出来栄えだったりもする。歌声はやや苦しげではあるなれど、ソレがまた青春のもがきや苦しみを表現できているかのように感じ(コレは単に錯覚とも呼ばれるモノなのかしらね、ナゾ)てくるからあなどれないのでありまする。素人のカラオケレベル〜とかって評されちゃうとそれまでのコトなんだけんど。(笑)

でもってその際のキャッチフレーズとやらが…

甦れ!イソップ

コレだったのでありまする。ちなみにサブキャッチはこんな風。

ひたむきな青春。「スクール☆ウォーズ」で人気爆発!あのイソップが今、甦る。

そもそも例のドラマ内では、病弱の身で明日がやってくるのかわかりません…という状態の少年役。だからこそそのイメージを絡めに絡めたキャッチフレーズを陣営はこしらえたのではないかと推測。ってか、かなり意識しまくり!といったトコロでゴザイマスものね。

そして、デビュー時のプロモ用広告には高野クンを応援する熱きメッセージが、こんな風にツラツラと並べたてられておりましたの。

○原朋子さん(中2)「私のクラスで一番はやってるのが、「イソップ」の話題です。」
○島加代子さん(中3)「高野君を見てとても感激しました。入試にあなたのサインをおまもりとして、もっていきたいと思います。」
○丸千恵美さん(13才)「イソップの役、カッコよかった。笑顔が好きです。…夢は浩和君の奥さんになること。」

あいにく最後のお方の夢は引き裂かれたようでゴザイマスがね...泣っ。

ってかコレラってホントに実在する人物が送ったものなのかしらん、ナゾ。まさか通販広告でよく見かける「全国から寄せられた絶賛の声」ってのと同類じゃないでしょうねぇ。(笑)それこそ「このメッセージは本当に私が送ったものです!」というご本人コメが来るのを期待してやまないといったトコロでもありまして。

イメージ 2
デビュー時のカラー広告。徳間音工→徳間ジャパンへ改名した社のやる気マンマンが垣間見られるデザインか。背景にはファンから届いたことを想定?した封書などの画像がこれでもかと。右中央にはマルベル堂社員からのプロマイドが売れて売れてウレシイ悲鳴〜とやらのメッセージも掲載されている。

こうした大きな期待に応えて歌手デビューを果たした高野クン。しかし歌の世界はなかなか厳しかったようで?ドラマの中で得られたような人気を歌の世界で獲得することはならず、残念無念!彼が残した盤というのは、このデビュー曲とアルバム1枚ポッキリなんだもの。だけれどもLP盤は「HIROKAZU」というタイトルで発売され、なっなんとフルアルバムだったりもするから意外とスゴイのね〜高野クンといったトコロか。だって少なくともオリジナルチューンが14曲もある!ってことになるのですから…大したものでゴザイマスよね。ご本人様にとりましてもこのデビュー曲とアルバムは、青春時代の記念品扱いになっていることかと思われ。

ワタクシメ的にはドラマの頃から高野クン応援派ではゴザイマシタがね。だけど常にソレに反する派というのも存在するワケでありまして。とあるプロのボイストレーナー様は…

こんなんじゃ女の子にも負けちゃうヨ

こんなにも手厳しいお言葉を高野クンめがけてお投げつけ。センセイったら…ちょっとあんまりではないのサ!そこまで激辛のコメントしなくたっていいではないの〜もっと温かな目で見守ってあげてほしかったものでゴザイマシタよ。それこそ当のご本人である高野クンには…

甦れ!イソップ

叩かれてもナジられても…甦れ!男だろ!!の精神でガムばってほしいトコロではゴザイマシタがね。しかしながら、いかんせんご本人様の芸能界に対する執着が…

青春時代の記念

このようにカ弱かったこともあり、甦ることなくそのまんま撃沈!

♪ぶきっちょな ありきたりの青春だけど

まさにこのとおり…ぶきっちょでありきたりな芸能活動になってしまわれたようでゴザイマス。

このように芸能界からは早々とサバラされたけんど、その後の人生は順風満帆?某おカツラ企業にご就職され今でも変わらずご就業中とのこと…それこそ「イソップ物語」のエピソードである「アリとキリギリス」のアリさんのごとし、コツコツと堅実な人生を歩まれているようでなによりでゴザイマスよ。そして…

♪胸はヒーローより 熱い

長らくの独身生活の後、つい最近になって16才も年下の若いお嫁さんをゲットされたとのこと。

♪俺なりに 君を恋して 愛しているよ

あらあら、うらやまシュ〜ゴザイマスよ。歌手デビューから29年!それまでのコツコツな歩みはもとより、ヒーローよりもお熱い胸の内をお披露目してくださるなんて!やるなぁ、イソップ!!男気タップリコンコンでステキでゴザイマスよ!!!

ってなワケで…今回はこの祝福ムードのままお開きとさせていただくことにいたしまする。

「キャッチフレーズ辞典」にまたまたお付き合いくださいまして、ありがとうございましたん^^。

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