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書庫【資料】キャッチフレーズ辞典

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さてさて、今回で13回目を数えることになりました『キャッチフレーズ辞典』。幾人の方々からは「好評!」とのお声を頂戴いたしましたので、ひとまずはウレシク続行とさせていただきたいと思うのでありまする。

でもって今回の主役はこのお方。

岡村有希子さん

はて?そのお方ってたしか前回やったんじゃ???いえいえ…

「岡田」じゃなくて「岡村」

なの、ジャジャーン!とハデにファンファーレったところで、ご存じない方にとりましてはおキツネさんにつままれた状態になってしまうのかと思われ。有希子と言えばどうしても「岡田」として脳が反応してしまうのはいた仕方がないところ。だけれども巷に渦巻く大きな誤解を解く意味でもココでハッキリさせておこうじゃないのサ!と...需要があるのかないのか全くもって手ごたえなき中でその重責を担わせていただくことにいたしましたの、キリッ。(笑)

さてさて、今回の主役である岡村有希子さんがデビューしたのは1984年1月25日。ってことは世間一般で認知度のお高いもうひとりの有希子さんのデビュー日から遡ること約3ヶ月も前…の出来事ということになる。この時点でこのお名前によりデビューをカマされていたのであるからして。このことから「ニセモノ」ではなくってよ!という証明がココでビンビンとおっ立ってくるワケ。

でもって彼女に付けられたニックネームは…

ユーリン

実はコレ…タモリさんが名づけたモノということになっている。芸能界に入ってきたばかりのユーリンこと岡村有希子さんとタモリさんがどこでどうなっておつながりを持たれていたのか…コレも岡村有希子というアイドルをナゾめいたものにさせている所以なのカモね。ユーリンなんていかにもアイドルちっくでキャワゆい響きを持つソレであることは言うまでもないのだが、実は日本のお外に存在するお国の言葉では、ソレがとんでもない意味を持つ単語ってことも一部の皆様の間ではすでに認識済かしらん、ナゾ。

そんなユーリンがデビューするにあたり与えられたキャッチフレーズがこちら。

夢 見 る リ セ エ ン ヌ

リセエンヌとはフランス語で「フランスのリセに通う女生徒」のこと。そそっ…よくリセリセって略して使われているアレ…とたまたま知ってるからってエラそうに解説しなくても知っとるワイ!という怒号もチラホラ?

でもってユーリンのデビューにおいて敷かれたコンセプトはフレンチポップス(←ハレンチじゃなくってよ)というもの。ココをかなり強調したかったのか、キャッチフレーズはリセエンヌ、デビュー曲のB面は「パリ行きエアライン」、そしてデビュー告知用の広告には…

Rolling 60’s、ドゥリーミン・エポック、ラジオやTVショウのベストテン・プログラムでラテン・ポップスが輝き放った時代……束の間忘れ去られて……‘アイドルを探せ’シルビー・バルタン、‘夢見るシャンソン人形’フランス・ギャル、‘つばめ’‘夢見る想い’(以下、曲名がズラリと並ぶので略)そして1984、シーンは彼女の上に輝き始めた。ニュー・フレンチポップスのシンガーアイドル、岡村有希子。ユキコは、フレンチポップスが大好きでフランソワーズ・アルディを尊敬し、ソフィー・マルソーを意識する、夢見るリセエンヌです。

こんな長い文言がダラダラと。とにもかくにも‘フランスのかほり芳しき女の子’という関連付けをなんとしてでもしなくてはならぬ!という陣営側の思惑ならびに焦り(?)の両方が垣間見れるというものか。ユーリンが残したシングル盤のタイトルを見渡しても「雨上がりのサンジェルマン」「水曜日のリセエンヌ」...これらを見ればソレが更に浮き彫りに。

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デビュー曲の告知広告。フレンチスタイルを目指している旨がコクコクと告げられている。所属事務所は青山芸術企画だそうな...聞いたことないカモ。2ndシングルの告知用広告。この時点でユキコ→ユーリンへ表記変更。簡単な3問クイズ(しかも最後の設問は「ユーリンのファンになってくれますか?」)に答えるだけでもれなくナマ電デートがあった模様。注:もう応募しないでネ。

また、前回の岡田有希子さん同様に…デビュー時点では「ユキコ」と表記されていることにも注目!今回の有希子さんも、前回の有希子さんも、デビュー当時には「ユーリン」でも「ユッコ」でもなかったことがこの書庫により判明したのである。前者に関してはシングル第2弾用の告知広告ですでに‘ユーリン’表記になっていることから、おそらくはデビューからセカンド準備期間の間にタモリさんとの出会いがあり...という推測が立つかしらん。

彼女は本当にこういう路線を望まれていたのか、はたまた単なるコジつけだったのか…1984年という時代にあえてフレンチポップスというジャンルを蒸し返す必要性があったのか?ただでさえ地味な1月後半という時期のデビュー、ほとんど話題にならないまま気づけば大手から「岡田有希子」という子がアイドルとして産声をあげてしまった。ニセモノ扱いされながらも改名せず、断固としてフレンチポップスにこだわりつづけた岡村有希子プロジェクトの意義は…。コレでも華やかに売れていればよかったものの、そうではなかったからして…

夢 見 る リ セ エ ン ヌ

が夢なぞ見れぬ辛い時期をお過ごしになられていたのカモ…と今さらながらに心配(←遅いんだよッ)するワタクシメ。

だけどユーリンの歌唱が秀逸であることはココで強調させておかねばならないの。どれもこれも味わい深く、しかもお声が特筆的に可愛いのが特長。そしてなんといっても声使いのテクがすばらしいことこの上ないのよ。ここだけの話…歌手としての資質はアチラの有希子さんより上かも?なんて…。これだけ優れた人材でありながら陽の光は全く当たらず…それどころか所属レコ会社は倒産するわ、ソレに伴う移籍、ニセモノ扱いされた挙句の改名?はたまた黄昏一直線だった「横浜ドリームランド」でホソボソ営業の哀愁…とてもじゃないけどネ…

夢 見 る リ セ エ ン ヌ

なんて状態であるはずもなく…。こうしたことを考えはじめてしまうと…

♪眠れない〜眠らない〜

ひつじさんの数を勘定しなきゃならん夜がやってきてしまうから、やめておくことにいたしますわ。ひとまずこの時点では…

●岡村有希子というアイドルは岡田有希子のニセモノではない
●デビューは岡村有希子さんの方が先だった
●声使いのテクニシャン、歌手としての資質バツグン

この三点を声高に叫ばせていただきたく…。ってコレってなんかの伏線?更なる詳細は別枠でいつかコクコクと…とかなんとかいう野望じゃないでしょうね?(笑)

ってなワケで…色々と邪推される前に今回の『キャッチフレーズ辞典』はこれにてお開き!またまたお付き合いくださいまして、ありがとうございましたん。

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さてさて、今回で12回目を迎えることと相成りました『キャッチフレーズ辞典』。好評なのか不評なのか、イマひとつ手ごたえがツカめていないのだけれども、ひとまずは気にせずゴリ押し!このまま続行させていただきたいと思うのでありまする。(笑)

でもって今回の主役はこのお方。

岡田有希子さん

ジャジャーン!そそっ、前回の高橋美枝チャンと同じく「スター誕生!」のご出身。しかも84年組として同期の桜!と、ハデにファンファーレったところで美枝チャンがあんな状態だったからぁ…そもそもそういう認識すら皆様の脳内には刻まれてないのカモね、滝汗。

さて、主役のユッコちゃんがデビューしたのは1984年4月21日のこと。ここから遡ること、約半年前には「スター誕生!」の最終回にご出演。ここでは「これからデビューする人たち」というククリで…自己紹介をするためにご登壇。

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初々しく自己紹介将来はドラマも...と抱負を右隣は美枝チャン!美少女コンビ!

まぁ、なんともキャワゆいこと!歌手デビューする前…まだレッスン中のユッコちゃんですよ。しかもそのユッコちゃんのお隣におりましたのは、なっ、なんとあの高橋美枝チャンでゴザイマスね。この並びどうよ…ワタクシメ的にはとってもゴージャス極まりないソレでゴザイマシて。年末大みそかの大一番における新人賞でも、この図式をなんとか拝みたかったものでゴザイマスわん。ってクドいほどの美枝押し…いい加減にしてよってな怒号もチラホラかしらん、スンマセン。(笑)

でもってユッコちゃんがデビューするに与えられたキャッチフレーズがこちら…といっても今回は2種類!ってことはダブルキャッチフレーズということになりますの。

いつまでも、一緒にいてね。

ステキの国からやって来たリトル・プリンセス

時代背景なのか、キャッチフレーズが複数という方も多く存在していたのもこの頃。デビュー告知用の広告などに3つも4つもそれらしきモノが記載されていた方もチラホラいらっしゃったもの。ユッコちゃんもソレの例に習ってか、2つのキャッチフレーズを引っさげてのデビューをカマされていた模様(この2つ以外にも「YU・KI・KO キミの番だよ。」というのもあったようだが)。

たしかユッコちゃん自身もコレについてのセルフ宣伝はたんまりとされており、話題曲コーナーとして出演した「ザ・トップテン」でも、キャッチフレーズが2つあること云々…自らが丁寧にご説明してくださっていたとキオクする。
そんでもってどちらがメインなのさ?って疑問が頭をもたげてきたりもするのだが、コレに関してはデビュー時に刷られた告知用の広告などを再確認すると見えてくるというもの。

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デビュー日に告知用として掲載された広告。「いつまでも...」が広告トップに、「ステキの国から..」は名前の上に小さめの植字で印刷されている。グリコCFはもちろんのこと、ユッコのコミックのことや先着5万名さまには特別仕様のレコードになる旨が謳われている。※折り目御免

ソレラによれば…ふむ。「いつまでも...」の扱いの方が大きいことに気がつく。なぜなら前者は写植も大きく、そして目立つ位置に刷られているからである。ってことで前者がメイン、後者がサブってな解釈でよろしいのかと思われ。

それにしてもこの時点で「リトル・プリンセス」なるワードが使われていることも興味深いか。今さら言及するまでもなく、ユッコちゃんのシングル第2弾は「リトル・プリンセス」という題名でゴザイマシタものね。このワードがキャッチフレーズにすでに練りこまれている=「リトル・プリンセス」もデビュー曲候補だった…なる邪推も描けてきたりで。コレと同じパターンになっていたのが、85年にデビューした本田美奈子さんでゴザイマシタでしょうかね、ネタバレになるから詳細は書かないけんど。いずれにしても、どういう話し合いがなされ、そして「ファースト・デイト」がデビュー曲として最終決定されたのか、なぜに「リトル・プリンセス」はその座を明け渡すことになったのか…

♪選んだ理由(わけ)はなぜ?

って、アンタ。まだデビュー曲候補だったことが明確になったワケではないんだから、先走るのはやめときんしゃい。だけれども興味シンシン…当時のユッコプロジェクトに関わられた方に直撃インタブーしたいくらいですわん。

♪ほんの気まぐれでしょ

って…そんわワケないでしょ。熟考に熟考を重ねた上での大決定でしたのよ、おそらくは。

でもってこうしたデビュー告知用の広告などを再確認してみると、それら紙面に記載されたニックネームが「ユッコ」ではなくて「ユキコ」もしくは「Yukiko」となっていることに気がつく。

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デビュー1ヶ月前に告知用として掲載された広告。「集まれYukikoフレンズ!!」と題したイベントを各地で開催。どの会場も豪華なのが特徴か。その場でファンクラブに入会すると「特別会員証」が、会場に足を運ぶと「有希子グッズ」がもれなく進呈された模様。おしゃべりテレフォンなるものも存在。ここでも「ユキコ」表記になっている。※もうかけないでネ^^;

この頃は陣営側も、アイドル岡田有希子が後に「ユッコ」と呼ばれることになるとは想定していなかったのか。それともすでに「ユッコ」と呼ばれていた清水由貴子さんをおタテになってのこと?というのは考えすぎかしらん。コチラのユッコさんも当時は「週間欽曜日」でブレイク中…そのブームに便乗し、コニタン(小西博之)とのデュエットソング(「銀座の雨の物語」)などをリリースして気を吐いていた頃でゴザイマシタしね。コチラもソチラも…今となっては帰らぬ人になってしまったのが悲しいことこの上ないのだが。

♪なにもかもがバラ色に見えるわ

夢に描く憧れの場所だったはずの芸能界。なのにソコの荒波にもまれまくり、もがき苦しんでこの世からさよならすることになるなんてネ。

いつまでも、一緒にいてね。

こんな風に言ってたのは…ユッコ。キミの方だったのに...。

ってなワケで…おふたりのご冥福をお祈りしながら、今回の『キャッチフレーズ辞典』はこれにてお開きとさせていただきまする。またまたお付き合いくださいまして、ありがとうございましたん。

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さてさて…なんだかんだで11回目を迎えるに至りました『キャッチフレーズ辞典』。前回の主人公様は太陽の女王さまこと、松田聖子嬢でゴザイマシタよね。今回はソレの次にあたる11回目ということもゴザイマシて、その品質の良さにおいては十二分!ソニーが輩出したポスト聖子として松本典子さんあたりとデットヒートの次点争い?を繰り広げそうなこのお方を。そそっ、ワタクシメ個人的には絶対的にイチオシの…

高橋美枝さん

でゴザイマス!高橋美枝さんと言えば、デビューのきっかけはNTV「スター誕生!」。ここで河合奈保子さんの「けんかをやめて」を唄い、天下のCBSソニー様ならびにプロダクション尾木から好意を寄せられ(スカウトされたって意味よん)芸能界入りの切符をもぎとった方。

美枝さんの歌手デビューは1983年11月21日。当時のニッポン歌謡界では各局で実施されていた賞番組の勝手たる都合により、10月21日を区切りとして新人歌手をテキトーに分別(ってか20日と21日の違いはなんなの?ってお伺いしたいけんど)。その区切りによれば、美枝ちゃんは84年組という仕切りになったのである。こんな「Oh!多夢」なる晩秋にデビューするヒトはさほど多くはいらっしゃらなかった(当時は春先デビューが好まれたため)ので、美枝ちゃんは産声イチバン!いの一番!とばかりに、翌年の新人賞へ早々と名乗り上げ〜といった様相を呈していたのである。

そんな美枝ちゃんがデビューした際のキャッチフレーズが…

僕にください…美感性

コレなのでありまする。なんて美しく品のよいキャッチフレーズなのでしょう!美感性のところはネ…「び」じゃなくて「み」かんせいと読ませるの。無理やりっぽい当て字方式が、いかにも80年代ってな感じでしょ、グふっ。どうよ、コレ。

それともうひとつ...

美枝、あなたの事件になりたいな。

というサブキャッチも存在。しかし、こちらはほどなくお見かけしなくなるという状態。おそらく前者があまりにも秀逸で、ソチラにてグイ押しすることになったのかと思われ。

美感性(みかんせい)といってもね、アナタ。「スタ誕」決戦大会の時の美枝ちゃんはとびっきりの美少女でゴザイマシて…なにかこう、すでにアイドルとしての完成品を見せられた感じのご風貌だったもの。後の我自身における究明により見つかった情報によれば、なんと「少女モデル」としてちょこちょこっと雑誌やなんかにはお顔を出されていた模様。どうりで堂に入った美少女っぷりなワケだわな。陣営も完成されていた美枝ちゃんを見て、あえてのサーカスティック作戦により「美感性(みかんせい)」なんて表現してみせたのか、ナゾ。

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デビュー告知用として掲載された広告。見よ!この美しい仕上がりっぷりを!CBSソニーでも「聖子路線の伝統を引き継ぐ金の卵」とされ、その期待値はハンパなものではなかった模様。

デビュー告知用のチラシでも、抜かりのないかわいらしさをお披露目する美枝ちゃん。白地にブルードットのトップス、胸元にはリボンがあしらわれ美少女風情がタップリコンコン!そしてそしてヘアスタイルは聖子カット風の内巻きレイヤードカットとキたもんだ!新人アイドル歌手のデビューを告知するにあたり、コレ以上の見せ方はありまへんで〜!といった徹底ぶりに感服。このチラシ1枚でワタクシメのハートをわしづかみ。(笑)これだけでも極上なんだけど、まだまだイ○よイ○よ、出る出る!(笑)

グリコ社のお菓子「ファンシーキャル」のコマーシャルに歌手デビュー前から単独出演決定!ならびにそのコマソンだって美枝ちゃんがご担当!しかもその曲ってば…なんとYMOの細野晴臣氏の書き下ろしなんだからね〜イェ〜イ!なんだかどれもが一流高品質でビックリ仰天!なんて素晴らしいお膳立てだったのでしょう!かの太陽ならびに月の両女王さまがデビューをカマされた時ですら…こんなんゴザイマセンでしたがな。(笑)新人歌手がデビューするにあたる超理想的パターンというかなんというか、とにもかくにも恵まれまくった船出だったと言えましょう。

■グリコ社製品『ファンシーキャル』|CMでのひとこま
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3×6=18のチョコビスをぉ〜3×5=15の女の子がぁ〜食べてまぁ〜す♪
(1983年度商品|発売元:江崎グリコ)

と、ここまでは順風満帆もいいトコロの状態で。しかもこの時点では周囲にコレといった敵もいないしで…このまま突っ走って84年度の新人賞はいただきヨン!なのかと思いきや?

↑のお菓子が突然の販売中止!ソレを皮切りにしたドドドのドミノ倒し劇、ガチョ〜ン!この詳細に関してはすでに過去のここでたんまりと記させていただいておりますからして、今さら蒸し返す必要性もないのかと思われるのだが…それにしてもガビ〜ン!

こんだけの美少女風味でデビューした女の子が、そのたった半年後には…

「お顔が○きいから小顔になるためヨーグルトパックしてま〜す」

雑誌で自虐ネタなぞをお披露目って一体…もうイヤン。(笑)

♪ふ〜られたの〜わりと明るく

美枝ちゃんは「ピンクの鞄(トランク)」にて、こんな風に高らかに歌い上げておられましたけんど…わりと明るくふられてしもうたのはこのワタクシメ、CHERRY★CREEKの方でゴザイマシタのよ。♪とりあえずもう会えないと〜自分にはいいきかせたの〜なんてあきらめワルツした割にゃあ…日曜日の午後6時がめぐってくる度に、あの番組でアナタにお会いするハメになりましたけんど?

♪勝手よね〜ひとりよがりに〜好きだった〜それだけのこと

そうねそうね、そうなのサ。まぁ、おっしゃるとおり「それだけ」のこと…だったのでゴザイマスよね。それでもあれから四半世紀の時が流れようがなんだろうが…♪Oh!多夢〜すきよ〜Oh!多夢〜美枝ちゃんファンは全くもってやめておりませんからん。ワタクシメにおける‘高橋美枝道’はまだまだ未完成なのであります〜る。(笑)

ってなワケで今回の『キャッチフレーズ辞典』は…未完成?(いえ、せっかくだからこギレイにまとめて)美感性(みかんせい)なる風情をたんまりと残し、そして今後における美枝道発展に淡い期待をも寄せながら…ひとまずはこれにてお開きにさせていただきまする。(笑)

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さてさて、9回目を迎えました後、やや間が空いてしまった「キャッチフレーズ辞典」。賛否両論いろいろとおありかとも思われますが、ひとまずは有無言わさず?いつものごとく続けさせていただくことにいたしまする。(笑)

今回ご登場と相成ります方は…泣く子もだまるこのお方。そう、80年代の幕開けとともに彗星のごとく現れ、あれよあれよという間にトップアイドルに。ソレのみならずファッションや髪型など、歌以外の要素でもムーブメントを巻き起こすことに成功し、アイドルポップス界の女王として君臨した

松田聖子さん

でゴザイマス。聖子嬢のキャッチフレーズと言えば、今さら言及する必要性がないほど有名な

抱きしめたい!ミス・ソニー

コレでゴザイマシタよね。

聖子嬢の芸能界デビューにおける紆余曲折に関してのエピソードは知る人ぞ知るという感じなのかと思うが、決して準備万端にお膳立てされた状態でのデビューではなかったものである。どちらかと言えば、アテにしていた馬がダメになったことにより焦りまくった事務所とレコード会社が、ソレの代走馬として急遽駆り出した?的な、本命ではなかったけどもとりあえずメンツ保持のため…といった慌しいソレだったもの。

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デビュー間もない頃の白黒告知広告。ミス・ソニーはあえて記載ナシ?とてもあどけない印象の聖子嬢...しかしすでに目ヂカラが。この時点で、いったいどれだけのヒトが、後の快進撃を予測できたのだろうか。

CBSソニーというレコード会社はアイドルシーンにおいてたくさんのスターを輩出しており、キャッチフレーズを付ける際にも社イチオシの人材に関しては「ソニーの○○」など、その輝かしい社名を盛り込んだモノにするという、伝統のようなものが存在していたのである。例としてあげてみると…

南 沙織 「ソニーのシンシア」
天地真理 「あなたの心の隣にいるソニーの白雪姫」
水沢アキ 「ソニー家の三女」
伊丹幸雄 「ソニー坊や」
山口百恵 「大きなソニー・大きな新人」
沢田玉恵 「ソニーの神秘」

などなど…ふむ、たしかに「ソニー」という社名を盛り込むだけでなにかこう大物感を匂わせたのは確か。ただ、時代が流れ流れた今となっては、その肝心のソニーブランドもオ○メといった、非常に嘆かわしい現実の真っ只中といったトコロだったりもして。

聖子嬢がデビューした1980年には、これまた「ソニー」の社名を宛がったキャッチフレーズを授与されていたアイドル歌手がいた。それはデビュー前からポスト百恵としての呼び声が高かった浜田朱里さんであり、彼女のキャッチフレーズは「CBSソニーの主人公(ヒロイン)」である。ヒロインと名づけるからには当然のごとくその年度のイチオシは「キミに決定!」といった風情がムンムン。しかしながら、運の強さでは右に並ぶものなど皆無だった聖子嬢は、その「ソニーのヒロイン」をも軽く蹴散らし、社から「ミス・ソニー」という称号を与えられてのデビューに漕ぎ着けるのである。さすがは後に女王の座に君臨する聖子嬢でゴザイマスよね。考えてみれば「ミス・ソニー」という肩書きよりも「ヒロイン」の方が格上感が漂うのは言うまでもなさそうだが、そんなことはおかまいなし!とばかりに、その強運をさらにムキ出しにして突き進んだ聖子嬢。この時点ですでにソレが尋常ではないことを如実に物語っておりますかしらん。(笑)

いつの世においてもトップに君臨する人気アイドル歌手に必須なのは、歌のみならず髪型、衣装やパフォーマンスなどのビジュアル面だと言える。そうした面で魅了することにより更に話題を提供、本体人気が巨大なまでに大きく増長してゆく過程は、これまでにそうしたムーブメントを起こしたアイドル達、例えば天地真理さん、山口百恵さん、ピンク・レディー、中森明菜さん、チェッカーズなどなどを思い起こしてみれば明らかになるか。聖子嬢もソレラで独特の「聖子ブランド」を作り上げたものだが、ソレの最たるものが例の髪型、そう...いわゆる「聖子ちゃんカット」と呼ばれたものと言える。

■聖子ちゃんカット変遷

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デビューしたばかりの頃でサッパリ短めなのこのあたりですでに原型完成かしらん?サイドのふくらみもいい感じでしょ!

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パーマ加減がゆるやか&ふんわりきつめのパーマで更にボリュームアップを狙うわよ!パーマのカマしすぎでパサつき警報発令中?

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史上最高峰の膨張度をドヤ顔で自慢?「風立ちぬ」が最後の聖子ちゃんカット見よ!美しいサイドラインを!これこそが女王の証

デビューしたての頃は特に目立つこともなく、いたってフツーの髪型にしか見えないのだが、人気の上昇カーブに比例するように、そちらの方もどんどん進化を遂げるさまは圧巻!聖子嬢いわく…

「自分がパイオニア。だからいつでも完璧に決める!」

スバラシイデハア〜リマセンカ!こうしたご本人における強靭な意志こそが「聖子ちゃんカット」を憧れの的にさせ、聖子オリジナルブランド化させることに成功したのである。

■聖子ちゃんカット全盛期|81年くらいまでの聖子カットのエピゴーネンたち

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よしえも聖子チャン気分なのぉ〜智枝美だって負けないわよ!なんとピンク・レディーのミーさんまでもが!

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島田歌穂さんもキメまくる!八木美代子さんも理想形に極近!斉藤智美チャンも似合いまくり!

■演歌やロマンポルノ、ものマネ、女子プロレス界のお仲間さんたち

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杉田愛子さんも先輩を見習って早速!本格演歌の句紫洋子さんも!ロマンポルノ界の聖子ちゃん、寺島まゆみさん

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そっくりさんを3人でセット売り、聖子ちゃんず女子プロレス界の聖子ちゃん、立野記代さん大森ゆかりさんも聖子カット&フリフリをリング上でお披露目!

※82年以降:花の82年組、以降の女子新人歌手たちにより模倣され続け、85年くらいまで続いた。基本の聖子ちゃんカットは保持しつつも、レングスを長くしたり前髪に多少のアレンジ(センター分け|サイド分けなど)を加え、徐々に個性を打ち出すようになっていった。

そして追従アイドル歌手たちのみならず、日本全国の一般女子たち、そしてさらにはにっかつロマンポルノ、女子プロレス、アングラ界、ものマネ界、はたまた演歌歌手たちにまでソレを浸透させクローン化に猛拍車!聖子帝国の構成員を次から次へと量産してしまったのには驚嘆の一言である!

♪ひ〜とりぃ〜っきりでぇ〜なぁ〜がされてもいいのぉ〜

アナタは「青い珊瑚礁」という曲でこんな風にサラリとお歌いになっておられたけんど…いいえ、♪ふたりっきり...でしたがな。(笑)いずれにしてもふたりきりどころの騒ぎではなかったのよん。ニッポン全国津々浦々、すみからすみまでずずずい〜っと!あの頃のクラス写真や卒業写真は「聖子ちゃんカット」を追従した乙女たちがズラリンコンでしたのよ!猫も杓子も老いも若きも…ネ。「ミス・ソニー」のクローンとやらをいったい何千万匹こしらえたのかしらね、ナゾ。(笑)

いやはや…これはこれは恐れ入りました女王様、ハハァ〜→土下座…ってなワケで、今回の「キャッチフレーズ辞典」はこれにてお開き→退散とさせていただきまする。(笑)

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えっちらおっちら…ではゴザイマスが、なんとか続行させることができている「キャッチフレーズ辞典」。今回はファイルNo.1の中森明菜さんから数えてめでたく9回目。だけれどもここにきて「ファイルNo.1にはアタシがなるハズだったのに〜」と「ナンバーワン」への名乗り上げを激しく希望されるお方が1名さまいらっしゃいましたの。(笑)なので今回はそんな彼女のお顔を立てて、その方のキャッチフレーズをふりかえってみたいと思うのでありまする。

そのお方とは…

♪あなたは〜ナンバ〜ワン

とカマした柏原よしえさんなのでありまする!

彼女は日本テレビ「スター誕生」において第29回決戦大会のグランドチャンピオンに!紛れもなくソコでナンバーワンの座をしとめ、1980年6月に「No.1」という曲でデビューされた方。同時期デビューとして河合奈保子さんや甲斐智枝美さんもおり、当時は同期ニューフェイスとしてなにかと比較対照の的になっていたもの。そんな彼女のキャッチフレーズが…

「ちょっと大物、夏ひとりじめ。よしえはNo.1。」

コレだったのでゴザイマス。ネット上の情報だと「ちょっと大物」のみが記載されているトコロが多いようなのだが、実際には↑のがフルとして正式のようである。コレとは別のもので「すきとおった少女」なるモノも発見したが、コレはデビュー時に関してはあまり目にした記憶がない。コチラはもしかして例のあのCM関連(♪すき〜すきすきすき〜すきとおった〜)のために使われたモノなのか?

なにはともあれ、よしえさんは「スタ誕」でグラチャンという偉業達成にプラスして類まれな歌唱力と美系のお顔、そして豊満ボディ(←コラッ!)なぞを持ち合わせていたお方。そうなるとやはり前出の「ちょっと大物…」の方がどう考えてもピッタリコンコン?とハマっているように感じるのでゴザイマス。

そんな「ちょっと大物」さんが歌手デビューされたのは14歳の頃。というとまだ中学生だった!という事実に突き当たる。そんな女の子に…

♪男の瞳は指先のようにドレスを一枚ぬがしてしまうン

「うン」って…ナニ?(笑)

陣営の皆さまは一体ナニを考えておられたのか、ナゾ。コレにプラスして例の腰ヒッコンだものね…たしかアレをビキニ姿でカマされたこともあったりで。そのお姿にはテレビの前の男子諸君は一斉釘付け状態?「あの場所から」ズッキンドッキンするよな「ト・レ・モ・ロ」感覚なるものを初体験!なんて方も多かったのではないかしらん、アハン。(笑)

♪いけないこと〜ですか〜そんなに〜いけないこと〜ですか〜

中学生の女の子にこんなことさせちゃいけませんわ〜という苦情がPTAあたりからひっきりなしだったのかなんなのか…よしえさんは早々にイメチェンを強いられることになる。ほらっ、こんな風にね。

【イメチェン前|ビフォー】
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なんてオトナっぽいの、よしえさん大きくスリットの入った膝丈スカート色っぺぇ!とても中学生には...。

【イメチェン後|アフター】
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ホットパンツ+編み上げブーツにヘンシ〜ンすっかり14歳らしい顔つきに!色違いの青バージョンも着ましたワン

1980年の夏と言えば、まさに同期のあのお方が「恋が南の風に乗って走るお唄」をカマしながらの大爆走中!そんな状況下でスカートに「後ろから前から」スリットなるものが入った黒のお水風ドレスで腰ヒッコンってばソレ違うっしょ!みたいな。(笑)「スタ誕」のグラチャン娘を引っさげ、自信マンマンで挑んできたであろうよしえ陣営にとっても半ば強制執行気味の軌道修正?ほんの短期間でここまでのイメチェンをさせているのがなんとも興味深いところでゴザイマスよね。黒ドレスなんて最初からなかったかのような変わりっぷりに要注目!

イメチェン後のよしえさんは…

♪わたしは港を〜忘れた〜こぶね〜

そうそう。波に乗ったコ暴れっぷりを見せ付けてくだすったもの。その甲斐あってか「日本歌謡大賞」では優秀新人として本選へコマを進ませることに成功!売れっ子新人歌手として世間で認知されるまでに成り上がったの。その後もシングルを出すごとにジリジリと売り上げを伸ばし続け、いつのまにか遥か上に君臨されていた太陽の女王さまや奈保子さまの横に並べるまでにご成長!いつぞえは日出ずる国の皇太子様までもがよしえのトリコ〜なんてムフフでステキな出来事もあったりで^^。

そして今でもあの頃となんら変わらずに…

「かっしわばらよっしえでぇ〜す」

とご愛嬌をふりまき続けるよしえさんには頭が下がる思いのワタクシメ。まさにちょっと大物なよしえさん。

♪(トレモロさ)意志はあまり強い〜ほうじゃ〜ないから〜

いえいえ、ナニをおっしゃいますの^^;。いつまでもアイドル気分度においては…

♪あなたはナンバ〜ワン

アナタの右に並ぶ方はそうそういらっしゃらなくってよ。だからぁ〜これからもぉ〜よしえさんを〜「コミカル気分」で応援しちゃいまぁ〜す。(寒っ)

ささっ!そろそろよしえさんご推奨の「うまかめん」が出来上がる時間のようでゴザイマス。麺がブヨつくその前に…そそくさとお開きにさせてくださいませね。(笑)

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